Coolier - 新生・東方創想話

妖夢の災男・誰かの幸福(三)

2005/01/30 03:37:26
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八雲藍は久々にマヨヒガの外に出ていた。この時期、彼女が進んで外に出ようとしないのは、秋から冬にかけての魑魅魍魎・妖怪・化生そして人間といった種を問わない食料確保争奪戦に巻き込まれるのが嫌だったからである。紫が頼りにならないとわかっていてあえてそうするのは、紫の指示によるものだった。それはいつだったろうか。藍は思い出そうとしてみる。橙がまだいなかった頃であり、また、紫が必要以上に式神として藍を酷使しなくなった頃であったから、大体、二百年から四百年ぐらい前だろうか。一般的な感覚からするとかなりいい加減であるが、その一般的な感覚に直して云うと一年程度のずれと変わらないことを考えれば、かなり正確である。

「幻想郷は閉じた世界よ。内側からは私みたいにズルをしない限り、簡単には出られない」
「蔵みたいなものですか」
「そう。それじゃ、蔵の中で食べ物を調達し続けたら、どうなるかわかるわよね」
「ああ、なるほど。それで、極力は紫様が食料を取ってくるということになるわけですね」
「そういうこと。私たちみたいに本能よりも自我が勝っちゃってる場合、つい食べ過ぎちゃうのよ」
「お話はわかりましたけど、それならちゃんと持ってきてくださいよ。去年なんて肉を食べた覚えすらないですよ」
「いやぁ、あのときはびっくりしたわ。起きたら藍がひまわりの種ばかり食べてるんですもの。栗鼠か何かに憑かれでもしたのかと思ったわ」
「笑い事じゃないですよ、本当」
「あら、栗鼠みたいな藍も可愛くって好きよ?」
「へ?」

……その後、どうなったっけ。思い出さない方が良いかもしれない。それにしても、死にそうなほどの空腹にはなったことが無いのだから、不思議である。いい加減なようでいて、紫様はちゃんと気にかけていてくれるのだろうかな。――いや、それは無い。藍はそう断言した。実際、今、めちゃくちゃ腹が減っているというのに、その元凶に頼まれたお使いの最中だからだ。

「それじゃちょっと行って来るけど、その代わりに寝る前に出しておいた洗濯物、ある人のが混じってるから届けておいて」
「「えー!」」

というわけで、現在、橙を連れて、教えてもらった届け先へ向かっているところである。紫様ご自身で行った方が絶対に速い、と反論してはみたものの、それじゃ面白くない、と返されればそれまでである。大体、その代わり、というのがおかしい。そもそも食料を至急調達しなければならなくなったのは紫自身の所為である。まぁ、そんなこと云ってもはじまらない、というのもたしかではあるが。

橙を連れてきたのは、下手に留守番でもさせたら、空腹に耐えかねて勝手にマヨヒガの外をうろつきかねないからである。今の時期の化生たちは刺激すると後が怖い。大概のものは橙一人でも片付けられるだろうが、万一ということもありうる。その橙はというと、何か腹の足しになるようなものはないかと、地面に目を這わせながら、藍の先を歩いていた。

「そんなに探したって、あるのは食えないものだけだと思うけどね」
「無いとは言いきれないじゃないですか」
「橙は冬眠前の化生がどれだけ必死に食べ物を探すかわかってないな」
「ぶーぶー」
「ブーイングしたって無いものは無いの」
「サノバビッチ!」
「ははは、こやつめー!」

どこで覚えたのか知れない中指を立てた挑発をする橙に藍がキャメルクラッチをしたのも当然のことだろう。そしてそのまま前方へ車輪のように転がり始めた。俗に裏地獄車と呼ばれるアレである。

「痛っゴロ痛っゴロまじでゴロ痛いゴロですゴロってゴロごめビキんなゴロさいゴロごめんゴキなさいゴロもうピシやりまゴロせんゴロから」
「わかればよろしい。意味もわからずに変な言葉を使うもんじゃないぞ」

