※この話は幻想美食夜行の続きとをなっております。 申し訳ありませんが、お時間に余裕がありましたら、こちらから読んでいただけると幸いです。
――あの場所は『今の日本じゃなかった』のよ。
蓮子の言った、その言葉が、ぐるぐる、ぐるぐると、頭の中を巡り回る。
私は今、大学で授業を受けている。
本日二コマ目の授業――の後半。ほとんどの生徒が空腹に耐えながら、終了のチャイムを今か今かと待ち望んでいる、一日で最も授業が耳に入らない時間帯だ。ノートやペンを既に仕舞っていて、チャイムと同時にスタートダッシュをかけようとしている者も見える。
斯くいう私も例に漏れず、授業の内容なんて頭に入ってこない。どうしても昨日のことばかり考えてしまうのだ。
なぜ、あの場所は、あんなにも結界の綻びが多かったのだろうか。あの場所には何かがあるのだろうか。あの様子は……異常だった。
気になることは、それだけではない。
食材や油の匂いは、あるのだろう。それによって多少の空気の違いは、飲食店には必ずある。しかし、あそこは、あの場所は『この世界の匂い』がしなかった。どこか別の――そう、なんだか懐かしい匂い。
蓮子は、あの場所を『今の日本じゃなかった』と言ったが、あの場所は『あの場所にはなかった』と言った方が正しいような気がする。
それともう一つ。あの場所からは『人ならざる者』の匂いがした。
蓮子に伝えるべきだろうか。
「では、今日の授業はここまで。しっかり復習しておくように」
いや、やめておこう。絶対に面倒なことになる。それに――
「メリー。太田先生のところに行って、昨日の場所のことを聞きに行くわよ」
――言わなくても、どうせ面倒なことになるしね。
授業が終わり、昼休みに入ると、蓮子は私の腕を掴み、ぐいぐい引っ張っていった。
蓮子も人並み以下には、人目を憚るくらいの良識を持ち合わせている。具体的に言うと、構内を走ったりはしない。しかし、早歩きはする。
「走るよりはマシでしょ」とは蓮子の談。マシなわけあるか、離せ。
袋の底に残ったポテチの屑くらいの、蓮子の私に対する配慮は、残念ながら(当然の如く)功を奏すことなく、道行く学生の視線を集めていた。
ぶん、と掴まれた腕を振って蓮子の手を引き剥がして、息を整え、訊ねた。
「ちょ、ちょっと蓮子! どこに連れて行く気よ!?」
「太田先生のいる場所に決まってるでしょ?」
「どこにいるか知ってるの?」
構内には、カフェテラスや学生食堂、ファミリーレストラン、ジャンクフードショップなど、無数の飲食店がひしめき合っている。その中から一軒一軒探すとなると、かなりの時間がかかる。それは勘弁願いたい。
「大丈夫。そこらへんはきちんと調べてあるわよ。太田先生って、『つなみ食堂』と『喫茶・まなみん家』と『ららかちカフェ』をローテーションしてるらしいから、この三軒で捜せばいいはずよ」
「ふむ……」
その三軒なら、あまり離れてはいない。それに味も悪くないし、学生である私たちにとって、お財布にも優しいお店だ。
私たちの通う大学では、大学での買い物は全て学生カードでの清算になっている。つまり、直接私たちのお財布の中身が減っていくということはない。とは言え、余り使いすぎると、後で大変なことになるので、やはり安いに越したことはないのだ。
仕方ない……。
「その三軒にもいなかったら、諦めてよ? あんまり歩きたくないし」
「わかってるって」
こうして私たちは、太田先生を求めて食堂へと向かった。
「いたよ?」
「……展開が早くて助かるわ」
太田先生は、私たちが、まず最初に向かった『つなみ食堂』で見つかった。
『つなみ食堂』には、和食、洋食、中華、と豊富なメニューが取り揃えられており、学生にも教師にも非常に人気の高い食堂だ。
学生たちは、放課後の予定や、期末試験に対する不安、色恋話などで盛り上がって、食堂は騒々しい空気に包まれている。
その中で、ぽつん、と一人、誰とも関わらずに食事の準備をしている先生を見つけたのだ。
――異色。
まるで、この世界の住人ではないような、そんな……。
「でも、蓮子。どうやって聞くつもり? まさか『あの場所は何ですか?』なんて直接聞くつもりじゃないでしょうね?」
「え、そのつもりだけど?」
この子は……。
私は盛大に溜息を吐きたい衝動を、ぐっと抑え、言う。
「……あのね、蓮子。そんな直接聞いても教えてくれるわけないでしょ? ――それに、太田先生自身、わかってないって可能性だってあるんだよ?」
「あ、そっか」
まあ、その可能性が限りなく低いということは、私自身わかっていた。『人ならざる者の匂い』は、余りにも太田先生に馴染みすぎていたのだ。あれで無関係だということは、まずありえないだろう。それだけに怖かった。今までの生活が、あっという間に崩れてしまいそうで――
「うーん、じゃあ、それとなく聞いてみるよ」
「大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫大丈夫。なんとかなるって。さ、とりあえず何か買ってこようよ」
「はいはい」
私は玉子サンドとカフェオレ、蓮子はハムサンドとダージリンを購入し、太田先生のいる席へと向かった。
「せーんせ、ご一緒してもいいですか?」
「先生、こんにちは」
「あ、どうも、こんにちは。構いませんよ」
「失礼しまーす」
「失礼します」
先生に挨拶をし、同席の許可を貰う。
「先生、昨晩は、ご馳走さまでした。どれも本当においしかったです」
「ああ、いえいえ。満足してもらえたのなら何よりですよ」
「それで、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど……」
蓮子は意を決したような表情を見せた。
――聞く気だ。
蓮子、何て聞くつもりなの……?
