その日穣子が朝起きたら姉が分裂していた。一体何事だ。
「あら、穣子。おはよう」
「あら、穣子。お寝坊さんね」
「あら、穣子。良く眠れたかしら?」
「あら、穣子」
例えるなら
静葉Aが現れた!
静葉Bが現れた!
静葉Cが現れた!
静葉Dが現れた!
という感じである。
いかにも寝起きといった感じで寝ぼけ眼をこすっている穣子に静葉の群れはさっそうと集まり、そのうちの一人が話しかける。
「穣子、今日はいい天気よ」
するともう一人の静葉が続く。
「家の掃除にうってつけだわ」
更にもう一人の静葉がそれに続く。
「どこかに出かけましょう」
そして最後の静葉も加わった。
「部屋でごろごろしてましょう」
いきなりの奇襲に穣子は既にたじたじといった様子だ。
「だー。いっぺんに話しかけないでよ。私は厩戸皇子じゃないのよ!?」
すかさず静葉の一人が言い返す。
「彼は十人でしょ。私はまだ四人よ。全然許容範囲じゃない」
いや、そういう問題ではない。と穣子が反論するより早く別な静葉達が口を挟んできた。
「それより今日はいい天気よ」
「お天気最高ね」
「ええお天気日和だわ」
お天気と日和は同じ意味だろうと穣子は思うが、どうも突っ込む気力が湧いてこない。
「わかったわかった。もう、天気いいのはわかったわよ……」
と、穣子がふと屋根のスキマから外を覗いてみると、小雪がちらついているのが見えた。どうやら外は絶好の真冬日のようである。
「姉さん! ど・こ・が・いい天気よ!? 雪じゃないのよっ」
と、彼女が怒鳴ると、すかさず姉達が再び一斉に言い返す。
「あら、雪が降ってもいい天気よ」
「雪合戦でもしましょう」
「雪見大福食べましょう」
「雪豹でも見に行きましょう」
多勢に無勢。数で劣る穣子に勝ち目はなかった。
それにしてもとうとう寒さでトチ狂ったのか。そもそも何故四人なのか。二人じゃダメなのか。と最早どうでもいい事しか考えられなくなっていた穣子に姉の一人が話しかけてきた。
「某魔法少女の真似してみたのよ」
「あー。なるほどね。あいつも四人に分裂するんだったわよね」
すると隣の姉が割り込んでくる。
「それに五人ならあなたを混ぜて戦隊もの作れるじゃない」
「あー。なるほどね。あれは五人だもんね」
更に負けじとその隣の姉が。
「そして四人いれば完全犯罪が可能だわ」
「あー。なるほどね。確かに四人もいればアリバイは完璧よね」
そして最後の姉が。
「更に四人いれば分身の術ごっこが出来るわ」
「あー。なるほどね。同じのが四人いればね……ってもう分身してるじゃないのよ! ごっこじゃないじゃない」
思わず穣子は頭を抱える。別に最後の姉の言葉のせいじゃない。それ以前の問題だ。
別に分身している事自体は不思議ではない。神様なのだからいくらでも姿を増やす事は出来る。その気になれば穣子だって可能なのだ。面倒なのでやらないが。
それにしても寒いのに何故姉は元気なのか。やはり寒さのせいで気が触れてしまったのか。
彼女がそんな事を考えているとは露知らず、静葉達は穣子に話しかける。
「あら、穣子ったら頭を抱えてどうしたの?」
「具合でも悪いのかしら?」
「医者呼ばないといけない?」
「それにしても暇だわ」
彼女達がそのままがやがやと騒ぎ始めたのでたまらず穣子は押さえ込むように怒鳴りつけた。
「うるさあああああぁーーーーーーーーーーーいっ!!」
その表情は寝起きなのに既にやつれきっている。何で自分がこんな目に遭わなければいけないのか。もう神様助けて。といった具合である。
「まぁ、穣子がヒステリー起こしたわ」
「やぁねぇ。ヒステリーが許せるのは思春期までよねぇ」
静葉達がからかうように眉をひそめて穣子に言う。
「神様に思春期なんかあるか!」
穣子は吐き捨てて頭の帽子を床に叩きつけた。今の季節は帽子に果物はないのでいくら叩きつけても大丈夫なのである。
「まったく世界の七不思議ってやつよね」
「あら、それはヒステリーじゃなくてミステリーよ」
「うわー一人でボケて一人で突っ込んでるよ……さむー……」
と、思わず穣子がつぶやくと、静葉達は三度一斉に話かけてきた。
「いえ、一人じゃないわ。四人よ」
「どう見ても四人でしょう?」
「これが六人にでも見えるのかしら?」
「六人だったら六つ子ごっこが出来るわね」
