声が聞こえた―――――
叫ぶような声が聞こえた。
助けて助けてとしきりに泣いていた。
だから助けた。
すると今度は化け物と泣き出した。
―――――化け物はもういないから安心しなさい。
できるだけ優しく言った。
そういっても泣き止んでくれなかった。
額に何かが当たった。
小さな石だ。
向こうに行け化け物、と泣きながら投げつけてくる。
石は欠片も痛くは無いが。
その言葉は痛かった。
――――――わかった。 向こうに行くよ、ごめんね。
・・・・ウソを吐いてしまった。 ごめんな。
心の中で呟いて、向こうから見えないところに隠れた。
あまりの恐怖に泣きじゃくる。
それも当然だ、目の前で殺すとは・・・・馬鹿か私は。
ただひたすらに泣きじゃくる。
私は陰からそれを見ていた。
いつまでも泣き止まない。
・・・・・・・・・
まだ泣き止まない。
・・・・・・・・・
まだ泣き止まない。
・・・・・・・・・
・・・・・・泣き止んだ。
しばらくすると立ち上がり、あたりを気にしながら歩き出した。
陰から見ていた自分も隠れながら追いかけた。
しきりに周りを気にしながら歩く。
そんな事をしないでも近くには私以外はいない。
立ちどまる。
しゃがんだ。
また泣き出した。
怖いよう怖いようと泣き出した。
私は何とかしたかったが何も出来なかった。
怖がらせた化け物が出て行って何になる。
・・・・・・・・
今度は比較的早く立ち直った。
また歩き出す。
また追いかける。
・・・・・・転んだ。
・・・・・・・
危なかった。
ついつい飛び出しそうになってしまった。
また泣き出した。
あぁ・・・・・
なんて無力な自分。
慰める事も出来ずに陰から見ているだけなど・・・・・・
泣き止むのはすぐだった。
泣いても意味が無い事に気付いたのだろうか。
今度はいつまでたっても動こうとしない。
痛い―――と呟く。
――――――私だって心が痛い。
――――――――まずいな。
そろそろ夜になる。
この竹林には夜にしか活動しない化け物が多い。
だから見守るにしても昼と夜とでは大違いだ。
それに夜の化け物は凶悪なのが多い。
こんな所にご馳走が置いてあったら即座にやってくる。
私一人で守りきれるだろうか。
いや―――出来る出来ないの問題では無いな。
やる。
守りきる。
いつまでも動こうとしない。
だから夜になってしまった。
気配が生まれる。
あちこちから化け物の気配がする。
人間の匂いに気がついたヤツラは、遠くからこちらに向かってくる。
化け物の数を数える。
全部で7つ。
―――――――いや、8つか。
苦笑する。
――――――なんとかしなければ。
威圧する。
――――この獲物は私のものだ。
発せられる莫大な妖気。
7つの内の2つが逃げ出した。
残りの5つはあいも変わらずこちらに向かってくる。
さらに威圧。
――――殺すぞ。
敵意と殺意を込めた妖気を放出する。
2つが留まる。
3つは変わらず。
――――これ以上は無意味だろうな。
幸い3つは速度が違う。
こちらに着く時間もまちまちだろう。
つまり、バラバラに対処できる。
さて、どうするか。
もしもの事を考慮して離れた場所で殺すか。
それとも
もしもの事を考慮して近くの場所で殺すか。
・・・・・・
決めた。
離れた場所で殺そう。
1つ目は苦労した。
負ける事は無いにせよ、かなりしつこかった。
2つ目はあっけなかった。
自信があるから逃げなかったのでは無く、ただ鈍かっただけのようだ。
2つ目を殺して一息つく。
気付けば留まっていた筈の二つがまた動き出していた。
3つ目は放って置いて一旦戻る事にした。
・・・・・・いない。
さっきまでの場所にいない。
馬鹿な事をした。
よくよく考えればあれだけ大量の妖気をばら撒けば、人間だって敏感な者は寒気ぐらいはする。
恐らく怖くなって逃げ出したのだ。
どこに行ったのか。
・・・・・土の歴史を視る。
通った道に仄かな光が浮かび上がる。
――――――追いかけよう。
!!・・・・拙い。
この方向は・・・・・・
――――――先回りしなくては・・・・!
留まっていた2つに向かって全速力で飛ぶ。
どうやら奴らは組んでいるようだ。
―――――関係ない。
組んでいようがなんだろうが、殺す。
・・・・・・2つと遭遇した。
―――――良し、間に合った。
奴等はこちらの姿を確認するなり攻撃を仕掛けてきた。
さっきの妖気を受けてこちらがどれ程の力を持っているか理解しているのだろう。
先手必勝。
―――――残念ながら「必」では無かったようだがな。
構える。
1つは蟷螂の様な妖怪。
もう1つは甲虫の様な妖怪。
蟷螂が駆ける。
―――――速い。
かわした。
通り過ぎた蟷螂はすぐに身を翻し、再度襲って来た。
かわした。
そして再度襲い掛かってきた。
――――――隙が無い。
すれ違い様に攻撃しようにもタイミングがあわない。
敵の両手の鎌がどれだけの威力を秘めているかは不明だ。
出来れば攻撃は受けたくない。
がり・・・・・
こちらの隙を見て、甲虫の方も突進してきた。
周りの竹林を破壊しながら超高速で襲い掛かってくる。
かわす。
甲虫は蟷螂の方ほど身軽では無い様で、すぐの追撃は無かった。
―――――強いな。
蟷螂が撹乱して甲虫が仕留める。
蟷螂自体も十分に高位の妖怪クラスの力を保有する為、かなり厄介な相手だ。
だが。
この攻撃が脅威なのは一度目だけ。
不意打ちの一度目が避けられれば、それからの攻撃を喰らう道理は無い。
そして何より甲虫が再度襲い掛かってくる前に蟷螂を仕留めてしまえばケリが着く。
そして。
―――――お前の攻撃は大体把握した。
蟷螂の攻撃を十数回かわした所で間合いを取る。
静かに息を吸い込み、右手に力を込める。
再度襲い来る蟷螂。
―――――散れ。
一閃。
蟷螂が上と下に分かれる。
蟷螂は絶命した。
間髪を置かずに甲虫を探す。
甲虫は狼狽していた。
―――――隙だらけだな。
組んでる奴等はこういう所が脆い。
突進する。
甲虫はあわてて身を翻す。
―――――遅い。
隙だらけの甲虫の背後まで忍び寄る。
一閃。
甲虫の背が裂ける。
噴水の様に血が舞う。
甲虫が倒れる。
思ったよりも苦戦した。
つまりその分、時間をくった。
・・・・・だからだろう。
見られた。
甲虫の倒れた先にいた。
腰を抜かしている。
いつから見ていたのだろうか。
少なくとも蟷螂を二分して、甲虫を刺し貫いた所は見ただろう。
・・・・・・
動けずに震えている。
自分も動けなかった。
動いたら・・・・・
動いたら今度はどうなるのだろう。
動けない。
二人とも動かずに見つめ合う。
・・・・最後の1つがやってきた。
土を踏みしめ一歩ずつ近づいて来る。
あぁ、ようやく動ける・・・・。
最後の1つの方を振り向く。
私が動いたのを見てカラダをビクリと震わせる。
しかし気付いた。
もう一人の妖怪が来たから動いたのだと。
―――――
そこには人型の蛍の妖怪がいた。
最後の1つは先程の蟷螂達よりも強い妖気を発していた。
・・・面倒そうだな。
最後の1つは体中から怒りを発していた。
・・・おまけにかなりキレてる。
怒った敵は、色々あれども大きく二分化される。
怒りに我を忘れるタイプと、より強力になるだけで隙は生まれないタイプだ。
前者であれば楽なのだがな。
・・・・・
それにしても。
顔は向けずに後ろの気配を視る。
この人間の目の前で、また殺さなくてはいけないのか。
正直気が進まない。
だが。
どうしようもあるまい。 やるか
・・・・最後の1つは、目の前で立ち止まった。
そして怒気を孕んだ声で呟いた。
―――――どうして殺したの。
何を言っているのかが分からなかった。
―――――何故この二人を殺したの。
あぁ、こいつはさっきの2つの仲間だったのか。
―――――邪魔だったからだ。
簡潔に答えると、最後の1つは訊ねてきた。
―――――何に?
