日が落ちたばかりの、橙に染まった空。
刻々と、藍色に染まってゆく。
紅魔館の主である、レミリア・スカーレットは、
そんな夕暮れを眺めながらのお茶がとても気に入っている。
偶に早起きして、「早朝」のお茶を楽しむのだ。
カチャリ、とティーカップを降ろす。
「ん、美味しかったわ。」
主の傍らに立っていたメイド長、十六夜 咲夜がティーポットを持って一歩歩み寄る。
「もういいわ。ごちそうさま。」
「はい、パチュリー様はいかがなされますか?」
レミリアとのお茶に同席しているもう一人に咲夜が尋ねる。
本に視線を落としたまま返事をする。
「ん・・・私もいいわ。ごちそうさま。」
普通に考えればお茶の場所に本を持ってくるのは異常だ。
さらに、紅魔館の主と同席しているのに、会話よりも読書を優先させている。
これは、彼女、パチュリー・ノーレッジがレミリアと親友であるから許されるのであって、
他の者が同じような事をすれば、二度と紅魔館から出られないだろう。
「はい、それではお下げしますね。」
咲夜がティーカップを下げる。
お茶受けのクッキーは置いておきますね、と言って部屋を出て行った。
部屋に残ったのは2人だけ。
レミリアは暫く窓から見える風景を眺めていたが、視線をパチュリーの方にやる。
さっきから彼女は黙々と本を読んでいる。
まぁ、いつもの事なので気にはし無いが。
そういえば・・・・
ふとレミリアは思う。
いつもの事なのに私自身は彼女、パチュリーの持っている本の事を知らない。
私の記憶違いじゃなければ、彼女がいつも持ち歩いている本は、いつも”同じ物”だ。
70年近く一緒に居るというのに、私は何も知らない。
「ねぇ、パチェ・・・」
本を食い入るように見ていた少女が顔を上げる。
「なに?」
70年たってようやく疑問に思ったことを聞いてみる。
「その本って、毎日読んでるわよね?」
「・・・えぇ、そうだけど?」
パチュリーが、きょとんとした表情で答える
「なんで同じ本なの?
貴女なら一度読むだけで十分じゃないのかしら?」
「あぁ、レミィが知りたいのは、何で同じ本ばかり読んでいるかってことね。」
レミリアはこくりと頷く。
パチュリーは、パタンと本を閉じると本をテーブルに乗せる。
「その説明をするには、私が本を読む理由から言ったほうがいいわね・・・
私は、有象無象森羅万象、全ての事を知りたいと、自分のものにしたいと思ってるの。
そして、知識を記し保管しておける「書」「本」でその知識欲を満たしたいの。
それに、本なら目に見えて量や質が解るでしょ。
それに集めるのも楽しいし」
「まぁ、あの本の量から言えばパチェの知識はすごい物だってわかるわね。
でも、その話と、その本とではおかしくないかしら?」
全を求めて、数を集め、所持しているのに、彼女は同じ単一のものばかり読んでいる。
これは矛盾になるでしょ?
