Coolier - 新生・東方創想話

永遠の協奏曲

2003/09/05 05:29:51
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始まりはずっと昔。
それは人間たちが記憶にとどめるには長すぎて、だけど
彼女たちが忘れてしまうには短すぎる、ずっと昔のこと。







「それはポルターガイストだね!」
なぜか嬉しそうに断言するリリカ。
「ぽるたあがいすと?」
レイラは“それなぁに?”の表情を浮かべる。

プリズムリバー伯爵の屋敷、ルナサの部屋。
伯爵の四人の娘たちは寝る前に集まっておしゃべりをするのが好きだった。
正確にはメルランとリリカとレイラの三人が“かしまし娘”で、
ルナサはいつも部屋に押しかけられて話の聞き役に回っている。
それでも彼女なりに意外と楽しんでいるらしい。
今日はレイラが部屋でヘンな音を聞いたと言い出したのが始まりだった。

「……ポルターガイストは、誰もいないのに椅子がガタガタ鳴ったり、
 足音がしたり、そういうイタズラをするオバケ」
「おばけ!?」
いきなりボソッと挟まれた説明を聞いて、レイラが泣きそうな顔になる。
まずい。
ルナサは迂闊にレイラを怖がらせてしまったことを後悔した。
普段は落ち着いた態度を崩さない彼女も、この時ばかりは慌てた。

「あ、いや、でも、まだそうと決まったわけじゃ、ない」
ルナサは妹が泣くことが一番の苦手だった。
さらに言えば妹をあやすのも同じくらい苦手だ。
妹のことが嫌いなのではない。それはむしろ正反対。
ただ、理詰めが通じない相手にはどうしていいか分からなくなるのだ。

「ねえ、レイラ。オバケじゃなくて妖精さんかもしれないわよ?」
しどろもどろのレイラを見かねたメルランが助け舟を出した。
こういうとき、メルランの優しげな笑顔は不思議と効果がある。
「妖精さん?」
「そう、うちみたいな大きなお屋敷にはね、妖精さんが住んでいるの。
 レイラに気づかずに、はしゃいでいたんじゃないかな」
「妖精さんかぁ……」

「でもやっぱりオバケかもよぉ?」
「リリカ!」
「あ、ウソウソ、妖精さんだね、ウン」
「ねぇお姉ちゃん、妖精さんだったら見てみたいな」
「……運が良ければ」

「あら、もうこんな時間。さ、今日はお部屋に戻りましょ」


そんなこんなでプリズムリバー邸はいつも賑やかだった。







ある日、伯爵はパーティに呼ばれて妻と共に出かけることになった。
娘たちは一晩だけお留守番である。

伯爵がそのことを告げると、素直に肯いたのはルナサだけで
メルランとリリカはパーティに出たいと騒ぐわ、
レイラは不安で父親の服の袖を掴んで離さないわ、一騒動であった。
しかし社交界ではパーティも仕事のうちである(と伯爵は語った)、
あまり子供の我が侭を通すわけにもいかない。
留守番といっても屋敷には召使いもいることだし、何の心配もないはずだ。

結局娘たちは大人の理屈には勝てず、並んで伯爵を見送ることになった。


翌日。

ルナサは部屋で本を開いてみたり、かと思えばまだ拙いヴァイオリンを
弾いてみたり、いつもより落ち着きがなかった。
両親の帰りが気にならないといえば嘘になる。
いくらルナサが“聞き分けのいい子”でも、それとこれとは別だ。

コン、コン。

控えめなノック。
ルナサは「開いてるよ」と返事をして扉を見やった。

……暫く待っても何の反応もない。

訝しく思って扉を開けると、そこには誰も居なかった。

“あれ?”

リリカのイタズラだろうか、と考えているとメルランが自室から出てきた。
廊下を見回すメルランと目が合う。

「今ノックをしたのは、姉さん?」
「え?」

きょとんとして問い返すルナサ。

「私の部屋、ノックしなかった?」
「して……ない」

二人で顔を見合わせる。

「やっぱりリリカのイタズラかしら」
「……確かめに行くか」
「そうね」
「行こう」

そういうことになった。


早速メルランがリリカの部屋をノックしようとした瞬間、

ガチャッ!

