Coolier - 新生・東方創想話

東方黎明譚(A)

2005/01/20 03:38:28
最終更新
サイズ
12.66KB
ページ数
1
閲覧数
777
評価数
2/55
POINT
2630
Rate
9.48


 境内の方からは、盛大な音が響いている。
 今までの宴会にはない騒がしさが、あちこちの樹を揺らして花を散らしている。
 それは、ある意味で美しいかも知れなかったが、巻き込まれる方はたまったものではあるまい。
 だったら、切り抜けるほどの強さを持たない者達の取る唯一の方法は至極単純で。
「……やれやれ。まだ来たばかりだというのにな」
 酒も飲めずに席を外す羽目になった古道具屋『香霖堂』の店主、森近霖之助のようにその場から逃げることだった。


/Answer,another


 普段はあまり自分から腰を上げることの少ない霖之助だったが、相当古い、珍しい酒をあの霊夢が振舞ってくれるということで、それでツケの分が賄えるのではないかとの算段でやってきたのだが、結果としてはこの通り。普段よりも派手になった宴会は弾幕ごっこと言う名の大規模砲撃制圧戦闘も呼び寄せてしまい、身の安全を図るための戦略的撤退を実行する所に相成った。弾幕ごっこに耐えられるほど、彼は頑丈ではないのだ。そこそこ長く生きているとはいえ。
 そんなわけで、こうして石段を下ってぶらぶらと林の中を歩いているのだった。もちろん特に当てもないのだが、無縁仏に出くわすかも知れない、という算段は少々ある。ここはもっとも境界に近い場所なのだから、別にそういったものが落ちていても不思議ではない。遺骸を落ちているというのは不謹慎かも知れない。
「……おや?」
 一分にも満たない時間、散策を楽しんでいると、ひときわ開けた場所に見知った顔が腰掛けているのに気づいた。
 間違うはずもあるまい。このあいだの冬に燃料の世話になり、引き換えに手に入れたばかりの音楽を携帯する道具をもっていかれた、日傘を差した紫色の妖怪だ。
 さくりと草を踏み分けて広場に入室すると、妖怪――紫もこちらに気づいたようで、柔和な笑みを浮かべて軽く手を振ってきた。
「ごきげんよう。あなたも酔い覚ましかしら?」
「いえ、単に騒ぎであぶれただけですよ、紫さん」
 さん付けなのはまだそれほど親しくしていないことからくる遠慮なのだろう、霖之助はそう答えて石の上に腰掛ける。ちょうど良い高さだった。
「まあ、あれだけ暴れていれば、仕方ありませんわね」
 ころころと楽しげに笑っている姿からは可憐な少女という印象を受けるが、例によって彼女は見た目で判断すると火傷を通り越して炭化する程度の能力の持ち主で、幻想郷では最強の部類に入る、という話を聞いていた。ツケばかりの常連客ではない方からだ。
「ええ……それにしても不思議だなぁ。今までの霊夢は自分から誘ってくることはなかったのだけど」
「そうね、でも別にいいんじゃないかしら。ねえ、そこの貴方もそう思うでしょう?」
 唐突に、紫は森の奥、薄暗くてよく見えない場所を指差して、何者かに声をかけた。
 がさっ、という音。霖之助には、その姿が見えない誰かが驚いているように思えた。
「ほら、もう隠す必要もないでしょう。そろそろ種明かしの時間よ」
 種明かし、という言葉が霖之助の心に引っかかる前に、彼女は姿を表した。
「おや、君は――?」
「あ、はい、こんにちは…………」
 どこか恐縮したような面持ちで、その少女はぺこりとお辞儀をした。
「名前はまだないのだけれど、私はまーちゃんとか呼んでるわ。知り合ったのはつい最近で……そうね。単刀直入に言って冬の事件の発端よ」
「あ、あの人前でまーちゃんは恥ずかしいので……」
「……え、彼女が?」
 まーちゃん云々はとりあえず取り置いて、霖之助は目を丸くした。

 冬の事件。それは、霖之助の記憶にも真新しいことではあった。何でも霊夢が暴走したようなことになったとか何とか。理由は結局わからずじまいだったが、とりあえずいつものように無事終結したということだけは魔理沙から聞いていた。ずいぶん派手にやらかしたらしく、八卦炉の修理を頼まれたのだ。
 そういえば、大体そのころから霊夢はずいぶんと社交的になったのではないかと、霖之助は思い当たった。

