彼女は住処へと戻り、一息つくと自らの身に起こった異変について考え始めた。
(無我夢中で何も考えずに逃げてきたが、先刻、確かに自分は・・・死んだ。気付かない筈が無い、この身を一瞬で灰と化したとはいえ、あの炎の熱に。だが、自分は生きている・・・・・・)
ふと、彼女は、不死の人間の話を思い出した。話の中に、確か不死の人間の肝を食ったものは、不死になるというものがあった。しかし、それはあくまで人間に限っての話。妖怪には効果がない筈だ。
・・・だが、他に思い当たる節も無い。そもそも、伝承が間違っていたのか、或いは、彼女が普通の妖怪と違うという事に原因があるのかもしれない。
幻想郷に住む妖怪は、幻想郷が出来てから生まれた者、移り住んできた者がその大半を占めている。しかし、ごく僅かにだが幻想郷が出来る遥か以前から、此の地に住み続ける者もいる。彼女を含め、そういった太古の昔から存在する者たちは皆、例外なく強大な力を持っており、区分け上、同じ妖怪と呼ばれながらもその力の差は大きく、別種の存在といっても過言ではない。それ程、妖力の許容量に差があるのだ。恐らく身体構造にも違いがあるのであろう。そういった違いが、彼女を不死とした要因かもしれなかった。
そこまで思考を巡らせた所で、そんな事などどうでも良い事だと気付く。重要な事は不死となった事、それだけだ。
・・・そう、自分は不死となったのだ。彼女の口から思わず笑みが洩れる。
最早、自分を止める事の出来るものなど、居ない。これでやっと、幻想郷を闇色に染めることが出来る。今迄にも幾度か試みたが、その度に彼女同様、太古から生き続けるスキマの妖怪に邪魔されてきた。妖怪と彼女の力は互角。仮に不利な状況に陥ったとしても、相打ちさえ覚悟すれば、双方共に生き残る事はない。それを分かっていて、妖怪は邪魔をしてくるのだ。彼女にとっては忌々しい限りだった。
・・・だが、それももう、終わる。スキマの妖怪が如何に幻想郷の均衡を保とうとしても、無駄な事。元々、互角の力の持ち主同士。限りある命と永遠の命、どちらが勝利するかは考えるまでも無い。しかし、直ぐに行動には移したりはしない。何しろ生涯に唯一度の、素晴らしい行事なのだ。こんな満月の夜など相応しくない。それを行うのは、次の新月。
「・・・さて、それまで何をしよう・・・・・・?」
声に出して呟くと同時に、彼女は視線を上に向けた。
「・・・そういえば、あの半獣。満月なら、とか言ってたねぇ・・・・・・」
彼女を包む闇の外、輝く満月は遥か上空。・・・夜が明けるのは、まだ先だ。
「丁度良い。新しい玩具も手に入った事だし、私が不死になった祝いに喰らってやろう・・・・・・ふふ」
思わず、笑い声が洩れる。
「・・・だが、ただ単に喰らうというのも芸が無い。・・・・・・ふふふ、どうせなら・・・・・・・・・・」
彼女は歪んだ笑みを残し、住処を後にした。
* * *
妹紅は妖怪が去った後もその場に佇み、思考を巡らせていた。
妖怪が不死になった理由については考えない。どうせ、答えなど出ないだろうし、分かった所で意味があるとは思えなかった。それよりも今は、これからどうするかを考えねばならない。
正直、そんな面倒事など放って置きたかった。実際、自分に害が無い限り、妖怪が何をしようと、普段の妹紅ならわざわざ首を突っ込むような真似はしない。
だが自分が原因で、最凶とも言える妖怪を生み出しておきながら、知らぬ顔が出来るほど無責任でもない。
はぁ、と何度目かの重い溜め息をつく。
「・・・ほんとにどうしたもんかしら」
声に出して呟く。言ったところで答えが出る訳でもない。
