「よし、今日から君は朱鷺子デラックスだ!」
ある晴れた昼下がり。寒天広がる冬の中、スカァーンッ! という景気のいい音が響き渡った。
無言のままに振りぬいた私の右拳が、店主のこめかみを打ち抜いたのはその戯言の直後のことである。
スピードも体重の乗せ方も申し分ない、綺麗な右フックは弧を描いて彼を悶絶させる……はずだったのだけれど。
「まったく、危ないじゃないか朱鷺子デラックス」
「朱鷺子デラックスとかいうなッ! ていうか何でケロリとしてるの!!?」
どういうわけかこの香霖堂の店主はケロリとした様子で、再び色々と間違えてる名前を連呼するのであった。
短い髪は銀というよりはどちらかというと白に近く、その眼鏡もあってか細い印象を受ける店主の名前は、森近霖之助。
私は、本当は名前がない。けれどみんなは私の朱鷺色の羽からもじって、朱鷺子って呼んでくれている。
呼んでくれているんだけれど、……その唯一の呼称がこの目の前の男の手によって面白愉快に改変されそうなのである。冗談じゃない。
私がありありと不満であると言葉だけでなく態度で語って見せても、目の前の彼はずれた眼鏡をクイッと上げて「やれやれ」とため息をついた。
うわ、本とかでこういう動作してる人って良く見るけど、実際にやられるとすごい腹立つ!
「甘いな朱鷺子デラックス、僕の眼鏡は超合金Z製であり、万が一のためにピンポイントバリアが発動する一品なのさ」
「眼鏡って凄い!!? なんなのよその意味不明な重装備ッ!!」
「もちろん、この店にやってくる魔理沙とか魔理沙とか魔理沙とか霊夢から身を守るための装備に決まっている。あと魔理沙」
「どんだけあの魔法使いから被害こうむってんの!? ほとんど魔理沙じゃない!!」
「ふふ、この眼鏡さえあればマスタースパークにだって0.2秒間は耐えられよう。後は僕の体が余熱で持たないが」
「意味無いッ!! ソレ全ッ然意味がないよ霖之助!!」
聞いてて悲しくなることを言う霖之助を前に、私は思わず本来の目的を忘れてツッコミを入れてしまう。
あと、一体あの魔法使いは彼に何をしたんだろう? 目の前の彼が珍しく目をカッサカサに乾かせて遠い目をしてたそがれていた。
私も巫女に酷い目に合わされた口だけど、案外、彼ほどではないのかもしれない。
あの時巫女に強奪された本、帰ってこないんだろうなぁ……やっぱり。
「それで、なんでデラックスなんてつけたの? 返答如何によっちゃ本気で怒るからね」
「あぁ、それなら―――」
カランッと、タイミングを見計らったように店の戸が開いた音がした。
本当はまだ問いただしたかったのだけれど、彼の仕事を邪魔するわけにも行かずにしぶしぶと引き下がる。
「いらっしゃい」なんていう、愛想のかけらもない淡白な言葉を客に送る辺り、やっぱり霖之助は客商売は向いてないんじゃないだろうか。
そんなことを思いながら、私も腕を組みながら壁際にまで移動して来店した客を見る。
肩口で切りそろえられたクセのある銀髪に空色の瞳、そしてメイド服を着こなすその女性は、しゃんとした佇まいで歩いてくる。
私でも知ってる悪魔の住む紅魔館のメイド長、十六夜咲夜は私に気がついたのか、まじまじと私を見つめ。
「あら、こんにちわ朱鷺子デラックスさん」
「なんで!!?」
先ほど霖之助が口走った戯言と同じ呼称で私を呼んだのだった。意味わからん!?
