この作品は続きものです。
前作「こんな命蓮寺~ねずみんきゅ~ぴっと~第一章」の続きになっています。
これ単体では楽しめないはずです。ご了承ください。
あと、前回を読んで下さった方は御存知のことと思いますが、毘沙門天が登場します。そちらも重ねてご了承ください。
「恋か……恋ねぇ……」
星に説教されてからこっち、ナズーリンはずっとこんな調子である。水蜜の視線が痛いと言うのもある。
因みに毘沙門天の星とお食事云々は、今度自分で誘うのだそうだ。うん、草食系男子にはそれくらいの勇気も必要だろう。いい加減じれったいし。
悩ましい話だが、最近のナズーリンはずっと恋について考えていた。はたして、人を好きになるとはどんな事か。人を好きになると、自分はどうなってしまうのか。そして自分は、今誰かが好きか?
好きな人は誰かと問われたら、ナズーリンは即答でこう答えようとして、恥ずかしいからやめるだろう。
すなわち、「命蓮寺のみんな+毘沙門天様」である。なかなかどうして、泣かせる話である。
しかし、ナズーリンは判っている。当然あの日星が言った「好きな人」と今思い浮かべた「好きな人」が同じ字面で全く違う意味を持つ言葉である事を。今の一連の思考が、逃げの一手である事もだ。
誰かを好きに。この身をささげたくなるような、燃えるような恋を。そんな歌謡じみた恋愛を、自分はしているだろうか。出来るだろうか。
……ご主人……柔らかかったな……
って、いかん! こんな思考が時折挟まれてしまうのも、大いにナズーリンを悩ませる要因であった。これではまるで、まるっきりあのエロ船長じゃあないか。
「だ~くそっ! それもこれもあの馬鹿船長のせいだこの野郎! 村紗この野郎! 村紗レズ野郎!!」
「な、ナズさん? いかがいたしました?」
「おおっと! いえ別に、何でもないですよええ」
少なくとも、白蓮に聞かせるような内容じゃない事だけは確かだ。と言うか、聖さん貴女いつからそこにいた?
「恋ですか?」
「なんです?」
そして急に切り出すの白蓮。どうやら独り言を聞かれたらしく南無三。
「恋なんですね?」
「だから何がでしょう?」
「恋をしていらっしゃるのですね!? あらやだ、ならそうと仰ってくださいもう!」
「ちょ、聖? 貴女一体何を―――」
「どなたです? 人間の里の方ですか? それともどこかに住んでいらっしゃる妖怪さん?」
「いえ、ちが―――」
「こうしてはいられません! ナズさん、兵法は迅速を尊ぶです! さっそく行動を起こさな―――」
「だあぁぁらっ!! 違うと言ってるでしょうに!」
大声で悪いが、とりあえず収まってもらう。どうにもこの住職は暴走列車なきらいがあるのだ。しかし、
「隠さずともよいのです。恋をするというのは、恥ずかしい事ではありませんよ?」
止まってくれないのもまた白蓮である。心底助け船が欲しい所。
「あ~、ゲフン! 姐さん、少しよろしいですか?」
助け舟ktkr!
「一輪? どうかしました?」
「ええ、どうかしたのはどちらかと言うと姐さんと言いうか。とりあえずナズの話を聞いて差し上げてですね」
ナイスフォローだ! 一輪グッジョブ!