「……そうですか、彼女が。でも霊夢からは話は聞いてなかったな」
「そりゃ言いたがらないわよ。ある意味で恥ずかしいことですもの」
「……恥ずかしい?」
「うふふー」
 聞き返すものの、にこやかに笑うだけで受け流されてしまった。
 一応、魔理沙からほとんどの話やらなにやらは聞いているものの、肝心な部分はぼかされている。問いただすと、魔理沙も白々しく話題を逸らすし、霊夢は黙秘権完全行使状態になってしまい、全くわけがわからないと霖之助は内心肩をすくめたものだった。
 が、
「まあ、大してこだわるほどのことでもないのですけど。彼女の力に引っかかっただけ」
 いきなり本質を引き当てたような発言に、一瞬意識が静止した。
 力に、引っかかる。
「……待ってください。それはどういうことなんです。それに、彼女の力とは」
「え、えーと、人の考えを悪い方向に傾ける……いわゆる『魔が差す』を操る程度の能力ですけど」
「ああ、ありがとう。……えーと……まーちゃん」
「あー、変な名前で覚えられちゃったじゃないですかー!!」
「うふふふ、いいじゃない。真名なんていうのは自分だけが知っていればいいのよー」
 親切なことに、まーちゃん(仮名)が代わりに答えてくれた。名前に対しての抗議は、つつきだすと際限がないので申し訳ないが無視することにした。
 人は、ふとしたことで罪を犯す。普段どれだけ意識しようと、それを回避できない瞬間がある。それが、魔が差したということだ。
「……つまり、霊夢は」
「そう。知らずの内に抱えていた不安。それを解決するために、もっとも最速で、短絡的で、やってはいけないことを選んだの。まあ、無事何とかなったけどね」
 彼女が不安だったなどというのは初耳だったが、後はおおむね霖之助の推量と一致している。
 ただ、そこには矛盾がある。
「けれど、彼女の力が何であれ、霊夢があっさりと転んでしまうのはおかしい」
 霖之助は立ち上がった。予感が、確実に的中へと向かっている。
「……一応、博麗の巫女がどういうものかは知っている。役割は調停者で、心はあくまでも中庸。どんなものにも左右されず、ただ自分の見たままで判断ができる。それが多少誇張されているとしても、その在り方は歪むはずが――」
「その通り、意外と知識人ですのね貴方。そう、彼女達はそのために張れないはずの結界を張る術を得ていた。心の結界、他者を縛らないための自分にかける鎖を。
 ……けれど、それは必要のないものだった」


「だから、貴方は」
「そう。彼女の結界を緩めたのは、私よ」
 そう言って、紫は微笑んだ。
 それはどこか、旅立つ子供を見送る母のようにも見えた。


「もちろん、意味がなかったわけでもないの。長いこと博麗と付き合ってきてるけれど、あの子が一番大変よ。何しろ、未だかつてなく踏み込んできたのがたくさんいるもの。それが、彼女の信じてた生き方に揺らぎを作り始めたのね。別に、外の世界を鑑みると博麗の役割なんてもう半分くらいはなくなっちゃってるのだけど、やっぱり急激な変化は誰にだってつらいもの。それを我慢してたら……あの時よりもっと酷かったかもね。爆発する感情の力はだいたい溜め込んできた量の二乗程度になるわけですし」
「だから、あえて火をつけたと?」
 一応、理屈として考えると理解はできなくもなかった。
 例えば、子供の内に引いた風邪と大人になって引いた風邪とでは重さが違う。だから、あえて子供の内に掛かっておけば、大人になった時には引かないか引いても軽くてすむ。
 つまりは、そういうことだろう。先に伸ばすより、今引き起こして容易に解決させる。
「ええ。後はぱっと散るのを待つばかり。もうちょっと掛かると思ったのだけど、まーちゃんのおかげでずいぶん早く終ったわ。おかげでまだ弱いうちに解決できたから」
 いつの間に近づいていたのか、紫はそういってまーちゃんの頭を軽く撫でていた。
「だ、だからそれは……」
「……ところで、まーちゃんって何ですか?」
「魔が差すの魔。だからまーちゃん」
「……なんだか話の腰が折れてしまいそうになるので、僕からもお願いします。それで呼ぶのはちょっと」
「あらら、ずいぶん不評なのね」
 まるですねるように、紫はよよ、と少し大げさに泣いてみせた。もちろん泣き真似であることに疑いはない。
「ともかく、だいたい顛末はわかりました。……ただ」
 これであの事件の裏語りは終った。
 しかし、まだ一つ、些細だが重大なものが残っている。
「……一つだけ、解からないことが」
「あら、何かしら?」
 もう語るべきことはないだろうに、といった表情で紫が首を傾げる。




