霖之助「魔理沙、僕は疑問を持っているんだ」
青い空。
いや、どこまでも吸い込まれそうに、広くて高い空。
一面のグラデーションはあまりにも滑らかに、白昼の蒼から夕の紫へ向けて、
彼方へと流れ込んでいく。
雲はまばら。目を落とすと、平らな地平。
地面から突き出た岩塊の数々は、そのひとつひとつが小山ほどの大きさがあるはずなのに、
あまりにも雄大な景色の中で、孤独にたたずむ赤子のようにすら見える。
そんなにも広くて。
こんなにも雄大。
旅の空の下。どちらを目指しても誰にも文句を言われないであろう開放感。
乾いた風が、夕刻の気配を運ぶように涼しく優しく、頬を撫でていく。
馴染みの地は背中側にはるか遠く。目指すのは明日の方角。
ふたり旅だった。
目的はない。
・・・・・・強いて言うなら、ふたりが共通の師とする者が旅した足跡を追うこと。
それだけが目的の旅だった。
さあ、今夜はここに天幕を張ろう。
どうせ急ぐ旅ではない。
ここで星を数えながら一晩を明かして、明日の朝、また地平線の向こうを目指そう。
そんな会話をしたのが少し前。
お互いの意見の相違から、今夜のメニューについて口論したのが、ついさっきだったか。
結局折れた魔理沙は、今夜もカレーかと嘆息しつつ、眼鏡の相棒に夕食を任せる事になった。
そして・・・・・・ローブ姿の見知らぬ集団に囲まれたのは、
大鍋に湯が沸いたか沸かないかの頃だったと記憶している。
それで、魔理沙の相棒であるところの霖之助は、おたまを片手に言ったわけだ。
霖之助「魔理沙、僕は疑問を持っているんだ」
のんびりとして、まるで日常会話のように。
青い服に身を包んだ霖之助は、料理時のたしなみとばかりに、
普段は下ろしている髪を頭の上でまとめている。
これで二人の周りを正体不明の襲撃者が囲んでさえいなければ。
そして初めの襲撃者三人が霖之助の足下でのびていなければ、本当にただの日常だった。
ちなみに三人は霖之助のおたまで気絶させられていた。
霖之助は「峰打ちだよ」などと言っていた気がするが、『おたまで峰打ち』の意味が魔理沙には分からない。
とにかく、いつもなら魔理沙は返事もしないで霖之助の戯言を流し、
霖之助はそんなことなど気にもしないで話を続けるところなのだ。
「その疑問ってのは食事が三日連続でカレーって事か?
それとも、こいつらの事か?」
「もうひとつ、君の口調の事もなんだけどね」
「それはあとでもいいぜ」
不機嫌そうに、魔理沙は霖之助の軽口を切り捨てた。
霖之助は魔理沙の突き放した態度に肩をすくめ、眼鏡の位置を人差し指で修正すると、
一転、真面目な表情で男達を見回した。
天幕と夕食の用意を取り囲む襲撃者は、合計十七人。足下に倒れているものも含めると二十人。
その全員が女だった・・・・・・たぶん。
「お揃いのローブ・・・・・・杖も同じものに統一されてるね。隙のない構えだ。
不意打ち気味で襲ってきたのは、どういう意図だか分からないけど。
なんにしろ、あまり友好的とは言えないように見えるね。」
「・・・・・・そんなもの、見れば分かるぜ。で、どうするんだ?」
「分からないかな、魔理沙。僕がこうやって話し続けているのは、
彼女らがずっと僕達を遠巻きに囲んだまま、動こうとしないからなんだよ。」
「分かってるぜ」
「そこで・・・・・・これはごくごく私的な疑問なんだけれど」
そう前置きして、霖之助はようやく、冒頭の疑問とやらの中身を話し始めた。
「彼女らがこの広い荒野でどんなふうに僕達を待ち伏せていたかっていうのが気になってね。
地平線まで見渡せるこの平原で、気付かれずに僕達の後をつけることは不可能だ。
ということは、この付近で待ち伏せしていたということなのだろうけど・・・・・・
いったいどれだけの間潜んでいたのだろうかと思うと、涙を禁じえないんだよ。」
「確かに難儀だぜ」
魔理沙の言ったちょっと難しめの単語に、襲撃者のリーダーとおぼしき女が眉間にしわを寄せるのが分かった。
