Coolier - 新生・東方創想話

東方紅魔狂

2005/01/03 00:21:52
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 虹色の光が下級妖魔を焼き払い、迷宮の闇を切り裂きながら周囲を七色に照らし上げる。
 不気味に笑う人形達は撃ち出した魔弾ごと光の奔流に飲み込まれ、消し炭すら残らずに
消滅した。
 高位魔法のスペルをカードにあらかじめ書き込んでおくことにより詠唱を省略、シング
ルアクションで発動させるという幻想郷では誰もが使える程度の技術。
 霧雨魔理沙が最も得意とする、虹色の魔力を極太熱線と化して放出するスペルカード。

 恋符「マスタースパーク」の光である。

 彼女は袖口にフリルの付いた黒い半袖ワンピースの上に、白いエプロンドレスを着用し
ている。本人の性格のように捻じ曲がった金髪の上には、あまりにも大きすぎて先が折れ
た黒い魔女帽が、可愛らしい白リボンを飾られて危うげに鎮座していた。

 箒に跨り広大な迷宮を飛ぶ少女――霧雨魔理沙は、ごく普通の魔法使い(自称)である。

 高速で乱れ飛ぶ弾幕の隙間を、魔理沙は神業的な箒捌きで擦り抜けていく。
 擦れ違い様に魔弾を掃射して、まとめて八匹を撃墜。天地からの挟撃を急加速で回避す
ると弧を描くように旋回し、返す連続射撃で殲滅する。
 続けて彼女の傍を常に浮遊する二つの光玉から二条の熱線が発射される。
 集団で特攻を仕掛けてきた妖魔の群は、魔理沙の矮躯に迫ることなく炎の花弁を闇に咲
かせ散っていった。
 
 幻想郷。東国の辺境にあるという、沢山の妖怪と少数の人間が住む奇妙な場所。
 桃源郷、蓬莱山とも呼ばれる幻想郷には、大きな湖がある。
 湖にはぽつんと島が浮いていて、そこには窓が少ない瀟洒な館が建てられていた。
 さて。
 魔理沙がここ、紅魔館。吸血鬼の住まう館にて熱烈な歓迎を受けている理由はというと、
実のところ本人にもよく分かっていない。
 つい先日、紅魔館の主である吸血鬼をしこたましばいてやったのは記憶に新しいところ
ではあるが、特に恨まれてはいないはずだ。
 むしろ懐かれちまったかと後悔してしまうほどのうざったさで本人、吸血鬼レミリアは
魔理沙の友人宅、博麗神社に入り浸っているのである。灰になればいいのに。
 そも、魔理沙がこんなところまで出張ってきたのは件のレミリアに原因があるのだった。

 突如異常な雷雨に包まれた紅魔館。

 これでは家に帰れない(吸血鬼は雨に弱い)と嘆くレミリアのためにというのは建前で、
 何だか面白そうなので様子を見に来たというのがことの次第である。
 だというのに紅魔館の妖魔がこんなに激しく迎撃してくるということは――
 館の内部に、侵入者を快く思っていない誰かがいるということになる。恐らく外の雷雨
もそいつの仕業だろう。

 紅魔館の住人は魔理沙の知る限りでは四名。
 図書館の主。知識と日陰の少女、パチュリー・ノーレッジ。
 時間を操る能力を持つ紅魔館のメイド長、十六夜咲夜。
 そして紅魔館の主。紅い悪魔の二つ名を持つ齢五百余年の吸血鬼。
 レミリア・スカーレット。
 
「あれ? 一人足りないぜ」
 可愛らしく首を傾げる魔理沙。頭上に疑問符を浮かべてしばし悩んでみるものの、あと
一人の名前が出てこない。
「まあいいか。思い出せないってことは、大した奴じゃないんだろうしな」
 そう結論を出し、残る三名の容疑者について考察してみる。
 まず今現在ここにいないレミリアは除外。
 メイド長の咲夜は会うたびにナイフを投げて来るので、あまりよくは思われていないの
かもしれない。でも、レミリアに言わせるとそれは咲夜なりに親愛の情を表現しているつ
もりらしい。嫌過ぎる親愛だ、勘弁して欲しいと常に願っている。
 しかし、彼女も違うだろう。
 時を操れるとはいえ、正式な魔法使いでもない彼女に雷雨を召喚するなんて真似が出来
るとは思えないからだ。
 と、なると。犯人は――

「なによ、また来たの?」

 現れたのは、桃色の西洋寝巻きを着た紫髪の少女である。長い髪に三日月の飾りが付い
たモブキャップを被り、全身に幾つもリボンを結んでいる。
 全体として可愛らしい容貌をしているが騙されてはいけない。こいつは百歳オーバーの
ばばあなのだ。
 いかにも不機嫌そうに口端を引き下げた彼女は、憮然と中空に佇んでいる。
 飛行しているのは驚くべきことではない。幻想郷の者ならば、あたりまえに出来ること
なのだから。ましてや、魔理沙の目の前にいるのは百年を生きる魔女である。
 飛行どころか――雷雨を呼ぶことだって、容易い。

