――――なんだろう、この感じ。妙に体がうずうずする。
戸惑う感覚、抑え切れない衝動。全部いっぺんに私を襲ってくる。
――――この感覚、どこかで覚えがあるのに――――
覚えがあるのに、思い出せないもどかしさ。ああもう!
なんだか頭にきたから、手近にあった椅子に八つ当たりする。
――ジュッ、って音がして、椅子がなくなっちゃった。
気が済んだわけじゃないけど、ちょっとだけ気晴らしにはなったみたい。少しだけ、気分が楽になっちゃった。
そのまま、私は上を見上げて、
お空に、紅くまぁるい月が浮かんでいるのが、『視え』た。
――――ああ、だからこんなにも。
私は笑った。
――――だから、こんなにも、暴れたくなるんだ。
月を『視た』せいなのかしら。内から浮かび上がってくる衝動に、私は我慢しきれなくなった。
今すぐ暴れたい。
何もかもを壊したい。
霊夢と魔理沙のおかげで少しは抑えられるようになったけど、今日みたいな満月を『視る』と、やっぱり思いっきり暴れたくなる。
お姉様達もそれくらい分かってるみたい。こんな晩になると、咲夜や霊夢、魔理沙――咲夜はともかく、霊夢と魔理沙はちょっと嫌そうだったけど――ここに来て、一緒に遊んでくれる。とても充実した、最高の時間。
けど、どうしよう。『ここ』で遊ぶのは、本当のことを言うと飽きちゃった。
お外を眺めてみたい。お外で目一杯遊んでみたい。
けど、『ここ』から離れるとお姉様達がうるさいしなぁ・・・・・・。出ようとすれば、パチュリーや咲夜が飛んでくるだろうし。雨も降らされちゃう。
前も、気付かれないようにしたのに、結局見つかって雨を降らされちゃったし。
どうやって、気付かれずに抜け出そうかなぁ・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
ああもう、考えるのも面倒だなぁ。
いっそのこと、邪魔するモノ全部壊しながらいっちゃおうかしら。
咲夜の時間停止能力も、パチュリーの降らせる雨も、何もかも。
だって、私の力は、
全部、全部、壊せる力なんだもの。
だけど、邪魔が入る度に破壊するのも面倒だし。お姉様達に総出で来られると、ちょっと辛いし――
――そうだ。折角だし、アレを使っちゃおうかな。
アレなら、一気にまとめて破壊できるし、手早くてすむもの。
・・・・・・ええと、魔理沙が言ってた気がする。この場合『膳は急げ』だったかな?
――じゃあ、気取られない内に――
いってきます、お姉様♪
その数分後、静けさに包まれた紅魔館の内部から凄まじい爆発音が響くと同時に、紅い閃光が空を走った。
「――これが?」
「・・・・・・はい」
爆発音の発生した場所――紅魔館の一角で、館の主レミリア・スカーレットが、なんとも言えない表情を浮かべて立っていた。彼女に付き従うのは紅魔館のメイド長十六夜咲夜であり、しかしその表情には疲れと諦めの色が浮かんでいる。
ほぼ日常的に魔理沙達の相手をしている咲夜はともかく、滅多に崩した表情を浮かべない筈のレミリアが、何故これほど間の抜けた表情を浮かべているのか。
その原因は、目の前の光景にあった。
二人はほぼ同時にため息をついて、改めて目の前の惨状を見た。
散らかっているわけではなかったが、ある意味、そちらのほうがまだマシだった。
一言で言えば、壁と床に巨大で、綺麗な穴が開いていた。
恐らく、地下から直線状になんらかのスペルを放出したのだろう。底知れぬ闇からまっすぐに伸びたその穴は、直線状にあった壁はおろか、その外に展開していた、館に住まう魔女特製の対妹様専用豪雨発生魔術――術式結界をも、見事にぶち破っている。