ごつっ!!

「~~~っ!!」

扉に押された自分の拳で顔面を強打し、鼻を押さえてしゃがみこむメルラン。
ノックのために顔の高さまで手を上げていたのが災いした。

「あああっ、ゴメン! 姉さん、大丈夫っ!?」

リリカがちょうど外に出ようとして扉を開け放った、らしい。

「いった~~~ぃ……気を付けてよね、嫁入り前の乙女の顔!」
「ゴメンって!
 でもさ、ノックしてそんな近くに立ってるのも悪いんだよ」

「……」

一呼吸おいて、ルナサが自分自身に確認するように呟いた。

「メルランはまだノックしてなかった」

「まったまたぁ。ルナサ姉さんが真面目な顔でそんなこと言うと
 私じゃなかったら信じちゃうよ?」
リリカは自分が姉たちにからかわれている、と思ったらしい。

「念のために聞くけど、リリカ、さっき私たちの部屋に来た?」
鼻をさすりながらメルランが訊ねた。
「なんで? 行ってないけど」

リリカは嘘をついてない、とルナサは感じた。
言葉に裏がない。
リリカが何か企んでいるときは言葉に嬉しそうな響きが混じる。

「そう。なら、いい」
「?」

なんだか腑に落ちない顔のリリカにルナサたちが事の次第を説明しようとした時。

「お嬢様! 旦那様と奥様が――」

召使いの声が聞こえるやいなや、レイラが部屋から飛び出してきた。
一目散に玄関ホールへと駆けていく。
たった一晩いなかっただけなのに、よほど恋しかったのだろう。

“……私も人のことは言えないか”

半ば苦笑し、半ば微笑ましく思いながら、ルナサたちも末の妹のあとから
両親を迎えに向かった。


しかし。


屋敷に帰ってきたのは彼女たちの両親ではなかった。
それは最悪の知らせだった。

――彼女たちは両親を亡くした。







伯爵が裕福な名士だったのも幸いし、子供たちにはそれぞれ養父が
見つかった。伯爵の親戚。親しい知人。

四人ともばらばらになってしまう。屋敷はいずれ処分される。
子供では逆らうことのできない――否、誰も逆らうことのできない
無慈悲な力で、プリズムリバー家は終わったのだ。

かつて騒々しいほどであった屋敷は静寂に包まれた。







おじさんはとても優しくていいひとだった。
おばさんの料理もおいしかった。
あたらしいお部屋も、ベッドも、べつに嫌いじゃなかった。

でもそこには、お父様も、お母様も、お姉ちゃんたちも――


“ごめんなさい、おうちにかえります”


レイラがその短い書き置きを残して姿を消したのは、とある夫妻が
彼女を引き取ってから数週間ほど経った朝のことだった。
その日、なかなか朝食に出てこないレイラを心配して
部屋に様子を見にいった妻がそれを見つけたのだ。

夫妻はすぐさまレイラを探しに出た。
行く先はプリズムリバー邸。曇り空の下、馬車を急がせた。
道を間違えるはずがない。
なのに……いくら馬を走らせても、いくら探しても、
見覚えのある屋敷は見えてこなかった。

結局、彼らがそこに辿り着くことはなかった。


行方不明。

人の世におけるレイラの生涯は
現実感の伴わないそんな単語で締めくくられた。







わたしは泣いていた。
ひとりぼっちで、ベッドにうずくまって。
なんの音も聞こえない。
わたしの泣き声だけが空っぽの家にひびく。

夜がくるとルナサお姉ちゃんの部屋にいった。

「お姉ちゃん?」
“……レイラか。入っていい”

いつもの声は、聞こえなかった。
その日はお姉ちゃんのベッドで眠った。


お姉ちゃんたちがお父様とお母様に褒められている夢を見た。
わたしは見ているだけだった。

「ねぇ、お父様?」

――答えてくれない。

「お母様?」

――答えてくれない。

「ねぇ! どうして――」


目が覚めるといつものように食卓へいった。
誰もいなかった。ごはんもなかった。

お姉ちゃんの部屋をひとつずつノックして回った。

「ルナサお姉ちゃん?」

「……メルランお姉ちゃん?」

「リリカお姉ちゃん……」

大きな屋敷は今日も静かだった。


そのとき。

バタン!

