本日極めて晴天。空は高く青々と晴れ渡り、雲ひとつもない空には小鳥が飛び交っている。日光はさんさんと輝き続け、門番にとっては絶好の昼寝日和である。
悪魔の住む館としてもっぱら評判のここ紅魔館ではあまり歓迎できる天気ではないが、本日は月に一回の健康診断の日。
彼女達の敬うべき主人、レミリア・スカーレットと、その妹のフランドールスカーレットの健康を確かめるための重要な必須事項である。
そんな健康診断を受けた姉妹は、結果を聞きに大図書館に訪れ―――
「このままだと、なんやかんやでお二人とも爆発します」
なんだか凄まじいことを堂々と宣言されたのであった。マル。
『は?』
当然、二人はポカンとした様子で間の抜けた声を上げるのだが、診断結果を伝えた紅い髪の少女―――小悪魔はにっこりと満面の笑顔を浮かべ、そして一言。
「爆発します」
「いやいやいやいやいやッ! そこだけ連呼されてもわかんないから!! 理由を言いな理由を!!」
「だから、なんやかんやです」
「はしょるな!! ちゃんと理由を言いなさい!!」
「じゃあ、不可能を可能にしようとしたら爆発しましたー」
「じゃあって何!? なんなのその凄まじくやる気のない棒読み説明!!?」
相変わらずの笑顔のまま対応する小悪魔と、その意味不明な診断結果に食って掛かるレミリア。
まさに馬耳東風、暖簾に腕押し、馬の耳に念仏とはこのことか。
未だに理由を問いただそうとする吸血鬼を前にしても、図書館で司書も勤める彼女は「どーどー」と完璧に馬扱いである。
「うーうー」と唸るレミリアを見て、ピンと指を立てた小悪魔は「いいですか?」と言葉を紡ぐ。
「お嬢様は今日一日、咲夜さんに抱きついて離れないでください。お嬢様の魔力と咲夜さんの時間を操る能力がジョグレス進化して効果抜群です!」
「ほ、本当にそれで大丈夫なのね? 信じていいのね!?」
「もちろんですよ。急がないと爆発しちゃいますよー?」
クスクスと可笑しそうに苦笑する小悪魔をにらみつけ、恨みがましい視線を送りながらそそくさと走り去っていく紅魔館のトップ。
その姿はさながら脱兎のごとく。走るスピードで風が巻き起こり、心底楽しそうな小悪魔の赤髪と未だ呆然としているフランの金髪を靡かせた。
どたばたと遠くなっていく足音、ドップラー効果を引き起こす「咲夜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」という叫び声。
そこまで聞こえてようやく、先ほどの衝撃発言からフランの意識が再起動した。
「こ、こここここここ小悪魔!!?」
「にゃんじゃらほい?」
「ど、どういうことなの爆発って!!?」
「妹様が爆発したらフランドーンですね」
「そういうことじゃなくてッ!!」
ダンッと机を叩いて小悪魔をにらみつける。
当の小悪魔はというと、あいも変わらず楽しそうに満面の笑顔でフランの頭を撫でてみせた。
ムーッと不機嫌そうなフランも気にしない。彼女のやわらかい髪の感触を楽しみながら、「いいですか?」と優しい声色で語りかける。
「妹様は今日一日、美鈴さんに抱きついて離れないでくださいね。美鈴さんの気を操る能力と妹様のありとあらゆる物を破壊する能力なら銀河すら吹き飛ばせましょう」
「物騒すぎるよ!? いくら私でもそこまでは無理だからね!!?」
「冗談ですよ。とにかく、今日一日は抱きついたまま離れないでくださいね?」
くすくすと笑いながら人差し指をピンッと立ててウインクする。
そんな彼女の様子を見て、フランは疲れきったようにため息をひとつついた。
こういう煙に巻くような言動は彼女の特徴だけど、それはそれで不安をかきたてるのだから性質が悪い。
そしてこういうとき、決まってこの小悪魔は何かしら企んでいるのだから始末に終えないのである。
「……小悪魔、何か企んでない?」
「こぁーっこぁっこぁっこぁっこぁっこぁ! 何をおっしゃいます妹様、私なら常日頃から何か企んでます!」
