もはや彼女は私の知る彼女ではない
もう元に戻ることの無い二人の関係
自分はやはり一人だと気づいてしまったとき
私の為す行為の意味は無くなってしまっていたのだろう・・
闇夜を切り裂く数多の閃光。いつもは静かな境内に響く死闘の円舞曲。
「邪悪なる魂をくちなわにて縛らん。【神技・八方鬼縛陣】!!」
「我が魂は偽りの蝶、我が肉体は妖の蝶。【魍魎・二重黒死蝶】!!」
視界を埋め尽くすほどの札と妖蝶の群れ。それらは互いを複雑に絡ませあい互いのスペルをより強固なものにし
眼前の敵に迫る。
もはや破る隙も無いと思われるほどの攻撃を前にしてあやめは一枚のスペルカードを展開して、唄うように口ずさむ。
「いこう、虚ろの国へ、隠しの里へ、それは永久、それは常闇・・・」
《怪異・神隠し奇譚》
その瞬間、世界が塗りつぶされた。あれほどの弾が全て幻のように消えうせた。
かわりに、塗り替えられた悪意が今二人の周りにひたひたと近づいてくるのが分かった。あやめの唄はまだ続く。
「沈まぬ陽と共に月は赤い空を巡り、無限の黄昏はひたすらに人の貌を隠す・・・」
唄はどこまでも続く。それに反応するかのように紫達を囲む物の数も増えてくる。
ひたすらに暗い視界の端であやめが手を前に翳し、告げた。
「さぁ、おいきなさい。」
それは魔物の軍団を前に、殲滅を指示する魔王そのものだった。その合図と共に、紫達を囲んでいた弾が
意思を持ったかのようにひたひたと、紫達を飲み込んでゆく。気違いのような弾の数の上に
普段の弾幕ごっことは違う、悪意の塊のような弾幕を前に、二人の人妖も唯では済まないはずだったが
「霊夢、こっちへ。【境符・四重結界】!!」
霊夢は間一髪結界の中に滑り込む。僅かに遅れて結界に数多の弾幕が衝突する。
ガリガリと耳障りな音と共に障壁が削り取られていくが、後一枚と言うところで敵の攻撃が収まる。
紫はスペルを解除してあやめを見る。あやめは既に唄を止め、結界から出てきた二人を見ていた。
「紫、所詮神から零落した貴女では、私には勝てないわ。」
「たとえ私が勝てなくても、他の誰かが貴女を倒すわ。
これは私だけの意志じゃない。幻想郷を愛する全ての者たちの意思よ。」
あやめは紫を睨みつけ、新たなスペルカードを取り出す。
「そう、それなら、せめて最後は楽しませてね。
こうして貴方たちの遊びめいた弾幕ごっこに付き合ってあげてるのだから。」
たしかに、紫とは違い、彼女は人間の器にあるとはいえ中身は神である。
その気になればスペルカードなど無くても複合や連続魔法がいとも容易く出来てしまう身である。
裏を返せば、彼女が手加減している今、隙を見て全力で倒すほか道は無いのだ。
そのためには彼女らの力が要るというのに・・
紫の思考を中断させたのは、澄んだ唄声だった。
「人は現、妖は夢。心は境、血は縁故。あるべきものは、あるべき場所へ。赤い空は赤い地へ・・・」
「紫、上!?」
霊夢に促され上を見る。そこにあったものは・・
「空が・・落ちてくる?違う、あれは・・」
《変質・現世と異界の邂逅》
天上には相変わらず塗りつぶされた世界が広がっていた。そして、赤に染まった空がゆっくりと落ちてきていた。
いや、空を埋め尽くす紅弾がゆっくりと落ちてきていたのだ。その大きさと数はは今までの比ではない。
あんなもの一発でも当たれば命は無い。
「境界は分かたれ、夢は覚め、現は来り、子は還る。肉の絆は現を引き上げ・・・」
あやめが二人に向かって手を翳す。そして、唄の終了と共に腕を今振り下ろさんとしたとき
「おっと、私のことを忘れて貰っちゃ困るね。」
《不死・火の鳥 -鳳翼天翔- 》
突然の襲撃者にあやめはおろか紫達でさえ驚愕する。火の粉を撒き散らし襲い掛かる火の鳥にあやめは顔をしかめる。
炎はあやめを包み、その場を覆っていた異界を焼き尽くしてゆく。
「馬鹿な、いったいどこから・・・」
「最初からここにいたさ。ずっとあんたの隙を窺ってたのさ、なぁ、鈴仙。」
自慢げに胸を反らす妹紅の隣に控えめに手を振る鈴仙がいた。
「く・・月兎の狂気の瞳か・・。」
実はこの二人、紫達があやめの異空間に飲まれる最中、密かに3人に狂気の瞳で自分たちを
認識できないようにしておいてひっそり後をつけていたのだ。ただ、ずっと力を使っていた為
