「頭の中暖かそうだから風邪なんて縁がないと思ってたのに」
「私風邪ひく事無いからよく分からないけど、霊夢が病気なら喜んでおくわ」
「日本のことわざで『霊夢と煙は風邪を引かない』って言うじゃない? あれ、違う?」
「私みたいにずっと部屋の中にいれば風邪なんてひかないのに」
「そのままくたばってしまえばお嬢様は私の……いいえ、何も言っておりません、お嬢様」
「お腹出して寝てたのかしら。ふふっ、想像すると可愛いわね」
「で、魔理沙が看病してるの? なんか子供みたい」
「大した人徳だな」
魔理沙が読み上げたのは、『霊夢が風邪を引いた』と言ったら返してきたそれぞれの感想である。どれが誰の言葉かは各自想像していただきたい。
「五月蝿いそんなの集めて来るな……っくちゅん」
「ずいぶん可愛いくしゃみだぜ。はい、れいむちゃんおかゆたべましょうね。あーん」
粥を掬って霊夢の口元へ運んだ。
「自分で食べられる……」
「無理する事無いぜ。これ食べたら玉子酒作ってやるから」
渋々ながら素直に従った。お粥を一口すすると、ほど良い塩加減が美味しかった。
「風邪を引くと汗を掻くから、塩分が必要なんだぜ」
「……ありがと」
「どういたしまして」
一方、紅魔館にて。
レミリアとパチュリーは揃って水晶玉を覗き込んでため息をついた。
「霊夢ったら、魔理沙なんかじゃなくて私に言ってくれれば、それこそ付きっ切りで看病してあげるのに」
「私が病気になったら、魔理沙は看病に来てくれるかな」
そしてもう一度、大きなため息をついた。
さらにその後ろ、柱の影にはメイド長がハンカチを噛み締めて引き咲かんばかりに引っ張っていた。
「お嬢様っ……あのような小娘の看病などさせるものかっっっ!」
「少し落ち着きましょう、咲夜さん」
「これが落ち着いていられると! そう言うのか! お前は!」
(ダメだ……手に負えない)
再び博麗神社。
霊夢に「濡れタオルの水換えて来るぜ」と言い残して部屋を出た魔理沙は、手にはお粥を載せていたお盆と、タオルを濡らす為の洗面器を持って台所へ向かった。
そして食器を台所におき、洗面器の水を換え、その中に氷を入れ冷たさを保った。
その時。
背後で空間が動いた。
とてつもないエネルギーの動きを感じ取った魔理沙は素早く後ろを向き、両脇にオプション(?)を呼び出して身構える。
風景がうねり、空間が悲鳴を上げながら引き裂かれた。
霊夢は今戦える状態じゃない。それ以前にこんなところで戦うのは避けたかった。
魔理沙の思案をよそに空間は徐々に歪みの度合いを強めた。そして歪みが限界に達し、金属質の音を立てて現れたのは、空間の『隙間』だった。
「……何だ、こいつか」
魔理沙は突如緊張が和らいだ。こんな芸当する奴は一人しかいない。そしてそいつは、少なくとも今は敵では無いからだ。
敵襲では無いと安心した魔理沙は、驚かされた腹いせにとして、とりあえず洗面器の氷水を『隙間』に流し込んでおいた。
絹を裂くような悲鳴が聞こえたような気がしたが、気のせいと言う事にした。そう自己完結し、再び洗面器に水と氷を入れて霊夢の所へ戻った。
「今戻っ……寝てるのか」
霊夢は布団の中で安らかに寝息を立てていた。熱のせいで顔が少し赤く、汗も浮かんでいるがよく眠れているようだった。額に乗せたタオルを除けてやり、水に濡らして絞った。冷たさを取り戻したタオルをたたんで霊夢の額の上に戻した。
「黙って寝てれば可愛いもんだぜ……ってなに言ってるんだ私は」
思わず口をついた台詞に自分で恥ずかしがっていると、霊夢が寝返りを打った。額からタオルが落ち、布団が跳ね除けられた。
「おいおい、こんな寝相だから風邪引くんじゃないのか?」
布団を戻そうと手を伸ばしたとき、魔理沙の目に肌蹴た寝間着の胸元が目に入った。上気してほんのりと赤い肌にはうっすらと汗が浮かんでいた。
「……いや、別にやましい事しようとかそんな訳じゃないんだ。服と布団を直してやらないと身体を冷やしてしまう。第一私らは同性じゃないか」
恥ずかしがるほど胸も無いじゃないか、と言い訳になっていない言い訳を口中で繰り返しながら、何とか服の合わせを直し、布団をかけた。
紅魔館にて。
レミリアとパチュリーはまだ覗いていた。
「霊夢は喋ってても起きてても、いつだって可愛いんだから! 魔理沙なんかと違うのよ!」
「魔理沙! 私と言うものがありながら何てことを!?」
そして例によってメイド長。
「パチュリーの分際でお嬢様と顔つき合わせて水晶玉覗きおって……あんな近くで、息も届かんばかりじゃないか!」
(怒りの対象がずれてる!)
