Coolier - 新生・東方創想話

雨を罵り そして太陽を呪い

2003/09/02 06:23:43
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(ちょっと暗いです。注意して読んでください)


「あれ? 姉様、咲夜は?」

 地下室から久しぶりに出てきたフランドールは、姉のレミリアを見るやそう言った。

「色々と買出しに行った見たいよ。確か人間用の食料を買いに行くとか言ってたわ」
「咲夜も血吸えれば良いのにね」
「人間は人間の血を吸えないわ」

 妖怪の血を吸って力を強める人間の術師と言うのは聞いたことがある。しかしそんなことしなくても彼女は充分強かった。
 試しに想像して見る……命乞いをする妖怪を掴み上げ、その喉笛にナイフを埋める。口から血の泡を吹き息絶える妖怪を愛しそうに抱き締め、出血を続ける喉に恍惚の表情で舌を這わせるメイド。その制服はすでに元の色は見えず、まるで元より真紅に染まっているかの様に彼女の肢体を包んでいる……。
 美しいかもしれないが、下手な吸血鬼よりずっと似合いすぎて怖い。レミリアは軽く頭を振った。

「パチュリーは? 図書館にいないなんて珍しいじゃない」
「魔理沙の家に行くって。なぜかこの雨の中ウェディングドレス着て行ったわ」
「なんでウェディングドレス?」
「さあ?」

 本当に何でだろう。嫁ぐつもりだろうか。
 彼女のドレス姿はあのまま「お嬢様、私幸せになります」とか言っても違和感がないぐらい決まっていた。近くに教会でもあったら紹介してやりたいぐらいだ。新郎と並んで幸せそうに笑うパチュリー。その新郎は……

「魔理沙じゃ駄目ね」
「どうしたの姉様?」
「何でも無いわ」

 想像を打ち切り、紅茶に取り掛かった。

「美鈴は? なんで門番がいないの?」
「……なんか紹興酒が切れたとか行って凄い勢いで買いに行ったわ」

 姉妹の頭の中には酔っ払って絡んでくる美鈴が思い出された。無理やり飲まされたパチュリーは急性アルコール中毒で倒れ、咲夜は泣き上戸で過去のことを語り始める(しかも酔ってる所為で時々ループする)しで散々だった。酒ってここまで人格を変える物なのかとその時思った。
 多分帰ってくるときも酔っ払っているだろう。

「……もう戻ってこなくていい」
「同感だわ……私も何で雇ってるのかしら」

 二人揃ってため息をついた。

「おなか空いた」
「血液パックなら台所にあるんじゃない?」
「輸血用パックってなんか味気無いんだけどなぁ」
「今日だけよ、我慢なさい。それに味にばらつきが無いから外れにあたる事も無いわ」
「今度霊夢の血吸ってみようかなぁ」

 フランドールが何気なくそう言った時、レミリアの目が敵意に光ったように見えた。

「……姉妹の血の繋がりより濃い物もあるって知ってる?」
「御免なさい姉様」

 フランドールは即座に謝った。
 レミリアの視線は『死よりも恐ろしい運命ってあるのよ』と語っていた。



 雨音を聞きながら、フランドールは台所で気の済むまで血を飲んでいた。台所はこの館の中でも数少ない、窓のある部屋だった。その窓の外に目をやった。空は曇っていて日差しは無く、フランドールも問題なく外を覗く事が出来た。
 しかし代わりに雨が降っていた。
 せっかく陽光が遮られても、忌々しい水滴の壁が彼女を閉じ込めていた。雲の無い陽光の中も、雲で覆われた空から降る雨の中でも、彼女達吸血鬼は歩けないのだ。
 世界の半分以上を奪われたような気がした。
 悔しかった。
 両手のこぶしを強く握る。何の力も無い水滴ごときに自分が封じられるなんて認めたくなかった。
 窓を開けて、雨粒を掬い取るように左手を伸ばしてみる。指先に水滴が当たり、途端、指が痺れる様な感覚が走った。しかし手を引く事はしなかった。負けまいとばかりに腕を突き出した。水滴が二つ、三つと落ちるたびに痺れは強くなり、焼けるように熱くなってきた。
 痛みを堪え、雨を求めるようにさらに手を伸ばした。手からは煙が出始め、痛みはさらに鋭く、焼き鏝を押し当てるような物に変わった。
 眼に涙が滲んだが、それでもやめなかった。
 その時、後ろでドアが開いた。レミリアが入ってきたのだ。