とレミリアは問いたのだ
「えぇ、森羅万象を直接知ろうとするのは、無理なこと。
そこで、細かく細分化して理解できる範囲で知識を得てゆく。
そして、それを記し、伝え、残す事で知識を増やして、補完してゆく。
それが私達が森羅万象、有象無象を知る唯一の術。
定命の人間ならなおさらね。」
「んん、・・・むぅ?」
レミリアは判ったような判ってないような微妙な表情で首を傾げる。
頭上にハテナマークを浮かばせている。
「んー、そうね・・・
森羅万象という太極を両儀に、
両儀を三才に、三才を四象に、四象を五行に、
五行を六合に、六合を七星に、七星を八卦に、
八卦を九執に、九執を十干に、・・・と、どんどん万象を細分化
弾幕ごっこって知識も、細分化された1つね。」
「あぁ、なるほど。」
ポン、と手を打って頷く。
「細分化された知識を逆になぞっていって、
私自身の知識を寄り完全な「太極」にする為に本を読み、知識を得ている訳。
そして、今のところその「太極」の代わりになっているのがこの本なの。」
一見しただけでは、普通の魔道書である。
「なに、それじゃあ、この本に今までの知識が全て詰まってるって事?」
「えぇ、毎日寝る前に仕入れた本や、読んでない本の知識をこの本に写してるし、
私が体験、実践、実験、経験で得た知識も書き込んでるから、レミィの言ったとおりよ。」
「へ、へぇ~・・・・・」
そんな感想しか出なかった。
つまり、あの本には色々書かれてるって事ね・・・
「あ、でも、スペルカードは七属性が基本になってるわよね?」
「あぁ、五行は陰と陽と掛け合わせれば十干になるからよ。
だから五行に陰陽両儀を加えて七星の七属性って訳。」
「ふ~んそうなんだ・・・」
希代の魔女が創り出し、今なお書き足されている魔道書。
とても興味をそそられる。
説明を終えると、パチュリーが席を立つ。
「ごめんなさい、ちょっと失礼するわ。」
「ん、えぇ、行ってらっしゃい。」
俗に言う「お花を摘みに行く」という事だ。
レミリアの視線は本に釘付けだ。
本に手が伸びる。
カチャリと扉を開けてパチュリーは立ち止まる。
「本は読んでもいいけど、赤い目次のページだけは開かないように。」
と、レミリアの様子に気がついたパチュリーは釘を刺す。
「うん・・・、」
レミリアはペラペラとページをめくりながら適当に返事をする。
返事を聞くとパチュリーは「もし開いたらそれ相応の罰を受けてもらうわ。」と言い残し部屋を出てゆく。
めくればめくるほど、ページが増えていくような錯覚を覚える。
「、・うわぁ・・・何これ・・・」
とても不思議だ。
レミリアはページを一枚捲るたびに食い入るようにそこに書かれている文を読む。
「ふぅ・・・ん、凄いわ・・・本当に何でも書いてある・・・」
また一枚ページをめくり、読んでみては、そこに書かれている事に唸る。
このページには”あちらの世界”の魔道書について書かれていた。
「”死霊秘法””大地の謎の七書””無名祭祀書””ルルイエ異本””妖精の書”・・・
へぇ、結構な数が残ってるのねぇ・・」
書の名前が無数に書いてあり、その隣にページ数が刻まれていた。
どうやらそのページに詳しい内容が書かれているようだった。
「・・・あ、そういえばパチェが体験した事も書かれてるのよね、」
体験した事ということは、失敗談のようなものもこの本には書かれているかもしれない。
「どこのページだろ・・・こういう時は目次ね。」
確かパチェが何か言ってたような・・・と気にしながらも、目次を開く。
目次だけで本が出来てしまいそうなページがあると思いきや
「・・あら?」
黒字で目次と書かれた場所と、赤字で目次と書かれた場所がある。
他には何も書かれていない。
「・・・これじゃあ体験談が読めないじゃない・・・」
途端に赤い目次に体験談の項目と、ページ数が浮かび上がる。
「あ・・すごッ、
調べたい事、参照したい事があればそのタイトルとページ数を表示するみたいね・・・、
さすがパチェの本」
感心していると、該当するページの部分が淡く光る。
自動でページを教えてくれる機能までついているようだ。
どうやら黒い目次は本の知識で、赤い目次は体験や実験を纏めた項目のようだ。
「ここね・・・」
淡く光っているページに指をかける。
「・・・・あれ?」
めくれないのだ。
魔法で簡単には開かないように仕掛けてあるようだ。
「これくらい・・・んぐぐぐぐッ」
レミリアの魔力と本の魔力が衝突し、小さな光がバチバチと爆ぜる。
「ん~~~~~~ッ、えい!」
レミリアの魔力が勝利し、ページが開く。
が、同時に開いたページが
ボ ン ッ !
