季節、冬。
外、寒い。家、出られない。
お布団、肩まで掛けなおす。
はあ。炬燵、あったか。私、嬉しい。幸せ。
思わず片言になるほどに蕩けきった私の思考。頭のネジは既にゆるゆるで、締め直す気力も起こらない。
これは完全に毒されてしまっているな、いけないなと思いつつも、私はここから抜け出すことが出来ないでいた。
地霊殿の居間。私は、こいしと二人、炬燵で横になりながら、猫のように丸くなっていた。冬場にはどの家庭にもよく出没が確認される、俗に言う「こたつむり」のような状態だ。
炬燵が出てきてからというもの、仕事もそこ、食事もそこでずっとそうして過ごしているから、もうそろそろニヶ月になるだろうか。まだまだ、あと一ヶ月はここから出られないだろう。外、死ぬほど寒いし。私、体強くないし。こういう時は、お燐やお空の丈夫さが、羨ましくてしょうがない。
傍から見れば、仮にも一家の主がそんなことでいいのか、という疑問もあるとは思う。自分でも「だらしないなあ」と思わないこともないし。
でも、そんなこと言っても仕方ないじゃないですか。炬燵暖かいんですから。すっごく気持ちいいんですから。本当、泣く子と炬燵にゃ勝てやしないっていう言葉があるのも分かります。え?なかったですか?こんな格言。まあいいですが。
地底だって、冬は地上と同じように寒いんです。手先も足先も悴むのです。温もりが欲しいのです。ストーブとかじゃ何かが足りないのです。
そこに、気の利くお燐が炬燵を出してきてくれたわけですよ。これこそが、求めていた温もりなのですよ。炬燵こそ、日本妖怪の心であり、魂であり、ソウルメートであるわけですから、もう、嬉しくならないわけがないじゃないですか。
そりゃあはっぴーでろんりーでぐろーりーでふぉーえばーな気持ちにもなろうというものです。自分で言っててよく分かりませんが。
地霊殿。居間。こいし。私。二人。幸せ。
ぬくぬく~。
お夕飯を頂いて、お腹一杯になったあと。
炬燵でごろんごろんと寝返りを打ちつつ、好きな本を読みながら、時折卓上のお茶やお蜜柑を頂く。
ああ、蜜柑甘いッ。お茶、渋いッ。つまり、美味いッ。
こんな贅沢な時間があるだろうか。否、無い。まさに我が世の春。冬だけど。
そんな仄々、ひらがなで書くとほのぼのタイムを満喫していると、ふいにこいしが私に向かって声をかけてきた。
「お姉ちゃん」
「何です?こいし」
「ちょっと聞きたいんだけどさ」
「はて、どんなことでしょう?」
お、また来たな、と身構えながら、私はこいしに返事をする。
こいしがこうやって私に何かを訊ねてくるのは良くあることだ。知に対して探究心があるのは良いことだし、姉としては、出来る限り妹の疑問には答えてあげるようにしたい。
だから、この「ちょっと聞きたいんだけど」という台詞が来ると、私は何を聞かれてもパッと答えられるように、身構える必要があるのだ。
まあ、大抵がくだらないことだったり、どうでもいいことだったりして、わざわざ身構えても無駄になることが多いんだけど。
「紅白巫女は何で腋を出してるの?」とか。トレードマークなんでしょ。きっと。腋が。
ただ、この前「『良い生き方』って具体的にどんなの?」と、凄まじい勢いで哲学的な問いをされたときには、流石に度肝を抜かれた。いくら身構えてたって、そんなの聞かれたらどうにもならない。ものには限度っていうのがある。
しかも、難しい本を読んでる最中に聞いてくるとかじゃないんだもの。お茶を飲みつつ、「カステラ美味しいね」なんて話した後に、何気なくそんなことを聞いてくるんだもの。あの時は、心底ビックリさせられた。
こんな人生の命題に近い問題、咄嗟に聞かれて答えられる人って、果たしているんだろうか。残念だけど、私には無理だった。その結果として「お姉ちゃん、頼りにならない」とこいしに白い目で見られることになってしまった。シクシク。
そんな切ない過去を振り返りながら、私はお茶を一口頂きつつ、こいしの言葉を待つ。
「何となく思いついちゃっただけだから、特に深い意味とかないんだけどさ」
「ええ。どんな質問でもバッチ来いです」
「今、二人で過ごしてて、ふと思ったんだけど」
