多くの人にとって、この日は特別な日になるのだろう。
その序列たるや一年を通じて一番か二番か三番か・・・・・・とにかく五指に収まらない事などないはずだ。
空と地を照らす月は夜の闇に隠り、新たな月を送り出す。
それを飽きる事なく何度も何度も何度も何度も繰り返し・・・・・・今日で十二回目。
そう。
今日は一年で最も大切な月の隠り日、世を明かす夜。
十二月三十一日、大晦日だ。
「よっ、霊夢」
その日も魔理沙は何食わぬ顔で博麗神社に遊びに来た。
ただ、時間が昼間ではなく夜遅くというのがいつもと少し違う。
「・・・あ、魔理沙?今ちょっと手が放せないから上がってていいわよー」
「五秒ほど遅いぜ」
「・・・・・もう」
霊夢は建物の奥・・・厨房にいるようで外から姿は見えない。
それなのに、魔理沙は霊夢の姿を確認しようともせず縁側に座り込んでくつろぎ始めてしまった。
大きく息を吸い込むと、醤油と出汁の香りが鼻をくすぐる。もうすぐ年越し蕎麦の出来上がり、という所だろう。
年の最後を締めくくる味覚を思い浮かべ、早くも魔理沙の口の中は唾液で満たされ始めていた。
「・・・で、どう?あんたの所はちゃんと片付いたの?」
厨房から出てきた霊夢が、湯飲みを持って魔理沙の隣に腰を降ろす。
一つを魔理沙に勧め、魔理沙はそれをありがたく受け取る。お茶を一口すすり、魔理沙ははにかんで答えた。
「いやー・・・・・・今年こそはと思ったんだが駄目だった」
「まあね、あれだけモノで埋め尽くされてりゃ大変だろうけど・・・・・」
「それもあるんだが、下手にマジックアイテムを動かすとアイテム同士が変に干渉して大変なんだよ。
掃除をしたつもりが逆に散らかった、なんて事はしょっちゅうだしな」
「そうなの?」
「そうさ。ただ、私以外の誰も散らかった事に気付かないだけで」
魔理沙の自宅がモノで溢れている事は、彼女と親しい者なら誰でも知っている。
所によっては足の踏み場もないほど、所によっては壁か山のようになっているほど。
小さな物から大きな物まで、ありとあらゆるモノが決して大きいとは言えない邸宅に詰め込まれているのだ。
誰もが整理すべきだと考えるし彼女も何度か実行した。だが、そこにはあるのは大半がマジックアイテム。
アイテム同士の干渉は、時に魔理沙自身にも予測のつかない結果を引き起こす事があるのだ。
今現在は何事もないが、これはこれで信じ難いほど絶妙なバランスでモノが配置されているという事に他ならない。
ゆえに、魔理沙はさんざん悩んだ挙句今の状態との共存を選んでいた。
「ま、どこに何があるかくらいはだいたい覚えてるから今のままの方が都合がいいんだけどな」
「今の環境に適応するんじゃないの(笑)」
「家が跡形もなく吹っ飛ぶよりはマシだと思うぜ?」
「・・・そ・・そう・・・・・・・・・・・」
掃除をしただけで爆発・消滅する家・・・とてもあり得そうにないが、魔理沙の家ならもしかして・・・・・・と思い、霊夢は顔を引きつらせる。
そして自分のお茶にはついに口をつける事もなく、さっさと盆に戻してしまった。
盆に戻すついでに魔理沙の湯飲みも受け取り、厨房に引っ込む。そして経つ事数分・・・・・・・・・
「お待たせ。そろそろお腹も減ってきたでしょ?」
「おぉ~、そいつを待ってたんだよ」
お盆に載せた湯飲みは、蕎麦を満たした丼にその姿を変えていた。
師走の末ともなれば、外を吹く風は決して生易しくない。
一晩を外で過ごせば寒さに弱い者の氷漬けができてしまうだろう。だが、それでも二人は縁側に陣取る事に拘った。
第一に、縁側だと一年を締めくくる月と夜空を彩る星々がよく見えるから。
そして第二に、縁側にいようと障子を締め切って部屋に閉じこもろうと大差ないから。
どちらを選んだ方が得かは火を見るよりも明らかだった。