「自信満々に言うことなのソレ!!?」
小悪魔ケタケタと大笑い。いつもの悪戯を企むときの彼女の笑顔になったからか、いきなりこれからのことを不安に思ったフランはため息をついて天井を見上げた。
しみひとつない天井が視界いっぱいに映る中、ふとぽっちゃり系の眼鏡のおじいさんが「諦めたらそこで試合終了ですよ」とか何とかサムズアップしてる姿を幻視する。
うっさい、アンタ誰よ? などと心の中でツッコミを入れ、彼女はもう一度小悪魔に視線を向け、文句のひとつでも言おうと口を開き―――
「コアンザム!!」
文句を言う暇も与えられず、残像を残しながら高速移動を始めた小悪魔を見やって呆然とする。
右へ、上へ、下へ、左へ「こぁーっこぁっこぁっこぁっこぁ!!」とドップラー効果を利かせながら、猛スピードで図書館を後にする小悪魔を見送る。
頭痛を覚えたかのように頭を抑えた後、半ばすがるような気持ちでこの図書館の主、パチュリー・ノーレッジに視線を向けるのだけれど。
「妹様も美鈴のところに行ったほうがいいわよ。ほら、駆け足駆け足」
生憎ながら、紅魔館の誇る知識の魔女は我関せずを貫くらしい。
図書館の中央に備えられた彼女専用の特等席に腰掛けながら、ちらりとも視線をそらさずに言ってのけたパチュリーを見て、フランはもう一度盛大なため息をひとつつくのであった。
▼
「なるほど。それでこういう状況になったわけですか」
何処か納得したような、ソレでいて半分呆れているかのような微妙な表情で、紅魔館の誇る門番は相槌をうった。
夕焼けのような赤い髪に、いつもの中華風の服を着込んだ彼女の名は紅美鈴。
美鈴の手には大きな日傘。そして腰にはこの館の主人の妹であるフランが、ぎゅっとしがみついたままである。
当初、いきなり抱きつかれて困惑した美鈴だったのだが、理由を聞いてみれば納得できてしまうのが小悪魔クオリティというところか。
ふと視線をフランに向けて見れば、彼女は何処か不安そうに美鈴に抱きついている。
本人も半信半疑なのだろうが、半ば恒例行事の健康診断でそんなことを言われたがゆえに不安なのだろう。
小悪魔の素っ頓狂な発言は慣れっこだし悪戯もしょっちゅうだが、だからといって恒例行事でふざけるほど空気の読めない女ではない……と思いたい。
あんな性格ではあるものの、時と場合はわきまえる性格なので、さすがに健康診断で嘘は言わないだろう。
「えっと、迷惑かな?」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。それじゃ今日は一日、私にしっかりとしがみついてくださいね、妹様」
何処か不安そうな声のフランの言葉に、美鈴はにっこりと笑みを浮かべてフランの頭を撫でる。
頭を撫でられて、途端にうれしそうに目を細めたフランを微笑ましく思いながら、今日は門番の仕事は無理ですかねぇと胸中で思う。
何しろ片腕がふさがっている状態では仕方がない。
門を破るような不届き者もほとんどいないし、ここ最近は腕試しに訪れるものも随分と少なくなったこともある。
おそらく、交代が来るまでこのままでも大丈夫だろうとは思う。
門番としては少々ふがいなく思う反面、こうやってフランにしがみつかれていると甘えられているみたいで悪い気はしない。
「ねぇねぇ、美鈴。何か面白い話知らない? 」
「そうですねぇ。私のお勧めとしては祖国の英雄譚でもある三国志なんですが、アレは長いですからねぇ」
「ふふ、ソレでいいわ。だって、時間はたっぷりあるんだもの」
「ソレもそうですね。ではでは、不肖この紅美鈴の語る三国志に、しばしの間ご静聴くださいな」
芝居がかった様子で頭をたれる美鈴の姿を見て、小さな吸血鬼はくすくすと笑って「美鈴似合わなーい」などと一言。
ソレに気を悪くする風でもなく、「あ、やっぱりですか?」なんて愉快そうに美鈴はけらけらと笑った。