と爆発し、ページが本から勢い良く噴出す。
「開い、きゃあぁあああああああぁぁあッ!?」
瞬く間に部屋中に紙が舞い散り、そして積もる。
まるで雪の様に。
いきなりの事でレミリアもページの雪崩に巻き込まれてしまう。
ヒラヒラと紙が舞う中、紙の山の一部がモゾモゾと蠢き、レミリアの顔がポンと出る。
「あー・・・びっくりした・・・・」
ヒラヒラと、レミリアの目の前に爆ぜたページの一枚が舞い降りる。
淡く光っている。
「ん?・・体験談のページみたいね・・・」
なんとか腕を引き抜くと、そのページを手にとって読んでみる。
『また、窓を叩く音がする。
やっぱり来た。』
「なにかしら、これ・・・体験談っぽくないような・・」
『今日は時間と空間に関する本を持ってきてくれた。
でも残念、私は8年程前にそれの完全版を読み終えてる。
そう伝えたら彼女は少し残念そうな顔をした。』
「・・・ちょっと、」
『突然やってきては私の事を眺めて、二言三言言葉を交わして去ってゆく彼女。
背中に蝙蝠のような翼をもった幼い子。』
「まさか・・・」
『読書の最中って事で普段は素っ気無くしていたけど、
ちょっと頑張ってみようと思う。
明日は招いてみよう。
彼女の名前も知らないけど、多分、大丈夫。』
「これ・・・パチェの日記?」
『あの子も寂しそうだから。』
体験談・・・・日常の体験も全て書かれていると言う事。
「あ・・・あの夜の前日の日記なんだ・・」
なんだか、温かい・・・
そのページをきゅっと抱き寄せ、沸き起こる不思議な感覚に身を任せる。
「んッ・・・・・」
カチャリと、ドアを開ける音がする。
振り返る。
ドアを開けて入ってきた彼女の名前が口から漏れる。
「パチェ・・・」
パチュリーはビックリした表情で固まっていたが
手を翳し
「おいで、」
と呟く。
ページの山に埋もれた革表紙が山の中から現れて彼女の元に飛んでゆく。
その革表紙を開いて
「戻りなさい。」
と、舞い散ったページ達に命じる。
「きゃッ」
すると、部屋中に散らばっていたページが舞い上がる。
レミリアが乗っかっていたページ達も舞い上がったので床に尻餅をついてしまう。
それでも、レミリアはページが舞う光景を呆然と見ていた。
そして、全てのページが綺麗に革表紙に戻って行く。
レミリアの持つ一枚を残して。
「レミィ・・・」
本を元に戻したパチュリーがレミリアに歩み寄る。
「・・・読んだ、の?」
「・・・うん、あの、部屋に招いてくれた前日の日記」
と戻らなかった一枚を差し出す。
最後の一枚は閉じた本の間に、生き物の様にするりと入る。
パチュリーがにっこりと笑って手を差し出す。
「あ・・・」
起こしてくれるんだ、
そう思って手を出そうとした時、
パチュリーはその手をクンと跳ね上げる。
途端にレミリアの足元から数条の鉄格子が出現して彼女を覆い、球状の檻となる。
「え・・・?ちょ・・・」
困惑するレミリアをよそにパチュリーはさらに手を振る。
どこからとも無く水が湧き出して、その球状の檻の周りをぐるりと覆う。
流水を渡れない吸血鬼にとって完全な牢獄だ。
「ちょっと、パチェ!これはどう言う事よ!」
「・・・どういう事かって?」
パチュリーの表情は普段と変わらない。
「レミィ、私は言った筈よ?
