***この作品は東方萃夢想のネタバレが含まれています。***
まだ未プレイでネタバレが嫌だ、と言う方は読むのはお控えくださった方がよろしいかと思います。
それは今は昔、昔は今の物語。
暗い、暗い夜の森。
くらい、くらい、闇の中の山。
天には煌々と輝く丸い月。
暗い闇の中、人間は誰一人として森の中に入るものは居ない。
そこは「彼ら」の領域なのだ。
「わっはっは、飲め飲め。」
全身真っ赤な髭もじゃの大男が一人、瓢箪を傾け、隣の全身真っ青な片目の大男の杯に酒を注ぐ。
「おおっとと、こぼれちまう。」
杯を傾け、こぼれそうな酒をすする真っ青な大男。
人間にしては大きすぎる。
人間の肌の色ではない。
なによりも、二人の頭には人間には無い……角があった。
そしてその二人の周囲にはさまざまな者たちが居た。
獣の耳を持っているもの。
尻尾があるもの。
カラスのような翼を持つもの。
暗い暗い森の中にある小さな広場で所狭しとそれぞれに騒いでいた。
今日は…彼らの宴会の日なのだ。
「俺は今日こんな勝負をしたぞ!」
「俺は今日こんな人間を攫ってきた!」
口々に言って自慢したり、話のタネにしたり。
先ほどの二人の鬼はもう十杯以上飲んでいる。
だが、瓢箪を傾けるとまた酒が出てきた。
二人は何杯でも飲んだ。
その時、一人の鬼が見慣れない小さな娘が居る事に気が付いた。
その娘はごく自然に……宴の中に溶け込んでいた。
「おう、おめぇさん……いつ『生まれた』んだ。」
その娘に問う。
「わかんない。」
その娘は宴会に楽しそうに参加しながら答えた。
「名前はなんていうんだ?」
鬼はどっかとその横に腰をおろす。
娘の頭には不釣合いなほどに大きな……自分たちの「同族」である証である角があった。
「わかんない。」
娘はまた嬉しそうに答えた。宴会が楽しくてしょうがない様子だ。
「そうか。じゃあおめえさんの『力』はなんだ?」
今度は娘は黙って手を上げた。
宴会場に散らばっていた木の葉が一気に集められた。
「木の葉を集める力か?」
娘は首を振った。
そしてまた手を上げた。木の葉は一気に散らばっていき見えなくなった。
そして今度は宴会場にあるさまざまな香りが集められた。
お酒の匂い。食べ物の匂い。獣の匂い。鬼の匂い。
「なるほど、わかった。」
鬼はうなずいた。
「名前が無いと不便だろう。おまえさんは今から萃香と名乗りな。」
「すいか?」
「ああ、そうだ。」
鬼娘は嬉しそうににんまりと笑った。
時は過ぎる。
鬼たち、妖怪たち、獣たちの宴会はまだ続いていた。
『百鬼夜行』
しかし、その数は以前に比べると随分減っていた。
だが、そんな事などお構いなしのように鬼たち、妖怪たちは飲めや食えやと騒いでいた。
「おう、そういえば、かまいたちの奴らはどうした。最近姿をみねぇな。」
鬼の一人が誰かに問うた。
「ああ、このあいだ、『かまいたち』はカガクテキコンキョに基づくシゼンゲンショウであるとかなんとか本で見たぞ。」
「そうか。」
誰も何も言わなかった。
歌え踊れの騒ぎは続いた。
「おう、そういえばいつも柳の下で人間を脅かしていたというあいつはどうした。」
「ああ、このあいだ、その柳を見に行ったらきれいさっぱり無くなってて代わりに電柱が立っとったよ。夜でも煌々と明かりが付いてて明るかったぞ。」
「そうか。」
誰も何も言わなかった。
萃香もお酒をたんまり注いでもらって飲んで、逆に差し出された杯にたんまりお酒を注いで、頬をうっすらと桜色に染めて酔っ払っていた。
宴はいつもどおり夜通し続いた。
昔、夜の闇は「彼ら」の領域だった。
原因のわからない、不可思議な出来事はすべて「彼ら」の仕業だった。
だが、人間たちは徐々にその領域を奪っていき、不可思議な出来事を物理的、科学的に証明していった。