「出たなパチュリー。あんたかい、これらの仕業は?」
 パチュリー・ノーレッジは不愉快そうに鼻を鳴らした。
「今はそれどころじゃないのよ、あんたに構ってる時間はないの」
 つれないお言葉である。こいつは魔理沙に対していつもそうなのだ。一体全体魔理沙が
何をしたというのだろうか。
 パチュリーは続ける。
「……もっとも、図書館を荒らしまわった挙句、貴重な魔道書を根こそぎ盗んでいったこ
とを反省して謝罪するというのなら、邪険にするつもりはないけれど?」
「何のことだか分からないぜ。あんたいつの話をしてるんだ?」
 最新では昨日の話よとパチュリーはきれ気味に言った。
 音速で視線を逸らす魔理沙。
「昨日という遠い昔にそういうこともあったかもしれないぜ。話は戻るけど、この雷雨、
あんたの仕業なんだろ? さっさと止めてくれないか」
 あからさまに話題を変えてみる。
 パチュリーの額に、くっきりと血管が浮かび上がる。
「そう、帰る気はないのね」
 ばちり、と彼女の手の平から紫電が迸った。
「……やっぱりこうなるのかよ。ま、いーけどな。いつものことだし」
 箒を走らせて距離を取る。こいつの魔法は至近距離じゃあかわし切れない。

「まったく。あんたといい、妹様といい――今日は厄日だわ!」
 何だか気になる発言を残し、パチュリー・ノーレッジはスペルカードを発動させた。

 月符「サイレントセレナ」
 
 パチュリーを六芒星の魔方陣が包み込み、全方位に激しい弾幕が展開される。
 一直線に速射される緑色の弾は、宵闇に咲き狂う花火のようだ。
 弾幕はあちこちで青い爆発を引き起こし、新たな弾幕を発生させる。雹の如く降り注ぐ
雨色の弾丸は速射弾と相乗して『静謐の女神』の名にそぐわぬ苛烈さで魔理沙を追い詰め
ていく。

「ちょっと待てよ。いつもより激しくないか、これ?」
 魔理沙の声に焦燥が混じり始める。
「今日は喘息の調子がいいの。長い詠唱もへっちゃらなのよ」
 それはつまり、スペルカードに追加詠唱を乗せて強化しているということらしい。
 喘息で詠唱が唱えきれない魔法使いなんて阿呆すぎると思っていたが――実力が出し切
れればこの通りだ。正直、舐めていたかもしれない。
 ――それでも。
 あのレミリアには及ばないか。
 魔理沙はサイレントセレナをアクロバティックに回避しながら双玉を前面に展開し、ピ
ンポイントでパチュリーを狙い撃つ。魔法戦において魔理沙に攻撃力で並ぶものなどそう
居はしない。
 遠からずパチュリーの魔法障壁を打ち破り、本体を貫くだろう。

 と、いっても。幻想郷における魔法戦闘で、死者が出るケースは極々少ない。
 少なからず魔法を嗜む者、つまり幻想郷の住人は十分な魔力さえ残っていれば、狭義の
意味で不死だとすらいえるからだ。死の直前に自律発動する緊急回避スペル。個々人によ
りそれは瞬間移動であったり結界であったり人形との変わり身であったりするのだが――
 とにかく、死ぬ直前に何らかの形で死を回避する魔法を、肉体に直接刻み込んでいるとい
う点では同一種類の魔法であるともいえるだろう。
 勿論それらは魔法である以上、回数制限が存在する。魔理沙の場合でいうなら、標準で
三回といったところか。残機がなくなってしまったら降参するか、もしくは予めストック
しておいた魔力を使って逃走することになる。
 この、死者の出ない魔法戦闘に若干の規則を加えたものを、子供の遊びに擬えて――
『弾幕ごっこ』と言ったりする。
 
 魔理沙の魔弾がパチュリーの胸を貫通した。
 これで、一回。

「ま~り~ざ~」
 幽鬼の貌で復活するパチュリー。
「と、とりあえず胸の穴をふさごうぜ?」
 こあー、と何だか分からない奇声を上げて、パチュリーは新たなスペルカードを発動し
た。

 日符「ロイヤルフレア」

 魔理沙とパチュリーが対峙する空隙に、三つの紅い球体が出現する。
 くるくると螺旋状に広がっていくそれらは、次々に微細な弾を生成しながら襲い来る。
 極炎の弾幕。紅魔館に咲く大輪の炎花。
 二度三度四度五度と、際限なく繰り返される煉獄の螺旋――