「何騒いでるの~?」
「あ……フランドール様」
「美鈴……何の騒ぎ?」
「えーと……(説明するのやだなぁ)」
再び再び博麗神社。
「……魔理沙」
「ん? 起きたのか。別に寝ててもいいぜ」
いつの間にか目を覚ました霊夢が、魔理沙のスカートの端を掴みながら呼びかけた。
「えーと……ゴメン。看病なんてさせて」
「随分と殊勝な事言うな。霊夢じゃないみたいだぜ」
「人がせっかく謝ってるのにそう返すかあんたは」
「悪態ついてないで寝てろ。看病させるのを悪いと思うなら一刻も早く治すんだな。そうすりゃ早く終わるんだし」
「むぅ……」
ふてくされながらも言う通りにする霊夢は割と可愛かった。と同時に、ちょっとからかいたくなった。
「寝顔は可愛いんだけどな」
「なっ……いきなり何よ」
「さっき胸元がちょっと見えててな、イや、思い出すだけでそそるぜ」
「へ、変な事思い出さないでよ……」
霊夢は弱々しく抗議すると、頭から布団を被って隠れてしまった。まるで子供のようなその仕草も可愛かった。魔理沙は自分の顔が自然と顔が緩んでくるのが分かった。
少しして、霊夢の寝息が聞こえてきた事を確認した魔理沙は一度背伸びをし、それから立ち上がろうとした。
「まあ……お邪魔だったかしら」
空間の歪む音と共に聞き覚えのある声が聞こえた。先ほど冷や水ぶっ掛けて追い返したすきま妖怪約一名が性懲りもなく尋ねてきたようだ。
「帰れ」
「……まだ出てきてもいないのに」
「霊夢の風邪が悪化するから帰れって。それ以前にアンタも年考えてないゴスロリ衣装びしょ濡れだぜ」
自分がやったことはもう忘れたらしい。
隙間から顔をひょっこりと覗かせているのは、神隠しの主犯を名乗る八雲紫その人だった。
「水も滴る何とやらって言うじゃない? それにこう言う服は私ぐらいになってからこそ似合うのよ。大人の魅力と子悪魔的魅力の融合とでも言うのかしら」
言葉を返すほうも手馴れた物だが、寒さで声が震えていたのは隠し切れなかった。
「それより私が風邪引いたら看病に来てくれるのかしら? て言うかゆかりんたら今にも風邪引きそう」
「式がいるだろ。そいつらにやらせりゃいいじゃないか」
「あの二人に病人の看病が出来ると思う?」
「猫の方はともかく狐はやれるだろう」
「お生憎だけど、あの子意外と不器用なの。でも尻尾はふかふかしてるから枕に丁度いいかも知れないわね」
「じゃあやってこいよ。少なくともここで騒ぐのは止めて欲しいぜ。寝付いた途端に煩くしたら可愛そうだ」
そう言って部屋の外に紫を押し出した。そのまま自分も出ると、外の風が吹き込まないように素早く襖を閉めた。
またまた紅魔館。
「あっ、邪魔者が外へ! 良くやったわ知らない年増の人!」
「カメラさーん、外、外写して! 紅白の寝てる所なんて要らない!」
そしてメイド長は柱に八つ当たりをしていた。
「私向こう行ってるから……見ていられないし」
フランドールが疲れたように言う。
「私も見ていたくないです。フランドール様、部屋でお茶でも如何ですか? 烏龍茶ですけど、良いのが入りまして」
「うん……じゃあ貰う。そう言えば美鈴の部屋って殆ど行った事ないね」
こちらは実に平和だった。
ただ二人とも、浮かべた笑みは疲れ果てていたが。
視点は神社の縁側に移り。
「あなた達、なんだかんだ言っても仲良いのね」
紫はそう言って、嫌味のない笑みを浮かべて魔理沙を見つめた。
「何をいきなり」
「理想的な『腐れ縁』だって思ったのよ。ああ、馬鹿にしてるわけじゃないわ。本当にそう思っただけ」
「腐れ縁って誉めてるのか?」
「切れる事もなく、切る事もせずに、ずっと変わらない形で続いていく縁の事よ。結構得難い関係だと思うわ」
気に障ったなら御免なさいね。
紫は最後にそう付け加えた。
別に気には障ってないけど。
魔理沙はそう答えた。
「で、物は相談なんだけど」
「嫌だ」
「いいから聞いて」
「……聞くだけならいいぜ」
「西行寺幽々子ってご存知かしら」
「ご存知だぜ。あの幽霊娘が何かしでかしたか?」
沈黙。
もしかして本当に何かやったのかと、魔理沙は嫌な想像をした。
例えば妖夢のへそにうずらタマゴ乗せたとか。