さり気無くやばい効果音が混ざったようだが、気にしない方が良いだろう。筆者もこの技を食らったことがあるが、首は痛めるし腰は悲鳴を上げるし足は痙攣するしでなかなか危険な技であったことをここに明記しておく。ギブアップもできないのでパロスペシャルなみに危険度が高い。ちなみに筆者はパロスペシャルも食らったことがあるが、そのまま前方に倒れて鼻が潰れるところだったことも世界平和貢献のためにここに明記しておく。

さて、何事も無かったかのように藍と橙が道を急いでいると、魔理沙が遺体を発見した現場にさしかかった。

「あれ、藍様ぁ、なんかここらへん、おかしくありませんか?」
「んー? まぁ、よくあることだ。気にせずに先を急ぐぞ」

藍も変に思ったが、別にどうということもなくその場を通り過ぎる。既に無数の遺体は魔理沙によってとどめという名の広範囲マスタースパークによって蒸発していたから、せいぜい、ちょっと変な臭いがするという程度の場所になっていたのであった。ベトコンに対するアメリカ軍の爆撃ほどに酷い。

かくして、紫に師事して云百年の藍は橙を連れて迷うこともなく森を突き進み、目的の場所に到着したのだった。とりもなおさず、そこは妖夢のいるログハウスである。紫に頼まれた届け物というのは、妖夢が着ていた服であった。

「静かだな」
「お留守なんじゃないですかね」
「それならそれで服だけ置いて帰れば良いさ」

そう言って中に入る二人であったが、そこは凄まじいことになっていた。何がどう凄いかというと、妖夢が遠い目をしながらアリスの人形よろしく首を吊りかけていたからである。姉さん、事件です!

「「青島ぁああああ!!!」」

驚きと混乱のあまり無闇にスペルカードを使用して二人がギバちゃんのモノマネをしながら部屋中を回転しながら跳ね回っていると、それが幸いしたのか、もろに妖夢の体にHITした。9999というカンストの数字が表示されかねない威力であったが、妖夢のHPはイベント戦のボスのごとく理不尽な値であったので、なんとか無事であった。それでも、壁に叩きつけられた上にビシャとかいう嫌な音をたてて床に落下し、ぐったりしている様を見たとき、橙は思わず「姐さん、ウチついに人を殺っちまったよ」と藍に泣きついたが、藍も藍で「泣くんやない、こいつが悪いんや!」と、どこぞのサスペンス劇場のごとく無茶苦茶なことをのたまったので、お相子である。さり気無く橙の所為にしているあたりが色んな意味で香ばしい。

「と、とりあえずだ、あの変な霊魂っぽいのが動いているということは、なんとか無事なんだから、ベッドに寝かせるぞ!」
「わ、わわわわかりました!」

それから三十分後。――妖夢が目を覚ました。

「うう、いったい、何が……」
「この馬鹿野郎!」
「きゃあっ!」

娘が非行に走ったことを知ったお父さんのごとく藍が理不尽なぐらいの威力でビンタをかます。もう完全に自分たちが体当たりしたことは誤魔化しきるつもりである。ひどいひどいわ、あのことを忘れるなんて!

「死ぬなら一人で死ね! 私たちの見えるところですんな!」
「ら、藍様、それは酷いと思いますけど……」

しかも勝手にやって来たのは藍たちの方である。もっとも、そんなことは結果として助けられた手前、妖夢は一言も口にできないのだが。その妖夢はというと、自分がしたことを思い出したらしく、急に泣きだしたのであった。決して藍の理不尽さに悔し涙を流しているわけではない。ないはずだ。多分。

落ち着かせるためにも、藍がとりあえず何があったか話してみろというと、妖夢はそれに従う。かれこれ十五分ぐらいだろうか、事の次第を聞き終えた藍は半ば納得、半ば理不尽な想いに駆られていた。橙は途中から眠くなったのか、妖夢の寝ているベッドにもぐりこんで彼女の腹の辺りで体を丸めている。

「気持ちは察するけどね……ちょっと気になったところがあるんだけど」
「なんですか?」
「どうして自分が男だってことを信じたわけ?」

はて。妖夢はきょとんとして、どうだったかと頭を捻る。あまりにも当たり前のこと過ぎて、何やら頭がついていかない。

「まさか、男と女の違いがわからない、なんてことはないわよね」
「それくらいわかりますよー!」
「そ、そうよねぇー、ははははは!」
「逞しいか、そうでないか、ですよね!」
「ははははは、そうそう、逞しいかそうでないか……ってちょい待てやコラ!」