・・・手段が無い訳ではなかった。だが、並みの妖怪ならばいざ知らず、相手が妹紅の力を上回る妖怪とあっては成功する可能性が余りに少ない。
「よりにもよって、何であんな奴が不死になんのよ・・・・・・」
愚痴をこぼす。だが、何時までもそうしている訳にもいかない。
今なら、まだ残留した妖気を辿れば妖怪に追いつける。今なら、不死というものを十分理解していないであろう妖怪に、付け入る隙がある。日が過ぎて、妖怪が不死の特性を理解してからでは、僅かに有った可能性も無くなってしまう。・・・今夜中に、片を付けなければならなかった。
幾ら悩んだ所で、結局取るべき行動は一つしかない。例え、どれほど勝機が薄くとも・・・。
「・・・あぁっ!もうっ!こんなの、私らしくない!」
暗い考えを払拭するように両手で自分の頬を張り、渇を入れる。パンッと小気味好い音が響いた。上げた顔の、その瞳に、最早迷いは無い。
「・・・さて、と。それじゃ、そろそろ行きますか」
呟いて、その場を立ち去る妹紅の口端には、いつもの不敵な笑みが浮かんでいた。
* * *
里へと続く山道に佇み、慧音は妖怪が近付かないように監視していた。満月の映し出すその姿は、普段の人間の少女のものではない。慧音の体には本来人間には有る筈の無い物が、・・・角と尾が生えていた。それこそが、慧音が生粋の人間ではない事の証、半獣である事を示している。
妖怪でさえ人と変わらない姿を持つ幻想郷に於いて、今の慧音の姿は人間から見れば明らかに異質だ。だが里の人間たちは、そんな慧音の外見に拘ることなく、普通の少女として受け入れてくれた。その事が慧音には何よりも嬉しかった。
だから、里を脅かす妖怪から人間を守るようになったのは、自然な事。変わらぬ姿のまま里を守り続ける慧音に対して、里の人間たちの抱く感情は世代を経て、親しみからやがて崇敬の念へと変わっていった。慧音としては里にいる間ぐらい、ごく普通の少女として暮らしたかったのだが、里の人間たちの安心感に繋がるのならと、あえてそのような対象として相応しい振舞いをするようになった。それは慧音の望んだ姿ではなかったが、里の人間と笑って暮らせるなら、それで幸福だった。
・・・だが、前の新月の翌日。犠牲となった男の葬儀に参列した日から、慧音は里を訪れていない。どんな顔をして里の人間と接すれば良いのか、分からなくなったから。
・・・里を守りきることが出来ず、無力感に打ちひしがれていた慧音にとって、男の娘が放った言葉は、余りに重すぎた。受け入れたつもりでいた“守り神”という名の裏に、秘された里の人間たちの想い。それがどれ程大きなものなのかが、分かってしまったから。如何に人並み外れた力を持っていようとも、そこまでの想いを一人で背負える程、慧音は強くはなかった。
本来なら、慧音とて妖怪などとは戦いたくはない。誰かに頼って、守ってもらいたかった。だが、里に妖怪と戦えるだけの力を持ったものは、慧音ただ一人。守りたい者がいて、守れるだけの力がある。だから心の内にある恐怖を押し隠してまで、里を守るようになったのだ。
だが、里の人間たちが慧音に懸ける想いは、何時の間にか慧音が考えている以上に大きくなっていた。如何に力を持っていようとも、その心は普通の少女のものと変わりはしないのに・・・。
何故自分だけが・・・、という思いが慧音の胸の中で渦巻く。
「なぜ、私は人を守っているのだろう・・・・・・」
呟いて、慧音自身驚く。今まで一度たりともそんな考えを持った事はなかった。だが、例え疑問を持ったところで、今更里を見捨てる事など、出来る筈もない。