鈴仙は見るからに疲れているようだ。
「流石に、これは効くようね。」
「紫、何でアイツの攻撃は効いて私たちの攻撃は通用しないの?」
霊夢は今までの戦闘の中での一番の疑問点であり難関だった事柄について質問した。
「あやめの今までの攻撃は、自分の世界を作って此方をそこに引き入れていた。
自分だけ都合のいいの世界だから、私たちの攻撃が通用するわけが無い。
でも、妹紅の攻撃は蓬莱の薬の効果で永遠の力が付加されている。
永遠とはすなわち一方向ではない、繰り返し。此方の世界から異界へ行くのがあやめの力だとすれば
それを繋ぎ、循環させ一つの世界にする力、それが永遠の力。」
「つまり、これでやっと対等な勝負が出来るってわけね。ここからが本番よ!」
霊夢のその言葉にあやめは反応する。
「対等・・?何を勘違いしているの。いくら永遠の力が私の結界を解こうとも
人妖風情が何人束になろうとも、絶対的な力の差を埋めることなど出来はしないのよ!」
あやめが片手を翳し、横に一閃に薙ぐ。すると、突然に現れた弾の嵐が左右から吹きつけ、紫たちを打ち据える。
幸いにして威力は抑えられていたようだが、それでもダメージは大きい。鈴仙は先ほどまでの疲労に加え今の攻撃で
完全に力尽きたようで、倒れこんでしまっている。他の3人もそれぞれ傷を負ったが、戦意は衰えてはいない。
「・・まだやるというの、愚かね。」
「まだまだっ!」
3人は身構え、それぞれがスペルカードを発動させる。
《神霊・夢想封印 瞬》
《滅罪・正直者の死》
《結界・光と闇の網目》
あやめの周りに展開される札やレーザー。遠巻きに収束してくる鞭のような弾幕。
それぞれが緻密さと威力を備え、確実にあやめを捕らえてゆく。
対するあやめも最小限の動きでこれらを回避、よけられないものにのみ妖弾を撃ち相殺していく。
その激しい攻撃の中にありながらも、あやめは唄を紡ぐ。
「山の領地は、隠しの地。隠しの神は、山の神。硝子の空に、墓標の地。全ては山へ、還るが為に・・・」
そこにいる全員が、空気が変わってゆくのを感じた。それと同時に、周りの風景も異界に呑まれてゆく。
「くそっ。」
妹紅が横薙ぎのレーザーを放つが、あやめはそれをひらりとかわし、あやめの唄は続く。
「いかに蓬莱の薬の力とて当たらなければ、それは何の意味も持たないわ。」
―山の領地は、死人の地。死人の土地は、虚ろの地。硝子の空に、墓標の地。全ては山へ、還るが為に・・・
《隔絶・腐敗と血魔の廻呪》
その瞬間、霊夢は直感のみで後ろに飛びずさっていた。
刹那、霊夢のいた場所を何かがものすごい勢いで通り過ぎていった。
「何・・今のは?」
怖気を感じるようなモノ。視界の端にみえたそれは、虫の群れのような、小さな狂気。
「超高速で飛び交う微細な弾の群れを、いつまで避けきれるかしら?」
あやめは3人を前に笑みを浮かべた。
統率された悪意が3人に容赦なく襲い掛かる。腕を、足を、腹を、弾が掠めるたびに鮮血が飛ぶ。
すると、飛び散った血の一滴一滴が黒く変質し、紫たちを責め立てる弾の一部となる。
3人のスペルを悉く破砕し、その黒い暴風は迫ってくる。
「くそっ。蓬莱、凱風・・・ 」
「もう遅いわ。」
妹紅がスペルを放とうとするが間に合わない。黒い風が3人を飲み込み・・・・・
「【天呪・アポロ13】。」
風が内側から弾けた。いや、黒い風が3人を飲み込むと同時に、内側より放たれたスペルにより
包み込んでいた弾幕がすべて弾け飛んだ。
「ちょっと遅れちゃったかしら。妹紅以外は大丈夫?」
いつもの凛とした表情を浮かべた永琳の姿があった。
「こら~、私以外ってどういうこうわっ、もがもが・・」
「助かったわ、永琳。」
新たに永琳が加わった4人は再びあやめと対峙する。あやめは相変わらず此方を見据え
先ほどよりも強い殺気を放っていた。
と、霊夢は一瞬あやめに違和感を覚えた。自分の攻撃が邪魔されたというのにあのときのあやめの顔は・・・
「・・ちょうどいいわ、まとめて4人葬ってあげる。」
「ちょっと待って。」
あやめがスペルカードを取り出そうかというときに、霊夢があやめに話しかける。
「何?いまさら命乞いかしら?」
