「中国ー、そこのお醤油とってー。B型のやつー」
「これですね?はいどうぞ、妹様。ちなみに私の名前は紅美鈴ですよ」
「あらフランドール……あなたこの前まで『B型は苦いからイヤ』って言ったのに」
「ふふん、私だって495年も生きてるんだから。姉様みたいな一人前の大人の女……う゛……」
「あらあら……申し訳ありません妹様、お口に合いませんでしたか?……中国、O型を取って頂戴」
「わ、分かりました咲夜さん。ちなみに私の名前は紅美鈴ですよ」
「(……何で誰も味噌汁に醤油を入れている事についてツッコまないのかしら……)」
「(……正気の沙汰じゃありませんよねぇ……495年閉じ込められてた理由が分かるってモノですよ)」
「(……そういう小悪魔こそナスの漬物に水飴ぶっかけてるじゃないの……って、ちょっと待ちなさい。
少なくとも今まで読んだ文献の中には水飴に顔って言うか目と口が付いてるなんて記述は無かった筈なんだけど
小悪魔あなた一体どこからそんな生物災害レベルP4級の劇物仕入れてきたのよ)」
「(オッス!オラ水飴!)」
「(しゃべった!?)」
日差しなんかこれっぽっちも差し込まないけどとりあえず場の雰囲気として
朝の日差しがまぶしい紅魔館の、まさにアットホームとでも言うべきおだやかな朝食風景。
以前霊夢の家で晩御飯をご馳走になってから、すっかり和食派に転向したレミリアの意向で
最近の紅魔館の食事はもっぱら和食尽くしとなっている。
それでもたまに膵臓仕込みのペスカトーレとか脳髄風味のモツ煮込みとか出てくる辺り、
流石は人間妖怪吸血鬼その他あらゆる魑魅魍魎が共生している紅魔館だけの事はあり侮れない。
ちなみに食事は紅魔館で働く者全員が集まってとる為に、いつも食事の前には
咲夜様の隣は私だ、とか美鈴さんの隣でどさくさに紛れてあーんとかしてあげるのは私です、とか
小悪魔ちゃんの隣に座ってこっそりと下肢を満遍なくまさぐってあげるわハァハァアハハ、とか
目と耳をまとめて覆わんばかりに無残で悲惨な戦いが人知れず行われているのだがそれはこの際関係ない。
「あ……そうそう、ねぇ咲夜」
と、キュウリの漬物を一度に何個口に入れられるかに挑戦していたレミリアが
ふと何かを思い出し、隣に座る咲夜を見上げて声をかけた。
柔らかそうな頬が漬物形に膨れ上がっているのが実にプリティである。
それを見た咲夜が鼻血を噴き出した事は言うまでも無い。
「何で御座いましょう」
「惚れた女を手篭めにするいい方法知らない?」
あまりにも唐突かつ衝撃的なレミリアの発言に、咲夜はちょうど飲んでいた味噌汁を
レミリアめがけてバックドラフト現象をも上回る勢いで噴き出した。
およそ考えうる限り最悪にして最低のシナリオの堂々のクランクイン的な緊急事態に、
共に食卓についていた美鈴とパチュリー、そして小悪魔にフランドールとその他のメイド達は
この先に待ち受けるであろう血みどろの惨劇に恐怖し戦慄し思わず目をそむけたが、
次の瞬間味噌汁の軌道は華麗に逸れ美鈴の顔面を直撃していた。
恐らく咄嗟に時を止めてどうにかしたのだろう。咲夜が珍しく冷汗をかいている。
ちなみにその貴重な表情を、パチュリーが周囲の空気と光を魔法で操り
日光写真の要領でたまたま手元にあったふきんに素早く焼き付けて
後々咲夜ファンのメイド達に高値で売りさばいていたというのはまた別の話である。
「そんな素敵な奥義を知ってたら四六時中お嬢様に対して駆使(つか)って……
……いえ何でもありません申し訳ありませんその様な事は存じません」
「え?え?お……お嬢様、もしかして……す、好きな人でも出来ドゥゥワシャァァァァ!!」
少々うろたえながらも、あくまで瀟洒かつ冷静に答える咲夜。
そして美鈴が止せばいいのにおばちゃん精神を露見させ、迂闊にもそう口走った次の瞬間
その眉間に箸が四組とナイフが三本、さらに湯飲みが二つの合計十三の凶器が所狭しとぶっ刺さっていた。