「はいはいはいはい。もう、わかった! わかったから……とっとと外にでも行ってきたら? せっかくのいい天気なんだから」
静葉は鬱陶しそうに手で姉達をシッシと追い払うと、もうやってられないといった感じでまた布団の中にもぐってしまった。
「あらあら、穣子ったらつまんない子ね」
それを見た静葉がふうと息をつく。
そんな彼女の肩を脇にいた静葉が引っ張った。
「それじゃ外に行きましょうか」
するともう一人の静葉が呼び止める。
「ちょっと待った。外は雪よ?」
すかさずもう一人の静葉が言う。
「大丈夫よ。四人もいるんだもの。例え一人ではなんともならない相手だろうと束になってかかればわからないものよ。ホラよく言うでしょ。三本の矢って」
更に静葉が続く。
「そうよ。しかも私達は更に一人多い四人よ! これで負けないはずがないわ!」
「わかったわ。それじゃあなた達を信じて外へ出てみましょう」
静葉の説得に躊躇していた彼女はついにその気になり立ち上がった。
「それじゃ四人でおしくらまんじゅうしながら進みましょう」
「名案ね」
「流石静葉ね」
「そうね。何か自画自賛のような気がするけど」
「気のせいよ」
「それもそうね」
というわけで四人の静葉は雪がちらつく外へと繰り出した。たちまち寒風が彼女達を襲う。
「うう。もうだめだわ!」
「忘れないで! 今こそおしくらまんじゅうの時よ」
「全員展開! フォーメーションO!」
「OはおしくらまんじゅうのO!」
四人はお互い体を押し付けるように密着する。
お互いの熱で寒さは大分しのげるようになった。
「いける。いけるわ! これならきっと勝てる!」
「やったわ! 私達の勝利よ!」
「今夜は赤飯ね」
「いえ、ここはやっぱり米酒よ」
四人はわいわいと嬉しそうに騒いでいる。その時だ。
「……あれ? もしかしなくても静葉さん?」
彼女達の元にふさふさした尻尾を生やした少女がやってきた。白狼天狗の椛だ。
「あら、椛。久しぶりじゃない」
「あ、どうもお久しぶりです」
「こんな所で何してるの? 何かの任務?」
「いえ、今日は非番なんでちょっとそこら辺を散歩しようと……」
「こんな寒いのに物好きねぇ」
「私は寒いのは平気ですので」
「あ、そうね。あなたは犬だものね」
「違いますよ。私は白狼。狼です」
四人の静葉の問いかけに一つづつ丁寧に答えていく椛。彼女は真面目なのである。
「ところで、つかぬ事をお聞きしますが……一体これは何の遊びなので……?」
椛は静葉たちの姿を見て思わず難しげに唸る。彼女は真面目だが、やや生真面目過ぎるところがあるのだ。
椛の質問に静葉たちは一斉に答える。
「おしくらまんじゅうよ」
「おしくらまんじゅうよ」
「おしくらまんじゅうよ」
「おしくらまんじゅうよ」
椛はその迫力に圧されそうになる。
「な、なるほどおしくらまんじゅうだったんですね。それにしても何かスゴイですね。神々しいというか……」
椛の言葉に静葉の一人がすかさず反応する。
「当たり前じゃない。私は神様よ」
その言葉にもう一人の静葉が続く。
「そう、神々しいとは神様のためにある言葉よ」
その脇の静葉が更に続く。
「神々しくない神様なんて神様と呼べないわ」
そして四人目の静葉が締めた。
「さあ、椛。私を崇めなさい」
「ははー! 紅葉神様ぁー」
椛はすかさず地べたに平伏する。
「はっはっはー。ノリがいいわね。苦しゅうない。苦しゅうない」
静葉の一人が胸を張って彼女に呼びかける。
「ところで椛。あなたも混ざらない?」
「わ、私もですか?」
「ええ。きっと面白いわよ」
「絶対面白いわ」
「あなたこういうの好きでしょ」
「あなたの好みなんて知らないけど」
「確かに好きですけど……いいんですか?」
そう言って彼女はそのふさふさの尻尾をぶんぶんと振り回す。その姿はどう見ても犬だ。
そう、彼女は生真面目な上に、まだ子供っぽさを多分に残していたのである。要するに人懐っこいのだ。
「おいでおいで」
「おいでおいでおいで」
「おいでおいでおいでおいで」
「おいでおいでおいでおいでおいで」
静葉たちがまるで輪唱のように彼女に向かって手招くと、椛は催眠術にでもかかったかのように静葉の群れへと足を動かす。
「行きます。今行きますぅ~」
そして何の疑問も持たずに彼女は静葉の群れへと溶け込んだのだった。
「これで我々は更にパワーアップしたのよ!」
「今なら神にも勝てるわ!」