・・・・・・
困った。
どう答えれば良いのか。
この人間を守るのに。
この人間を喰らうのに。
どちらを選ぶべきか。
―――――この人間を守るのに。
―――――そう。
蛍は暫くこちらを睨んだ後。
―――――なら仕方が無かったのか。
と、妙に納得して言った。
―――――?
何を言っているのだろうか。 こいつは。
―――――あんた、お人好しだね。 ウソは吐けないっていうの?
殺した二人を考慮して言ったのか、後ろの人間を考慮して言ったのか分からないけど……
っと、あんたはそんな事しようとするヤツには見えないね。 やっぱお人好しだ。
・・・・・・
こいつ・・・・・
―――――ま、そういう事情ならこいつらが殺されたって文句は言えないね。
でも・・・・・
ゴッと嵐が吹き荒れる。
蛍の妖気が溢れ出している為だ。
―――――敵は取らせて貰うよ。
こいつらは馬鹿だけど、結構気の良い奴らだったんだ。
―――――・・・・・あんた、ホントお人好しだね。
私は負けた。
蛍が別段強かったって言うのもあるけれど、実力的には私の方が上だった筈だ。
でも負けた。
―――――何? 気の良い奴らだったの一言でいきなり意気消沈?
それって、あたしにもあいつらにも失礼な事じゃない?
―――――全くだ。
少し考えれば分かる事だ。
妖怪にだって生活がある。
妖怪にだって仲間がいる。
妖怪にだって大事な相手がいる。
だから、それを考えないようにして殺してきた。
人間を守る。 と決めた時から私はその事を考えないようにしたのだ。
なのに―――――彼等の歴史を視てしまった。
―――――はぁ・・・・、ねぇ、その涙は何の涙?
―――――さあな。 自分でも良くわからん。
・・・・気付けば私は泣いていた。
―――――さて、あたしはこれからどうすればいいんだろ?
―――――好きにしろ。
―――――・・・・・迷ってるから聞いてるのよ。
殺すか。 殺さないか。
―――――どちらにせよこの人間は殺さないんだろう? ならどっちでも構わん。
・・・・わかっていた。
この蛍は人間を殺す気などさらさら無いのだと。
そして・・・・
あの二人も、獲物を横取りされそうだから襲い掛かってきたのでは無い。
私の放った妖気を感じ、この蛍を守るべく襲ってきたのだ。
―――――そっか。
あんたそこまでわかってたんだ。
いつから?
―――――ついさっきだよ。 そうでなかったらあの二人に勝てなどしないし、お前に負けなどしない。
―――――そっか。
そう呟き、少し寂しそうな顔をした。
そして、蛍は身を翻した。
―――――何処に行く?
―――――あいつら、弔ってくる。 バイバイ。
そう言って、蛍は去っていった。
・・・・すまなかったな。
心の中で謝罪する。
しかし、それを言葉にする事は無かった。
ガサリ、と音がした。
隠れていた竹薮の中から出てきた音だ。
―――――あぁ、すまなかったな。 怖い想いをさせた。
こちらを無言で見つめている。
―――――・・・・・・そうしようと思った訳では無いが、わかって貰えてたら嬉しい・・・・
「・・・・・あなたは」
―――――ん?
「あなたはどうして仲間を殺したの?」
仲間ではない・・・・といいかけて止まった。
つまり、どうして妖怪が妖怪を殺したのか、という意味だ。
―――――
「・・・・どうして?」
―――――お前を喰らうためさ。
「・・・。」
その言葉を聞いて一瞬固まった後、何も言わずに自分の服の袖を引きちぎり、私の頭に巻きつけた。
そして、
「・・・・・・ごめんなさい。」
と言ってくれた。
・・・良かった。
本当に良かった。
しかし、1つだけ。
・・・・・ただ1つだけ、気なる事があった。
―――――出来れば、そんな悲しそうな顔は・・・して欲しくないな。
だから、私はそう言った。
「・・・・・・ありがとう。」
そして、控えめにだが、確かに私に笑いかけてくれた。
うん、やっぱり人間には笑顔が一番だ。
ざっ ざっ ざっ
竹の葉の踏みしめる音が響く。
私達は竹林を二人で歩いている。
「・・・ねぇ」
―――――ん?
「もしかして、昼間からずっと付けまわしてた?」
・・・・・
―――――あぁ。
気付いてたのか?
「うぅん、あんたの事だから多分そうだろうな、って思っただけ。」
―――――参ったな。 バレバレか。
「・・・・バレバレよ。」
そして二人は笑う。
もう随分と歩いた。 もうそろそろの筈だ。
そう考えるや否や竹林の出口が見えてきた。
竹林を抜けて暫くすると、村が見えてきた。
「あぁ・・・・・・」
―――――ほら、お前の村だ。 もう竹林に迷い込むんじゃないぞ。
「・・・・・えぇ、わかっているわ。」
?