傍目から見れば、育ち盛りの子供と面倒見のいいお姉さんといった様子の二人。
そうして静かに物語を語り始めた美鈴も、そしてそれを聞くフランも楽しそうな様子が良く見て取れた。
空はまだ日が高く、吸血鬼本来の時間にはまだ遠い。
けれど、フランには不愉快な気分はちっとも湧き上がってこなかった。
こうやって抱きついていると、あらためて思い知らされる。
暖かくて、やわらかくて、それで居てこんなにも心地がいい。
無粋な太陽の光も気にならない。そんな些細な邪魔者、美鈴に抱きついている間のこの暖かさの前には塵芥に等しいのだ。
抱きついたまま頬擦りすれば、美鈴は苦笑したまま優しく頭を撫でてくれて、その感触がたまらなくフランは好きだった。
そんな時である。視界の端に、どこかで見たことがあるような妖精の姿が見えたのは。
「おーい、お姉さん!! アタイと弾幕勝負よっ!!」
天真爛漫、元気一杯、そんな言葉が似合いそうな大声を上げて、青を連想させる妖精の少女が凄まじいスピードで突貫してきた。
全力全開、手加減無しの全速力。あわや衝突かと思われた寸でのところで、急ブレーキをかけたかのように少女は停止した。
鮮やかな水色の髪、青いワンピースに背中には氷細工の羽が生えた妖精の少女。
名はチルノ。紅魔館付近の湖に住み着いている氷の妖精であり、不敵な笑みを浮かべたまま空中で仁王立ち。
それから少し遅れて、緑色の髪をした妖精があたふたとした様子で追いついてきたが、フランの姿を見て顔を真っ青にしていたりする。
名のない大妖精。皆を束ねる立場にある妖精であり、多くの妖精からは大ちゃんなどと呼ばれ親しまれている彼女だが、チルノと居るときはもっぱら彼女に振り回される苦労人だった。
そんな二人の来訪に、物語を語っていた美鈴は苦笑しながら二人を見上げる。
それで、少しフランが不満そうな表情を覗かせたが、美鈴はウインクひとつして「ちょっと待っててくださいね」と諭していた。
それで、しぶしぶといった様子で引き下がったフランだったのだけれど、抱きしめる腕の力が強くなったのを感じて美鈴は苦笑を零す。
「あぁ、あなた達か。でも悪いね、今日はチョット無理なのよ」
「えー、なんでさ!?」
「いや、何でと言われてもねぇ。悪いわね、明日ならいつでも受け付けるから」
先ほどとはうって変わって、フランクに話し始めた美鈴を見てフランは一瞬驚いたように目を瞬かせる。
チルノは納得がいかないといった風に文句を言うのだが、申し訳なさそうに言葉にされてはそれ以上何もいえない。
「うー」っと未だに納得していなさそうなチルノを、大妖精が「まぁまぁ」と苦笑した様子でなだめている。
うーん、微笑ましいねぇ。なんて胸中で呟いていると、クイクイッと服の裾を引っ張られて不思議に思ってフランに視線を向けた。
「どうかしました、妹様?」
「今の喋り方、もしかしてあっちが美鈴の素なの?」
彼女の口から飛び出した言葉に、そういえば彼女の前で素の言葉遣いになったことはなかったかと今更のように思う。
基本的に、美鈴は紅魔館では大体が敬語を使ってフランクに会話をするので、紅魔館のメンバーの大半はそれが当たり前のように思っている。
それはそれは、フランにとってはタメ口の美鈴は新鮮だっただろう。
その考えに思い至ったのか、美鈴はクスクスと苦笑して、そして人差し指を唇に当てて一言紡ぐ。
「それは、秘密です」
思いっきりはぐらかされた。それがなんだか面白くなくて、ムッとした表情を浮かべたフランだったのだが、その次の瞬間にはそうも言っていられなくなった。
トンッと軽い衝撃。ついでに襲ってきたのはひんやりとした冷気である。
その突然の異変に目を瞬かせて、覗き込むように向こう側を見れば、先ほどの妖精がニコニコ笑顔で美鈴に抱きついていた。
正直、ちょっと……いや、ものすごく面白くない。
「ちょ、チルノちゃん!!?」
