Coolier - 新生・東方創想話

五つの難題 後編

2005/01/13 03:16:39
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   最終難題  蓬莱の玉の枝









 ~蓬莱の幻操






 黒夢の滅びとともに、夜空を穢していた紅霧は晴れる。
 ―――雲ひとつ無い、静謐な月夜
 冷たい月光は 黒と白、二人の蓬莱人を照らし出す。




  恋人同士のように 狂おしく見詰め合う二人
  それぞれの感慨を持ち その様を見守る二人


 ――――千年の幻想狂想曲は 遂に、最終楽章を迎える。





「ふふ…貴女の言うとおり。…今までの神宝は、所詮“にせもの”に過ぎないわ。
永琳が伝承を元に作り出した偽神の宝。かなりよく出来てはいるけど、それだけのもの。
本物の神宝――いえ、遥かないにしえに月より失われし…禁断の秘宝には及ぶべくも無い。
蓬莱の玉の枝。それはもともと月の皇家に伝わる、処断の象徴。蓬莱人を裁く事の出来る――唯一の祭具。
でもそれはね? 私が禁忌を犯した罪で裁かれる前に…ふふ……偶然月より盗み出されたの。
噂では穢き地上の何処かに落下したらしい、とか。
……おかげで私は本当の滅びを迎える事無く、こうして生き続けることになったのよ」

 悪い人もいたものね、と永琳たちのいるほうを見ながらくすくすと哂う輝夜。
 その表情からは、普通の人間が抱く感情を読み取ることは出来ない。
 怒ったような……嬉しそうな……悲しそうな……全てを諦めたような……。
 わからない――狂人の考えなど、理解すること自体が困難なこと。
 押し黙る妹紅を見て、にこりと狂人らしからぬ笑みを浮かべ……宣言する。

「―――よく、頑張ったわね。妹紅。ここまで付き合ってくれるとは……正直思わなかったわ。
けど、ね……? 残念だけど、それもここまで。私は貴方を壊すことが出来るけど――」
 
 輝夜の口元が次第に釣り上がっていく。不吉な赤い三日月が形成されて――

「―――その逆は、ありえない。
……では、お望みどおりお見せしましょうか? いつもの紛い物とは違う、この“真の神宝”のちからを。
遥かな昔、月より零れし五色の玉を。
貴女のお父様のくれた、“蓬莱の玉の枝”の恐怖……。



        その身で味わいなさい?――――父の愛を。




 輝夜が白鍵で異空間より取り出したのは―――色とりどりの宝玉が生る、不可思議な物体。





             赤  青  黄  緑  紫



 
 五色の光に輝く宝石。 神域のちからを宿す、この世に二つと無い秘宝。
 輝夜が唄うように月の姫しか知らぬ、神宝の封じを解く詩を唱える。
「―-―-――---――---、―--――…、―――--――---。」

 言の葉は、光磨の真健となりて…禁断の光輝を呼び覚ます。





 目覚める――――蓬莱の玉。
 その裡より溢れ出す五色の光芒、それらは複雑に絡み合い――――輝夜の前方に光の方陣を描き出す。
 形作られた方陣の中央から溢れる渾然一輝とした光の奔流は、月虹の如く輝夜を中心に円を描く。
 七つの位階は―――七つの源流から流れ出す、七つの支流となり――――――妹紅を襲う。









          月宝 「 蓬莱の玉の枝 ―須臾山の狂― 」





        赤      朱よりもなお紅い 血色に染まる荒縄
        橙      傷んだ赤色  腐食し軋む、錆びた鎖 
        黄      中央の色  天地を喰らう、竜の皇帝
        緑      緑青の黴  朽ちた骸を侵食する菌糸
        水      洪水の色  深い川底に潜み伏す蛟
        藍      藍染めの帯  死者を弔う、冥い弔旗
        紫      すべての境界を操作する  …結界糸



