…人生で長くか、短くか他者と交わる『交点』が、その者の人生を決定する事は少なからず、有る。
妖怪もまた、然り。
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この頃は本当に寒くなってきた。それに、厄介事が増えてしまった。
冬を越せるのか少し心配だ。
少し前、やはり非常に寒い日の深夜に妖怪退治に出かけ、
仕事が終わった帰り際に、突然凄まじい妖力を感じた。
放って置けば危険な可能性が高いので、その方向へ向かう事にした。
…正直、あれだけの妖力を放出できる妖怪に、その状態で勝てるかは怪しかったのだが。
実際、現場であろう場所に着いた時、その妖怪であろう影が見えなかったのに安堵した。
どうやら集落があったようだが、一帯は完全に焼け野原になってしまっていた。
全員絶望かと思ったが、道服のような物を着た子供が倒れて居たので、保護する事にしたのだ。
相当に衰弱して、意識も無かったが多分助かるだろうと思い、神社まで連れ帰った。
しかし…未だに目を覚まさないその子供は、どうやら妖怪のようだ。
見つけた時は何も感じなかったが、最近微弱な妖力を感じた。
本当に、どうなっているのだろう。
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「・・・何だ、これは?博麗の巫女に対抗し得る妖怪ってのも興味深いが、
巫女が妖怪を神社に連れ込むってのは聞いた事が無いぜ。」
なにやら話が面白い方向に向かって来た様だ。
いい加減同じような話に飽き飽きしていたので、これは丁度良かった。
確かにここからがこの本の本番だったと言える。
……魔理沙は、面白がって読む事は出来なかったが。
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結局、以前の日記から大分空いて、既に春が来ている。
冬を越すのに手一杯で、ここまで手が回らなかったのだ。
自給自足も考えた方が良いかも知れない。
あの妖怪は最近目を覚ました。
私が寝ている最中、突然神社内に妖力を感じたので、すぐに解かった。
…目を覚ます前の物とは比べ物にならない力だったが。
最初はこちらを警戒していた様だが、暫くするとあちらから近寄って来た。
此処は何所だとか、何で私は此処に居るの、だとか言う問いかけに答えた途端、
いきなりあの妖怪が泣き出しそうになったから驚いた。
妖怪は名前を、八雲 紫と言うらしい。
紫から聞き出した話から、あの夜の大体の憶測はついた。
あの話を憶測を交えて書くと、こんな所だろうか。
紫はあの集落に住んでいた妖怪の子供だ。
種族的には大した妖力も持たないので、人間のように集団で生活していたらしい。
恐らく紫は突然変異のような物だったのだろう。その中では並外れて大きな妖力を持っていたはず。
ずっと他の住民は優しかったのだが、徐々に紫を警戒するようになったらしい。
そして、紫の持つ『力』-あらゆる物の境界を操る能力-を両親以外に見せてから、
それは決定的な物になった。
集団の中で、並外れた能力を持つ者は必ずしも良い思いをする訳では無い。
むしろ、逆の方が多いだろう。
住民は、紫を恐れた。元々の能力に合わせて、アレを見せられては仕方が無いのかも知れない。
紫は監禁され、本来あの夜に殺されるはずだったらしい。
だが、殺される直前になって紫の両親が紫を逃がそうとした。
それが失敗し、両親が殺されるのを目の前で見て…
後は頭が真っ白になって、覚えていないと言う。
しかし、既に自らのやってしまった事を理解しているのだろう。
その事に紫自身が怯えているようでもある。
殆ど確定的だった。
あの時の爆発(恐らくそうだ)を引き起こしたのは、
目の前に居る妖怪。話している最中も猶上昇し続けていた妖力がそれを裏付けている。
話を聞いていた私も、背筋が寒くなった。
朝日が昇る頃に、紫は寝入った。後で聞いたのだが、夜行性らしい。
この時、私は紫を『消す』べきかどうかで迷った。
不安定な要素として確かに危険な存在だと言える。
成長してしまう前に、この場で滅した方が良いのかも知れない。
しかし、私にはどうしても出来なかった。
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「……いきなり、重い話になっちまったな。しかも紫って…同一人物か?」
勿論、魔理沙も同一人物である事は疑いようが無いと思っている。
ただ、いつもの印象と違い過ぎるのを素直に受け止められないのだ。