「弾幕勝負が駄目でも、こうするのはいいでしょ? ほら、独り占めは良くない事だって大ちゃんが言ってたし」
「ちょ、ちょっとぉ!!?」
子供は純真であると誰かが言った。だがしかし、子供であるがゆえに、その純真さが逆に残酷に変わることもあるのである。現在のこの流れがそのいい例だろう。
チルノの発言に思いっきり涙目になる大妖精だったが、それも仕方あるまい。
何しろ、目に見えてフランの機嫌が悪くなっていくのがわかるのである。
大妖精の名前が出た瞬間に、フランの赤い双眸がギロリと彼女に向けられる。
力の弱い彼女にしてみればたまったものじゃなく、出来うることならこのまま気絶したかったが、友人のためにここで気絶するわけにはいかなかった。
デッドオアダイ。どっちにしろ死が見えたような気がしたが、大妖精はここで気絶するわけにはいかないとフルフルと首をふる。
足がすくんで動けないという事実は、この際金属バットでホームランしておくとして。
「ねぇ、あなた大ちゃんっていうの?」
「は、はひぃ!!?」
早くも気持ちが挫けそうだった。思わず情けない声が出たが、それも致し方ないというべきか。
そんな彼女の様子を見て、フランは小さくため息を零す。
馬鹿馬鹿しい。関係のないあの子を怖がらせてまで、こんなことで不機嫌になっても仕方がないと自分を戒める。
「別に、気にしてないからいいよ。あなたが怖がることじゃないわ」
「で、でもチルノちゃんが、その……」
「いいわよ、別に。私だって、このくらいで怒るほど子供じゃないから」
もっとも、仕方がないと思うことと、納得することは別物だけど。
そう思いはしたが、それをわざわざ口にする必要もないだろう。それで本音を零しては本当に子供じゃないか。
イーッと威嚇のように歯を見せるチルノと、それでまた不機嫌そうに眉を寄せるフラン。
そんな二人に両サイドから抱きつかれ、美鈴はというと「参りましたねぇ」なんてのほほんと言葉を零していた。
ここは悪魔の館、紅魔館。この位の事でうろたえていては、到底門番なんか務まらないのである。
「あなたもどう? この際、二人も三人も一緒だし」
「えぇ!!?」
飛び込めと!? 私にその爆弾二つが混在するその場に飛び込めというんですか!!?
驚愕と困惑とツッコミの三大混入。感情が綯い交ぜになって、結局は素っ頓狂な声が出てしまう。
美鈴は相変わらず笑顔でちょいちょいと手招きをするし、フランとチルノも何処か嬉しそうに美鈴に抱きついている。
まるで保母さんのようで、でもそれがすごく彼女に似合っているから驚きだ。
心地良さそう。でも怖い。でも、あぁ、チルノちゃんあんなに目をトロンとさせちゃって……、などと葛藤を繰り返す大妖精。
思考をひとつに纏める。深呼吸をひとつして、冷静な思考を取り戻した彼女が下した結論は。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
……訂正。やっぱりまだ混乱してた。
そんなどこかズレた返答に苦笑しながらも、美鈴は「いえいえこちらこそ」なんて芝居がかって言葉にする。
いそいそと美鈴に歩み寄り、ぺこりと一度頭を下げて、恐る恐るといった様子で美鈴に前から抱きついた。
正面から見て、左にはフラン、前には大妖精、右にはチルノ。
見る人が見れば何事かと思う光景だが、中心に居る美鈴は少しも嫌そうな顔をしない。
こんなに集まれば暑苦しそうなものだが、チルノが傍にいるおかげでひんやりといい温度。
「ねぇ美鈴、さっきの話の続き!」
「さっきの?」
「三国志よ、三国志。美鈴の故郷のお話なんだって」
「あ、私も知ってますよ。この間拾った本で読みました」
女三人寄れば姦しいなどというが、四人も集まればそれに輪をかけて騒がしくなる。
先ほどまで険悪な空気になりかけていたというのに、チョットのきっかけで和気藹々とした空気に取って代わった。
