もう止める事はできない。
抗する力は自ら芽を摘んだ。
もう恐れることはない。たとえ彼女が来たとしても。
・・・たとえ、彼女が来たとしても、この子は殺せないのだ。
永遠亭から程なく離れた竹薮の中、蓬莱の人の形、藤原 妹紅はかつてないほど疲労していた。
辺り一帯は焼け野原となり、開けた視界の中央には、妹紅ともう一人、長身の女性が対峙していた。
髪は蒼く、腰まである。瞳は蒼く、その視線の先には、今まさにスペルを放とうとする妹紅がいた。
「このっ・・!!【不滅・フェニックスの尾】!!」
視界全体を覆う炎の波を目の前の敵に放つ。絶望的な量の炎に対して、彼女は微動だにせず
左手を前に翳し、印を結び詠唱する。
「我は全能なる知の顕現。その識を持って代価とし、ここに願う。【鏡札・プリンセスウンディネ】。」
対するは天の蓋が落ちたかのような水柱が幾重にも立ち塞がり、炎を打ち消してゆく。
「無駄よ。貴方の属性は絶望的に水に弱い。さて、あの方のご命令ではないけども、ちょうど今機嫌が
悪かったのよ。運が悪かったと思って死んでもらおうかしら。」
もうスペルを撃つ力さえ残されていない妹紅に対して再びスペルを放とうとするが・・
「残念ね、その子は不老不死だから、貴方程度じゃ殺せなくてよ。」
突如後ろから放たれた声とレーザに動揺しつつ、横に飛ぶことでこれを回避、新たな敵を確認する。
「貴方はさっきの・・白玉楼ではお世話になったわね・・」
「いえ、それほどでも。たしか、夜鏡 遭世(ヨカガミ アワセ)とか名乗ってたかしら?」
夜鏡と呼ばれた少女は、他の3人や、妹紅さえ眼中にないかのように、幽々子を睨みつけた。
対する幽々子も、一目でそれと分かるような敵意を剥き出しにしている。
「さっきはよくもやってくれたわね。今ここでひねり殺してやりたいところだけど・・紛い物でも
永遠の力を持つものがまだこんなにいるということをあの方に報告しないといけないし。」
今ここでこいつを取り逃がしては妹紅を仲間にしても敵はまた対応してくる。今は知られるわけには
いかないのだ。紫が前に出ようとすると・・
「紫、ここは私の出番よ。あの程度任せておきなさいって。」
と、小声で言い、一歩前に出ると、
「あら、私がサシで相手してあげると言うのに、貴方は尻尾を巻いて逃げるのかしら?まぁ
白玉楼でもそうだったわねぇ・・。まぁ、小物相手はこっちとしても不本意なんだけど、一応
妖夢の仇をとっておかないとね。」
『幽々子様~、勝手に殺さないでくださいよ~(泣)』という妖夢の幻聴が聞こえた気がしたが
気にせず幽久子は相手を挑発するかのように言い放った。
その言葉に、相手の動きが止まった。そして、恐ろしいほどの殺気がその場に満ち溢れ、夜鏡は幽々子を睨みつける。
「・・誰が尻尾を巻いて逃げるですって・・?言いたい放題言ってくれるじゃない。
誰が小物ですって?そんなに死にたいのなら、今すぐ殺してやるわ!」
そんな言葉も意に介さず、幽々子は
「安い挑発にあっさり乗る貴方の器が小さいって言ってるのよ。それに、私はもう死んでるんですけどね~(笑)」
と言い、お気に入りの扇を広げる。
もう語り合うこともない。お互い力を集中させ、スペルカードに込める。
「二度と偉そうな口を利けなくしてやるわ、半霊の主!」
「思い上がった性根を叩きなおしてやるわ、終末の徒!」
互いに繰り出すスペルカード。込められている力は通常の数倍近くある。
「赤にして紅、至高の王の魔に屈せよ!【鏡符・レッドマジック】!!」
「適わぬ夢に見る幻想の死桜花に踊れ!【桜符・完全なる墨染の桜 -亡我-】!! 」
かたや世界を血色に染める紅の狂気の奔流。かたや冥界の魔樹より散華する破滅の暴風。
紅は紅を呼び、世界を覆いつくさんと広がるが、桜の暴風はどこまでも紅を滅ぼしてゆく。
勝負は、ほんの数分だった。拮抗していたバランスが崩れた。死霊の軍隊が世界を蹂躙するかのように
幽々子の死蝶が夜鏡の弾を飲み込み始めた。一度バランスが崩れてしまえば崩れるのは早い。
一気に死蝶が紅を飲み込みこんでゆき、夜鏡を包み込んでゆく。夜鏡はあわてて対応策を考えるが
スペルに力を注ぎすぎて対応が遅れ、そのまま死蝶の群れに押しつぶされた。
「ふぅ、いっちょ上がり、っと。」
「ご苦労様、幽々子。まさか、殺したの?」
幽々子の元へ集まった面々が、ぼろぼろになった夜鏡を覗き込む。
「まさか、いろいろ聞きたいことがあるんでしょ?ちゃんと加減してるわよ。」
「うぅ・・嘘だぁ・・。本気で死に掛けたんだぞ・・。」
もう気がついたようだ。夜鏡は上半身のみを起こして幽々子に文句を言う。まだ軽口が叩ける程度には
元気が残っていたか、と言った風な目で幽々子は夜鏡を見る。
「ま、所詮他人のスペルのコピー程度じゃ、私には勝てないってことよ。」
「どうやら、こいつの本質は鏡のようね。写し取った力をそのまま返す・・・・。まぁ、制約も多そうだけど。」
「むぅ・・そのとおりだ。実体の無い死蝶や物理的なものによる打撃などは写し取れない。」
ご丁寧に自分の能力の解説までしてくれるとは。この敵はあまり頭がよろしくないようだ。
さて、とりあえずは相手の戦力分析も必要だという永琳の提案により、捕獲した夜鏡を尋問することになった。
・・・それはもう、口に出すのもおぞましい惨劇が数刻にわたり繰り広げられた。鈴仙曰く、
「幽々子さん・・そろそろ死に誘いながら途中で呼び戻すのはやめたほうが・・・。目が危ない感じに・・。
あ、紫さん・・なんで隙間なんて開いて・・しかも弾幕結界が中で・・・し、師匠?なんて天文密葬法なんて
やろうと・・。え、中に入れちゃうんですか?し、死んじゃいますよ!?え、文句言ってるとスペシャルBドリンク?