「お嬢様の愛と純情渦巻くラブリーサンクチュアリなプライバシーに
軽々しく足を踏み入れるなんて失礼でしょうがッッ!!」
弾ッ、と、咲夜が天板がぶち抜ける程強くテーブルに足を乗せ踏みしめながら叫ぶ。
その目を覆わんばかりに美しい勇姿を目の当たりにした誰もが
「そっちの方がしつれいじゃん、テーブルの上にそんな足……」とか
「言い出したの本人じゃん、美鈴の事嘗めてンじゃん」と思ったが、
あいにくレミリア関係の話題に関わっている時の咲夜は
完全で瀟洒と言うよりもむしろ盲目で変態な為、
下手に意見してぶちのめされるのが怖くて誰も何も言えなかった。
「レミィらしくないわね……まだあの紅白を手に入れてなかったの?」
「そうですよー、いつものお嬢様だったら相手の気持ちなんかお構いなしで
立ち塞がる者をぶちのめし邪魔する物を吹き飛ばしてでも我が意を通すのに」
「うーん……可能なら私も力ずくで何とかしたいんだけど、相手が相手だからそうも行かないのよ。
貴女達、あの図書館でそういう系統の本とか読んだ事無いかしら?」
少々意外そうに言うパチュリーと、何食わぬツラしてさりげなく酷い事を口走る小悪魔。
この時周りにいた者はまた咲夜がヴォルケイノして小悪魔をぶっ飛ばすのではないかと一瞬戦慄したが
よくよく考えてみれば今の小悪魔の発言は一分の隙も無く真実を突いているので
完全で瀟洒な彼女が事実を指摘されて怒るはずなど無く、大惨事の発生は未然に食い止められた。
ちなみに三日ほど前、紅魔館近くの湖畔でチルノがルーミアに対して
『あの吸血鬼ってちっこいナリしてる癖に五百歳超えてるんだって、サギよねー』と言っていたので
殺人ドールをくらわして半殺しにしていた、という情報が寄せられているがその真偽は不明である。
「私その手の本はあまり読みませんから……パチュリー様はどうですか?」
「魔そうねぇ……もっとも最近本で読んで覚えてから駆使った方法はアレかしら。
理『時にはいつもと違う切り口で攻めてみよう。押して駄目なら引いてみろ』って奴ね。
沙だからいつもの様に魔理沙が本を借りに来た時、何の前触れも無くロイヤルフレアをぶっ放して
抱魔理沙の目が眩んでる隙に消極的かつ合理的に既成事実を作成しようと試みたのよ。
いまあ後一歩のところで魔理沙の放った渾身のファイナルスパークを喰らってい
てちょうど蓬莱と半獣が乳繰り合ってた竹林の奥深くの茂みまで吹き飛ばされちゃったけどね」
凄まじいまでに倒錯的な犯行の記録を、表情も変えずに淡々と語るパチュリー。
しかしその口調とは裏腹に、言葉の端々から醸し出される
禍々しいまでに情熱的な魔理沙への想いは隠し通す事が出来ず、
その強烈な思念の影響を受けた食卓についていたメイドの内二人が血を吐いてぶっ倒れた。
ちなみに後に分かった事だがこの二人は紅魔館メイド内でのパチュリー派最右翼だったらしい。
そりゃ自分の心酔している人物が実はすごい変態だったとなればショックを受けるなと言うのが無理な話だ。
「それよパチュリー!」
そしてパチュリーが言い終わった数瞬後、フランドールが叫んだ。
何か新しい楽しみを見つけた幼い子供の様に、と言うか外見は十二分に幼いのだが
とにかくそんな感じの嬉々とした表情を浮かべ、レミリアの方へ向き直る。
「姉様、ここはひとつスピア・ザ・グングニルを応用して霊夢を壁に縫い付けて
身動きが取れなくなった隙に素早く襲えばいいんじゃないかしら」
流石は何かを壊す事に特化した破壊の権化、考える事が一味も二味も違う。
あんまりモノ壊しすぎてついうっかり自分も壊しちゃったのではないかと思えるほどの素晴らしいアイデアだ。
と言うかその方法だと一歩間違ったら霊夢が跡形も無く消し飛んでしまうのだが
あいにく人は恋をするとすべからく愚かになり、ここに居る者は皆例外なく誰かに恋してるので
誰もそれに気付く事は無かった。
「素晴らしい!素晴らしいわよフラン!この私とした事がその案を全くもって失念していたわ!
