「お姉様、運動しましょう」
ある日、依姫は私に二台の自転車を指し示してそう言った。金山彦命の力を借りて整備をしたのだろうか、そのボディは岡田版黄金聖衣並みに輝いている。…ハラショー。
「う、兎たちと一緒に運動するから平気よ」
「いつも休みの時を狙っていらっしゃるじゃないですか」
言い返してはみたものの、即正論が返ってきた。
いつも「お姉様! 服の着方がだらしなさすぎます!」とか口うるさい妹だけど、この手の話題の時は普段よりもさらに十七倍口うるさい。むう。
「運動運動って、そんなに私の青春ブルマーエンジェル姿が見たいの?」
依姫だったら、いけない女教師エンジェルかしら、とか想像しつつ抵抗を続ける。うん、いけない女教師エンジェル似合う。「老けて見えるのかしら…」なんて呟くところまで幻視した。
「…………」
私の必死の抵抗に依姫は真っ赤になって俯いてしまう。
どうしよう、なんかぶつぶつ言ってる。もしかして、怒らせてしまったか。自分で言ったことだけど、私だって自分の青春ブルマーエンジェル姿なんぞ見たくない。
「み…見たくないと言えば嘘になりますが、お姉様が運動してくださるなら、服はどうでも」
良かった、どうやら怒ってはいないらしい。
でも、私を運動から逃がす気も毛頭ないようだ。仕方ない、今日のところは負けを認めるとしましょうか。
「……分かったわよ。静かの海までの、サイクリングよね?」
「ご明察です。そう、子どもの頃のように」
私の承諾に、依姫は嬉しそうに微笑んだ。あらやだ可愛い。
「……と、いうわけで私、綿月豊姫とその妹依姫は静かの海へと自転車で向かっているのだった」
「誰に向かって語りを入れているんですか」
「全てを受け入れなさい」
もしかしたら、範馬勇次郎が観光に来ているかもしれないではないか。状況説明をしてあげなければ、彼が気の毒だ。
決して車輪が砂に埋まって走りにくいから現実逃避しているわけではない。決して。
それにしても、少し運動をしなさすぎたようだ。子どもの頃はなんなく走っていたコースなのに息があがってきてしまっている。これは、反省すべきかもしれない。
「お姉様、サイクリングはやっぱり楽しいですね!」
並走する依姫がいい笑顔をこちらに向ける。月の使者のリーダーになってからというもの、あまり見せてくれなくなってしまった、満面の笑みだ。
高画質の脳内シアターが、子どもの頃の思い出を上演し始める。
『おねえさま、しずかのうみまできょーそうしましょう!』
『あら、きょーそうはけがれのもとだわ』
『いきるためのきょうそうじゃないですもん。よーい、どん!』
『あ、もう、ずるいわ』
競争が好きだった、小さな頃の依姫。今と変わらぬ、まっすぐな気性。
微笑ましい気分で、脳内シアターの続きを私は見続ける。
『ねー、おねえさま!』
かなり先を走っている依姫が後ろを振り向いて叫んだ。
『わたしがかったら、ごほうびください!』
『なにがほしいの?』
私の問いかけに、あの頃の依姫は満面の笑みで言ったのだ。
『おねえさま!!』って。
「……っ」
流石、私の脳内シアター。ずっとずっと昔の心臓の高鳴りまで映し出すとは恐れ入る。
「お姉様、大丈夫ですか!? お顔が真っ赤ですよ?」
依姫がおろおろしながら私の顔を覗き込んでくる。片手で運転しながら背中をさすってくれるのはありがたいけれど、今は完全に逆効果。
きっと、私の顔は現在進行形で赤みを増していっているに違いない。
「大丈夫よ、ありがとう」
やっとのことでそう言って、スピードを上げ、前に出る。次に大きく深呼吸。すーはー、すーはー。
そして、後ろの依姫を見ないようにしながら私は―
「ね、競争しましょ。よーい、ドン!」
有無を言わさず、勝負を仕掛けた。
「お姉様! いきなりなんて卑怯です!」
後ろで依姫が叫んでいるけど気にしない。同じようなことをしていた子が何を言いますか。
足の疲れも、息があがるのも、もう気にならない。
この胸の高鳴りは、私の心があの日に帰っているから。これは、あの日の再現なのだ。
演じ手は逆になり、お互い成長してはいるけれど。それでも、私にとってこれはあの日の再現なのだ。
「もう……負けませんからね!」
いつの間にか依姫が私に追いついてきていた。やっぱり、速い。
「こっちのセリフよ」
月の使者のリーダーという立場は、今は忘れて。
お互いトップスピードで風を切る。抜きつ抜かれつ、デッドヒート。
あの日の勝者は私。けれど。今日の勝者は、依姫だった。
「……疲れた」
静かの海の岸で、自転車を折りたたむとすぐに私は砂浜に座り込んだ。というか、立っていられなかった。
膝なんてもう、アテナの力を封印した時のパンドラ並みに笑っている。
「まったく、運動不足なのに無茶するからです」