浜ちゃんの必殺の突っ込みが松っちゃんのボディに食い込む。最近では珍しいくらいのベタベタなノリ突っ込みである。妖夢が満足な食事を摂っていたとしたら、今頃、橙の頭の上に大量のゲロがまかれていたところだ。

「げほげほ……ち、違うんですか?」
「当たり前じゃ! ……ごほん。当たり前よ! 誰がそんな精神論を訊いたのよ!」
「ほ、他に定義があるの?」
「あるわよ! そりゃもうこれでもかってぐらいあるわよ!」
「例えば?」
「え?」

ふと我に帰った藍が言葉を詰まらせる。どのように言ったら良いものだろうか。うむ、ここは橙に言い聞かせたように。――

「えーっと、おしべとめしべが……」
「言ってて恥ずかしくないですか?」
「こっちゃお前のために言《ゆ》うとんのや! 誰が恥ずかしいっちゅーねん! 恥ずかしいことあるか、ドアホ!」

一体全体、藍はどこの生まれなのだろうか。関西弁にしても、それにしては言葉遣いがかなり怪しい。なんちゃって関西弁、格好悪い。やはりあれだろうか。猫又の女とコンビを組んでいて侍な旦那との間に子供が三人いるこれまた九尾の狐の姐御と似たような出なのだろうか。テンションがハイパーなあたり、説得力がある説ではある。

「ら、藍様が壊れたぁああ……」
「ああ、もうええわ! 言うたる、堂々と言うたる! 十八禁とか知ったことか! ええか、男ってのは――」

……十分間、凄まじい量のピーとかズキューンとかガガガガガとかいう効果音が鳴るような話が続いた。ほとんど放送事故と勘違いされるぐらいの量である。がちゅみり放送局並に酷い。いうなれば精神的スッパテンコーである。今なら十二機のリックドムを全滅させるぐらい楽勝なぐらいである。橙はあまりのことに外に出ていってしまうし、妖夢は頭の中がぐるぐる回る。播磨のように漁船にでも乗ってしまいたい心境であった。

「そ、そんな……それじゃ、私は……」
「うむ、誰がどう見たって女だわね」

これでわかったろう、と藍が正気を取り戻し、茶でも飲むかと勝手場に向かおうとしたところで、恐ろしく邪悪な気配を五つ感じ取った。お父さん、早く来て! 待ってろ悟飯、今行くからな! その内の一つは超至近である。

その正体は妖夢であった。見ればいつの間にか藍が持ってきた服に着替えており、ベッドの傍に置いてあった楼観剣と白楼剣はそれぞれ背中と腰の後ろに装備されている。口元は僅かに震えており、何事かと藍が耳を澄ませる。

「どどどどどどどど……」
「二番煎じ?」
「どんどこどーーーーーーーーーーーーーーーーーん!」
「味っ子ぉおお!?」

ログハウスの天井に大きな穴を空け、視認すら難しい速度に一気に加速し、冥界がへの入り口がある方向へ向かって行った。彼女は今や完全に理解していたのである。幽々子はもとより、咲夜にさえ謀られたことを。先ずは幽々子、貴様からだ!

「ぬう、あの歳であのネタがわかるとは……」
「藍様、そんなこと言ってる場合じゃないと思うよ」
「なんで?」
「外に怖い人たちが一杯いる」

中に戻ってきた橙に言われて藍も気づく。速い、速すぎる! ちくしょう、こうなったらボールをぶっ壊してやる! なんだ、か、体が動かない!