      七つの属性  七つの災厄  ――――七つの…くちなわ。



 蛇は、七つの死を司る。    溢死  憤死  刑死  病死  溺死  老衰死  …神隠死
 七色の光蛇に咬まれし者は、それぞれの死の記憶を追体験する。
 人の一生…須臾を、遥かな昔より見守ってきた白き永遠の月。
月の光は蓬莱の神宝に蒐集された…その記憶を解放し、これをくちなわのかたちと為す。
 常の人々、力なき妖怪などは……光蛇の一咬みで正気を失い、狂い死にするほか術は無い。
 不死人の精神、魂を破壊する為の拷問、処刑器具。
 それが―――忌まわしき月の宝の正体。




――――水色の光蛇が、鳳凰の翼を掠める。

                  暗き水底、沈み逝く姫君。 口から零れるは―――末期のためいき。



――――黄色の光蛇が、苦悶に失速する鳳凰の足を傷つける。

                  荒れ果てた刑場。 眼前にそびえる、処断のやいば。逃れる術は…無い。



――――赤い蛇、緑の蛇、橙、藍…紫。

                  七色の蛇は、先を争うように鳳凰に殺到し――――容赦なく喰らいつく。




「くぁああああああああああああああああああ!!?? 」

 幾度も 幾度も 訪れる…死の瞬間。
 刹那の記憶。
 須臾の絶望。
 死を知らぬ身なればこそ…その苦しみは終わる事無く、妹紅を責め続ける。 
 脳を灼く、幾多の死考。 苦しい、苦しい、苦しい苦しい苦しい――――――
 鳳凰は翼を閉じ、体を丸め……耐え忍ぶ。だが、そんな抵抗を嘲うかのように光蛇は次々に襲いかかる。









 あらゆる物理攻撃を緩和する筈の、炎の壁も効果は無く……鳳凰はたまらじ、と無様に逃走に移る。
 崩れた態勢を整えるべく、翼を一打ちし、光蛇の群れを引き離す鳳凰。
 逃さじ、と追いすがる七匹の蛇。
 錐揉みし、交差する光蛇の群れを掻い潜る。七色の光源が舞台照明の如く鳳凰を追尾し、死の舞踏を強要する。
 苦し紛れに尾より放つ、炎弾の弾幕も…光に触れるが最後、その存在を―――否定され尽くす。
 生と死の境界線上の、息もつかせぬ殺陣舞台。
 敵役の槍は容赦なく主役のこころを削り、
 主役の矢は効果なく敵役の前にへし折れる。
 血糊の飛沫ひとつ上がらない、迫力もやる気も無い三文芝居。
 黙々と振るわれる蛇鉾。――相手の出方もお構いなしの、最低の演技。
 苦鳴を上げ逃げ惑う主役。――無様を晒し観客の失笑を誘う、大根役者。
 こんな筈では無かった。主役の懊悩が……吹き零れる。

 




 ―――これが…こんな禍々しいものが、真の神宝…。死を賭して、父様が探し当てた“蓬莱の玉の枝“の本質なのか…?



 襲い来る光蛇の群れを紙一重で回避しつつ距離を置き、荒い息で妹紅は輝夜に叫ぶ。
「なぜだ…何故!! これが本物だと分かっているのなら…何故、あんな虚言を吐き、父様を拒絶した!?
あの時、お前がその事を認めたなら………………………………父様は!!!!!!」
 必死に訴えかける妹紅を、愉しげに見やりながら―――黒き姫は、何でも無いことのように答える。
「…ふふふ、だって私、殿方には興味ないから。 全く…最初からその気は無いと言ってるのに、あの男たちったら……。
あんまりにもしつこいから、無理難題を吹っかけ、諦めて貰おうと思ったのに―――――古に地上へ堕ちた、とうに失われた筈の…月の秘宝。
…馬鹿の一念、岩をも通す ね。―――まさか本当にアレを持ち帰るとは思わなかったわ。…くくく、本当に、馬鹿な男、ね。…貴女のお父様は。
あはっ あははっ アハハハハハはハハハハハははははははははははははははははハハハ――





 堰を切ったように狂笑する輝夜。
 絶句する妹紅。胸に過ぎるは…父様の優しい笑顔。―――誰よりも、大好きだった父様。
 頭を撫でてくれた、あたたかい手。あの日、私の前から去っていった…後姿。
 でも! それでも…それが、あの人の幸せならば…結婚し、逢えなくなってもよかった。

 ――――生きていてさえ、くれるのならば……。

 ・

 ・
  
 ・ 

 ・

 ・


 ――――それを…それをそれをそれを、それを!!   こ の  お ん な は………っ!!