「というか、聞くまでもなく、ここなナズーリンが恋などと(失笑」
前言撤回。
「賢しいナズの事です。大方恋とは何か~なんて哲学チックな命題に挑んでいたのですよ。そうでしょナズ?」
「え? ああ、うん、その通りだ」
「ね? でしょう? 色恋の相談ならナズではなくて、あそこにいる水蜜か星あたりの話を聞いてあげて下さいな」
「……そう? ナズさん、本当です?」
「え、ええ、まさに一輪の言った通りで。ほら、なかなか難しいテーマと思わないかい? あはははは」
「そんな、難しい事ではありませんよナズさん。恋と言うのはですね―――」
「あ~姐さん! 実はナズに急用がありましてですね」
「あら、そうなの? それは御免なさいね。ナズさん、一輪をよろしくお願いしますね」
「え、ええ。まかされました」
そうして聖は去っていった。
「……」
「……」
「……なるほど。私は恋などしない人なんだね?」
「あら? 根に持ちました? ごめんなさいね、あれくらいしないと姐さんったら止まってくれないから」
それは否定しない。そして、先ほどの一輪の弁護もまるっきり否定できない。だんだん自分が木のコブから生まれてきたんじゃないかと思えてくるナズーリンである。
「それで? 誰なのです?」
「何がさ?」
「意中の人です」
「……ブルータスよ、お前もか……」
「お前もかって、あら、本当に違ったのです?」
「だから、私は一生独り身のつもりだったが?」
「それはそれで寂しくないですか?」
「悪いが一輪、君に言われたら終いだね」
「あら、ナズまでそんな事を言うのですか?」
雲居一輪。白蓮の弟子その一に当たる。白蓮への敬愛なら星のそれにも並ぶだろう。その分、命蓮寺では一番浮いた話の少ない人物でもあった。
ナズーリンは以前、パートナーである雲山に泣き付かれた事がある。一輪にいい男を探してやってくれとかなんとか、人探しは門外漢なので申し訳ないけど断ったが。
「いい加減身を固めないと、雲山がひたすら心配してるよ? そうでなくとも、せめて少しくらいその気を見せてみてもさ」
「あら、貴女は私に、水蜜のようになれと?」
「いや、すまない。それだけは勘弁してくれ」
「でしょう? 私はいいのです。聖を支え、ともに生きていくことができればそれで幸せですよ?」
「尼公と弟子の百合物じゃマニアック過ぎてファンもつくまいに……」
「ゆり? 百合の花がいかがしました?」
「……何でもない。忘れてくれ」
自分もたいがい末期かもしれない。
「まぁ、何にせよ助かったよ」
「いえいえ。こればかりと言わず、何かありましたら相談に乗ります。常々繰り返しますが、遠慮はいらないのですよ?」
「ああ。覚えておく」
ありがたいな。努力が時折空回る星と違って、一輪は確かに頼り甲斐があった。
人間の里にて最近評判となった命蓮寺だが、その住職たる聖白蓮の評判もまた上々であった。
曰く「親切」だの、「いい人」だの、「立派」だのと、中には「可愛い」とか「茶目っ気がある」とか「親しみやすい」とか言った評価もみられる。
まぁ何にせよ妖怪神社と名高い博麗神社の巫女や、トラブルメイカーな上に山の上にいる所為でなかなかお目にかかれない守矢の二柱と違って、讃辞に事欠かない人であることは確かだった。
まぁ、すれ違って振り向かない男がいないその端麗な容姿も関係するのだろうが。
そんな巷のアイドルたる白蓮であるが、ナズーリンの評価は少し違った。
確かに、彼女は心正しく、心清らかで、心優しい。聖人としては完璧な心根の持ち主だろうと思う。どこぞの元戦闘用アンドロイドのメイドさんもビックリのいい人だ。
しかしだからこそ、ナズーリンは白蓮を見習おうとは思わないのである。ナズーリンに言わせれば、聖白蓮を一言で表すならば「馬鹿」に他ならない。愛すべき人ではある。しかしあの人はいささか良い人が過ぎて、自分の事を置き去りにしてしまう馬鹿みたいな悪癖がある。
頑張り過ぎて霊力も体力も使い果たし、ぶっ倒れる事なんて日常茶飯事。
以前流行の熱病を患った折、付きっきりで看病してくれた白蓮が実は同じ病を患っていたと後で聞いた時には、思わず完璧なフォームでヘッドスライディング土下座をきめてしまった。
白蓮は常に全力なのだ。ただどちらかと言うと自分より他人の方に目が行く人で、その所為で自分の方に目が一切向かなくなってしまう。
それで1000年の封印なんて憂き目にもあう……
「そんな聖が今普通に生活できているのは、ひとえに一輪の支えによる物なのだろうな~とね、私は思うのだよご主人」
「なんです? 私に対する当て付けですか?」
「どうだろうねぇ……こうも毎日物をなくされると、少しは彼女を見習って成長してほしいと思うよ」
「グッ……言い返せないのが腹立たしい……」
まぁおそらく、自分に腹を立てているのだろう。星も無能ではない。少々頭は固いが、むしろ有能な人だと思う。このドジっ娘なところがなければ完璧なのだ。
今日も今日とて、星は失せ物探しを依頼してきた。いつも肩にかけている羽衣が無いと言う。
「やれやれ君も懲りないなご主人。そもそもいつも身につけているじゃないか。朝食の時は……身につけていなかったな……なぜその時気付かなかった?」
「それが分かれば苦労はしません! ナズーリンだって指摘しなかったではないですか!」
「誰がいちいち指摘すると? 私がこのケープを脱いでいたら、君は失くしたのかと心配するのか? いつ失くしたんだ?」
「……お風呂に入った時でしょうか? 昨日は夕食まであったはずなので、外でない事だけは確かなのですが……」
「それが聞けて安心だなご主人。そもそも君は迂闊が過ぎる! ボーっと歩いていたら通路の曲がり角のところに頭ぶつけたりしかねんよ?」
「―――痛っ!」
「……ぶつけちゃった……」
言った傍から。
「……いいさ。探しとくから任せてくれていいよ」
「いえそんな、寺の中にあるでしょうし、私も―――」
「皆まで言おうか?」
「……はい……足手まといでしたら退散いたします……」
「あ~……そんなに沈まないでくれご主人。人には向き不向きがあるんだから、ご主人はご主人の勤めを果たして来いと言う話」
「ええ、そうですね。ありがとうございます」
「礼はいいから、ほら行った行った」
星を体よく追い払って、探し物を始める事にする。寺の中にあると言うなら、配下のネズミを使う必要もない。
「反応……こちらか……」
ダウジングだけで十分だ。と言うより、所在について大方の見当はつけていた。
「……やはりな船長」
発見。水蜜の部屋にあった。正確には万年床と化している布団の上。何に使ったかは想像に難くないが、あえて想像したくもない。
洗濯を進言しよう。羽衣って洗濯機に放り込んでも大丈夫なのだろうか?
