Coolier - 新生・東方創想話

幻想郷外伝 涼古 最終話

2005/01/29 05:06:39
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目が覚めると、まずフラスコに紅茶の葉を入れて火にかける。
そうして顔を洗い、髪を梳かしているうちに、フラスコの中の紅茶がこぽこぽと音を立て始めた。
こんな香りも何も無いお茶を紅茶と呼んでいいのかはさておいて、フラスコの中身をお気に入りのティーカップに注いでいつもの朝の風景が完成。

私はティーカップを持ったまま窓際に行き、カーテンを少しだけ捲った。
日の光はあまり好きではないので開ける事はしない。隙間から覗く外の様子は、とてもよく晴れているようだった。

「いい天気ね・・・・・・」

ただでさえ日の光は好きではないと言うのに、外にある湖に朝日が乱反射して、カーテンを開けるとそれこそ本が読めないくらいに光の包まれてしまう。
まあそれでも湖のほとりというのはなにかと都合がいいので好きこのんでここに住んでいるわけだけれど。

再びカーテンを閉じていつものテーブルのイスに座る。
やりかけの魔法薬の調合でもしようかと思ったけれど、なんとなく気分が乗らずに読みかけの本を取った。
最近は涼古のところに遊びに行ってばかりで本職であるマジックアイテムの精製が疎かだ。
とはいえ生きていくだけの蓄えは十分すぎるほどあるので金銭的には何の問題も無い。
ただ、なんとなく涼古に依存しているような気がして少しだけ癪だった。

この国の言葉ではない言葉で書かれた本は、本としての面白さのほかに、パズル的な面白さがあるからお気に入りだ。
おおよそ見たことも無いような言葉で書かれた本を見つけたときは、それこそ宝物を発見したかのような喜びがある。
最近ではほとんどの言語を習得してしまったので、この本のように未知の言語で書かれている本に巡り合えることは少ない。

そのまま本を読んでいると、唐突に本に記述されている文章がぐにゃりと歪み、別の文章へとその姿を変えていく。
本を読んでいるときに私の占い能力が無意識下で発現すると起きる現象だ。

「・・・・・・涼古、か」

もう元の未知の言語へ戻った本には、涼古の来訪が記されていた。

私はこの能力の副作用として、人の本質を一瞬で見抜くことができる。
どんな人間にも必ず心に闇を持っている。
だから私は他人と深く接することができなかった。
見るつもりが無くても無意識に人の思念が脳に叩き込まれるいい様の無い不快感。
気が付けば私は人との交流を避け、この小さな家で世捨て人のように暮らしていた。
そんな中、この小さな家に突然現れた涼古。
彼女の思念は、とても興味深いものだった。
その本質はまるで無垢で、一切不快感を感じない。
そしてその奥には、とても深い孤独と寂しさが見え隠れしている。
だからこそ私は涼古に惹かれ、涼古と深く交流を持つまでになった。

彼女の奥にある、孤独と寂しさを知りたかった。

トン、トン。
ドアをノックする音が部屋に響く。

「・・・あいてるわよ」

本から目を逸らすことはせずに、ドアに向けてそう言う。
ガチャリとドアが開く音がして、涼古が家に入ってきた。

「おじゃまさま。朝は冷えるわね~」

そういう涼古はいつもの赤いシャツ、黒いフレアロングスカートの格好の上に、黒いカーディガンを羽織っていた。

「誰かさんが外の湖を氷に変えたからこの辺一帯は妙に寒いのよ・・・・・・」

「なによ。私のせいだっていうの?」

「・・・・・・そこで反発できるのが理解できないわ。それで、なんのようなの?」

涼古は丸テーブルの上に置いてある本やらマジックアイテムやらをがちゃがちゃと追いやり、開いたスペースに腰を下ろす。
出合った当初は、異常なほど魔法が苦手だったくせに最近ではもう完全に克服したらしい。

「そうそう。今日祭りがあるのよ。人間の里で」

「祭り?」

私は本を置いてイスから立ち上がり、新しいティーカップに紅茶を注ぐ。

「そそ、秋祭り。お天狗様祭りって知らない?」

「・・・・・・さあ。知らないわ」

聞いたことも無かった。そもそも精製したマジックアイテムを売りに行くくらいにしか人間の里とは関わりが無いので、知る由も無いという奴だ。
涼古の話によると、大昔に里を救ってくれた天狗に感謝するために作られた祭りだとかなんとか。