と、背後からの足音に気付き、慧音は振り向く。視線の先には、松明を手に歩いてくる一人の男の姿があった。距離が縮まり、相手の顔が分かる。それは慧音の知る顔。やって来たのは里の中でも人望が厚い男だった。
「・・・こんな夜中に何をしているっ!妖怪にでも喰われたいのかっ!?」
声を荒げて男に怒鳴る。と、同時に、こんな軽率な行動を取る人物ではなかった筈だが、と怪訝に思う。
だが、男は慧音の声に身を竦ませながらも、無言で歩み寄って来る。・・・明らかに様子がおかしかった。近付いてくるその歩みは、何か緊張しているかのようにぎこちない。・・・尤も、実際緊張していたのだから無理もないのだが。
慧音の目前にまで迫った所で、漸く男が口を開いた。
「・・・・・・申し訳ありません」
男の声と同時に、慧音の脇腹に鋭い痛みが走った。視線を下げる。と、そこには男の手に握られている小刀が、脇腹に深々と突き刺さっていた。
「くっ・・・・・・!」
呻き声と共に、傷口を押さえて膝を地に着いた。何故、と思うと共に男を見上げるが、男はもう慧音を見ていない。夜空に向け、周囲に響くような声で何かに呼びかけていた。
「な、なぁっ!あんた見てたんだろうっ!?・・・・・・これで、お、おれだけは喰われずに済むんだよなぁっ!」
応える声はない。風に煽られ木々がざわめく。男の表情に不安の色が増す。と、
『・・・ふふ・・・ふふふふふ・・・・・・あははははははははははははっ・・・・・・!!』
闇夜に大きな哄笑が響き渡り、同時に慧音の目の前で闇が渦巻いた。
闇に向けて男が問いかける。
「な、なぁ、あんた。これで俺だけは、た、助かるんだろう?」
男の声には答えず、慧音に向けて話しかける。
『ふふっ・・・随分良い様だな、半獣。・・・・・・どうだ?守ろうとしていた人間に傷つけられるのは?』
「貴様っ!何時から此処に居た!?・・・何故満月の夜に居る!?」
闇の発した問いに、問い掛けで返す。
『ふん・・・答えないか・・・・・まぁ、良い。・・・・・・先程からずっと居たさ。大分動揺していたようだからねぇ・・・此処に潜むのも・・・・・・里に侵入するのも・・・随分、容易だったわ・・・それに、そもそもお前が言ったんだろう?満月の夜なら、と。だからわざわざ来てやったというのに、随分な言い草だな、半獣』
「なっ!?貴様、里の人間をどうしたっ!?」
妖怪の言葉に、慧音の顔色が変わる。叫んで、立ち上がろうとするが、脇腹の痛みに思わず顔をしかめた。
『ふふ・・・安心しろ。里の人間どもには、まだ手を出していない・・・今夜の食料はもう決まっているからねぇ。・・・・・・それより、まだそんな事を気に掛けていたのか?・・・お前が守ろうとしていた人間は、逆にお前を傷つけたというのに・・・滑稽なものだな半獣・・・はははははっ・・・!』
慧音は男を見て、普段の様子との余りの違いに歯軋りする。
「・・・あの人に、何をした?」
『・・・別に、ただ心の中にある闇を少しくすぐってやっただけだ。・・・・・・どうだ?それだけで人間など、平気でお前を傷つける・・・・・・なぁ、半獣。お前は何をしているんだ?・・・・・・先刻、お前も自分で言っていたではないか、“なぜ、人を守っているのだろう”とな・・・』
「・・・・・・・・・」
可笑しそうに言う妖怪に、慧音は答えることが出来ない。妖怪の言葉は、毒だ。心の内にある弱い部分を侵していく。男に視線を向ける。・・・妖怪に付け入られたとはいえ、里の人間の事も考えず、自らの命乞いを続ける姿に憤りを感じた。慧音の中に生まれた嫌悪が、やがて憎悪となり、その大きさを増していく。憎悪の矛先が、人間という存在そのものに向けられそうになる。と、
“まもりがみさまなのにっ!!”