「っていうか私達が神なんだけど」
「細かい事は言いっこなしよ。今宵は私達が主役よ!」
「わー。あったかーい」
椛は静葉の群れに囲まれ幸せそうに恍惚の笑みを浮かべている。
こうして椛という新たな仲間を手に入れた静葉は一行は一路山腹を進むのであった。
時同じくして山の山麓では、にとりが新たな発明品の実験を執り行おうとしていた。彼女は外の世界からやってきた本に書かれていた『ラッセル車』なるものを駆動させようとしていたのだ。
彼女は一目見た時から、ラッセル車のその車両前方に取り付けられたブレードと呼ばれる二枚の分厚い鉄板のいかつさと、ラッセル車の無骨なフォルムに一目惚れしてしまった。想いというものは恐ろしいもので、彼女は見よう見まねでラッセル車を再現してしまったのである。
本当ならば大分前に完成していたのだが、雪が十分に積もるまでは実験する事が出来ず、晴れて本日決行する事になったのだ。
「それでは実験開始ぃ!」
別に見守るギャラリーは誰もいない。しかしそんな事は彼女にとっては些細な事だ。にとりは高鳴る胸の鼓動を抑えるように一つ深呼吸してエンジンのスイッチをゆっくりと入れる。するとボボボボボボボという爆音を立てて車がゆっくりと動き出した。やった。実験は成功だ! 彼女は思わず拍手をする。自分自身に対する拍手だ。しかし、その喜びもつかの間、車はすぐに雪に足を取られ動かなくなってしまった。
彼女は知らなかったのだ。ラッセル車は線路の上を走るものだという事実を。
そうとは気づかない彼女は出力が弱いのかとエンジンの馬力を引き上げる。当然車は微動だにしない。
それでもまだ出力が足りないのかと彼女が出力レバーをいきなり最大にまで引き上げた時悲劇が起きた。エンジンに対する急激な負荷のせいでリミッターが破損し車両が暴走し始めたのだ。
「ひえぇええええええ!? 止まれ! 止まれぇえええええ!!!」
彼女は慌ててブレーキを踏むがまるで効かない。車両は雪道をかき分け、ついでに木々をもなぎ倒し猛スピードで突き進む。文字通り暴走特急である。そしてこの暴走が更なる悲劇を生むことになるとは彼女はまだ予想だにしていなかった。
「……ねえ、私疑問があるんだけどいいかしら?」
「なにかしら?」
「さっきからちっとも前に進んでいないのは気のせいだろうか? いいや気のせいじゃない」
「疑問て言いながら自己完結しちゃってるじゃないのよ」
「あ、そこ突っ込むとこだったんですね」
すっかり静葉ズに馴染んでいる椛。しかし彼女の疑問に思わず我に返る。
「ってそうですよ。静葉さん。私達ちっとも前に進めてないですよ?」
「ええ、気づいてたわ」
「ならもっと早く言いなさいよ」
「そうよ!」
「もう私達ばかみたいじゃないの」
「まぁまぁここで言い争っても仕方ないですよ。何か解決策を見出しましょう」
椛の言葉に静葉たちは一同に頷く。頷きトリオならぬ頷きカルテットと言った所か。
「そもそも皆で固まっているから十分な歩幅が取れないのが問題なのよ」
「ええ、そうね。流石私だわ」
「もう、自画自賛はいいから解決策を言いなさいよ。私ったら」
「まぁ、他人任せだなんて卑怯ね。あなたも私なら少しは考えなさいよ。私らしくないわ」
と、その時中心にいる椛がいかにも閃いた! といった感じで手をぽんとたたいた。きっと漫画ならば頭上に豆電球がぴかりと閃いた事だろう。
「そうです! 皆で円を描きながら進んでみてはどうでしょうか?」
「円?」
「ええ。四人の静葉さん達が外側に円を描くように回りながら歩けば前に進めるはずですよ」
すぐさま静葉が反応する。
「ブラボー! 素晴らしい案だわ。早速実行してみましょう」
そう言って静葉たちは大きく円を描くようにぐるりと回りながら歩く。すると今までよりはるかに早い速度で前へと進む事が出来た。思わず静葉たちは一斉に歓声を上げる。
「いけるわ! これならいける」
「これで勝ったも同然よ!」
「それ、何に? って突っ込み待ちかしら」
「もう無粋ねぇ。別にいいじゃない。成功したんだから」
「やりましたね!」
彼女達はお互いにハイタッチをして再び前に進みだした。しかし、前に進めるのはいいがこの歩き方だと真ん中にいる椛に負担がかかる。というのも円の芯に当たる彼女は常にその場でくるくると回り続けなければならないのだ。
