想いは消えず、私の中に留まりつづける
それならば
この半身と共に、白楼剣で
妖夢・白楼剣 /人の想いを斬る剣
「妖夢、髪伸びたわね」
何をするでもなく、ただ白玉楼の縁側でいつものようにお茶を飲んでいると、幽々子様が突然そう言った。
いや、突然というのはちょっと違うか。何しろ、半分幽霊の私は人より成長が遅い。肩にかかるくらいの長さまで伸ばすのに、普通の人間の数倍の期間を必要とした。
髪はゆっくりと伸びた。
私の想いと共に。
「変・・・ですか?」
恐る恐る聞いた。がんばって少しづつ少しづつ伸ばした髪。もし変と言われたらどうしよう。
「いいや、似合ってるよ」
幽々子様はそう微笑むと、私の後ろに回り、私の銀髪を梳かし始める。
「私も伸ばそっかなー」
なんて言っているが、もう幽霊となった幽々子様は成長しない。髪は伸びることは無かった。
「それにしても、なんで突然髪を伸ばし始めたの?妖夢」
「別に、なんとなくですよ」
「ふぅん・・・」
なんて、幽々子様は含みがある納得をすると、また私の髪を梳かし始めた。もうこの話はこれで終りという合図・・・。
「男?」
「ぶっ!」
と、思った矢先にこれだ。全くもっての不意打ちに、私はただ無防備に動揺してしまう。
「あ」
その時、私の手から湯飲みが滑り落ちた。
私の動きなら、湯飲みが庭の敷石に叩きつけられる前に掴み取ることも出来た。でもそれはしない。
「もう、なにやってるのよ妖夢。今の茶碗くらい取れないようじゃ剣士失格よ」
「もとはと言えば幽々子様のせいですよ・・・」
私は庭に降りて割れた湯飲みの欠片を拾い集める。お気に入りの湯飲みが割れるのはちょっとショックだけど、これでまた、あの方に逢うことができる。
「ってことは、図星?」
「・・・・・・否定はしませんよ」
私は嘘や隠し事が下手だ。ここで変に取り繕ってもどうせもう幽々子様は感づいていることだろう。茶碗の欠片を拾いながらぶっきら棒にそう言った。
「そっかー、妖夢がねえ」
幽々子様はまるで親戚のおばちゃんのような口調でけらけらと笑いながらそう言った。実際生きてきた年月はともかく、見た目的な年齢は私とそう大差ないのに。
一通り湯のみの欠片を拾い集めると、また幽々子様の隣に座った。
「で?相手は誰?」
「幽々子様には関係ないじゃないですか」
「つれないな~、妖夢~」
そう言いながら何がうれしいのかにやにやと笑いながら幽々子様は私にしな垂れてきた。私はそれを受け止めることはせずに、さっと避ける。
案の定幽々子様は、木張りの縁側にべちゃりと這い付く格好になった。私はそれを横目に立ち上がる。
「いたた・・・。ひどいわね妖夢・・・。あれ、どこいくの?」
幽々子様は赤くなった鼻を摩りながら、縁側を後にしようとしている私にそう言った。
「このままではお茶も飲めませんから、新しい湯飲み茶碗を買ってきます」
****
「いらっしゃい。やあ、妖夢か。今日は何を探してるんだ」
私が香霖堂のドアをくぐると、いつものように、そんな声が聞こえた。私の心が一気に高鳴るのがわかる。
霖之助さんはいつも「今日は何を探してるんだ」と言う。それが私には辛かった。
「あ・・・、えっと、湯飲み茶碗が割れちゃって」
そう言うのが精一杯だった。他の人がどう思っているかはともかく、私は人前では凛とした剣士という印象をもたれるような振る舞いをしているつもりだ。でも霖之助さんを前にするとそれは到底無理な話だった。
香霖堂はいつも客がいない。私が来れば、自然に2人きりの空間となった。だが霖之助さんは「今日は何を探してるんだ」と言う。この一言のせいで、私はあくまでいつまでも香霖堂の客でしかない。
「湯飲みか。ちょっと待ってろ」