「何でと申されましても、朱鷺子デラックスさんは朱鷺子デラックスさんですわ。……やっぱり長いですわね、縮めて『トゥースッ!!』でいいですよね?」
「いいわけあるかッ!!」
「わかりました。それなら『トス』にしましょう。二文字で経済的ですね」
「バレーの掛け声か私はっ!!」
ムキーと両手をぶんぶん振り回して抗議してみるけれども、残念ながらリーチの差はいかんともしがたく、片手であっさり押さえつけられる。むぎゅー。
そんな私を放っておいて、咲夜は霖之助に向き直ると会話を始め、そのまま雑談の流れに乗ってしまう。
私はというと、効果無しと判断して項垂れるように壁に背を預けた。
べ、別に諦めたわけじゃないんだからね? コレは戦略的撤退なのよ!! 悔しくなんてないんだからッ!!
「見事なツンデレだわ朱鷺子デラックス」
「ほわぁっ!!?」
背後から突然かかった声に、私は思わず素っ頓狂な声を上げて壁際から離れる。
後ろを振り返ってみれば、金の長い髪が特徴的な女性の姿がそこにあった。
大妖怪、八雲紫。境界を操る能力を持った最強との呼び声も高い超有名人。
咲夜と同じく、彼女もこの香霖堂に良く訪れる一人で、私もたびたび見かけたことがある。
……にしても、なんでみんな私にデラックスつけたがるの? テレパシーでも身につけてるのあなた達?
「やはり君もそう思うか、八雲紫」
「えぇ、やはりデラックスとつけたくなりますわ。そうじゃありません? そこのメイドも」
「もちろんです。今もそのことで話が盛り上がっていましたので」
「何でそんな話題で盛り上がってんの!!? やめてくれない、人の名前を弄って盛り上がるの!!」
三人のあんまりな物言いに思わず全力で抗議してしまうのだけれど、……聞いてくれないんだろうなぁやっぱり。
案の定、三人は特に気にした風もなく「朱鷺子デラックス」のネーミングの有用性に熱く語りだす始末。
そんなこと語らないで欲しい。どう考えたって時間の無駄遣いだし。せめて本人の居ないところで語って欲しいんだけどなぁ。
「最近は『ダイナミック雲山』も捨てがたいですわ。彼の渋さは天下一品ですし」
「ふむ、ならば僕は『マッハあややー』を推しておこうか」
「では、私は身内から『コアックマン』を。最近は巷でも評判で困ったものですわ」
……ねぇ、コレもしかしてツッコミ待ち? ねぇ、ツッコミ待ちなのコレ?
ツッコミどころが多すぎて逆に困っている私をよそに、やっぱり会話を続行中の約三人。
ていうか誰よコアックマン。なんかどこぞのヒーロー物っぽいんだけど、その名前。
「ところで朱鷺子デラックス」
「だから朱鷺子デラックスとか言うなって言ってるでしょ!!」
「わかったわかった、ならデラックス朱鷺子だ。それでいいだろう?」
「良くない!! 全然良くない!!!」
「よし、ならば朱鷺デラックス子だ。これなら文句はないだろ」
「デラックスを外せッ!! 何でそんな自信満々に言ったのさ今の!!? なんなの、そのデラックスに対する飽くなき執念!!?」
もうそろそろ怒りを通り越して尊敬に値する執念を見せる森近霖之助。
一体何が彼をそこまで駆り立てるのか、ほとほと疑問だった。絶対に知りたくないけど。
しかし、このままじゃ話が進まないので私は盛大にため息をついてから彼に視線を向けて話を促す。
「それで、なによ霖之助」
「君は自分がデラックスと呼ばれる理由に心当たりがないようだが、本当にわからないのかい?」
「む、なによ。いきなり真剣になってさぁ」
「失敬な。僕はいつも真剣だよ」
いや、ソレは絶対に嘘だと思う。
私とおんなじ思いだったのか、咲夜と紫も『いや、それはない』と口をそろえてツッコミを入れる。
いつも真剣な奴が客の扱いをぞんざいにするかっていうのよ、まったく。
「ま、ソレはともかくだ。一度、自分の胸に手を当てて考えてみるといい」
「……そこまで言うなら、そうするけどさぁ」
彼が余りにも真剣だったからか、私は胸に手を当てて考えようとして……そこで違和感に気がついた。
なんだか、胸に手を当てたときの感触がいつもと違うというか、具体的に言うといつもより弾力があって柔らかいと言うか……。
不思議に思って視線を下に向けると、昨日までは見えていたはずの足元が二つの丘で綺麗さっぱり邪魔されて見えやしなかった。
「……あれ?」
思考が追いつかない。見慣れない二つの丘には自分の手が添えられているということは、その正体不明の丘は間違いなく私の体の一部な訳で。
けれども、昨日まではそんな丘は私の体にはなかったはずで。
眼をこすってみても景色は変わらない。相変わらず二つの丘が存在を主張するように私の目に飛び込んできた。
……あれ? あれあれあれぇ!!?