「先生……」
「何でしょう?」
「……それ、何ですか?」
蓮子は、先生の目の前にある『箱』を指差し、聞いた。
えぇー……。
「これは、お弁当ですよ」
「へえ、自分で作ってるんですか?」
「ええ、まあ」
「すごーい」
イカン。蓮子の意識が完全に、お弁当に向いた。……まあ、いいけどさ。部長としてどうなの?
「……中、見せてもらってもいいですか?」
「蓮子、図々しい」
「いいじゃない、くださいって言ってるわけじゃないし」
「別に構いませんよ」
そう言うと太田先生は、かぱ、と箱の蓋を開け、お弁当の中身を私たちに披露してくれた。
「わあ……」
蓮子が感嘆の声を上げる。斯く言う私も見入ってしまった。
「おいしそう……」
お世辞などではない、紛れもない本音。
その四角い、お弁当箱の中には、ところ狭しと、色とりどりの食材が詰め込まれていた。
白いご飯に梅干はデフォね。それから、ウィンナーに玉子焼き、アスパラガス、きんぴらごぼう、里芋の煮っ転がしも入っている。
蓋を開けた瞬間から、色んな食材の色んな匂いが、私の鼻腔をくすぐる。
どれもこれも、とても、おいしそうだ。
じー、と見入る私たちを見て、太田先生は、くすり、と笑い、言った。
「よかったら、少し食べてみますか?」
「えっ、いいんですか!?」
ぱっ、と蓮子の顔が輝いた。
「こら、蓮子っ」
「どうぞどうぞ」
「やったー」
「ああもう……先生、本当に、ごめんなさい」
蓮子に代わって謝る私。パターン化されてきたわ。
そんな私に向かって、先生は柔和な笑みで言う。
「いいんですよ。マエリベリーさんも遠慮せずにどうぞ」
「え、でも、そんな……」
そんなこと言われたら、我慢できなくなっちゃう。だって、すごくおいしそうなんだもん……。
「メリー! この玉子焼きめっちゃうまあああ!?」
その瞬間、がらがら、と私の中の我慢という文字が、音を立てて崩れていった。
「ごめんなさい、いただきます」
むんず、と蓮子の持つ箸を奪い、もう一切れの玉子焼きを頬張る。ふんわりとやわらかい食感が舌を包み込む。まだ温かみを残した玉子焼きは、噛むにつれて、じわりじわりと、その甘みが拡がっていく。しかし、甘みだけだはない。微かな醤油のしょっぱさが上手い具合に砂糖の甘さを引き立てている。その上、味に深みがある。出汁も入っているのだろう。確かな味付け、それでいて、玉子本来のおいしさを最大限に活かした、絶妙な調理具合だった。
思わず顔がほころぶ。
「おいひ~い」
「……んふ」
蓮子が、変な顔でこちらを見ている。
「……何?」
「間接ちゅーだね」
蓮子は、にやけ顔を隠そうともせずに言った。
「……何馬鹿なこと言ってんのよ」
努めて平静に言った。言えたはずだった。
だけど、自分の耳が真っ赤になっているのがわかる。目の良い蓮子が、それを見逃すはずもなく――
「あは、ごめんごめん」
――と、まるで謝っている風でもなく、軽く返してきたのだった。
癪に障るわ。けど、それを表情に出すのは、どこか子供っぽくて、負けたような気がするので、私は、一切れしか入っていないトマトを食べてやった。
「あー!? 私も食べたかったのにい!」
蓮子の悲痛な叫びを無視して、意識をトマトに集中させる。
お弁当箱の中に入っていたからか、少し温くなってしまっているトマトは、しかし、その鮮度は失っておらず、歯を通した瞬間、中の汁が口中に弾けた。鼻から突き抜けるような強烈な酸味と、舌の付け根から、じわじわと登ってくる、まろやかな甘みが、まるで瑞々しいフルーツを食べているような錯覚に陥らせる。
――なんておいしいの……。
そこで私は一つの可能性に気がついた。
「あの、もしかして、このお弁当も全部、天然食品を使っているんですか?」
「ええ、そうですよ」
「ひええ……」
私が恐れ戦いている隙に、蓮子は私から箸を奪い、『妙な切れ込み』のあるウィンナーを掴んだ。
「あはは、タコさんウィンナーだ」
不思議な単語が聞こえた。特に何も考えずに、疑問をそのまま口にする。