これがもし回る事が代名詞となっている雛辺りだったら問題なかっただろう。しかし椛は回る事なんかに慣れていなかった。彼女はあえなくバランスを崩しつんのめる。そして前にいる静葉たちに負いかぶさり結果一同は地面に転んでしまう。
「うわぁ~……ごめんなさぁ~い!」
「きゃー。もう椛ったら何やってるのよー」
「やーん。服が汚れちゃったわ」
「ちょっと雪まみれじゃないのよー」
「いやん。冷たっ!」
転んだだけならまだよかった。生憎道は坂となっていた。そのせいで一同はそのまま雪を含みながら坂を転がり始める。そして彼女達は文字通り一丸となって坂を急速度で下り始めてしまった。
「いぎゃーーーーーー!? たーすーけーてー!!」
「かみさまぁーーーー!」
「わたしがかみよぉーーー!」
「そんなこといってるばあいじゃないわよぉーーー!」
「わたしがしゃべることなにもないわぁーーー!!」
そうこうしているうちに前方から何やら爆音が聞こえてくる。
にとりの暴走ラッセル車だ。
「ぎゃぁあああああああ!! 誰か止めてぇええええ~っ!!」
にとりの悲鳴が聞こえる。止めて欲しいのは静葉達も同じだ。しかしせっかく両者の利害が一致しているものの、悲しいかな、互いに止める術を持ち合わせていなかった。これぞ悲劇である。そしてあえなく雪玉とラッセル車は激突する。
神の塊と鉄の塊がぶつかり合ったら普通なら神の方が勝つと予想してもおかしい事ではない。神の持つ神秘的な力なら何とか出来そうなものである。しかし、実際は鉄の塊と人が五人ぶつかるようなものだ。到底彼女らが勝てるわけがない。最も一人というか一匹は白狼天狗ではあったが、だからと言ってそれで結果に大きな差が生まれる事はなかった。
「いやぁーーーーーーーーーーーっ!!?」
こうして彼女達は暴走特急に弾かれ絶叫とともに上空へと吹き飛ばされる。
「みてぇーーーーひとがごみのようよぉーーー」
「むしろわたしたちがごみみたいだわぁーーー」
「ごみっていうかちりじゃないかしらぁーーー?」
「ちりっていうよりむしろとりねぇーーーとびますとびまぁーすっ!!」
「なんでみなさんそんなよゆぅなんですかーーーーーっ!?」
結局静葉達と一匹はそのまま遥か上空へと姿を消してしまった。
場面を目撃した天狗の証言によると、この時彼女らはそのまま天界へと達していたとかいなかったとか。
その頃、穣子は家でのんびりとしていた。
まさか姉がそんな大変な事になっているとは思うはずもない。
彼女は暖かい布団に包まりぬくぬくと過ごしている。ああ、このままずっと夜まで眠っていたいな。そんな彼女のささやかな願いもあっけなく打ち砕かれる事になる。
彼女は何やら地響きのようなものを感じた。初めのうちは地震かと思い、気にしないでいたが、それが段々と大きくなってくるのに気づくと慌てて布団から抜け出し外を見る。すると鉄の塊がこっちに向けて突撃してくるのが見えた。
にとりの暴走ラッセル車である。
「ナンデスカアレハ……?」
思わずカタトコになる。ともかくこのままでは家に激突する。
何とかせねば。なんて悠長に策を講じている暇なんてなかった。
「うおりゃあああああああああああああ!!」
彼女は何も考えずにその列車へ向かって突撃する。
人間というものはギリギリの状況に達した時、突拍子もない行動に出るものである。それは神様とて一緒だった。もっとも行動のスケールの違いはあれど。
「いい加減に私に平穏をよこせぇーーーーーーーーーーっ!!」
穣子は最早慟哭に近い魂の叫びとともに全身全霊を込めた一撃を列車に向かって放つ。
火事場のくそ力とはよく言ったもので、その一撃は想像以上の破壊力だった。
列車はその風圧で軽々上空へと舞い上がる。そして山の向こうまで吹っ飛んでいった。
こうして平和は保たれたのだった。
その後、静葉はぼろぼろのにとりを引き連れて何事もなかったかのように家に帰ってきたという。
次の日の文々。新聞の見出しはこうだった。
『スキマ妖怪の仕業か!?謎の鉄塊紅魔館を押しつぶす!!』
それを見て静葉が思わず呟く。
「まったく物騒な世の中になったものね。明日はわが身だわ」
そう言いながらも「今日は何をして暇を潰そうか」と不敵に笑む彼女であった。
「あら、穣子。おはよう」
「あら、穣子。お寝坊さんね」
「あら、穣子。良く眠れたかしら?」
「あら、穣子」
例えるなら
静葉Aが現れた!