赤い目次のページだけは開かないように。って」
「ぇ・・」
正直忘れていた。
「で、でも、これはひどいんじゃないかしら?」
「もう一つ言ったはずよ?」
レミリアは必死に思い出す。
視線は自ずと意味の無い場所に向う。
なんだっけ、なんだっけ
確か本を読み始めた時に何か言ってたような・・・
耳に入ったけど記憶して無い。
恐る恐るパチュリーの顔を見てみる。
「それ相応の罰を受けてもらうって、言ったはずよね?」
いつもジト目で何事にも関心の無い顔をしている彼女が
とてもにこやかに笑っている。
顔の筋肉を引きつらせて。
食器を片付け終わった咲夜は「朝食」の準備が整ったので主人のレミリアとパチュリーを呼びに来ていた。
だが、部屋に向う廊下でパチュリーとばったり出くわす。
「パチュリー様、食事はいかがなされますか?」
「あぁ、咲夜ご苦労様。
そうねぇ、レミィと一緒に朝食にするわ。」
「わかりました。」
「でも、用事があるから後でね」
「後ですか?」
お嬢様はこれから朝食なのに・・・
パチュリーはそう言うと、鎖を引いて咲夜の横を通り過ぎる。
その鎖に繋がれているのは・・・・
「あ、咲夜ぁ、ねぇ、助けて!」
空中に浮かんだ水と鉄格子の檻だった。
中には何故かお嬢さま。
・・・・何でお嬢さまが?
とりあえず、振り向いて聞いてみる。
「・・・・・あの、パチュリー様、何をしてるんですか?」
「咲夜、間違えないで。
これからしに行くのよ」
「・・・・何をしに行くのですか?」
「当然、「オシオキ」よ。
うふふふふふふふふフフフフ・・」
「そ、そうですか・・・」
パチュリー様がとても楽しそうに笑って鎖を引いて歩いて行く。
「さ、さくやぁああああぁ・・・・」
泣きながら主人に助けを求められるが、
あの笑いを止められる存在はたぶんいないだろう。
いや、絶対いないと思う。
「お嬢さま・・うぅッ」
つい、顔を逸らしてしまう。
「!?」
遠ざかる檻の中でお嬢さまが固まったのが判った。
私にはつれて行かれるのを見送る事しかできなかった。
鉄格子を握ったまま、レミリアは固まっていた。
さ、咲夜にも見捨てられた・・・
固まる私にパチェが囁く。
「大丈夫、イタクナイカラ・・・ふふ、ウフフ、」
「ひッ」
500年生きてきて、レミリアは恐怖という感情をはじめて知ったのだった。
刻々と、藍色に染まってゆく。
紅魔館の主である、レミリア・スカーレットは、
そんな夕暮れを眺めながらのお茶がとても気に入っている。
偶に早起きして、「早朝」のお茶を楽しむのだ。
カチャリ、とティーカップを降ろす。
「ん、美味しかったわ。」
主の傍らに立っていたメイド長、十六夜 咲夜がティーポットを持って一歩歩み寄る。
「もういいわ。ごちそうさま。」
「はい、パチュリー様はいかがなされますか?」
レミリアとのお茶に同席しているもう一人に咲夜が尋ねる。
本に視線を落としたまま返事をする。
「ん・・・私もいいわ。ごちそうさま。」
普通に考えればお茶の場所に本を持ってくるのは異常だ。
さらに、紅魔館の主と同席しているのに、会話よりも読書を優先させている。
これは、彼女、パチュリー・ノーレッジがレミリアと親友であるから許されるのであって、
他の者が同じような事をすれば、二度と紅魔館から出られないだろう。
「はい、それではお下げしますね。」
咲夜がティーカップを下げる。
お茶受けのクッキーは置いておきますね、と言って部屋を出て行った。
部屋に残ったのは2人だけ。
レミリアは暫く窓から見える風景を眺めていたが、視線をパチュリーの方にやる。
さっきから彼女は黙々と本を読んでいる。
まぁ、いつもの事なので気にはし無いが。
そういえば・・・・
ふとレミリアは思う。
いつもの事なのに私自身は彼女、パチュリーの持っている本の事を知らない。
私の記憶違いじゃなければ、彼女がいつも持ち歩いている本は、いつも”同じ物”だ。
70年近く一緒に居るというのに、私は何も知らない。
「ねぇ、パチェ・・・」
本を食い入るように見ていた少女が顔を上げる。
「なに?」
70年たってようやく疑問に思ったことを聞いてみる。
「その本って、毎日読んでるわよね?」
「・・・えぇ、そうだけど?」
パチュリーが、きょとんとした表情で答える
「なんで同じ本なの?