が、霖之助はそんな彼女の事など完全に無視して魔理沙と話をし続ける。
「あと一つ疑問があってね。ほら、彼らは何故不意打ちをしたんだろうか。
大体において、はなから負けるつもりがないなら、そんなことをする理由はないだろう。
どうせ僕達に勝つつもりなんだろうしね。
これはもしかして、僕と君の剣の腕を評価してくれていると考えてよいのかな?」
「私は剣を使った事はないけどな」
「言葉の綾だよ、魔理沙。それを言うなら僕の今の獲物に至ってはおたまだ。
で、どうするつもりなのかな闖入者の皆さん。
このまま帰ってもらえるのならば、僕としては、本当にカレー作りに戻りたいのだけれど」
そこまで言って、霖之助は目線とおたまを襲撃者の一人に向けた。
話を振られた女は小さくうめく。
彼女は無理矢理に気を取り直そうと思ったのか、息を吸って、両の頬を叩いた。
「お前達の言いたい事はよく分からんが・・・・・・
とにかく、私達が用があるのはそこの女だ。
大人しくついてくるならよし、そうでないなら痛い目にあってもらう。
逃げようたってそうはいかないよ。
これだけの人数を相手にしては、いかに剣豪と言えども無事ではいられないはずだ。」
容姿は十代の少女程度ではあるが、その物言いは、十分に彼女らが本気である事をうかがわせた。
狙いはあくまで魔理沙、僕に用はないと言い切る。
「ふむ・・・・・・。だそうだよ、魔理沙。仕方が無いね、相手をしようか。」
「どうした、いつになく好戦的だな?
争いを避けたがる霖之助とは思えないぜ。」
「カレーを邪魔されて怒ってるのもあるけどね。
魔理沙、君が狙われてると聞いて黙っていられるほど僕は優しくないよ。」
「・・・・・・勝手に言ってな」
魔理沙が立ち上がる。
黒白の装束に身を包んだ少女は、裾についた砂埃を払うと、ゆっくりとした動作で傍らの箒を手にした。
魔理沙が自身で選んだ、自慢の一品だった。
魔法使いに箒と言うのもベタだが、本人は気に入っていた。
「で、霖之助、あんたはおたまでいいのか?」
霖之助は手の中のおたまと襲撃者を何度か見比べると、にっこり微笑んだ。
「十分さ」
「亜阿相界、ちなみに花の名前だぜ」
なめられたと思ったのか、とたんに襲撃者が殺気立つ。
しかし、霖之助は涼しい顔でその殺気を受け流すと、半球状の剣先をピタリと彼女達に向けた。
「僕たちの事を多少なりにも知っているようだけれど、敢えて僕らを狙う理由はなんだい?
事と次第によっては、さっさと終わらせて、急いで霊夢の所へも行かないといけないしね。
そうなったら、容赦はしないよ。」
「大切な人だもんな」
「はいはい、茶々を入れないで。僕は彼女らと話をしているんだ。」
「おい・・・・・・」
呟いたのは襲撃者のリーダーだった。
襲撃されているのは自分たちなのに、どこまでも緊張感のない二人の態度が、
彼女の頭に思いっきり血を上らせていた。
「さっきから、ごちゃごちゃと余裕かまして喋りやがって。
いいだろう、教えてやるよ・・・・・・どうせあんたらが、今から帰ったところで間に合わないからな。
いいか、そこの魔法使い、いや、霧雨 魔理沙!!
お前は所詮保険なんだよ、今頃は向こうで、本命の方の娘が魅魔様にとっつかまってるはずさ。」
「なるほどね・・・・・・」
それだけ聞けば十分だ、とばかりに霖之助は呟いた。
襲撃者達に向けたままでいたおたまの先を、手招くように小さく動かす。
「それじゃあ、相手をしてあげるからかかってきなさい。
そうだ、僕達が余裕かましてたって事だけど」
一変した鋭い表情で、霖之助は言い放った。
「彼女に手を出すという事なら、最短の手順で君達を倒させてもらうよ」
>手軽に読めていいでしょ?
こういったことは筆者が読み手に求めるのではなく、読み手が自然と感じるものです
それと魔理沙の霖之助への呼び方は「香霖」です
霖之助の魅力と言ってる割にはあまり香霖堂にお詳しくないようで