取り合えず、細かい感想は後にして最後まで読む事にした。
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取り合えず、紫に『力』の扱い方を教え込み、同時に妖力を封印しておく事にした。
『消す』事が出来ないのなら、それを扱えるようにするしか無い。
それに、既に紫の力は、私を上回ってしまっていた。
封印として、私の出来うる限りの封印を編みこんだ赤のリボンと、
少しばかり手抜き…もとい、封印を緩めた青のリボンを複数作った。
封印とは言うものの、力を抑えるぐらいにしかならないが。
常にどちらか片方は必ず着けている様に言っておいた。
赤の方を使っていれば、私より少し下程度の力で収まるはずだ。
力の扱い方を教え込むのは、そんなに時間が掛からないだろう。
コツを掴むのが非常に上手い。
しかし、この事もあの集落の住民に紫を危険視させたのは想像に難くない。
…今年は忙しくなりそうだ。本当に。
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いつぞやの怨霊…というか祟り神が、封印を破って出てきた。
襲ってくる様子も無かったので暫く様子を見ていたら、
封印をした時のショックなのかは知らないが、記憶が飛んでいるらしい事が分かった。
最早怨霊と言っていいのかも良く分からない状態だ。
怨霊やら祟り神と呼んでいたら「魅魔だ」と言われたので、取り合えずここからは魅魔としておこう。
その魅魔だが、あんまり話しかけてきて鬱陶しいので再封印をかましてしまった。
二日後にまた出てきたけど。勿論再々封印。
それからは滅多に私の前には出てこなくなったが、紫の方にはちょくちょく姿を見せているらしい。
最近紫の突っ込みが鋭い(+精神的に痛い)のはあいつのせいかも知れない。
…これで神社の住人は人間一人、妖怪一匹、(元)怨霊一霊。人間の比率33%。
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最近は妖怪退治の依頼が尽きる事は無い。
まぁ、最近神社は
「あの神社には妖怪と悪霊が住んでいる」
と言う噂のせいで人が来ないから、私としてはまんざらでもないが。
…噂を否定出来ないのが哀しい。
今日、一仕事終えて帰ってきたら、紫が式神を使って遊んでいた。
どうやら、以前式を覚えようとして知り合いの陰陽師から貰い、
結局そのまま放置していた書物を見て覚えたらしい。
式神の媒介に紙を使っていたのが気になって神社を一回りしたら、
障子が一枚お亡くなりになっていたので拳骨一個投下。
高いんだから、あれ。
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なにやら妖怪が現れる比率が更に上がっている気がする。
この頃はそれなりに力が有る奴が纏まって現れるから厄介だ。
結構しんどいかも。
ちなみに私は仕事に夕方出かけ、深夜帰ってくるパターンが多いのだが、
帰って来た時に私が怪我をしている事が多いのを心配してか、紫が追いて行くと言って聞かない。
仕方が無いので基本的な術を教えて連れて行く事にした。
霊術も妖術も基本は一緒と言えるので、教えるのは簡単だった。
どうやら、護符を使った術より霊針を使った術の方が気に入ったらしい。
結構退治系の仕事の時には役に立つ物だった。
紫が式と針術を使って相手が一塊になるように追い込み、そこを狙って私が符を使うのが基本になった。
ただ、どんな仕事(御祓いとか)でも追いて来るのは少し勘弁して欲しい。
今度、符術も教えてみようか。
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もう、この数は異常だ。
何が異常かって、物の怪の類の出現数が信じられないほどに多いのだ。
最早この世界のバランスが崩れかけているとしか思えない。
以前から考えていた大結界を作る事に決めた。
まずは、結界で分けられる方になる人々に忠告に行った。
大抵の人は移転して行ったが、わざわざ残る…または、入ってくる人も居た。
妖怪の方にも話を流しておいた。
これが成功するかどうかはまだ分からないが……。
結界の作成は紫にも手伝って貰う事にして、
その前準備にもなるが『二重結界』の符を教えておいた。
恐らく、この結界を作るのが私の最大の仕事になるだろう。
勿論、最後の仕事にする心算は全く無い。
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大結界を張る日が近づくに連れ、結界の中となる場所へと妖怪達が集まって来る。