霖之助さんはそういうと、奥へ行ってしまった。恐らく湯飲み茶碗を探しに行ったのだろう。私は手近な椅子に腰掛けて、想い人を待つ。
ささやかな至福だった。
いま霖之助さんは、私のために茶碗を探している。そして後数分もしないうちに、私のところへやってくるだろう。そんな極々当たり前のことが、私をこんなにも満たす。
初めてこの想いに気がついたのはいつだっただろうか。思い出そうとしてすぐにやめた。いつが始まりかなんて意味の無いことだし、何より私は、今だけで精一杯だった。
そのうちに、両手に湯のみ茶碗を持って霖之助さんが戻ってくる。
「とりあえず、これとこれなんかはどうかな。こっちなんて小ぶりで妖夢向けだと思うんだが」
そう言って右手に持っていた茶碗を私に差し出した。それを両手で受け取り「じゃあこれを下さい」なんて夢遊病患者のように即答してしまった。
せっかく2つ選んでくれたのだから、もうちょっと吟味しても良かったけれど、どっちも私のために選んでくれたのだから、どっちを選んでも結果的には同じだろう。・・・なんてのは建前で、実際のところこの状況で湯飲みを吟味するなんて心の余裕は、私にはなかった。
「まいどあり。そうだ、せっかくだからその茶碗でお茶でも飲んでいかないか?」
「え・・・」
願ってもない申し出だった。こういうときこそ即答をするべきだというのに、私は戸惑ってしまう。
そうこうしているうちに・・・
「香霖ー、遊びに来たぜー」
「おじゃましまーす」
なんて、2人の少女が香霖堂へ”遊びに”来てしまう。
「またお前らか・・・」
「なんだ、不服そうだな。客に対してその態度は失礼だぞ」
「世間一般では代価を支払って初めて客と呼ぶんだ」
そんないつもの魔理沙たちのやり取りは、私には辛すぎた。私は逃げるように香霖堂を後にしようとする。
「あれ、妖夢じゃない。お使い?」
「ええそうよ。それじゃ」
つい霊夢に冷たい態度を取ってしまったがもうどうすることもできない。一刻も早くこの店から出よう。霊夢たちが入ってきたドアの取っ手を掴んだとき、背後から声が聞こえた。
「妖夢」
その霖之助さんの一言で私はその場に縫い付けられる。一刻も早く出たいのに、いつまでもこの場にいたい。
「髪、似合ってるよ」
「あ・・・・・・。ありがとう・・・ございます」
私は振り返ることも出来ずにそう言うと、ドアを跳ね開けて外へ飛び出した。
振り向くことなんて出来るはずがない。
今の私は、まるで夕日のように真っ赤に違いないのだから。
****
私は香霖堂の客にしかなれないというのに、友人として自然に遊びに来れる魔理沙が憎かった。
私は客としての事務的な会話で精一杯だというのに、親しげに霖之助さんと会話をする霊夢が羨ましかった。
だがそれも初めだけだった。
確かに、楽しそうに屈託なく会話をする3人を、私は焦がれていた。
しかし、霖之助さんが霊夢や魔理沙を女として見てはいないことに気がついたとき、喜び以上に絶望のほうが勝っていた。
私の外見は、霊夢や魔理沙よりも幼いだろう。霊夢たちですら女として見てもらえないのだ。私を女として見てくれるわけがない。
だから髪を伸ばした。
たまに香霖堂に行くたびに、今日は気づいてもらえるだろうか。今日こそは何か言ってくれるだろうか。そんな思いをただ募らせる。
「髪伸びたね」
この一言でいいからかけてほしかった。
そんな日々が続く中、いつしか私は、自分の中にルールを設定した。
”霖之助さんがこの髪に気がついたら、この思いを告げよう”
そして今日。霖之助さんは確かに似合っていると言ってくれた。
その一言が私をどんなに喜ばせたか、あの人はわかっているのだろうか。
その一言が私をどんなに睡眠不足にさせるか、あの人はわかっているのだろうか。