「え、それってタコでできてるの?」
「え――?」
ぽかん、と素の表情で、蓮子は私を見つめる。見ると、先生も似たような顔をしていた。
「あっはははははははは! やだもうメリー、何言ってるのよ! あはははは!」
「え? え?」
なんで爆笑されてるの私? 変なこと言ったかしら……。
先生も口に手を当て、必死に耐えている。
「ふぐ……くひ……」
「…………お笑い芸人にでもなった方がいいのかしらね」
蓮子が落ち着いてきたところで、不満の声を上げてみる。
「はー……はー……。ごめんごめん、そんなに怒らないでよ」
「……怒ってないわよ」
拗ねてるだけだもん。
「悪かったってば。だってメリーがあんまりにもおかしな事を言うんだもん」
「できれば、そのおかしなことを、このお笑い芸人にも教えてくれると嬉しいわ」
「も~、拗ねないの。ほら、これって形がタコみたいでしょ? だからタコさんウィンナー」
「あ……」
そんな単純なことだったのか。それを変な風に考えて、拗ねて……なんて恥ずかしいんだろう……。
「しょうがないよ。メリーの国では、ウィンナーをタコさんにするなんて文化がないもんね。ドンマイドンマイ」
優しくされると、余計に自分が惨めに思えてくる。
私が顔を真っ赤にして俯いていると、蓮子は私のほっぺを、ぷに、と刺してきた。
「はい、メリー」
「え、な、何?」
「あーん」
蓮子は、そのタコさんウィンナーを箸で掴み、私の口元に待機させている。食べろということだろうか。……に決まってるわね。それはともかく、その方法は、まずいでしょう。
「い、いい。いいよ。自分で食べる」
「あーん」
「やだ、恥ずかしい……」
「あーん」
駄目だ。こうなったら蓮子はテコでも動かない。譲らない。
「あ、あーん……」
仕方なしに折れた。目をつむりながら口を開ける。
なんだか雛鳥になったような気分。しかも大勢の学生の前で。
それとなく周りの様子を窺ってみる。周囲の学生たちは、自分たちの話に夢中で、私たちの行為を気に留めた様子はない。仮に見られていたとしても、女の子同士が、じゃれ合っているくらいにしか思わないだろう。しかし、目を戻した途端に、周りの視線が突き刺さるような錯覚に陥る。自意識過剰かしら。
それはともかく、先生は確実に見ている。物凄く恥ずかしい……。
そんな恥ずかしさとは関係なく、タコさんウィンナーはおいしかった。身を噛むと出てくる肉汁と、程よい塩加減が絶妙にマッチしている。どうしてもご飯が進んでしまう一口だった。
目の前の宝箱を前に、いつまでも不貞腐れているのもばからしい。
「ん」
私は――それでも、まだちょっと恥ずかしいので――そっぽを向きながら、箸をよこせというように手を突き出した。
「あい」
苦笑する蓮子から箸を受け取ると、私はアスパラガスに手を伸ばした。添えてあるマヨネーズにアスパラガスを、ちょいちょい、と付けて口に運ぶ。アスパラガスは、歯を通すと、硬すぎもせず、かといって、やわらかすぎもせず、コリコリとした、なんとも耳にも心地いい食感を楽しませてくれた。塩茹でされた、あっさりとした味わいがマヨネーズとよく合う。ほんの少し青臭いが、それがまた『野菜を食べている』という実感を湧かせてくれる。
「んぅ~……」
思わず眉がハの字になるほど、幸せを感じる。
今まで行ってきていた『満腹中枢を満たす作業』は『食事を楽しむ』という行為に成り代わっていた。太田先生には、いくら感謝しても、し足りない。私たちは『食』を知ることができたのだから。
そんな、嚥下の余韻に浸っている間に、蓮子は、ひょいひょい、と次々に料理を口に運んでいく。
「あ、ちょっと、私もっ」
「はい、あーん」
「…………」
私は無言で蓮子の持つ箸を奪った。さすがに二度目はない。
「ちぇ」