少女が心から絞り出した声が、慧音の頭の中で響き渡った。途端、正気に戻り、頭を大きく左右に振る。
(・・・何を考えているんだ私はっ!?あの時、あんな思いはもう、させたくないと願ったばかりじゃないかっ!)
自分への嫌悪感と、妖怪への憤りとに拳を握り締める。やがて、低く、そして鋭く言葉を吐き出した。
「ふざ・・・けるなっ!貴様の思惑などに乗ると思うか!」
『ふふっ・・・その割には随分揺らいでいたじゃないか・・・・・・でも、残念。折角、人間を守ってきたものが、逆に人間を殺すという世にも稀な殺戮劇が見られると思っていたのに・・・人間たちの、その最後の表情、楽しみにして来たんだけどねぇ・・・・・・』
心底、無念そうな声で妖怪が言う。その声に、慧音の中の憤りが更に大きくなり、無言で拳を握り締める。
と、一瞬訪れた静寂に、男の声が空しく響いた。
「な、なぁ。俺だけは喰われないんだろう・・・?」
もう何度目かになる男の問い掛けに、漸く妖怪が答えた。
『ふん・・・安心しろ。約束は守ってやる。・・・望んだ効果は得られなかったが、お前は喰わないでいてやるよ・・・』
妖怪の声に、男の顔に安堵が浮かぶ。が、途端、その顔が凍りついた。
「えっ・・・」
「なっ!?」
男の呆然とした声と、慧音の驚愕の声が重なる。・・・鋭く伸びた闇が、男の胸を貫いていた。
「な・・・なんで・・・?」
男が分からないという様に呟く。
『・・・確かに、“喰わない”とは言ったが“殺さない”とは約束していないからねぇ・・・・・・安心しな。お前が死んだ後も、死体は喰わずに放っといてやるから!・・・・・・あははははははっ!!』
妖怪の哄笑が響き渡った。
妖怪の声に呆然とし、宙を彷徨っていた男の視線が慧音を、続いてその体から流れる血を捉えた。・・・男の瞳に正気の色が戻り、苦痛が、続いてそれ以上の後悔の念が、その顔を歪ませた。
「・・・あ、ああ、私はなんと愚かな事を。・・・慧音様は、何時も、傷つきながらも私達の為に戦ってくれていたというのに・・・わ、私はなんという事を・・・申し訳ありませんでした・・・慧音さま・・・大丈夫・・・ですか・・・・・・傷は・・・痛みませんか・・・・・・」
途中、何度かむせ返りながらも、男は口から溢れる血を拭おうともせず、慧音に謝罪し、その身を気遣った。・・・自らの身も顧みずに他者を思うその姿は、慧音の良く知る、里の人間から信頼されている男の姿だ。
「馬鹿者!私の事など、どうでも良い!こんな傷、今の私なら直ぐ癒える!それより、今は喋らずに静かにしていろっ!!」
謝り続ける男に、慧音が叫ぶ。だが男は、静かにしていろ、という慧音の言葉にゆっくりと首を横に振り、再び口を開いた。
「・・・どうせ、この身はもう長くありますまい。・・・それよりも、今は慧音様に伝えたい事がございます。・・・慧音様。もし、貴方が力及ばず、里を見捨てようとも、それで貴方が幸せに暮らせるのなら、里の者は誰も貴方のことを恨みはしません。・・・・・・慧音様がその姿を里に見せなくなって、里の者全員で話し合い、気付きました。・・・私たちは、慧音様の心の内も考えもせず、貴方に頼りすぎていた、と。・・・だから、もう無理はなさらないでください、慧音様。・・・私たちは皆、慧音様のことが好・・・・・・・・・」
男の言葉が途切れる。針のように細い闇が、男の頭を貫いていた。
『・・・ふふふっ・・・・・・あははっ!あはははははははははははははっ!!!!』