「ねぇ、何で貴女はそんなに・・・・」
「そんなにさびしそうな顔をしているの?」
霊夢が覗いたあやめの顔。それは、安堵に近い、寂しそうな、儚い顔だった。
「・・・・私が、寂しい?・・っふふっ、貴方も可笑しなことを言うのね。」
「貴方はただ寂しかった、苦しかった。だから暴れている、可哀相な子供そのものだわ。」
霊夢の言葉に、紫はただ聞き入っていた。それは、彼女の罰であり己の罪そのものだったからだ。霊夢はつづけて
「貴方ならいつだって私たちを殺すことが出来た。なのにそれをしなかった。
確かに貴方は私たちを殺す気だったかもしれないけど、心の奥底での無意識の手加減があって出来なかった。」
「・・寂しかった・・か。それじゃぁ私が人間如きに構って欲しかったとでもいうの?」
「私たち、じゃなくて、紫だったのかもしれない。貴方が唯一接することが出来たひと。」
霊夢は紫を見る。つられてあやめも紫を見つめる。
長い静寂が訪れる。
そしてあやめが口を開いた。
「・・・もうすぐ夜が明けるわ。夜明けにして世明け・・。貴方たちと戯れるのも、次で最後よ。」
あやめはスペルカードの束を翳す。それを見た紫達も、スペルカードを展開し、持てる力の全てをこの一撃に賭ける。
「ねぇ、紫。最後に一つだけ、教えてくれない?」
カードを次々に空間に展開させていくあやめが紫に問いかけた。
「神としての力を失い、人間と生活を共にして、貴方は幸せ?」
あやめの顔は、今までにない真剣なものだった。紫はその問いに迷うことなくこう答えた。
「えぇ。私は今、幸せよ。」
「そう。」
そう区切ったあやめの顔を何故か霊夢は笑っているように感じた。それは、嘲りでも、中傷ではない、別の何かだと・・
5人の間に緊迫した空気が流れる。
あやめの周りにはスペルカードは20近く展開されている。おそらくこれら全てを組み合わせるものなのだろうが
それには時間がかかるはずだ。
ならば全てが発動する前に・・。
「あやめ、決着をつけるわよ!」
「望むところよ。」
「終らぬ夢に連なる弾幕の恐怖を嘆け。【紫奥義・弾幕結界】!!」
「血と地にて連なりし人の果て無き希望と化せ。【夢想天生】!!」
「天の楔にて古の過ちを絡め取らん。【天網蜘網捕蝶の法】!!」
「神聖なる炎にして咎を背負いし我が魂の形。【フェニックス再誕】!!」
「其は形なき魔力、其は力無き形容、それらは一遍の世界の形。【創造・根源タル世界ノ欠片。】!!」
あやめは周りに展開した21枚のカードを連携して発動させる。紫の思ったとおり
始めに強い輝きを放ったのはほんの数枚だった。おそらく時間がたつにつれ次々に発動し、全てが発動したとき・・・。
紫の思考を中断させたのはあやめのスペルカードが放つ弾幕と、此方の弾幕が衝突する音だった。
だが、あやめの弾幕はそのほとんどが天の網にかかりその輝きを失う。運良く隙間よりはいでた弾も
全方位より打ち出される紫の妖弾によりその力を失う。
そしてその隙に霊夢の放つ札が容赦なくあやめの体力を削ってゆく。
そのとき、あやめの周囲のスペルカードの数枚が淡い光を放った。
「14、17、18、展開。」
あやめの言葉と共に、3枚のスペルがその光をさらに強くする。
すると、今まで周りを覆っていた光の網や弾幕結界が目に見えてその効果を薄めていくのが分かった。
逆に、あやめの周囲には大小さまざまな妖弾が形成され、次々と打ち出されていく。
突然の形勢逆転に3人は狼狽するが、スペルにかける力をさらに強め、元の状態に戻そうとする。
どうやら、いまの3枚のスペルのうちどれかに相手へのスペル能力制限効果があったのだろう。
真っ向からの弾幕勝負なら力押しでこの4人にかなうものは早々居ないはずなのだが、唯でさえ力の差がある相手に
補助効果相乗という複合技までされては、流石に分が悪い。
「妹紅、さっき光ったスペルのどれかを破壊するのよ!」
「分かった!」
妹紅が放った火の鳥が先ほどのスペルカードの一枚に直撃する。
スペルは急速にその光を失い。不死の魔鳥に飲み込まれる。
すると、急に重石が取れたかのように皆の攻撃に勢いが付いた。
「ちっ。」
あやめは舌打ちし、新たなスペルカードを展開する為に力を注ぐ。
「8、11、19、20、展開。」