先程までの笑顔に少々の蔭りがさす。
そして、あろう事か立ち止まる。
―――――どうした?
「村には・・・・戻れない。」
―――――どういう事だ?
「・・・・・」
―――――何故だ?
「・・・・・」
―――――何かしたのか?
「い、いいえ、何もしてないわ。」
そして、ますます表情は暗くなっていく。
・・・・・こんな表情は見たくない。
そう思う。
だから謝った。
―――――ごめんな。
「え?」
瞳を覗き込む。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ウチは自慢じゃないが結構大きい家だ。
屋敷と言ってもなんら差し支えが無い。
ウチには大きな蔵がある。
先祖代々伝わってきたものが多くあるという由緒ある蔵。
親は中には入れてくれない。
誰も中には入れてくれない。
よっぽど大事なものがあるのだろう。
そう考えるとわくわくした。
前々から何度も忍び込もうと思っていた。
ただ、いつもは人がいて、機会が無かったのだ。
・・・・そして、あの日が来た。
私達は蔵の前にまでやってきた。
「どう? ここがあたしの家の蔵よ。」
「うわ~、すっご~い!!」
今日家にいるのは私ともう一人だけ。
あたしより少し背の低い男の子で、いつもおねえちゃんおねえちゃんと付きまとってくる。
別に姉弟じゃない。
でも、一緒にいると楽しいし、尊敬してくれたりするのは嬉しいので、いつの間にか一番の遊び友達になっていた。
庭師の息子らしくて、お父様には「身分が低い輩とは付き合うな」って言われてたんだけど関係無い。
だって楽しいんだもん。
「ここは誰もが入っちゃいけないっていう蔵なのよ。」
「・・・・じゃあ、入っちゃいけないんじゃない?」
と、心配そうな顔をする。
「・・・・本当にそう思ってるの?」
「・・・・そんなワケ無いじゃん。」
さっきの心配そうな顔は一転して悪ガキの顔に変貌していた。
二人して、にひひと笑う。
「さて! ・・・・どうやって入ろうかしら?」
うん、実は何も考えて無い。
「え? 普通に入っちゃいけないの?」
ふっふっふ、まだまだね。
「入り口には錠っていう硬いものが付いててね、こいつのせいで入り口は開かないのよ。」
「へぇ~~、おねえちゃんはものしりだなぁ。」
と、心底感心するように言われれば、こっちも調子に乗るってもんだ。
よ~し、もっとおねえちゃんらしいとこ見せてやる。
きょろきょろ見てると蔵の側面に空気を入れる為の小さい窓があるのに気付いた。
とても小さい窓で、私達子供じゃないと入れそうに無い。
でも子供には届かない高さにある。
「見える? あそこの開いてる所から入れそうよ。」
「でも、とどかなそうだよ?」
見上げて残念そうな顔。
えぇ~い、そんな顔するな。
「二人いれば届くわよ。 じゃあ私があんたの上に乗るからね。」
「え?」
「ん? わかんない? あんたを踏み台にして中に入るの。」
「えぇ~~、おねえちゃん重いからヤダ~。」
ぽかっ
「いたぁ。」
「重いって言うな。 ほらほら、さっさとする!」
「う~」
ほらほらと四つん這いにさせる。
良し、準備完了。
それを踏み台にジャンプ!
「えいっ!」
「ぐぇ。」
届いた!
端に手が届いた。
器用に(自分で言うのもなんだが)窓に足を差し込む。
「良し。」
そこから下に手を伸ばす。
「よしっ、つかまれ!」
「うんっ!」
手と手ががっちりキャッチ!
少し引っ張りあげてやって、窓の端を持たせてやる。
「よし、じゃ、先行くわよ。」
スルリと窓から滑り込む。
華麗に着地。
ふっ、決まった。
「ちょっと待ってよ~。」
「早くしなさ~い。」
悪戦苦闘している様子を尻目に蔵の中を見やる。
あれ? 結構スカスカだなぁ。
「ふぃ~、あれ? 結構スカスカだね、おねえちゃん。」
うむ、やっぱあんたもそう思うか。
「いやいや、そんな事無いわ、例えば・・・・」
きょろきょろと探す。 お、木刀発見。
「見てみなさい。 これは世界に一本しかない伝説の刀なのよ!!」
「おぉ~~」
「一振りすれば空は裂け、二振りすれば人は死ぬ!」
「・・・・・危ない刀だね。」
「・・・・・そうね、これは封印しましょ。」
という訳で適当な所に置いておく。
ガッ
「「あ・・・・」」
ゴトン。
木刀の柄がぶつかり箱が落ちた。
「あちゃ~。」
「片付けよっか。 ・・・およ?」
箱を片そうと思ったのだが箱の隙間から何かキラキラ光る物が見えた。
「なんだろ?」
そう思い、箱をあけてみると、
「おお~、これすごいよおねえちゃん!」
中には巻物とキラキラ輝く一本の糸があった。
「すご~、きれ~」
・・・・・あたしは糸も気になったが巻物も気になった。
目先のものに捕らわれるよりも大局を見る力が大切なのだ。
・・・・・・・・ってお父様が言ってた。
恐らく、この糸の事が書かれているに違いない。
そう思って巻物を広げてみた。
「・・・・・う。」
・・・・難しい漢字が並びすぎだ。
正直こんなの読めない。
「それには何が書いてるの? おねえちゃん読んでみて!」
・・・・読める? ではなく読んでみて ときたかー!