 歯も砕けんばかりに ぎりりと歯軋りする妹紅。
 食い縛った口元からは、つう…と血が流れ伝う。
 無感情に襲い来る、光蛇たち。しかし、妹紅は…もはや一歩も退く事無く、光の渦巻く太極に眼を向ける。
 輝夜を睨み殺さん、とするその視線―――わが身に迫る光蛇になど、目にもくれずに妹紅は絶叫する。





「……まれ、…………黙れ黙れだまれーーーーーッ!!!! とうさまを……父様を、侮辱するな!!!!
――――永遠を弄ぶ、貴様のような“バケモノ”が……父様を、侮辱できる筋合いなど――――無い!!!!」
 嚇怒する妹紅。その身に纏う鳳凰の体駆が、爆発的に膨れ上がる。高まる灼熱。熱き血潮に宿る…業の覚醒。

 赤く、朱く―――自らも 紅より なお紅く 染まれ―――

 熾天の色を宿す、紅翼の陣。
 その灼熱に滾る血とは裏腹に、五感は冷たく…針のように研ぎ澄まされ――――蓬莱の玉から迸る七条の濁流に、僅かな綻びを見出す。
 機会は一瞬。仕損じた後のことなど……構わぬ!!
 ―――燃えよ! 我がほのお… 怨敵、輝夜に………月まで、――――――――届け!!!!





「――――失せろ! バケモノ!!!!





 光の奔流の合間を縫うように、鳳凰のくちばしより放たれる一条の炎槍。
 螺旋を描く渾身の炎は、極彩色の光を掻い潜り―――何故か、凍りついたように動きを止めている…輝夜に向かう。






―――ザシュッ

 放たれた炎槍は輝夜の頬を焼き焦し、彼方へと失せる。



 美しい面に刻まれた醜い火傷。焼き切れた傷跡からは―――赤い、紅い血が。
 頬を伝う朱は涙のように流れ落ち、輝夜の黒衣を濡らす。
 ぽたり  
 ぽたり
 流れる紅涙を気にも留めず、輝夜は動かない。
 先程までの狂態は鳴りを潜め、凍てついたような能面を――――妹紅に向け続ける。







 蓬莱の玉から溢れていた光は…その一撃を境に、急速に勢いを衰えさせてゆく。
 力なく崩れ逝く光蛇たち。 ――――収まる奔流。
 色とりどりに輝いていたそれらは、鈍い灰色へと劣化を続ける。




 最後の難題、打ち破り――――勝利するは、不死鳥の姫、か。













  ~蓬莱の幻葬



 長い髪に、その表情を隠し……うな垂れる黒の姫。
 虚脱した雰囲気。彼女は…あきらめたように、深い 深いため息を吐く。
 ―――その心中は、いかな想いが渦巻いているのか。
 いまだ激昂冷めやらぬ妹紅を前に、輝夜は擦れた声で呟いた。
「………………………そう。

 あまりにも小さな、その呟きは妹紅に届く前に、燃え盛る烈火の揺らめきに掻き消される。
「………貴女も結局、私を――――――バケモノと呼ぶのね。




 完全に光を失い、沈黙する蓬莱の玉。


 完全に光を失い、沈黙する蓬莱の咎人。
 




「……………………………いいわ、ならば私は―――バケモノとなりましょう。
―――永遠も須臾も、全てを飲み干し、全てを喰らい尽くす…バケモノに」

 輝夜の独白を合図に、これまでとは比較にならない堕気を発する五色の玉。その深奥より…暗い、昏い輝きが這い登る。
 色とりどりの玉を侵食する、混沌。じわり じわりと玉は…その色に汚染されてゆく。
 其は、万色にして無色の――――――――黒。