現金なものですねぇなんて苦笑しながら、美鈴はフランの頭を撫でてどこか嬉しそうだった。
こうやって、フランが自分の故郷のことに興味を持ってくれていることが純粋に嬉しいのだ。
「門番のお姉さん、大ちゃんが知ってるならアタイも知りたい!!」
「そうね、わかりました。妹様、何処まで話しましたっけ?」
「えーっとね、呂布って言う人が出てきたところ」
チルノが興味津々と言った様子で言葉にして、美鈴が肯いてにっこりと笑う。
フランは少し考え込むようにしてから、今まで聞いていた内容を思い返す。
大妖精は、そんな様子の彼女達を見てクスリと笑う。
時々喧嘩しそうな空気にはなるけれど、出会いがしらのような剣呑な空気にはならない。
門番さんの独特な空気のおかげかな? なんて思いはしたが、答えは出るはずもなくて、まぁいいかと大妖精は満足そうに笑うのだった。
そうして、美鈴の語る昔話は山あり谷あり、時には大仰に、時には切なく、そして時には燃えるように熱く。
精神構造が少しに通っているのか、フランとチルノは同じタイミングで「おぉ!?」などと驚いて見せたり、泣みだぐんで見せたりと微笑ましいものだ。
大妖精は大人しいものだったが、やはり先が気になるのか気分が高揚しているのが見ていてわかった。
そんな様子に気を良くした美鈴は、話の語りにいっそう力を入れて行く。
美鈴の好きだった武将の活躍する場面にはよりいっそう熱を入れたり、それに同調するように手に汗握る子供達。
そんな光景にも、ちょっとした異変が訪れる。
それに最初に気がついたのは美鈴だ。最初はおやっ? と思う程度のものだったのだが、次第にうつらうつらとフランが眠そうに眼をしょぼつかせ始めた。
考えて見れば、いつもならフランはまだ眠っている頃合だ。今日は健康診断があったから早めに起きたが、正直眠り足りないだろう。
「妹様、大丈夫ですか?」
「うみゅう……大丈夫、まだ起きてるよ」
大丈夫そう、にはチョット見えない。少しでも気を抜いてしまえば、それで眠ってしまいそうだ。
そんな彼女の様子に、美鈴は少しの間逡巡して―――ふと、妙案を思いついて人差し指を上へ向けた。
「妹様、膝枕してあげましょうか? もちろん、他の二人も」
『えぇ!?』
抜群の妙案かと思われた美鈴の案ではあったが、フランと大妖精からは素っ頓狂な声が上がることとなった。
予想外の反応に「ありゃ?」なんて首をかしげた美鈴だったが、そんな中で「ハイハーイ!」と自己主張する氷の妖精。
その素直なチルノの姿に、くわっと目を見開くフラン。お前に美鈴はやるかと言わんばかりに手を上げて自己主張。
そんな二人の様子に、たまらず美鈴が苦笑した。眠気が吹っ飛んでいるのではないかとチョット不安だったが、まぁいいかと適当に考える。
チルノと大妖精はいったん離れ、フランは抱きつく代わりに手をつないで彼女から離れる。
膝を折り、正座のような形になると美鈴はまずフランに笑いかけて、ぽんぽんと自身の膝を叩いた。
一瞬戸惑い、けれども目を瞑りながらごろんと美鈴の膝に頭を預ける。
視線の先に美鈴の姿があって、彼女が優しく微笑んでいるのが良く見えた。
後頭部から感じる太ももの感触が心地よくて、眠気がだんだんと襲い掛かってくる。
トントンッとすぐさま感じた二つの感触。
それが妖精二人のものだと思いながら、フランはすでに夢心地だ。
思っていたよりも自分は疲れていたらしい。そのことを自覚しては見ても、今更のようでなんだか可笑しかった。
目を閉じる。真っ暗な視界の中で、ふと頭を撫でられるような感触。
優しくいつくしむような手つきがなんだか彼女らしくて、フランは自分が笑っていることを自覚した途端、ぷっつりと意識が途切れた。
▼
あれから、どれくらい時間がたっただろうと、美鈴は思う。
空はすっかりと夕暮れに染まり、先ほどの妖精の二人ももう遅いからと帰っていった。