「はい。何でしょう」
「『姉妹』と『獅子舞』って似てるよね?」
げほっ。とりあえず、飲んでたお茶が喉に引っかかり、ひどく咽た。苦しい苦しい。
「お姉ちゃん大丈夫?」
「だ、大丈夫く、ない、です」
のんびりとした声で聞いてくるこいしに対し、喘ぐようにそう返す私。辛い辛い。喉、痛い痛い。
「何やってんのさ?」
「な、何って、げほっ、お茶ひっかけちゃって」
「もう、しっかりしてよ」
「す、すみません」
貴女のせいでしょ、とは決して言わず、適当に誤魔化す私。
うん。何でもバッチ来いって言ったんだから、受け止めきれなかった私が悪い。そういうことにしておこう。
これも、愛する妹を無意味に傷つけないため。
ああ、我ながら健気だなあ。誰か褒めて。
思えば、私は今までも、何かをこいしのせいにしたりとか、そういうことは殆どしたことがない。
むしろ、こいしが何かしたときには、率先してフォローしてる気がする。この前も、お空の翼に「ろけっとえんじん」と、油性マジックででかでか書かれてたのを消したのは私だったし。昔、こいしがお燐にイカをあげようとしてたのを止めたのも私だったし。
そういう意味では私、自分で言うのも何だけど、姉の鏡と言っても良いと思う。
……単に、こいしと喧嘩したくないためですが。だって、弾幕勝負にでもなったらとても敵わないから。言ってて悲しいですが。
ごくごくと温くなったお茶を飲みつつ、息を整えながら、私は思う。
前からそうだけど、この子は、少し言動が唐突過ぎる。まあ行動が無意識だからしょうがないのかもしれないけれど。
人がお茶飲んでるときに、いきなりあんなこと言うんじゃありません。ちょっと面白かったじゃないですか。
いかん。思い出したらまた咽そうに。はい深呼吸。吸って、吐いて。
「落ち着いた?」
「ええ。どうにか」
「そう。良かった」
「まったく、あんなに苦しかったのは久々ですよ。ちょっと死神の顔が見えた気がしましたし」
「それで、お姉ちゃんはどう思う?」
にっこり笑って聞き直してくるこいし。ああ、私の小粋なジョークは軽くスルーなんですね。分かっていてもちょっと凹む。
それと、どうってさっきの『姉妹』と『獅子舞』の件ですか。いや正直考えたこともないから分かんないなあ。
そういえば、この前お燐も「『姉妹』と『死体』って似てますよね!」とか訳の分からないことを言っていたが。あれも、私には何が何やらさっぱりだった。
でも、どう返すべきか分からないからと言って、ここで何も返事をしないというわけにもいくまい。シカトなんて、相手に対して失礼すぎる最低な行為だ。
パルスィさんに挨拶する度にガン無視されて、ひっそり泣いている私が言うのだから間違いない。
もう差し入れなんて持ってってあげるもんかっ。
えーと。ちょっと脱線したけど、良き姉であれば、こんなときにどんな返答をするべきなのか。
ここでの受け答えはそのまま、私の信用とか沽券とかお姉ちゃん大好き度とか色んなものに関わってくるかもしれない。
そう考えればこれはチャンスだ。働け、私の灰色の脳細胞。(この間0.5秒)
よし決めた。これでいこう。
「……それを言い出すと、タイヤとたい焼きも似てることになると思うんですが」
「何言ってるの?お姉ちゃん。タイヤとたい焼きは全然違うじゃん」
「……」
ひどく醒めた目で、私の顔を見るこいし。そんなこいしの態度に思わず顔を引きつらせてしまう私。
えー……。そんなに違う?私が言ったのも、こいしの言ってるのと、大差ないと思うんですが。
というか、よく考えれば何だ、姉妹と獅子舞が似てるって。まるっきり別物じゃないですか。響きだけじゃないですか。
「まっひゃく、おねぇひゃんはあひゃまかひゃいんひゃから、もぐもぐ」
「うん。とりあえず、そのみかん食べ終わってから話しなさい」
「わひゃっひゃ。もぐもぐ」
……分かってないじゃないですか。はあ。
食べながら話すのはよくない。こいしは、私の頭云々を言う前に、レディーとしての嗜みを身に付けるべきだ。
心中ため息をつきつつ、私は以前本屋で見かけた「たった259,200秒で分かる『すてきなReady』になるための本」を買ってこようと心に決めた。