――なんてことはなく、普通に外に出る藍と橙。そこには、なるほど残り四つの邪悪パワーの持ち主がいた。あまりの邪悪っぷりに、ジャーク獣でも現れそうなぐらいだ。辺りは暗くなっていて、見かけないサングラスの変な少女もいたから、きっとそいつの能力か何かだろう。後の三名は、咲夜に魔理沙、霊夢と見知った顔ばかりである。

「なんだなんだ、また紫様が何かやったのか?」

藍の半ば冗談とも半ば本気とも取れる問いを誰も意に介さない。それぞれがそれぞれを意識し合って、今にも空間にヒビでも入りそうなぐらいだった。

「妖夢は?」
「ん、つい今しがた、女だとわかって、帰ったぞ」

咲夜の質問に藍はしれっと返す。その途端、制御されていたと思しき咲夜の気力が一気に開放される。その直後、咲夜の姿は消えていた。咲夜を追ってきた三人はというと、追いついては時間を停止させられて逃げられるという状況が何度か続いており、かなり苛立っている。

「ああ、また逃げられたぜ!」
「これで何回目!?」
「ふっ、お前らが間抜けだから、私が苦労するはめになる……」
「何言ってるのよ、あんたがあたりを暗くする所為で、上手く接近できないのよ!」
「本当にハンターとは思えないぜ……」
「ふっ、お前らのような奴らと組まされると、私のペースが乱れて仕方がない……な」
「一々、ふっ、とか言ってると、張り倒すわよ!」
「これなら、直に紅魔館に向かった方が良いんじゃないか? 遅かれ早かれ、戻ってくるだろうしさ」
「ふっ、お前らがそうしたければそうすれば良い……。私は勝手にさせてもらうが……な」
「ああ、もう! その……ってのも、うざったいわよ!」
「霊夢も落ち着けって。ほら、行くぞ!」

話は決まったとばかりに、三人がそれぞれの目的に向かって飛び立とうとしたとき、藍が声を上げた。

「あなたたち、盛り上がってるようだけど、私たちのこと忘れないでほしいわね」
「そうだそうだ!」
「橙は黙ってなさい」
「えー!」

霊夢と魔理沙は藍の言葉に飛び立つのを中止したが、ルーミアだけは一人で咲夜を追って行く。正にプロ、目標以外には目もくれない。おかげでこっちは明るくなって目が利くぜ、とばかりに、魔理沙が何度かまばたきをした。

「もしかして、この前のやり直しをする気かしら?」
「そうだと言ったらどうする?」

売り言葉に買い言葉。霊夢と藍はもうやる気満々である。魔理沙はというと、面倒臭そうな顔をしてはいるが、咲夜を追っているよりはストレスが溜まらないだろうと考えている。橙は藍に全てを任せることにした。

「ふふふ、橙、ようやくあのスペルを使えるときが来たわよ……」
「えっ! あれやるんですかっ!?」
「嫌なの?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……」

なんだなんだ、何が始まるんだ、と先制攻撃もせずに霊夢と魔理沙がいつでも動き出せるようにだけして、藍と橙のやり取りを見守る。じきに藍と橙の間で話が解決したらしく、二人は構えを取った。

ピンポンパンポーン。これより藍の声は野田圭一氏(例:グレートマジンガーの中の人)を想像してお楽しみください。

「ふはははははははははははははははははは!」
「急に笑い出したわよ!?」
「ストレスでとうとう頭がおかしくなったのかもしれないぜ!?」
「ゆくぞ、雑魚ども!」
「うう……藍様、やっぱりキャラが変わってる……」

四名が弾幕ごっこのために、すうっと空中へと浮かんで行く。辺りには森が広がり、戦場にはうってつけの場所だった。不思議なことに、藍が笑えば笑うほど、彼女の妖気が上がっていく。その式である橙は笑ってはいないものの、主人に比例する形で、妖気がこれまた上がっていく。

「ふははははははははっ、はーっはっはっはっは!」

あまりの異常っぷりに、霊夢と魔理沙も手が出せない。いつもの二人ならアホは放っておいて帰りたいところなのだが、なんだか可哀想なので付き合っている次第である。しかし、その余裕もすぐに無くなるのだ! 藍と橙がスペルカードを出す。そのカードは黒一色であり、何が描いてあるのかもよくわからなかったが、二人がその名前を叫んだ。――ここでトラップカード発動!