「うんうん、やっぱりこれを食べないと年を越せないんだよな」
「そうね・・・今年は私が年越し蕎麦を作ったから、来年は魔理沙が作ってみる?」
「音速がだいぶ速いな。鬼に笑われちゃうぜ」
「来年はもう目と鼻の先よ」
「・・・あー、そうだったっけ。覚えてたら考えてもいいけどな」
「私が覚えておいてあげるから間違いない」
「そうか・・・・だけど、もしかしたら料理という名の人体実験になっちゃうけどいいか?」
「・・・・・・・ここで料理させてあげる」
「ボディチェックも忘れずにな。何が出てくるか分からんぜ」
「・・・・・・・・・今の話、やっぱり忘れておくわ」
吹きすさぶ風に体を震わせ、蕎麦で冷えた体を温め、お喋りをして時間を紛らわす。
そして月がだんだん高度を増してきた頃、ぴたりと風が止んだ。
まるで何かを待つかのように。まるで何かを前に控えるかのように。
そして、止んだ風の向こうから人影が姿を表わした。
「いい匂いねぇ・・・・・三人前と半分お願いできるかしら?」
四人の少女がそこにいた。以前、竹林の奥の屋敷で出会った姫と薬師と兎。
薬師に導かれ、地上と月の兎をお供に連れ、月の姫が境内を歩いてやって来る。
月明かりを浴びて、月の姫・輝夜はニッコリ微笑んだ。
「ごきげんよう。そういえば地上にはこんな習慣があったわね、『細く長く』だったかしら?」
「だったらあんた達には必要ないんじゃない?死なないし」
「そうはいかないわ。イナバ達はいずれ死ぬ身だし、こんなに体にいい物をこの子が放っておくわけないでしょ」
輝夜と手をつないでいる背の低い兎、てゐが霊夢を見つめて瞳を潤ませる。
てゐの本性は打算的にして狡猾、無邪気な笑顔の裏ではその可愛らしい姿に似合わぬ腹黒い事を考えていたりもする。
だが今夜は違うようだ。畑の牛肉と呼ばれ、数多の病を遠ざけるとさえ言われる蕎麦を前にしては狡猾も何もあったものではない。
健康に気を遣っているという彼女の一面が前面に出てきて主張する。
瞳を潤ませるだけではなく、玉のような尻尾もぴくぴく震えている。
もしも犬や猫のような長い尻尾だったなら、きっと大きな振り幅で激しく振っているのだろう。
「・・・しょうがないわねぇ・・・・・・・少なくなっちゃうけど文句言わないでよ」
愚痴りながら厨房に戻る霊夢。だが、口元からは笑みがこぼれている。
突然の来客ではあったがせっかくの夜。魔理沙と二人きりで過ごすのもいいが、
ほんの少し大人数になってほんの少しだけ賑やかに過ごすのも悪くないかなと考えていた。
あらかじめ多めに打っておいた蕎麦はあっという間になくなり、刻み葱を添えて四つの丼に分けられる。
それらをそれぞれ手に取り、縁側を少し詰めてようやく六人は横並びになって座る事ができた。
「ずず・・・・・・・ん、美味しい」
「そりゃどうも。おかわりはないから味わって食べてね」
「・・・それにしても本当にきれいな月ね。いずれ隠ってしまうのが勿体ないくらい・・・・・・・」
「おいおい、あんたらの屋敷からでも月は見え」
「分かってないわね、そこの黒いのは」
「・・・るだろうに・・・・・・・」
魔理沙の言葉を薬師・永琳が遮った。蕎麦汁を一口喉に流し、落ち着き払った微笑みで言葉を紡ぐ。
「月っていうのはね、遠くから眺めるからこそきれいなの。竹林に潜んでいた頃の私達にとって、あの月は少しばかり近すぎた」
「今でもそうよ。屋敷から見る月はなぜか近く感じる・・・・・・その点ここは月から遠くていいわね」
「・・・理由はそれだけ?」
「ん?」
蕎麦を平らげた霊夢が輝夜を見つめる。
霊夢の勘は時に『相手の思考を読んでいる』『未来を予知できている』と錯覚してしまうほど鋭く、
その勘の鋭さで数々のちょっとした事件を解決したり、傍から見れば意味不明の会話を成り立たせたりする。