 おまえ今日は再生系かよ転移系にしとけよなとか思いつつ、魔理沙は反撃のスペルカー
ドを発動した。

 恋符「ノンディレクショナルレーザー」

 魔理沙を中心に、三本の光熱線が発射される。光の剣と化した熱線はミラーボールのよ
うに回転、炎の弾幕を切り裂いて、パチュリーの魔法障壁を削り取っていく。
「魔理沙、あんたどこでその魔法を……!?」
「昨日読んだ本に書いてあったんだ」
「私の魔法よそれ――!」
 非難の叫びを上げながら、パチュリーは急降下していく。流石に自分が造り上げた魔法
の弱点は十二分に弁えているのだろう。この魔法は水平方向に対しては強力だが、足元に
死角が出来る。そこを狙おうという魂胆らしい。
「甘いなパチュリー、いくらわたしでも、あんたの魔法があんたに通用しないことくらい
分かってる」
 ――ぴ、と。魔理沙は指で銃を作って真下に向けた。
「ばん」
 指先の銃口から、七色の星屑が発射される。
「これはあくまで、わたしの魔法なんだよな。一緒にしたら――痛い目みるぜ?」
 金平糖の袋をひっくり返したような勢いで、星屑がパチュリーに殺到する。
 ぼん、といい音がして。パチュリーの魔法障壁は粉々に砕け散った。

 これで、二回。

 ゆらゆらとパチュリーが上昇してくる。はぁはぁと息も絶え絶えで、魔力だってもうそ
んなに残っちゃいないだろう。……というか。
「おまえ服再生してないよ?」
「う゛あ――――もうっ! 次が最後っ! 覚悟しなさい魔理沙っ!」
 やけくそになるパチュリー。
「あぁ、百歳にもなってくまさんだなんて。パチュリー、わたしには今のあんたは眩しす
ぎるぜ」
 ここぞとばかりにおちょくる魔理沙。
「あ゛ぐ、くぅぅ――こ、こ、こ、殺すっ、絶対殺すっ!」
 茹蛸みたいに発狂したパチュリーは、涙眼で最後のスペルカードを発動した。

 火水木金土符「賢者の石」

 五つの魔道書が空間にばら撒かれる。火水木金土の五元素を司る魔道書がそれぞれ、己
に刻まれた禁呪を自律詠唱する
 びりびりと大気が鳴動する。書が謳いあげる呪式が恐ろしいほどの魔力を紡いでいくの
が分かる。この有様では、完全に発動してしまえば魔理沙といえども対処のしようがない
かもしれない。
「――なら、撃たせなければいいだけだけどな」

 恋符「マスタースパーク」

 虹色の極太熱線がパチュリーを直撃する。しかし周囲の魔道書が防御魔法を同時詠唱し
ているのか、パチュリーの魔法障壁を削りきれない。
 勝利を確信したパチュリーが見下すようにせせら笑う。むしろくまも笑う。
 
 魔理沙も笑った。
「じゃあ、もう一発な」

 恋符「マスタースパーク」

「え゛……ちょっ、と……ずる」
 最後まで言い終わる前に。
 パチュリーは周囲に放った魔道書ごと、光の奔流に飲み込まれていった。

 紅魔館内部は、空間操作の魔法により常に異空間と化している。内部でどれほどの破壊
を引き起こそうと、外部に衝撃が波及することはない。
 ちなみにパチュリーは、消し炭になる直前に転移魔法で逃走していくのを確認している。

「また後でなパチュリー、せっかくだから帰りに図書館に寄っていってやるぜ」

       *
 
 雷雨を召喚していたパチュリーを倒したというのに、外は依然激しい風雨に晒されてい
る。これでは吸血鬼でなくとも、紅魔館には近寄れまい。
 天候操作魔法は行使してから効果が現れるまでに時間がかかるのが特徴だ。逆もまた然
り、術者の魔力が途絶えても雨が止むまでにはまだ、幾分かの時間がかかるだろう。
 しかし……パチュリーは何で、こんな真似をしたんだろうか。
 雨に弱い吸血鬼を、館に近づけさせないため……?
「あはは。やっぱりレミリアの奴、追い出されたのか?」
 あるいは――

 ――妹様。

 吸血鬼を、外に出さないため――?