「どうして、霊夢なんです?」




 紫は、何も答えなかった。代わりに、日傘を傾けて、空を仰いだ。
「……どうしてそう思うのかしら?」
「必要がないのであれば、もっと早く手が打てたはず。それが、なぜわざわざ何代も重ねた後に行うのか、という点に疑問があるのです」
 淡々と、霖之助はあらかじめ用意してあったように答えた。
 ここからは、彼女たちへの想いは抜きで、純粋に自己の探究心からの質問だった。
「それまでに問題がなかったから、じゃ答えにならないかしら」
「残念ながら。……これは推測ですが、貴方はその問題を知らなかったのでは?」
「あら、どうして?」
 再び、紫は聞き返した。瞳は、空の色を追っている。
「最初に答えたとおりですよ。必要がなく、将来的に幻想郷を危機にさらすことなのであれば、未然に防いでいる。霧も、冬も、月もそうだった。特に月は、欠けた月によって妖怪が狂いだす前に収束していた。知っていたなら、博麗の鎖もまた解いていたはずです」
「そこそこに強引な話ね。でも、筋は通っている」
 顔を下ろして、苦笑。だが、否定はしなかった。
「ええ。推測まじりであることは認めますが、やはり疑問は残ります」
 霖之助は、やっと言い終えて、息をついた。緊張で息を止めていたために、やや呼吸が苦しい。やはり、本人に問いただすのはそこそこ労力が必要だった。
「まいったわ……これは、答えないと駄目かしら」
 困ったような笑いを浮かべると、紫は少し離れて、先ほどまで座っていた石に腰をおろした。

「……そうね、確かに博麗の在り方の危うさは知らなかったわ。代を十と三つ重ねる前までは」
「十三? しかし、それは」
「結構記録はいいかげんなものよ。霊夢は本当は十五代目くらい」
「……そうですか」
「……結界の管理者である私と、幻想郷の調停者である博麗は、それこそ長い付き合いがあったわ。互いに敬し合い、監視し合う程度には」
「……監視。何故見張る必要が」
「幻想郷は、思っているよりも安定していないの。少しでも均衡が崩れれば、それこそおわんの具を引っくり返すより簡単に台無しになってしまう。だから、一番力のあるもの同士がその均衡を崩さないように監視し合う。ある意味では暗黙の了解に近かったわね。
 ……そうして、私と博麗は幻想郷を見守っていた。十三代目までは」
「……十三代目に、今回と同じことが?」
「そう。でも規模は段違いで、それでいて誰も知らないことよ。
 ――あの時は、恋だったわね。相手が悪かっただけ、なのだけど」
「相手が?」
「ええと、あまり聞いて欲しくないのだけどやっぱり言わないと駄目かしら。……私よ」
「……冗談でしょう?」
 思わず出してしまった言葉に対して、紫は半眼を向けると、どこか非難がましく告げた。
「あら、古き時代の西方では同性愛がもっとも美しい愛情であるとされていたわ。……別に悪い気はしなかったけど、私は丁寧に断ったわ。これまでの在り方として。
 ……なるべく気を使ったつもりなのだけど、それは私の見込みが甘かった」
「……霊夢と同じ状態に?」
「そう、私のせいで宙ぶらりんの思いを抱えてしまったの。勢い余ってうちあけて、でも断られて、いつも通りの生活に戻ろうにも一度壊してしまったものは直らない。そして、自ら放棄した博麗の在り方が罪として重く圧し掛かっていった。
 ……そういう意味では、伝統は悲劇ね。必ず誰かを苦しめてしまう」