静葉Bが現れた!
静葉Cが現れた!
静葉Dが現れた!
という感じである。
いかにも寝起きといった感じで寝ぼけ眼をこすっている穣子に静葉の群れはさっそうと集まり、そのうちの一人が話しかける。
「穣子、今日はいい天気よ」
するともう一人の静葉が続く。
「家の掃除にうってつけだわ」
更にもう一人の静葉がそれに続く。
「どこかに出かけましょう」
そして最後の静葉も加わった。
「部屋でごろごろしてましょう」
いきなりの奇襲に穣子は既にたじたじといった様子だ。
「だー。いっぺんに話しかけないでよ。私は厩戸皇子じゃないのよ!?」
すかさず静葉の一人が言い返す。
「彼は十人でしょ。私はまだ四人よ。全然許容範囲じゃない」
いや、そういう問題ではない。と穣子が反論するより早く別な静葉達が口を挟んできた。
「それより今日はいい天気よ」
「お天気最高ね」
「ええお天気日和だわ」
お天気と日和は同じ意味だろうと穣子は思うが、どうも突っ込む気力が湧いてこない。
「わかったわかった。もう、天気いいのはわかったわよ……」
と、穣子がふと屋根のスキマから外を覗いてみると、小雪がちらついているのが見えた。どうやら外は絶好の真冬日のようである。
「姉さん! ど・こ・が・いい天気よ!? 雪じゃないのよっ」
と、彼女が怒鳴ると、すかさず姉達が再び一斉に言い返す。
「あら、雪が降ってもいい天気よ」
「雪合戦でもしましょう」
「雪見大福食べましょう」
「雪豹でも見に行きましょう」
多勢に無勢。数で劣る穣子に勝ち目はなかった。
それにしてもとうとう寒さでトチ狂ったのか。そもそも何故四人なのか。二人じゃダメなのか。と最早どうでもいい事しか考えられなくなっていた穣子に姉の一人が話しかけてきた。
「某魔法少女の真似してみたのよ」
「あー。なるほどね。あいつも四人に分裂するんだったわよね」
すると隣の姉が割り込んでくる。
「それに五人ならあなたを混ぜて戦隊もの作れるじゃない」
「あー。なるほどね。あれは五人だもんね」
更に負けじとその隣の姉が。
「そして四人いれば完全犯罪が可能だわ」
「あー。なるほどね。確かに四人もいればアリバイは完璧よね」
そして最後の姉が。
「更に四人いれば分身の術ごっこが出来るわ」
「あー。なるほどね。同じのが四人いればね……ってもう分身してるじゃないのよ! ごっこじゃないじゃない」
思わず穣子は頭を抱える。別に最後の姉の言葉のせいじゃない。それ以前の問題だ。
別に分身している事自体は不思議ではない。神様なのだからいくらでも姿を増やす事は出来る。その気になれば穣子だって可能なのだ。面倒なのでやらないが。
それにしても寒いのに何故姉は元気なのか。やはり寒さのせいで気が触れてしまったのか。
彼女がそんな事を考えているとは露知らず、静葉達は穣子に話しかける。
「あら、穣子ったら頭を抱えてどうしたの?」
「具合でも悪いのかしら?」
「医者呼ばないといけない?」
「それにしても暇だわ」
彼女達がそのままがやがやと騒ぎ始めたのでたまらず穣子は押さえ込むように怒鳴りつけた。
「うるさあああああぁーーーーーーーーーーーいっ!!」
その表情は寝起きなのに既にやつれきっている。何で自分がこんな目に遭わなければいけないのか。もう神様助けて。といった具合である。
「まぁ、穣子がヒステリー起こしたわ」
「やぁねぇ。ヒステリーが許せるのは思春期までよねぇ」
静葉達がからかうように眉をひそめて穣子に言う。
「神様に思春期なんかあるか!」
穣子は吐き捨てて頭の帽子を床に叩きつけた。今の季節は帽子に果物はないのでいくら叩きつけても大丈夫なのである。
「まったく世界の七不思議ってやつよね」
「あら、それはヒステリーじゃなくてミステリーよ」
「うわー一人でボケて一人で突っ込んでるよ……さむー……」
と、思わず穣子がつぶやくと、静葉達は三度一斉に話かけてきた。
「いえ、一人じゃないわ。四人よ」
「どう見ても四人でしょう?」
「これが六人にでも見えるのかしら?」
「六人だったら六つ子ごっこが出来るわね」
「はいはいはいはい。もう、わかった! わかったから……とっとと外にでも行ってきたら? せっかくのいい天気なんだから」
静葉は鬱陶しそうに手で姉達をシッシと追い払うと、もうやってられないといった感じでまた布団の中にもぐってしまった。
