霊夢の誤解を解けないまま、私は次の朝を迎えた。人形たちのいる棚を見る。昨日姿を消した人形はやはり戻ってきていない。霊夢を襲ったとき、きっと結界の隙間に落とされてしまったのだろう。他の自律した会話・思考能力を持つ人形が心配そうに仲間たちの事を私に尋ねる。私は「きっと戻ってくるから安心して。」としか言えない。霊夢はそのうち返してくれるだろうか。それとももう無理だろうか。やはり悪魔が住むといわれる深紅の館、紅魔館に行って、やり直す術が無いかたずねてみようと思う。
出発の前に、私が必要なときだけ動かす人形に、今日訪問させて欲しいとの旨を書いた手紙を持たせ、先に向かわせた。返事は来るだろうか、失礼だが例え来なくても行くつもりだ。
半時間程たち、人形が返信を持って帰ってきた。今日は夜以外いつでも訪れてよい、という返事だった。
悪魔の館と言う割には、意外とおおざっぱなんだな、とちょっと笑う。手紙には、赤の他人に向けたメッセージなのに、こんなに丁寧に訪問の許可を求められたのは初めてだ、という喜びに満ちた文面がこれでもかこれでもかとつづられている。永い間来客がなく、寂しかったのだろうか。それとも来客は頻繁に来ることは来るが、よほど「招かれざる」と言う言葉が頭につく者ばかりなのだろうか。と考えていても仕方が無いので家を後にする。
「アリスさんですね、紅魔館へようこそ。私は門番を務めている紅 美鈴といいます、あんなド丁寧に入館許可を取らなくても良かったんですよ。でもちょっと嬉しかったなあ。みんなわたしを無視してはいっちゃうんですよ、とくに魔理沙さんときたらもう・・・、勝手に来ないでくださいといくら言っても、弾幕に訴えて突破されるし。」
渡し舟も橋もない湖を越えて、真っ赤な洋館にたどり着くと、あっさり中に案内してもらう事ができた。この門番さん、よくみると服や帽子や髪の毛の一部が焦げ、身体にもいくつか包帯が巻いてある。やっぱりあいつの仕業ね、とため息がでる。もうちょっと洗練された行動をとれないものかしら。美鈴さんというこの門番さんも上からいろいろ言われて大変だろうな。と思ったところで、わたしの視線に気づいた美鈴さんが答える。
「あっ、このやけどですか、大丈夫ですよ、何度もやられているうちに免疫ができましたから。」
外傷にも免疫があるのか、それに何度もって・・・。確かに、あいつの男言葉には、本当は繊細で、傷つきやすい心を守るためじゃないのか、と思える時がある。しかしその一方で、それでもやっぱりあいつの本質を体現しているのだ、という風にも感じる事があるから不思議なのだ。もし霊夢との仲を取り戻せたらこの人(?)には治癒の魔法薬をプレゼントしてあげようか。
「こちらが図書館です、パチュリー様にもご来訪を伝えてあります。」
「ありがとう美鈴さん、でも門番が持ち場を離れていいの?」
「少しくらいなら大丈夫です、部下がいます。それにアリスさんがあまりに丁寧なやり方で来たものですから、嬉しくてつい。」
よっぽどひどい入り方をしているのか、あいつは。
「そう。あと私を呼ぶならアリスでいいわ。」
「じゃあアリス、私のことも美鈴と呼んでください。」
「ありがと、美鈴。」
けっこう好感の持てそうな人だ、思えば、霊夢と出会ったのも、思い切って外出してみた先でのことだった。いままでにもこういった、誰かとめぐり合うチャンスがあったのかも知れない。それを私は自ら捨ててきたのだろうか? と自問自答しているうちに、図書室の入り口が見えてくる。では、と彼女は一礼して去っていく。
大きなドアを開け、ヴアル魔法図書館に入ると、そこには、この世にいかなる天変地異が起きようとも、ただひたすら知識を吸収する事に専心する、ピンクのネグリジェの姿があった。
この図書館の主、パチュリー=ノウレッジは、安楽椅子に腰掛けて本を読んでいた。その横に立ち、できるだけ冷静に言葉を選んで挨拶する。
「私、アリス=マーガトロイドと言います。いきなりで悪いのですが、パチュリー様に魔法の事で相談したいのです。」
「・・・」 返事が無い。
「ぶしつけだとは思います。でもどうしても知恵を貸して欲しいの。代償は何でも払います。」 前より感情がこもってくる。
「・・・」
「あの。」
「す~す~」
寝ているし。まあいくらなんでも24時間本を読みっぱなしと言う事は無いだろう。仕方が無いので起きるまで待つ事にする。
「むにゃ、まりさ~ まって~」
ごがっ
机に頭をぶつけてしまう。静かな図書館に似合わぬ音が、盛大に響いた。
「痛っ。私とした事が、えっ?」