時は過ぎる。
宴は今日も開かれていた。
だが百鬼いた鬼たちは十鬼くらいになっていた。
その中に萃香の姿もあった。
あれほど大勢いた鬼達、妖怪たちは一人、また一人と姿を消していた。
それでも宴会が大好きな鬼達は毎夜のように宴を開いていた。
萃香もお酒をたんまり注いでもらって飲んで、逆に差し出された杯にたんまりお酒を注いで、頬をうっすらと桜色に染めて酔っ払っていた。
宴はいつもどおり夜通し続いた。
時は過ぎる。
宴は今日も開かれていた。
だが十鬼くらいいた鬼達は二鬼……萃香とその萃香に名前を付けた鬼だけになっていた。
他の鬼達は皆姿を消していた。
それでも宴会が大好きな二人の鬼は毎夜のように宴を開いていた。
萃香もお酒をたんまり注いでもらって飲んで、逆に差し出された杯にたんまりお酒を注いで、頬をうっすらと桜色に染めて酔っ払っていた。
「なぁ、萃香。」
「ん?何、おっちゃん。」
おっちゃんが萃香の杯に中身の尽きぬ瓢箪からお酒を注いで言った。
「今度、わしの住む山がカイハツされるらしい。」
「ふーん。」
萃香はぐびぐびと酒をあおりながら聞いていた。
そして今度はおっちゃんの杯に瓢箪から酒を注ぐ。
宴はいつもどおり夜通し続いた。
その三日後にまた宴会は開かれた。
いつものとおりにおっちゃんと萃香の二人だけで宴会は行われた。
宴はいつもどおり夜通し続いた。
その三日後にまた宴会は開かれた。
おっちゃんは来なかった。
萃香は一人、横になって待った。
だが結局その日は来なかった。
夜明けになってもうおっちゃんは二度と来ない事を萃香は悟った。
次の日、萃香は昨日できなかった宴会を開こうとした。
だが杯を出してみても誰も注ぐものは居なかった。
瓢箪を出してみても誰も杯を差し出すものは居なかった。
芸を披露しても見るものが居ない。
また、座っていても誰も芸を披露しない。
萃香は一人では宴が開けないことを知った。
次の日、萃香は山を出てみた。
山の外は人間だらけだった。
どこに行っても。
山も、川も、海も、人間しか居なかった。
見る獣といえば犬か猫か鳥くらい。
鬼や妖怪の仲間など、さらに見ない。
萃香は宴が開きたかった。
だけど一人では宴は開けない。
萃香は一人ぼっちで「仲間」を探しつづけた。
時は過ぎる。
萃香は墓場で暇そうに座っていた。
もう何回目の桜の季節だろう。
忘れてしまった。
鬼は身体が疲れる事があまり無い。
人間とは身体能力のレベルがはるかに違うのだ。
だけど精神が疲れる事は普通にある。
萃香は一人ぼっちに「疲れて」いた。
もうずっと大好きな宴を開いていない。
その時、墓場にやってくる二人の人間に気が付いた。
若い女の二人組だった。
一人は……この国ではやや珍しい金髪の少女。
もう一人は黒い帽子を被った少女。
「ここ?メリー」
「ええ、『見える』わ。蓮子。」
萃香は宴は大好きだが人間を脅かしたり攫ったりする事は今までしなかった。
鬼は人を攫うものだというのに。
萃香は変わり者だったのかもしれない。
しかしあまりに暇だった萃香はこの二人を攫ってみるのも面白いかもと思った。
三人居れば宴会は開けるだろう。
しかし、その次の瞬間、目の前の光景に萃香は目を奪われた。
「あった!この『隙間』!」
叫んだのは二人の少女のどっちだっただろう。
そんな事はどうでもいい。
その「隙間」からはるかな森が見えた。
だが、萃香の心を引いたのは森ではない。
人間である二人にはわからなかっただろうが萃香の鬼の優れた嗅覚と聴覚と視覚は確かに捕らえていた。
この国では見られなくなった「妖怪」の匂い。
楽しげな「宴会」の声。
森の奥に小さく見える小さな神社。紅白。黒いの。人形。刀。幽霊……。
宴があそこで開かれている!