“玄関のドアだ!”

聞きなれたあの音。わたしは駆けた。
家の中で走ってはいけないといつも注意されていたけど、とにかく駆けた。

「お姉ちゃん!?」

玄関でわたしが見たのは閉じたままのドアとがらんどうのホールだった。


ギシ…ギシ……


ハッと天井を見上げる。
今度は足音が聞こえた。二階にお姉ちゃんがいる!
いつのまにかすれ違ってしまったみたい。
“階段はひとつしかないのに?”
ふとよぎった考えを頭から追い出すと、階段をかけのぼる。


ドアをひとつずつ開けては部屋の中を確かめていく。

「お姉ちゃん?」

ドアを開ける。がらんどうの部屋。

ドアを開ける。――がらんどうの部屋。

ドアを開ける。――――がらんどうの部屋。

“ねぇ、どこ? なんで返事してくれないの?”

わたしはいつのまにか声に出して叫んでいた。

「帰ってきてくれたんでしょ? お姉ちゃん!
 かくれんぼは止めて返事してよ、ねぇ! お願い、お姉――」

最後はのどがつまって声にならなかった。

その日は自分のベッドで眠った。


ふと、目が覚めた。窓の外はまっくらだ。
また悲しい夢を見ていたような気がする。


「……」

なんだろう。声?

「…から………は……」 

――声!

私はパッと跳ね起きると、声に向かって走った。
ルナサお姉ちゃんの部屋!
ノックもせずにドアを引き開けると、そこには

「レイラ、遅かったな。今日はもう寝ちゃったのかと思った」

「どうしたの、そんな顔して」

「まーた怖い夢でも見たんでしょ」


そこにはお姉ちゃんたちがいた。







メルランは時折り思い出す。
いや、一時も忘れたことなどないのかもしれない。
小さな女の子のこと――妹のこと。


“ずっと一緒だよね? もうどこにも行かないよね?”


四人でいっぱいお喋りをした。
四人で一緒に遊んだ。

メルランはいつも優しく笑っていた。それが妹の望みだったから。

妹はだんだん元気がなくなって、あまり動けなくなってしまった。
そのときのメルランにはどうしたらいいか分からなかった。
妹が欲しがっていた“食べ物”をどうすればいいのか誰も知らなかったのだ。
彼女たちは妹が望むとおりに振舞うことができたけど、それ以外のことは
まだ何も知らなかった。

それでもメルランは笑っていた。それが妹の望みだったから。


“私はお姉ちゃんたちと一緒にいられれば……”


ベッドから起きられなくなってしまった妹を寂しがらせないように、
彼女たちは音楽を作ることにした。
音を出すのは得意だったし、そのことを話すと妹は喜んでくれた。

できたばかりの曲を聴かせてるとき、妹が呟いた。


“ずっとこんなふうに、楽しく暮らしたいね”


それはあまりにも純粋で残酷な、呪いにも似た願いだった。
妹はその言葉を最後に動かなくなった。


それでもメルランは笑っていた。それが妹の望みだったから。

なぜかそのときだけは笑っているのが辛いと感じた。







そして彼女たちは今でも楽しく暮らしている。
レイラのいない大きな屋敷で、レイラの夢を守るために。


Never END.
うpろだ0472のヒトに先をこされたー!
アナザー解釈ということで一つ。

騒霊は子供の抑圧された感情が無意識に発現したもの、
という説がありましてそこから生まれたお話。
主観視点と客観視点が入り混じって分かりにくいかも。

・・・ちょっとメルラン贔屓入ってます。好きなのです。

PS.一回ちょこっと修正。
PS2.更に編集してみたり。一度公開したものをいじくるって反則気味?
ミタニ
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コメント



0.1190簡易評価
1.50奈々氏削除
良かったです、正直泣いた
2.40すけなり削除
修正版ですか。一度読んではいても、各々で追加がなされていて更に読み応えが良くなっていますね。
3.40ななすぃ削除
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……ッ!・゜・(ノД`)・゜・
4.40あお削除
いい話・・・・・。よすぎです!!
12.100名前が無い程度の能力削除
本当にいい作品なのに評価が低いと思う・・・