私に気づき、「見たのか?」と言いたげなジト目でこちらを見てくる。本人にとって痛いトラブルほど、他人の目には意外と笑える光景だったりする。思わず口をふさぎ、視線をそらす。
天使のように柔和な顔で、しかし地獄の底からうめくような声で、彼女が言った。
「今 、笑 っ た で し ょ ?」 スペルカードを取り出す。額から血を流しながら言うのが余計怖い。
「と、くだらない冗談は置いといて、見慣れない顔ね、で何の用?」 気を取り直して、パチュリーが殺気のとれた笑顔で聞いてきた。私はずっこけながらも今までの経緯をすべて打ち明けた。私が好意を抱いている人がいて、突然の出来事で誤解されてしまった事。そして、いかなる代償を払う事になろうとも、時間をさかのぼってやり直す魔法を見つけたいと言う事を、ときどきつっかえつっかえながらも話した。後から思い返すと、今回の出来事ほど、状況を誤解なく説明する難しさを味わった事はない。都会派魔法使いを自称しておきながらなんという有り様だろう。それでも何とか言いたい事を飲み込んでもらえると、妙に人間くさい七曜の魔女は言う。
「そう、どうしてもと言うのなら、あなたの願いをかなえてあげなくもない。でもこれだけは聞いて、過去にさかのぼってやり直す魔法はとんでもなく難しい。時を操るうちのメイド長でももちろん無理。あの歴史を喰う半獣も、あくまである出来事をあらゆる記録、あるいは記憶から「無かった事」に出来ると言うだけで、最初からやり直しているわけじゃない。歴史に干渉した事により、あなたがどんなリスクを背負うかは未知数と言わざるを得ない。どんな代価を払ってもいいとあなたは言ったけれど、この世自体を変えてしまう行為を、果たして歴史、~神と言い換えてもいいわね~、が許すと思うかしら?」
「でも私は歴史そのものを変えようというわけじゃないんです。」
「例えあなたが、その過去の時間に転移して、何もせずこの時間へ戻ってきたとしても、いるはずの無い時間と場所にあなたが一瞬でも存在した、それだけで全宇宙の歴史が変わった事になる。仮にただその世界の酸素分子をひとつ呼吸しただけだとしてもよ。わずかな変化が、また次のわずかな変化を生む、それが次の変化を生んで、気がついたらどうしようもないほど歴史が変わっているかも知れない。それはあなたにとって好ましい変化かも知れないけれど、もっと悲劇的な結末になる事だってあり得るのよ。そして歴史はゆがみを修正するため、あなたの存在を消し去ってしまう可能性もある。リスクと言ったのはそういうことよ、代価として血とか魂を求めますなんてレベルでさえない。」
さっきとはうって変わって、深刻な表情で彼女は説明した、それは初対面の私の話しでも、真剣に聞いてくれる誠実さを示すと同時に、その魔法が極めて困難を伴うものだと言う事の証明でもある。それでも私はやり直したい。もう一度霊夢と笑いあう時間を取り戻したい。彼女の笑顔に包まれていたい。そのために、私が私でなくなろうとも。
「わかりました、それでも一度だけ、一度だけでいいからやり直しの機会を与えてください。」
彼女はしばらく考えてから、
「もう説得は無理ね、それなら一緒についてきて。」と言った。
パチュリー=ノウレッジは魔方陣の書かれた小さな部屋に私を案内し、その中央に立たされた。
「言っとくけど、どんな結末を迎えても恨みっこなしよ。」
「はい。」
「あと、私個人への代償は要らない。久しぶりに試してみたかった魔法でもあるし。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ始めるわ。」
そして呪文の詠唱が始まる、自分が習得したものよりも、ずっと古代の言語による呪文に違いない、それを聞いているうちに、視界が白いカーテンがかかったように真っ白になり、眠りにも似た感覚が全身を支配してゆき・・・。
気がつくと私は自宅のベッドで眠っていた。空気の冷たさからして、今は朝だと思う。今までの事、霊夢と仲良くなれたと思った矢先の誤解、そしてパチュリー=ノウレッジに時をさかのぼる魔法について尋ねに行ったこと、それは全部夢だったのか。だとしたらどんなに幸せな事だろうか。
そう思い、あの人形の置いてある棚を見ようとする、が、振り向く勇気が出せない。もし本当に夢だったのなら、あの霊夢にやられたと思しき人形たちは健在のはずだ。でもこれが現実で、ヴワル魔法図書館に行った日から、あの日の朝に向け、いわゆるタイムスリップが行われたのだとしたら。
意を決して、視線を棚の方へ向ける、案の定、例の人形たちは消えている。残りの人形に聞いてみると、朝早く勝手にどこかへ出かけてしまったらしい。やはり時間逆行に成功したのだ。あの時は気づくのが遅すぎたが、今なら間に合うはず、決して霊夢との仲を邪魔させない。