だが当の本人にしてみればどうという事はなく、月を眺める輝夜に対し
まるで最初から答えを知っているように言葉の続きを促していた。
「ふふ・・・・・・本当の理由なんて、そんなに大したものじゃないわ・・・・私達だけで迎える新年に飽きてきただけ。
この神社なら前にも一度来たし、あなたなら追い返したりしないと思ったから」
「あんた達は本当に遠路はるばるだもんねぇ」
「それと、イナバ達が寂しくならないように」
輝夜が視線を送った先、てゐと月の兎・鈴仙は輝夜と目が合いキョトンとしていた。
たいそうな耳を持っている割に、霊夢と輝夜の会話が耳に入っていなかったようだ・・・・・・
兎という生き物は非常にデリケートで、周りに誰もいないとそれだけで寂しさのあまり死んでしまうという。
今のてゐと鈴仙には輝夜がいる。永琳がいる。他の兎達がいる。
だが、いつもいつも同じ面子と顔を合わせているだけでは飽きてくる。
前にも言ったように兎はデリケートな生き物だから、波のない日々が何らかの悪影響を与えないとも言い切れない。
それを考えた上での輝夜と永琳の計らいだった。
「私としてもできるだけイナバ達とは一緒にいたいし、せっかく出会ったあなた達だし・・・・・・・ね」
「・・・残念だけど、私は不死じゃないわよ。魔理沙も咲夜もそう、紫やレミリアでさえも・・・・・多分、そう」
「だから尚更よ。このお蕎麦のように、顔を合わせられるうちは今後とも末永く・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・やれやれだぜ」
今度は魔理沙が話の腰を折ってきた。永琳が自分にやったように、と本人は言いたげだが、
あいにく今回の相手は輝夜。彼女にとっては痛くも痒くもない。
「何十年も先の事まで心配してるあんたらは大爆笑モノだな」
「何の話よ」
「別に。ただ、ここら辺には血を吸う鬼が棲んでたりするぜ」
「・・・この辺りでは冬にも蚊が出てきたりするの?」
「・・・・・・ああ、きっとそいつは蚊の大親分さ」
蕎麦を食べながら、夜空を見上げながら、話が弾む。六人の中にある『寒い』という意識はいつの間にか消えていた。
それは寒さに慣れたからかも知れないし、身を寄せ合っているからかも知れないし、それ以外の『何か』かも知れない。
とにかく、六人の中で部屋の中に入ろうとする者は独りもいなかった。
ゴォォォ・・・・・・・・・・・・・・ォォォォォォォォォォン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
どこからともなく鐘の音が聞こえてきた。
幻想郷にはないはずの鐘、ならばそれの音が聞こえるのは外の世界の人間が鐘を撞いているから。
そして鐘を撞くのは年明けが近いから・・・外の世界との境界近くに住む霊夢はその事を経験的に知っていた。
人妖の行き来を遮る博麗大結界も、流石に大気の震えまでは遮る事ができないらしい。
「・・・・旧い世界が終わり、新しい世界がやって来る。最後の鐘が鳴らされた時がその時よ」
「色々あったわね、この一年・・・・・・・・・・」
「何も起こらなかった年なんてないけどな」
「来年は、どんな年になるのかな・・・・・・?」
「きっと・・・きっと、何かがある。そんな年よ・・・・・・」
「また笑われそうだな」
「・・・もう誰も笑いやしないわ」
―――願わくば、やがて来る次の年も穏やかでありますように
―――願わくば、やがて来る次の年も賑やかでありますように
―――願わくば、やがて来る次の年も良い年でありますように・・・・・・
初詣に願うべき事を、霊夢は一足先に心の中で念じていた。
12/31 23:59:59
―――さあ、世が明ける。