男に残された僅かな時間さえ奪い、妖怪が哄笑を響かせる。
ごとり・・・
胸を貫いていた闇も、頭を貫いていた闇も消え、支えを失った男の体がゆっくりと崩れ落ち、重い音を立てた。
「・・・あ・・・・・・あ・・・?」
慧音の口から呆然とした声が洩れる。・・・何が起きたのかを、認識する。
「あ・・・ああ・・・ぅあああああああああああっ!!!!」
『あはははははははははははっ・・・・・・!!』
慧音の咆哮と、妖怪の哄笑が重なった。慧音の中に先程以上の憎悪が湧き上がる。傷の痛みさえ忘れ去るほどの激情が、慧音の中で渦巻いていた。
「キサマァァァァッ!!コロス・・・!コロシテヤルッ・・・・・・・・・!!!」
最早、人の声ではない声で呪詛の言葉を吐き散らし、同時に掌に力を集中させる。・・・妖怪が何処に潜んでいるかは、怒りと共に鋭敏になった感覚が捉えていた。迷いもせず、その一点に向けて力を解き放つ。
慧音の放った力の奔流に闇が吹き飛ばされ、彼女がその姿を現した。周囲を漂う妖気がその濃度を一気に増すが、慧音は気に留めることもなく、彼女に殺気の満ちた視線を向ける。
「・・・まさか、同じ晩に二度もこの姿を晒す事になるとはねぇ・・・・・・成る程、言うだけのことはある・・・・・・・・・それにしても・・・ふふっ・・・・・・その凄まじい憎悪・・・・・・それでこそ、喰らい甲斐があるというものだ・・・・・・ふふふっ・・・」
「・・・言いたい事は、それだけか?」
楽しそうに笑う彼女に、先程とは打って変って冷めた声で慧音が言う。途端、慧音から溢れだした霊気が空間を満たしていく。
ヒュ・・・
と、背後からの何かが彼女の腕を掠めた。視線を下げると、腕に傷が付いている。背後へ振り向く。・・・そこには、凝縮され力を持った無数の霊気の塊が光を放っていた。それらが一斉に、間にいる彼女を巻き込んで慧音へと還る。
彼女は霊気の流れを読み、僅かに開いた空間を移動していく。結果、慧音へと向かう霊気の流れに、自然と慧音との距離が狭まる。・・・やがて、慧音の目前へと追い詰められた。
「ふふ・・・なかなかどうして・・・やるじゃないか・・・半獣」
彼女はその状態にあっても余裕を失っていない。自然と慧音の口が開く。
「・・・何が可笑しい」
「ふふ、別に・・・・・・ただ、お前の無知があまりに不憫でねぇ・・・・・・ふふふ」
「・・・・・・死ね」
慧音は彼女の言葉を気にも留めずに呟くと、懐から一枚の札を取り出して持ち得る霊力の全てを札に注ぎ込んだ。慧音へと還る霊気の流れが加速する。同時に慧音の手から巨大な霊力塊が、彼女に向けて放たれた。
・・・背後から襲い来る霊気の奔流と、目前に迫る巨大な霊力塊。彼女に逃げ場は無かった。霊気の渦に呑まれ、彼女の体が破壊されてゆく。
「・・・・・・・・・」
慧音は彼女の居た場所を眺めている。視線の先には、最早、何も無い。慧音の全力を篭めた攻撃は、彼女の体を跡形も無く消し去った。
漸く終わったのだという実感が慧音の中に湧き上がり、肩の力が抜ける。だが、その表情は晴れない。素直に喜ぶには、あまり犠牲が多すぎた。犠牲となった人間たちの顔が、慧音の脳裏に浮かんでは消えてゆく。
「・・・・・・私にもっと力があれば」
俯いた慧音の口から言葉が漏れる。・・・と、
『ふふっ、ふふふっ・・・・・・あははっ!あははははははっ・・・・・・!!!!』