貴女なら一度読むだけで十分じゃないのかしら?」
「あぁ、レミィが知りたいのは、何で同じ本ばかり読んでいるかってことね。」
レミリアはこくりと頷く。
パチュリーは、パタンと本を閉じると本をテーブルに乗せる。
「その説明をするには、私が本を読む理由から言ったほうがいいわね・・・
私は、有象無象森羅万象、全ての事を知りたいと、自分のものにしたいと思ってるの。
そして、知識を記し保管しておける「書」「本」でその知識欲を満たしたいの。
それに、本なら目に見えて量や質が解るでしょ。
それに集めるのも楽しいし」
「まぁ、あの本の量から言えばパチェの知識はすごい物だってわかるわね。
でも、その話と、その本とではおかしくないかしら?」
全を求めて、数を集め、所持しているのに、彼女は同じ単一のものばかり読んでいる。
これは矛盾になるでしょ?
とレミリアは問いたのだ
「えぇ、森羅万象を直接知ろうとするのは、無理なこと。
そこで、細かく細分化して理解できる範囲で知識を得てゆく。
そして、それを記し、伝え、残す事で知識を増やして、補完してゆく。
それが私達が森羅万象、有象無象を知る唯一の術。
定命の人間ならなおさらね。」
「んん、・・・むぅ?」
レミリアは判ったような判ってないような微妙な表情で首を傾げる。
頭上にハテナマークを浮かばせている。
「んー、そうね・・・
森羅万象という太極を両儀に、
両儀を三才に、三才を四象に、四象を五行に、
五行を六合に、六合を七星に、七星を八卦に、
八卦を九執に、九執を十干に、・・・と、どんどん万象を細分化
弾幕ごっこって知識も、細分化された1つね。」
「あぁ、なるほど。」
ポン、と手を打って頷く。
「細分化された知識を逆になぞっていって、
私自身の知識を寄り完全な「太極」にする為に本を読み、知識を得ている訳。
そして、今のところその「太極」の代わりになっているのがこの本なの。」
一見しただけでは、普通の魔道書である。
「なに、それじゃあ、この本に今までの知識が全て詰まってるって事?」
「えぇ、毎日寝る前に仕入れた本や、読んでない本の知識をこの本に写してるし、
私が体験、実践、実験、経験で得た知識も書き込んでるから、レミィの言ったとおりよ。」
「へ、へぇ~・・・・・」
そんな感想しか出なかった。
つまり、あの本には色々書かれてるって事ね・・・
「あ、でも、スペルカードは七属性が基本になってるわよね?」
「あぁ、五行は陰と陽と掛け合わせれば十干になるからよ。
だから五行に陰陽両儀を加えて七星の七属性って訳。」
「ふ~んそうなんだ・・・」
希代の魔女が創り出し、今なお書き足されている魔道書。
とても興味をそそられる。
説明を終えると、パチュリーが席を立つ。
「ごめんなさい、ちょっと失礼するわ。」
「ん、えぇ、行ってらっしゃい。」
俗に言う「お花を摘みに行く」という事だ。
レミリアの視線は本に釘付けだ。
本に手が伸びる。
カチャリと扉を開けてパチュリーは立ち止まる。
「本は読んでもいいけど、赤い目次のページだけは開かないように。」
と、レミリアの様子に気がついたパチュリーは釘を刺す。
「うん・・・、」
レミリアはペラペラとページをめくりながら適当に返事をする。
返事を聞くとパチュリーは「もし開いたらそれ相応の罰を受けてもらうわ。」と言い残し部屋を出てゆく。
めくればめくるほど、ページが増えていくような錯覚を覚える。
「、・うわぁ・・・何これ・・・」
とても不思議だ。
レミリアはページを一枚捲るたびに食い入るようにそこに書かれている文を読む。
「ふぅ・・・ん、凄いわ・・・本当に何でも書いてある・・・」
また一枚ページをめくり、読んでみては、そこに書かれている事に唸る。
このページには”あちらの世界”の魔道書について書かれていた。
「”死霊秘法””大地の謎の七書””無名祭祀書””ルルイエ異本””妖精の書”・・・
へぇ、結構な数が残ってるのねぇ・・」
書の名前が無数に書いてあり、その隣にページ数が刻まれていた。
どうやらそのページに詳しい内容が書かれているようだった。
「・・・あ、そういえばパチェが体験した事も書かれてるのよね、」
体験した事ということは、失敗談のようなものもこの本には書かれているかもしれない。
「どこのページだろ・・・こういう時は目次ね。」
確かパチェが何か言ってたような・・・と気にしながらも、目次を開く。
