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幻想郷外伝 涼古 第四話後編

2004/12/28 17:57:33
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■前書き
※この物語には霊夢や魔理沙と言ったZUN氏の創り上げた人物は一切登場しません。
※幻想郷世界を題材としたシェアドストーリーに挑戦してみました。
※ZUN氏の創り上げた素晴らしい世界観を霊夢達を使わずに表現できるかがテーマです。
※許容できる方だけ、読み進めていただければ幸いです。
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幻想郷外伝 涼古

 第四話後編 「家出少女II」





「くっそおおおおお!!」

ラヴェンダーの家までの道のりを私は全力で翔る。
くそ、なんてことだ。
なんで今日に限って私に妖怪退治を依頼するんだ?
なんで今日に限ってラヴェンダーは遊びに来ないんだ?
なんで今日に限って家に妖怪がくるんだ?
なんで今日に限ってこんなに道が走り難いんだ?

やり場の無い理不尽な怒りをぶつける様に地を蹴りひたすら走る。
走りながら空を見上げた。
まだ日は高い。
なんの根拠もない考えだが、夜まではまだ間に合う気がする。
そんな希望的観測を自分に信じ込ませ、もっと速くもっと速く。

ああもう、弓が邪魔だ。
ああもう、スカートが邪魔だ。
ああもう、この身体が邪魔だ。

私の家からラヴェンダーの家までこんなに遠かっただろうか?

里を駆け抜けるとき、何人か村人にすれ違う。
私のこの必死な姿を見て何事かと思っていることだろう。
途中、1人の村人にぶつかってしまうがそのまま走り抜ける。
後で謝らなければ。

里を通り過ぎるころには私の速度は最高潮に達する。
もう既にイルイルは付いてこれてない。
だがまだ遅い。
蹴る蹴る蹴る蹴る。速く速く速く速く。
0.01秒でも早くラヴェンダーの家にたどり着かないと私がどうにかなってしまいそうだ。
ああもう、なんでこんなにこの道は走り難いんだ!

道に転がるひとつの石が憎い。
身体にまとわり付く大気が憎い。
耳を鳴らすこの風が憎い。
桜子を守れなかった自分が憎い。

ありとあらゆる感情を純粋なエネルギーとし、私は爆発するように走る。
怒りや憎しみは、それが絶望へと姿を変えるまではこれほど純度の高いエネルギーは無い。

次第に氷湖が見えてくる。
ラヴェンダーの家まであと少し、だが速度を落とすようなことはしない。
加速する肉体。さらに奔りさらに走る。
ラヴェンダーの家が見えてきた。
私は祈るようにこう叫ぶ。

「ごめんっ・・・!桜子・・・・!!」

ラヴェンダーの家の前についた。
ドアをノックもせずに跳ねるように開け、家の中に飛び込む。
そこにはまるで私を待っていたかのように、ラヴェンダーが立っていた。

「ラヴェンダー!桜子が、桜子がっ・・・!」

「・・・落ち着いて。わかっているわ・・・」

ラヴェンダーは、いつもの自分を抱くように腕を組むポーズで、落ち着き払ってそう言う。

「わかってる?ならなんでこんなところでじっとしているのよ!」

思わず食って掛かってしまった。
ああ、自分の感情がコントロールできていない。
それもこれも、全ては私のせい。

「・・・・・・じゃあ私が助けに行けばよかったの?もしあなたが私の家に私の占い目当てで駆け込んできたとき、私がそこいなくて、それで良かったの?」

私の目をじっと見据えるように、ラヴェンダーは諭すようにそう言う。

「・・・・・・・・・それに、私があなたの家に向かうより、あなたがここへ来るのを待っていたほうが早いでしょう。今私がやるべきことは、ここで涼古を待つこと・・・・・・。違う?」

「・・・あ・・・・・・ごめん」

まったく、なんて無様なんだ私は。
自分のせいで桜子を危機に合わせてる上に、なんの罪も無いラヴェンダーに八つ当たりするなんて。

「・・・焦る気持ちはわかるわ・・・・・・。でもこういう時こそ落ち着かなきゃ・・・・・・涼古らしくもない」

ラヴェンダーはくるりと振り返り、家の奥へ進んでいく。

「いま、紅茶を淹れるわ。適当に掛けて、気持ちを落ち着けなさい・・・・・・。大丈夫、桜子は今のところ安全よ・・・・・・」

言われたとおりに、テーブルまで歩いていき、イスに腰を掛けた。
やわらかい紅茶の香りが漂ってきて、次第に気分が落ち着いてくる。

「安全?ほんとうに?」

ラヴェンダーが紅茶を淹れて戻ってくる。
ラヴェンダーから紅茶を受け取ると、私はそれを2口飲んだ。
いつもラヴェンダーが飲んでいる水分補給用の紅茶ではなく、とても香りが良い紅茶だった。