 ずっと、感情を交えずに続いていた応答を一旦切ると、紫はふと背を向けてしまった。
 そこからの声は、より静かになっていた。モノクロームの色彩を連想させるような、もの悲しさを秘めた無感情。
 哀しんでいるのだと、霖之助は悟った。理屈でもなんでもなく、ただ直感として。
「そして……反転した力は私が結界を張ることで幻想郷に溢れることはなかったのだけど。結局それを押さえきれず――彼女は私を壊してしまう前に、自害してしまった」
 もはや、相槌を打たず、霖之助は目を伏せて、ただ聞いていた。
 悲しみの共有、つまりは同情。それに意味がないことは知っていたが、それでもまるで自分の胸が締め付けられるような錯覚を感じる。
 罪深いことをしてしまった、と霖之助は思った。
「それからは、私は極力博麗からは身を置くことにした。別に血で世襲しているわけじゃないから次の代はすぐに見つけられるし、なにより私のことは伝わらずにすむ。本当に必要なときだけ、私は力を貸した。それも、姿を見せない裏方としてだけど」
 終わりが近いのか、紫は振り向いて、再び石に腰掛けた。その表情は夕暮れに似た、切ない微笑だった。
「けれど、それが出来たのも一代だけ。幽々子が私のこと言っちゃったから。それで、久しぶりに顔をあわせて思ったの。私はただ隠れているだけだった、って」
 それを語ると、表情が苦笑に上書きされて、やがて元の穏やかな微笑に戻った。底の知れない、しかし優しげな。
「だから、とりあえず行動することにしたの。霊夢の友達には大変な思いをさせちゃったけど、ね」
 そこで、静かな、不快でない沈黙が訪れて、話の終わりを教えてくれた。
 霖之助は腰を上げると、静かに一礼した。
「お話、ありがとうございます。それと、すみません。辛かったでしょうに」
「いいのよ。もう吹っ切れてるから。そう……霊夢のおかげで」
 笑顔で手を振ると、紫は日傘を持ち直してふわりと浮かんだ。見れば、いつの間にかスキマに腰掛けている。
「それじゃ、先に戻ってるわ。もう随分と静かになったみたいだし」
「ええ……では」
 霖之助が静かに頷いてそれに答えると、紫は唐突に姿を消した。彼女は境界を渡るのだ。
「…………さて、君はどうする?」
「え、あ、え、……あ、私ですか?」
 ほとんど置いていかれた子供のような表情で立っていたまーちゃ、もとい名無し妖怪は慌てて霖之助の方を向いた。
「ああ。このまま帰るか、それとも宴会に参加するかい?」
「……でも、私は」
「霊夢達は気にしないよ。過去もしがらみも気にしないで付き合えるのが彼女たちだ」
「……じゃあ、行きます。やっぱり私からも言っておかないといけないことがありますし。謝ったりとか」
 まるで覚悟を決めたような面持ちで、答える彼女。その様子に苦笑しながらも、霖之助は言った。
「うん、そうだね。……じゃあ、戻ろうか。僕もツケの分くらいは取り返さないと」
 人間と妖怪の珍しい組み合わせが、広場を離れていく。
 後は静かな草の音と、桜の花びらだけが残っていた。







「紫様」
「あら、藍ったら聞いてたの?」
「聞かせてくれるといったのは紫様です」
「あ、そういえばそうだったわね~」
「……それで、その」
「いいのよ。こういうのは下手に言葉を尽くしても仕方ないわ」
「そうですか。でも、何故あの人間に?」
「それは、本当に気まぐれよ。口も堅そうだったし」








 これで全て終りました。世界爺です。
 正直、この辺りは妄想全開なので信じないで下さい(死
 ぶっちゃけゆかりん陰の主役みたいになりました。
 もともと構成力のなさで書ききれなかった伏線回収らしきものと、ちょっとした補完としての回ですから、異様に説明が長かったりします。ごめんなさい。
 今思えば、これだけ長編を書くのは初めてで、しかも人様の創造物をモチーフにするという暴虐をよくもまあ出来たものだと(毬藻様天馬流星様名無し様ごめんなさい)

 ともあれ、これで本当に最後です。
 飽きず見捨てず諦めずに読んでくださった皆様、感想を頂いた皆様、本当にありがとうございました。

 ※誤字脱字改行等を修正しました。
世界爺
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.2440簡易評価
40.100とこ削除
これは…掛け値なしに、本当にすばらしい作品でした!
41.90名前が無い程度の能力削除
これほどの作品に今まで目を通してなかったなんて・・・
素晴らしいです。
EX霊夢、霊夢×魔理沙の絆を堪能しました。