何でもこれは地上で有名な妖精が書いたものらしい。期待できる。筆者の趣味は蛙を凍らせることだとか。まさに淑女。
きっとこいしにピッタリの本だろう。
「そういえひゃね、わひゃし」
「飲み込んでから」
「ひゃい」
はいごっくん。よくできました。花丸あげます。
「それで?そういえば、何?」
「もう一つ似てるなーって思ったのがあって」
「既に嫌な予感しかしないけど、何と何?」
「死闘と獅子唐」
「全然別物よ」
やっぱり響きだけじゃないの。片方は真剣勝負だし、もう片方は食べ物だし。一体どこを見比べれば似てると言えるのか。
「下手を打つと悶絶するところ」
「片方悶絶ってレベルじゃ済まないと思うのだけど」
「そう?」
死闘なんてしたら、少なくともやってる内の誰か一人はぴくりとも動かなくなるんじゃないかしら。弾幕ごっことは訳が違うだろうから。
というか、獅子唐なんぞと比べられたら、死に物狂いで闘ってる人たちに失礼だろう。もしその人たちがこんなこと言われてるの聞いたら、あんまりにあんまりすぎて、泣くかもしれない。むしろ泣いていい。不憫。
仕方ないから、こいしに代わって私が死闘をしてる人たちに謝っておこう。
どうもすみません。うちの妹が無礼なことを言いまして。あ、頑張ってください。地底の奥から応援してますので。
全世界で死闘に明け暮れている方々、くれぐれも、生きて帰ってくださいね!
……何のこっちゃ。
それとこいし、貴女意外とライオン好きなのね。お姉ちゃん一つ学んだわ。
今度の誕生日にはライオンのぬいぐるみでも贈ろうかしら。等身大の。
「お姉ちゃん、楽しそう」
「そう見える?正直に言って、とても疲れたのだけど」
面白そうにケラケラと笑うこいし。そんなこいしを一瞥し、私は隠そうともせずにため息を吐く。
こいしと話すときは、いつもこんな感じにペースを乱されてしまい、とてつもなく疲弊してしまう。
その疲れっぷりは、お燐はおろか、色々忘れっぽいお空と話すときのそれよりも更にひどい。
一言で表すならば、まさに「ぐったり」というのが相応しいような状態になってしまう。
でも、たしかにこいしの言う事も、間違ってはいないのだ。
普段私が話していて、一番楽しい相手はこいしだから。
何しろこいしは、私が心を読めない唯一の相手だ。そして、同時に、私にとって唯一人の妹だ。
だからこいしと話すときだけは、笑顔の裏で相手が何を考えているかとか、そんな余計なことには煩わされずに、会話に集中できるのだ。
普段の私は、相手の心を読めるおかげと言うかせいと言うか、とにかく気を遣って話すことが多い。
傲慢にならず、かと言って謙り過ぎず。この辺のさじ加減は、下手に相手の心を読めると余計に難しく、私は何度も胃を痛めるハメとなった。
まして「地霊殿の主」なんていう立場もあるものだから、尚更だ。迂闊な事を言えば地霊殿全体の評価にも関わりかねないし、外部の相手とは、とても楽しいお喋りどころの話ではないのだ。
そんな私が、唯一人、周りの評価も余計な気遣いにも振り回されずに本音をぶつけられる相手―――それが、こいしなのだ。
私も、こいしを相手にするときだけは、笑ったり怒ったり、普段は隠している感情を露にすることができる。普段溜め込んだストレスも、こいしと話している内に、不思議となくなってしまう。
だから、先程の言葉をあっさり否定も出来ないのだけど……。それにしたって、時折こいしの振ってくるさっきみたいな話には、まいってしまう。
何て返せばいいのだ、あれに。まったくもう。
私がそんなことを考えていると、ふと、こいしは思い出したかのように言った。
「ねえ、お姉ちゃん」
「今度は何ですか?」
「私、最近また紅魔館に遊びに行ったんだけどさ」
「ああ、フランさんのところですか?」
「うん」
彼女のことは、私もこいしから何度か聞いている。
何でも数ヶ月前に地上へ遊びに行った際、無意識に行動していたら、いつの間にかフランさんの部屋へと辿り着いていたとのこと。(あそこには気を操る門番がいるというけど、こいしには気付かなかったのだろうか?)