「ええ。・・・・・・桜子は今、妖鳥人の巣にいる・・・。恐らく、浚ったのも妖鳥人」

「え・・・。なんで妖鳥人が人間をさらうのよ。妖鳥人は人間を食べないでしょ?」

妖鳥人は半分人間、半分鳥の翼の生えた妖怪だ。
標高の高い山の洞窟などに生息している。
基本的に人間に危害を加えることはせず、小動物や果実を食べて生きている。
稀に山に迷い込んだ人間を、雛を守ろうとして襲うことはあるが、妖鳥人が人間をさらうなんて聞いたことも無い。

「さあ・・・。詳しいことはわからないけど、とにかく桜子は北の山の妖鳥人の巣にいるわ・・・」

その時、玄関をノックする音が響いた。
あ、イルイルを忘れてた・・・。
私は紅茶をテーブルに置くと、玄関まで歩いてドアを開けた。

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・。涼古、はやすぎ・・・」

「ごめんごめん、すっかり忘れてたわ」

「もうだめ・・・。もう飛べない・・・。体力の限界につき引退・・・」

イルイルはそういうと、ラヴェンダーのベッドへ向かってふらふらと飛んでいって、やわらかい布団に飛び込んだ。
体力の限界なんてのは嘘だ。
イルイルは、自分の飛行速度が私についていけなくて、足手まといになると考えてそう言っただけ。

「・・・安心して休んでなさい。桜子は私が必ず助け出すわ」

だから私も、そのイルイルの心遣いを無駄にはしない。

「涼古・・・。私がついていっても、あなたみたいに早く走れないし、戦闘も得意じゃないから、ここで待機しているけど」

と、その様子を見ていたラヴェンダーが自分を抱くように腕を組むと、口を開いた。

「・・・・・・桜子を心配する気持ちは、あなたと一緒だから・・・」

なんて、彼女にしては珍しく、自分の素直な感情を吐露する。
そんなこと、改めて言葉にしなくても、わかっているに決まってるじゃない。

「うん。じゃあ、ちょっと行ってくるね。ラヴェンダーとイルイルは私の家で待ってて。必ず2人で帰るから」

そう2人に告げると、私はラヴェンダーの家を飛び出した。
不思議と、がむしゃらになってラヴェンダーの家に向かっていたときより、体が軽かった

そうして向かうは、妖鳥人の巣。
仲間からの信頼と、仲間を思う気持ち、そんな最高純度のエネルギーを糧に。





   ****





夢をみた。
未来を思い描く夢ではない。
自分の記憶、過去の記録の夢をみた。
ほんの数日前の、追憶。

ああ、なんであんなに下らないことで家を飛び出したんだろう。
お母さん、心配してるのかな。

そうして私は、目を覚ます。

「ん・・・・・・」

どうやらうとうとと眠っていたらしい。
まったく、こんな状況下で眠れるなんて、自分の神経太さに飽きれかえる。
徐々にクリアになっていく視界に、一羽の鳥が見える。

姿は、人間の赤ん坊だ。
だがその背中には、人間には無いはずの翼があった。
だからそれは、人間ではなく一羽の鳥だった。

「・・・・・・おなか、空いてたんだよね。・・・・・・私も、おなか空いたなあ・・・」

私は硬い洞窟の壁に背中をもたれる。
ここ数日、色々なことがあった。
おおよそ今までの私では、空想の世界でしかないような、幻想的な出来事がたくさんあった。
まるで輝きだしそうなほど鮮やかな髪の弓を持った人。
夜空より深い黒髪の魔法使い。
ふわふわと気持ちよさそうに空を飛ぶ妖精。
そんな4人で過ごしたほんの数日間。
その記憶は私には眩しすぎて、明日にでも忘れてしまいそうなほど鮮烈な、まるで白昼夢のような日々。
けれど、夢は必ず終わる。
私の居場所は、ここではない。

