幻想郷の一部となった今でも
自由だったことを思い浮かべる
孤独だったあの頃、永遠と言う名の虚無
・・・私は、今の自分に甘えているのだろうか?
空間を飛び交う無数のナイフ。あるものは突然軌道を変え、あるものは空間に静止しながら、剣那に襲い掛かる。
「左・・いや、これは囮。本命は、右!」
剣那はあえてナイフの群に突っ込んでゆく。その直後、剣那がいた場所を妖夢の一閃が走ってゆく。
剣那はナイフを紙一重で避け、再び二人と対峙する。
「なかなかの連携だが、それでは私は倒せない。」
剣那は切っ先を咲夜へ向けた。
「神の焔にて魂まで燃えるがいい。【神霊・火産霊神】!!」
切っ先より放たれた紅蓮の炎塊が爆散を繰り返し、大小の弾となって咲夜に襲い掛かる。
咲夜は上に逃げるが、広がった焔の波はさらに拡散を繰り返し次々と辺りを飲み込んでゆく。
「くっ・・【時符・パーフェクトスクウェア】!!」
咄嗟に咲夜は空間を操作する。何人も犯すことのできない聖域。神の焔でさえも凌ぐ咲夜の結界である。
「咲夜さん!」
妖夢の一閃を剣那は難なく避け、追撃をしようとしたとき・・。
《人神剣・俗諦常住》
妖夢の口からそう漏れるのと、剣那が斬撃を避けた空間が割れ、亀裂が無数の弾幕を吐き出すのはほぼ同時だった。
―なっ・・!?
妖夢を追撃することに気を取られていたために、突然の至近距離からの弾幕には為す術も無く直撃を受ける。
だが、剣那はそのまま剣先を妖夢へと向けた。次の追撃のため敵の間合いの中にいた妖夢はすぐに離れようとするが
「く・・この程度で!猛き雷神の御霊に屈せ!【神剣・布都御魂剣】!!」
突如視界に亀裂が入った。否、すさまじい轟音と共に雷の如き衝撃が全てのものを打ち砕いていったのだ。
妖夢の妖弾や空間の亀裂でさえビキビキと音を立てて崩壊してゆく。
「くぅ・・」
一筋の閃光が妖夢の脇をかすめ、上着に血が滲む。妖夢が怯んだ一瞬の隙に剣那は妖夢に切りかかろうとするが
《メイド秘儀・殺人ドール!!》
物理法則を無視した軌道でナイフの群れが剣那を襲う。
追撃の機を逸した剣那はすぐさまこれを回避しようとするが、あるものは静止し、あるものは追撃と
剣那を確実に包囲してゆく。そして、咲夜の合図と共に、全てのナイフが一点を目指し収束する。
全方位から襲い掛かる刃を前に、剣那は七枝剣を構え
「其は荒ぶる大地の化神にして力の顕現。力無き物をその牙にて滅せん!!【神術・七岐大蛇】!!」
ナイフが収束する間際、凄まじい爆音と7本の巨大な閃光が迸った。
それらはまるで意思を持つ蛇の如くうねり、周りの全てを薙ぎ払ってゆく。
妖夢と咲夜もこれを何とか回避し、剣那と距離をとり対峙する。
咲夜は小声で
「妖夢、傷は大丈夫?」
「えぇ、それより咲夜さん、足のほうは大丈夫ですか?」
「立ってるのがやっとって所ね。」
先ほどの攻撃で直撃は免れたものの、足を負傷してしまったらしい。
「まだ生きていたか。次で決めてやる。」
剣那は右手に七枝剣を構え、咲夜達を見据える。
「妖夢。」
咲夜は小声で妖夢に話しかける。
「これから話すことをよく聞いて。敵の・・・」
妖夢は咲夜の話を黙って聞いていたが
「・・本当ですか、咲夜さん。」
「分からないわ。あくまで想像だからね。確立は2割程度よ。それでも、やる?」
「・・・信じましょう。どの道、負傷した今の状態では長期戦は不向きです。次で決めなければ。」
咲夜の言葉を頭に刷り込み、妖夢は一歩前に出た。勝機は一瞬、それも、大博打である。
だが、妖夢は成功するという確信めいたものを感じていた。それが何故だかは分からなかったが
それこそが 信頼 と言うことなのだろうと思った。
―先手!!