「なんでぇぇぇ!!?」
「気付いてなかったのか」
「いきなり胸が大きくなってたら気がつかないかしら、普通」
「メイドの言うとおりね。普通は気がつくものじゃないの?」
突然の異変に困惑するしかない私に、なんか皆して思い思いに好き勝手に言葉を紡ぐ。
だ、駄目だ! その通り過ぎて反論する隙がない!!?
ていうか何でこんなに大きくなってるの私の胸!!? 昨日まで普通だったじゃんか!!? 何故に気がつかなかった私!!?
ていうか皆して私の胸を見て「朱鷺子デラックス」とか言ってたの!!? 発想がオヤジだよ皆!!? そもそもデラックスって絶対にそういう意味じゃないよね!!?
「うふふ、彼女も気付いたことですし、早速味見といたしましょうか」
Why!!?
「そうか、じゃあ僕は右のほうを」
「さすがに話がわかるわ。じゃ、私は左ね」
「あら、お楽しみを邪魔しちゃいけないから私はお暇しますわ」
そういって笑顔で立ち去る瀟洒なメイド。そのいらんところで変な空気を読まなくていいから助けて欲しかった。
そして嫌な笑顔で迫ってくる店主と大妖怪。逃げようとしたところで大妖怪の作った隙間であっさり捕まった私は、すぐに二人に肩を掴まれる。
「霖之助さん、居―――ごめんなさい、お楽しみ中だったのね」
「待って!! 帰らんといて!!? 本強奪されたこと気にしないから!!」
救いかと思った来客の巫女は、この状況を見て一瞬硬直しそそくさと帰っていった。
私の必死の声も届くことはなく、背後から気味の悪い笑い声が聞こえてくるのが私の恐怖心を増幅させる。
もはやなりふりなど構ってなど居られなかった。このままじゃ正真正銘の色々な身の危険だと本能が悟っていた。
私は声を張り上げる。思いっきり空気を肺に取り込んで、一気に吐き出すように。
「誰か、助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
次の瞬間、某魔法使いの極彩色の巨大レーザーが香霖堂もろとも私達を吹っ飛ばしたのだった。
▼
「て言う夢を見たのよ……って、痛ぁ!!? 何するのよ霖之助!!?」
「それはこっちのセリフだ。君な、夢は本人の無意識下の欲求や願望だって知ってるのかい?」
あんまりにもあんまりな夢の内容に、思わず彼女の頭をはたいた僕は決して悪くないと断言したい。
すっかりと定位置になってしまっているらしい僕の膝の上で、朱鷺子が恨めしそうににらんでくるが、ため息をひとつついてそう言葉を返してやる。
すると、彼女もそのことは知っていたのだろう。それ以上は特に文句も言わず、涙目ながら僕を少しだけにらみ、フンッと不貞腐れたように自前の本に視線を落とした。
にしても、彼女にしては随分と頓狂な夢を見たものだ。
なんにしても、僕の人物像について小一時間ほど問い詰めたかったが、それも対してする意味はあんまりないだろう。
小さくため息をついて、僕はコーヒーに手を伸ばす。まだ寝起きのせいでうまく頭が回らないから、コレがいいきつけになるだろう。朝は苦いコーヒーに限る。