突然の訪問者にフランさんも驚いていたそうだが、それ以上に好奇心が勝ったようで、すぐにこいしと打ち解けた。
以来、何だか境遇の似た妹同士、仲良くやっているらしい。
「それで、フランさんがどうかしたんですか?」
「そうそう、フランの部屋で話してたら、何かお互いのお姉ちゃんの話になってさ」
「フランさんのお姉さんというと、レミリアさんですよね」
その名前は、私も当然知っている。レミリアさんは、幻想郷の中でも指折りの実力者。驚異的な身体能力を持ち、弾幕もトップクラス。そして、幻想郷屈指の妹煩悩なお姉さんとしても有名だ。
私がそんなことを思い出しつつ言うと、こいしは頷く。
「うん。そのときに聞いたんだけど」
「はい」
「フランって、結構甘えん坊なところがあってさ。夜は、特にそれがひどくなるらしいの」
「へえ、それは意外ね」
フランさんのことは噂でしか知らないが、気が触れているとかあらゆるものを破壊できるとか聞いた記憶がある。
だからこそ、そんなイメージと甘えん坊という言葉が、私の中ではうまく結びつかなかった。
「何と言うか、フランさんはもっと強い存在だと思ってたんですが」
「そうなの?私と一緒にいるときは、明るいって言うか、無邪気な感じだけど」
「あら」
これはどうやら、私の想像しているフランさんは、実物と全く異なる方のようだ。こいしの言葉を聞く限り、フランさんはどこにでもいるような普通の女の子の様だし、やはり噂は所詮噂でしかないのだろうか。
そんなことを思いながら、私はこいしに問いかける。
「それで、フランさんは夜どうしてるんですか?」
「へ?」
「さっき言ってたじゃないですか。フランさんが、夜には特に甘えん坊になるって」
「そうそう、フランって夜になるとすごく寂しくなって、どうしようもなくなるんだって」
「ええ。そこまではさっきも聞きましたけど」
「そんなわけだから、毎晩こっそり自室から抜け出してさ」
「はい」
「自分のお姉ちゃんに抱いてもらってるんだって」
ぶっ。
飲んでたお茶が喉に引っかかり(以下略)
「そうやって一緒に寝ると、とってもあったかくて気持ちいいんだって」
「げほっ、そ、そうなん、ですか」
「もう。さっきからどうしたのさ」
だって、こいしがビックリするようなこと言うから、しょうがないじゃないですか。お姉ちゃん驚いて心臓止まりそうですよ。
レミリアさんが妹を溺愛しているとは聞いてたが、まさか既にそんな関係だったとは。
というか何だそれは。姉妹でけしからんでしょそれは。レミリアさん羨ましすぎですよこんちくしょう!