―――世界の夜が明ける。
その序列たるや一年を通じて一番か二番か三番か・・・・・・とにかく五指に収まらない事などないはずだ。
空と地を照らす月は夜の闇に隠り、新たな月を送り出す。
それを飽きる事なく何度も何度も何度も何度も繰り返し・・・・・・今日で十二回目。
そう。
今日は一年で最も大切な月の隠り日、世を明かす夜。
十二月三十一日、大晦日だ。
「よっ、霊夢」
その日も魔理沙は何食わぬ顔で博麗神社に遊びに来た。
ただ、時間が昼間ではなく夜遅くというのがいつもと少し違う。
「・・・あ、魔理沙?今ちょっと手が放せないから上がってていいわよー」
「五秒ほど遅いぜ」
「・・・・・もう」
霊夢は建物の奥・・・厨房にいるようで外から姿は見えない。
それなのに、魔理沙は霊夢の姿を確認しようともせず縁側に座り込んでくつろぎ始めてしまった。
大きく息を吸い込むと、醤油と出汁の香りが鼻をくすぐる。もうすぐ年越し蕎麦の出来上がり、という所だろう。
年の最後を締めくくる味覚を思い浮かべ、早くも魔理沙の口の中は唾液で満たされ始めていた。
「・・・で、どう?あんたの所はちゃんと片付いたの?」
厨房から出てきた霊夢が、湯飲みを持って魔理沙の隣に腰を降ろす。
一つを魔理沙に勧め、魔理沙はそれをありがたく受け取る。お茶を一口すすり、魔理沙ははにかんで答えた。
「いやー・・・・・・今年こそはと思ったんだが駄目だった」
「まあね、あれだけモノで埋め尽くされてりゃ大変だろうけど・・・・・」
「それもあるんだが、下手にマジックアイテムを動かすとアイテム同士が変に干渉して大変なんだよ。
掃除をしたつもりが逆に散らかった、なんて事はしょっちゅうだしな」
「そうなの?」
「そうさ。ただ、私以外の誰も散らかった事に気付かないだけで」
魔理沙の自宅がモノで溢れている事は、彼女と親しい者なら誰でも知っている。
所によっては足の踏み場もないほど、所によっては壁か山のようになっているほど。
小さな物から大きな物まで、ありとあらゆるモノが決して大きいとは言えない邸宅に詰め込まれているのだ。
誰もが整理すべきだと考えるし彼女も何度か実行した。だが、そこにはあるのは大半がマジックアイテム。
アイテム同士の干渉は、時に魔理沙自身にも予測のつかない結果を引き起こす事があるのだ。
今現在は何事もないが、これはこれで信じ難いほど絶妙なバランスでモノが配置されているという事に他ならない。
ゆえに、魔理沙はさんざん悩んだ挙句今の状態との共存を選んでいた。
「ま、どこに何があるかくらいはだいたい覚えてるから今のままの方が都合がいいんだけどな」
「今の環境に適応するんじゃないの(笑)」
「家が跡形もなく吹っ飛ぶよりはマシだと思うぜ?」
「・・・そ・・そう・・・・・・・・・・・」
掃除をしただけで爆発・消滅する家・・・とてもあり得そうにないが、魔理沙の家ならもしかして・・・・・・と思い、霊夢は顔を引きつらせる。
そして自分のお茶にはついに口をつける事もなく、さっさと盆に戻してしまった。
盆に戻すついでに魔理沙の湯飲みも受け取り、厨房に引っ込む。そして経つ事数分・・・・・・・・・
「お待たせ。そろそろお腹も減ってきたでしょ?」
「おぉ~、そいつを待ってたんだよ」
お盆に載せた湯飲みは、蕎麦を満たした丼にその姿を変えていた。
師走の末ともなれば、外を吹く風は決して生易しくない。
一晩を外で過ごせば寒さに弱い者の氷漬けができてしまうだろう。だが、それでも二人は縁側に陣取る事に拘った。
第一に、縁側だと一年を締めくくる月と夜空を彩る星々がよく見えるから。
そして第二に、縁側にいようと障子を締め切って部屋に閉じこもろうと大差ないから。
どちらを選んだ方が得かは火を見るよりも明らかだった。