その時にはもう萃香は目の前の二人の事など忘れてその「隙間」に飛び込んでいた。
二人が入るにはちょっと小さかったかもしれないが、
自分の身体を自在に薄くしたり集めたりできる萃香にとってその「隙間」に飛び込む事など造作も無いことだった。
宴が開ける。
また楽しい日々が送れる。
萃香にはそれしか頭になかった。
それから彼女がどうなったかは皆が知っているとおり。
それは今は昔、昔は今の物語。
まだ未プレイでネタバレが嫌だ、と言う方は読むのはお控えくださった方がよろしいかと思います。
それは今は昔、昔は今の物語。
暗い、暗い夜の森。
くらい、くらい、闇の中の山。
天には煌々と輝く丸い月。
暗い闇の中、人間は誰一人として森の中に入るものは居ない。
そこは「彼ら」の領域なのだ。
「わっはっは、飲め飲め。」
全身真っ赤な髭もじゃの大男が一人、瓢箪を傾け、隣の全身真っ青な片目の大男の杯に酒を注ぐ。
「おおっとと、こぼれちまう。」
杯を傾け、こぼれそうな酒をすする真っ青な大男。
人間にしては大きすぎる。
人間の肌の色ではない。
なによりも、二人の頭には人間には無い……角があった。
そしてその二人の周囲にはさまざまな者たちが居た。
獣の耳を持っているもの。
尻尾があるもの。
カラスのような翼を持つもの。
暗い暗い森の中にある小さな広場で所狭しとそれぞれに騒いでいた。
今日は…彼らの宴会の日なのだ。
「俺は今日こんな勝負をしたぞ!」
「俺は今日こんな人間を攫ってきた!」
口々に言って自慢したり、話のタネにしたり。
先ほどの二人の鬼はもう十杯以上飲んでいる。
だが、瓢箪を傾けるとまた酒が出てきた。
二人は何杯でも飲んだ。
その時、一人の鬼が見慣れない小さな娘が居る事に気が付いた。
その娘はごく自然に……宴の中に溶け込んでいた。
「おう、おめぇさん……いつ『生まれた』んだ。」
その娘に問う。
「わかんない。」
その娘は宴会に楽しそうに参加しながら答えた。
「名前はなんていうんだ?」
鬼はどっかとその横に腰をおろす。
娘の頭には不釣合いなほどに大きな……自分たちの「同族」である証である角があった。
「わかんない。」
娘はまた嬉しそうに答えた。宴会が楽しくてしょうがない様子だ。
「そうか。じゃあおめえさんの『力』はなんだ?」
今度は娘は黙って手を上げた。
宴会場に散らばっていた木の葉が一気に集められた。
「木の葉を集める力か?」
娘は首を振った。
そしてまた手を上げた。木の葉は一気に散らばっていき見えなくなった。
そして今度は宴会場にあるさまざまな香りが集められた。
お酒の匂い。食べ物の匂い。獣の匂い。鬼の匂い。
「なるほど、わかった。」
鬼はうなずいた。
「名前が無いと不便だろう。おまえさんは今から萃香と名乗りな。」
「すいか?」
「ああ、そうだ。」
鬼娘は嬉しそうににんまりと笑った。
時は過ぎる。
鬼たち、妖怪たち、獣たちの宴会はまだ続いていた。
『百鬼夜行』
しかし、その数は以前に比べると随分減っていた。
だが、そんな事などお構いなしのように鬼たち、妖怪たちは飲めや食えやと騒いでいた。
「おう、そういえば、かまいたちの奴らはどうした。最近姿をみねぇな。」
鬼の一人が誰かに問うた。
「ああ、このあいだ、『かまいたち』はカガクテキコンキョに基づくシゼンゲンショウであるとかなんとか本で見たぞ。」
「そうか。」
誰も何も言わなかった。
歌え踊れの騒ぎは続いた。
「おう、そういえばいつも柳の下で人間を脅かしていたというあいつはどうした。」
「ああ、このあいだ、その柳を見に行ったらきれいさっぱり無くなってて代わりに電柱が立っとったよ。夜でも煌々と明かりが付いてて明るかったぞ。」
「そうか。」
誰も何も言わなかった。
萃香もお酒をたんまり注いでもらって飲んで、逆に差し出された杯にたんまりお酒を注いで、頬をうっすらと桜色に染めて酔っ払っていた。
宴はいつもどおり夜通し続いた。
昔、夜の闇は「彼ら」の領域だった。
原因のわからない、不可思議な出来事はすべて「彼ら」の仕業だった。
だが、人間たちは徐々にその領域を奪っていき、不可思議な出来事を物理的、科学的に証明していった。
時は過ぎる。
宴は今日も開かれていた。
だが百鬼いた鬼たちは十鬼くらいになっていた。
その中に萃香の姿もあった。
あれほど大勢いた鬼達、妖怪たちは一人、また一人と姿を消していた。
それでも宴会が大好きな鬼達は毎夜のように宴を開いていた。