結界を作ると言う話がどうやって伝わったのかは分からないが、
大陸の妖怪もやって来た。
問題は、何でその大量の妖怪+その他がわざわざこの神社を通るか、なのだが。
泊まるのが居るのは当然、中には私に喧嘩を売ってくる者まで居る。
あんたらは何がやりたいんだと聞きたい。
面白かったのは中国っぽい名前の妖怪だった。
こいつも喧嘩を売ってきたのだが、あっさり私に負けた。
そして、捨て台詞が
「巫女は食べてもいい人類だって子孫に言い伝えてやる~!」
である。色々な意味で凄い。変な捨て台詞としては満点だ。
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遂に大結界を張る日がやって来た。
私は大まかに結界を張って行く事にして、細かい部分の補修は紫にやって貰った。
…まぁ、特に何事も無くあっさり終了した。
あっさり過ぎて拍子抜けしたかも。
取り合えず、私はこの博麗の初代を名乗る事にした。
『あちら』ではどうだか知らないが、
『こちら』では初代で問題ないだろう。多分。
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最近また、妖怪の密度が上がった。
神社内の。
紫が妖弧の子供を拾ってきたようだ。
私の見立てでは、まだ生まれたばかりらしく殆ど妖力も無いが、
成長すれば相当な物になるだろう。
取り合えず、私が関わるのは止めておくことにした。
…しかし、あんたが普段寝てる朝から昼にかけて無理して起きて、
神社の裏手にこそこそ行ってれば誰だって分かるって。
バレていないとでも思ってるのだろうか?
これで神社の住人は人間一人、妖怪二匹、(元)怨霊一霊。人間の比率25%。はぁ。
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西行寺と言う家から、『依頼をするかも知れないので一度来て欲しい』と言う使いが来た。
わざわざ結界を作る時に『こちら』にやって来た家だ。
すぐに出かける事にしたのだが、既に夕刻で…見事に紫に見つかって、連れて行く羽目になった。
かなり大きな屋敷だった。
屋敷に着くとすぐに、此処の警備を担当していると言う二刀を帯びた侍が出迎えに出てきた。
一発で紫が妖怪であると看破されたのでかなり焦ったが、
その侍の持つ刀は妖怪によって鍛えられたらしいのもあって、そちらへの理解は深かった。
それに、侍自体も半人半霊の身だと言う。見た目私より少し年を喰っているぐらいで、
若い侍だと思ったのだが、実年齢を聞いて吃驚した。
とりあえず奥の間に通され、仕事の話をする事にした。
いつの間にか紫が居なくなっていたが、別に危険な事は無いだろうと放っておいた。
…紫が危険な事をする可能性はあったが。
侍はこの屋敷の見取り図を見せ、
「この屋敷一帯を丸々囲む結界は作れるか」
「結界の中に囲んだ物を別の場所に飛ばす事は出来るか」
等と良く分からない質問をして来た。まぁ、出来るのだが。
仕事の詳細を教えて欲しいと言ったが、それは実際に起こるまで言えない…との事だった。
後は適当に世間話をした後に帰る事にした。
門まで来た所で紫がやって来た。どうやらこの家の娘、西行寺 幽々子の所へ行っていたらしい。
この娘は、死霊を操る能力を持っているそうだ。
しかし、その能力のせいで人から避けられているのも事実だろう。
紫は友達が出来たと嬉しそうにしていたが、確かに境遇としては似ているかも知れない。
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最近、紫は良く西行寺家へ遊びに行っている。
この間は扇を貰ったそうだ。代わりに蝶型の紙に式を打った物をあげたと言う。
こっちの方がどう考えても安物だなぁ。
代わりに魅魔が良く現れるようになった。暇な私の話し相手としては結構良いものだ。
偶に将棋やら碁やらで勝負している。
…人間の知り合いが少な過ぎやしないか、私は?
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冬が来た。今年も相変わらず神社で年を越せるか心配だ…。
そして、冬が来てすぐに紫に異変が起きた。
深夜になっても起きて来ない上に妖力も感じないので、変に思って様子を見に行ったら、
死んだ様に眠っていた。
妖力も極端に落ち、正に「冬眠」だった。去年のあの事が関係しているのだろうか?