「うんうん、やっぱりこれを食べないと年を越せないんだよな」
「そうね・・・今年は私が年越し蕎麦を作ったから、来年は魔理沙が作ってみる?」
「音速がだいぶ速いな。鬼に笑われちゃうぜ」
「来年はもう目と鼻の先よ」
「・・・あー、そうだったっけ。覚えてたら考えてもいいけどな」
「私が覚えておいてあげるから間違いない」
「そうか・・・・だけど、もしかしたら料理という名の人体実験になっちゃうけどいいか?」
「・・・・・・・ここで料理させてあげる」
「ボディチェックも忘れずにな。何が出てくるか分からんぜ」
「・・・・・・・・・今の話、やっぱり忘れておくわ」
吹きすさぶ風に体を震わせ、蕎麦で冷えた体を温め、お喋りをして時間を紛らわす。
そして月がだんだん高度を増してきた頃、ぴたりと風が止んだ。
まるで何かを待つかのように。まるで何かを前に控えるかのように。
そして、止んだ風の向こうから人影が姿を表わした。
「いい匂いねぇ・・・・・三人前と半分お願いできるかしら?」
四人の少女がそこにいた。以前、竹林の奥の屋敷で出会った姫と薬師と兎。
薬師に導かれ、地上と月の兎をお供に連れ、月の姫が境内を歩いてやって来る。
月明かりを浴びて、月の姫・輝夜はニッコリ微笑んだ。
「ごきげんよう。そういえば地上にはこんな習慣があったわね、『細く長く』だったかしら?」
「だったらあんた達には必要ないんじゃない?死なないし」
「そうはいかないわ。イナバ達はいずれ死ぬ身だし、こんなに体にいい物をこの子が放っておくわけないでしょ」
輝夜と手をつないでいる背の低い兎、てゐが霊夢を見つめて瞳を潤ませる。
てゐの本性は打算的にして狡猾、無邪気な笑顔の裏ではその可愛らしい姿に似合わぬ腹黒い事を考えていたりもする。
だが今夜は違うようだ。畑の牛肉と呼ばれ、数多の病を遠ざけるとさえ言われる蕎麦を前にしては狡猾も何もあったものではない。
健康に気を遣っているという彼女の一面が前面に出てきて主張する。
瞳を潤ませるだけではなく、玉のような尻尾もぴくぴく震えている。
もしも犬や猫のような長い尻尾だったなら、きっと大きな振り幅で激しく振っているのだろう。
「・・・しょうがないわねぇ・・・・・・・少なくなっちゃうけど文句言わないでよ」
愚痴りながら厨房に戻る霊夢。だが、口元からは笑みがこぼれている。
突然の来客ではあったがせっかくの夜。魔理沙と二人きりで過ごすのもいいが、
ほんの少し大人数になってほんの少しだけ賑やかに過ごすのも悪くないかなと考えていた。
あらかじめ多めに打っておいた蕎麦はあっという間になくなり、刻み葱を添えて四つの丼に分けられる。
それらをそれぞれ手に取り、縁側を少し詰めてようやく六人は横並びになって座る事ができた。
「ずず・・・・・・・ん、美味しい」
「そりゃどうも。おかわりはないから味わって食べてね」
「・・・それにしても本当にきれいな月ね。いずれ隠ってしまうのが勿体ないくらい・・・・・・・」
「おいおい、あんたらの屋敷からでも月は見え」
「分かってないわね、そこの黒いのは」
「・・・るだろうに・・・・・・・」
魔理沙の言葉を薬師・永琳が遮った。蕎麦汁を一口喉に流し、落ち着き払った微笑みで言葉を紡ぐ。
「月っていうのはね、遠くから眺めるからこそきれいなの。竹林に潜んでいた頃の私達にとって、あの月は少しばかり近すぎた」
「今でもそうよ。屋敷から見る月はなぜか近く感じる・・・・・・その点ここは月から遠くていいわね」
「・・・理由はそれだけ?」
「ん?」
蕎麦を平らげた霊夢が輝夜を見つめる。
霊夢の勘は時に『相手の思考を読んでいる』『未来を予知できている』と錯覚してしまうほど鋭く、
その勘の鋭さで数々のちょっとした事件を解決したり、傍から見れば意味不明の会話を成り立たせたりする。