目次だけで本が出来てしまいそうなページがあると思いきや
「・・あら?」
黒字で目次と書かれた場所と、赤字で目次と書かれた場所がある。
他には何も書かれていない。
「・・・これじゃあ体験談が読めないじゃない・・・」
途端に赤い目次に体験談の項目と、ページ数が浮かび上がる。
「あ・・すごッ、
調べたい事、参照したい事があればそのタイトルとページ数を表示するみたいね・・・、
さすがパチェの本」
感心していると、該当するページの部分が淡く光る。
自動でページを教えてくれる機能までついているようだ。
どうやら黒い目次は本の知識で、赤い目次は体験や実験を纏めた項目のようだ。
「ここね・・・」
淡く光っているページに指をかける。
「・・・・あれ?」
めくれないのだ。
魔法で簡単には開かないように仕掛けてあるようだ。
「これくらい・・・んぐぐぐぐッ」
レミリアの魔力と本の魔力が衝突し、小さな光がバチバチと爆ぜる。
「ん~~~~~~ッ、えい!」
レミリアの魔力が勝利し、ページが開く。
が、同時に開いたページが
ボ ン ッ !
と爆発し、ページが本から勢い良く噴出す。
「開い、きゃあぁあああああああぁぁあッ!?」
瞬く間に部屋中に紙が舞い散り、そして積もる。
まるで雪の様に。
いきなりの事でレミリアもページの雪崩に巻き込まれてしまう。
ヒラヒラと紙が舞う中、紙の山の一部がモゾモゾと蠢き、レミリアの顔がポンと出る。
「あー・・・びっくりした・・・・」
ヒラヒラと、レミリアの目の前に爆ぜたページの一枚が舞い降りる。
淡く光っている。
「ん?・・体験談のページみたいね・・・」
なんとか腕を引き抜くと、そのページを手にとって読んでみる。
『また、窓を叩く音がする。
やっぱり来た。』
「なにかしら、これ・・・体験談っぽくないような・・」
『今日は時間と空間に関する本を持ってきてくれた。
でも残念、私は8年程前にそれの完全版を読み終えてる。
そう伝えたら彼女は少し残念そうな顔をした。』
「・・・ちょっと、」
『突然やってきては私の事を眺めて、二言三言言葉を交わして去ってゆく彼女。
背中に蝙蝠のような翼をもった幼い子。』
「まさか・・・」
『読書の最中って事で普段は素っ気無くしていたけど、
ちょっと頑張ってみようと思う。
明日は招いてみよう。
彼女の名前も知らないけど、多分、大丈夫。』
「これ・・・パチェの日記?」
『あの子も寂しそうだから。』
体験談・・・・日常の体験も全て書かれていると言う事。
「あ・・・あの夜の前日の日記なんだ・・」
なんだか、温かい・・・
そのページをきゅっと抱き寄せ、沸き起こる不思議な感覚に身を任せる。
「んッ・・・・・」
カチャリと、ドアを開ける音がする。
振り返る。
ドアを開けて入ってきた彼女の名前が口から漏れる。
「パチェ・・・」
パチュリーはビックリした表情で固まっていたが
手を翳し
「おいで、」
と呟く。
ページの山に埋もれた革表紙が山の中から現れて彼女の元に飛んでゆく。
その革表紙を開いて
「戻りなさい。」
と、舞い散ったページ達に命じる。
「きゃッ」
すると、部屋中に散らばっていたページが舞い上がる。
レミリアが乗っかっていたページ達も舞い上がったので床に尻餅をついてしまう。
それでも、レミリアはページが舞う光景を呆然と見ていた。
そして、全てのページが綺麗に革表紙に戻って行く。
レミリアの持つ一枚を残して。
「レミィ・・・」
本を元に戻したパチュリーがレミリアに歩み寄る。
「・・・読んだ、の?」
「・・・うん、あの、部屋に招いてくれた前日の日記」
と戻らなかった一枚を差し出す。
最後の一枚は閉じた本の間に、生き物の様にするりと入る。
パチュリーがにっこりと笑って手を差し出す。
「あ・・・」
起こしてくれるんだ、
そう思って手を出そうとした時、
パチュリーはその手をクンと跳ね上げる。
途端にレミリアの足元から数条の鉄格子が出現して彼女を覆い、球状の檻となる。
「え・・・?ちょ・・・」
困惑するレミリアをよそにパチュリーはさらに手を振る。
どこからとも無く水が湧き出して、その球状の檻の周りをぐるりと覆う。
流水を渡れない吸血鬼にとって完全な牢獄だ。
「ちょっと、パチェ!これはどう言う事よ!」
「・・・どういう事かって?」
パチュリーの表情は普段と変わらない。
「レミィ、私は言った筈よ?