「あらあら、穣子ったらつまんない子ね」
それを見た静葉がふうと息をつく。
そんな彼女の肩を脇にいた静葉が引っ張った。
「それじゃ外に行きましょうか」
するともう一人の静葉が呼び止める。
「ちょっと待った。外は雪よ?」
すかさずもう一人の静葉が言う。
「大丈夫よ。四人もいるんだもの。例え一人ではなんともならない相手だろうと束になってかかればわからないものよ。ホラよく言うでしょ。三本の矢って」
更に静葉が続く。
「そうよ。しかも私達は更に一人多い四人よ! これで負けないはずがないわ!」
「わかったわ。それじゃあなた達を信じて外へ出てみましょう」
静葉の説得に躊躇していた彼女はついにその気になり立ち上がった。
「それじゃ四人でおしくらまんじゅうしながら進みましょう」
「名案ね」
「流石静葉ね」
「そうね。何か自画自賛のような気がするけど」
「気のせいよ」
「それもそうね」
というわけで四人の静葉は雪がちらつく外へと繰り出した。たちまち寒風が彼女達を襲う。
「うう。もうだめだわ!」
「忘れないで! 今こそおしくらまんじゅうの時よ」
「全員展開! フォーメーションO!」
「OはおしくらまんじゅうのO!」
四人はお互い体を押し付けるように密着する。
お互いの熱で寒さは大分しのげるようになった。
「いける。いけるわ! これならきっと勝てる!」
「やったわ! 私達の勝利よ!」
「今夜は赤飯ね」
「いえ、ここはやっぱり米酒よ」
四人はわいわいと嬉しそうに騒いでいる。その時だ。
「……あれ? もしかしなくても静葉さん?」
彼女達の元にふさふさした尻尾を生やした少女がやってきた。白狼天狗の椛だ。
「あら、椛。久しぶりじゃない」
「あ、どうもお久しぶりです」
「こんな所で何してるの? 何かの任務?」
「いえ、今日は非番なんでちょっとそこら辺を散歩しようと……」
「こんな寒いのに物好きねぇ」
「私は寒いのは平気ですので」
「あ、そうね。あなたは犬だものね」
「違いますよ。私は白狼。狼です」
四人の静葉の問いかけに一つづつ丁寧に答えていく椛。彼女は真面目なのである。
「ところで、つかぬ事をお聞きしますが……一体これは何の遊びなので……?」
椛は静葉たちの姿を見て思わず難しげに唸る。彼女は真面目だが、やや生真面目過ぎるところがあるのだ。
椛の質問に静葉たちは一斉に答える。
「おしくらまんじゅうよ」
「おしくらまんじゅうよ」
「おしくらまんじゅうよ」
「おしくらまんじゅうよ」
椛はその迫力に圧されそうになる。
「な、なるほどおしくらまんじゅうだったんですね。それにしても何かスゴイですね。神々しいというか……」
椛の言葉に静葉の一人がすかさず反応する。
「当たり前じゃない。私は神様よ」
その言葉にもう一人の静葉が続く。
「そう、神々しいとは神様のためにある言葉よ」
その脇の静葉が更に続く。
「神々しくない神様なんて神様と呼べないわ」
そして四人目の静葉が締めた。
「さあ、椛。私を崇めなさい」
「ははー! 紅葉神様ぁー」
椛はすかさず地べたに平伏する。
「はっはっはー。ノリがいいわね。苦しゅうない。苦しゅうない」
静葉の一人が胸を張って彼女に呼びかける。
「ところで椛。あなたも混ざらない?」
「わ、私もですか?」
「ええ。きっと面白いわよ」
「絶対面白いわ」
「あなたこういうの好きでしょ」
「あなたの好みなんて知らないけど」
「確かに好きですけど……いいんですか?」
そう言って彼女はそのふさふさの尻尾をぶんぶんと振り回す。その姿はどう見ても犬だ。
そう、彼女は生真面目な上に、まだ子供っぽさを多分に残していたのである。要するに人懐っこいのだ。
「おいでおいで」
「おいでおいでおいで」
「おいでおいでおいでおいで」
「おいでおいでおいでおいでおいで」
静葉たちがまるで輪唱のように彼女に向かって手招くと、椛は催眠術にでもかかったかのように静葉の群れへと足を動かす。
「行きます。今行きますぅ~」
そして何の疑問も持たずに彼女は静葉の群れへと溶け込んだのだった。
「これで我々は更にパワーアップしたのよ!」
「今なら神にも勝てるわ!」
「っていうか私達が神なんだけど」
「細かい事は言いっこなしよ。今宵は私達が主役よ!」
「わー。あったかーい」
椛は静葉の群れに囲まれ幸せそうに恍惚の笑みを浮かべている。
こうして椛という新たな仲間を手に入れた静葉は一行は一路山腹を進むのであった。