紫がこんな状態なので、あの子狐の世話は私がやる羽目になった。
しかもどうやらあの狐は人間を嫌っているようなので、気付かれないように。
本当に、面倒が増えた…。
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今年は春が来るのが遅いな、と思っていた矢先に、
西行寺家から緊急の使いが来た。
…愕然とした。
あの、西行寺 幽々子の力とあの屋敷にあった巨大な桜(妖怪桜だったそうだ)、西行妖の力が暴走したらしい。
そして、その暴走を止める為に西行寺 幽々子は自殺した。
しかし、一度溢れた力は戻らない。
それで、私は屋敷ごと西行妖を結界で封じ、更に冥界に飛ばした。
罪滅ぼしをする、と言って屋敷に入ったあの剣士ごと……。
ここまで後味の悪い仕事は初めてだった。
それに、紫にどう説明すればいいのだろう。
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目を、覚ましてしまった。
紫が西行寺家の跡に向かおうとするのを呼び止めて、私はあの事を話した。
………見ていられなかった。辛すぎて。
理解が速いと言うのは、残酷な事でもあるだろう。
私も言葉を選び、出来るだけ分かり辛く話したのだが…紫は全てを察してしまった。
冥界を見つける事が出来れば、また会えるだろうと言ったが、そんな事は何の慰めにもならない。
私は、この時程この立場を恨んだ事は無い。
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紫が冥界を探しに行くと言い出した。
どうせなので、一人立ちする事を提案してみたら、あっさりと承諾した。
ついでに、他に条件をつけておいた。
博麗の後継者を見守り、必要があれば助ける事。
この世界が続く限り、結界を見守る事。紫の能力があれば時間も障害にはならないだろう。
ある意味、とても辛い条件だったかも知れない。
そして、真面目に生きない事。
最後に、狐を連れて行くのを忘れるな、と言ったら吃驚していた。
やっぱりバレて無いと思ってたのか。
術も中級程度までは教えておく事にした。
そこらの妖怪が束になって掛かっても負けない程度にはなるだろう。
しかし、今回の事はある意味渡りに船だった。
これ以上一緒に居たら、別れる時に私が辛い。
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紫が狐と共に此処を出て行った。
私が用意した家具一式を『隙間』に詰め込んだ後、
紫は私に一枚の符を渡してきた。
一時的に全ての物から境界をずらし、全ての攻撃を防ぐ符だそうだ。
多分、私にも使えるだろう。
しかし、紫が別れ際に言った言葉で泣けてしまったとは情けない。
私も年を喰ったのか?まだまだ二十代に入ったばかりなのだ が。
紫 が、最後 に 残し た 言葉 は…(文字が滲んで読めない)
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あれからどれだけ経っただろう?
色々と有って、今の今までこの日記を書く機会が無かった。
いや、私が避けていたのかも知れない。
私は、今している事を最後に仕事を二代目に任せる。
今している事は、あの子の残した符…あれを改良し、奥義として残す事だ。
……あの子は、笑えているだろうか?
――――――――――――
「………」
このページが最後だった。
魔理沙は複雑な思いにとらわれていた。
少なくとも、自分が首を突っ込んでいい事では無かった。
それぐらいは魔理沙にも分かる。
暫くぼんやりしていると、霊夢の声が聞こえてきた。
「魔理沙~!何所行ったの~!もう見つけたから、扉閉めちゃうわよ~!」
ぼさっとしている暇は無さそうだ、あいつは本当に閉めかねない。
「ちょっと待て、こんな所においてけぼりは御免だぜ!」
言いながら、適当な物を引っ掴み、箒を使って上に駆け上る。
昇りながら、魔理沙はこの事を忘れようと心に決める。
そして、静寂が戻った。
魔理沙が開いたまま残して行った日記。
そのすぐ上に、『隙間』が開く。
その『隙間』から出た手が、日記を掴み、また『隙間』の中に戻る。
暫くして、やや震えた声が『隙間』から響き渡った。
「私は、今、心から笑えているわ………
あり、がとう、私の、もう一人、の、お母、さん………」
いいお話でございました!
それはそうと
>あの子狐の世話が私がやる羽目になった
ってところは 世話が じゃなくて 世話は でわ?
中国の先祖に笑えたけど、堪らなくいい話です。
最後の二行でぐっと来ました。
幽々子と紫の関係を補足してるのも非常に良かった
最後の紫の台詞で思わず涙が…。
作者、NBD様に感謝です。
感動をありがとうございました。
特に拳骨を喰らってプルプルしながら涙目で頭を抑えているところを想像した。
紫の性格と行動にはそんな理由が有ったのかー。そーなのかー。