まず、咲夜が動いた。
「幻に彩られた銀の調律を聞くがいい!【幻葬・夜霧の幻影殺人鬼】!!」
夜霧のような不気味な光を帯びたナイフの群れが縦横無尽に辺りを埋め尽くす。
そしてそれらは殺人鬼に狙われた哀れな標的目掛け、狂った旋風の如く剣那に襲い掛かる。
ナイフの群れが剣那を包囲したとき、妖夢も剣那めがけて走り出していた。
―はじめの連携の二番煎じか・・思ったより詰まらん連中だったな・・・
「災いを降り掛けし者に転じて返したまえ。【神剣・草薙剣】!!」
剣那の七枝剣が形を変え、一つの剣と化す。その剣を一振りすると、剣那を切り刻まんとしたナイフが
全て反転、妖夢と咲夜目掛けて打ち出された。剣那に向かって走っていた妖夢はこれに反応すらできず
ナイフの群れはそのまま妖夢の胸に収束し・・・・・・
「奥義・・」
「なっ!?」
妖夢の胸に収束したナイフは妖夢の僅か手前ですべて別のナイフと衝突し、それぞれがはじかれ拡散した。
「ナイフの入射角と反射角を計算し、あらかじめ空間にセットしておいたの。
ナイフにさらに別のナイフを当てて反射させる・・・。まぁ、こんな芸当二度と出来ないでしょうね。」
完全で瀟洒なメイドはそう言って微笑んでいた。
「さぁ、妖夢、止めよ。」
「しまっ・・。」
剣那が振り返ったときに見たものは、光る白刃と、それに映し出される銀髪の少女だった。
「待宵反射衛星斬!!」
「・・・・ふぅ、やっと終ったわね。お疲れさん、っと。」
「咲夜さんも、お疲れ様でした。それにしても、よく分かりましたね、相手の最後の技の特性が。」
妖夢は大きく抉られた地面の底でまだ気絶している剣那を横目で見てから咲夜のほうを見る。
咲夜は疲れたといった風に腰を下ろして
「アイツのスペルに関連があったからね。ヒノカグヅチにタケミカヅチ、ヤマタノオロチと来れば
次はスサノオだからね。スサノオといえば草薙の剣。これは燃え盛る草むらを切って炎の進行を食い止めたって
昔学校で習ったからもしかしてカウンター系かな・・?と思っただけよ。」
「咲夜さん詳しいですね・・。それに、学校って一体・・・?」
「あ、気にしないで。こっちの寺小屋みたいなものよ。って、こっちにあるのかしら?」
「あぁ、それなら判ります。」
妖夢の質問を何とか切り上げて咲夜は一息つく。妖夢も疲れたのだろう、その場に座り込んでしまった。
「さて・・こっちは終ったけど、パチュリー様のほうは大丈夫かしら・・?」
一方、珠樹によって閉じ込められたパチュリーと永琳はというと
「生命の起源にして揺り籠たる海に今一度還るがいい。【宝玉・潮満玉】!!」
「深緑の魔力にて生まれし精霊の息吹にて敵を葬らん。【木符・シルフィホルン上級 】!!」
猛る水の瀑布を宥め沈めるように緑の風が吹き付ける。やがて双方のスペルが消滅すると、珠樹は嬉しそうな顔をして
「お二人とも流石ですね。こちらのスペルの属性をいち早く見抜き、それに一番効率のよいスペルで迎え撃つ・・。
しかし、残念なことに力不足は否めませんね。」
「強がり言ってられるのも、今のうちよ。」
と、永琳は答えてみるものの、心中では舌打ちをしていた。
たしかに、相手の撃つスペルは相殺できる。だが、それは相手が撃ったものに対して、こちらが撃てる
最高の技術を持ってやっとなのである。そのうえ、永琳は相手がまだ手を抜いていることを知っていた。
相手の役目はあくまで時間稼ぎ。対して此方は珠樹を倒した後、黒幕であるあやめにも対応しなくてはならない。
状況は確実に不利であった。
止め処ない思考を中断し、永琳が突然仕掛けた。
「流れ落ちる神代の歴史をその身に刻め。【神符・天人の系譜】!! 」
永琳から一筋のレーザーが放たれる。それは次々に枝分かれを繰り返し、さらに降り注ぐような弾と複雑に絡み合い
入ったら最後、二度と出られない迷宮を思わせる。
眼前に広がる猛威を前に珠樹は一つの珠を取り出し
「天に捧し10の宝、導無き者がたどり着くは戻り道。【天璽・道反玉】!!」
珠樹の前に突如光の珠が出現する。その珠は真っ直ぐに永琳へと向かってくる。
すると、今まで珠樹に迫っていた弾がすべて打ち出された光珠に引っ張られているかのように軌道を変える。
光珠は永琳のすぐ脇を掠めて飛んでいき、それを追うかのように弾の嵐が永琳の眼前に迫る。
「永琳!! くっ、最たる英知の魔物の衣を纏え、白銀の刃。【金符・シルバードラゴン】!! 」
パチュリーの放ったスペルは銀翼の魔物の招来を思わせる無慈悲な竜巻を持って
いままさに永琳を襲おうとした脅威を散らしてゆく。