しょうがない、おねえちゃんとして「読めません」などと言えるものか。
「あんたにはまだちょっと早かったかな? 当然おねえちゃんは読めるわよ。」
「おぉ~、さすがはおねえちゃんだ~」
キラキラと尊敬の眼差し。
ふふん。
「じゃあ読んであげるわね。 わかりやすい様に簡単に要約するわよ?」
とゆーか大体しかわからない。
幸い絵が付いてるので、適当に言えば良いだろう。
「うんうん!」
ここに私の体験した事を記します。
私はお金持ちです。
偉い人です。
だけど結婚してません。
困っていたらとても美しい人に出会ったので結婚しました。
妻は昼は家にこもって寝てばかりいる変わり者でした。
太陽が嫌いだそうです。
その代わり夜は元気でした。
そんな変わり者の妻でしたが私は妻を愛してました。
結婚してから7日後。
朝起きたら妻は死んでいました。
夜中に妖怪があらわれたと召し使いは言いました。
私の妻は妖怪に殺されたのです。
「なんという事だ!」
私は復讐を誓って出かけました。
そして、妖怪が住むという竹の林につきました。
私はいいました。
「私の妻を殺したのは誰だ!! 出て来い!! やっつけてやる!!」
しかし妖怪は出てきません。
何故なら妖怪は夜に出るものだからです。
私は夜まで待つ事にしました。
そして、夜になりました。
めずらしいな人間だ。 おいしそうな人間だ。
妖怪がたくさん出てきました。
私は神様の木から作った刀を見せました。
「この刀でやっつけてやる! 私の妻を殺したのはどいつだ!!」
そんなのは知らない。 お前を食べたい。
妖怪は襲ってきました。
「えい!! えい!!」
さすがは神様の木から作った刀です。
一振りで妖怪を倒しました。
でも妖怪はたくさんいました。
何匹も何匹も頑張って倒しました。
私は疲れてしまいました。
そして私は刀を奪われてしまいました。
さて、食おうか。
と妖怪がいった瞬間でした。
風のように一匹の妖怪が出てきました。
そしてあっという間に妖怪達をやっつけてしまいました。
私を助けてくれたのです。
「ありがとう」
と私が言ったら
「ごめんなさい」
と妖怪は謝りました。
そして妖怪は
「あなたの妻を殺したのは私です。」
といいました。
私は命の恩人が妻の敵とわかってびっくりしました。
私は悲しかったです。
私は刀で切りかかりました。
「妻の敵だ!!」
妖怪は避けませんでした。
そして、当たったのに効いてませんでした。
それどころか刀は折れてしまいました。
「ごめんなさい」
もう一度妖怪は謝りました。
「どうして私の妻を殺した!!」
私は尋ねました。
「貴方の妻は妖怪だったからです。」
妖怪は答えました。
私はびっくりしましたが言い返しました。
「妖怪だろうと妻は妻だ!!」
そう言ったら妖怪は悲しそうな目でいいました。
「わかってます。 でもあなたが食べられるのを黙って見過ごすわけにはいきませんでした。」
私は愕然としました。
この妖怪は一度でなく二度私を助けてくれたのです。
「ごめんなさい」
もう一度妖怪が謝りました。
「すまなかった。」
今度は私が謝りました。
そして聞きました。
「どうして私を助けてくれたんだ?」
妖怪は答えました。
「人間が好きだからです。」
妖怪は笑ってそういいました。
「貴方の名前を教えてくれ」
私は聞きましたが、
「ただの人間が好きな妖怪です。」
そう言ってから妖怪は立ち去りました。
後に残ったのは折れた木刀とかすかに残る妖怪の髪の毛だけでした。
拾い上げてみるとそれは七色に輝くとても美しい髪の毛でした。
「なんて綺麗な髪の毛だ。 これは家宝にしよう」
私はそう思って家に持ち帰りました。
その髪の毛はとても美しく、見るものの気持ちを和ませました。
また、持っているとすっきりして頭が良くなりました。
それだけではありませんでした。
ある満月の夜の事でした。
件の髪の毛が緑色にキラキラ光りだしました。
するとどうした事か、髪の毛と一緒にしまっておいた折れた刀が元通りになったのです。
こんな事を出来るのは神様しかいません。
あの妖怪は妖怪でなく神様だったです。
しかし、私は思いました。
「こんな便利なものを使い続けたら人は駄目になってしまう。」
そう思い、神様に謝りながら封印して蔵にしまいました。
・・・その夜の事でした。
神様がやってきたのです。
「ごめんなさい、あなたの髪を勝手に持ち出したばかりか、勝手に封印などしてしまいました。」
私は正直に謝るほか無いと思いました。
そして、どうして封印したのかの弁明をしました。
すると・・・
「そう・・・・、だからこそ私は人間が好きなのです。」
と、にっこり微笑み、私に口付けをしました。
「さようなら、人の子よ。 またいつの日か会いましょう。」
そう言って神様はふわりと飛び立ちました。
「さようなら、神様。 貴方の事は忘れません。」
「・・・・・・おしまい。」
あたしは一息ついて巻物を巻きなおしました。
「すごいお話ね、この糸は神様の髪の毛だったのね。」
「・・・・・」
「どうしたの? 感動した。」
「うん! すごいやおねえちゃん!!」
キラキラと目を輝かせてこちらを見よる。
なんであたしが?
「おねえちゃんの家は神様に認められた家なんだね!!」
あぁ、成程。
そういう事か。
・・・・うん、これはマズイ。 こいつ絶対他の人に言う。 あたしの事をまるで我が事かの様に自慢する。
そしたらお父様にそれがばれて、ここに来た事がばれてしまう。
「そ~よ! でもね、これは他の人に言っちゃ駄目よ?」
あ、困ってる困ってる。
「な、なんでなんで?」
「能ある鷹は爪を隠す。 そういう事は言っちゃいけないことなのよ。」
「ほぇ~~」
「わかった?」
「うん!! やっぱおねえちゃんはすごいや!!」
「おほほ~、もっと褒めなさ~い。」
んで、調子に乗るあたし。
「おねえちゃんすごいおねえちゃんすごいおねえちゃんすごいおねえちゃんすごい~~~」
うん、やっぱこの子に褒められるのは嬉しくなっちゃうわ。
「うむうむ、その辺にしときなさいな。 ・・・・じゃ、神様の糸を片付けましょ。」
・・・・と
ひょい
「・・・・む、ちょっと。」
「おねえちゃん・・・・・」
「む・・・・何?」
「おねえちゃんが危なくなったりしたら神様は助けに来てくれるかな?」
「当然よ。 神様は優しいもの。」
間髪をいれずに答えるあたし。
「・・・? どうしたの? 何を怒っているの?」
「ほぇ? 怒ってなんか無いよ?」
あれ? 見間違いか。
「あの・・・・ね」
「何?」
「この神様の髪の毛、借りちゃ駄目かな?」
泣きそうな顔をして尋ねてくる。
あぁ、成程。 さっきの顔は泣きそうなのを我慢してたのか。
「何があったの?」
優しく問いただす。
「あのね・・・・」
「うんうん。」
「・・・・・・」
言葉に詰まった。 言うか言うまいか悩んでいるようだ。
・・・でもわかってるわよ。 あんたは絶対あたしに教えてくれるわ。
・・・で、ど~せいつも通り「どうしようおねえちゃん」って泣きつくのよ。
「あの・・・ね」
「うんうん」
「・・・・・父さんが大事にしてた、じいちゃんの形見のハサミを壊しちゃったんだ。」
「え゛」
成程、確かにそれは言い出しにくい事だ。
代々ウチの庭師をやっている一家にとって、先代の道具は何よりも尊敬すべきものだ。
それを捨てるのが許されるのは、先代を超えた、と自他共に認めた時だけなのだ。
「どうしよう、おねえちゃん」
ほ~ら、やっぱり言った。
う~む、しかし困った。 ウチのものであるといえばあるが、あたしのもので無いといえば無い。
貸して返ってこないなんて事はまず考えられないが・・・・・・
「う~~ん」
「・・・・・・」
あぁ、そんな目であたしを見るな!