よくよく思い返して見ればあの弾速にあの形状、アレはもうもはや他の使い道が思いつかない位に
『対霊夢拘束突貫用最終兵器プリティルネッサンスラブラブアロー』的な素敵スペルカードよ!」
「流石は妹様……常に私達の予想の百八十度反対側を突っ走っていらっしゃいます。
この次は私もジンジャガストで魔理沙の服を吹き飛ばしその裸体を記録して
それをネタに脅して色々するとかやってみますわね」
「ええ、感服いたしましたわ妹様。では僭越ながら私も夜霧の幻影殺人鬼を用いて
ばら撒いたナイフの嵐に紛れてお嬢様に襲い掛からせていただきます」
そして紅魔館の実力者三傑であり変態三銃士でもあるレミリア達がフランドールのアイデアを讃える。
ところで、『月は人を狂わす』という。
と言う事はその月の光を糧とし夜を跋扈する吸血鬼は
狂わせるとか鍛えてるから狂わないとかそういう以前に、
最初からもう手遅れなくらいに狂ってるのが基本姿勢だと考えればしっくり来る。
そしてあの姉にしてあの妹と友人と従者あり、類は友を呼ぶ。
変態の周りには変態ばかりが集まってくると言ういい例だ。
ここに居る中では比較的マトモな小悪魔は、この幻想郷の平和を脅かす変態どもの毒気にアテられないように
己の全魔力を用いて必死に精神攻撃への防衛術式を展開しつつ、恐怖に身を縮めていた。
ちなみに美鈴は眉間から湯浴みが出来そうなほどのあり得ない量の血を流して失神しているので
変態四人がこれでもかと垂れ流す精神攻撃にさらされる心配は全く無い。安全だ。
「そうと決まったら早速今夜にでも決行ね!幸い今日は満月!
必殺の『燃えろ愛情!ねじれろ劣情!炎のプリティ(略)アロー』で
霊夢のハートを射止めちゃうわよぉぉぉぉぉぉ!R・E・I・M・U!れ・い・むッ!」
「ファイトよレミィ!紅魔館から見守ってるわ!イヨーッ!レミィの姐さーんッ!シャイ!シャイ!」
「頑張ってね姉様!ワッショイ姉様!姉様ワッショイ!」
「れみりゃ様素敵ィーッ! れ、れーっ、れみぃーッ!! れみゃあーッ!!」
まるで既に作戦が成功したかの様な浮かれっぷり。
もはや食卓はお祭どころか乱痴気騒ぎの大宴会へと化していた。
興奮のあまりテンションがレットゾーンをブチ抜いたレミリアがテーブルの上で踊り狂い、
他の者もその狂気に飲まれ、我を忘れて叫びレミリアを崇めつつ煽る。
一方その頃小悪魔は凄まじいまで倒錯的な思念の渦に押し潰されない様に、
たまたまそこにあったぬかづけを作る樽の中に身をひそめてガタガタと震えているのだが
この際そんな事はどうでもいい。
しかし、現実は厳しかった。
その日の夜、成功間違いなしと張り切って博麗神社へと飛び立ったレミリアが
僅か十数分後、何故かしょんぼりと肩を落として帰ってきたのだ。
「駄目だったわ。つい興奮して手元が狂った所為で神社ごとかっ飛ばしちゃった。
その上弁償しろって言われてこれでもかってくらい賽銭箱で殴られたし。
どうして失敗したのかしら……手元が狂ったとは言えタイミング、速度、発射角全てが完璧だったはずなんだけど」
「レミィ……それはきっと『スピア・ザ・グングニル』と間違えて『マイハートブレイク』を使用(つか)っちゃったからよ。
それに、いつもいつも力ずくで迫っていては何れマンネリズムを引き起こしかねないわ。
ここはひとつ基本に立ち返って手料理とかを差し入れ、外堀からじわじわと埋めていってはどうかしら」
「手料理……ねぇ……そう言えば霊夢ったらこの間お金が無くなったって言って
道端に咲いてるツクシむさぼり喰ってたし……うん、いいかも知れない!」
・ ・ ・
と言う事で深夜二時にも関わらず、パチュリー提案レミリア主催の