「フラン! あなた何を……!」

 彼女はフランドールの行為を見るとすぐに走り出し、その腕を掴んだ。年の差は殆どなく、むしろレミリアの方が身体が弱いこともあって止めさせるのに苦労したが、なんとか窓から引き離した。
 後ろに引っ張られた反動で二人とも床に尻餅を突いた。

「なんでこんな事したの! 私達は雨とは相容れないって、あなたも知ってるでしょう!?」

 怒られた。子供がストーブに手を突っ込んだようなものだから、怒られて当然だった。
 しかし怒鳴られると、フランドールは涙を堪え切れなくなった。
 昔の事、咲夜が雨の中をびしょ濡れになって帰ってきた時に、美鈴から渡されたタオルで髪を拭きながら苦笑していたのを見て、自分が惨めに感じたのを思い出した。自分には絶対にできない事が羨ましかった。
 それに後押しされて、さらに多くの涙が溢れた。
 涙を皮切りに大声で泣き出した。
 その時、フランドールは自分の両肩に手が回されたのに気がついた。
 普段はそっけない姉が、優しく抱いてくれていた。世界で一番大事な物を包む様に自分を抱いてくれたのだ。
 その胸の中で泣き続けた。外に降る雨に負けない程、涙を流した。



 赤くはれた目を姉に見られるのが嫌で、涙が止まってもフランドールは顔を上げなかった。
 フランドールの焼け爛れた左手をさすりながら、レミリアは声を発した。

「どうしてあんな事したの?」

 叱られるのかと思って縮こまった。それを感じ取ったレミリアは微かに笑うと、優しく聞きなおした。

「怒らないから、言って御覧なさい。ね?」
「……」

 どうやら話し始めるまで待ってくれるらしかった。まだ止まらないしゃっくりを鎮めて、フランドールは喋りだした。

「悔しかった」
「何が悔しかったの?」
「雨……」
「雨の日に外に出られない事?」
「皆……お出かけしてるのに、私と、姉様だけ出られないから」

 温かい日の光を受ける事も、恵みの雨に濡れる事も出来なくて、姉と二人だけこの世界から爪弾きにされているようで悲しかった。

「雨の中で濡れて帰ってきたり、姉様と一緒にお昼のベランダでお茶飲んだり……一度でいいから。二度も欲しがらないから!」

 そこまで言うと止まっていた涙が再び流れ出した。
 再びしゃっくりを上げて泣き始める妹を見て、レミリアは顔をフランドールの耳に近づけて語りかけるように話し始めた。

「咲夜って、凄い働き者じゃない?」

 何故いきなりメイドの話になるのか、フランドールは分からなかった。レミリアは構わず続けた。

「雨の中でも買い物に行ったりして、そのたびに濡れ鼠になって帰ってくるじゃない? その日も曇り空で、今にも降りそうな空だったのにあの子は出かけていったわ。案の定すぐに大降りになってね、私ったらタオル用意して玄関で待ってたの」

 可笑しいでしょ。
 そういって笑った。

「パチュリーには呆れられたけど、止められはしなかった。美鈴は自分の部屋で待ってればいいって言ってくれたけど、断った。咲夜が帰ってきたらすぐに行ってあげたかったから。一時間待って、二時間待って……出かけてから四半日してようやく咲夜が玄関を開けて入ってきた。タオル抱えてすぐに走って行ったわ。自分で言うのもなんだけど……母親を待ってる子供みたいだった。ああ、今でも見た目は子供だけどね」

 頭を撫でられた。くすぐったい感覚を感じながら、姉の言葉に耳を澄ませていた。

「でもね、咲夜に近づこうとしたら、『来ないで』って言われたの。私が雨に濡れるのが危険だから、びしょ濡れの自分に近づけたくなかったのね。そうわかってても、でも……やっぱり悲しかった。一人で部屋に閉じこもって泣いたわ。咲夜の為に用意したタオルで自分の涙拭く羽目になるなんてね」