「――、ぅ」
 唐突に。悪夢みたいな魔力を感じた。

「なんかお呼びかしら?」

 魔理沙の目の前の空間に、ゆらめくように転移してきた『そいつ』は一見、幼い容姿を
している。闇と炎が染込んだような紅珠の瞳。血のように紅い少女服。薄い金髪を後ろで
縛っていて、真紅のリボンの付いたモブキャップを頭の上に乗せている。背には美しい七
色の翼を持ち、右手に握る奇妙に捻くれた杖は、いみじくも悪魔の尾に似ていた。
 人間で例えるのなら十代前半、もしくはやや下くらいだろうか。
 けど、そんな馬鹿なことはありえない。こんな――今まで出会ったこともない圧倒的な
魔力を保有する存在が、たかが十年足らずで形成される訳がないんだから。

「呼んでないぜ。で――あんた誰?」
 魔理沙は軽口で答えるものの、肌の粟立ちを押さえられない。
 こいつと比べてしまっては、レミリアさえも色褪せる。
「人に名前を聞くときは……」
「あぁ、わたし? そうだな……博麗霊夢、巫女だぜ」
 こんな物騒な奴に本名を名乗る趣味はないので、とりあえず偽名を名乗っておいた。
 咄嗟に出てきた名前が友人のものだったのでちょっと拙いかなと一瞬思ったが、どうせ
霊夢だしと考え直す。
 ……なんか嫌な目で見られた。
 何だろうか、この完全なる身分詐称に隙があったとでも?
「……フランドールよ、魔理沙さん。その格好で巫女は無理があるわ」
「なるほど、看護婦にしときゃよかったな。ふうん、フランドールねぇ。わたしのことも
知ってるみたいだが――なにもんだい、あんた」
 フランドールはくすりと、妖艶に笑った。
 寒気がする。こいつの視線は人間を見る目じゃない。なにか――そう、まるで食料を見
定めるような。そんな怖気の走る笑顔だった。

 私はフランドール・スカーレット。紅い悪魔の妹よ。霧雨魔理沙、こんなところまで私
のおやつになりに来てくれたのかしら?」

 合点がいった。ツェペシュの末裔、悪魔の妹。それで――あの魔力か。
「はあん――なるほどなるほど。あの吸血鬼の妹君かえ、どおりで。だがそりゃあおかし
いな。わたしはここしばらく紅魔館に入り浸っているけど、あんたなんか見たことないぜ?」
 フランドールの顔色が沈む。
「当たり前よ。ずっと地下で休んでいたのだもの。生まれてから四百九十五年間、私は外に
出たことがないの。別に出ようと思ったこともないけれど……あんたがお姉さまと話してい
るのを、私、こっそりといつも聞いていたわ。外には湖があって、山や森があって……色々
な妖怪と――人間だって住んでいるのでしょう? 私も人間というものが見たくなって、
外に出ようとしたら」
「――雨が降ってきた、と」
 そうよと拗ねたようにフランドールは言った。
「なんだ、よかったじゃないか。それなら外にいく必要なんてないぞ?」
 魔理沙は自分の顔を指差して、
「わたしが人間だ。ほれほれ、よく見るがいい」
 フランドールはきょとんと瞠目して、魔理沙を見つめる。
「……やっぱりあんた、人間だったんだ。へえ、人間って私たちとあまり変わらないのね。
はじめて見たわ」
「おまえ……今までわたしを何だと思ってたんだ」
「だって、人間なんて今まで飲み物の状態でしか見たことなかったもの」
 なんか嫌なこと聞いた。
「……じゃあ、わたしはそろそろ帰るぜ」
 吸われる前に逃げ帰った方がよさそうだと、腰砕けになる魔理沙。
 まって、と呼び止められた。
 フランドールの双眸が妖しく光り、瞬間金縛りにあったように全身が硬直する。
 眼力による拘束魔法――。ありえない威力だった。来ると分かってさえいれば次回から
は防げると思うが、現状ではどうにもならない。数分間、完全に生殺与奪の権利を剥奪さ
れた。
 ……ちょっと、洒落にならないかもしれない。
「遊んでくれないの?」
「……わたしは忙しいんだ。ただ働きはごめんだぜ。いくら出す?」
 とりあえず無駄な会話で時間を稼いでみることにする。
「コインいっこ」
「はん、一個じゃ人命も買えないぜ」
 すぅ、とフランドールが距離を取る。……丁度、スペルカードを展開するのに最適な空
間が彼女と魔理沙の間に開く。
「コインがないと、あんたがコンティニューできないじゃないのさ」

 それは新手の殺人予告ですかと戦々恐々としていたら、唐突に金縛りが治った。
 つまり、お嬢様のいう遊びというのはもしかして――

「弾幕ごっこ、しよう」

「……勘弁しろよ」
 魔理沙は箒を反転させて逃走を計ろうとしたが――無駄だった。
 周囲の空間が歪曲して、赤一色に塗り替えられていく。
 フランドールが空間を切り取って、結界に変えてしまったらしい。
「……これで退路もなし、と。仕方ない、やるっきゃないか」
 魔理沙の嘆きをよそに――紅い吸血鬼は、無邪気な笑顔で最初のスペルカードを発動した。