新たに4枚のスペルカードに力が注がれる。そのカードが強い光を発すると、また劇的な変化が訪れた。
今までの妖弾に加え、炎弾も加わり、4人を攻め立てる。
しかも、今まで《天網蜘網捕蝶の法》で相殺できたはずの弾がより強力になり、光の網をいとも容易く通過してゆく。
弾幕結界をも乗り越えてくる弾幕に4人はなかなか攻撃のタイミングを見出すことが出来ない。
この状況をさらに悪化させるあやめの攻撃が続く。
「15、16、展開。」
その言葉と共に、あやめを今まさに攻撃せんとしていた札が全て破砕した。
と同時に、周りに居た火の鳥が突如荒れ狂い、紫達目掛けてその顎を開いて襲い掛かかってくる。
不死の怪鳥は光網を突き破り、結界を引き裂き、4人を蹂躙せんと四方から飛翔する。
「くっ・・このぉ!」
霊夢が放つ札の群れが2匹の鳥を破壊し尽くす。別の2匹は紫の弾幕結界による大量の弾幕の前に力尽きる。
「くっ・・はぁはぁ・・。」
「永琳!?」
今の攻撃により永琳のスペルカードが限界を超え、自己消滅する。
あやめを覆っていた光網が無くなった事により、今まで抑えられていた分の弾幕がさらに4人を追い詰める。
「そろそろ止めかしら? 1、3、9、展開。」
あやめが告げるとの同時に、新たに3枚のカードが光を放つ。
それと同時に、破砕したはずのカードが修復をはじめ、4人の力が急激に衰える。
それと同時に、緑色の光がうっすらとあやめを包み込み、その身を守る。
対照的に4人の体力は既に限界に達している。紫は横目で疲労困憊な3人を見る。
―限界・・やはり、彼女には勝てないの・・?
否、ここまで来て自分は一体何を言っているのだ。いざとなれば、自分の命を賭してでも・・・
違う!そんなことじゃない。本当にしなければいけないこと、それは・・
「・・・ねない・・」
「?」
紫の呟きにあやめが反応する。
「私はこんなところでは死ねないのよっ!!」
「!?」
突如紫の力が増大し、それに驚いたあやめの攻撃の手が一瞬止まる。
《深弾幕結界 -夢幻泡影-》
その声が紫の口から紡がれたとき、位相がずれた。あれほどのあやめの猛威をはるかに上回る量の紫の弾幕が
その場の全てを塗りつぶした。それは、力が弱いものを強いものが押しつぶすといった次元のものではなかった。
あやめの弾は、ただ散らされ、呑まれ、削り取られ、破壊された。
その悪夢のような攻撃にあやめはおろか、霊夢たちでさえ驚愕した。
やがてその狂気があやめを押しつぶさんと押し寄せる。
「今がチャンスよ、一気に行くわよ。」
「わかった。」
その瞬間、妹紅より生み出されるはひたすらに紅い珠。やがてそれらは数を増す。
それらは鳳凰の卵を思わせ、やがてその不死のエネルギーを内側より外界へ弾け飛ばす。
《インペリシャブルシューティング》
紫の攻撃と妹紅の攻撃があやめの展開されたスペルカードを次々に削り取る。
だが、攻撃があやめに届く前に、それらはすぐ復元をはじめ、なかなかあやめ本体に攻撃が届くことは無い。
―くっ、残り3枚。全て発動してしまったら・・・。
その時、あやめの周囲を多数の使魔が取り囲み、あやめへ向かって多数の弾を吐き出す。
《薬符・壺中の大銀河》
全方位からの攻撃にあやめも顔をしかめ、使魔の破壊に専念する。使魔が放つ弾がスペルカードを削り取るが
すぐさま修復したスペルカードの攻撃により永琳の放った使魔はあっという間に消滅の一途をたどる。
と、そこで永琳は、
「見えたっ!みんな、一番後ろ、左から二番目のカードが本体よ!」
「何ッ!?」
「そこにエネルギーが集中してる。それにさっきからそのカードだけは他のカードで守ってたわ。」
「くっ、させない!13、展開。」
突如吹き荒れた黒い風により、辺りを包む弾幕が一掃される。その隙に津波のような弾幕が4人を襲う。
だが、4人の力をあわせた攻撃は、もはや止められるものではなかった。
その攻撃は、あやめの弾幕を貫き、防御壁を削り取り、壁になっていたスペルカードを散らし・・・・・
あやめの最後のスペルカードを貫いた。
彼女の本当の気持ち
唯自分だけが眼を背けて生きてきた
何より痛みを判ってあげられた筈なのに
願わくば、誰もが幸せになれる方法が・・・・