「・・・それで、その祭りがどうかしたの?はい、紅茶」

「ん、さんきゅ。いや別にどうもしないんだけど、一緒に行こうよ」

「・・・・・・私が?」

「あんた以外ここに誰がいるのよ」

涼古は紅茶を啜りながらそう言う。
正直、あまり乗り気はしなかった。
人が大勢集まるところは、人の思念や、人の未来がガンガンと頭に叩き込まれてとても苦手だった。

「ねー、たまにはいいじゃん。いこうよいこうよ」

なにが”たまに”なのかいまいち理解できないが、涼古がテーブルに座ったまま足をバタバタさせて駄々をこねる。
その仕草があまりに子供っぽかったのでつい、

「しようがないわね・・・」

なんて、気軽に返事をしてしまった。

「おっけー。じゃ、決まりね。夕方ごろ迎えに来るから」

涼古はにこっと笑うと空になったティーカップを脇においてテーブルから立ち上がった。

「・・・もう帰るの?」

「準備を手伝うことになっててね。そいじゃ、また後で」

それだけ言うと涼古は、また私の家を後にしていった。

再び私はイスに腰掛けて本を手に取る。
しかし本の内容は、一向に頭に入ることは無かった。

涼古は祭りを心待ちにしていた。
その上、村人に混じって準備までもするという。
何故涼古は自分の正体が気にならないで、あんなに明るく振舞えるのだろうか。
それに村の人間も、何故涼古を受け入れられるのだろうか。
わからない。
涼古は妖怪だ。これは間違いない。
でも人間ではない涼古が人間と接するとき、そこに違和感は無かった。
私は人間に近いが、ルーツは魔界の住人だ。
少なからず人間と接するときは違和感を感じるし、向こうも感じているはず。
しかし涼古と村人の間にはそれが無い。
何故?
それが知りたい。
妖怪は常に人間に退治される立場であり、人間は常に妖怪の食料。
これが幻想郷の唯一無二のルールだったはずだ。

ねえ、涼古。
あなたはいったい、何者なの。

本に答えは書いてはいなかった。




   ****




涼古は話の通り、その日の夕刻に再び我が家に訪れた。
里を挟んで正反対に住んでるんだからわざわざ迎えに来なくてもいいのにと思ったけど、よくよく考えれば涼古は里で手伝いをしていたからそんな手間でもないんだろう。
いつものシンプルな黒いドレスローブの上に、淡い紫色のケープを羽織って家を出た。

二人並んで夕暮れ時の里までの短い距離を歩く。
そうして今更になっていつも涼古のそばを飛んでる妖精がいないことに気が付いた。

「・・・イルイルはどうしたの?」

「あー、あの子、人がいっぱいいるとこが苦手でね。パスだってさ」

「そう・・・・・・」

思ったとおりだった。
普通妖精は人間に懐く事はない。
イルイルは少し変わった性格をしているようだけど、本質はやっぱり妖精。
いや。
あの子が変わっているんじゃなくて、妖精に懐かれる涼古が変わっているのか。
そうして二、三他愛の無い会話をしているうちに、祭り化粧を施した人間の里が見えてきた。

家々にはまだ夕焼けが里を照らしているので灯りは燈されていないがちょうちんが点けられていて、私がたまに気まぐれで占い師の真似事をする広場には大きなやぐらが聳え立っていた。
やぐらの足元には、そのお天狗さまとかいう守り神への供物なのか米俵が6表積まれている。
そうしてその四隅には篝火台が置かれており、日が沈んだら家々にとりつけられてあるちょうちんと共に火が燈されるのであろう。
やぐらから人が踊れるだけのスペースを開けて、ござが敷かれている。
私たちはそのござに腰を下ろして、祭りが始まるのを待つことにした。
夜は近い。
祭りはすぐそこまで迫っている。




   ****



どーん、どーん、どーん。
日が暮れると同時に、里中に太鼓の音が響き渡る。
やぐらの上に男が2人、大きな太鼓を叩き始めた。
その音を皮切りに、里中のちょうちんに明かりが燈され、やぐらの四隅にある篝火が夜を焦がす。
そうして今までただの里だった空間が、”祭り”へとその姿を変える。
お天狗様祭りの開始だった。