「わかった! おねえちゃんに任せなさい!」
で、いつも通りの答え。
やれやれ、いっつもこれだ。
まぁ、悪い気はしないけどね。
「・・・・ほんと?」
「当然よ! それとも何? おねえちゃんが信用できないって言うの?」
じろり
と、睨んだ先には・・・・・
「おねえちゃん!!」
どす
ぐは。
遠慮無しに突っ込んできやがった。
感動するのはいいが、体当たりはやめて欲しい。
まぁ、あたしの体も大きくなったから昔ほどは辛くないけど。
さて、とりあえずこの甘えん坊を引っぺがしてから作戦を実行する。
「よし。 それじゃあこっそり持ち出そう。」
多分こんな蔵にしまってあるものなんてお父様だって確認しないだろう。
ばれたとしてもその時はその時。
あたしが何とかしてみせる。
「うんっ!!」
さて、神様の髪の毛が力を発揮するのは満月の夜だけ。
満月は・・・・駄目だ、まだ15、6日先だ。
「・・・・どうしようか? 満月の前までは一応ここに置いとこうか?」
「え? でも満月の前にまたうまく入れるかなぁ?」
む、そうだった。 確かにその通りだ。
今日は今までの人生でようやっとめぐってきたチャンスなのだ。
こんな事は何回も無い。
「しょうがない。 今日持っていこう。」
「・・・・・うん。」
神様の髪の毛だけを抜き取って、箱をもとの場所に戻す。
出来るだけ元あった形に戻したつもりだ。
ん~~、なんか疲れた~~。
「よし、じゃあ勿体無いけど大冒険はこれで終わりにしますか!」
「そうだね。 巻物読んでたらすっかり遅くなっちゃったし。」
「え・・・・?」
窓から外を見てみると空が紅くなり始めていた。
「やばっ!! 早く出るよ!」
「え? え?」
「夕方にはお父様帰ってくるって言ってたもん!! 早く!!」
「う、うん!!」
大急ぎで蔵を出る。
入った時と同じ様に出た。
・・・急いでた為か、窓を通り抜けた時に顎をぶつけたが・・・・・。
「え~~と! どうしよう!? 何処に隠そっか?」
「え? 僕が持ってるよ?」
アホかあんたは。
「あんたが持ってたらバレバレよ。 あんたの事だから神様の髪の毛ずっと持ってるでしょ。」
「え? 駄目なの?」
「当然、あんたのお父さんからウチのお父様に話が伝わったらどうするのよ。 これ、ウチの家宝なのよ?」
「・・・・・・あ。」
今、ようやっと気付いたって顔だ。
「わかった? どこかに隠しておくのが最善よ。」
といいつつキョロキョロと周りを伺う。
ん~~何処も彼処も見つかりそうな気がするわ。
「ん~~、あそこはどう?」
「駄目よ、あそこはすぐ見つかるわ。」
「ここは?」
「そこも。」
「あそこらへんは?」
「あそこらへんも。」
ん~~、参った。 困った。
「じゃあ僕が隠し持っておくって言うのは?」
「一番駄目。」
「ぶ~~。 ・・・・・あ!」
「ん? 何かいい場所見つかった?」
「地面に埋めちゃうってのはどう?」
おぉ、名案だ!
「いいわね、それ。 まさかあんたに負けるとは思わなかったわ。」
「へへ~~」
「持ってるだけで頭良くなるって本当かも。」
「ぶ~~!」
「ま、ちょっと天罰が怖いけど・・・・。」
「大丈夫だよ! 神様優しいんだもん!」
それはさっき私が言った言葉。
「そうね、神様優しいから許してくれるわよね。」
ガラガラ・・・・
「げ、マズイ! お父様が帰ってくる! 急いで埋めなきゃ!!」
「うん! うん! え~~っと!」
「何やってるのよ!?」
「何処に埋めよっか!?」
「あ~~!? ん~~!?」
「この木の根元で良いよね!?」
「お! 良し! そこだ!! 埋めるぞ!」
「お~!!」
二人で穴を掘って埋める。
出来るだけ彫った痕跡が残らないように。
上手く隠せた。
そう思っていたのだけれど・・・・・・
次の日。
いつも通り庭に行くと庭師の親子が口喧嘩をしていた。
「何? どうしたの?」
「あ、お嬢様。 これはみっとも無い所を・・・・」
「・・・・・・おねえちゃん」
泣きそうな顔・・・・
「どうしたの?」
・・・・・なんか・・・・いやな予感がする。
「実は・・・・私のせいで息子の大事なもんが鴉にとられちまって・・・・・」
・・・・・・・・・・
まさか・・・・・・・
「神様の髪の毛・・・・・・無くなっちゃったんだ。」
涙声でそう言って、結果、その後すぐに泣き出してしまった。
・・・・うぁぁ、泣き出したいのはこっちよ。
泣き出した子供を横目に見ながら、庭師が弁明をする。
「今朝の事でございました。 私はいつも通りせがれを連れて、庭を回っておりました。
そこでせがれが一本の木をじーーーっと見てるんで何事かと思いましてね、見てみたんですよ。
よくよく見ると何やら土を掘り返した跡がある。 ははぁ、なんか大事なもんを隠したんだな? と思いました。
掘ってみたらそこにゃあ一本の糸があったんですよ。 キラキラ光っててね。 いい糸だと思いました。
で、これは何かとせがれに聞いても、せがれは知らぬ存ぜぬ。 次第に私も興味を失くしましてね。
そこらにポイ、と投げ置いた訳です。 したらそこに鴉がきよる。
光るものが珍しかったんでしょうね。 口に咥えて何処えやらと行ってしまったわけです。 はい。」
慌てながら手振りを加え、庭師が言う。
うわぁ、まぁ当然といえば当然だけどそれがウチの家宝だなんて知らないわよね。
マズイな・・・・。
・・・・・・・・
そして、あたしは打開策を瞬時に考えだし、それを実行する事にした。
「拙いわ。」
「へ・・・・・・?」
「それ・・・ウチの家宝なのよ。」
正直に言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
あ、やっぱ固まっちゃった。 そりゃそうよね。
子供の大事なものを失くしたと思ったら、実はそれは主人の家宝だったんだもの。