はあ、とため息をついて依姫は私の隣に腰を下ろした。最後の方は相当足を酷使したはずなのに涼しい顔をしている。さすがに毎日サボらず修業をしているだけのことはある。お姉ちゃん、鼻が高いわ。
「勝負は私の勝ちですよね」
「まあ、そうね」
神妙な面持ちで尋ねてくる依姫が可笑しくて、私は苦笑しながら肯定する。子どもの時から、この子の真面目さは変わらない。
「じゃあ」
依姫が手を伸ばしてきたと思ったら、次の瞬間に私の世界は九十度傾いた。
「あの日の約束通り、お姉様は私のものですね」
頭に何かが当たっている感触と、空で高らかに鳴いている鶴座。
どうやら私は俗に言うひざまくらをされているらしい。というか、この体勢をひざまくら以外に何と呼べばいいのか。
「あら、覚えていたのね」
依姫が、あの日のことを覚えていた。一回治まったはずの胸の高鳴りが、また始まる。どうしよう、泣いてしまうかもしれない。
「確かに『彼』のことは忘れていましたが…お姉様との思い出を忘れられるわけ、ないじゃないですか」
ちょっとむっとした顔で依姫は私のほっぺを引っ張った。地味に痛い。文句を言おうかと思ったが、言ったところでどうせ『お姉様は私のものなのでしょう?』と真顔で返されるのは分かりきっている。私は無駄なことはしない主義なのだ。
それに、この顔の赤みをごまかせるではないか。
「じゃあ、もしかして、私が仕掛けなかったらあなたから勝負をふっかけてきた?」
「はい。お誘いした時からそのつもりでした」
始めから、こうするつもりだったということか。なんて回りくどい方法を選んだのだろう。ひざまくらしてくれるというなら、いつでも、いくらでもされるのに。
「面倒ねえ」
「だって、お姉様、最近いつもレイセンばっかり構って……」
「だから、私を負かして、強制的にこうしようとしたのね」
「……そうです」
ああ、こみあげてくる笑いが抑えられない。つまり、つまりこの子は。
「ヤキモチやいてたのね」
「そうですよ。いっつもレイセンレイセンって」
もう、と頬をふくらませてそっぽを向く依姫。子どもの頃から、拗ねた時はいつもこうだ。
「大丈夫、私は約束を守る女よ」
そう呟いて、私は依姫に向けて微笑んだ。
―もう、離れてなんてあげないわ。
ある日、依姫は私に二台の自転車を指し示してそう言った。金山彦命の力を借りて整備をしたのだろうか、そのボディは岡田版黄金聖衣並みに輝いている。…ハラショー。
「う、兎たちと一緒に運動するから平気よ」
「いつも休みの時を狙っていらっしゃるじゃないですか」
言い返してはみたものの、即正論が返ってきた。
いつも「お姉様! 服の着方がだらしなさすぎます!」とか口うるさい妹だけど、この手の話題の時は普段よりもさらに十七倍口うるさい。むう。
「運動運動って、そんなに私の青春ブルマーエンジェル姿が見たいの?」
依姫だったら、いけない女教師エンジェルかしら、とか想像しつつ抵抗を続ける。うん、いけない女教師エンジェル似合う。「老けて見えるのかしら…」なんて呟くところまで幻視した。
「…………」
私の必死の抵抗に依姫は真っ赤になって俯いてしまう。
どうしよう、なんかぶつぶつ言ってる。もしかして、怒らせてしまったか。自分で言ったことだけど、私だって自分の青春ブルマーエンジェル姿なんぞ見たくない。
「み…見たくないと言えば嘘になりますが、お姉様が運動してくださるなら、服はどうでも」
良かった、どうやら怒ってはいないらしい。
でも、私を運動から逃がす気も毛頭ないようだ。仕方ない、今日のところは負けを認めるとしましょうか。
「……分かったわよ。静かの海までの、サイクリングよね?」
「ご明察です。そう、子どもの頃のように」
私の承諾に、依姫は嬉しそうに微笑んだ。あらやだ可愛い。
「……と、いうわけで私、綿月豊姫とその妹依姫は静かの海へと自転車で向かっているのだった」
「誰に向かって語りを入れているんですか」
「全てを受け入れなさい」
もしかしたら、範馬勇次郎が観光に来ているかもしれないではないか。状況説明をしてあげなければ、彼が気の毒だ。
決して車輪が砂に埋まって走りにくいから現実逃避しているわけではない。決して。
それにしても、少し運動をしなさすぎたようだ。子どもの頃はなんなく走っていたコースなのに息があがってきてしまっている。これは、反省すべきかもしれない。
「お姉様、サイクリングはやっぱり楽しいですね!」
並走する依姫がいい笑顔をこちらに向ける。月の使者のリーダーになってからというもの、あまり見せてくれなくなってしまった、満面の笑みだ。
高画質の脳内シアターが、子どもの頃の思い出を上演し始める。
『おねえさま、しずかのうみまできょーそうしましょう!』