「ひとりじゃできそうにないもん!第一回紅魔館料理最大トーナメント」が開催(はじ)められた。
咲夜や美鈴だけならともかく、今回の事態には何の関係も無いその他大勢のメイド達まで
無理矢理叩き起こされてかり出されてきたというから驚きかつ不憫だ。
このイベントに掛けるレミリアの気合とものすさまじいまでの横暴さがよく分かる。
「うふふ、手料理と言う事はこっそり私の血を五リットル位混ぜてあげれば
もう霊夢は私のマリオネット……ああ、血沸き肉躍り体液溢れるわ!早速始めましょ!」
いそいそとエプロンを付け台所に向かうレミリア。
その時、その可憐でどことなく犯罪的なレミリアのエプロン姿を
鼻血を垂らしつつ今夜の肴にする為にスケッチに勤しんでいた咲夜が、ふと何かに気付いた。
「あ、ところでお嬢様……何の料理を作るおつもりですか?」
「さっき図書館に行っていろいろ文献を漁った結果、想い人に差し入れる料理は
肉じゃがもしくは手作りクッキーがベストらしい事が判明したわ。
それを踏まえて、更に霊夢は女の子だから甘いものの方が好きだろうということを考えて……」
「と言う事は……クッキーになさるのですね」
「肉じゃが味のね」
「(生物兵器ッ!?)」
今まで長いことメイドをやってきて料理や掃除などをこなし、
家事に関しては幻想郷三本の指に入るのではないかと自負していたが
まさかその自分にも理解不能な料理があるとは何たる惨劇、と驚愕する咲夜。
「さて、本によると……まずはキャベツを千切りにして黒酢につけてダシを取れ、か。
……千切り……と言われても……やった事無いのよね。咲夜、ちょっと手伝ってくれるかしら?」
「はい、只今」
素早く咲夜がキャベツと包丁、まな板を取り出してレミリアの背後に回り
後ろからレミリアの手に自分の手を重ね、キャベツを刻んでいく。
その小さな手の柔らかな感触にちょっぴり戸惑い凄く興奮し異常に欲情し、
危うくキャベツではなく自分の指を切ってしまいそうになったのは秘密だ。
「んっ……と……随分……む、難しいのね……う、うぅ」
「(……お嬢様……ああ、こんなに真剣なお顔になられて……一生懸命……)」
愛する人の為に不慣れな料理にいそしむレミリアの健気な姿。
それをどこか寂しげな瞳で見ながら、咲夜は己の心が曇っていくのを感じていた。
……いや、自分で言うのもなんだが、何だかんだいって自分は相当大切にされているとは思うし
今の現状に全く不満が無いと言えば嘘にはなるが、お嬢様の感じる幸せが自分の感じる幸せ。
お嬢様の霊夢に対するただならぬ劣情が届き想いが成就されると言うのなら、自分は尽力を惜しまない。
しかし。
しかしだ。
「(お嬢様がこれ程情を募らせておられると言うのにあの紅白は……
……いつか絶対コンボでマグマの底に撃墜(しず)めてくれるわ)」
もしもお嬢様が自分の所に来てくれたのなら。
もしもお嬢様が自分を「そういう対象」として求めてくれたのなら。
自分は何があろうとお嬢様の幸せの為、それだけの為に生きられるのに。
だけど、お嬢様は自分のものにはならない。
この柔らかな頬も、自分のものにはならない。
この艶やかなうなじも、自分のものにはならない。
この美しい髪も、自分のものにはならない。
二日おき位にお嬢様の部屋にこっそりと忍び込んで
下着とか服とかの日常生活用品をかっぱらって
自分の物にしてるけどそれはまた話が別。
目、耳、鼻、口、手、足、胸、尻、肩、骨、そして……何より、心。
「(……お嬢様……いい匂い……ああ……眼前に広がるお嬢様のうなじが……可愛らしくて……いい匂い……
