「それではただいまより、第9762回永遠亭外蓬莱人滅殺評議会定例会議を始めます。司会は私、イナバ44号でお送りいたしまーす」
白墨片手にかつかつと黒板をつつきながら、イナバ44号が言う。
わー、とまばらにおこる拍手と歓声。
ちなみにこのイナバの後に続く番号は、兵隊兎をイナバとしか呼ばない輝夜に何とか個体識別してもらうために付けた苦肉の策である。
こうしたところ、輝夜は顔と番号を一発で覚えたというのだから不思議なものだ。
一応この番号はイナバ達の間での序列にもなっており、たまに番号の入れ替わりを輝夜に報告するのだが、これまた一度で覚えてしまうのである。
なら名前を覚えて下さい、と一度嘆願したこともあったのだが、何故か名前にすると顔と一致せず没となった。
この件に関し、イナバ達の間ではべにみりんの呪詛だ、とか中国の妬みだ、とかそういうなにか呪い的なものが関係しているという見解で一致している。
この噂の出所ははっきりしておらず、それがこの説の信憑性を増していたりする。
補足すると、44号というのは1000を越えるイナバ達の中でも上位に位置しているのだが、なんでこんな使いっぱのような司会兼書記をしているのかというと、彼女の能力が「黒板を消す程度」の能力だからである。
以前この能力をフルに発揮してしまって黒板を物理的に消滅させたこともあり、その時には泣く泣く44号が自腹で新しい黒板を買ってきたという涙ぐましいエピソードもある。消せるだけで戻せはしないのだ。
「さて今会議に先立ちまして、輝夜様から一言あるそうです、静粛に。・・・では輝夜様、どうぞ」
わやわやと騒いでいたイナバ達の沈黙を待って、イナバ44号は輝夜に振る。
彼女はすっくと立ち上がり、
「彼女を殺すのはやめにするわ」
と第一声した。
どよどよとざわめくイナバ達。
「また突然ですが・・・何故ですか?」
永琳が挙手して疑問を呈した。
「だって殺しても死なないじゃない」
当たり前だ。
「生き肝を食べてしまえば殺せますが・・・」
「そんなことしたら死んじゃうじゃないの」
「はぁ?」
意味不明なことを言う輝夜に、永琳は間の抜けた声をあげる。
「と、ともかく真っ当な手段じゃ殺せないんだから、これからは殺すんじゃなくて嫌がらせをすることにしたの」
何故か顔を赤くし、輝夜は慌てたように言う。
そもそも永遠亭外蓬莱人滅殺評議会は、妹紅を如何にして殺害するかということを検討するために設立された機関である。
この時点で、もはや目的を見失っているといっても過言でない。
「憎さ余って」
ぼそっとなにやら呟きかけたイナバ1号ことてゐを、輝夜は視線で黙らせる。
てゐは文句を言わない。健康の秘訣とは、食べたくないものを食べ、飲みたくないものを飲み、そしてやりたくないことをやることなのである。
「そういうわけだから、今回からは如何にして嫌がらせをするかを検討することにするわ。忌憚無い意見を出してちょうだい」
それを言い終え、着席する輝夜。
「・・・えー、それでは意見、案のある方は挙手してくださーい」
「はい!」
司会の言葉に間髪入れずに手を挙げたのは、
「はい、イナバ13号」
名を呼ばれるのと同時に、彼女は意気揚々と立ち上がる。
「まず大砲を用意します」
「ふんふん」
「そしてそこに鈴仙様を入れて、妹紅様の庵に撃ち込みます」
「人間大砲?!」
「イナバ大砲です鈴仙様!」
思わず声をあげた鈴仙に、イナバ13号はいやにすがすがしく突っ込みをいれた。
「いや私が言いたいのはそこじゃなくて」
「名付けて『オペレーション猿と木から落ちる』です!」
「何その名称?!」