見事な装飾で飾られた壁にぽっかりと開いた穴が、妙に物悲しい。
それを見て、レミリアは呆れや感心といった感情が半々交ざった息を吐き、呟く。
「まったく、フランのやんちゃぶりも凄まじくなってきたわね。ここまでくると怒る気も失せるわ」
「お嬢様、そんな悠長なことを言っている場合ではありません。地下はものけの空、フランドール様は既に外へ出たようです」
「分かっているわ。フランは外に出て、探さなければならない。それも分かっているわ。・・・・・・けど、フランはこんなスペル持ってたかしら?レーヴァンティンでもなさそうだし・・・・・・」
穴を見やり、不思議そうに首をかしげる。
フランドールがレーヴァンティンを使えば、確かに壁に穴を開けることができる。
だが、決して、ここまで綺麗な穴にはならない。
レーヴァンティンは、その見た目どおり、すべてを等しく焼き尽くす焔で出来ている。それで壁に穴を開けた、というのならば、必ずその跡がなければならないのだ。例えば、焼けていたりは勿論、あまりの熱で壁が溶けていたり、等々。
それは見た目で分かりやすい痕跡として残る。絶対に。
だが、この穴にはそんな形跡はない。むしろ、形跡がなさ過ぎる程に綺麗な、直線状の穴だった。
何をどうすれば、ここまで綺麗な真円の穴を開けることができるのだろうか。
「私自身も信じられませんが――或いは、信じたくないだけかもしれませんが・・・・・・心当たりが一つだけ」
レミリアの疑問に答えるかのように、咲夜は整った眉をひそめて告げる。
「何かしら?」
「魔理沙のマスタースパークです」
「・・・・・・あれを?フランが使ったと?」
「断言できませんが、恐らく、自分なりにアレンジして使ったのではないでしょうか・・・・・・この様子では、オリジナルより威力は上のようですが」
咲夜の言葉に、レミリアはため息を漏らした。
――――まったく、厄介なモノに限って、覚えるのが速いんだから。
心の中で呟いて、もう一度ため息を漏らす。
「捜索隊は?」
「既に美鈴を中心に組織し、館を中心に捜査網を広げながら探索しています。パチュリー様も遠見の術を使って探すと仰られていました。ご命令とあらば、私もその捜索隊に参加致しますが」
「流石、手を打つのが速いわね・・・・・・そこまでは及ばないわ。私やあなたが動かなくてもいい。その代わり」
「はい」
畏まって命令を待つ咲夜に、レミリアはフフッ、と、何故か楽しそうに笑って言った。
「紅茶を用意して頂戴・・・・・・永い夜になりそうよ。あの子にとっても、彼女にとっても」
「――――――?」
誰かに呼ばれたような気がして、少女は振り返った。だが、少女の振り返った視線の先に、求める人はいない。
少女の視線の先では、闇が全てを覆うように広がり、その中から時折、風に揺られてざわざわっ、と葉や枝の揺れる音が響いている。
底なしの闇。透明な黒。誰もいないからこそ、何にも影響を受けずに、本来の闇を映し出している。
「・・・・・・気のせい、か?」
闇を見据えたまま、少女は首を傾げる。
呼ばれたような気がしたのだ。誰かは分からなかったが、自分より幼いであろう少女の声で――いや、今となっては、どんな声だったかも思い出せなかった。
それでも、少女は呼ばれたような気がしたのだ。人間や妖怪はおろか、生き物そのものの気配さえも感じない、目の前の竹林の先から。
青みがかった銀色の髪は長く、足首の元まで伸びている。紅い瞳に狂気の光はなく、どこまでも透明な、知性的な光を帯びており、顔立ちも幼くなく、それでも成人というにはまだ遠い。サスペンダーで吊るされている赤い袴には、しかし少女の外見とは裏腹に、呪術の札に描かれているような文様が縫い付けられていた。
