「ふむ……」
次元の狭間にある藍の屋敷。その書斎で、藍は先ほど占った卦を見て小首を傾げた。
「急な来客あり、か」
この屋敷に来客などめったにあるものではない。来るとすれば、せいぜい西行寺幽々子の使いの妖夢くらいのものだが、藍は先ほど西行寺の所に橙を使いに出していた。入れ違いでもない限りこないだろう。
「……卦を読み間違えたかな?」
そうつぶやいたところに、何かの気配を感じた。誰かがこっちに向かって歩いてくる足音。
橙が帰ってきたかと思ったが、それにしては足音が静か過ぎる。しかし、妖夢や幽々子ほど落ちついてもいないようだ。紫は……そもそも気配すら感じさせず、直接ここに出てくる。
「誰だ?」
誰何の声を上げながら、藍は障子を開いて気配の主を見て、そして眉をひそめた。
「よ、遊びに来たぜ」
気配の主は黒い魔法使い……霧雨魔理沙だった。片手に唐草模様の風呂敷包みを持っている。彼女の普段着である黒い服と帽子、エプロンには、かなりミスマッチだ。
「遊びに来たって……なんでお前がこの屋敷の場所を知ってるのよ?」
「ああ、幽々子んとこの庭師から聞き出した」
「聞き出したって……ここまでどうやって来た?」
「普通に飛んできたぜ」
あっけらかんと言う魔理沙に、藍は頭を抱える。この屋敷は次元の狭間にある。少し間違えれば、たちどころに次元の渦に捕らえられ、二度と元の世界に帰れなくなる。そうほいほいと来れる場所ではないのだ……ないのだが。
「……無知とは幸せなものだな」
「どう言う意味だよ、それは?」
「言葉通りだが?」
「それが客に対する態度かい?じゃこれは持って帰って一人で食う事にするか」
魔理沙は風呂敷包みを解き、中の重箱の蓋を開いた。
「こ、これはっ」
「稲荷寿司だぜ。私の手作り。揚げも自分で作ってみたぜ」
「……ええと、その、なんだ。まぁお茶でも入れるからゆっくりしていけ」
「お言葉に甘えるぜ」
「で、お前は何しに来たのか、聞いていいかな?」
「見ての通り、本を読みに来た訳なんだが」
稲荷寿司をほおばっている藍が先ほど入れたお茶を飲みながら、魔理沙は答えた。
「紅魔館の図書館の方が本は多いが、どうもあっちは西洋系に偏りがちでな。ここなら東洋魔術関係の本もあると思って来た」
「なるほど、それはわかった。で、もう一つ聞くが、なんで私の尻尾にくるまっているのか、聞いていいかな?」
そう、魔理沙は藍の尻尾にくるまり、寝そべりながら本を読んでいる。さながら藍の尻尾から魔理沙の首が生えてるような光景だ。
「いや、ふかふかしてて暖かいんでな。いやはや、極楽浄土とはこんなところなんだろうな」
「橙も同じ事を言ってた気がするが……多分違うと思う」
と、屋敷の廊下をバタバタと走ってくる足音。
「噂をすれば、だな。橙が帰ってきたようだぜ」
魔理沙がそう言うとほぼ同時に、勢いよく障子が開き、橙が書斎に飛びこんできた。
「藍様、ただ今帰りましたっ……って、わ、黒くてすばしっこくて夜中にカサカサ這い回るのがいるっ!」
「最後のは断じて違うぜ」
「って言うか、藍様の尻尾にくるまらないで!!それを使っていいのは橙と紫様だけっ!!」
「いいじゃないか、減るもんでなし」
「減るっ!!」
「即答かよ……」
苦笑いする魔理沙。帽子の下から油紙に包んだ何かを取りだし、橙に差し出す
「まぁ秋刀魚やるから許せ。初物だぜ」
「おおっ!!」
「お前、部屋の中でも帽子取らないと思ったらそんなもの入れてたのかい……頭に臭いが染み付かないか?」
「……」
ちょっとイヤな顔をした魔理沙。どうやらそこまで考えていなかったらしい。一方の橙は秋刀魚をくわえて嬉しそうである。
「さんま秋刀魚~。黒いの、あんた実はいいやつだったんだね」
「今ごろ気付いたのかい。それと黒いのって言うな。まぁともあれ、そう言うことで……」
「そう言うことで、さっさとそこを退くっ!!」
「猫……また目も当てられない状態にしてやろうか?」
「こらこら……ほら橙、お前はこっちに来なさい」
苦笑しつつ、藍は自分の膝元をぽんぽんと叩いて橙を呼ぶ。
「わーい、藍様の膝枕~」
目を輝かせ、嬉しそうに藍の膝元に飛びこむ橙。
「コラコラ、飛びこむな……まったく、しょうのないやつだな、お前は」
「えへへ~、藍様~」