だが当の本人にしてみればどうという事はなく、月を眺める輝夜に対し
まるで最初から答えを知っているように言葉の続きを促していた。
「ふふ・・・・・・本当の理由なんて、そんなに大したものじゃないわ・・・・私達だけで迎える新年に飽きてきただけ。
この神社なら前にも一度来たし、あなたなら追い返したりしないと思ったから」
「あんた達は本当に遠路はるばるだもんねぇ」
「それと、イナバ達が寂しくならないように」
輝夜が視線を送った先、てゐと月の兎・鈴仙は輝夜と目が合いキョトンとしていた。
たいそうな耳を持っている割に、霊夢と輝夜の会話が耳に入っていなかったようだ・・・・・・
兎という生き物は非常にデリケートで、周りに誰もいないとそれだけで寂しさのあまり死んでしまうという。
今のてゐと鈴仙には輝夜がいる。永琳がいる。他の兎達がいる。
だが、いつもいつも同じ面子と顔を合わせているだけでは飽きてくる。
前にも言ったように兎はデリケートな生き物だから、波のない日々が何らかの悪影響を与えないとも言い切れない。
それを考えた上での輝夜と永琳の計らいだった。
「私としてもできるだけイナバ達とは一緒にいたいし、せっかく出会ったあなた達だし・・・・・・・ね」
「・・・残念だけど、私は不死じゃないわよ。魔理沙も咲夜もそう、紫やレミリアでさえも・・・・・多分、そう」
「だから尚更よ。このお蕎麦のように、顔を合わせられるうちは今後とも末永く・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・やれやれだぜ」
今度は魔理沙が話の腰を折ってきた。永琳が自分にやったように、と本人は言いたげだが、
あいにく今回の相手は輝夜。彼女にとっては痛くも痒くもない。
「何十年も先の事まで心配してるあんたらは大爆笑モノだな」
「何の話よ」
「別に。ただ、ここら辺には血を吸う鬼が棲んでたりするぜ」
「・・・この辺りでは冬にも蚊が出てきたりするの?」
「・・・・・・ああ、きっとそいつは蚊の大親分さ」
蕎麦を食べながら、夜空を見上げながら、話が弾む。六人の中にある『寒い』という意識はいつの間にか消えていた。
それは寒さに慣れたからかも知れないし、身を寄せ合っているからかも知れないし、それ以外の『何か』かも知れない。
とにかく、六人の中で部屋の中に入ろうとする者は独りもいなかった。
ゴォォォ・・・・・・・・・・・・・・ォォォォォォォォォォン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
どこからともなく鐘の音が聞こえてきた。
幻想郷にはないはずの鐘、ならばそれの音が聞こえるのは外の世界の人間が鐘を撞いているから。
そして鐘を撞くのは年明けが近いから・・・外の世界との境界近くに住む霊夢はその事を経験的に知っていた。
人妖の行き来を遮る博麗大結界も、流石に大気の震えまでは遮る事ができないらしい。
「・・・・旧い世界が終わり、新しい世界がやって来る。最後の鐘が鳴らされた時がその時よ」
「色々あったわね、この一年・・・・・・・・・・」
「何も起こらなかった年なんてないけどな」
「来年は、どんな年になるのかな・・・・・・?」
「きっと・・・きっと、何かがある。そんな年よ・・・・・・」
「また笑われそうだな」
「・・・もう誰も笑いやしないわ」
―――願わくば、やがて来る次の年も穏やかでありますように
―――願わくば、やがて来る次の年も賑やかでありますように
―――願わくば、やがて来る次の年も良い年でありますように・・・・・・
初詣に願うべき事を、霊夢は一足先に心の中で念じていた。
12/31 23:59:59
―――さあ、世が明ける。
―――世界の夜が明ける。