「弾幕ごっこでは妹紅様の方が上手、つまり木の上で猿と戦うようなものです!ですが猿をひっ掴んで一緒に飛び降りれば少なくとも相打ちにはなります!本来なら勝てる相手に必ずドローになる!これは効果的な嫌がらせですよ!」
「なら別に私じゃなくてもいいじゃない!ていうか大砲を使う意味は?!」
「何をおっしゃいます鈴仙様、蟻が捨て身になっても蟷螂には敵いません!しかし便所コオロギがすごい速度で体当たりすれば良い線にいくのではないかと」
「私便所コオロギ扱い?!」
ちなみにこのイナバ13号、本来なら番号一桁までのし上がれるほどの実力者であるにもかかわらず、未だこの地位に甘んじているのは、永琳のスペルにアポロ13があるからである。
それだけ永琳を敬愛・・・というか愛しちゃっているのだった。
ならイナバ1号になったほうが覚えも良くなるんじゃないかというのが同僚のイナバ21号の意見だが、イナバ13号の澄み切った曇り硝子の如き心には届かないらしい。
そんなわけでイナバ13号は、永琳の直弟子である鈴仙に何かと対抗意識を燃やしている。
一度など永琳の作った新型座薬にカラシを塗り、献体だった鈴仙を悶絶させるという偉業を成し遂げた正にイナバの中のイナバ、イナバ・オブ・ザ・イヤーを受賞すること間違い無しの、二年に一度の傑物イナバなのである。
しかしその結果、寝込んだ鈴仙を永琳が三日三晩つきっきりで介抱し、どういう紆余曲折があったのかは知らないが二人が鈴仙の部屋から出てくると、『師匠・・・』『永琳って呼んで・・・鈴仙・・・』などという怒濤の新展開になっていた。
それを草葉の影から見ていたイナバ13号は、自らの失策に服の袖をかみ千切ったという。
余談だがそれ以来、鈴仙はイナバ達の間で「ウサ・ギガンティア」と呼ばれるに至っている。知らぬは本人だけである。
「ともかく!そんな案、私は認めな・・・!」
「興味深いわね」
「姫様ー?!」
駄目出ししようとした鈴仙の言葉を、輝夜があっさり遮った。悲痛な叫びが大広間に木霊する。
「少し待ちなさい、検討してみるから」
言って輝夜はこめかみに人差し指を当て、沈黙する。
・・・・・・
ややあって、沈黙の帳が破られた。
「駄目だわ」
「何故ですか?」
イナバ13号が不満そうに尋ねる。
その一方で、鈴仙はほっと胸をなで下ろしていた。
「へにょりイナバの痔が悪化してしまうもの」
「私は痔じゃありません!ていうか一体何を検討なさったんですか姫様!」
輝夜の爆弾発言に、鈴仙は顔を真っ赤にして抗議する。
ここで輝夜の脳内でどのようなシミュレートがなされたか見てみよう。
盛大な爆発音と共に、壁がぶち破られる。
あまつさえ、今の今まで妹紅があたっていた炬燵をも粉砕して、彼女に何かがのしかかった。
「げほっ、い、一体何が・・・」
もうもうと巻きあがる粉塵の中、妹紅のマウントポジションを取るのは・・・
「個人的な恨みはありませんが、姫様の命令です、お命頂戴」
「あ、あんた輝夜のとこの・・・!」
鈴仙・U・イナバである。煤けて真っ黒になってはいるが、鈴仙・U・イナバである。
「くっ・・・こ、このっ・・・!」
不利だった。
単に上に乗られているだけならまだしも、ここはせいぜい四人が額をぶつけて車座する程度の空間しかない。逃げられない。
「掘り炬燵の中で終わるという、何とも色気のない最期ですが諦めて・・・?」
妹紅の表情に、鈴仙は怪訝な顔をする。
彼女の表情は、助かったと言わんばかりの安堵の表情でもあり、これからおこる惨劇への恐怖の表情でもあり、理不尽への同情の表情でもあった。
すうと、彼女の背後から影が伸びる。
フゥゥゥ・・・ハァァァ・・・
奇妙な吐息。
イヤな汗が、鈴仙の背筋を流れた。
おそるおそる振り返る。
そこには満月を背に、ちぐはぐな長さの角を伸ばす、一人の少女が・・・
・・・・・・caved!!!