時同じくして山の山麓では、にとりが新たな発明品の実験を執り行おうとしていた。彼女は外の世界からやってきた本に書かれていた『ラッセル車』なるものを駆動させようとしていたのだ。
彼女は一目見た時から、ラッセル車のその車両前方に取り付けられたブレードと呼ばれる二枚の分厚い鉄板のいかつさと、ラッセル車の無骨なフォルムに一目惚れしてしまった。想いというものは恐ろしいもので、彼女は見よう見まねでラッセル車を再現してしまったのである。
本当ならば大分前に完成していたのだが、雪が十分に積もるまでは実験する事が出来ず、晴れて本日決行する事になったのだ。
「それでは実験開始ぃ!」
別に見守るギャラリーは誰もいない。しかしそんな事は彼女にとっては些細な事だ。にとりは高鳴る胸の鼓動を抑えるように一つ深呼吸してエンジンのスイッチをゆっくりと入れる。するとボボボボボボボという爆音を立てて車がゆっくりと動き出した。やった。実験は成功だ! 彼女は思わず拍手をする。自分自身に対する拍手だ。しかし、その喜びもつかの間、車はすぐに雪に足を取られ動かなくなってしまった。
彼女は知らなかったのだ。ラッセル車は線路の上を走るものだという事実を。
そうとは気づかない彼女は出力が弱いのかとエンジンの馬力を引き上げる。当然車は微動だにしない。
それでもまだ出力が足りないのかと彼女が出力レバーをいきなり最大にまで引き上げた時悲劇が起きた。エンジンに対する急激な負荷のせいでリミッターが破損し車両が暴走し始めたのだ。
「ひえぇええええええ!? 止まれ! 止まれぇえええええ!!!」
彼女は慌ててブレーキを踏むがまるで効かない。車両は雪道をかき分け、ついでに木々をもなぎ倒し猛スピードで突き進む。文字通り暴走特急である。そしてこの暴走が更なる悲劇を生むことになるとは彼女はまだ予想だにしていなかった。
「……ねえ、私疑問があるんだけどいいかしら?」
「なにかしら?」
「さっきからちっとも前に進んでいないのは気のせいだろうか? いいや気のせいじゃない」
「疑問て言いながら自己完結しちゃってるじゃないのよ」
「あ、そこ突っ込むとこだったんですね」
すっかり静葉ズに馴染んでいる椛。しかし彼女の疑問に思わず我に返る。
「ってそうですよ。静葉さん。私達ちっとも前に進めてないですよ?」
「ええ、気づいてたわ」
「ならもっと早く言いなさいよ」
「そうよ!」
「もう私達ばかみたいじゃないの」
「まぁまぁここで言い争っても仕方ないですよ。何か解決策を見出しましょう」
椛の言葉に静葉たちは一同に頷く。頷きトリオならぬ頷きカルテットと言った所か。
「そもそも皆で固まっているから十分な歩幅が取れないのが問題なのよ」
「ええ、そうね。流石私だわ」
「もう、自画自賛はいいから解決策を言いなさいよ。私ったら」
「まぁ、他人任せだなんて卑怯ね。あなたも私なら少しは考えなさいよ。私らしくないわ」
と、その時中心にいる椛がいかにも閃いた! といった感じで手をぽんとたたいた。きっと漫画ならば頭上に豆電球がぴかりと閃いた事だろう。
「そうです! 皆で円を描きながら進んでみてはどうでしょうか?」
「円?」
「ええ。四人の静葉さん達が外側に円を描くように回りながら歩けば前に進めるはずですよ」
すぐさま静葉が反応する。
「ブラボー! 素晴らしい案だわ。早速実行してみましょう」
そう言って静葉たちは大きく円を描くようにぐるりと回りながら歩く。すると今までよりはるかに早い速度で前へと進む事が出来た。思わず静葉たちは一斉に歓声を上げる。
「いけるわ! これならいける」
「これで勝ったも同然よ!」
「それ、何に? って突っ込み待ちかしら」
「もう無粋ねぇ。別にいいじゃない。成功したんだから」
「やりましたね!」
彼女達はお互いにハイタッチをして再び前に進みだした。しかし、前に進めるのはいいがこの歩き方だと真ん中にいる椛に負担がかかる。というのも円の芯に当たる彼女は常にその場でくるくると回り続けなければならないのだ。
これがもし回る事が代名詞となっている雛辺りだったら問題なかっただろう。しかし椛は回る事なんかに慣れていなかった。彼女はあえなくバランスを崩しつんのめる。そして前にいる静葉たちに負いかぶさり結果一同は地面に転んでしまう。
「うわぁ~……ごめんなさぁ~い!」