太鼓の音にまじって笛の音も聞こえてくる。
涼古がちょっと待っててと言い残し、どこかへ行ったかと思うとすぐに戻ってきた。
両手には、杯があった。

「はい、お酒」

「・・・あまり飲めないんだけど」

「まあいいじゃない。せっかくの祭りなんだし」

涼古から慣れない酒を受け取ると、一口だけ口に入れた。
口の中が焼けるように熱い。
この感覚は嫌いではなかった。
大きな篝火のせいか、酒の力か、先ほどまで肌寒かったのが嘘のように身体が温まっていくのを感じた。

「はー、今年も色々あったけど、無事過ごせそうだわ」

「・・・まだもうちょっとあるじゃない」

「私にとってはこのお祭りが一年の区切りなのよ。お正月っていっても特になにかするわけでもないしね」

ござに座ったまま振舞い酒を飲んで祭囃子を聴き、篝火とちょうちんに照らされ舞う村人を眺めていた。
ふと気がつけば、やぐら一面に敷かれていたござも、人がいっぱいになり、もう座る場所は無いほど賑わっていた。
幻想郷中の人間や妖怪が集まっているのではないかという錯覚すら覚える。
祭りの魔力なのか、あれほど人だかりが苦手だったのに、不思議と悪い気はしなかった。

「・・・たまには悪くないわね」

「でしょー?さあ、飲んで飲んで」

祭囃子と、篝火の燃える音、踊る人々の刻む足音に、ここに居る全ての人のざわつきが交じり合い、不思議な音楽を聴いているような、そんな気分。
炎という極めて原始的な光源だけに照らされ、舞う人々は、まるで神秘的な光景だった。
そんな神秘的な光景の中、無様にどどんと置かれている米俵がひどく場違いなような気がして、思わず笑いが漏れてしまう。

「あれ、珍しいねラヴェが笑うなんて」

「だって、米俵が妙におかしいじゃない。よほど米好きな守り神なのね・・・。まるで・・・・・・」

   みたいね。

ああ、そうか。
人だかりなのに嫌な気分にならないのは当たり前だ。
今ここにいる全ての生き物は、天狗に感謝し、祭りを大いに楽しむ、ひとつの思念の渦。
その渦が私の中へ入り込んでくる。
この瞬間、全ての偶発的条件が揃い、涼古の”記録”が私の頭に流れ込んだ。
里の息遣い、燃える篝火、聴こえてくる祭囃子。
その全てが交じり合うためのエッセンスとなり、とろりととろけて私の心に注がれていく。

「どうしたの?ラヴェンダー」

「・・・・・・いや。なんでもないわ。それより涼古も踊ってきたら?さっきから顔が踊りたい踊りたいって言ってるわよ」

「せっかくの祭りなんだから楽しまなきゃ損だぜ」

と、私の言葉を補足するような声が、背後から聞こえてきた。
もちろん私たちに話しかけているわけでもなく、たまたまタイミングがあっただけの話。

「まったく、もう酔っ払ってるの?」

「私は酔ってないぜ。ほらみんなも飲んだ飲んだ」

「わ、ちょっとー、人形にこぼさないでよ」

「お嬢様はブランデーにしますか?」

そんな楽しそうな会話が聞こえてくる。
涼古の耳にも届いているかは定かではないが、

「それもそうね。よし、ちょっと踊ってくるか」

と言って、小走りで踊りの列に加わっていった。



篝火に照らされ、祭囃子に揺らされる、ひとひらのはなびらのように舞う涼古。



踊り、踊って楽しみなさい。
このお祭りは、他の誰でもない、あなたのための祭りなのだから。






   ****







今よりおおよそ120年前に時は遡る。

東方のとある国は封建的支配から脱し、近代国家への道を歩み始めた。
科学は発展し、世は文明を妄信し、文明開化をスローガンに、その国は一気に列強諸国に名を連ねるほどまで発展していった。

そんな激動の時代を生きた、幻想郷に住む、1人の天狗と、たくさんの人間のお話。










   幻想郷外伝 涼古

       最終話 「涼古」
          past the 120 years...










