ワタシ達には敵わない、強大な力を持つ天敵。
彼女は既に囚われていて、思うように動けない。
目の前にいるその天敵は、彼女の胸を喰い破った。
その意識を保ち、激痛の中で、その躯を奪われる彼女を見ながら、ワタシに出来た事はその場から逃げる事だけだった。
・・・
咲かない桜。
咲くことの無い桜。
咲かせることの出来なかった桜。
花を咲かせることも無く、ただそこに在り続ける桜。
まるで私たちのよう。
そこに在って、死を見つづける私たちにはお似合いなのかもしれない。
・・・
他の人は、彼の事が解らないらしかった。
彼と話すのはおろか、姿を見ることすら叶わない。
昔から、わたしだけだった。
だからそこに居る人のことも、他の人のことも、誰にも話さなくなった。
それに、この人が居る所は… 本当は来てはいけないといわれている所。
大きくて、綺麗な花を咲かせる桜の木なのに、何で来てはいけないんだろう?
でも、わたしは言いつけを破ってここの人の所へ来ている。
だって、この人の詠む歌は、とても良い歌なのだもの。
ただ、少し古臭い感じはするけど…
・・・
ワタシは、夢を見た。
ワタシは、何かを求めていた。
其処は、とても暖かかった。
其処以外は、まだ深い雪の積もる厳しい冬だというのに。
巨大な老木が、花を咲かせようとしていた。
その枝は、空を掴むかの様に広がっている。
その幹は、歴史の重みに耐えたかの様に歪んでいる。
私はワタシを使役する。
ワタシは、死を誘う存在。
ワタシ達が舞うことで、死に満ちたその地に更なる死が導かれる。
けれど、私の求めたものは、得る事が出来なかった。
老桜が、花を咲かせることは無かった…
・・・
わたしは、夢を見た。
わたしは、自由だった。
わたしは自由に空を舞う。
その背中の羽は、わたしたちを空へ誘うもの。
わたしは、重力からも自由になっていた。
けれど。
自由だから、死と隣り合わせだった。
自由だから、わたし以外の死を見てきた。
わたしもいつか、死に囚われる。
春。
巨大な老桜の前で。
わたしは、一人の少女を見かける。
少女はもっと前からわたしに気がついていたようだった。
わたしは、既視感に囚われた。
夢の中だけれども、ワタシは今を知っているような気がしていた。
ワタシは少女に誘われた。
少女の力に誘われたワタシは、意識が深く静かな海の中に沈むように、暗く暖かい所に飲み込まれていった。
ワタシを誘った少女をわたしは良く知っている。
ワタシを死に誘ったのは、他でも無い、わたし…
・・・
私は、夢を見た。
私は、憐れに思っていた。
それは、私と同じだった。
私と対になる存在。
まるで、鏡で映したかのよう。
その老いた桜は、かつて人に感動を与えていた。
いまも、その花は咲かせてはいる。
けれどそれは、最早人々の恐怖でしかなかった。
花が咲くたびに、一人、また一人と、その老木の元へ集まってくる人たち。
いや、元「人」たちか。
その中には、村長もいれば子供もいる。
武人、農夫、歌人、旅人…
皆、桜に呼ばれた人たち。
私と同じ力を持つ、忌むべき存在。
わたしは、まだ蕾のままの花を死に誘いつづけた。
蕾のまま、枝から零れ落ちる。
咲くことの無い花の、死。
わたししか出来ない事だから。
わたしがそれをしないと、もっと人が死ぬから。
日を追う毎に増えてゆく蕾を見て、わたしは心を決めた。
共に死を誘うもの同士。
わたし達には、お互いが一番お似合い。
だから、わたしは老桜を殺す。
わたしの殺意に反応して、桜もわたしを殺す。
これでいい。
わたしは、暖かい闇の中へ落ちてゆく気がした。
・・・
わたしが、その力を持った時。
いえ、そういった力があると解った時。
一つの家族が消えた。
人の住まないその家には、蜘蛛が巣を張っている。
一頭の蝶が、その巣の主に襲われている。
蜘蛛は、生きるために蝶を殺す。
ならわたしは何のために、死を呼び寄せる?
もう一頭の蝶が、わたしの目の前を飛んでゆく。
なぜか、追いかけてみようと思った。
たどり着くは老木の前。
そこで立ち止まるわたし。
蝶は、わたしの周りを舞う。
手をさしだせば、触れられそうなほど近く。
思わず伸ばしたその指先を向けたとき。
その蝶すら、わたしは手にかけてしまった。
無意識の、力の発動。
わたしは一緒だ。
この老木… 西行妖と。
・・・
私は、ただその花の咲く所を見たかっただけだった。
だから、ちょっとだけ他所から春を借りていただけ。
別に私の「死を誘う蝶」で無駄に死人を増やそうとした訳ではなかったのに。
結局、この桜の咲く所だけは見られなかった。
それも仕方の無い事なのかもしれない。
もともと、私に出来る事は死に誘う事。
その反対の事は、やはり向いていなかったのだろう。
・・・
ワタシは、死を誘う存在。
冥界の姫に使役されし物。
ワタシは死蝶。
蝶の魂。
ワタシは冥界の住人。
ワタシは人の夢を見た。
それは、本当にワタシの夢?
それとも、ワタシが夢?
わたしは。
亡霊の夢を見る人なのか、人の夢を見る亡霊なのか。
人の夢を見る蝶なのか、蝶の夢を見る人なのか。
それとも… 蝶の夢を見る亡霊なのか、亡霊の夢を見る蝶なのか。
本当の私は、誰?