抱き合っているレミリアさんとフランさんを想像し、私は若干頬を染めつつも、努めて冷静を装って言った。
「私の想像していた以上に、あの二人はラブラブなわけですね」
「すごいよ。レミリアさんもフランのこと大好きみたいなんだけど、フランもフランで私が行く度に惚気るんだから。この前絵本読んでもらったとか、最近遊んでもらえなくて寂しいとか」
「それは、たしかに砂を吐きそうな惚気ですね……」
こうやって間接的に聞いているだけでも、ごちそうさまと言いたくなる程に甘い台詞だ。直接聞いているこいしはきっとお腹一杯だろう。虫歯防止のためにも、当分おやつは抜きにすべきか。
私がそんなことを考えていると、こいしは何故か複雑な表情を浮かべていた。
その表情が気になった私は、思わずこいしに問いかける。
「どうかしたんですか?こいし。何だか、難しい顔をしてますが」
「うーん……フランとお姉さんの仲が良いのは、別にいいことなんだけどさ」
「はい」
「何だか、聞いてたら悔しくなっちゃって」
「? 悔しく、ですか?」
その言葉の意味がよく分からず、思わずこいしに問い返す。
すると、こいしは「うん」と頷いたあと「私もお姉ちゃんのこと大好きなのにさ、何か負けてるみたいで」と、そんな嬉しいことを言ってくれた。
(うわあ……!)と、その言葉に、思わず感動してしまう私。当然だろう。実の妹に好きだと言われて、嬉しくない姉がいないわけがない。
というか、嬉しすぎてどうにかなっちゃいそう。何だかよく分からないけど、油断すると涙まで出てきちゃいそうだし。天にも昇る心地とはこのことか。
お姉ちゃん、今まで辛いことも多かったけど、生きてて良かったと心から思えるわっ。
嬉しさのあまり、こいしの言葉を何度も何度も反芻する私。
ニヤニヤが止まらず、傍から見るときっと怪しい人になっていると自覚しつつも、その表情は中々元に戻らない。
すると、そんな私に向かってこいしが話しかけてきた。
「だからさ、お姉ちゃん」
「何ですか?今だったら、こいしの言うこと何でも聞いちゃいますよ?」
お姉ちゃん、今なら人の心だって読めちゃいそうっ。
「お姉ちゃんは元々そういう能力でしょうが……そうじゃなくて」
「?」
「お姉ちゃん」
「はい」
「抱いて」
ぶばっ!
飲んでたお茶が(以下略)
一瞬聞き間違いかと思ったが、真剣な表情で私を見つめてくるこいしを見る限り、おそらくそれは無い。
抱いてと……たしかにこいしはそう言った。つまり、それはそういう意味なのだろう。
え?いいの?本当に?もう今更違うって言われても、私抑えが効きませんよ?
「こ、こいし、本当にいいのですか?」
「うん。恥ずかしいけど、お姉ちゃんだったらいいよ」
そう言って、もじもじと顔を赤らめるこいし。その表情は本気で犯罪級に可愛い。
うっ、本当に理性が崩壊してしまいそう。こいし愛してるわっ。
こいしの言葉を聞いた時点で既にギリギリまで理性が追い詰められているものの、この場で勢い任せにこいしを押し倒して、お燐やお空に見つかったりでもしたら大変だ。
そう考えた私は、出来る限り冷静を装い、こいしに声をかける。
「そ、それじゃあ、寝室に行きましょうか」
「うん。ぎゅーってしてね。思いっきりでいいから」
ああ、今それ以上言わないで。お姉ちゃん、鼻血出して倒れちゃいそうだから。
私は夢見心地のまま、こいしと手を繋いで寝室へと向かった―――。
「……ええ、こんなことだろうと思ってましたけどね」
「? どうかした?」
「いえ、何でも」
こいしと一緒のベッドの上、私は文字通りこいしを『ぎゅーっと抱きしめて』いた。
勿論、別にいやらしい意味合いは全くない。言うなれば、私がこいしを抱き枕にしているような状態だ。
私に抱きしめられたこいしは「えへへ」と笑顔を浮かべ「私もずっとこうしてほしかったんだー」などと言っている。
……いや、それは非常に嬉しいのだけど。そしてこいし可愛いのだけど。『抱く』ってそういう意味なんですね。……はあ。
(妙に積極的すぎるなあ、とは思ったんですけどね……)
考えてみれば、フランさんの話を聞いた時点でおかしいと思うべきだったのだ。