「やれやれ船長。そろそろいい加減にした方がいいんじゃないか……な……ん?」
あの女郎。またやりやがった。水蜜の机の上に、あってはならない物を見つけてしまった。
『GENSOU★PINK』今週号。買いたてほやほやか? 大方読んでる最中にトイレにでも行ったのだろう。開きっぱなしにして放置してあった。
そして、その開かれた頁。これは水蜜も興奮しただろう。
「今日のこっそり激写コーナー」
表題は「毘沙門天の弟子は巨乳!神のえこ贔屓ここに極まる!」だった。
「そう……あの子はまた……」
「―――ひぃ!? ひ、聖!?」
「あぁ、ナズさん。星がお世話になりました」
「えええ、いや、これは、い、いい、いましがた見つけたばかりと言うか、わた、私はなんの、関与も―――」
「ええ、羽衣、見つけて下さったのでしょう? どうして此処にあったのでしょうね? それも問いただしてみなければなりません」
「……聖?」
穏やかに聞こえるが、一見すると笑顔だが、目が一切笑ってない。
あぁ……南無南無。これは終わった。
「ナズさん、これ」
聖はおもむろにエロ本を手に取ると、
「もって行きますね?」
「ええ、ご自由にどうぞ」
どこに向かうかはお察しの通り。合掌。
「超人「聖白蓮」術式固定、掌握!」 ↓読み
(チョウジン・ヒジリビャクレン・スタグネット・コンプレクシオー)
「や、やめ……どうか、どうかお許しを……」
只今午後7時17分。南無三ラウンドにして14となる。
「魔力装填、術式兵装『聖☆お姉さん』」 ↓読み
(スプレーメントゥム・プロ・アマルティオーネ・ヒジリ☆オネエサン )
「ギャーナムサーン!」
只今命蓮寺上空にて、版権的にどこまでも不味い強化魔法を使ったお仕置きと言う名の公開処刑が執り行われていた。
もちろん執行者は白蓮。哀れな受刑者は水蜜である。どこの魔法先生かと……
「……ええ、少々馬鹿なことやったやつがいましてね。あ、いえ、星ではないですよ。
ええ、いつもの水蜜です。……はい、そいつ。エロ船長してる……ええ」
ナズーリンは屋根に腰掛けて様子を見ながら、毘沙門天への定時報告と洒落込んでいた。通信機の先の毘沙門天もその音を聞いて、かなりビビっていらっしゃるようす。
週に幾度か上空で繰り広げるこの阿鼻叫喚の地獄絵図は、今や人間の里の名物と化していたりする。
「あははは、仏の顔も3度までとは言いますがね毘沙門天様、聖の笑顔は6度までですよ。
……いえ、そうではなくてね、6度も笑顔で我慢してくれるわけですから、どれほどの憤りを貯め込んでいる事かと言う話でして。
……ええ、まさに普段怒らない人が怒ると怖い典型です……私ですか? まさか、そんなヘマはしませんよ? ……あはは、ええ、気をつけます。」
別段白蓮が怖い人と言う訳ではない。むしろ、先述のようにいい人なのだから。ラウンド14と言う事は、見つかった物も1冊だけという事だし全体の半分くらいに差し掛かっただろう。
このお仕置きも日付が変わるまでには終わる。そしてその後白蓮は1人反省タイムに入るのだ。
水蜜があのような本に手を出すのは、自分が導いてやる事が出来ていないからだとか考えて、自室で1人涙する白蓮を想像したら、どうにも水蜜とは一度話をしなければならないと思えてくる。
「……なんですって? エロ本がどうだったか?」
そしてこのダメ神とも、一度しっかり話をしておかなくてはなるまい。
「ええ、寅丸星特集でしたよ。よくご存じで……ええ、それはもうボンキュッボンでした……うらやましいですか?