「ウ、ウソでございやしょ? お嬢様もお人が悪い・・・・・。」
「・・・・残念だけど本当なの。」
庭師が完全に固まった。
多分彼は今頃、職を失い路頭に迷っている自分か、もしくは斬首される自分かの幻をみている事だろう。
すかさず言う。
「鴉・・・よね。」
「・・・・へ? え、えぇ。」
「なら・・・なんとかなるわ!」
「ほっ、本当でございますか!?」
おぉ、目が輝く輝く。 成程、あの目は親譲りか。
「本当よ。 相手が鴉なら何とかなるわ。」
「・・・・・・おねえちゃん?」
しっ! と口に手を当て黙らせる。
「家宝があそこに埋まっているって言うのはお父様から聞いたの。
で、昨日気になってあんたの息子と掘り返してみたら確かにお父様の言う通り、神様の髪の毛があったの。」
すらすらと口からウソが出る。 おぉ、悪い子絶好調だ。 今のあたし。
「神様の髪の毛・・・でございますか・・・・」
「えぇ・・・確かにお父様の言いつけを破ってあたしは掘り返してしまったけど・・・・」
「・・・・・・失くしたのは・・・・・」
「そ、あんた。 でも、あたしはあんたの息子がお気に入りだから・・・・・何とかしてあげるわ。」
「・・・・・あ、ありがとうございますだーーーー!!」
平身低頭。
ん~・・・・ちょっと罪悪感。
「・・・で、勿論・・・・お父様には内密に・・・・ね。
首になりたくは無いでしょ? どっちの首だかわかんないけど・・・・」
おお~~、悪役だ。 あたしかなりの悪役だ。
「も、勿論!!」
「じゃ、そういう訳で。」
悪女の笑みを残して去る・・・まぁ今の彼には女神の微笑みに見えているだろうが。
ふ~~、危なかった。
さて、と。
「おねえちゃ~~ん!」
うむ、来た来た。
「お~、来たか。」
全速力でだーっとあたしの近くまでくると、息を整えながら謝ってきた。
「・・・・・おねえちゃん、ごめんなさい・・・・。」
「・・・いいのよ。」
「ごめんなさい・・・・。」
あぁ、こんな顔は見たくない。
あんたは何もわからず、ほにゃ~って笑ってればいいのよ。
「あぁ、もう、そんな世界が終わりそうな顔をしないの! これくらい予想の範疇よ。」
・・・ごめん、それは流石にちょっとウソだけど。
「え?」
「なんとかしてみせるわ。 あんたは安心してここで待ってなさい。」
そうとも、なんとしてでも何とかしてみせる。
あたしはあんたが好きなんだ。
いや・・・・、別にそう意味ではなくて。 全然。
「う、うん。 ・・・わかった。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
押し黙る。 そうよね、あたしの考えてる事って結構めちゃくちゃだしなぁ。
上手く行くかな?
・・・・おっと、暗い顔するわけにはいかない。
「・・・ね、ねぇ・・・・鴉なら何とかなるって・・・・ホント?」
「ううん、ウソ。」
間髪いれずに答える。
あ、固まった。 うん、親子ってやっぱ似るものなのね。
まぁ、そりゃそうだ。
「でも策はあるわ。」
「え・・・・・・?」
「危険な賭けだけどね。」
「・・・・・・・・・・・・どうするの・・・・・・も、もしかして・・・・・」
「そ、神様に直接貰いに行くの。」
「大丈夫よ!! それとも何? おねえちゃんが信用できないって言うの?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ザワ・・・・・・
聴覚が戻る。
次いで視覚が戻る。
・・・・そして、全ての感覚が戻る。
時間にして約一秒。
・・・・・私は歴史を診た。
成程。 そういう訳か。
どこかで嗅いだ香りだと思った。
・・・・・つまりは私がここにこうしているのは運命のようなものなのかな。
「・・・・・何がごめんな、なの?」
―――――いや、別に。 なんでもないさ。
良かった。
もしこれで自分に解決できない事だったら私は罪の意識に押し潰されてしまうよ。
―――――そういえば、だが。
「え?」
・・・・あぁ、こっちに戻って来てから改めて見てみるとやっぱりこの顔の蔭りは気に喰わない。
―――――袖を破ってまで私の手当てをしてくれてありがとう。 助かったよ。
「へ? え、えぇ、いや・・・まぁ。」
礼を言われるとは思っていなかったのだろう。
・・・・というか流石に少々唐突過ぎたか・・・。
まぁいい。
―――――何か礼をしたいのだが・・・何か望みは無いか?
「な、何言ってるのよ、あんたはあたしを助けてくれたんでしょ? 命の恩人じゃない。」
・・・あれ?
という様な顔をする。
―――――そうか、しかしそれでは私の気がすまないな。
「え、ちょっと待って。」
頭を抱えながらうんうんと唸る。
「え~、襲われて・・・・一匹の妖怪が助けに来て・・・・・・・・・・これって!」
私の顔をまじまじと見る。
「・・・・・もしかして・・・・・・」
気付いたか、では―――
―――――ふむ、これでは礼にはならないかな? 結構綺麗と評判なんだが。
そういって、髪の毛を一本引き千切る。
そっと手渡し、にっこりと微笑みかけてやる。
「・・・・・・・あんた・・・・もしかして神さ・・・」
―――――いや、ただの人間好きの妖怪さ。
「ありがとう・・・・これであたし村に帰れるわ・・・」
―――――ほう、気に入ってくれたか。 そいつは良かった。
飄々と答え、笑い飛ばす。
「・・・・・」
―――――ん? どうした?
「うぅん、別になんでも! ありがと! あんたの事は忘れないよ!」
―――――笑顔・・・・。
「・・・え?」
あぁ、何でだろう、どうして人間の笑顔はこんなにも、心を暖めてくれるのか・・・・。
―――――その笑顔は忘れないでくれよ・・・・・。
瞳を覗き込む。
・・・・・・・
―――――どうして瞳を隠す?