『あら、きょーそうはけがれのもとだわ』
『いきるためのきょうそうじゃないですもん。よーい、どん!』
『あ、もう、ずるいわ』
競争が好きだった、小さな頃の依姫。今と変わらぬ、まっすぐな気性。
微笑ましい気分で、脳内シアターの続きを私は見続ける。
『ねー、おねえさま!』
かなり先を走っている依姫が後ろを振り向いて叫んだ。
『わたしがかったら、ごほうびください!』
『なにがほしいの?』
私の問いかけに、あの頃の依姫は満面の笑みで言ったのだ。
『おねえさま!!』って。
「……っ」
流石、私の脳内シアター。ずっとずっと昔の心臓の高鳴りまで映し出すとは恐れ入る。
「お姉様、大丈夫ですか!? お顔が真っ赤ですよ?」
依姫がおろおろしながら私の顔を覗き込んでくる。片手で運転しながら背中をさすってくれるのはありがたいけれど、今は完全に逆効果。
きっと、私の顔は現在進行形で赤みを増していっているに違いない。
「大丈夫よ、ありがとう」
やっとのことでそう言って、スピードを上げ、前に出る。次に大きく深呼吸。すーはー、すーはー。
そして、後ろの依姫を見ないようにしながら私は―
「ね、競争しましょ。よーい、ドン!」
有無を言わさず、勝負を仕掛けた。
「お姉様! いきなりなんて卑怯です!」
後ろで依姫が叫んでいるけど気にしない。同じようなことをしていた子が何を言いますか。
足の疲れも、息があがるのも、もう気にならない。
この胸の高鳴りは、私の心があの日に帰っているから。これは、あの日の再現なのだ。
演じ手は逆になり、お互い成長してはいるけれど。それでも、私にとってこれはあの日の再現なのだ。
「もう……負けませんからね!」
いつの間にか依姫が私に追いついてきていた。やっぱり、速い。
「こっちのセリフよ」
月の使者のリーダーという立場は、今は忘れて。
お互いトップスピードで風を切る。抜きつ抜かれつ、デッドヒート。
あの日の勝者は私。けれど。今日の勝者は、依姫だった。
「……疲れた」
静かの海の岸で、自転車を折りたたむとすぐに私は砂浜に座り込んだ。というか、立っていられなかった。
膝なんてもう、アテナの力を封印した時のパンドラ並みに笑っている。
「まったく、運動不足なのに無茶するからです」
はあ、とため息をついて依姫は私の隣に腰を下ろした。最後の方は相当足を酷使したはずなのに涼しい顔をしている。さすがに毎日サボらず修業をしているだけのことはある。お姉ちゃん、鼻が高いわ。
「勝負は私の勝ちですよね」
「まあ、そうね」
神妙な面持ちで尋ねてくる依姫が可笑しくて、私は苦笑しながら肯定する。子どもの時から、この子の真面目さは変わらない。
「じゃあ」
依姫が手を伸ばしてきたと思ったら、次の瞬間に私の世界は九十度傾いた。
「あの日の約束通り、お姉様は私のものですね」
頭に何かが当たっている感触と、空で高らかに鳴いている鶴座。
どうやら私は俗に言うひざまくらをされているらしい。というか、この体勢をひざまくら以外に何と呼べばいいのか。
「あら、覚えていたのね」
依姫が、あの日のことを覚えていた。一回治まったはずの胸の高鳴りが、また始まる。どうしよう、泣いてしまうかもしれない。
「確かに『彼』のことは忘れていましたが…お姉様との思い出を忘れられるわけ、ないじゃないですか」
ちょっとむっとした顔で依姫は私のほっぺを引っ張った。地味に痛い。文句を言おうかと思ったが、言ったところでどうせ『お姉様は私のものなのでしょう?』と真顔で返されるのは分かりきっている。私は無駄なことはしない主義なのだ。
それに、この顔の赤みをごまかせるではないか。
「じゃあ、もしかして、私が仕掛けなかったらあなたから勝負をふっかけてきた?」
「はい。お誘いした時からそのつもりでした」
始めから、こうするつもりだったということか。なんて回りくどい方法を選んだのだろう。ひざまくらしてくれるというなら、いつでも、いくらでもされるのに。
「面倒ねえ」
「だって、お姉様、最近いつもレイセンばっかり構って……」
「だから、私を負かして、強制的にこうしようとしたのね」
「……そうです」
ああ、こみあげてくる笑いが抑えられない。つまり、つまりこの子は。
「ヤキモチやいてたのね」
「そうですよ。いっつもレイセンレイセンって」
もう、と頬をふくらませてそっぽを向く依姫。子どもの頃から、拗ねた時はいつもこうだ。
「大丈夫、私は約束を守る女よ」
そう呟いて、私は依姫に向けて微笑んだ。
―もう、離れてなんてあげないわ。
なので点数無しの方向で
しかし創想話には綿月分が足りてない。
青春まっさかりのとよねえとよっちゃん最高です!
たとえ神代から生きていようが、若さは心ですとも!