          輝夜 「 蓬莱の玉の枝 ― ぬばたまの郷 ― 」




 輝夜の言霊で励起されし、漆黒の呪い。月の神宝たる“蓬莱の玉の枝”を穢し、その内より滲み出る混沌は…世界を犯し、変質させる。
 暗き夜空より、なお昏し。  あらゆる須臾を打ち消し、あらゆる永遠を喰らい尽くす、輝ける――――――夜。


 “ 輝夜 ”は…………終末に訪れ、世界を飲み込む魔狼のように―――その貪欲な顎を、鳳凰に向ける。
 迫り来る、ぬばたまの具現――――彼女の瞳にも似た…終焉の美に彩られたソレを、彼女は魂を奪われ……魅入られたかのように見続ける。

 這い寄る混沌。 求めるは…不死鳥の肝。

 ようやく我に返った妹紅。すぐさま、目前に迫る脅威を回避しようと翼を翻す。
 轟…と前方へと打ち振るわれる翼、羽ばたきと共に後方へと急速に離脱する鳳凰。


 が。

 ゆっくりと拡がりつつあった夜は、鳳凰の羽ばたきを…哀れな獲物の足掻きと認識したのか、その速度を一変させ―――餓狼がむしゃぶりつくが如く、鳳凰へと差し迫る。
 在りえないほどの速度で追尾する夜。上下左右、死角など存在しない大きさに展開したソレは、既に脱出不可能な鳥篭と化し…輝く漆黒は妹紅の五体へと絡み付く。

 ―――かごめ かごめ かごのなかのとりは…………
 囚われの身に降りかかる、救いなど無い残酷な運命。
 既に鳳凰は、飛び立つことも………能わず。



「…………くっ。 何なんだ、これは…。 力が、ぬけ……

 能面のまま、輝夜は妹紅の問いに答える。


「永遠と須臾。 相反する属性を月宝にて結合させたこのスペル、たとえ貴女が不死鳥の力で逃れようとしても、無駄。…輝ける夜は、すべてを飲み込み―――無に返す。
……………妹紅、貴女との―――永かった幻争も、これで……おしまい。
――叶うなら、せめて…………………………………私のなかで、生き続けなさい。――永遠に」

 静かに夜は、鳳凰を咀嚼する。 妹紅の纏う不死の炎は、次第にその輝きを失っていき―――










 暗くなる視界の中、妹紅は輝夜のほうを見やる。
 美しく、凄惨な…ぬばたまの姫。
 人の情など持たぬ、と言わんばかりの面持ちは……まさに、永遠の咎人たるに相応しい。




 でも………




 その顔は



 まるで





 ……泣きじゃくる子供を、思い起こして――――


















 二人の想いを余所に、夜はただ……その役目を果たしゆく。
 もはや―――轟々と燃え盛る紅炎は見る影も無く衰え、手足も…とうに形を喪った。
 目を閉じた彼女を、滅びは やさしく やさしく 抱擁する。



 ――――――父様。 ようやく私は、お側に………


 走馬灯のようによぎる、遥けき過去の幻像。
 満ち足りていた、父との思い出。
 あの女との、果てしなき争いの日々。
 幻想郷で出会った……生涯の友。
 そして――――









 ……最期に残ったのは、初めて出会った時の、あの体験。それは全ての始まり――――




 ああ、そうか    わたしは  あのときから……………………彼女のことが
















  ~蓬莱の幻創




 遂に夜は、妹紅を―――その無限の懐に収める。
 戦場には輝夜と、たゆたう暗黒の残滓のみ。
 黒き姫は、掲げていた冥い玉の枝を降ろし、そっと呟く。



「………馬鹿」

 その言葉は誰に向けられたものなのか。言の葉は……そよぐ風に空しく散らされ、消えて逝く。
 無言のまま、蠢く夜を見続ける輝夜。


「………。」

 あれ程の生命の輝きを誇った、不死鳥の炎は既に無く。
 後に残るは…忌み嫌う、自らの象徴たる“輝夜”のみ。
 幾ばくかの刻をただずみ続け、ふいと視線を逸らす輝夜。
 振りかぶった目の端からは、きらりと零れる月の雫。
 それは、まるで幻想のように…悲しく、美しく―――