赤い目次のページだけは開かないように。って」
「ぇ・・」
正直忘れていた。
「で、でも、これはひどいんじゃないかしら?」
「もう一つ言ったはずよ?」
レミリアは必死に思い出す。
視線は自ずと意味の無い場所に向う。
なんだっけ、なんだっけ
確か本を読み始めた時に何か言ってたような・・・
耳に入ったけど記憶して無い。
恐る恐るパチュリーの顔を見てみる。
「それ相応の罰を受けてもらうって、言ったはずよね?」
いつもジト目で何事にも関心の無い顔をしている彼女が
とてもにこやかに笑っている。
顔の筋肉を引きつらせて。
食器を片付け終わった咲夜は「朝食」の準備が整ったので主人のレミリアとパチュリーを呼びに来ていた。
だが、部屋に向う廊下でパチュリーとばったり出くわす。
「パチュリー様、食事はいかがなされますか?」
「あぁ、咲夜ご苦労様。
そうねぇ、レミィと一緒に朝食にするわ。」
「わかりました。」
「でも、用事があるから後でね」
「後ですか?」
お嬢様はこれから朝食なのに・・・
パチュリーはそう言うと、鎖を引いて咲夜の横を通り過ぎる。
その鎖に繋がれているのは・・・・
「あ、咲夜ぁ、ねぇ、助けて!」
空中に浮かんだ水と鉄格子の檻だった。
中には何故かお嬢さま。
・・・・何でお嬢さまが?
とりあえず、振り向いて聞いてみる。
「・・・・・あの、パチュリー様、何をしてるんですか?」
「咲夜、間違えないで。
これからしに行くのよ」
「・・・・何をしに行くのですか?」
「当然、「オシオキ」よ。
うふふふふふふふふフフフフ・・」
「そ、そうですか・・・」
パチュリー様がとても楽しそうに笑って鎖を引いて歩いて行く。
「さ、さくやぁああああぁ・・・・」
泣きながら主人に助けを求められるが、
あの笑いを止められる存在はたぶんいないだろう。
いや、絶対いないと思う。
「お嬢さま・・うぅッ」
つい、顔を逸らしてしまう。
「!?」
遠ざかる檻の中でお嬢さまが固まったのが判った。
私にはつれて行かれるのを見送る事しかできなかった。
鉄格子を握ったまま、レミリアは固まっていた。
さ、咲夜にも見捨てられた・・・
固まる私にパチェが囁く。
「大丈夫、イタクナイカラ・・・ふふ、ウフフ、」
「ひッ」
500年生きてきて、レミリアは恐怖という感情をはじめて知ったのだった。
ところで一箇所パチュリーがパッツリーになってます。
懐かしいなぁと私も思いました。
他のところならともかくそこだけでそこまでおこらなくても・・・パチェ・・・
そしてみいかんら・・・なむー(-人-)