「ね?」
「ね?じゃないです!何なんですかその偏った条件でのシミュレーションは!」
どうよ?と言わんばかりに無い胸を張る輝夜に鈴仙が突っ込む。
「だってへにょりイナバが問題発言するから」
「してません!ていうか慧音さんにすごい失礼ですよそれ!」
「ああんもう炬燵でうたた寝してよだれたらしちゃうなんてかわいー」
「そんな描写どこにも・・・!って姫様?」
いきなり身悶えしだした輝夜に鈴仙は戦慄するが、改めて見直したときには、それは一瞬の蜃気楼であったかのように、いつもの彼女に戻っていた。
狐につままれたような気分になる。鈴仙は兎なので狐につままれることは即ち死なのだが、狐代表八雲藍は、如何にして右肩上がりの一家の出費を減らして赤字を克服するかに全能力を注いだところ、一日の半分以上を寝て過ごしている自らの主が働かない限り不可能であるという結論に至り、つまりもはや望みはないわけで、どこぞの丘の上でたそがれている真っ最中なので安心である。
「何か足りない点があったかしら」
「ある一方向にだけ満ち足りすぎているんです!あと、へにょりイナバってなんですか」
本気で言ってるのかどうか知れない姫君に、彼女は息を切らす。
「だって貴女の耳、なんだか萎びているじゃない。地上のイナバ達の耳はみんなもこもこしているの・・・に・・・」
唐突に、彼女の語尾が掠れて消えていく。
「・・・・・・?姫様?」
輝夜の様子に、永琳が眉をひそめる。
その間にも彼女はなにやらぶつぶつと呟き、その声が次第に大きくなっていく。
「・・・こ・・・こもこ・・・もこもこ・・・もこもこ・・・ああああああもこもこ妹紅ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
「姫がー!姫様がキれたー!」
「姫様殿中!殿中にございますー!」
「総員対ショック準備ー!」
なんか悲喜交々、陰陽の情念が色々複雑にいり混ざった魂の叫びが輝夜から放たれる。
一緒に玉の枝なんかも放たれる。
特に狙いの定まっていない、酔っぱらいのような色とりどりの弾幕が、畳に障子に天井に、そしてイナバ達に襲いかかる。
・・・しばらくお待ち下さい・・・
「・・・えー、諸事情によって中断しておりました会議を再開します」
イナバ44号が、引きつった表情で言う。
大広間は半壊しており、イナバ達も半壊していた。
なぜイナバ44号が無事だったかというと、彼女は持ち前の強靱な精神力で『あの弾幕は黒板あの弾幕は黒板』と自分を騙・・・自己暗示をかけて、弾幕を黒板と見なして消し去ったのである。紫とコンビを組んで、弾幕と黒板の境界をいじってもらえば幻想郷一硬い盾になれるかもしれない。
「あー・・・と、どこまでいきましたっけ」
「イナバ大砲のところまでね」
首を傾げたイナバ44号に、最前列にいたイナバ6号がフォローをする。
その言葉に鈴仙がはっと我に返る。
「そ、そうよ、何よイナバ大砲って!イナバ13号、貴女私を殺す気?!」
「そんなっ、滅相もありません!私はただ姫様のためを思って・・・!わたしの目を見て下さい!これがそんなことを画策している兎の目に見えますかっ?!」
無論、あわよくば鈴仙を亡き者とし、永琳への弟子入りを画策していたことは言うまでもない。
というよりも、イナバ13号は既に永琳への弟子入りを申し込んだことがあるのだが、『そう・・・えーと、人には向き不向きってものがあるわよね?』とその二時間後には噛んで含めるように断られていた。これも私の才能に嫉妬した鈴仙様の策謀に違いない。
確かにその二時間で永琳様の部屋が半分無くなったりしたが、これは若き日の過ちとして許容できる範囲の被害のハズだ、多分。
芝居がかった口調で言うイナバ13号が鈴仙を見る。
鈴仙もその目をのぞき込もうとして、イナバ13号はふいと目をそらした。
「なんで顔を背けるのよ!」
「いやよく考えたら鈴仙様の目を見ると狂いますし」
そうだった。
ここのところ負けが込んでいて忘れていたが、この瞳は狂気の瞳なのだった。
見るものを狂わす狂気の瞳。
こんな、こんな瞳があるから私は誰とも目を合わせることが出来ない・・・!