「いや・・・なんとなく。」
・・・勘のいい子だ。
―――――すまないな、手を下げてくれないか?
「なんでよ。」
ちょっと怒ったような声。
―――――お前の記憶を消さなくてはいけないからだ。
「・・・・・やっぱりね。 そうだと思った。」
・・・驚いた。 そこまでわかっているのか。 賢い子だ。
「あの巻物の字。 お父様の字。」
あぁ、その通りだ。
「お父様を助けてくれたのは・・・あんた。」
あぁ、その通りだ。
「でも、お父様は神様なんか信じてない。」
あぁ、その通りだ。
「神様なんだもん。 お父様の記憶を消したのもあんたでしょ?」
あぁ、その通りだ。
「・・・どうして?」
―――――・・・・まぁ、教えてもいいか。 どうせ消す記憶だ。
「消されないわよ。」
・・・・・・・
苦笑して座り込む。
―――――ほら、お前も座れ。
草の絨毯をぽんぽんと叩く。
「・・・・うん。」
―――――それじゃあ話してやるとしようかな・・・・・。
巻物の終わりは覚えているな?
あの後、お前の父は懲りもせず竹林に現れた。
嗅いだ事のある香りに惹かれて行ってみると、案の定お前の父が、あの場所―――
―――お前の父を助けた場所だ。
で、どっしりと構えていたよ。
「どうした? 道に迷ったか?」
私が訪ねると。
「結婚してくれ」
と言ってきた。
・・・まぁ、そう驚くな。 私だってその時は驚いたさ。
「あれ以来、貴方の事以外を考えられなくなってしまった。」
―――――・・・・そんな事・・・・知らない・・・
「後生だ。 俺と・・・結婚してくれ!」
・・・・・・・
・・・続きが気になるか?
だが教えてやれんな。 こっ恥ずかしい。
簡単に説明するとだな。
お前の父は愛して欲しいと言った。
だが、私は愛してやる事が出来なかった。
私は人間が好きなんだ。
お前の父が好きな訳では無い。
・・・あぁ、そんな顔をするな。 勿論、普通の人間よりも好きといえば好きだったさ。
だが、お前の父が世界で一番私を愛してくれても、
・・・・私は、お前の父の事を、「好きな人間」の一人としてしか見てやれないんだ。
・・・だから断ったんだ。
お前の父は本当に出来たヤツでな。
ぺこりと頭を下げると・・・・・
「困らせてすまなかった。 俺はあんたの好きな人間らしく、普通に暮らす事にするよ。」
と、清々しい笑顔で言ってのけた。
・・・危なかったな、あの後に求婚されてたら断りきれたか怪しいもんだ。
・・・・そうしてしばしの時がたった。
お前の父は竹林には神がいる。 皆で崇める様に。 と人々に言ったんだ。
・・・アイツは悪気があった訳ではない。
だが、村人はこぞって私に頼りはじめたよ。
やれ、雨を降らせてくれ。
やれ、作物をとらせてくれ。
やれ、戦に勝たせてくれ。 ・・・・とな。
愚かなのは私だ。
好きな人間に頼りにされて舞い上がっていたのだろうな。
持ち得る限りの知識を使って願いを叶えてやったよ。
そして・・・・
ある日、お前の父は言ったんだ。
「神様・・・もうこんな事は終わりにしましょう。」
それはそれは、とても悲しそうな顔でそう言ったんだ。
「いままで、本当に、本当にありがとうございました。」
―――――いままで? 一体何を言ってるんだ。 私はこれからもお前達の味方だ。
「いいえ・・・・、このままでは私達は駄目になってしまいます。」
その言葉で初めて目が覚めた。
私が良かれと思ってやっていたことは、その実、只の独善だったんだ。
・・・・親が、敢えて子供を叱る様に、私もそうあるべきだったんだ。
私は子供を甘やかせて育ててしまったが故に、子供は力の無い大人に育ってしまった。
お前の父は言ったよ。
「神様、最後のお願いです。」
―――――・・・・なんだ、聞ける事なら聞こう。
「私達の記憶から、神様を消して下さい。」
・・・・そして、お前の父は泣き崩れたよ。
「貴方がどれ程、私達を愛して下さったかは重々承知です。
手前勝手な下衆と罵って下さいませ。」
あぁ・・・私は泣いたよ。
泣かずにいられるものか。
・・・? 何故泣いたかって? ・・・そのくらいは自分で考えろ。
・・・・そうだな、お前の父は私の生涯で最も愛した人間と言っても過言では無くなったよ。
・・・・・そして
私は村人の歴史を隠した。
・・・・・そう、もう誰も私の事を覚えていなくなったよ。
その代わり、嬉しかった事はたくさんあった。
・・・・作物が不作だった年は、皆、見ていられない程に落ち込んでいたよ。
どう思われようが手助けしてやれば良かった、と後悔したもんだ。
しかし、次の年はどうだ?
皆が皆、手を取り合って、己が偉業を褒め称えあった。
・・・・その時の笑顔は今でも忘れられんよ。
そして・・・・
あぁ、これは言うべきかな?
む、困った。
・・・・・・・
あぁ、わかった。 言うから落ち着け。
・・・お前の父が私の髪を取っておいてくれた事だ。
考えてもみろ。
もし自分が父の立場だったら・・・と考えてもみろ。
取っておくか? そんなもの。
巻物には間違いなく自分の字。
しかしそんな記憶は何処にも無い。
・・・・・取っておくか?
お前の父はそれを取っておいた。
・・・・それは・・・・何より嬉しかった。
・・・・・
あぁ・・・・・そうさ・・・・嬉しかったんだ。
「・・・泣かないで神様」
―――――泣いてなんかいない。
「・・・・そうだね。 ごめん。」
そう、私は泣いてなんかいない。 良かったんだ。
皆笑顔なんだ。
取っておいてくれて嬉しかったんだ。
何故泣く必要がある?
両の目から零れ出るモノは気のせいだ。
皆が喜んでくれてる。
それの嬉し涙に違いない。
「・・・お父様が好きだったの?」
―――――馬鹿言え。 嫌いだ。 あんなヤツ。
「・・・・・本当に・・・人間が好きなのね。」
―――――・・・・・・うん。
「・・・・我慢しなくていいんだよ。 神様だって泣いてもいいんだよ?」
――――― ――――――――――――
「うん、わかってる。 神様。 偉いね。」
―――――・・・・!!!