「なんだと!その話は真か!」

薄暗い一軒の木造の家屋に、男達が寄り集まっている。
外の世では文明開花が進み、夜でも十分な明かりが得られるまでに進歩していたが、幻想郷と呼ばれるこの地に、そのようなものがあるはずも無く、揺れる炎を唯一の光源としていた。
叫んだ男は、齢60にさしかかろうかという老体、当時の平均的な寿命を考慮すれば十分に長老と言える年齢であった。
事実、その男を中心として、男たちの会合は開かれていた。

「はい、父上、間違いありません」

長老の座る位置より3歩ほど下がったところにいる若い男がそう言う。
父上、と呼ぶところから察するに、長老の息子であろう。
見ればほかの男たちも長老と同じように、驚きの表情を隠せないでいた。

「・・・・・・何ということだ・・・。幻想郷を・・・無かったことにでもすると言うのか!」

老体を憤らせ、再び長老が吼える。

「・・・父上、世は文明を信じています。そして、この国は、文明国家としてその道を歩み始めています」

「だからと言って、ここら一帯の農村ごと大結界に封じ込めるなんぞ、許されることではないぞ!」

外の人々は妖怪を恐れ、ここ幻想郷を恐れていた。
そうして幾数年、いつしか人々は文明を手に入れ、それを発展させてきた。
そして、世も明治に移り変わり、列強諸国への道を進み始めたこの国にとって、非科学的な幻想郷は、あってはならぬものになっていた。

「しかし、我々にはもう、どうすることもできません」

「ぐむむ・・・。いったいどうすればよいのだ・・・」

そこで世は、幻想郷をそこに住む多くの妖怪と一部の人間と共に、僧侶たちの力で大結界に封じ込めることを決定した。
誰が悪いわけでもなく、ただ時代と、人々と、幻想郷が共存できなくなっただけの話であった。

「父上、このまま我らの里が幻想郷と共に外界から封じ込められたら、妖怪にとって食料となる人間は我々だけになるでしょう。となれば、一気に幻想郷中の妖怪が押し寄せ、たちまちのうちにこの里は滅んでしまいます」

長老の息子がそういうと、場の男達がざわめき始めた。
無理からぬことだ。行灯の炎に照らされたそれぞれの表情は苦渋に満ちている。
驚きを隠せぬもの、怒りが溢れているもの、悲しみに満ちた顔をするもの。
彼らに共通した思いは、無念であった。

「どうか、ご決断を。まだ結界の儀式は終わっておりません。聞いた話では三日後の夜、大結界の儀が終わるとの事。そうなってしまえば全ては手遅れです」

「わしに・・・。わしらにこの先祖代々伝わる地を捨てて、外へ移り住めというのか・・・・・・」

「しかし、移り住まねば我々に未来は無いでしょう。もとよりこの身は幻想郷と共にあるべきと覚悟しております。私は幻想郷と共に滅んでもかまいません。しかし中には守らねばならぬ家族がいるものもいるのです」




    ****




時はさらに遡る。

幻想郷より、遥か南の地に、1人の天狗がいた。
その天狗少女の名を、涼古といった。

彼女はその力を、ほかの妖怪のように人を襲うことには使わずに、逆に人間のために使っていた。
人間は、最初はその力を敬うが、徐々に恐れ、自分たちとは違う涼古を、触らぬ神に祟り無しとはよく言ったもので、いないものとして扱うようになっていった。
それでも彼女は人間のために力を使うことをやめなかった。

産まれた時からずっと1人だった彼女は、ただ友達がほしかっただけなのだ。
彼女にとって孤独こそが、何よりも恐ろしいものであった。

そのような日々が数十年続いた。
一つのところには留まる事ができず、あちこちを転々としているうちに、彼女は幻想郷と呼ばれる地に流れ着く。

そこは彼女にとって、紛れも無く楽園であった。
妖怪が闊歩するその地では、自分の天狗としての力は、その地の人間から見れば異端でもなんでもなく、すんなりと受け入れられた。
彼女は幻想郷に住む里の民のために力を使い、民は彼女を受け入れる。

紛れもなく涼古にとって、幻想郷こそが安息の地であった。

幻想郷で暮らす日々は、今までの孤独な日々を忘れさせるほど充実した日々であった。
人々は涼古を慕い、時にはわが子のように、時には姉のように、まるで家族のように受け入れてくれた。