 禁忌「クランベリートラップ」

 フランドールが召喚した四つの六芒星が、紅き結界を駆け巡る。
 六芒星が撒き散らすのは赤と紫、同名の果実と同じ色形をした二種類の魔弾である。魔
理沙を包囲するような軌道で移動しながら、六芒星は弾幕をばら撒いてくる。
 弾数こそ多いものの、弾速は然程に早くもない。
 ――小手調べ、ということらしい。
 なら、そうやって油断している今こそが、かの吸血鬼を堕とす最大の好機。
 小手調べになんて付き合っていられないとばかりに、魔理沙は隠し玉の高位魔法を披露
してみせた。
 
 魔空「アステロイドベルト」

 魔理沙の魔力によって天が歪曲し、次元の扉が開かれる。混沌渦巻く漆黒の孔から召喚
された幾千の隕石群が驟雨の如く降り注ぐ――
 流石にこれで堕とせるとは思っちゃいないが、顔色くらいは変わっただろう――
 なんて考えていたところに。
「あぁ、びっくりした」なんて暢気そうなお言葉が聞こえてきた。
 特に回避するでもなく、降り注ぐ隕石をまともに浴びたというのに。
 魔理沙の思惑に反して、お嬢様はぴんぴんしていらっしゃいました。

「今の、中々面白いわ」
「……ああそうかい、そりゃあよかったな」
 果たして、顔色が変わったのはどちらだったのか。

「でも、よくない傾向ね。あんた――まだ手を抜いているでしょう」
「んなこたーないけどな」
 フランドールの紅い眸子に狂気の光が灯る。零下の視線で獲物を狙う、肉食獣の瞳。

「いいわ。そういうことをいうのなら――無理矢理にでも本気にしてあげる」
 不吉な宣言と共に、フランドールは新たなスペルカードを発動させた。

 禁忌「レーヴァテイン」

 フランドールの手が紅い光に包まれ、鳥獣の雄叫びにも似た衝撃音が奔る。光は瞬間、
長く長く長く伸びて――。
 スカーレットの名に相応しい、燦然と輝く真紅の剣と化していた。
 
 レミリアを遥かに凌駕する超魔力で編みこまれた、極めて長い猛火の剣。
 玩具で遊ぶような無邪気さで、吸血鬼はレーヴァテインを振り回す。

「……冗談きついぜ」
 慄然と呟く魔理沙。そう、性質の悪い冗談のようだった。
 フランドールが繰り出す剣戟とすら呼べぬ拙い一振り。
 しかし、その凡庸なる一つ一つの軌跡が――マスタースパーク以上の魔力を帯び、振る
うたびに無数の弾幕と爆発を産み落としている。
 そんな出鱈目、単発高位魔法を連続発射しているのと何の変わりもない。

 七色の翼に風を孕み、フランドールは右方向に高速飛行した。魔理沙は十分な距離を保
つべく左方向へ箒を飛ばす。紅魔館から切り取られたこの空間は、一辺を約五十メートル
とする立方体である。逃げるにしても限界があるが――間近で受けるよりは幾分ましだろう。
 それは、常識の話。
 この化物にとって僅か数十メートルの距離など何の問題にもならなかった。
 ――くす、と可憐な唇が歪み、輝く翼が翻る。
 レーヴァテインに計測するのも嫌になる、高密度の魔力が収束されていく。

 吸血鬼は結界の端から端へ、爆ぜるように飛んでレーヴァテインを振るう。
 薙ぎ払われた真紅の剣は、数多の爆発と灼熱の火粉、幾万にも及ぶ火弾を生み出して―
―結界の九割を焼き払った。

 魔理沙の矮躯が霧に変化し、離れた場所で再構築される。直後の『死』を認識し、緊急
回避スペルが起動したのだ。
 焦げたエプロンドレスを脱ぎ捨てて、魔理沙はワンピースだけの格好になる。
「……おいおい、霧化したのに焦げるのかよ。下手したら『ごっこ』で死ぬな、わたし」
 常駐魔法による緊急回避ですら、フランドールの弾幕を回避しきれない。運が悪ければ、
今の一撃で消し炭に変わっていたに違いない。パチュリーが何故、今日に限って再生系緊
急回避スペルを選択していたのかが今更ながらに理解できた。

 ――なるほどな、と魔理沙は得心する。
 こいつを館内に封じておくために、パチュリーは雷雨を召喚したのだろう。
 こんな化物を外に放ったら、誇張ではなく幻想郷が滅びかねない。
 ……状況を理解してみると、先のパチュリーを撃墜してしまったのは果てしなく失策だ
った。雨はじきやむ。これで魔理沙が負けでもしたら――フランドールは嬉々として、外
の世界に飛び出していくことだろう。