一種異様な出で立ちの少女――藤原妹紅はしきりに首を傾げていたが、ふむ、と呟いて、
「まあ、いいか」
思い出せないのなら、大したことではないのだろう。妹紅はそう結論付け、踵を返した。考えている暇などない、早く帰らなければならなかった。
草木も眠る丑三つ時。その上今宵は満月とあってか、妙に静かすぎたのだ。
――まるで、見えない何かに、空間そのものが怯えているかのように――
「こういう時に限って、厄介事に巻き込まれるんだよね。さっさと帰るに限るわ」
ため息混じりに呟かれたその言葉とは裏腹に、妹紅は立ち止まった。
立ち止まるつもりはなかったのか、一瞬遅れて舌打ちを漏らす。
巻き込まれたくないのならば、早く帰ればよかったのだ――気付かぬ振りをして。
それでも、妹紅は気付いてしまったのだ。そして己の意思とは裏腹に立ち止まってしまったのだ。
――――いる、ね。
自分に向けられた視線を感じ取り、妹紅は周囲を見渡した。
少なくとも、周囲の光景が変わっているようには見えない。――だが、つい先程とは決定的に違うものがあった。
透き通った透明な黒の一角が、どす黒く、何色もの色を幾重にも重ねて塗った末に出来た、混沌とした黒に変化していた。
それを見て、妹紅はこっそりとため息を漏らす。
――――まったく、いつもいつも!厄介な事程、こっちの心境なんて関係なくやってきて、一方的に滅茶苦茶にしていくんだから!!
心の中で毒付く。それで目の前の現実が変わるとは思っていないが、それでも愚痴らなければ気がすまなかった。
ある時は、輝夜にけしかけられた人間と妖怪のコンビにズタボロにされ。
ある時は、輝夜やその従者である薬師に完膚なきまでに殺され。
他にもあげ始めればきりがない。それらすべて、自分の意思に関係なく向こうからやってくるものばかりだった。
そのためか――慣れたわけではないが、こういう時の対処法は覚えてしまっている。こういう手合いは――――さっさと引きずり出して、潰すこと。
妹紅はもう一度、今度は聞こえるようにため息を漏らし、視線の先――混沌とした闇に目を向けて、
「・・・・・・いつまで隠れているつもり?」
その一角に向けて、妹紅は鋭く目を細めて言う。
間は、ほんの数秒だった。
「――――なぁんだ、バレちゃった?」
その闇の中から、とても可愛らしく無邪気な少女の声が響いた。声色からは、何の裏もなく、ただ純粋に驚いている、といった様子が伝わってくる。
だが、その声に怯えるかのように、周囲の竹がざわり、ざわり、揺れ動いた。
まるで、その純粋さに恐怖しているかのように。
妹紅は、知っている。
純粋だからといって、必ずしもそれが正気だとは限らない、ということを。
それは、子供を見てみれば分かるだろう。子供とはえてして無邪気で純粋であり、どんな事でも興味を引き、遊ぶ。動くモノがあればそれに目を奪われ、ちょっかいを出したりして、止ればそれを不思議そうに眺める。
――何もそれは、単なる玩具だけに限った話ではない。昆虫を含めた生き物にも十分当てはまる。
自らが何をしているのか。その意味をよく知らないまま、子供達は楽しそうに生き物を殺し、動かなくなった様を眺めて不思議そうにするのだ。
人から見れば狂気、だが子供達からすれば、正気の中で。
そして、恐らく、闇の中の少女はそういう『モノ』なのだ。
無邪気な狂気に身を委ね、手を深紅に染めながら、すべてを楽しそうに壊す存在。
それに対する罪悪感など、あるわけがないのだ。罪を犯したという意識がないのだから。