そ、それだけは・・って、なんですかその緑の液体は!?なんか奇声上げてるんですけど?ってかそれ飲み物ディスカ!?」
・・・・・究極の魔女裁判が明け、そこに残ったのは、恐怖に打ち震えている鈴仙と妹紅、そして
元夜鏡だったと思われる物質Aと、それを哀れむような目で眺める実行犯3人であった。
「・・で、コレどうする?」
「とりあえず今は閉じ込めておきましょう。」
「閉じ込めるたって、どこに?」
「紅魔館の地下なんていいんじゃない?」
「・・・・・・」
既にものを言う気力さえ尽き果てている夜鏡を余所に、3人は悪魔の妹に新たなる生贄を捧げる方針で
処遇を決定し、隙間送りとなった。
大きく目的と外れたが、尋問(というか拷問)の結果、敵の勢力は黒幕を含め4名ということが分かった。
また、配下の3人はそれぞれ、《鏡・剣・宝玉》の属性を持つということも判明した。
「あれ、その3つって、三種の神器のことじゃないの?」
「へぇ、妹紅知ってるの?」
「えぇ、もともとあっちの世界で帝が持ってるものだったから。たしかそれぞれ、八咫鏡(ヤタノカガミ)
草薙の剣(クサナギノツルギ)、八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)と言うもののはずよ。草薙の剣に関しては
別名天群雲剣(アメノムラクモノツルギ)とも言われている。」
黒幕が神で配下が神器とは、全く良くできた話である。
皆が物思いに耽っていると、妹紅が突然
「ところで、助けてくれたことには礼をいうが、何でお前たちがこんなところにいるんだ?
それに、永琳や鈴仙まで一緒とはどういうことだ?」
突然何を言い出すかと思えば・・というか、今までの話し全部スルーですか?と渋い顔をする面々。
この能天気にもう一度説明してやる必要があるらしい。
「え~っとまぁ・・幽々子、出番よ。」
「え~・・しょうがないなぁ・・とりあえず、かくかくしかじか・・・」
幽々子の説明を聞いていた妹紅あったが、輝夜が死に掛けていると言う言葉を聞くと
「輝夜を殺すのは私だ。そんな奴に絶対やらせるものか!それに、いきなり襲われた借りも返さないとな。
少々不本意だがぜひ手伝わせてくれ!」
と、快く承諾してくれた。
「で、次はどこへ行くの?」
「そうね・・とりあえず紅魔館へ行ってメイド長と吸血姫を借りて、その後妖夢を・・・・っつ!!」
突如鳴り響いた爆音と共に、空に無数の光玉が奔った。確かあの方角は博麗神社の・・・
「まさか、霊夢のほうにも新手が!?」
「急ぐのよ。妹紅!」
紫達はすぐに音がしたほうへ全速力で向かう。もし霊夢にもしものことがあれば・・・・紫は気が気ではなかった。
いつもなら『まぁ、あの子なら大丈夫でしょう。』で済ませていただろうが、今度の敵はそうも言ってられない。
相手の力と能力が未知数であるため、いかに霊夢といえども・・
「紫。」
突如隣から声をかけられる。
「大丈夫よ。そんなに心配しなくても、あの子ならきっと大丈夫よ。貴方が信頼するほどの相手でしょ?」
「・・そうね。ありがとう、永琳。」
そうだ、今は信じるしかない。彼女の力を。博麗の名を継ぐものの力を。彼女自体の存在が、自分の侵した
罪の一つだとしても。見届ける義務があるはずだ。ゆかりにもそう誓ったはずだ。
空が白ずんでくる。もうすぐ夜明けが近い。限界は、もうそこまで来ている。それまでに、いや
そのときに止めなければいけないのだ。
いざとなれば、私も彼女の元へ逝くことになろうとも。
禁忌の果てに得た物はなく
失ったものは積もり積もり
やっと手にした幸福さえも、劇薬であると知ったとき
その身を焦がす感情の先にあるものは過去か未来か