「・・・っ!?」
突如、哄笑が響き渡った。慧音の顔に驚愕が浮かぶ。
「馬鹿なっ・・・!」
顔を上げた慧音の表情が凍りつく。・・・慧音の見ている前で、闇が集い彼女の姿を為してゆく。その体には傷一つ付いてない。完全に元の姿を現した彼女が、心底楽しそうに口を開いた。
「あははっ!残念だったねぇ、半獣。いや、しかし、ここまでやれるとは正直思ってなかったよ。・・・今まで、満月の夜に来なかったのは正解だったねぇ・・・あははははっ!!」
「き・・・さま・・・・・・どうして・・・・・・・・・」
絞り出すようにして、慧音が言う。彼女は、にやり、とその笑みを更に深めて答えた。
「・・・私はこの満月の晩、不死となったのだ・・・・・・あははははははっ!!!!」
「・・・・・・そ・・・んな」
言葉の意味が浸透し、慧音の表情に絶望の色が表れる。
「・・・さて、そろそろ喰らうとするか・・・・・・ん?随分と威勢が弱くなったじゃないか」
「・・・好きにしろ。どうせ私には、力も殆ど残っていない」
投げやりに慧音が言う。その態度が彼女には気に入らなかった。
「・・・つまらんな。別にそんなお前を喰いに来た訳ではない・・・・・・」
彼女の視線が宙を舞い、男の亡骸に止まる。
「・・・丁度いい、もう一度役に立って貰うか」
彼女が掌を、亡骸に向けてゆっくりとかざした。
「・・・!?貴様っ!何をす・・・・・・」
慧音の言葉を最後まで待たず。男に向けて闇を放った。・・・闇の直撃を受け、男の亡骸が大きく跳ねる。
「貴様ぁぁぁぁっ・・・!!」
「何をそんなに怒る必要がある?所詮、魂の抜けた残骸・・・何をしたところで問題はあるまい」
薄く笑みを浮かべながら、彼女が言う。
湧き上がる衝動に突き動かされ、慧音が彼女に掴み掛かった。だが、彼女は体をずらして慧音の腕を躱わすと、逆にその腕を取り捻り上げる。彼女は動きの封じられた慧音の目を覗き込んだ。・・・怒りに燃えるその瞳には最早、先程まであった絶望の色は無い。彼女が満足そうに微笑む。
「ふふふっ!これだ・・・これでこそ喰らい甲斐がある・・・・・・・・・では、な、半獣。・・・・・・・・何か言い残す事はあるか?」
「・・・例えこの身が滅びようと、貴様を永遠に呪い続けてやる!!」
「あははっ!あはははははははははははっ・・・・・・・・・・・・!!!!!」
哄笑を上げて、片手で慧音の体を固定し、空いた手を頭上高く掲げ闇を生じさせる。生じた闇の大きさが徐々に増してゆく。
その光景を目の当たりにしても、慧音に動揺は無い。ただ、臆してなるものか、と視線を更に険しくさせ彼女の顔を睨みつける。
この状況に在っても、怯える様子を見せない慧音に満足し、彼女が宣告の言葉を口にする。
「・・・・・・・・・・・・終わりだ」
彼女が慧音に向け、その腕をゆっくりと振り下ろす。
瞬間、降ろし始めたばかりの彼女の腕を炎が包み込み、跡形も無く焼き尽くした。
「・・・・・・え?」
何が起きたか分からず、呆然と彼女が腕の有った位置を見つめる。・・・途端、激痛が彼女を襲った。慧音を突き飛ばし、痛む肩を抑えると上空に視線を向ける。
「・・・お前はっ!」
そこには、満月を背に宙に佇む妹紅の姿があった。
肩から伝わる激痛とその泰然とした姿に、先程の恐怖が甦る。
「・・・・・・くっ!」
彼女は短く吐き捨てると、一気にその場を後にした。
そして満月の下、残った者は少女が二人・・・・・・