そんな暖かい日々が、ずっと続くと、涼古は信じていた。




   ****




「あ、りょーこさまだー」
「りょーこさまー」
「りょうこさま遊ぼうー!」

涼古は、いつものように自分の住む山から降り、里に遊びに来ていた。
里の子供たちはみな涼古のことを姉のように慕い、涼古にはそれがとても嬉しかった。
自分の下へ駆け寄ってくる子供たちを見ると、自然と笑みがこぼれる。

「相変わらず元気だね、君たちは。よーし、なにしてあそぼっか?」

「えっとねー、おままごとがいい!」
「えーやだよー、おにごっこしようよー」

「こらこら、ケンカしないの」

やれこれで遊ぶだのあれで遊ぶだの、子供たちは元気に言い争う。
そんな微笑ましい光景を見ながら、涼古は里のある違和感を感じていた。
なんだか里全体が騒がしい。
まるで、どこかで荷造りをしているような、そんな騒々しさだ。

「ねえ、誰かお引越しするのかな?」

涼古は子供たちに聞いてみた。
そして返ってきた答えは、おおよそ涼古を驚かせるのに十分な答えであった。

「うん!里のみんな、お引越しするんだ」
「りょうこさまもお引越しするんでしょ?」

里の皆で、お引越し?

何故、突然。そう思った矢先に、涼古の視界にある人物が映る。

「信一郎・・・。いったいどういうことなの?」

長老の1人息子であり、今の里の若き村長、信一郎であった。
信一郎は、涼古たちの元まで歩いてくると、大事なお話があるからあっちに行ってなさいと言って子供たちを追い払った。

「ここではなんです。私の家へ参りましょう。父上から詳しいお話があります」




    ****




昨夜は村中の男達が集まっていた部屋も、今日は長老と信一郎、そして涼古の3人だけであった。
男たちはみな、移り住むための準備に取り掛かっている。
涼古は用意された座布団に座り、お茶を二口飲んで長老の言葉を聞いていた。

「そんな・・・」

長老の話を聞き終えた涼古の口から出てきたのは、絶望であった。

せっかく、心安らぐ安住の地を見つけたというのに、またあの外の世へ行かなければならないのか?
いや、聞けば隔離されるべきは人間ではなく妖怪。
私が外へ出るのはお門違いなのだ。
私はここで1人、外から隔離されて孤独に暮らしていくのだろう。

「涼古様・・・。今まで里のために尽くしてくれて、本当にありがとうございました・・・」

それは、紛れもなく、別れの挨拶だった。

 孤独なのはもういやだ。
 この里の人たちとずっと暮らしていたい。
 この幻想郷で、ずっと平凡な日常を送りたい。

「わしらも、幻想郷を出て行きたくはないんじゃ・・・。しかし、里の皆には守らねばならぬ子供たちもいる・・・」

「・・・いやよ」

 いやだ、孤独なのはもういやだ。
 妖怪が押し寄せてくるから、外へ移り住むというのなら、妖怪が来なくなればいいだけの話だろう。

「・・・涼古様?」

涼古は、顔を上げると村長を睨み付けるようにその顔をじっと見つめた。
信一郎は部屋のすみで成り行きを見守っていた。

「私が、妖怪が攻めてこれないような守護をこの里にかける」

「なんと・・・。そんなことができるのですか!?」

信一郎が叫んだ。
それが本当にできるのなら、ここから出て行かなくてもいい。
それは信一郎にとっても、里の皆にとっても願ってもないことであった。
しかし長老の顔は暗いままであった。

「涼古様、天狗の守護を、なさるというのですか」

涼古は長老の顔をじっと見つめたままうなずいた。

「天狗の守護は、あなたの神通力を全て失うことになりますぞ」

「そんなことは、百も承知よ」

「それだけではありませんぞ。神通力を失う、ということは、今まで生きてきた経験――記憶も全て失うことになる・・・。あなた様にそこまでやっていただくわけには参りません・・・」