甘えまくる橙と優しい目でそれを見る藍。そんな様子を感じ取りながら、魔理沙は再び本に目を落とした。
「ん、猫め、寝たのか」
橙の寝息に、魔理沙は身を起こした。
「ああ、猫だけに動いてない時は大抵寝てるよ」
橙の髪をなでながら、藍は頷いた。
「うにゃ~、藍様……す~」
「……猫め、寝てる時は可愛いじゃないか」
なにやら幸せそうな表情で寝言をつぶやく橙に、魔理沙は目を細める。
「しかし、こうやってお前たち見てると、なんだか親子みたいだな」
「式神とその使い手は、事実親子のようなものさ……色んな意味で」
「そんなものか」
「そんなものよ」
しばし沈黙。やがて藍は独り言のように語り始めた。
「今まで使い捨ての、仕事をこなすだけの式神はいくつか作ってきたけど、橙のような自意識や感情を持った式神は他に作ったことがない……多分これからも作らない」
「なぜ?」
「必要ないから、というのが一つ目の理由。もう一つは……橙以上に愛情を注げる気がしないから」
「……」
「橙を作る前はそんなこと気にしなかっただろうけど、今は無理。二つ同時に同じだけ愛情を注げるほど、私は器用な存在じゃない」
再び沈黙。
「まぁ、それはそれでいいんじゃないか?」
魔理沙は立ち上がり、大きく伸びをした。
「不器用なのも時に美徳だぜ。それで猫もあんたも幸せなら、何も問題ないだろ?」
「そういうものか?」
「そういうものさ」
そう言って魔理沙は読んでいた本を本棚に戻した。
「……さて、私はそろそろおいとまするかな」
「そうか」
「お茶、美味かったぜ。また遊びに来るかな、そのうち」
「まるでお茶と本が目当てみたいだな。まぁその時はまた稲荷寿司よろしく、と言ってみる。あと橙のために魚も」
「わかったわかった。それじゃな」
苦笑しつつ背を向ける魔理沙。藍はその背中を見送りながら、ふと自分の主人……紫も自意識を持った式は自分しか作ってない事に気付いた。
「……紫様はどう思ってるのかね」
そのうち聞いてみよう。
もし自分と同じ考えだったら、その時は……
「久しぶりに思いっきり甘えてみるのもいいな」
次元の狭間にある藍の屋敷。その書斎で、藍は先ほど占った卦を見て小首を傾げた。
「急な来客あり、か」
この屋敷に来客などめったにあるものではない。来るとすれば、せいぜい西行寺幽々子の使いの妖夢くらいのものだが、藍は先ほど西行寺の所に橙を使いに出していた。入れ違いでもない限りこないだろう。
「……卦を読み間違えたかな?」
そうつぶやいたところに、何かの気配を感じた。誰かがこっちに向かって歩いてくる足音。
橙が帰ってきたかと思ったが、それにしては足音が静か過ぎる。しかし、妖夢や幽々子ほど落ちついてもいないようだ。紫は……そもそも気配すら感じさせず、直接ここに出てくる。
「誰だ?」
誰何の声を上げながら、藍は障子を開いて気配の主を見て、そして眉をひそめた。
「よ、遊びに来たぜ」
気配の主は黒い魔法使い……霧雨魔理沙だった。片手に唐草模様の風呂敷包みを持っている。彼女の普段着である黒い服と帽子、エプロンには、かなりミスマッチだ。
「遊びに来たって……なんでお前がこの屋敷の場所を知ってるのよ?」
「ああ、幽々子んとこの庭師から聞き出した」
「聞き出したって……ここまでどうやって来た?」
「普通に飛んできたぜ」
あっけらかんと言う魔理沙に、藍は頭を抱える。この屋敷は次元の狭間にある。少し間違えれば、たちどころに次元の渦に捕らえられ、二度と元の世界に帰れなくなる。そうほいほいと来れる場所ではないのだ……ないのだが。
「……無知とは幸せなものだな」
「どう言う意味だよ、それは?」
「言葉通りだが?」
「それが客に対する態度かい?じゃこれは持って帰って一人で食う事にするか」
魔理沙は風呂敷包みを解き、中の重箱の蓋を開いた。
「こ、これはっ」
「稲荷寿司だぜ。私の手作り。揚げも自分で作ってみたぜ」
「……ええと、その、なんだ。まぁお茶でも入れるからゆっくりしていけ」
「お言葉に甘えるぜ」
「で、お前は何しに来たのか、聞いていいかな?」
「見ての通り、本を読みに来た訳なんだが」
稲荷寿司をほおばっている藍が先ほど入れたお茶を飲みながら、魔理沙は答えた。
「紅魔館の図書館の方が本は多いが、どうもあっちは西洋系に偏りがちでな。ここなら東洋魔術関係の本もあると思って来た」