「「合体スペル! 『シュワルツ藍橙レイター』!!!!」」
「うわ、無理矢理だな、そのネーミング!」
「突っ込みどころそこなの!? なんかバックでクラシックかかってるわよ!?」
「ふははははははははーーーーーっ! 突撃ぃ!」

いつにもまして凄い回転数を維持しつつ、藍と橙が突っ込んでくる。霊夢と魔理沙はしょっぱなからスペルカードで対抗するつもりだったのだが、間に合わない。とにかく避けなければ。

「って、ちょっと待ちなさいよぉ! あんたらそれ弾幕じゃなくて、ほとんどただの体当たりじゃないのよ!」
「いや待て、霊夢! これは……!」

ただアホみたいに突っ込んでくる式神二匹を避けている内に、霊夢と魔理沙の連携が不可能になっていく。弾の正確さや数を完全に無視することによって、尋常で無い速度での突撃が可能になっている!

「ふははははははははーーー! どうした、それで終わりか! 貴様らを倒した暁には、その面の皮を軍靴の裏に貼り付けて踏みしめてくれるぞぉおお!」
「わけわかんねぇえええええ!」
「あ、魔理沙っ!」
「なっ!? ナベシンッ!」

藍に注意が向いたところで、魔理沙の横っ面に橙の体当たりが直撃した。あまりのことに魔理沙もどこぞの監督の渾名のような声を出す。その反動で橙も傷付くが、意に介さない様子だった。ここでオチが見えた人は神。

「ふはははははは! 例え相撃ちになろうとも、二対二ならば負けることはない! 要は紫様に仇なすものがなくなれば良いのだからな! 我々は負けなければそれで良いが、貴様らは勝たねばならない! これぞ正に魔術師の策! そらそらそらそらー!」
「な、なんて奴なの……ただ突撃するしか能が無いくせに……!」
「しかもあれだぜ、ちょっと近寄りたくない感じがまたいやらしい……!」
「はーっはっは! 好きに言うのは勝ってからにするのだな!」

さっき雑魚と言った相手に早々に相撃ち宣言をしていることに藍は気づいていない様子である。まぁ、このスペルはテンションを維持する必要があるので、仕方が無いといえば仕方が無い。細かいことを気にしているようでは良いところを潰してしまうと陛下も云っている。――陛下って誰だ!?

「霊夢、こいつぁちょっとばかしやばいぜ……」
「ただでさえ狙いが付けにくいのに、これじゃあ、ね」
「今までは直に狙ってくることは無かったからなぁ、体当たり」
「どうだー! 思い知ったか、共和主義者めぇええええ!」
「ひえええ! 藍様が怖いぃいいいいいいい!」
「八雲家、家訓! 人をけなすときはぁあああ! 大きなぁああ声でぇええええええっ!」

どちらかというと橙が藍の恐怖を思い知っている感がある。どちらかがオイゲソやファーレソハイトになる必要は無いらしい。正直、筆者もこのテンションの会話を書き続ける恐怖に打ちひしがれているところである。描写も何もあったもんじゃない。――と、誰もがうんざりしかけていたそのとき、奇跡が起こった。

「ふははははははははははははははははははははははははははははははははは――ばしゃみぢぃいいいっ!」
「うわっ、シャウトで血ぃ吐いた!?」
「喉が潰れたんだな、ありゃ」
「回転しながら血ぃ吐かないでよぉ!」
「霊夢は同じ色の部分があるから良いんじゃないか?」
「そんなわけないでしょう!」
「藍様ぁああああ!」

藍がはるか五キロ先までハっちゃんな感じで血を撒き散らしながらすっ飛んでいき、橙はそれを追いかけていった。君たちの忠義を僕らは忘れない。多分。


******


霊夢と魔理沙(と筆者)が苦しい戦いを強いられていた頃、妖夢は西行寺邸に到着していた。それを追う咲夜と更にそれを追うルーミアもかなりの速度だが、何かの糸が切れてしまった妖夢にはかなりの大差をつけられている。その様はサイレンススズカと他多数といった具合だ。咲夜に限っていえば時間を停止させれば追いつけるのだが、そうすると追いつくまでにかなりの労力を要することになってしまい、妖夢を組み伏せるだけの体力を残しておきたい咲夜としては、ただ追いかけるしかなかった。もう半ば、おとこにょこじゃなくても可愛ければ良いや的精神になっているため、かなり危険である。普段が普段だけに一度でも堕落し始めると歯止めが効かない。