その為か――闇の中から現れた少女は、まさしくそれを象徴するかのような色だった。
穢れを知らぬ、陶磁器のような白い肌。
闇の中一際映える、純粋な黄金に命を吹き込んだかのような、金色の髪。
子供が着るような、フリルのついた真っ赤なドレス。
七色に光り輝く、宝石のような羽。
右手に握られた、奇妙に曲がった漆黒の杖。
――そして、血を幾重にも塗り重ね、その末にできたような紅い瞳が、白い肌の中で、爛、と輝いていた。
恐らく、並の者ならその眼力だけで殺せそうなくらい禍々しい光を放つその瞳を、妹紅は真っ向から睨み返しつつ――面倒なタイプに絡まれた、と心の中で後悔しつつ――努めてなんでもないように振舞う。
「道に迷ったのかい、お嬢ちゃん?生憎と私は案内してあげる時間はないの。道くらいなら教えてあげるから、早くおうちに帰りなさい」
口調こそ穏やかだったが、言外に「さっさと帰れ」と言い放ちつつ、その瞳は鋭く刃のように細められていた。
妹紅は敏感に感じ取っていたのだ。恐らく、ただでは終わらない、と。
その予感を象徴するかのように、現れた少女はむーっ、と可愛らしく頬を膨らませた。
それはとても可愛らしい仕草だったが、その見た目に騙される程、妹紅の歩んできた人生は軽くない。
「帰り道くらい覚えてるわよ」
「なら早く帰りな」
「いーや。だって・・・・・・」
少女がにっこりと笑うと同時に、周囲の空気が、音もなく震えた。
周囲の竹という竹全てが震撼し、恐れおののく巨大で強大な魔力が、少女を中心に渦を巻き、集まり始めている――否、それは全て少女から発せられているものだ。
たった一人の魔力が、自然そのものを震撼させている。
その中で、少女はとても嬉しそうに、満面の笑みを浮かべて、
「折角、楽しそうな玩具を見つけたんだもの♪」
無邪気故に、底冷えする言葉を紡いだ。
その言葉に、しかし妹紅はまったく動じずにふぅん、と鼻を鳴らし、両手をポケットの中に入れる。
「人を玩具呼ばわりとは、いい度胸だね、お嬢ちゃん。それに・・・・・・生憎とね、ただで壊されてやる気は、私にはさらさらないの――」
そう言い、妹紅がポケットから取り出したのは、数枚の札。躊躇うことなく、それを周囲に撒き散らす。
不思議そうに眺める少女の目の前で、空中に舞う札の一枚一枚が、発火し始めた。
燃え盛る札は妹紅の周囲を回るように飛び交い――やがて、轟、という音と共に、妹紅の足元から突然炎が現れ、札の炎をも取り込みながら、一気に燃え上がる。
その炎は風に揺らめき、形を変えながら妹紅にまとわり――その背に炎の翼を浮かび上がらせた。
それを見て、ますます楽しそうな、満面の笑みを浮かべる少女。
対する妹紅は、再びポケットから数枚の札を取り出し、身構える。
悪魔の妹が宿すは、総てを等しく破壊する力。
蓬莱の人の形が宿すは、決して滅びぬ不死鳥の力。
それは、矛盾そのものの激突だった。
『全てを破壊する矛が勝るか、決して死なぬ盾が勝るか』
二人は己が気づかぬまま、互いの持つ存在意義を賭けて対峙していたのだ。
「だからね」
「だからな」
少女――フランドール・スカーレットは楽しそうに笑い
妹紅はつまらなさそうに鼻を鳴らし
「いっぱいいっぱい壊してあげる、焔鳥の人間さん♪」
「不死鳥の炎で焼き尽くしてあげるわ、悪魔の幼子!」
二人は、ほぼ同時に駆けた。
紅妹に限らず、蓬莱の薬の効力はすべての者を等しく死に誘う幽々子
にとっては天敵であったみたいですが、さて全てを壊す妹様相手では
はたしてどうなるか・・・。
作者殿の軍配が果たしてどちらに上がるのか、楽しみに読ませて頂きます。