朱鷺子とは、読書という共通の趣味からこうやって会うことが多い。
といっても、会いに来るのはもっぱら向こうからで、僕はこの店から滅多に出ないから自然とそういう形になる。
喉を通る苦味が脳を刺激していた頃、不意に朱鷺子がポツリと口を開く。
「ねぇ、霖之助はさ、やっぱり大きいほうが好きなの?」
「は?」
正直、一体それが何をさしているのか僕にはわからない。
肝心な部分が丸ごと抜けていては、正確な返答などできやしないのは、彼女だって理解しているだろうに。
ただ、推測することは出来た。先ほどの夢の内容を語っていたところを見るに、おそらくは―――。
ややあって、彼女は小さく首をふった。
困ったように苦笑しながら、頬をぽりぽりとかいて照れくさそうに一言。
「やっぱ、なんでもない。忘れて」
なんて言葉にして、彼女はまた読書に戻った。
彼女がそういうなら、忘れてやることが一番いいのだろう。先ほどの彼女の言葉を聞き流し、聞かなかったことにしてやるのが一番いい。
さて、夢とは様々な諸説由来が存在する。
有名なのは先ほども言ったように、無意識下の欲求や願望というものだろう。
果たして、朱鷺子の語った素っ頓狂な夢が彼女の無意識下の願望であったのなら、夢の内容のどの辺りが彼女の本当の願望だったのか?
きっと本人に聞いてもわかるまい。何しろ無意識下の欲求だ。自覚できないものは自身でもわからないものなのだから。
そんなことを思いながら、僕は残ったコーヒーを飲み干した。
朝は早く、まだ日も昇らないような時間帯。
一心不乱に本を読む彼女の頭を、気を紛らわすようにクシャクシャと撫でる。
どこか心地よさそうに目を細めた彼女を見て、その様子が微笑ましく思った僕は彼女に気付かれないように笑みを零したのだった。
ある晴れた昼下がり。寒天広がる冬の中、スカァーンッ! という景気のいい音が響き渡った。
無言のままに振りぬいた私の右拳が、店主のこめかみを打ち抜いたのはその戯言の直後のことである。
スピードも体重の乗せ方も申し分ない、綺麗な右フックは弧を描いて彼を悶絶させる……はずだったのだけれど。
「まったく、危ないじゃないか朱鷺子デラックス」
「朱鷺子デラックスとかいうなッ! ていうか何でケロリとしてるの!!?」
どういうわけかこの香霖堂の店主はケロリとした様子で、再び色々と間違えてる名前を連呼するのであった。
短い髪は銀というよりはどちらかというと白に近く、その眼鏡もあってか細い印象を受ける店主の名前は、森近霖之助。
私は、本当は名前がない。けれどみんなは私の朱鷺色の羽からもじって、朱鷺子って呼んでくれている。
呼んでくれているんだけれど、……その唯一の呼称がこの目の前の男の手によって面白愉快に改変されそうなのである。冗談じゃない。
私がありありと不満であると言葉だけでなく態度で語って見せても、目の前の彼はずれた眼鏡をクイッと上げて「やれやれ」とため息をついた。
うわ、本とかでこういう動作してる人って良く見るけど、実際にやられるとすごい腹立つ!