霊夢……羨ましい……お嬢様……いい芳香(かお)り……ああ……あぁ……ぁぁ…あばあ御あばあ嬢あばあ様あばあ)」
レミリアの心が霊夢にしか向いていないという現実。
心も身体も熔けてしまいそうな程激しく日毎夜毎にレミリアを愛でている自分の妄想。
現実と妄想、決して相容れない二つの概念が、体内で渦巻き弾けて化学反応マスタースパークにつき何かが裏返った。
琴線と魂を壊れそうなほどに激しくくすぐる、まさに劣情合奏団大オーケストラ近日開催的な熱いパトスが
咲夜の脳髄を瀟洒に刺激して、涙とよだれと鼻血に加えて何やら怪しい体液まで同時に溢れさせると言う
明らかに人体構造の限界を超えた悲劇的な大偉業を成し遂げてしまった。
「ちょッ、さ、咲夜ッ!手が!指が!そして手首が!むしろこれは明らかに動脈!
みじん!みじん切りになってるってば!!ああ血がこんなに沢山もったいない……じゃなくてッ!
って言うかキャベツが赤く染まってなんか取り出したばっかりの脳みたいになって気持ち悪い──!」
「ウフフ、キャベツが赤い?それはそうですわ、ムラサキキャベツなんですからフゥフフフフフフ」
「いやいや今の今までどこからどう見ても緑一色だったじゃないのよって瞳が虚ろで口からよだれッ!?
だ、誰か──!!薬師!薬師もしくはアレ、あの歴史喰い連れてきて!咲夜が!咲夜がぁぁぁぁ!!」
「……ああ………………軽ゥ……あそこまで……一気に跳びあがれそうな……」
「そりゃまあ確かにこれだけ血が流れ出せば体重だって一キロ位は軽くなってるかもって
ちょっと待って咲夜あそこまで跳びあがるってもしかしてそれあの世もしくは白玉楼!?」
「身体がね……お嬢様をヤッちゃえって………」
「犯ッ!?いやぁぁぁぁぁぁ!咲夜が裏返っちゃったよぉぉぉぉぉぉ!!」
その後、「欲情なくして絶頂のエクスタシーはありえねェ」とか「全身――全霊にて!百合を咲かす!!」とか
何やら訳の分からない事を叫びながら暴れる咲夜をメイド達が決死覚悟の総掛かりで押さえつけ、
パチュリーの魔法と美鈴の気功術で無理矢理血と意識を止めて間一髪事無きを得たものの、
唯一料理の心得がある咲夜がリタイアしたために、手料理で彼女のハートをゲッチュウ作戦は失敗に終わった。
実は咲夜がリタイアしたから中止、というのは表向きの理由であり、
本当のところは下手に他の者がレミリアの料理を手伝ったりしたら
後々某鬼のメイド長に「その間 実に0秒!」なみの勢いで
時を止められて延髄突き割られかねないからなのだがそれはこの際関係ない。
・ ・ ・
「……何やっても全然上手く行かない……このままじゃ霊夢が私にモノにされる前に寿命で死んじゃうわ……」
後片付けを他の者に任せて自室に引っ込んだレミリアが、はぁ、と溜息を付いて呟く。
あんなアホな作戦で上手く行く訳がないとか相談する相手を間違ってるとか
まず第一に霊夢の意思はどうなっちゃってるんだとか色々とツッコむべき所はあるが、
思い通りにならない恋に疲れ果てしょんぼりと肩を落とし、うっすらと目尻に涙を浮かべた今のレミリアは
幼い見た目相応の、まさに純情可憐で純真無垢なひとりの悲劇のヒロイン。
そのレミリアに一体誰がツッコむ事が出来ようか、いや出来ない。
とは言え万が一にもツッコんだとしたら、恐らく自分の死を認識する間もなく
どこぞの完全で瀟洒なメイド長に涅槃の底まで叩き落されるのでどっちにしても誰もツッコめないが。
「お嬢様……失礼致します」
「……咲夜」
と、そこに物音一つ立てずに咲夜が現れた。
先程までの色に狂って痴態をさらしていた変態の面影はどこにも無く、
既にいつもの完全で瀟洒なメイド長、十六夜咲夜へと戻っている。