「そろそろ諦めたら如何ですか?」
「そうはいかないわ。姫を助ける為にも、負けるわけにはいかないのよ。。」
珠樹は下を向き永琳に問いかけた。
「・・守るべき物の為、ですか。私には理解できません。貴女は自分よりも、その姫のことが大切だと言うのですか?」
「えぇ、そうよ。」
永琳は前を向き、きっぱりとそう言い切った。
「・・そんなものは偽善です。自分より弱いものを守っているという優越感に浸りたいだけです。
自分の命を賭けてまで、守りたいものなんて、そんなものあるわけが・・」
「いいえ、あるわ。」
パチュリーは言い切った。
100年間、紅魔館で一緒だった友、新しい友、今まで自分の全てだった知識の檻から解き放ってくれた、あの人間達。
今なら、胸を張って言える。
―私は、今の幻想郷が、あの人間達が、霊夢や魔理沙が、とっても好きだと。
「だから私は戦える。失うことが怖いだけかもしれない。だけど、それでさえも今の私の真実なのよ。」
珠樹は知らぬ間に自分が一歩引いているのを感じた。
―何故?私は恐れている?力は私のほうが上。なのに・・
「珠樹。貴女は守るべきものがある者の本当の強さを知らない。それは、力でも、頭脳でもない。心の強さよ。
私は、私の全ての人生を賭して姫を守ると誓った。だから・・」
「「だから、私たちは貴女を倒して、ここを出る。」」
二人の魔女はそう言い放ったとき、珠樹の中で何かが壊れた。
「・・認めない。」
珠樹は小さく呟く。
「そんな強さ、私は認めない。もしそんなものが存在すると言うのなら・・」
珠樹の周囲に光の粒が湧き上がる。空間全体が歪み、大小様々な文様のような光玉が浮かび上がる。
「その力を持って、私を倒して見せなさい!」
「もちろん、そのつもりよ!」
珠樹の周囲を幾重にも光玉が展開される。対する永琳とパチュリーも己の全力をこの一撃にかける。
「天上に輝く魔性の珠の光に魂まで焦がすといい。【星珠・冥キ天珠ノ報イ】!!」
「禁忌の果てに尽きた御霊の道を永久に閉ざさん。【秘術・天文密葬法】!!」
そこに現れたのは、果てしなく暗く、冥く、それに矛盾した光を放つ一つの光珠だった。
その黒い光が辺りを照らすと、それに反応して周りに存在した大小の光玉から無秩序に弾が放たれる。
それらは次々と連鎖反応を起こし、破壊と再生を繰り返しながら次々と弾を吐き出してゆく。
対して、永琳によって生み出された数多の使魔は永琳の打ち出す弾に反応して次々と弾を吐き出してゆく。
だが、永琳の攻撃は永琳自体の指示の元で動く使魔、対する珠樹はそれぞれが連鎖反応を起こし
光玉の自動発生をも備えている。火力でいけばこのまま永琳が押さえ込まれるかに見えたが・・
「我は万能なる智の使い手。世界の成り立ちをその手に紡ぎ、完全を求める者。
故に我はここに万物の全てを創造し、その手に掴まん。」
「【火水木金土符・賢者の石】!!」
・・・・目を開けると、そこは見慣れた景色が広がっていた。
そして目の前には倒れて虫の息の珠樹とさっきまで激闘を共にした魔女がいた。
「・・それにしても、よくあんな真似が出来たわよね。」
永琳が、パチュリーに話しかける。
あのとき、パチュリーが放った賢者の石は珠樹を攻撃する為のものではなかったのだ。
「まぁ、元来賢者の石というのは、魔力増幅装置としての役割が大きいの。
そして、その作成における過程での特性上、物質の構成、変質、転換などといった様々な副作用もある。
今回はその性質を貴女の使魔に付加して、あれほど膨大なエネルギーを放出できるようになったってわけよ。
もちろん、暫くすれば使魔自身の容量を超えて消滅するけど、それまではほぼ不死身ってわけ。」
―よくもまぁ、そんな危険な真似をやってくれたものだ。
下手をすればエネルギーが反作用で逆流して暴発だってありえたのに。
と、永琳は思ったが、それくらいの真似をしなければ珠樹に勝つことは出来なかっただろう。
とりあえずはこの魔女に礼を言い、霊夢たちの援護に向かおうとしたそのとき
「・・本当に、主にかなうと思ってるのですか?」
途切れ途切れの声で、珠樹は永琳に問いかけた。
「力の証明は済んだ筈でしょ。」
「えぇ・・そうでしたね。」
永琳はそのまま駆け出していた。
最後に 信じてみます という声を聞いた気がした。
「姫、もうすぐの辛抱ですよ。」
幾重にも味わった終らぬ夜
幾年月を無為に過ごす中夢と現に浮かぶのは
死なせた彼女らの切なる願い。
出来るうならば今日この場でその永夜が終ることを・・・・