「私がそうしたいんだから、いいでしょう!?」

この里で皆と一緒にまた暮らして行けるなら神通力なんていらない。
記憶も一緒に持っていかれるというのならこちらからくれてやる。

涼古は叫んだ。

もう孤独は嫌なの、と。

涼古が初めて人間に見せた、自分の弱さだった。




    ****




その日の夜。
里からほんの少しだけ離れた山で、守護の儀が始まる。

天狗に守護された里は、よほどの力を持った妖怪でなければ進入することもできない。

ただしそれは、天狗の神通力と経験を犠牲にする、大技であった。

それ故に天狗に守護されている村は非常に少ない。
そして今、守護される里が誕生しようとしていた。

「涼古様、本当によろしいのですね?」

山には涼古のほか、里の民全員が集まっていた。
もう歩くことすらままならぬ老人から、生まれたての赤子まで、全員が自分たちの村を守護してくれる天狗に敬意を払い、そこへ来ていた。
いや、敬意だけではない。
里の民にとって涼古は、紛れもなく家族であった。

「・・・最後に一つだけ、頼みがあるんだ」

涼古が村の民に向かってそう言う。

「記憶がなくなっても、神通力がなくなっても、私のこと、受け入れてください・・・ね」

今まさに、自らの全てを犠牲にして守護をしようとする民に向けて、涼古は頭を下げた。
それほどまでに、涼古にとって、幻想郷で暮らすことは、かけがえのないことであった。

「りょうこさま、どこかいっちゃうの?」
「また遊んでよ、りょうこさまー」

子供たちが涼古の着物のすそにしがみ付く。
涼古は思わず苦笑がもれた。

「はいはい。すぐに帰ってきますからね。・・・・・・それじゃあ、始めます」

それを合図に、子供は涼古から放され、守護の儀が始まる。




   ****













 そして現在へ―――
    Next the present...
















それから。

里の民たちは、「涼古」という天狗がいたという事を、一切口外しなくなった。
まだ年端の行かぬ幼児ですら、大人たちと一緒になって、涼古という天狗がいたことを隠し通していた。
里一丸となり、涼古という天狗がいたことを無かった事にした。



―――そこにいたのは、初めから「涼古」という1人の人間だ―――



ひょっとすると人より長く生きるかもしれない。
それでも彼女はこの里の人間なのだ、と。


村人たちは、「お天狗様祭り」などという祭りまで作り出して、完全に偶像としての天狗を作り出した。
その祭りに、涼古は人間として参加して、人間と一緒に偶像の天狗に感謝をする。
そうして、確かに涼古は人間になった。


いつしか、里の民の世代が変わり、村に「涼古」という天狗がいたことを知るものはいなくなる。
そこにいるのは、人よりほんの少しだけ寿命の長い、涼古という1人の少女なのだ。




   涼古は、この幻想郷で、本当の安住の地を手に入れる。
     長い長い、旅の末に。




おしまい。


ひとまず、これで完結です
最後までお付き合い頂いた方々には感謝の言葉もございません

と、堅苦しい挨拶はひとまず置いといて時代考証と設定の話
まず120年前というのは香霖堂の幻想郷が外界から断絶されたのは明治時代と明記されていたことからだいたい120年前としました
そのほかの細かい設定はなるべく公式設定を崩さぬように心がけましたが多少無理があるところもあるかもしれません
温かい目でスルーしてくれると助かります

それと、涼古のひとまずの完結を持って、創想話への投稿を終りにしたいと思います
これまでMIZの文に目を通していただきありがとうございました
またなにかの機会で、お会いしたらそのときはまたよろしくお願いします

幻想郷と、全ての幻想郷を愛する人たちに幸あらんことを祈って

MIZ
MIZ
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コメント



0.2100簡易評価
27.70能力が無い程度の名前削除
シェアドワールドとしての幻想郷、堪能させていただきました。
非常に難しい手法だと思いますが、見事だったと思います。
涼古やラヴェや桜子の鮮やかさ、忘れません。
38.80名前が無い程度の能力削除
過去の作品から隠れた名作を模索していた所、
このような素晴らしい作品を素通りしていたことを知り、一気に読破。
幻想郷の登場人物はなくとも、そこからは良く知る幻想郷の世界観を読み取りました。
ちょいと慧音様とかぶりましたけど・・・
大作乙です
44.70自転車で流鏑馬削除
とても興味深い作風を堪能させていただきました。
過去の作品から全て目を通している最中なのですが、まったく違和感なく読むことができました。
自分はこの作品は東方の二次創作物といえるとおもっています。

現界で住処を転々としていた涼古が幻想郷でひとつの里に身を奉げたのは、とても自然なことだったのでしょうね。
とても良い作品でした。有難うございました。