膝の上が軽くなって、なんだか物寂しく感じはしたものの、それで彼女達を引き止めるわけにはいかない。
結局、今はフランだけが膝枕されて心地よく眠っている。
その寝顔がかわいらしくて、ぷにぷにと頬をつついてやればマシュマロのような感触が帰ってきた。
こうしていれば、子供らしい一面が良く見れる。吸血鬼だとか、ありとあらゆる物を破壊する狂気の妹だなんて、想像もつかないほどに。
もぞもぞと体を動かして、美鈴の腹に頬擦りするように頭を動かす。
それがこそばゆくて、美鈴はクスクスと苦笑しながら頭を撫でた。
まるで、その様子が母に甘える子供のようで、自分も傍目から見れば母親のように映るのだろうかとぼんやりと思う。
ふと、レミリアもフランも、誰かの愛情に飢えていたんじゃないかと美鈴は考えた。
特に、フランは長い間幽閉されていたこともあり、その反応が近著だ。
こういったときは、不器用ながらも甘えてきてくれて、それが美鈴にはとても喜ばしかった。
美鈴は、二人がどのように育ったのかを知らない。差し出がましいとは理解しつつも、こういったときぐらいは母の変わりになれたらと、そんなことを思う。
そこでふと、フランがうっすらとまぶたを開けた。
ぼんやりとした様子でまだ思考が定まらないのか、ぼーっと美鈴を見上げている。
にっこりと、美鈴は微笑んだ。今まで考えていたことを気取られぬよう、心からの笑顔で。
「おはようございます、妹様」
「ん、……あぁそっか。私、寝ちゃってたんだ。ごめんね、ずっと膝枕しててもらってさ」
そういいながら、ゆっくりと体を起こして行くフラン。
空はすっかりと赤く染まり、もう少しすれば吸血鬼の時間が訪れるだろう。
美鈴の手は、フランの手をずっと握ったままだ。
眠ってる間も、ずっと握っていてくれていたのだろうかと、フランは思う。
そうだったらいいなぁなんて思って、けれどもそれは口に出さずにんーッと背伸びをする。
気がつけば美鈴も立ち上がっていて、彼女の伸びに合わせて手の位置を調整する。
フランの様子をしばらく見ていた美鈴は、ふと何か思いついたようにニコニコと笑った。
「お気になさらず、妹様。私としては、妹様の可愛い寝顔が見れただけで満足です」
「んなっ!!?」
とんでもない発言が飛び出して、フランのほうから素っ頓狂な声が上がる。
なんだってこんな時にそういう恥ずかしい発言するのよ!! と内心で文句を言うのだが、顔が真っ赤になって恥ずかしさの余りに口がうまく回らない。
そんな様子のボンッと表現できそうなフランを見て、まるで恥ずかしさの余りに爆発しそうだと思い……それでようやく、美鈴は小悪魔が何を企んでいたかを悟った。
爆発という意味合いには、破壊を起こす現象とは別に、抑えていた気持ちが激しくなって外部に現れることをさす場合もある。
小悪魔の今朝の発言は後者の意味合いをさすのだろう。
確かに爆発って言えば爆発だが、わざと真実から遠ざけようとした辺りはさすが小悪魔と褒めるべきなのか怒るべきなのか。
恥ずかしさの余りに爆発したとでも言えばいいのか、あいも変わらずフランの顔は真っ赤だ。
「なるほど、確かに妹様が爆発しましたね」
「へ? へ!?」
「いえいえ、お気になさらず。こちらの話ですよー」
ぎゅーっと彼女を抱きしめて、美鈴は可笑しそうにくすくすと笑う。
一体どうして、小悪魔がこんなたくらみを持ったのかは知らないけれど、まぁいいかと美鈴は思う。
こうやってかわいらしい一場面も見れたことだし、大目に見ましょうとくすくす笑った。
もちろん、フランは困惑するしかないのだけれど、抱きしめてくれる美鈴の心地よさに次第にどうでも良くなってくる。
「さ、私の部屋に行きましょうか。そろそろ交代の時間ですし」
「うん、お話の続き、聞かせてね」
「もちろんですとも」
そう言葉を交し合って、お互いに笑いあう。フランの顔はまだ真っ赤だけど、そこは指摘しないで頭を撫でてあげた。