「やばいじゃないか……。ちゃんと説明しろよ馬鹿パチュリー」
 そんなだからおまえは百歳にもなってくまさんなんだと、今は亡きパチュリーに毒を吐
く魔理沙。あー、とか、うー、とか呻きつつ、綺麗な髪を掻き毟る。

 はあ、と溜息を一つ吐いて――覚悟を決めた。

「うし、本気でやるか」
 ぱちん、と両手で頬を叩く。
 魔理沙は箒から降りて、飛行魔法の対象を自己に移す。これでこの箒は、単なる掃除用
具に成り下がった。そして彼女はあろうことか――その箒を剣に見立て、フランドールへ
向けて構えて見せた。
「それは何のつもりかしら。それで――どうしようというの……?」
 零下の視線が絶対零度の吹雪に変わる。舐めるのなら殺す、という殺意を込めてフラン
ドールはレーヴァテインを虚空に掲げた。
「何のつもりかって? 決まってるだろう、遊びさ。こいつでチャンバラでもやろうかと
思ってな――。遠慮することはないんだぜ? かかってこいよ吸血鬼」
 挑発するように不遜な笑みを浮かべる魔理沙。

「ふうん。あんた、死にたいのね」

 無感情に呟かれた言の葉は、死の言霊よりも冷たかった。
 フランドールは大きく振りかぶり、真紅の剣を時計回りに薙ぎ払う。
 刹那、魔理沙の脳裏に活路が閃く。フランドールの斬撃は、確かに常軌を逸した攻撃範
囲と破壊力を誇る。しかし、それを振るうのはあくまで幼い矮躯である。あの吸血鬼のお
嬢様は膨大な魔力を持ちながらも――『戦い慣れていない』
 剣技を修めていない素人の剣筋など、百戦練磨の魔理沙にとって予知魔法同然に読みき
れる。レーヴァテインが結界の九割を焼き払うというのなら――
 残りの一割が発生する箇所を先読みして、移動すればいいだけだ。
 雷光の速度で魔理沙は加速する。弾幕の死角、すなわちフランドールの背後上空まで瞬
時に移動した彼女は、直角に軌道を変えて――
「おぉ――――りゃぁっ!」
 吸血鬼の脳天に、箒の一撃を叩き込んだ。

 直下に墜落したフランドールは、翼をはためかせて体勢を立て直す。
「いっ、た……ぁ。む、無茶苦茶よあんた……! 魔法使いの癖に、殴る? 普通――」
 だっておまえ、魔法効かないじゃないかと魔理沙は至極尤もなことを言った。
 そして。
「ふふふ、聴いたぞおまえ――。今、痛い、って言ったな?」
「だ、だから……何?」
「ふうん、よく分かった。打撃なら、効くわけだ」
 やはりフランドールは、戦い慣れていない。強大な魔力によって具現化された堅甲な魔
法障壁は、しかし物理攻撃への配慮が欠落している。恐らく彼女は、魔法しか使わない敵
としか交戦経験がないのだろう。魔法ないし魔力を帯びた武具を強力に遮断する反面、魔
力の通っていない箒は防げなかった。
 無論、単なる箒で殴打しようと詮はないが――

「じゃあ、こういうのはどうだ?」
 魔理沙は再び箒に跨り、穂先に魔力を注ぎ込む。飛行魔法に加え、加速魔法を幾重にも
重ねがけして――さらに。
 後方に向けて、箒の穂先から全開のマスタースパークを撃ち放った。

 彗星「ブレイジングスター」

 そのスペルカードは、最早弾幕ですらない。
 魔理沙はフランドールに向かって、彗星の如き体当たりを敢行する――

「ちょ――嘘でしょ、そんな……!」
「いいや、大まじだぜ吸血鬼。これが霧雨魔理沙の全力だ。わたしだって痛いんだから―
―まあ、覚悟しろよ」
 本来ならば前面に防御魔法をかけるのだが、それではフランドールの魔法障壁に弾かれ
てしまう。正真正銘、玉砕覚悟の神風特攻である。元より魔力では天と地ほどの差がある。
 それを五分の勝負に持ち込もうというのだ、相応の気概は見せなくてはなるまい。

「冗談じゃないわ……!」
 フランドールは慌てて回避運動を開始する。だがそれが甘い。ブレイジングスターを討
とうというのなら、手に持つレーヴァテインで斬り伏せればそれでよかった。正面から突
撃する魔理沙に、回避手段などあろうはずがないのだから。
 彼女は目先の脅威に心惑わされ、勝機を逃した。