「甘いな朱鷺子デラックス、僕の眼鏡は超合金Z製であり、万が一のためにピンポイントバリアが発動する一品なのさ」
「眼鏡って凄い!!? なんなのよその意味不明な重装備ッ!!」
「もちろん、この店にやってくる魔理沙とか魔理沙とか魔理沙とか霊夢から身を守るための装備に決まっている。あと魔理沙」
「どんだけあの魔法使いから被害こうむってんの!? ほとんど魔理沙じゃない!!」
「ふふ、この眼鏡さえあればマスタースパークにだって0.2秒間は耐えられよう。後は僕の体が余熱で持たないが」
「意味無いッ!! ソレ全ッ然意味がないよ霖之助!!」
聞いてて悲しくなることを言う霖之助を前に、私は思わず本来の目的を忘れてツッコミを入れてしまう。
あと、一体あの魔法使いは彼に何をしたんだろう? 目の前の彼が珍しく目をカッサカサに乾かせて遠い目をしてたそがれていた。
私も巫女に酷い目に合わされた口だけど、案外、彼ほどではないのかもしれない。
あの時巫女に強奪された本、帰ってこないんだろうなぁ……やっぱり。
「それで、なんでデラックスなんてつけたの? 返答如何によっちゃ本気で怒るからね」
「あぁ、それなら―――」
カランッと、タイミングを見計らったように店の戸が開いた音がした。
本当はまだ問いただしたかったのだけれど、彼の仕事を邪魔するわけにも行かずにしぶしぶと引き下がる。
「いらっしゃい」なんていう、愛想のかけらもない淡白な言葉を客に送る辺り、やっぱり霖之助は客商売は向いてないんじゃないだろうか。
そんなことを思いながら、私も腕を組みながら壁際にまで移動して来店した客を見る。
肩口で切りそろえられたクセのある銀髪に空色の瞳、そしてメイド服を着こなすその女性は、しゃんとした佇まいで歩いてくる。
私でも知ってる悪魔の住む紅魔館のメイド長、十六夜咲夜は私に気がついたのか、まじまじと私を見つめ。
「あら、こんにちわ朱鷺子デラックスさん」
「なんで!!?」
先ほど霖之助が口走った戯言と同じ呼称で私を呼んだのだった。意味わからん!?
「何でと申されましても、朱鷺子デラックスさんは朱鷺子デラックスさんですわ。……やっぱり長いですわね、縮めて『トゥースッ!!』でいいですよね?」
「いいわけあるかッ!!」
「わかりました。それなら『トス』にしましょう。二文字で経済的ですね」
「バレーの掛け声か私はっ!!」
ムキーと両手をぶんぶん振り回して抗議してみるけれども、残念ながらリーチの差はいかんともしがたく、片手であっさり押さえつけられる。むぎゅー。
そんな私を放っておいて、咲夜は霖之助に向き直ると会話を始め、そのまま雑談の流れに乗ってしまう。
私はというと、効果無しと判断して項垂れるように壁に背を預けた。
べ、別に諦めたわけじゃないんだからね? コレは戦略的撤退なのよ!! 悔しくなんてないんだからッ!!
「見事なツンデレだわ朱鷺子デラックス」
「ほわぁっ!!?」
背後から突然かかった声に、私は思わず素っ頓狂な声を上げて壁際から離れる。
後ろを振り返ってみれば、金の長い髪が特徴的な女性の姿がそこにあった。
大妖怪、八雲紫。境界を操る能力を持った最強との呼び声も高い超有名人。
咲夜と同じく、彼女もこの香霖堂に良く訪れる一人で、私もたびたび見かけたことがある。
……にしても、なんでみんな私にデラックスつけたがるの? テレパシーでも身につけてるのあなた達?
「やはり君もそう思うか、八雲紫」
「えぇ、やはりデラックスとつけたくなりますわ。そうじゃありません? そこのメイドも」
「もちろんです。今もそのことで話が盛り上がっていましたので」
「何でそんな話題で盛り上がってんの!!? やめてくれない、人の名前を弄って盛り上がるの!!」
三人のあんまりな物言いに思わず全力で抗議してしまうのだけれど、……聞いてくれないんだろうなぁやっぱり。
案の定、三人は特に気にした風もなく「朱鷺子デラックス」のネーミングの有用性に熱く語りだす始末。
そんなこと語らないで欲しい。どう考えたって時間の無駄遣いだし。せめて本人の居ないところで語って欲しいんだけどなぁ。
「最近は『ダイナミック雲山』も捨てがたいですわ。彼の渋さは天下一品ですし」
「ふむ、ならば僕は『マッハあややー』を推しておこうか」
「では、私は身内から『コアックマン』を。最近は巷でも評判で困ったものですわ」
……ねぇ、コレもしかしてツッコミ待ち? ねぇ、ツッコミ待ちなのコレ?