 踵を返し、その場を後にしようとする輝夜。 ――――その背後で






      “ 生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く ”




 輝ける夜の裡より
 ――――幽玄なる、鳳凰の幻像が浮かび上がる。









「…………!」


 心に響く、秘蔵宝鑰の一文。これは…





「……………まさか、ありえ、ない……


 死を知らぬ彼女が、好んで詠っていた……





 




         “ 死に死に死に死んで死の終わりに冥し ”









「―――――妹紅。


 眼前の在りえざる光景を、輝夜は憧憬を持って見守る。自然と微笑みが零れるのを……自覚しながら。









 その赤白する身を変じ、青白く輝く――――不死の鳥。 
 現世と幽界。交互に脈動する朧気な幻想。

 輝夜が渇望した、答えが、いま……ここに。
 全てを飲み込む筈の夜を切り裂き、現われ出でた幽玄なる鳳凰。
 生命の鼓動を打つたびに、周囲には――――純白のほのおの卵が いくつも いくつも 産み出されてゆく。
 永遠を撃ち落す、いまだ生まれえぬ――――幾多の可能性。
 それは…滅びても 滅びても――――なお、衰えぬ






               “ 生きる意志 ”












         インペリシャブル シューティング








 新たなる世界の可能性、鳳凰卵が――――次々と弾け飛ぶ。

 破裂した卵より孵化した、純粋なる……生命への賛歌。
 幾重にも共鳴し、響きあう 歌の波紋は――――微笑みを浮かべる…永遠と須臾の咎人を
 引き裂き
 つらぬき
 切断し
 燃焼し
 圧迫し
 破砕し
 完膚なきまでに
 ……打ち据える。

――――――――――――



―――――――――


――――――

――――

―――
――


 全身を朱に煙らせ、地上へと堕ちてゆく輝夜。
 手にしていた玉の枝は、衝撃でその結合を解かれ…それぞれ、あらぬ方向へと弾き飛ばされる。
























      夜空には まあるい まあるい おおきな月











 無の深淵より甦りし少女は――背後に月と、鳳凰を背負い飛翔する。
 青白い月光に、溢れんばかりの生命の光輝を浮かび上がらせながら。
 それは……
 世界の全て、夜闇の全てを赦す…生命の女神。
 ―――この世全ての善。
 荘厳な一枚の絵画のような、清浄なる姿。
 白き姫は…その美しき、白銀の髪を夜風にたなびかせて…………








       ――――――気高く、優雅に舞い続ける。


















  ~月夜の幻送





 …………。

 白い大地を紅く染め、黒い姫は倒れ伏す。
 再生も追いつかぬ程の深手を負った体のかしこから流れる朱は…止め処なく溢れ、白い雪に吸い込まれ続ける。


 ザシュ

 ザシュ


 静かに雪を踏みしめ、輝夜のもとへ歩み寄る妹紅。


 ザシュ。

 紅い海の前で、立ち止まる。
 ……判りきった結末を、宣言。


「………私の、かち、だ。」

 紅く濡れた唇がひらく。
 ごぼり と溢れる鮮血。


「………ええ、そうね…。」


 無言で見詰め合う二人。
 やがて妹紅は、倒れ伏す輝夜の傍らに膝をつき……覆いかぶさる。
 もはや…抗う力も気力も無く、ずたずたになった―――両の手を押さえつける妹紅を見やる、輝夜。
 絡み合う視線、須臾と永遠の刹那。






「…………。」

 静かに、目を閉じる輝夜。紅く濡れそぼり、血の溢れる傷跡に顔を近づける妹紅。
 戦の儀式の前に、二人の間で交わされた…神聖なる誓い―――


 “勝者は敗者の…肝を喰らわん”



 交わした誓いを守るべく、口を開き――――妹紅は、輝夜の――――かけがえの無い永遠を、奪い取る。




































“ …… ”