その一言が私にとって特別な意味を持つことを、あの人はわかっているのだろうか。
この想いを伝えよう。
私は、あの方を慕っている。
****
翌日、私はまた香霖堂のドアの前に立つ。幽々子様にはちょっと出てくると言って行き先を伝えずに来た。
そうして、扉を開ける。
「やあ妖夢、いらっしゃい。今日は何を探してるんだ」
霖之助さんは、昨日と同じ顔で、昨日と同じことを言う。
「・・・・・・何も探していません」
「妖夢・・・?」
この日、初めて、私は客としてではなく、一人の女として香霖堂にいる。
霖之助さんのもとへ歩み寄る。
この胸の想いを伝えるために。
「どうした妖夢、なんだか様子が変だぞ」
「霖之助さん」
じっと霖之助さんの目を見つめる。霖之助さんが椅子に座っているせいで、私たちの目の高さは殆ど一緒だった。
手を伸ばせば触れ合える距離。
ああ、こんなにも近いあなたが、遠い。
「好きです。好きです。お慕い・・・申し上げます・・・。もう、私にはどうしたらいいかわからないっ!」
一度言葉にしてしまえば後は爆発するだけだった。
長い月日、ただもやもやと、目に見えぬ影にすらなりきれない思いをため続けてきたのが、一気に言葉として外界に溢れ出る。
何よりも赤裸々で純粋な感情の吐露だった。
「この想いをわかってください・・・!ほら、髪、似合っているって言ってくれたこの髪です。あなたのために伸ばしました、似合ってますか?かわいいですか?」
「妖夢」
もう私は霖之助さんの目を見てはいなかった。見るのが怖い。瞳は雄弁だ。その瞳に拒絶の色が見えてしまったら私はどうにかなってしまいそうだった。
「今君が感じている感情は、少女が成長する上で必要な通過点だ。たまたま僕という男が、その通過点の上に置かれただけで、はしかのようなものなんだよ」
「そんなっ!私はほんとうに!」
「わかってる。もちろんそんな御託は抜きにして、今君の想いは本物だ。そしてそれはちゃんと僕に届いている。・・・でも、すまない。僕は君の気持ちには、応えられない」
それは、何よりも鋭利な刃だった。
刃物は鋭ければ鋭いほど良い。鋭ければ鋭いほどに、相手に痛みを感じさせずに斬ることが出来る。それは純粋な優しさだった。
それなのに。
こんなにも鋭い言葉だと言うのに、どうしてこんなにも、胸が痛むんだろう。
「ふわあぁぁぁああああああああん!」
気がつけば私は霖之助さんに泣きついていた。
がんばって、勇気を出して思いを伝えたんだ。このくらい甘えてもいい、と思う。
霖之助さんは、私を抱きしめてはくれなかった。
その代わり、私が泣いてる間、ずっと頭を撫でていてくれた。
その手はとても大きくて、なんだか懐かしい気持ちがした。
****
その帰り道。
泣きはらした私は、気分はすっきりしたが、まだこの胸の思いが消え去ることはなかった。
人の迷いを断ち斬る事が出来る刀、白楼剣。
私のこの想いも、断ち切ってくれるだろうか。
白楼剣を抜き、右手でしっかりと握る。
左手で長く伸ばした髪を纏め上げ、白楼剣でばっさりと切った。
頭が軽くなって、不思議と胸も軽くなったような気がした。
今ここにいるのは、いつもの魂魄妖夢。
白玉楼の、半分幽霊の庭師。
もう、大丈夫。
****
「妖夢、庭の掃除しなさい」
「さっきやりましたよ」
幽々子様は白玉楼の縁側に座りながら私にそう言った。
「そうだ、お茶淹れてきて頂戴」
「あなたが今飲んでるのは何ですか」
幽々子様はお茶を飲みながらすっとぼけたことを言う。
「ええと・・・それじゃあ・・・」
「幽々子様、無理に仕事を押し付けなくても、もう大丈夫ですから」
つまりはそう言う事だ。
目を腫らして、長かった髪をばっさりと切って帰ってきた私は、どこからどうみても、失恋した少女そのものだった。幽々子様はああ見えてとても聡明な人だ。何があったのかすぐに察したのだろう。