ツッコミどころが多すぎて逆に困っている私をよそに、やっぱり会話を続行中の約三人。
ていうか誰よコアックマン。なんかどこぞのヒーロー物っぽいんだけど、その名前。
「ところで朱鷺子デラックス」
「だから朱鷺子デラックスとか言うなって言ってるでしょ!!」
「わかったわかった、ならデラックス朱鷺子だ。それでいいだろう?」
「良くない!! 全然良くない!!!」
「よし、ならば朱鷺デラックス子だ。これなら文句はないだろ」
「デラックスを外せッ!! 何でそんな自信満々に言ったのさ今の!!? なんなの、そのデラックスに対する飽くなき執念!!?」
もうそろそろ怒りを通り越して尊敬に値する執念を見せる森近霖之助。
一体何が彼をそこまで駆り立てるのか、ほとほと疑問だった。絶対に知りたくないけど。
しかし、このままじゃ話が進まないので私は盛大にため息をついてから彼に視線を向けて話を促す。
「それで、なによ霖之助」
「君は自分がデラックスと呼ばれる理由に心当たりがないようだが、本当にわからないのかい?」
「む、なによ。いきなり真剣になってさぁ」
「失敬な。僕はいつも真剣だよ」
いや、ソレは絶対に嘘だと思う。
私とおんなじ思いだったのか、咲夜と紫も『いや、それはない』と口をそろえてツッコミを入れる。
いつも真剣な奴が客の扱いをぞんざいにするかっていうのよ、まったく。
「ま、ソレはともかくだ。一度、自分の胸に手を当てて考えてみるといい」
「……そこまで言うなら、そうするけどさぁ」
彼が余りにも真剣だったからか、私は胸に手を当てて考えようとして……そこで違和感に気がついた。
なんだか、胸に手を当てたときの感触がいつもと違うというか、具体的に言うといつもより弾力があって柔らかいと言うか……。
不思議に思って視線を下に向けると、昨日までは見えていたはずの足元が二つの丘で綺麗さっぱり邪魔されて見えやしなかった。
「……あれ?」
思考が追いつかない。見慣れない二つの丘には自分の手が添えられているということは、その正体不明の丘は間違いなく私の体の一部な訳で。
けれども、昨日まではそんな丘は私の体にはなかったはずで。
眼をこすってみても景色は変わらない。相変わらず二つの丘が存在を主張するように私の目に飛び込んできた。
……あれ? あれあれあれぇ!!?
「なんでぇぇぇ!!?」
「気付いてなかったのか」
「いきなり胸が大きくなってたら気がつかないかしら、普通」
「メイドの言うとおりね。普通は気がつくものじゃないの?」
突然の異変に困惑するしかない私に、なんか皆して思い思いに好き勝手に言葉を紡ぐ。
だ、駄目だ! その通り過ぎて反論する隙がない!!?
ていうか何でこんなに大きくなってるの私の胸!!? 昨日まで普通だったじゃんか!!? 何故に気がつかなかった私!!?
ていうか皆して私の胸を見て「朱鷺子デラックス」とか言ってたの!!? 発想がオヤジだよ皆!!? そもそもデラックスって絶対にそういう意味じゃないよね!!?
「うふふ、彼女も気付いたことですし、早速味見といたしましょうか」
Why!!?