軽く髪と服装を整え、外に向かって飛び出す、もちろん上海と蓬莱も一緒だ。一直線に神社を目指す。湖を渡り、紅魔館をかすめ、小さな神社が見えてきた。しかし何の邪気も感じない。しばらく辺りを見回してみると、がらがらっと音がして社務所の戸が開いた。霊夢が起きてきたのだ。私は慌てて神社上空から飛び去った。恥ずかしいのではない、こんな事は一人で始末をつけたい。
あの人形たちは見つからなかった。ということはまだ霊夢の居場所を見つけられず、どこかを探し回っているという所か?私は湖を中心に、文字通り飛び回って探した。けれどどこにもいない、そうしているうちに、気がついたら自分の家の付近に戻ってきてしまった。募る焦燥感、このままではまた同じことの繰り返しになる。ふと朝の低い太陽が視界に入り、恐ろしい事に気がついた。
しまった、太陽の位置からして、あの時、ようやく私が異変に気づいて家を飛び出したときとほぼ同時刻ではないか。悔やんでも悔やみきれない、今までの時間は何だったのだろうか、これなら霊夢に訳を話して神社で待ち構えていればよかった。しかし。
「いや、まだよ、まだ終わっていない。」 大声で叫んだ。自分を奮い立たせるため。
あのときは余計なトラブルを恐れて紅魔館を迂回したために遅れてしまった。なら今回はまっすぐに飛んでいけばいい。まだ私のほうが有利だ、自分でも信じられないくらい高速で飛ぶ、本気を出せばこんな力が出るなんて考えても見なかった。われながら感心する。しかし、今はそんな場合じゃない。
やがて深紅の館が見えてくる。今日一度上空を飛んだが、だれにも邪魔はされなかった。それにもしトラブルになったとしても、門番の美鈴なら話せばわかってくれるはずだ。こうしてまっすぐ飛んでいけばよかったのだ。しかし、運命はこうも意地悪なのか、気配に気がつき、隣を見ると、私と並ぶように一人のメイド服を着た女性が飛んでいる。手に無数のナイフを持って。
「一体あなた、朝っぱらから紅魔館上空を飛びまわって何のつもりかしら。」
「こことは関係ないわ、今は急いでいるの、邪魔しないで。」
「そうはいかないわ、誰だってこんな魔力全開で家の周りを飛んでいたら警戒するでしょ。」
「美鈴さんはどうしたの?」
「美鈴は風邪をひいて休んでいるから私が代わ・・・ってあなた、なぜ門番の名前を!」
「(まずい、まだ美鈴に会ってないんだった)それは魔理沙に聞いたのよ。」
「うそおっしゃい。さては嗅ぎまわっているな、何の目的かは知らないけど、お仕置きが必要ね!」
ああ、こんな事をしている暇は無いと言うのに、こうなったら仕方が無い、レーザーでけん制して、その間に神社に向かおう、私はさらに加速してそのメイドを追い越した。そして進む方向はそのままで後ろを向き、上海と蓬莱に渾身のレーザーを撃たせる。いつも弾幕ごっこを想定して出かけるときは、イミテーションの上海人形と蓬莱人形を同行させることにしている。もちろんこれは自我はなく、作る弾幕も本物には及ばないのだが、今もっているこれはオリジナル、いつもより強力な弾幕を生みだすことができる。本物を持ってきた事は嬉しい誤算だった。彼女を倒すつもりは無い、ひるませるだけで良い。2発、3発、とレーザーを放つ。己の職務に忠実なメイドは、避けきったもののレーザーのあまりの眩しさに、袖で目を覆わずにいられなかった。
いける、時間操作の暇が彼女に無い事を祈りながら、急に方向転換してやり過ごす、ようやく振り切れたようだ。いつまでもこんな事はしていられない。早く神社にたどり着かねば、と思ったが、神社が見当たらない、どうやら追いかけっこに夢中で方角を間違えたのか、それとも通りすぎてしまったのか。必死に確かめる、あった、かなり遠くまで来てしまった。急いで駆けつけたが、全てが終わった後だった。
悪夢が、繰り返される。
わたしは泣きながら、最初の失敗のように歩いて神社から帰った。あのメイド長さんは、遠くから私と霊夢のやり取りを見ていたらしい。霊夢が「嘘つき」と叫んで(思い出すのもいやだ)社務所にこもってしまった後、神社を訪れ、少し私と話をした。よくわからないが紅魔館とは関係の無いことだと納得してくれたようだった。彼女は泣きじゃくる私を見てばつが悪くなったようで、そのまま飛び去っていった。結局運命は何も変わらなかった。こんなはずじゃなかったのに。
Bad End
パチュリー=ノウレッジ→パチュリー・ノーレッジ
なんからかの続きかも知れませんが読んでないので分かりません。 仕様でしたらすみません