……毘沙門天様、無礼を承知で、あえて言わせてもらうのですがね。
……貴方は、本当に、馬鹿だなっ!!」
疑問形にする必要もなく馬鹿である。例えばこの話を星が聞いたとしよう。どう思うだろうか。ナズーリンの見立てじゃ卒倒するに違いない。
「貴方星を食事に誘うんでしょう? 食事の席でもそんな邪な目で星を見るんですか? ならもう誘うの止めちまえ!
……そんなに見たいんならな、星に頼んで見せてもらったらいいでしょう!? できない? どうしてです? 見せてもらったらいいでしょう?
……見せてくれますよ星なら。ただし条件付きで。
……判っていらっしゃるのでしょう毘沙門天様? 何をそんなに躊躇なさるのです? もうかれこれ、1000年になるんですよ?」
御承知のとおり、1000年ほど前白蓮は封印されたのだ。その折は助けようとした一輪も雲山も、水蜜までもが封印されて、寺に残ったのはナズーリンと星だけとなった。
星も3人のように、白蓮を助けに行きたかったらしい。そして3人とともに封印されるならあれほど悔やむ事もなかっただろう。しかし、そうする訳にはいかぬ事情もあった。
星は毘沙門天の弟子であった。星の凶行は毘沙門天の凶行になる。また、妖怪である事を隠していた星がその秘密を露見させてしまう事は、ただでさえ悪名高くなった白蓮の顔に、さらなる泥を塗ることになりかねなかった。
星は1000年、ずっと泣いて暮らしたのだ。大恩ある聖を裏切り、家族同然だった妖怪たちを見捨て、自分だけ助かったという事実が耐えられなかった。
事情があったじゃないかとナズーリンが言っても、星にはそれも卑怯な言い訳に過ぎなかった。ナズーリンには星を、どうする事も出来なかったのだ。
それをどうにかする事が出来たのが、他でもない毘沙門天だった。
星が泣く原因は私にもあるのだ。
確か初めはそんな理由だったと思う。毘沙門天が廃れ切った寺に足繁く通うようになったのだ。
忙しかったろうに、毘沙門天はなんとか時間を捻出して、毎日必ず寺までやってきた。来られなかった日など、1000年の中で本当に1日たりともなかった。そして星に語りかけたのだ。
ある時は勉強会と銘打って。ある時はおすそ分けを理由にして。ある時は星の誕生日だからと言って。毘沙門天は星を、あの手この手で元気づけようとした。
そして星は笑ったのだ。毘沙門天のおどけた様子を見て、毘沙門天の優しさに触れて。
悔しさも少しはあった。自分ではどうしようもない星を笑顔に出来る毘沙門天に。
しかし、それ以上の感情があったから。毘沙門天と星の笑い合う様子を見るのが大好きだったから。毘沙門天の来訪を一番心待ちにしていたのは、他でもないナズーリンであった。
二人には、何を捨てても幸せになってほしい。これほど愛し合っているのだから。1000年もの年月をかけて育んだ愛なのだから。
だから、
「じれったいね毘沙門天様! 貴方が待つんじゃない。星が待つんですよ。
貴方から行動しないで、どうするのです? 貴方は男なのですよ?
……星がどう思ってるか知れない?」
あははははははは、こやつめ。
「……OK、もはや何も言うまい。
毘沙門天様、もし星の心が他に向いていると言うのならね、自分の方に引き寄せるくらいして見せて下さいよ。
貴方神でしょう? それ以前に男でしょう? それくらいせず何が男か!
……次はいつでしたっけ、明後日ってかな? 週2回の講習で星を呼びますよね?
……判ってるじゃないですか。そう、その時食事に誘うんです。
もし星が楽しく談笑だけして帰ってきたら、私は貴方をダメ門天と呼ぶことにしますからそのつもりで。
……なに? 何か問題でも? ……ええ、お判りですね? それでは、お休みなさい。」
まぁ、上手くは行かないだろう。と言うか、行くはずがないんだ。
毘沙門天はいい男である。優しいし、気が利くし、仕事も出来る。しかし、いささか優し過ぎるのだろうか、それとも気を利かせ過ぎるのだろうか、ここ一番で踏み込めないのだ。
星に余計な負担や心労をかけないようにとか。しかし、ここはあえて逃げてるだけだと言い切る事にする。
恐らくもなく、自分は明後日の定時報告で毘沙門天をダメ門天と呼ぶことになるだろう。
毎度溜息の尽きないナズーリンである。
エロ船長と同じくらい駄目だ
せんちょがエロ本に走るのは捌け口が無いからですよ。聖姐さんが毎晩導いてあげればその心配はなくなりますよ。
そして聖おばあちゃんはオリジナルスペル『船長殺し』を編み出すのでした。南無三。
やべ、R・ドロシーしか思い浮かばん。しかも良い人でもない。
ハハハ、この水蜜はモウダメダww