ざっ、ざっ、ざっ。
そんな物音が、僅かなあかりが差し込む方から聞こえてきた。

夢の終り、現実の再開。
ああ、迎えに来てくれたんだ―――。





   ****





「・・・・・・桜子・・・」

妖人鳥の巣の最深部に、桜子はいた。
少し疲れた顔をしているが、概ね健康そうな、もうすっかり見慣れた姿。

「・・・涼古さん、苦しい・・・」

気がつけば私は弓を放り捨て、桜子を抱きしめていた。
甘い髪の香りが私の鼻こうを擽る。
それでようやく桜子がここにいることを実感した。
ああ、ほんとうによかった。

「ごめん、ごめんね。桜子・・・」

「なんで涼古さんが謝るの?」

桜子から離れ、手を貸して立ち上がらせる。
ああ、こんなシチュエーション、前にもあったなあ。

「なんでって・・・。私がしっかりしていれば、こんな危ない目にはあわせなかった」

あれほど桜子に家を出るなといっておきながら、自分が家をでて桜子を1人にしてるんだがもう間抜けとしか言えない。
私の家は結界も何も無い。ただの箱だ。
あの家は、私がいるからこそ、安全だったのに。
そんな私の思いはよそに、桜子は首を横に振った。

「・・・ううん。涼古さんたちは、初めからこういうことがあるかもしれないから私を外の世界へ帰そうとしてた。なのに、私がわがままを言って無理に涼古さんの家に留まっていたのが悪いんだ」

「・・・桜子」

ざっ、ざっ。

その時、背後から足音が聴こえた。
私は巣を見回す。そこには妖人鳥の雛。
今、こちらへ向かってきているのは、親鳥か。
私は弓を地面から拾い上げ、入り口の方向へ構え、弦を引く。
現れた瞬間―――射る。

「・・・ッだめえ!」

と、桜子が私に飛びついてきて、弓を下ろさせた。

「な、桜子?どうしたの?」

私はわけがわからず、桜子の目を見つめた。
その時、背後から声。

「・・・いいんだ。私を撃て」

振り返るそこには、紛れも無く妖鳥人がいた。
その翼は大きく、左右の手先には大きな爪。
そこにいる雛の母親と思って間違いないだろう。
そして・・・・・・桜子を浚った妖怪。

「人間をさらうというのは、人間に退治される危険を伴う。私はそのことを全て理解し、覚悟の上でそこの人間を浚った。さあ、私を撃て」

そう言って、妖鳥人は無防備に私の前に立つ。
・・・こんな状況で、撃てるわけが無いじゃない。

「話を聞かせてもらいましょうか。いったいどうして桜子を浚ったの?あなたたちは人間を食べないでしょう」

私は弓を下ろした。
そうして、妖鳥人は話し出す。

「・・・・・・そこに、私の子供がいるだろう」

そう言う妖鳥人の視線の先には、さっきの雛がいた。
寝ているのか、目を閉じ全く動こうとしない。
しかし、確かに息をしているし、そこに存在していた。
ただし、その小さな体から漏れ出る妖気はとてもとても弱弱しく儚げだった。

「私の子は、産まれた時から、何一つ食べようとしない。理由はわからない」

鳥の母は、我が子を見つめてゆっくりと話す。

「私は山中の果実や動物、昆虫など、ありとあらゆるものを採ってきては与えてみた。けど何一つ口にしようとはしない・・・。人間より生命力があるとはいえ、このままでは衰弱しきってしまう・・・」

「・・・・・・まさかそれで・・・」

「そう。困り果てた私は、最後の望みと思って、人間を浚った」

耐え難い沈黙が、薄暗い妖鳥人の巣を支配する。

「・・・結局、人間にも興味を持たなかったが、もし我が子がその人間に少しでも興味を示せば、その人間を殺して与えるつもりだった」

結果的に、桜子は無事だった。
しかしこの妖鳥人には、確かに殺意があった。
だからと言って何も食べずに衰え逝く我が子のために、自分の命を賭して人間を浚った妖鳥人を、どうして撃てるというんだ。
そこにあるのは人間に対する敵意ではなく、ただ母の愛。

「私を撃たないのか?」

「・・・撃てるわけ無いでしょう。桜子・・・。帰るわよ」

私は桜子の手を引いて歩き出す。
これ以上ここにいても、もう私にはどうしていいかわからない。
妖鳥人を撃つことも出来ず、妖鳥人の雛を救う術も、私は持たない。

「まて」

妖鳥人の横を通り過ぎるとき、そう声を掛けられた。

「私を撃たないと言うなら、せめてこれをもっていけ」

そう言って妖鳥人は、桜子に、大きな羽をひとつ差し出した。

「妖鳥人の風切羽だ。・・・お守り程度にはなるだろう。お詫びのしるしだ、受け取ってほしい」

桜子は妖鳥人から風切羽をおずおずと受け取ると、それをじっと眺めた。

「・・・もしあの子が生きて成長してくれたら、君に良く似るだろう・・・」

妖鳥人はそう言うと、ゆっくりと我が子の元へ歩み寄る。
良く見たらその手には小さな花束が握られていた。
ああ、この季節、それだけの花を集めるのは、どんなに大変だったことだろうか。