「うわーんこんな目玉えぐり出してやるぅぅぅぅ!」
突発的に自傷願望を高ぶらせた鈴仙が、躊躇無くその瞳に指を差し込もうとする。
「ウドンゲ!」
厳しい口調で自らの名を呼ぶ師匠の声に、鈴仙の指がぴたりと止まった。
「し、師匠・・・」
永琳は無言で彼女の手首を掴んで下ろし、そしてその肩に両手をのせる。
そして表情を和らげ、言う。
「ウドンゲ」
「は、はい・・・」
「私は貴女のその目が好きよ?」
「師匠・・・!」
「貴女の目・・・まあるい目・・・真っ赤な目・・・戦場の赤・・・鉄火場の赤・・・屍山血河・・・酒池肉林・・・私も若い頃は無茶をしたものですうふふふふあははははばばばばば」
「師匠ー?!」
「永琳様ー!」
「永琳様が狂ったー!」
「総員対ショック準備ー!」
永琳の口から零れ出す言葉と共に、無数の弾幕も零れ出す。
そういえば奥歯に薬を仕込むのは薬剤師の義務よ、と以前おっしゃってたっけ。まさか弾幕用の薬だとは思っていなかったけど。
永琳の弾幕はとどまることを知らない。口からだけでなく、帽子の中やら服の中やらから様々な形状の弾幕が飛び出した。
そしてそれらが、畳に障子に天井に、そしてイナバ達に襲いかかる。
・・・しばらくお待ち下さい・・・
大広間は全壊し、イナバ達も全壊する。
加えて輝夜さえも倒れ臥していた。
狂ってしまっていただけに、リミッターも狂ってしまっていたようだった。
もはや動くものは何者もいない・・・
いや、累々と横たわるイナバ達の中から立ち上がる姿が一つ。
てゐである。
彼女は健康に気をつかって生き、妖怪へと変じた存在である。
弾幕は健康に良くない。
そんなものをてゐが喰らうはずもないのだ。
微妙に理不尽だが、それに突っ込む人材はもうこの場には存在しない。
てゐは崩れ落ちた大広間の中を、奇妙な身振りと共になにやらぶつぶつ言いながら、きょろきょろと視線を飛ばしている。
よく見ると自らの声に合わせて右腕をぶんぶんと振っている。
更によく観察すると、「れー」のところで腕を振り上げ、「せん」のところで腕を振り下ろしている。
間違っても「せん」のところで腕を振り上げ、「れー」のところで腕を振り下ろしたりはしていない。そんなことをしたら「せんれーせんれー」になってしまう。
間違いを犯すと気分が悪くなる。
気分が悪くなると健康に良くないので、彼女がそんな間違いをするはずがなかった。
つまりてゐは「れーせんれーせん」をやっていたのである。彼女は鈴仙狙いらしい。
そんなてゐの表情がぱっと輝く。
視線の先にはへにょりとした耳が突きだしていた。そちらに向かってぺたぺたと足を進める。
いきなり彼女の顔が不機嫌になった。
視線の先、そこには気絶した鈴仙と、彼女と手を重ねて一緒に倒れている永琳の姿。
てゐはその手をひっぺがすと、鈴仙の体を適当に放り投げる。変なバウンドをしながらごろごろと転がる彼女の体。
はっきり言ってさっきまで「れーせんれーせん」やってた輩の所行とはとても思えない。
とりあえず頷いた彼女は、もう一度辺りを見回す。目当てのものはすぐに見つかった。瓦礫の中からそれを引っぱり出す。
イナバ13号である。
彼女の体を永琳の隣まで運ぶと、イナバ13号の手に彼女の手を重ねる。
てゐは改めて満足げに頷いた。
この光景を見れば、きっと一悶着あるに違いない。
さっき鈴仙を放り投げたときに、さりげなく気を入れておいたから彼女が真っ先に目を覚ますだろう。
そして悲嘆にくれる鈴仙を自分が慰めるのだ。完璧だ。
勝手にそんな自画自賛をすると、てゐはささっと身を隠した。
その後の経緯はあえて伏せるが、永琳と鈴仙の師弟の絆は上限を超え、てゐは地団駄を踏みつつ再戦を誓い、イナバ13号の能力が脱兎の如く逃げる程度のものであることが判明したことだけはお伝えしておく。
大規模破壊に中規模破壊、小規模破壊に人体実験、恋の鞘当て色々あれど、おおむねここ、永遠亭は平和だった。
だが忘れてはならない。
永遠亭の面々がスリルとサスペンスに満ちあふれたピースフルな日常を送る影に、
「はぁ」
「どうしたの、慧音?」
「いや、自分の能力とその存在意義について疑問をもってな」
「センチメンタルなのね」
ある少女の安寧を創造せんが為に、そんなろくでもない歴史を捏造している一人のワーハクタクがいるということを。
( ゜∀゜)彡 えーりん!えーりん! 駄目過ぎえーりん!
⊂彡
……マクロスだかの弾幕一斉射撃浮かんだ。
( ゜∀゜)彡 れーせん!れーせん!
⊂彡
というか、慧音なにしてんですか( ;´д`)
嗚呼、今夜も掴みがキレイだ・・・
おもしろかたー。