 フランドールは迫り来る彗星を紙一重で回避した。星屑と光のブースターが、フランド
ールの魔法障壁を掠めて、がりがりと轟音を鳴らす。それでも障壁は破れない。
 ブレイジングスターの余波が、吸血鬼の少女を弾き飛ばす。
 数瞬だけ無防備になった彼女は、すぐさま姿勢制御を開始して――

 愕然と、ソレを見つけた。

 反転して、再度突撃してくるブレイジングスター。
 今度こそ、回避も反撃も間に合わない。

 ――彗星の突撃が、フランドール・スカーレットを粉砕した。

 フランドールの身体が硝子のように砕け散り、欠片の一葉一葉が小さな蝙蝠に変化する。
 彼女の緊急回避スペルが発動したのだろう。
 蝙蝠は逃げ惑うように羽ばたいて、離れた場所で再結合、少女の姿を取り戻した。
 ブレイジングスターはそれを待ち構えていたように、未だ体勢の整い切らないフラン
ドールに狙いを定め突撃を再開する。

「……ま、待って。降参、降参よ。だ、だから――」
 彗星の突撃は勢いを緩めることなく、少女の身体を跳ね飛ばしていった。
 魔理沙は結界の最上部で、弧を描いて反転する。そのまま二十メートルほど減速して―
―ようやく、箒は沈黙した。
 
「そんなに急に止まれないぜ」
 悪びれず、魔理沙は言った。

 激突の瞬間、魔力波を放出して彗星の軌道を逸らしたのだろう。フランドールは緊急回
避スペルを発動することなく、ブレイジングスターに耐久していた。
 紅い少女服はぼろ布のように所々千切れてしまっているが、流石に吸血鬼、肉体の損傷
は見る間に再生されていった。
 
 紅の結界が解除され、周囲の空間が元に戻る。

「さー、満足したか」
 ふぅ、と大きく息を吐いて、魔理沙は優しく微笑みかける。
 まったく、とんだ子守りもあったものだ。
「うそみたい、私が負けるなんて」
 フランドールの円らな瞳は、すでに食料を見る目ではない。己を打ち負かした相手への
思慕と敬意がありありと見て取れる。
 ……なんというか、レミリアの時と同じような展開である。自分の力に絶対の自信を持
っている吸血鬼はその反面、敗北すると勝った奴に懐いてしまうものなのかもしれない。
 レミリアはいつも借りを返してやるーと息巻いているけど口だけだし。
 フランドールに至っては、何やら雛の刷りこみに近いような感触だった。
 
 何か……早まっただろうか。大人しく霊夢に行かせればよかった。

「今日は、わたしは帰るけど」
 フランドールは哀しそうな顔をする。
 ……反則だ。そんな顔をされてしまったら――胸の奥が痛むじゃないか。
 ぼりぼりと頭を掻く魔理沙。
「そしたら、また一人になるのか」
「……お姉さまは構ってくれないけど、咲夜もパチュリーもいるから寂しくない」
 目に涙を溜めて言われても、説得力が皆無だった。

 外を見遣ると、もう雨は上がっていた。窓から月の光が差し込んで、窓硝子に張り付い
た雨露を幽玄の美に染め上げている。
 少し考えて、決めた。まあ、何とかなるだろう。いざとなったら霊夢に押し付けて逃亡
すればいい。
「じゃあ、行くぜ」
 うん、と小さく首肯して、フランドールは俯く。
「ばーか、おまえも来るんだよ」
「――え?」
 つくづくわたしも人が好いなと魔理沙は自嘲の溜息を漏らした。
「レミリアを迎えに来てくれよ。溜まり場に居座られてわたしは迷惑してるんだ」
 きょとんと瞠目したフランドールは、しばし硬直して――

「仕方ないわね。そういうことなら、ついていってあげてもいいわよ」
 最高の笑顔で、捻くれた台詞を吐いてくれた。

 どこまでも調子のいい餓鬼だった。実は年上の癖に。
 でも、まあいいかと思う。
 悪くない気分だった。
 
 迷宮を抜け、廊下を一気に突破、待ち構える門番を跳ね飛ばして――
 二人乗りの箒は紅魔館を飛び出し、月に向かってどこまでも昇っていく。

「どーだ、初めて外に出た感想は――?」
「ひーろーいー」
 フランドールは箒の上で身体を揺すり、全身で喜びを表現している。
 そりゃあよかったな――と、魔理沙は妹を見る姉の瞳で、一緒になって笑っていた。

 きっと、これで博麗神社に入り浸る奴が、また一人増えてしまうのだろう。
 そろそろ本気で世界を滅ぼせそうな面子が揃いつつある。
 でも、魔理沙を含めて奴らのやることといったら馬鹿騒ぎばかりなのだ。果てしなくエ
ネルギーの無駄遣いだけど、きっとそういう無駄こそが楽しいんだと開き直れる魔理沙は、
もう手遅れなほどに春満開なのかもしれない。主に霊夢のせいだ。
 