「きゃー。もう椛ったら何やってるのよー」
「やーん。服が汚れちゃったわ」
「ちょっと雪まみれじゃないのよー」
「いやん。冷たっ!」
転んだだけならまだよかった。生憎道は坂となっていた。そのせいで一同はそのまま雪を含みながら坂を転がり始める。そして彼女達は文字通り一丸となって坂を急速度で下り始めてしまった。
「いぎゃーーーーーー!? たーすーけーてー!!」
「かみさまぁーーーー!」
「わたしがかみよぉーーー!」
「そんなこといってるばあいじゃないわよぉーーー!」
「わたしがしゃべることなにもないわぁーーー!!」
そうこうしているうちに前方から何やら爆音が聞こえてくる。
にとりの暴走ラッセル車だ。
「ぎゃぁあああああああ!! 誰か止めてぇええええ~っ!!」
にとりの悲鳴が聞こえる。止めて欲しいのは静葉達も同じだ。しかしせっかく両者の利害が一致しているものの、悲しいかな、互いに止める術を持ち合わせていなかった。これぞ悲劇である。そしてあえなく雪玉とラッセル車は激突する。
神の塊と鉄の塊がぶつかり合ったら普通なら神の方が勝つと予想してもおかしい事ではない。神の持つ神秘的な力なら何とか出来そうなものである。しかし、実際は鉄の塊と人が五人ぶつかるようなものだ。到底彼女らが勝てるわけがない。最も一人というか一匹は白狼天狗ではあったが、だからと言ってそれで結果に大きな差が生まれる事はなかった。
「いやぁーーーーーーーーーーーっ!!?」
こうして彼女達は暴走特急に弾かれ絶叫とともに上空へと吹き飛ばされる。
「みてぇーーーーひとがごみのようよぉーーー」
「むしろわたしたちがごみみたいだわぁーーー」
「ごみっていうかちりじゃないかしらぁーーー?」
「ちりっていうよりむしろとりねぇーーーとびますとびまぁーすっ!!」
「なんでみなさんそんなよゆぅなんですかーーーーーっ!?」
結局静葉達と一匹はそのまま遥か上空へと姿を消してしまった。
場面を目撃した天狗の証言によると、この時彼女らはそのまま天界へと達していたとかいなかったとか。
その頃、穣子は家でのんびりとしていた。
まさか姉がそんな大変な事になっているとは思うはずもない。
彼女は暖かい布団に包まりぬくぬくと過ごしている。ああ、このままずっと夜まで眠っていたいな。そんな彼女のささやかな願いもあっけなく打ち砕かれる事になる。
彼女は何やら地響きのようなものを感じた。初めのうちは地震かと思い、気にしないでいたが、それが段々と大きくなってくるのに気づくと慌てて布団から抜け出し外を見る。すると鉄の塊がこっちに向けて突撃してくるのが見えた。
にとりの暴走ラッセル車である。
「ナンデスカアレハ……?」
思わずカタトコになる。ともかくこのままでは家に激突する。
何とかせねば。なんて悠長に策を講じている暇なんてなかった。
「うおりゃあああああああああああああ!!」
彼女は何も考えずにその列車へ向かって突撃する。
人間というものはギリギリの状況に達した時、突拍子もない行動に出るものである。それは神様とて一緒だった。もっとも行動のスケールの違いはあれど。
「いい加減に私に平穏をよこせぇーーーーーーーーーーっ!!」
穣子は最早慟哭に近い魂の叫びとともに全身全霊を込めた一撃を列車に向かって放つ。
火事場のくそ力とはよく言ったもので、その一撃は想像以上の破壊力だった。
列車はその風圧で軽々上空へと舞い上がる。そして山の向こうまで吹っ飛んでいった。
こうして平和は保たれたのだった。
その後、静葉はぼろぼろのにとりを引き連れて何事もなかったかのように家に帰ってきたという。
次の日の文々。新聞の見出しはこうだった。
『スキマ妖怪の仕業か!?謎の鉄塊紅魔館を押しつぶす!!』
それを見て静葉が思わず呟く。
「まったく物騒な世の中になったものね。明日はわが身だわ」
そう言いながらも「今日は何をして暇を潰そうか」と不敵に笑む彼女であった。
重複してる箇所がありましたので報告です。
>「それじゃ四人でおしくらまんじゅうしながらしながら進みましょう」
『しながら』重複してますよ。
そうですね、守矢の二柱も分裂できるのだから、秋姉妹も分裂できそうです。
四人の静葉のカオスっぷりに笑いましたww
彼女に平穏が訪れることを祈って……
あと紫ごめん
というか何故か一種の狂気のようなものを感じた