「そうか、じゃあ僕は右のほうを」
「さすがに話がわかるわ。じゃ、私は左ね」
「あら、お楽しみを邪魔しちゃいけないから私はお暇しますわ」
そういって笑顔で立ち去る瀟洒なメイド。そのいらんところで変な空気を読まなくていいから助けて欲しかった。
そして嫌な笑顔で迫ってくる店主と大妖怪。逃げようとしたところで大妖怪の作った隙間であっさり捕まった私は、すぐに二人に肩を掴まれる。
「霖之助さん、居―――ごめんなさい、お楽しみ中だったのね」
「待って!! 帰らんといて!!? 本強奪されたこと気にしないから!!」
救いかと思った来客の巫女は、この状況を見て一瞬硬直しそそくさと帰っていった。
私の必死の声も届くことはなく、背後から気味の悪い笑い声が聞こえてくるのが私の恐怖心を増幅させる。
もはやなりふりなど構ってなど居られなかった。このままじゃ正真正銘の色々な身の危険だと本能が悟っていた。
私は声を張り上げる。思いっきり空気を肺に取り込んで、一気に吐き出すように。
「誰か、助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
次の瞬間、某魔法使いの極彩色の巨大レーザーが香霖堂もろとも私達を吹っ飛ばしたのだった。
▼
「て言う夢を見たのよ……って、痛ぁ!!? 何するのよ霖之助!!?」
「それはこっちのセリフだ。君な、夢は本人の無意識下の欲求や願望だって知ってるのかい?」
あんまりにもあんまりな夢の内容に、思わず彼女の頭をはたいた僕は決して悪くないと断言したい。
すっかりと定位置になってしまっているらしい僕の膝の上で、朱鷺子が恨めしそうににらんでくるが、ため息をひとつついてそう言葉を返してやる。
すると、彼女もそのことは知っていたのだろう。それ以上は特に文句も言わず、涙目ながら僕を少しだけにらみ、フンッと不貞腐れたように自前の本に視線を落とした。
にしても、彼女にしては随分と頓狂な夢を見たものだ。
なんにしても、僕の人物像について小一時間ほど問い詰めたかったが、それも対してする意味はあんまりないだろう。
小さくため息をついて、僕はコーヒーに手を伸ばす。まだ寝起きのせいでうまく頭が回らないから、コレがいいきつけになるだろう。朝は苦いコーヒーに限る。
朱鷺子とは、読書という共通の趣味からこうやって会うことが多い。
といっても、会いに来るのはもっぱら向こうからで、僕はこの店から滅多に出ないから自然とそういう形になる。
喉を通る苦味が脳を刺激していた頃、不意に朱鷺子がポツリと口を開く。
「ねぇ、霖之助はさ、やっぱり大きいほうが好きなの?」
「は?」
正直、一体それが何をさしているのか僕にはわからない。
肝心な部分が丸ごと抜けていては、正確な返答などできやしないのは、彼女だって理解しているだろうに。
ただ、推測することは出来た。先ほどの夢の内容を語っていたところを見るに、おそらくは―――。
ややあって、彼女は小さく首をふった。
困ったように苦笑しながら、頬をぽりぽりとかいて照れくさそうに一言。
「やっぱ、なんでもない。忘れて」
なんて言葉にして、彼女はまた読書に戻った。
彼女がそういうなら、忘れてやることが一番いいのだろう。先ほどの彼女の言葉を聞き流し、聞かなかったことにしてやるのが一番いい。
さて、夢とは様々な諸説由来が存在する。
有名なのは先ほども言ったように、無意識下の欲求や願望というものだろう。
果たして、朱鷺子の語った素っ頓狂な夢が彼女の無意識下の願望であったのなら、夢の内容のどの辺りが彼女の本当の願望だったのか?
きっと本人に聞いてもわかるまい。何しろ無意識下の欲求だ。自覚できないものは自身でもわからないものなのだから。
そんなことを思いながら、僕は残ったコーヒーを飲み干した。
朝は早く、まだ日も昇らないような時間帯。
一心不乱に本を読む彼女の頭を、気を紛らわすようにクシャクシャと撫でる。
どこか心地よさそうに目を細めた彼女を見て、その様子が微笑ましく思った僕は彼女に気付かれないように笑みを零したのだった。
それはともかくとして朱鷺子可愛いな
大事なのは誰のおっぱいかということだ。もちろん俺は大きくても小さくても朱鷺子さんのおっぱいが大好きだ。
それにしても、とっきゅんカワイス
道具屋魂か
ところで、その超合金Z眼鏡はいくらで販売してますかね?
だが、朱鷺子はそのままが一番だと思う。
前半のノリのよさと後半のほのぼのっぷりのギャップが凄いw
朱鷺子可愛いよ朱鷺子。
なったのが胸だけで良かったw
朱鷺子かあいよぉ朱鷺子
要するに襲われたい朱鷺子ですね