「なるほど、それはわかった。で、もう一つ聞くが、なんで私の尻尾にくるまっているのか、聞いていいかな?」
そう、魔理沙は藍の尻尾にくるまり、寝そべりながら本を読んでいる。さながら藍の尻尾から魔理沙の首が生えてるような光景だ。
「いや、ふかふかしてて暖かいんでな。いやはや、極楽浄土とはこんなところなんだろうな」
「橙も同じ事を言ってた気がするが……多分違うと思う」
と、屋敷の廊下をバタバタと走ってくる足音。
「噂をすれば、だな。橙が帰ってきたようだぜ」
魔理沙がそう言うとほぼ同時に、勢いよく障子が開き、橙が書斎に飛びこんできた。
「藍様、ただ今帰りましたっ……って、わ、黒くてすばしっこくて夜中にカサカサ這い回るのがいるっ!」
「最後のは断じて違うぜ」
「って言うか、藍様の尻尾にくるまらないで!!それを使っていいのは橙と紫様だけっ!!」
「いいじゃないか、減るもんでなし」
「減るっ!!」
「即答かよ……」
苦笑いする魔理沙。帽子の下から油紙に包んだ何かを取りだし、橙に差し出す
「まぁ秋刀魚やるから許せ。初物だぜ」
「おおっ!!」
「お前、部屋の中でも帽子取らないと思ったらそんなもの入れてたのかい……頭に臭いが染み付かないか?」
「……」
ちょっとイヤな顔をした魔理沙。どうやらそこまで考えていなかったらしい。一方の橙は秋刀魚をくわえて嬉しそうである。
「さんま秋刀魚~。黒いの、あんた実はいいやつだったんだね」
「今ごろ気付いたのかい。それと黒いのって言うな。まぁともあれ、そう言うことで……」
「そう言うことで、さっさとそこを退くっ!!」
「猫……また目も当てられない状態にしてやろうか?」
「こらこら……ほら橙、お前はこっちに来なさい」
苦笑しつつ、藍は自分の膝元をぽんぽんと叩いて橙を呼ぶ。
「わーい、藍様の膝枕~」
目を輝かせ、嬉しそうに藍の膝元に飛びこむ橙。
「コラコラ、飛びこむな……まったく、しょうのないやつだな、お前は」
「えへへ~、藍様~」
甘えまくる橙と優しい目でそれを見る藍。そんな様子を感じ取りながら、魔理沙は再び本に目を落とした。
「ん、猫め、寝たのか」
橙の寝息に、魔理沙は身を起こした。
「ああ、猫だけに動いてない時は大抵寝てるよ」
橙の髪をなでながら、藍は頷いた。
「うにゃ~、藍様……す~」
「……猫め、寝てる時は可愛いじゃないか」
なにやら幸せそうな表情で寝言をつぶやく橙に、魔理沙は目を細める。
「しかし、こうやってお前たち見てると、なんだか親子みたいだな」
「式神とその使い手は、事実親子のようなものさ……色んな意味で」
「そんなものか」
「そんなものよ」
しばし沈黙。やがて藍は独り言のように語り始めた。
「今まで使い捨ての、仕事をこなすだけの式神はいくつか作ってきたけど、橙のような自意識や感情を持った式神は他に作ったことがない……多分これからも作らない」
「なぜ?」
「必要ないから、というのが一つ目の理由。もう一つは……橙以上に愛情を注げる気がしないから」
「……」
「橙を作る前はそんなこと気にしなかっただろうけど、今は無理。二つ同時に同じだけ愛情を注げるほど、私は器用な存在じゃない」
再び沈黙。
「まぁ、それはそれでいいんじゃないか?」
魔理沙は立ち上がり、大きく伸びをした。
「不器用なのも時に美徳だぜ。それで猫もあんたも幸せなら、何も問題ないだろ?」
「そういうものか?」
「そういうものさ」
そう言って魔理沙は読んでいた本を本棚に戻した。
「……さて、私はそろそろおいとまするかな」
「そうか」
「お茶、美味かったぜ。また遊びに来るかな、そのうち」
「まるでお茶と本が目当てみたいだな。まぁその時はまた稲荷寿司よろしく、と言ってみる。あと橙のために魚も」
「わかったわかった。それじゃな」
苦笑しつつ背を向ける魔理沙。藍はその背中を見送りながら、ふと自分の主人……紫も自意識を持った式は自分しか作ってない事に気付いた。
「……紫様はどう思ってるのかね」
そのうち聞いてみよう。
もし自分と同じ考えだったら、その時は……
「久しぶりに思いっきり甘えてみるのもいいな」
そしてやはり藍様は尻尾か。
読み応えのあるSS書く人が増えて嬉しいです。
もうちょっと長文で読みたかったかな?