 それは、一瞬のできごと。
 不器用で、稚拙。乱暴な――――――しかし、千年の……“想い”のこもった……淡い 淡い、口付け。








「……ん…。
 輝夜の紅い唇より さっと自らの唇を離し、頬を紅く染めながら…不機嫌そうに彼女は捨て台詞を吐く。



「……いつぞやの借りは、これで返したわ。………ふん、これ位で長年の恨みが晴れると思ったら…大間違いよ。
ぜったい…絶対―――――私に永遠を与えたことを、後悔させてやるんだから。」


 一息に言い放ち、振り向くこともせず、妹紅はその場を後にする。
 そして、離れた場所に永琳とともにいる慧音に…照れを隠すように叫ぶ。


「慧音――!! さっさと帰るわよ! 今日は力を使い過ぎて…死ぬほどお腹が空いたわ。 早く帰ってごはんの仕度して!」

「あ、ああ。 わ、分かった。……では、今夜は妹紅の好きな牛鍋にでもするか?」
「ふふっ、そうね。それがいいわ。…そうと決まったら、こんな所に長居は無用! さぁ、帰ろ?



                                               ……ごめんね、慧音。私は……」

 最後に妹紅の呟いた小さな囁きは、慧音に……誰にも聞こえる事無く、夜風に運ばれていった。
 他愛のない言葉を掛け合いながら、二人は雪原を後にし家路につく。














  ~月夜の玄葬





 呆けたように横たわる、輝夜のもとに歩み寄る永琳。
 懐より幾つかの治療薬を取り出しながら、彼女は主の容態を問う。

「姫。お加減はどうですか?」

 いつもの口調で訊く永琳の言葉に、我に帰る輝夜。


「………………なんてことは無いわ。…しばらく休めば、問題ない。」
「そうですか、それはなにより。 で、どうです?」
「…なにを言ってるの?永琳。 体は問題ないって言ったじゃない。」
「いえいえ、私が言ってるのは……いや、皆まで申すまい。 ふふ、そのお顔を見れば一目瞭然。……………………よかったですね、姫。」



 そう言いながら、輝夜をいたわる永琳の表情はどこまでもやさしい。従者は、眩しいものを見るように目を眇め―――主の顔を仰ぎ見る。
 比類なき天才、月の頭脳。悠久の時を経てなお衰えぬ、その神の如き知性で置かれた布石は……永き 永き夜を越え―――


 今宵……この時、この場所で――――――――――――――――――――――実を結んだ。






 永琳に抱かれ、冷たい雪に横たわり――輝夜はふと夜空を仰ぎ見る。













 冬の清浄な冷気を受け、きらきらと瞬く星々。
 白く、やさしい光を投げかける……おおきな、月。


 ……思えば、こうして素直に夜空を見ることなど……無かったような気がする。
 黒く輝く夜空を見れば、自らのこころの闇を憂い、
 白く輝く満月を見れば、過去の忌まわしい罪を思い出す。


 ……知らなかった。

 ……知ろうともしなかった。


 ―――世界が、こんなにも綺麗だったなんて











 清らかな月光に照らし出される
 輝くような やさしい ほほえみ。

 あどけない顔で、白い月を見上げながら――――輝夜は、心に巣くう…いにしえの黒い幻想を、葬り去る。






 過ぎ去った永遠など、もはやどうでもよく……
 大切なのは今、この時に感じる―――――――この想い。



 輝夜は永琳の胸に、とす…と頭を預け、小さく 小さく囁く。











 「ねぇ、永琳。 ―――――生きるって、………楽しいわね。」












                                        


 








途中消えちゃったりして激しくやる気が亡くなりましたが、なんとか最後まで。最後までお読み頂き、ありがとうございます。……大感謝。

蓬莱の玉の枝:
永夜返しは封印です。これはお父さんの仇を討つ!と息巻く妹紅の話なので、因縁の宝物を最後に据えたいと思い、このようなことに。
設定は完全に妄想入ってるので、実像とは異なります。


インペリ:
あのスペルだけ炎の色が変わり、朧気に脈動する鳳凰。ZUN神主は何を思ってあのスペルを考えたのだろう。シューティングよ永遠なれ。


1/13 いんぺりシーンの辺り改。きもけねじゃあるまいし、背後からコソーリ襲うのは卑怯と感じたので。もこーは気高いのだ。(この話のなかでは)