「ゆーゆごぉおおおおおおおお!! ドーゴダァアアアアアアアア!」

オイデゲ様を上回るほどの禍々しい声を出しながら、妖夢が西行寺邸を徘徊する。誰だよ人形壊したの。彼女の周囲には悪霊が五万と寄ってきていて、さしもの幽々子も全てを一度にどうにかできる自信が無かった。何より、妖夢が怖い。よほどの生活を送っていたのか、頬はこけ、目元は窪み、髪はところどころはねている有様である。今ならスーパーサイヤ人を前にしたフリーザ様の恐怖がわかろうというものだ。ちなみに妖夢の半身はというと、寄ってくる悪霊を次から次へと吸収していき、今ではブジテレビの球体部分と見紛うほどの大きさとなっていた。当然、西行寺邸は現在、半壊どころか全壊の危機に晒されている。

「あ……あああ……あっ……」

物陰に隠れてクリリソが怯えるときのような声を出す幽々子である。よもやここまで酷いことになろうとは。妖夢のことだ、腹を空かせれば帰ってくるだろう、などと考えていたのが運の尽き。二週間も放っておいてよく云えたものである。

「こうなったら、殺るしかないわ……」

幽々子がいつも持っている扇子を懐にしまうと、コーホーコーホー、というウォーズマソのような呼吸法で鳩尾に力を注いでいく。あそこまで霊力を貯められた後となっては、生半可な生死の操作では大人しくさせることはできない。万が一、本当に死んじゃったとしてもそれならそれで妖夢と私は一緒になれるから嬉しいな、などと戯けた考えも無くは無いのだからこの女、腐っても鯛を地でいっている。腐る部分が無いが。

「妖夢、私はここよ」
「ソーゴガァアアアアアアッ!」

妖夢が目だけで人を殺せそうな眼力で幽々子を見据える。さしもの幽々子ももう死ぬ事は無いとはいえ、二三歩後ずさる。が、既に彼女の霊力は最大限にまで貯められていた。足を広げ、反動にそなえる。そして、すうっと両手を前に突き出した。げ、げげー! あの構えは!

「霊・丸――!」
「ナンダドオオオオオオオッ!?」

見れば、妖夢の霊体の大きさすら上回るサイズの霊力が球体となって幽々子の指先に集中している。ちょっとポーズをうろ覚えしていたためにカンチョーと変わらないが、まぁ気にしない方が良いだろう。むしろこっちの方が痛そうだ。指先からの霊力の放出と同時に、幽々子の後方に巨大な霊力の塊がマズルフラッシュのごとく噴射した。それが扇子の形となり、幽々子の体を受け止める。

妖夢の元へゆっくりと、そして確かな圧迫感と指向性を備えた霊丸が迫っていく。周囲の畳が耐え切れずに次々と舞い上がり、発射した当人である幽々子の周囲は、バズーカチャンネルよろしく陥没している。リ、リ、リ、リベリラリロッ! うーん、カッコブー!

飲み込まれたら確実に死ぬ、死んでても死ぬ! 妖夢の直感がダイレクトに腕へと伝わり、眼前で交差された二振りの刀が、そのようなもの受け止めてくれるわと云わんばかりに存在感を増していく。それはすなわち、ありったけの霊力がそこに集中していく証だった。見れば、妖夢の半身である霊体はみるみる縮まり、今ではボーリング玉程度の大きさである。あの悪霊の全て、果たして成仏させきれるかっ!? 幽々子は更に力を込める。後のことなど考えていられない。既に発射されたというのに、霊丸は更に二周りほど大きくなった。ぎりぎりまで踏ん張っていた梁、柱、天井、屋根……全てが天高く登っていく。これはもう、幽々子でさえ制御できる代物ではない。

「ふふふ……」

笑っている。妖夢が笑っている。突如として正気に戻ったらしい妖夢が、薄ら笑いを浮かべている……! その途端、全ての霊力が霧散していく。ざわ……。幽々子は胸騒ぎを覚えた。ざわ、ざわざわ……! な、なんだ、この……余裕は……こいつ、狙っていやがった……誘っていやがった……あれは、あの霊力は……勝利のための……布石!