抱きしめる。
感情が制御できない。
悲しさ、嬉しさ、愛しさ・・・・・・・
私は・・・・・泣いた。
―――――寂しいよ・・・・・
「うん、寂しかったんだね。 神様。」
・・・・やさしくやさしく抱きしめてくれた。
「・・・・さよなら・・・・神様。」
私が泣き疲れ、己が失態を恥じてからしばしの時がたち、その言葉を耳にした。
―――――そうか、ではこちらを向け。
「イヤ。」
―――――・・・・私は今までもそうしてきたんだ。 私の存在は誰にも知られてはいけない。
「ぜっっっっったいにイヤ。」
―――――我侭を言わないでくれ・・・・
「神様はそれでいいの?」
怒った様にこちらを睨む。
・・・・・そんな目で脅したって何の効果も無いぞ。
―――――あぁ。
「ウソ」
―――――嘘じゃない。
「ウソよ、そんな嘘吐かないで。」
―――――嘘じゃ・・・ない。
「そんなの絶対に認めないわ。」
―――――
「なんで私達だけが幸せにしてもらわなくちゃいけないの?」
―――――え?
「一人くらい・・・たった一人くらい神様を幸せにする人間が居てもいいじゃない。」
―――――私はお前等の笑顔が見れるだけで十分・・・・
「駄目。」
―――――
「そんなの公平じゃないわ。 私達は何もしてあげてないもの。」
―――――
「だから私は覚えてる。 神様が寂しくならない様に覚えていてあげる。」
―――――お前・・・・
「寂しくなったら遊びに来て。 ・・・・・うぅん、あたしが毎日でも遊びに来るわ。」
―――――
「我侭言うな。 って言ってたけどさ。 ・・・・神様。 我侭言ってよ。」
・・・・・・
なんという・・・・・・
―――――くそ・・・また私を泣かせる気か・・・・
「うん。 泣いて。 ・・・甘えていいよ。」
―――――小娘が・・・・・
駄目だ。
こいつには何を言っても通用しない。
―――――仕方ない実力行使だ。
「え・・・・?」
―――――お前が皆に公言出来ないようにしてやる。
「ちょ・・・・嘘でしょ!!」
―――――嘘じゃない。
そして私は小指を絡めた。
「・・・・・・・え?」
―――――約束だぞ。
ゆーーびきーーりげーーんまーーん うーーそつーーいたら はーーりせーーんぼーーん のーーます
―――――ゆーびきった。
「・・・・・・・」
―――――約束だ。
・・・・・
風が吹き抜けた。
「うん・・・・約束だね。 ・・・・やぶれないや。」
「神様・・・・・さようなら。」
極上の笑顔。
―――――あぁ、さらばだ。
・・・・・
・・・・・
「間違えた。」
?
「神様・・・・・・また明日。」
・・・参った。 更に極上の笑顔。
―――――あぁ、また会おう。
駆けて行く。
右手に私の髪を持って駆けて行く。
どんどん遠くに行ってしまう。
・・・・あぁ、明日にまた会えるというのに。
・・・・・もう一度だけ言葉を交わしたい。
―――――おーーい。
くるりと振り返る。
「どーーしたのーーーー?」
―――――約束だからなーーーーーー。 誰にも言っちゃ駄目だぞーーーー。
「わかってるーーーー!」
―――――もし言ったら・・・・・・・
「・・・・言ったらー?」
―――――嫌いになっちゃうぞーーーーー。
「そんな事させるもんですか! ばーーーーか!」
文章から伝わってくる雰囲気が良い
そして心温まるお話、ぐっじょぶ
ほぼ全編対話形式、心情が伝わってくる。
戦闘のシーンは読んでいて光景が脳裏に展開されました。(妄想しすぎ
この慧音の話、GJです。
正に「優しい歴史」の隠し方であり、どこまでも優しい「歴史の隠し方」。
人も、妖も、その行方の違いこそあれど、優しさの質に変わりはなく。
程好いボリュームで、しっかとその優しさに浸ることが出来ますね。
面白く拝読いたしました。
慧音が出てくるSSにおいて、妖怪の扱いは悪役、やられ役の位置にいる事が大抵だったので、今回は一瞬ハッとさせられました。
そして後半部の溢れんばかりの優しさ、暖かさ、それをそのまま残す読後感……良いモノをありがとうございました。
良いお話ですねぇ・・・最後までケーネ様はケーネ様らしかった。
とにかくGJでしたー(´ω`)b
続編も期待しております。
>>「一人くらい・・・たった一人くらい神様を幸せにする人間が居てもいいじゃない。」
ここの部分で涙腺決壊。名前こそ出ませんでしたがリグルもいい味出してましたね。
GJです。
強者の心の隙間+少女の笑顔=これが恋というものか・・・
もう少しボリュームがあったら村人の慧音さん迫害的シーンもあったか
もね、それで感動後押し+人間の2面性表現=あれ、その角はなにかな?
前半の妖怪との闘いといい、中盤の子供との知的で、そして暖かな言葉のやり取りといい、見事としか言い様が無い。
慧音のSSで驚かされたのはこれで3作目。
いかに慧音という存在がファンの中で愛されているかが判ります。
100点のSSと言う物は無いと考えているので、点数は気にしないで下さい。
次回作が公開されれば是非目を通すつもりです。
胸にきゅっ、ぐっ、ふわっと凶悪コンボの入った1級品でした。
慧音のひたむきさ、少女や彼女の父親の人間としての優しさや苦しみが心を打ちます。
二人が一緒にいた歴史を消そうとする慧音と、自分とそれ以上に慧音自身の幸せの為に抗う少女。
思いが伝わる、わかりあうっていうのはきっとこういう事からなんだろうな、と思ったりなんかして。
‥‥うわ何この似非マジ感想?!
あ~、駄目だ。らしくない。
何はともあれ、ごちそうさまでした。
優しさのひとつの、そしてさまざまなカタチを見せてもらった気がします。
あんたは最高だ!!
あんたは最高だ!!!
あんたは最高だ!!!!!
慧音の自分と人とにスタンスを取って人を見守ってきた、その生き方。
蟲の長として、カリスマ見せてくれたリグル。
そして、慧音の心の隙間を埋めた女の子。
体の芯からぽっかぽかです。
俺も、けーねに守ってもらえる様な人間にならないと」。
GJ!ディモールト!マーヴェラス!
優しいssをありがとう。
父親や娘のキャラもいい。
やさしい隠し方だ・・・
やさしいお話でした。