しばらくして、交代の門番隊が来て、後を任せて部屋に戻るために門をくぐる。
今日は楽しい夜になりそうだ、なんて二人で思いながら、彼女達はいつまでも繋がりあって、そして笑いあっていた。
▼
「まったく、あなたのひねくれ具合にも困ったもんね」
広大な大図書館に、静かな声が響く。
その声の主はこの館に巣食う魔女、館の主人の親友でもある彼女は、小さなため息をひとつついて自らの使い魔に言葉をかけた。
対する使い魔は、これまた悪びれた様子もなくけろりとしたもので、いつもの笑顔を浮かべてくすくすと笑う。
「何をおっしゃいますパチュリー様。私はコレでも素直なほうですよ? 三度の飯より悪戯が大好きです」
「あっそ、ならご飯はいらないわね。今日から食費が浮いて助かるわ」
「あーん、いけずぅ」
簡素というよりは少し冷たい主の言葉にも、小悪魔はケタケタと楽しそうに笑って本を差し出す。
その様子を一瞥すると、大図書館の主……パチュリー・ノーレッジは気にした風もなくその本を受け取った。
「まぁ、実際問題ですよ。お嬢様も妹様ももう少しは甘えればいいんです。特に妹様はほとんど人と接したことがないんですからなおさらですよ」
「だからって、もうちょっとやり方があったんじゃない?」
「何をおっしゃいます。アレが一番面白おかしそうでしたもん」
「結局、あなたにとっては楽しいか楽しくないかに尽きるわけね」
「もちろんでございます、パチュリー様」
悪びれた風もなく、むしろそれは褒め言葉だとでも言うかのように、小悪魔は仰々しく頭をたれた。
その様子に、もう一度だけため息をつく。
彼女のこの性格は今に始まったことじゃないし、仕事も優秀、そして退屈しないのだから、別にいいかと思っている自分が居る。
第一、お前が素直だなんて絶対にありえないでしょうと内心で毒づく。
人のためにと思っての行動がこんなカタチなのだから、とんでもないひねくれ者でなくてなんだというのか。
そんな彼女の考えを読んだかのように、小悪魔はくすくすと笑う。
「パチュリー様も知ってらっしゃるでしょう? 私はパチュリー様の使い魔であって、カウンセラーではありませんよ。
それに何より、私は『悪魔』で司書ですから」
ウインクひとつして、小悪魔は楽しそうにパチュリーを覗き込んだ。
そんな彼女に、パチュリーはまたひとつため息をつく。
それ見ろ、やっぱりとんでもないひねくれ者ではないか。
「小悪魔、コーヒー」
「はいはーい、ただいまお待ちくださいな~」
けれども、そこは指摘せずに命令だけを淡々と紡ぐ。
彼女はそれを気にした風もなく、心底楽しそうに鼻歌交じりでコーヒーの準備に取り掛かった。
そんな彼女を見るのが好きだって言うのはこの際黙っておこう。そこまで考えて、ふとパチュリーは思い至る。
なんてことはない。よくよく考えれば、この館はひねくれもの共の集まりだったかと今更のように気がついただけのこと。
ドイツもコイツも素直じゃないのだ。無論、パチュリー自身も。
小悪魔の楽しげな歌が耳に届く。それを気にした風もなく、彼女のコーヒーを入れる姿をじっと見たくなって、パチュリーはしおりを挟むとパタンと本を閉じた。
ところで、おぜうサイドも読みたいな~…なんて。
三國志にさして興味はないのですが、美鈴が話す三國志は面白そう。とても聴きたいです。
さて、レミリアルートの方を早く書くんだwww
これは流行る
そういえば「美鈴に」が「美鈴二」って書いてあるとこが二ヶ所くらいあったよ
あああ、甘っ!ごちそうさまでした。
やった―――――――!!
黒司書ですね、わかります
フランドーンカワイイヨフランドーン
いや、何故かその辺の印象が一番大きく残りました。
紅魔館勢で大好きな組み合わせが揃ってしまった、モウダメダ
タイトル自重とかやっぱり大ちゃんは可愛いなぁとか申し上げたい事は沢山御座いますが、何より小悪魔のキャラが素敵。