「たまには紅茶ではなく……珈琲など如何でしょう」
「……ええ、頂くわ………………OH(オー)ゥ……ブルーマウンテン」
「恐れ入ります」
咲夜の差し出した珈琲を一口啜っただけで銘柄を見抜くレミリア。
……珈琲の銘柄は分かっても霊夢の気持ちが分からないんじゃあね、と、
咲夜からは見えないようにして、自嘲気味にレミリアが笑う
「……ふぅ」
そして、また小さく溜息を付く。
普段から夜這いだの手篭めにするだの、色々と物騒かつ変態的な事ばかりやっているが
レミリアの霊夢に対する気持ち、それ自体は至極純粋かつ無垢な慕情なのだ。
初めて自分を負かしたものへの興味はいつしか友情を通り越して愛情へと変わり、
その感情を生み出した本人すら手に負えないほど大きくなってしまった。
こんなに好きなのに。
こんなに愛してるのに。
こんなに欲しいのに。
応えて貰えない。
愛して貰えない
手に入れられない。
「……ぅ」
ぽろり、と。
レミリアの両の目尻から、一粒の雫が零れる。
「……お嬢様」
そして、今まで黙ってレミリアの隣に立っていた咲夜が優しく声を掛けた。
「……愛とはですね、誰かから与えて貰おうとか愛して貰おうと思う事も無く、
例え相手が自分を求めずとも、例え何一つ見返りが無かろうとも惜しみなく与えるものなのですよ」
「……ッ」
ぽつりぽつりと咲夜が言葉を紡ぐ。
……自分にはお嬢様の気持ちが痛いほどワカる。
いくら求めても求められない。
いくら愛しても愛されない。
身を切るほどの切なさと歯がゆさ、そして嫉妬と苛立ち。
しかし、気が狂いそうになる程の劣情に苛まれた幾千の夜を越え、気が付いた事がある。
『愛』とは、『想う』とは。
「もしも愛に見返りというモノがあるとすれば、それは『自分以外の誰かを愛せる事』、それ自体が既に『報酬』なのです」
「……咲夜」
そう。
愛する事。
誰かを愛せる事。
自分以上に大事な人がいる、その幸せ。
この果てし無く広がる世界のこの場所、この時間。そしていつかは尽きる儚い命。
その中で、誰より愛しく大切だと想える人に出会えた。
それは……まさに、奇跡。
「まだ日の出まで三時間ほどあります……ご安心を、朝までもつれ込んだらお迎えに上がりますわ」
レミリアに向かってそう言い、咲夜がにっこりと微笑んだ。
聖母の様なその柔らかな笑顔が、レミリアのもつれた心をやさしく解いていく。
レミリアは霊夢の心を射止める手段や方法ばかりに囚われ、一番大事なことを忘れていたのだ。
偽りの無い気持ちを真正面から、真摯な言葉と態度で真っ直ぐにぶつける事。
まあ、いきなり「子供作ろう」とか言っても思い切り引かれるだけだろうがそこはケースバイケースだ。
その辺りツッコみ始めるとキリが無いのでここはひとまずスルー決め込んでおく。
もう、迷わない。
飲みかけの珈琲をテーブルに置き、レミリアがすっくと立ち上がる。
「……ありがとう」
そして部屋を出て行く時に、見送る咲夜へ背中越しに小さくそう呟いた。
凡百の巧言を費やすよりもずっと真摯な、感謝の言葉。
実はその時咲夜はレミリアが口をつけた珈琲をむさぼり飲んでいて半分聞いていなかったのだが
世の中知らないほうが良い事も確実に存在するのでこれ以上この点については言及しない。
「待ってて──────私の、霊夢──────」
颯爽と紅魔館から飛び立つレミリア。
その表情には迷いもわだかまりも存在しない、
命を燃やして心を震わせ、砕け散るほど真剣に人を愛そうとする
恋する乙女の勇ましく美しい姿がそこにあった……。
「と言う事で今日は押して駄目なら引いてみろ、愛は惜しみなく与えるものと言う事を念頭に置いてみたわ!