追記:想創話スレに便利なツールが紹介されてました。操作ミスで消滅させやすい自分には、大助かり。ありがたや、ありがたや。orz

>七死さん
コメントどうもです。蓬莱の玉の七色の妄想は「七死」から来てたりします。orz
結末は最初からこうと決めてたので、それまでのシーンで可能な限り狂気と憎悪をだそうと。読み終えた後にすっきりした感じが出てれば幸いです。

>無為さん
橙色のくだりですね。つっこみありがとうです。気づいてくれて嬉しい。

>SETHさん
騙されてくれて感謝orz

>渡夢さん
大体出来てて、馬鹿やってしまったので…衝撃のあまり、しばらくは他の事を。アリスの2作も実は書いてる途中で消えたりしてます。保存されなかったデータのサルベージ……出来るんでしょうかねぇ。なにはともあれ、感想どうもです。
しん
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コメント



0.2000簡易評価
8.70七死削除
<<侵食 黒死蝶>>のおりに垣間見た戦闘演出家としての片鱗、
見事に炸裂させてくれましたね。

輝夜vs紅妹、この因縁の対決を、ここまで激しく熱く美しく見事に
書かれたのはしんさんが始めてじゃなかとでしょうか。
洗練された言の葉から生み出される分厚い弾幕は、絶妙に配置
された行間に響き渡る轟音と交わり、宣言されるスペルの韻律を
纏いて幻争の調べを奏でる。 その音色は流麗にして苛烈。

多少ダークなベースストーリーりは、好みが分かれる所でしょうが
この見事なまでの弾幕合戦をして終結を見るのであれば、実に味わい
深い。

良く完成させて下さいました。 その情熱、お見事です。
20.無評価無為削除
シリアスシリアスしてる作品だと思ったら最後の最後でもこ×てるよカップル成立ですか!
いいわぁ~ 凄くいいわぁ~

ところで何か文中に学生時代からの決まりで例外なくブチ殺されそうな単語が見えましたが気のせいですよね。
24.90無為削除
ドジこいたーーッ
さり気ないツッコミと点数を入れるつもりが、こいつはいかーん!
25.80SETH削除
ダークなバトルものだと思ったら実は純愛物だったとわ(鼻血

いいお話でした、グッジョ!
26.100渡夢削除
うわ、びっくりしたー。これって恋愛小説だったのか!! 優しく見守る永琳って実においしいポジションですねぇ(うらやましひ)。
えと、点数は三部完結のまとめで付けさせていただきました。コメント書きながら、著しく変動しましたが(一作品としての評価です。あんたサイコーや←これが言いたかっただけともゆう)
戦いの後の妙な気怠い感じって、こんなだよなぁとか思いながら読みました。やっぱ、輝夜も女の子なのですね。奥深いな、東方! というか、ここまで短期間で成長されたしん様の表現力にひたすら脱帽。

男の子じゃ、ちょっとこういうシチュエーションは起きないと思います。でもちゃんと100%女の子でも無理じゃないかなぁ。

全体的に、すっごくきれーです。色を意識しても、それがかえって逆効果になっちゃう場合もよくありますからね。そういう私もついこの間・・げふげふ。
完結しなかったかも、なんてコメントにビビりました。よかったー。完成しててよかったー。心から、眼福です。おいしゅうございました(?!
31.無評価七死削除
>後書きを読んで・・・七つの死
ちょっと期待してたんですが、直球でお声を掛けて頂いていやうれしやw 実はこのハンドルは過去にお一人使用されてたみたいで、私2代目らしいのですけどねorz

狂死、凍死、餓死、壊死等自分でも一回は考えてたんですが、まさか神隠死とこられるとは、もうかっとびましたよ。 しんさんは本当に言葉飾りが上手い。
このまま勇ましい言葉飾りを極め、戦闘演出の偉い人となられますよう、そしてまた、その作文能力に幅をお持ちになられ、やわらかで静かな言葉飾り、にぎやかで朗らかなな言葉飾り等も習得なされて、さまざまな文術を扱えるようになられますよう応援しております。 頑張ってください。