萃香もお酒をたんまり注いでもらって飲んで、逆に差し出された杯にたんまりお酒を注いで、頬をうっすらと桜色に染めて酔っ払っていた。
宴はいつもどおり夜通し続いた。
時は過ぎる。
宴は今日も開かれていた。
だが十鬼くらいいた鬼達は二鬼……萃香とその萃香に名前を付けた鬼だけになっていた。
他の鬼達は皆姿を消していた。
それでも宴会が大好きな二人の鬼は毎夜のように宴を開いていた。
萃香もお酒をたんまり注いでもらって飲んで、逆に差し出された杯にたんまりお酒を注いで、頬をうっすらと桜色に染めて酔っ払っていた。
「なぁ、萃香。」
「ん?何、おっちゃん。」
おっちゃんが萃香の杯に中身の尽きぬ瓢箪からお酒を注いで言った。
「今度、わしの住む山がカイハツされるらしい。」
「ふーん。」
萃香はぐびぐびと酒をあおりながら聞いていた。
そして今度はおっちゃんの杯に瓢箪から酒を注ぐ。
宴はいつもどおり夜通し続いた。
その三日後にまた宴会は開かれた。
いつものとおりにおっちゃんと萃香の二人だけで宴会は行われた。
宴はいつもどおり夜通し続いた。
その三日後にまた宴会は開かれた。
おっちゃんは来なかった。
萃香は一人、横になって待った。
だが結局その日は来なかった。
夜明けになってもうおっちゃんは二度と来ない事を萃香は悟った。
次の日、萃香は昨日できなかった宴会を開こうとした。
だが杯を出してみても誰も注ぐものは居なかった。
瓢箪を出してみても誰も杯を差し出すものは居なかった。
芸を披露しても見るものが居ない。
また、座っていても誰も芸を披露しない。
萃香は一人では宴が開けないことを知った。
次の日、萃香は山を出てみた。
山の外は人間だらけだった。
どこに行っても。
山も、川も、海も、人間しか居なかった。
見る獣といえば犬か猫か鳥くらい。
鬼や妖怪の仲間など、さらに見ない。
萃香は宴が開きたかった。
だけど一人では宴は開けない。
萃香は一人ぼっちで「仲間」を探しつづけた。
時は過ぎる。
萃香は墓場で暇そうに座っていた。
もう何回目の桜の季節だろう。
忘れてしまった。
鬼は身体が疲れる事があまり無い。
人間とは身体能力のレベルがはるかに違うのだ。
だけど精神が疲れる事は普通にある。
萃香は一人ぼっちに「疲れて」いた。
もうずっと大好きな宴を開いていない。
その時、墓場にやってくる二人の人間に気が付いた。
若い女の二人組だった。
一人は……この国ではやや珍しい金髪の少女。
もう一人は黒い帽子を被った少女。
「ここ?メリー」
「ええ、『見える』わ。蓮子。」
萃香は宴は大好きだが人間を脅かしたり攫ったりする事は今までしなかった。
鬼は人を攫うものだというのに。
萃香は変わり者だったのかもしれない。
しかしあまりに暇だった萃香はこの二人を攫ってみるのも面白いかもと思った。
三人居れば宴会は開けるだろう。
しかし、その次の瞬間、目の前の光景に萃香は目を奪われた。
「あった!この『隙間』!」
叫んだのは二人の少女のどっちだっただろう。
そんな事はどうでもいい。
その「隙間」からはるかな森が見えた。
だが、萃香の心を引いたのは森ではない。
人間である二人にはわからなかっただろうが萃香の鬼の優れた嗅覚と聴覚と視覚は確かに捕らえていた。
この国では見られなくなった「妖怪」の匂い。
楽しげな「宴会」の声。
森の奥に小さく見える小さな神社。紅白。黒いの。人形。刀。幽霊……。
宴があそこで開かれている!
その時にはもう萃香は目の前の二人の事など忘れてその「隙間」に飛び込んでいた。
二人が入るにはちょっと小さかったかもしれないが、
自分の身体を自在に薄くしたり集めたりできる萃香にとってその「隙間」に飛び込む事など造作も無いことだった。
宴が開ける。
また楽しい日々が送れる。
萃香にはそれしか頭になかった。
それから彼女がどうなったかは皆が知っているとおり。
それは今は昔、昔は今の物語。
蝶GJ
できればネタバレ宣言は冒頭でお願いします。
酷く切ない話です、しんみりときます。
萃香が酔っているのは………と思うとやりきれませんね。
あの小さな鬼の娘はとても楽しそうに画面を駆け回っているのに、こんな体験をしてきたのかと思うと切ない気分。
寂という文字が使われないのが逆に萃香の寂しさを強調してくれました。
恐らく彼女は寂しいなんて本当に感じてなかったのかもしれませんが、まあ鬼の感覚は拙には分かりません。
面白かったです。ありがとうございました。