「この子は花が好きだ。花を見ている間は微笑んでくれる・・・」

私は振り返らずに、薄暗いゆりかごを後にした。





    ****





帰り道。
日はすっかり落ちて、私たちを紅く染め上げる。
これより先は、妖と虫たちが支配する時間。
日が暮れる前に帰らなくては。

「あの子、ちゃんとご飯食べるようになるかな・・・」

今まで無言だった桜子が、ぼそりとそう言う。

「・・・どうだろうね」

大丈夫だよ、とは言えなかった。
最後にあの母鳥が手にしていた物は、食べ物では無く、花だった。
これはつまり、もう万事尽くし、後は心の平穏を求めているのではないか。

「涼古さん・・・。私、家に帰るよ」

と。
桜子はまっすぐ前を見詰めたまま、私にそう告げた。

「うん。・・・それがいい」

耳を澄ませば虫の声が聴こえる。
深まりつくし、後はその姿が白くなるのを待つだけの秋。
そして雪が降り冬になる。
厳しい厳しい幻想郷の冬。
そうしてじきに雪は溶け、桜舞う春が訪れる。

願わくば。
あの妖鳥人の親子に、幸せな未来を。





    ****





私たちが家に帰ると、当たり前のようにラヴェンダーが夕食を作りながら待っていた。
私と桜子も、ラヴェンダーの手伝いをして、3人でキッチンに立つ。
イルイルもせっせと食器を運んだりしていた。

最近の夜は冷え込む。
私は暖炉に火をくべて、暖かな時間を作る。
4人で準備した夕食を、4人でわいわいと食べる。
そんなここ最近の当たり前の光景も、これが最後。

ラヴェンダーには、明日桜子が帰る事を話してはいない。
でも彼女のことだ。もうわかっているだろう。
その証拠に、彼女の用意した食材は、いつもより数段華やかで、いつも以上においしかった。

時折、暖炉の炎がパチリと跳ねる。
しかしそんな些細な音はかき消されてしまうくらい、私たちは色々なことを話した。
いつしかテーブルの上は軽くなり、紅茶の香りが部屋に広がる。

最近では私もすっかり紅茶党。
もうラヴェンダーに負けるとも劣らないほど紅茶を淹れるのも得意になった。
だから今日は、私が紅茶を淹れた。
心なしか、いつも以上においしく淹れられたと思う。
私はストレート、ラヴェンダーは砂糖ひとつ。
桜子は砂糖ふたつに、イルイルはよく冷まして。
この最近買ったばかりの真新しいカップも、使うのは今日が最後になるだろう。
カップ4つとポットをお盆にのせて、私は3人の待つテーブルに戻る。

いつしか夜もすっかり更け、まもなく日付が変わろうとしていた。
私たちは小さなベッドに無理やり4人で寝た。
狭くて寝苦しかったけど、いつも以上に暖かい。
それに、なかなか寝付けないほうが、今日という最後の日に長くいられるのも、都合が良かった。

隣から涙が零れる音が聞こえる。
桜子かラヴェンダーかは、わからない。





    ****





翌日。
軽い朝食を済ませ、私たちは博麗神社へと足を運ぶ。
昨日の夜とはうってかわって、とても静かな道中。
何か一言でも口にしてしまえば、必死に抑えている感情があふれ出てきてしまいそうで。

皆それぞれの思いで、神社への道のりを歩いていた。
桜子がこの地に刻む、最後の足跡。

「・・・・・・この上よ」

そうして私たちは博麗神社への階段にたどり着く。
みんな足を止め、桜子だけが1歩踏み出した。
そうして髪を躍らせ、くるりと桜子が振り返る。

私たちは桜子と向き合う。

「ここから先は、私1人で行くね。神社の巫女さんに事情を話せばいいんでしょ?最後まで迷惑かけられないしね」

「最後まで見送るわよ」

「ううん。もし、本当の間際まで、涼古さんやラヴェンダーさんが近くにいたら、私・・・・・・」

「・・・・・・桜子・・・」

「私・・・多分、泣いちゃうと思うから・・・・・・」

桜子は、そう言って涙をこぼしながら微笑んだ。

「というわけで、ここでお別れです」

桜子は、確かに今、笑っている。
透き通る、まるで春の花びらのように、涙の雫が頬を濡らして。
桜子。
ああ、この子になんて似合う名なんだろう。

「今までお世話になりました。涼古さん、ラヴェンダーさん、イルイル。私のこと・・・・・・忘れないで下さいね・・・」

そう言って桜子は深くお辞儀をする。

振り返ってみれば一週間にも満たない日々だった。
それこそ矢のように駆け抜けていった桜子が幻想郷にいる日々。
この数日間は、普通の人より遙か長い年月を生きる私でも、一生忘れないと思う。
いや、忘れることなんて、するわけがない。
例えこの身が、永劫を生きようとも。