さあ霊夢!この私の未成熟でふにふにした肢体を好きなだけ貪る事を許可するわよ!抱いて!抱いてぇぇぇぇぇぇ!!」
「単に言ってる事が『抱かせて』から『抱いて』に変わっただけでやってる事の根本は同じじゃないのよ!
って言うかちょっと待って何であんたドラキュラクレイドル発動前のポーズ取ってるのぉぉぉぉぉぉ!?」
「さあ夜はこれからよ!お楽しみはこれからよ早く(ハリー)!早く早く(ハリーハリー)!早く早く早く(ハァハァハァ)!
この今にも爆発しそうな心臓の鼓動を受け止めて!必殺夜王ッ!『きりもみ美幼女パチキ』発射ぁぁぁぁぁぁ!!」
「ふにゃぁぁぁぁぁぁ!たしけてぇぇぇぇぇぇ!極悪な魔物に捕食されるぅぅぅぅぅぅ!!」
(人はそう簡単に変わる事など出来ないという切なさを醸し出しつつ終わり)
元黒幕の威厳とか色々かなぐり捨てちゃってるよ!
頭の悪さに心底惚れました。最高。
形はちょっとアレですが、相手のことを真剣に想っているのは
とても伝わってきました。痛いほどに。
・・・でも誰一人として報われなさそう。・゜・(ノД`)・゜・。
とりあえずレミリア様の霊夢へのセリフを咲夜さんに言ったら
紅魔館は名実ともに紅くなりそうな気がします。
シリアスな話のぶち壊し方が素敵。
普通に読んでいくとパチェの縦読み部分で詰まります
縦読みは横に読めることが前提なのであそこまで露骨にやると誤字にしか見えません
肉じゃが味のクッキー…ぜひとも食ってみたいです
このお言葉に激しく燃えさせて頂きました。
このテンション大好きです
「シャイ!!シャイ!!」なパチェに乾杯!!
…ような、ではなくそーなのか…。
>『対霊夢拘束突貫用最終兵器プリティルネッサンスラブラブアロー』
…さすが、吸血鬼のネーミングセンスはよく分からな(マイハートブレイク)
シリアス読んだ後だけに最高でした。
色々とぶっ壊れてて目も当てられない!グレート
シリアス場面、咲夜さーん・゜・(ノД`)・゜・
前半ぶっ壊れてたのにいきなりシリアスな展開に流れるのは上手いです
とりあえず、アンタ最高だよ!いいもの読ませてもらった ヒャッホーイ
しかし、それでも食べてみたいぃぃぃぃ!
それにしても紅魔三銃士の考える事は悪魔だな。w
…ああ、ホントに悪魔だったな。(一名除いて)
こんだけの作品を書いておきながら、「ネタのキレがなくなって」だなんて…
c.n.v-Anthemさん、恐ろしい人……
仕様ですか そーなのかー
お大事に・・・霊夢さん・・・・
そして酷い事言ったのと怒られないのは偶然なの狙ったの?
小悪魔、やはり紅魔館の住人・・・
ちなみに、ナスの漬物に「普通の」水飴ぶっかけるのは嫌いじゃないです