半ば本気で残念がる蓮子を無視して、きんぴらごぼうを頬張る。口に含んだ瞬間、他の食材に移らない程度の微かな、ごま油の風味が、すん、と鼻から抜ける。ゴリゴリと音を鳴らし、ごぼうと人参を咀嚼する。噛んでいる内に、優しい大地の味が染み出してくる。つまり、土臭い。しかし、それは決して不快なものではなく、料理としてのごぼうと人参、素材としてのごぼうと人参、両方の面からごぼう、そして人参への感謝の念が溢れてくるばかりであった。もちろん、味付けも抜群だ。確かな甘みは存在するのに、それを飽きさせないために、唐辛子が、ぴりり、といい仕事をしてくれている。ぷつぷつと音を立てて潰れる白ごまも、ちょっとしたアクセントになっている。
「スーパーのお惣菜とは全然違うね。すごい歯ごたえがある」
蓮子が実に興味深そうに感想を述べた。
そう、太田先生の作る料理は、基本的に食感が違う。味の深みも、まるで違う。一口食べる毎に驚きの連続なのだ。
続けて、まるで淡雪の粒を拡大したような里芋に箸を伸ばす。大きさを半分にしようと思い、里芋を掴み、力を込める。ふつ、とわずかな感触だけを残して、里芋は千切れてくれた。やわらかい。自重だけで崩れてしまいそうな里芋を、慎重に口に運ぶ。口に入れた瞬間に自己主張してきたものは、味でも香りでもなく、その食感だった。里芋は舌に乗った瞬間に、まるで霜降り和牛のように、ほろり、と崩れていき、口の中全体に広がっていった。確かな醤油と砂糖の味わいが、崩れた里芋に、とろり、と絡まって舌を、頬を、喉を流れていく。
――おいしい。現代社会を忙しなく生きる私たちを優しく包み込むような一口。いつまでもこの余韻に浸っていたい。そんなことを思ってしまった。しかし、現代社会を忙しなく生きる私たちに、そんな時間があるはずもなく、残りの休み時間を気にしながら、せかせかと二人でお弁当を食べていった。
「ふー。おいしかった」
蓮子は満足気に、お腹を叩いた。
「先生、ご馳走さまでした。とってもおいしかったです。先生は料理がお上手なんですね」
素直な感想と共に、空になった弁当箱を先生に返す。
「満足いただけたようで何よりです」
相変わらずの柔和な表情で、先生は満足そうに頷いた。
「ところで――」
先生は、少し困ったような表情で続けた。
「――私のお昼はどうなるんでしょう?」
「あ……」
「あ……」
というか……二人とも彼の弁当の中身を全部食べちゃうって……。
彼の「私のお昼は」という言葉や会話とか面白かったです。
あとがきBルートに全力で笑ったwwwwwwww
存分に楽しませて頂きました、そして続きが気になる…
それにしてもあとがきBルートであれを目にするとは思わなかったww
続きが気になる!
てかBルートww吹いたわwwww
ところで、『幻想美食夜行』の続きってのは始めに書くべきでは?
ありがとうございましたー。
セリフ回しは、もっと磨いていきたいところですね。
東方らしさというか、秘封らしさを追及していきたいです。
>ぺ・四潤さん
そんなこと言われましてもw
ゼンショイタシマス。
>7
ありがとうございました!
もっと表現の幅を広げて、さらなる臨場感を出せるようになりたいです。
>9
それが目的です(鬼
だって、サンドウィットいえば……ねえ?
>10
あちがとうございましたー。
なるべく間を空けないで投稿したいとは……思ってます。
>11
まあ、一つのお弁当を二人で食べてたらそうなりますよね。
>21
おかわりをすればいいんですよー。
>22
確かに!
直しましたー。ありがとうございます。
あぁ、お腹すいてきた…
SWを食べればいいんですよー。
ホント料理がいちいち旨そうで困る……あー、腹減ってきた。
きんぴらごぼう食いてえ……
急展開します!
まあ相変わらず料理はでてきますw
そしてみんなが騒いでるからルートB気になって見に行ってみたら、例のアレじゃないですかww吹いたわww
腹減って死にそうw
ストーリー的にまるで進んでないけどこんな弁当があったらそら疑問もそっちのけになるなw
花より団子な女子大生ですもの。
続き、続きはまだなんですか!
おぉぅ……か、書きます!(そのうち)