その上で、傷心で悲しみ打ちひしがれる暇を与えないように、あれやこれやといつも以上に仕事を与えようとしてくれているのだ。
そんな優しさが、嬉しかった。
「ふぅん・・・」
またしても含みのある”ふぅん”。つい身構えてしまう。
「なんですか・・・」
「べっつにー。ま、これで少しは妖夢も精神的に成長したかな。体はまだまだ子供だけどね」
そう言って幽々子様はけらけらと笑う。いつもなら怒るところだけど、なんとなく私まで釣られて笑ってしまった。
幽々子様は私の後ろに来て、短くなった髪を梳かし始めた。
その手つきは、なんだかいつも以上に優しくて。
「やっぱり妖夢は、短い方が似合うね」
「私も、そう思います」
瞳から、一滴の涙が零れた。
最初は妖忌かと思いましたがそう来るとは。
点数はどうつけるべきか分からないんでフリーレスで失礼
あかん! こらあかん! いやもうなにもかもあかんねんか!!
もう冷静になんて無理や! こんなん反則やずるやこんなん書かれたらワシ死んでしまうわ死ぬわもうあかんあかん!!
妖夢が恋!? 恋!? 恋!? 恋をして髪を伸ばして思い人の所に赴いてはほんの一言幸せに顔を真っ赤にしたり無粋な連中に嫉妬したりそれから告白から失恋して髪をバッサリノンストップスタンピードうがああああああっ!!
もうね、脳味噌真っ白でうぎぎぎぎでもうね、いやもうあかんわあかん!!
えー点数は我輩の興奮度と言う事でもう勘弁してねと言う事でもうあかん!!
いやまて一言だけ!!
この妖夢は可愛すぎルーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
最初は同じ冥界の台所付近で働いてる人とかかなぁ、とか想像しましたが
なんと香霖者でしたか。
ていうか最近まともな霖之助見てなかったんで彼の印象が180°位変わりました。
本当に妖夢も霖之助も上手く捕らえられてて素晴らしい出来だと思います。
あの妖夢が、恋とは・・くっそー!!
うらやましい!! うらやましいぞぉ霖之助ぇ!!
ラブコメばっか書いてる私の目から見ても、これは中々に
「これはっ。私にプレッシャーを与えるつもりか……」
と思わせるだけの破壊力がありました。
ただ惜しむらくはこの短さ。霖之助への告白までの間隔が極めて速い。私だったら容量をこの3倍はとって書きます。
少しづつ気持ちが進んでいくのを見せる事で、それが読者サイドにも伝わって行くと思うのです。霊夢や魔理沙に対する嫉妬やら羨望をもっと強く見せるとか、最も妖夢の側にいる幽々子の気持ちなり反応なりを描くとか、何より時間の進みによって妖夢の気持ちが日々大きくなっていく様などを丁寧に書いていけば、この話はさらに化けると思います。頑張って下さい。
って……自分も書けないとか言ってないで話書けー(汗)
※髪の毛に対するこんな感じの二重解釈とか、私も大好きです。ええぜひもっとやってください(爆笑)←話にそういう遊びを加えるのが大好きな奴
くっ,妖夢が,妖夢が~~~~~~~~~~~
普段しっかりしているイメージな妖夢のこんなところが,うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ
ストイックな剣術小娘の淡い恋色物語。
こんなモンがメニューにあったらそりゃ食べますよええ。美味いに決まってるのですから。
ただ、一言。一言だけ。
もっと食べさせてー!
もう妖夢可愛いなぁ、もう!
後霖之助カッコイイ カッコイイよ
素晴らしい アンタ最高
まじですか!?妖夢が恋ですか!??!
てか髪、髪、髪!妖夢が髪を伸ばしたのが重要です!
くは~、可愛すぎる。
最高でした。