「・・・・・・忘れるわけ、ないでしょう?」

私の想いを代弁するかのように、ラヴェンダーが桜子の両肩にそっと手を載せてそう言う。
桜子よりほんの少しだけラヴェンダーのほうが背は高い。
そんなラヴェンダーの瞳を、桜子は見上げていた。
まるでそれは一枚の絵画のように、私の脳裏を焦がしていく。

「あなたは私の、2番目の友達なんだから・・・・・・」

「ッ・・・!」

桜子は、涙を見せまいとするように、そのままラヴェンダーの胸へ飛び込んだ。
ラヴェンダーもそれを優しく抱きとめて、暖かく包む。
一寸前の光景が絵画なら、今の光景はなんだ。
もうすっかり涙に滲んで、今見えているものが現実なのか、今の私には判断できなかった。

どれくらいそうしていただろう。
最後にラヴェンダーが桜子の耳元で何か囁くと、桜子は顔を上げてその腕から離れた。
そうしてもうひとつだけ頭をぺこりと下げると、元気よく階段を駆け上がっていった。
一度も振り返ることなく、階段を上る桜子。
私たちはその後姿を、姿が見えなくなっても見送っていた。

こうして、大きな大きな余波は、静かに終りを告げる。
この幻想郷の地において、私たちにとっては彼女こそがファンタズム。
桜子は紛れも無く、幻想の少女だった。





    ****





その帰り道。
1人少なくなっただけというのに、どうしようもないほどの大きな穴が開いたかのような空虚感を漂わせながら、私たちは朝来た道をそのまま戻っていた。
来る道も無言なら帰る道もただ無言。
ただ、ひとつだけ気になっていたことがあったので、私はラヴェンダーに問いかける。
ラヴェンダーは魔法使いだ。
もしかしたら、この空虚感が、少しでも薄れるような、そんな魔法をかけてくれているかも知れない。

「ねえ、ラヴェンダー。最後に桜子に、何か言ってたよね。あれなんて言ってたの?」

そう言うとラヴェンダーは、一瞬微笑んで私の目を見つめた。

「・・・あら、目敏いわね・・・。黙っておいたほうが面白いと思ったんだけれど・・・」

「もう。なんなのよ。気になるじゃない」

肩にかけてある弓で、こつんとラヴェンダーの頭を小突く。
ただ鈴が鳴るだけで、ラヴェンダーは微動だにしない。

「痛いわね・・・。あの子が持ってた、妖鳥人の羽。あれはけっこう強力な妖力を持っているのよ」

「ふぅん・・・?」

「1回くらいなら、結界を破るくらいのことはできる、そんな強力な力を持っているの」

そう言って再び私の目をじっと見つめるラヴェンダー。
ああ、もう。
絶対今の私は、にやけているに決まっている。

「じゃあ、また逢えるんだ」

だから素直に喜ぶことにした。
やっぱりラヴェンダーは魔法使いだ。
私の思ったとおりに、素敵な魔法をかけていてくれた。

「・・・・・・ねえ涼古。次、あの子は、いつ幻想郷へ来ると思う?」

そうラヴェンダーは私に問いかける。
そんなのは考えるまでも無かった。
次、あの子が、私たちのところに来るとすれば・・・。

「あの子が母親になったときじゃ、ないかな」

私にはそれ以外の答えは考えられなかった。
でもラヴェンダーは、それもそうねと同意してくれる。
だからきっと。
次、桜子が幻想郷へやってくるのは。
彼女がお母さんに、なったとき。


家に帰ったら、冬支度をしよう。
今までは気がつかなかったけど、よく晴れた日だった。
私の心は、この秋晴れのように晴れやかで。

桜子も今、おなじ空の下にいる。



長い4話、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

桜子の初期コンセプトは、幻想郷を客観的に見るキャラクター でした
けれど話を練っているうちに、いつしか幻想郷を僕たちに身近に感じさせる、そんなキャラクターに変わっていきました

少しでも幻想郷が身近に感じられれば、幸いです


年内に間に合ってよかった・・・
MIZ
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