「霊光――鏡反衝!」

妖夢が叫び、変形反射下界斬が発生するのと霊丸が衝突するのとがタイミングを共にした。霊丸に込められた圧倒的な霊力はどんどんと妖夢の体に取り込まれていき、彼女の霊体もそれに比例して、しかも先ほど悪霊を吸ったときなどとは桁違いの速度で膨らんでいく。

「何を考えているのよ! 反射のベクトルを内側に向かわせたところで、いくらなんでも取り込みきれるわけが……!?」

幽々子が感極まったのか、涙を流しながら叫ぶ。しかし、妖夢は笑うことを止めない。その理由が彼女を目の前にしている幽々子にはわかった。最初は錯覚かと思った。しかし、断じてそれは無い。たしかに、妖夢の、妖夢の体が、成長している! 先ず変化が起こったのは髪の毛だ。白髪のような銀髪が本来はありえない速度で伸びていく。それが地面に触れる前に、今度は足が、手が、そして胴体が、顔立ちが、全てが、成長を――!

「幽々子様、感謝しますよ……あなたが、そう、全てあなたが教えてくれたこと……。私に甘えを教え、そして、その甘えを振り切るために何が必要か……ようやく、魂魄妖夢、自分、全てを理解しました……見ていてください、これが、私の――!」

妖夢が話し終える前に、膨らみきった妖夢の霊体が破裂した。それと同時に、尋常で無い、一つの場所に集まることなどありえない量の霊が、そして霊力が開放される。もう幽々子でさえも目を開けていられない。彼女の後方の扇子にはヒビが入り、砕け、幽々子の体は光の本流と共に後方へ吹き飛ばされていく!

もうだめ! 幽々子が覚悟したとき、光の本流は迫ってきたときの倍以上の速度で妖夢の体があると思われる付近へと集中していく。そして、人と思しき形になり、妖夢が姿を現した。

「100パーセント中の、100パアアアアアアセントォオオオオオッ!」

な、なぁんてやつだあ!(by 千葉繁)

妖夢の体は、恐らく彼女が将来に経験していたであろう、全盛期の姿、成人女性のものにまで成長していた。いつもつけているリボンで髪を後ろにまとめているが、その長さたるや、地面に届かんばかり。それが風でたわむ姿は、まるで彼女と寄りそう霊体のよう。霊体……そうだ、霊体はどうなった?

「少しサイズが小さい、か……」

妖夢がそう呟くと、彼女が着ていた服が大きくなる。デザインはいつものものと、先ほどまで着ていたそれと、なんら変わらないというのに、その変化はおかしかった。それを見た幽々子は、ある結論に至った。

「ま、まさか、妖夢、その服は……!?」
「さすがは幽々子様。私も服にまでは干渉できませなんだ。そう、この服は」
「気鋼……闘衣!」

そう、妖夢は自身の霊体を身に纏うことにより、攻撃面では120パーセント、防御面では63パーセントの能力上昇を実現したのだった。更に身体的な成長による影響も加わり、正に無敵。これなら第三次世界大戦後でも生き残れる!

「そんな……妖忌が、その技によるものは自身の力ではないとして伝授をしなかったはず」
「そう、そうなんだ、幽々子様は見た事があったのですか。ふふ、お爺様も人が悪い……私には、私には一度も……!」
「それはあなたのことを想ってのことよ!」
「だが、それ故に私は苦しんだ!」
「うう……」

妖夢がこの技の存在を知ったのは、妖忌が孫に全てを任せて旅立ってからかなりの時間が経過してから、彼の部屋を整理していたときに見つけた秘伝書を読んでからであった。いつかはモノにしてみせると考えはしたが、この気鋼闘衣を維持し続ける体力、何より、作り出すだけの霊力を貯める方法が、どうしても身につかなかった。それが、幽々子の極大霊丸を目にしたとき、奥義に至るための全ての線と点が繋がった。あとは、命を張るだけであった……。