 湖を通り過ぎ、博麗神社が見えてくる。

 あいつらは人をぱしりにしておいて、のうのうと茶でも啜りながら月見でもしてやがる
に違いない。

 くくくっ、と邪悪に笑う。

 さて、いい頃合だ。

 暢気にだらけている奴らの上に、紅い紅い、爆弾娘を投下してやるとしよう――
はじめまして、FUSIと申します。今回が二次創作初挑戦です。
ssと呼ぶにはやや長い、そして細かい文章を最後までお読み頂き誠にありがとうございます。つきましては、感想など頂ければさらに嬉しく思います。
FUSI
[email protected]
http://fusi24.hp.infoseek.co.jp/index.html
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コメント



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2.90しん削除
GJ。
18.70無為削除
なんかこう、黒セイバーとライd(歴史から消されました。

素晴らしいです。
23.70瀬月削除
紅魔狂のストーリーを上手い具合に仕上げてますね。
パチェに続いて妹様のスペルも全部書いたら長すぎるよな、とか考えながら読んでましたが、割とキリの良い所でまとまってるので、読む方も気軽に楽しめました。

ああ、あと緊急回避ボムの解釈が面白かったです。
つーか、ゾンビくまパンパチェ萌え(オィ
24.100色々と削除
今日初めて妹様を倒した矢先だったのでなんだか戦闘シーンが鮮明に脳裏を過ぎりました。
もう文句なしの100点です。これからもたくさん書いてくださいねw
GJ(´ω`)b
26.70はね~~削除
 これで初挑戦――っ!? マジですか!?(汗)
 いやはや。本編再構築話は、ただ本編をなぞるだけで面白さが損なわれている場合が非常に多いのですが……実に面白くて上手いです。
 弾幕ごっこの解釈や戦闘描写、キャラ把握など……どれも初心者とは思えません。とりあえず……ナイスくまぱん(笑)
 ただし作者さんに大事な事を一つだけ言っておきます。私はしましま派ですっ!(何)
 
 おほん。魔理沙のブレイジングスターの描写では、うちの『チェリーブロッサム』を彷彿とさせてみょんに大爆笑したり。読んでいてワクワクするんですよ、キャラも流れも。分量的にはそれなりにあるんですが、まさにあっという間に読み終わってしまいました。
 雨上がりの月夜で、魔理沙とフランの笑顔がすっと脳裏に浮かぶ、実に綺麗なラストだったと思います。そして……ああ、やっぱり魔理沙だ、とも(笑)
 素晴らしいお話でした。次のお話にも期待いたしますー。この作者さんが独自展開でストーリーを書くとどのような物になるのかぜひ見てみたいですっ♪

※初心者さんとは思わない方が良さそうなので、気になった点も。推敲不足なのかかぎかっこが一部外れているところがあります。それと魔理沙の人称は『わたし』ではなくて『私』です、よろしくー。HPに『小説上達委員会』のリンクがあるのを見て、あなたの物書きに対する真剣さを読み取りました。今後に期待しています、頑張って下さい。
29.80アルト・フリューゲル削除
うわあ、紅魔狂のステージが上手くまとまってますね。妹様は未だに倒せてません……(最高記録が恋の迷路orz)

そしてラストでやっぱり魔理沙らしいなぁとも思いました。

弾幕の描写も上手く、非常に読みやすかったです。
自分の作品とは天と地の差だなぁ……orz
とにかくGJ
31.100名前が無い程度の能力削除
くまぱんつgj! 弾幕カコイイです。
45.100myumyu削除
よかったです
76.無評価Barragejunky削除
上手い。この一言で事足りる。
二次創作は初めてと言うものの、明らかに書きなれた印象を受ける文章はやはり積み上げた経験を隠せませんね。
戦闘に関しての感想が多い中、拙が個人的に好きだったのは決着が着いた後の、エピローグ的な部分でした。
無論戦闘シーンも良かったですが、こちらの方にこそ、フランドールの最大の魅力だと思う「純粋さ」が滲み出ていたと感じたのです。
大変見事な腕前でありました。ご馳走様です。
88.80名前が無い程度の能力削除
よかったです。やっぱり魔理沙はかっこよさが似合っています
123.100名前が無い程度の能力削除
すごい。
流れるような文章で面白かったです。
違和感のない構成で満足でした。
124.100名前が無い程度の能力削除
いいなーこれはいいなー
上手い。流れるような物語。
136.100名前が無い程度の能力削除
フランドールのスペルカード全部やるのかな?と思って読んでいたけど
サクっとケリをつけたのも良かった。
残機の発想がとても面白かった。
141.70名前が無い程度の能力削除
よかった