何故なら、レミリアさんは幻想郷でも有数の妹大好きキャラだが、同時に幻想郷でもトップクラスのへタレなのだから。
毎晩妹を(いやらしい方の意味で)抱くなんて、出来るわけがないのだ。
「でも『恥ずかしいけど抱いて』なんて、普通そっちの意味以外の何物でもありませんよ?」
「だって、恥ずかしいじゃん!こんな大きくなってから、誰かにこうやってぎゅーってしてもらうなんて」
「いや、そうじゃなくて」
それ言ったら、フランさんはたしか495歳なんですが。大きいにも程があるでしょう。普通に考えて。
残念なことに、こいしは『抱く』の意味をまったく分かっていないようで、こんな至近距離にいるにも関わらず、そういうムードは微塵も無い。
部屋の空気はどこまでもほのぼのとしたものだった。……何だよう。折角、照明まで、こういう時のためにと用意した、特製のものを出してきたのに。
こんなドぎついピンクの照明の中、よくそんな屈託のない笑いを浮かべられるなあと、私は妙に感心してしまう。……まあ、分かっていないからだろうけど。確信犯なのだとしたら、色んな意味でひどすぎる。
何だか期待した分だけ損した気がしないでもないけれど……まあいいか。
おかげでこうやって一緒に寝れているのは事実なわけだし。こいしに「大好き」なんて言ってもらえたし。今日はそれだけで十分に収穫だ。
隣で無邪気に笑うこいしを見ていると、自然に私の頬も緩んでしまう。我ながら姉バカだなと、改めて自覚した瞬間だった。
ベッドの中、二人。こいしの体は、炬燵に負けないくらい温かい。
そんな温もりに触れていると、色々細かいことなんて考えるのが馬鹿馬鹿しくなってしまう。
あー、やめやめ。こいしがあったかいんだからそれだけで幸せ。うん。それでいい。
「ふふっ」
「どうしたの?お姉ちゃん」
幸せすぎて、思わず笑ってしまった私に対し、不思議そうにこいしが訊ねて来る。
そんな様子も可愛いなあと思いつつ、私はこいしに対してとても素直な気持ちで返事をした。
「さっき言いそびれましたけど……私も、こいしが大好きですよ」
そう私が言うと、こいしは驚いたようにパチクリと瞬きをする。その様子が面白くて、私はまた思わず笑ってしまう。
「お姉ちゃん、それ本当?嘘じゃない?」
「ええ。だから、一緒に寝られて良かったです」
こんな機会も、滅多にありませんしね。
そう私が言うと、こいしは何処かほっとしたような表情を浮かべながら言った。
「そっかー。それ聞いて、私も安心したよ。お姉ちゃんに無理言っちゃったと思ったから。じゃあ、これからは毎晩一緒に寝てくれる?」
「こいしが望むなら、喜んで」
可愛い妹の頼みとあらば、お姉ちゃんはどんな無茶だって聞いてあげるのが勤めなのです。
まして、そんなお願いなら、こちらとしても嬉しい限りですよ。
今日は何だかんだとこいしと色々話せて、大変だったけど楽しかったなあ……。そんな風に一日を振り返っていると、こいしから声をかけられる。
「お姉ちゃん、お休み」
「ええ、お休み、こいし」
ああ、明日はこいしより早く起きなきゃ。無意識に行動してしまうこいしが、私が起きたときにはもう出かけてたなんて嫌だから。
早起きして、朝御飯を作って待っていよう。寝坊してくるようなら、私が起こしてあげよう。そのときには、お目覚めのチューぐらいしちゃったって、きっとバチは当たるまい。
そんなことを考えつつ、私はこいしの温かさを肌に感じながら、眠りに落ちていったのだった。
ドシスコンなさとり様とお嬢様、素敵です。
古明地姉妹が幸せなら俺も幸せだー。
いや願望ですが
「こいしがお燐にイカをあげようとしてた」
「こいしがお燐をイカせてあげようとしてた」に見えた。自分の腐った脳にびっくりした。
『姉妹』と『獅子舞』って同じようなものですよ? さとりんの後ろから近づいて下からガバッとスカートを捲くって潜り込んでおしりに顔をうずめれば、ほら姉妹で獅子舞。
なかなかに難しいな。
ただ冬はコタツと共存するのが良い生き方かと…
最後のほうは笑いながら読ませてもらいました。
ギャグだと思って読んでいたら、いつの間にか口の中が甘ったるさで満たされていた。
素晴らしいさとこいだ。
レミフラとさとこいのWほのぼのラブを幻視中