「……失礼をいたしました。幽々子様を責めても仕方の無いことです。私はこれからけじめをつけてまいりますが、戻るまで、お待ちいただけますね」
「私には、止めることなどできないわ」

そうして、妖夢は紅魔館へと飛び立っていった。後に残された幽々子は妖夢が元に戻れる方法を考えたが、それは無駄なこと。彼女自身が邪道から目覚めない限り、どうしようもないのである。

「誰か、あの子を止めてあげて……」
「あら、それなら簡単よ」

ようやく咲夜が到着した。妖夢とは入れ違いになったようだ。実際は、妖夢があまりにも強力な威圧感を放っていたため、急場をしのぐために時間を停止し、物陰でやり過ごしたのだ。程なくして、ルーミアも暗闇と共に舞い降りる。

「ふっ、その前に、私の相手をしなければならないが……な」
「あのまま彼女を行かせたら、紅魔館がやばいのよ。そうなると、あんたも困るんじゃないの?」
「私はフリーランス。暗闇こそが私のあるべき場所……。大体、貴様の目的も別の所にあるのだろう?」
「そりゃそうよ。もちろんお嬢様の安全が第一だけど、妖夢があのままだと、嬉しく無いわ」
「ふっ、ショタコンが治ったと思ったら、ロリコンは相変わらず、か……流石だな」

馬鹿をいうな、この女、全然変わってないぞ! あれができるならおとこにょこにだってなれるだろう、とか考えてるんだぞ!

「私に勝てると思ってるの?」
「ふっ、貴様こそ、我がムーンライトレイがいつまでも閉じないままだとでも思っているのか?」

いや、それは反則だろ。冗談なのだか本気なのだかつかない会話が終わりに近づいていく。

「ふっ、とはいえ、今回は弾幕ごっこはなしだ……残機やスペルカードで時間を消費するわけにもいくまい。貴様を倒した後に、紅魔館へ向かう必要がある。朝になればゲームオーバーってやつだ、な」
「かつて、面白がってあなたにサングラスを与えたこと、後悔してるわ」
「ふっ、貴様はこれまでに手札を見せすぎた」
「二度目はないとでも?」

まるで黄金聖闘士のようなことをのたまうが、どうやらルーミアはそういうつもりではないらしい。攻撃が通用しないのではなく、防御を許さない攻撃。それこそがプロ。アイオリアのようなヘマはしない。

「……一つ晒せば自分が見える。二つ晒せば全てが見える。三つ晒せば地獄が見える! 見える見える、地獄が見える!」
「あなた、背中が煤けてるわよ」

牙が閃光《ひか》り、声が哭く。その瞬間、暗闇が全てを包み込んだ。


崩れ去る信義、裏切られる愛、断ち切られる絆。
そのとき、呻きを伴って流される血。

女は、何故。

理想も愛も牙を飲み、涙を隠している。
血塗られた館を、見通せぬ霧を、切り開くのは力のみか。

次回「襲撃」。

妖夢は、心臓に向かう折れた針。
いくらギャグとはいえ、描写のしようがない展開が続くと個人的に辛いということがよくわかった回となりましたが、ようやく終わりが見えました。細かい事考えずに最後まで突っ走りたいと思います。
司馬漬け
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コメント



0.2310簡易評価
2.70Tz削除
リベロの武田に幽々にリベリオン、ブラックジャック、その他諸々…
パロディのレパートリーが多くてうらやましい限りです。

すいません おなかが いたいんです
19.無評価SETH削除
>>「こうなったら、殺るしかないわ……」

なんでそんなことをw
24.80名前が無い程度の能力削除
大人妖夢に性欲をもてあます
29.60名前ガ無い程度の能力削除
もうだめぽ
腹筋が、腹筋g
32.70名前が無い程度の能力削除
シュワルツ藍橙レイター……どこからこういう発想が(笑)
39.80名前が無い程度の能力削除
いやいやもう・・・。腹部がすさまじいことに・・・。
57.100名前が無い程度の能力削除
姉さん事件ですのあたりでもう耐え切れなくふじこ