彼女は既に囚われていて、思うように動けない。
目の前にいるその天敵は、彼女の胸を喰い破った。
その意識を保ち、激痛の中で、その躯を奪われる彼女を見ながら、ワタシに出来た事はその場から逃げる事だけだった。
・・・
咲かない桜。
咲くことの無い桜。
咲かせることの出来なかった桜。
花を咲かせることも無く、ただそこに在り続ける桜。
まるで私たちのよう。
そこに在って、死を見つづける私たちにはお似合いなのかもしれない。
・・・
他の人は、彼の事が解らないらしかった。
彼と話すのはおろか、姿を見ることすら叶わない。
昔から、わたしだけだった。
だからそこに居る人のことも、他の人のことも、誰にも話さなくなった。
それに、この人が居る所は… 本当は来てはいけないといわれている所。
大きくて、綺麗な花を咲かせる桜の木なのに、何で来てはいけないんだろう?
でも、わたしは言いつけを破ってここの人の所へ来ている。
だって、この人の詠む歌は、とても良い歌なのだもの。
ただ、少し古臭い感じはするけど…
・・・
ワタシは、夢を見た。
ワタシは、何かを求めていた。
其処は、とても暖かかった。
其処以外は、まだ深い雪の積もる厳しい冬だというのに。
巨大な老木が、花を咲かせようとしていた。
その枝は、空を掴むかの様に広がっている。
その幹は、歴史の重みに耐えたかの様に歪んでいる。
私はワタシを使役する。
ワタシは、死を誘う存在。
ワタシ達が舞うことで、死に満ちたその地に更なる死が導かれる。
けれど、私の求めたものは、得る事が出来なかった。
老桜が、花を咲かせることは無かった…
・・・
わたしは、夢を見た。
わたしは、自由だった。
わたしは自由に空を舞う。
その背中の羽は、わたしたちを空へ誘うもの。
わたしは、重力からも自由になっていた。
けれど。
自由だから、死と隣り合わせだった。
自由だから、わたし以外の死を見てきた。
わたしもいつか、死に囚われる。
春。
巨大な老桜の前で。
わたしは、一人の少女を見かける。
少女はもっと前からわたしに気がついていたようだった。
わたしは、既視感に囚われた。
夢の中だけれども、ワタシは今を知っているような気がしていた。
ワタシは少女に誘われた。
少女の力に誘われたワタシは、意識が深く静かな海の中に沈むように、暗く暖かい所に飲み込まれていった。
ワタシを誘った少女をわたしは良く知っている。
ワタシを死に誘ったのは、他でも無い、わたし…
・・・
私は、夢を見た。
私は、憐れに思っていた。
それは、私と同じだった。
私と対になる存在。
まるで、鏡で映したかのよう。
その老いた桜は、かつて人に感動を与えていた。
いまも、その花は咲かせてはいる。
けれどそれは、最早人々の恐怖でしかなかった。
花が咲くたびに、一人、また一人と、その老木の元へ集まってくる人たち。
いや、元「人」たちか。
その中には、村長もいれば子供もいる。
武人、農夫、歌人、旅人…
皆、桜に呼ばれた人たち。
私と同じ力を持つ、忌むべき存在。
わたしは、まだ蕾のままの花を死に誘いつづけた。
蕾のまま、枝から零れ落ちる。
咲くことの無い花の、死。
わたししか出来ない事だから。
わたしがそれをしないと、もっと人が死ぬから。
日を追う毎に増えてゆく蕾を見て、わたしは心を決めた。
共に死を誘うもの同士。
わたし達には、お互いが一番お似合い。
だから、わたしは老桜を殺す。
わたしの殺意に反応して、桜もわたしを殺す。
これでいい。
わたしは、暖かい闇の中へ落ちてゆく気がした。
・・・
わたしが、その力を持った時。
いえ、そういった力があると解った時。
一つの家族が消えた。
人の住まないその家には、蜘蛛が巣を張っている。
一頭の蝶が、その巣の主に襲われている。
蜘蛛は、生きるために蝶を殺す。
ならわたしは何のために、死を呼び寄せる?
もう一頭の蝶が、わたしの目の前を飛んでゆく。
なぜか、追いかけてみようと思った。
たどり着くは老木の前。
そこで立ち止まるわたし。
蝶は、わたしの周りを舞う。
手をさしだせば、触れられそうなほど近く。
思わず伸ばしたその指先を向けたとき。
その蝶すら、わたしは手にかけてしまった。
無意識の、力の発動。
わたしは一緒だ。
この老木… 西行妖と。
・・・
私は、ただその花の咲く所を見たかっただけだった。
だから、ちょっとだけ他所から春を借りていただけ。
別に私の「死を誘う蝶」で無駄に死人を増やそうとした訳ではなかったのに。
結局、この桜の咲く所だけは見られなかった。
それも仕方の無い事なのかもしれない。
もともと、私に出来る事は死に誘う事。
その反対の事は、やはり向いていなかったのだろう。
・・・
ワタシは、死を誘う存在。
冥界の姫に使役されし物。
ワタシは死蝶。
蝶の魂。
ワタシは冥界の住人。
ワタシは人の夢を見た。
それは、本当にワタシの夢?
それとも、ワタシが夢?
わたしは。
亡霊の夢を見る人なのか、人の夢を見る亡霊なのか。
人の夢を見る蝶なのか、蝶の夢を見る人なのか。
それとも… 蝶の夢を見る亡霊なのか、亡霊の夢を見る蝶なのか。
本当の私は、誰?