「アンタこれから『みょん』言うの禁止」って宣告したとか。
……だとしたら哀れ過ぎる。
「……貴女、今何か変な事考えてない?」
「気のせいだぜ」
「そう……私ね、あの子が生きてるときから結構知ってるんだけど」
そこまで言って、紫は一呼吸おいた。
「私が知ってる限り、友達と呼べる人を一度も作った事がない見たい」
「いきなりだな。でも友達ってだけなら死霊達がいるんじゃないのか?」
「でも精神年齢が同年代の子っていないわ。そう言う死者はもっと別の所を好むはずだし……そもそも生きている友人はいなかったはずよ。生きている間も」
再びの間が訪れた。
紫は少し悲しみの混じった思案顔を浮かべた。
魔理沙も茶化す空気じゃない事を感じ取り、神妙に聞いていた。
「あの子はね、死んでしまうのが早すぎたのよ。人間を糧とする私達が言える立場じゃないけど」
「妖夢なんかは……あれは使用人か」
「そう。あれはあれで、お互いにとって好ましい関係だと思うわ。でも、友人とは違う。
対等なのは桜ぐらいかしら。決して咲く事のないあの桜が……」
紫は神社の庭に咲いた桜を見上げた。
八部咲きぐらいの桜の木の花びらは夕日を受けて妙に赤く、根元に死体が埋まっているんじゃないかと思わしき色合いを見せた。
「じゃあ何か? 私にあの子の友達になれって事か」
「そういう事よ」
魔理沙の出した回答に対して、紫は苦笑しながら肯定した。
「お節介と思うなら笑って頂戴。でも見捨てる事が出来ないぐらい、あの子の事、良く知っているから」
再び苦笑。今度は自嘲的な笑みだった。
人間の、しかも死んだ者の心配をしている自分が滑稽に思えたのだ。
「そう言うの、なんか母親みたいだぜ」
「母親?」
「そう。人間は自分の生んだ子供を、そうやって守ってやったりするんもんだぜ」
「そうなの……私が、あの子の母親。だとしたら相当不出来な母親かも知れないわね」
「そうかもしれないな」
そう言って二人で笑った。なんだか妙に可笑しかった。
そうしてひとしきり笑ってから、魔理沙は頼み事への返事を言っていない事に気がついた。
「すでに魔女とか吸血鬼とかいるからな……幽霊一人ぐらい、どうってことないぜ」
親指で襖の向こうを指しながら、魔理沙ははっきりと答えた。
「向こうで寝てるのもいるけど、構わないよな?」
「……有難う」
こちらを見つめて礼を言う紫に、魔理沙は一度だけウインクをして見せた。
「そろそろお暇するわ。なんだかこれだけの事言うのにずいぶん時間取っちゃったけどね」
「風邪引くなよ」
「努力するわ……無駄に終わりそうだけどね」
「びしょ濡れだからな。何でそんなになってるんだ?」
「……」
なぜか紫は複雑な表情を見せた。
魔理沙にはなんでそんな顔をするのか理解出来なかった。都合のいい記憶回路である。
「まあ良いか。風邪引いたら見舞いぐらいは行ってやるよ」
「楽しみにしてるわ」
それを別れの挨拶にして、母代わりのすきま妖怪は虚空に溶けて、消えた。
部屋に戻った魔理沙は、すやすやと眠っている霊夢の側に近づくと額のタオルを裏返した。
そして耳元に唇を近づけ、起こさないように囁いた。
「霊夢、風邪治ったら……」
眠っている霊夢が少し頷いたような気がした。
「あーーーーーーー! キス! 今キスしたぁ!」
「魔理沙……私の事は遊びだったのっ!」
「いい加減お嬢様から離れんかこのパチュ助ー!」
一方、美鈴の部屋では。
「苦くないですかフランドール様?」
「大丈夫。美味しいよ」
「それは良かったです。点心もあるのでどうぞ」
「ありがと、美鈴」
二人とも、遠くの部屋から聞こえる騒音は強引に耳から追い出していた。
「風邪引いたらお見舞いに来てくれるんじゃなかったのかしら」
「そんな事より、私の尻尾枕にするの止めてくれませんか……」
あのカメラはきっと文が…。
あと、誤字を。
>引き咲かんばかりに
上からアリス、チルノ、美鈴、パチュリー、咲夜、レミリア、フランドールと予想。
答えはまず返ってこないだろうが・・・。
風邪に・・・・
お見舞いに行ってあげようね。
シリアスとほのぼのの絶妙なバランスが心に染みますね。