 フランドールには自分の姉が泣くところが想像できなかった。いつも余裕で、すました表情を崩さないのがレミリアのイメージだった。

「その後咲夜が風邪で寝込んじゃって、あの時タオルで拭いてあげてたらって、自分の所為みたいに後悔した。そんなはずないのにね。でも自分を責めて……私何したと思う? 今思い出しても笑っちゃうんだけど」

 笑いを押し殺した小刻みな息遣いが聞こえた。

 私ね……今日のあなたと同じ事したのよ。腕を濡らすどころか雨の降る中に飛び出していったわ」

 とうとう笑いが堪え切れなくなったか、声を上げて笑い出した。

「そのとき寝込んでた昨夜が飛び起きて、家の中に引きずり戻してくれたわ。私も全身雨でやられたけど、そのあと悪化した咲夜の風邪の方が酷かったわね。
 風邪が治ってから咲夜に、なんであんな事したのかって聞かれた。私が正直に答えたら声出して笑われた。ひとしきり目の前で笑ってから、こう言ってくれたの」

『お嬢様が曇り空の下にいて、突然雨が降ったとしても、私が傘となりましょう。
 貴女が笑顔でいてくれるなら、私は冷たくは無いのですから。
 そしてもし……お嬢様が太陽を受けられない事に涙を流すなら、私も日の光を捨てましょう。
 貴女の側においていただけるなら、この身は日の光を受けるよりも温かくいられますから』

「その時ね、私は外に出られないことなんてどうでも良くなったの。太陽よりも雨よりも、もっと大切で温かい物が見つかったから……何かのろけ話になっちゃったわね。でもいくら欲しがっても手に入らない物もある。それよりかは、手に入る中でもっと大事な物を考えて見るのも大事だと思うわ」

 自分に見つかるだろうか。一時期破壊を撒き散らずだけの存在だった自分に。

「日の光よりも貴女を暖めてくれる、雨よりも貴女を潤してくれる……そういうもの、きっとあると思うわ」

 その言葉はフランドールの心に刻み付けられた。
 一生忘れる事は無いだろうと、思った。



 余談。

 咲夜もパチュリーも帰ってきた後、4人で食卓を囲んだ。
 パチュリー(ちなみにまだドレス姿)が魔理沙のことを嬉しそうに話し続け、咲夜は買い出し先で売られた喧嘩に片っ端から買い続けた事などを淡々と語っていた。
 その途中で玄関に妖怪の訪問者が来た。それはチルノと名乗った。

「湖に酔っ払いが流れ着いたんだけど、もしかしてここの人じゃない?」

 それを聞いた余人は一斉に答えた。

『違います』

 ボロボロになった美鈴が泣きながら帰って来るのは、次の日の夜の事だった。
お粗末でした。お読みいただいて有難うございます。
尻切れトンボな終わり方なのは承知しています。しかしこれ以上だらだら続けても意味が無いだろうからいっそ、という事でぶち切ってしまいました。そもそも、最初はギャグ書くつもりだったのですが……
考え無しに書くとこうなる、悪い見本。反面教師ぐらいにはなりますか?

おまけ。凄い嫌なタイプミス。
涙が溢れた→阿弥陀が溢れた
コンピューター様、私には想像つきません!
無線操り人形
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コメント



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1.30ななし削除
ちょっとホロリとさせられました。いい話です。ただ、雨で焼ける、というのは聞いた事がないので、ちょっとひっかかてしまったり。流れ水を自力で渡れない、もしくは、溺れる、というのはよく聞く事なのですが。
2.30奈々氏削除
グッジョブ( ^ー゜)b゙ です。吸血鬼の弱点については諸説ありますので…流れる水に関しても、力を封じられるだけのものから、滅びてしまうものまであります。ようは解釈の違いだと思うので、これはこれで可かと。シャワーをあてらえれて滅びた、なんて間抜けな吸血鬼の話もあるらしいですし。…私的には、スカーレット姉妹は強力な吸血鬼っぽいので、力を封じられる程度かな、とは思っていましたが。
3.10yos削除
demo
4.30yos削除
雨と吸血鬼の関係は、人によって見解が違うから難しいけど、これもアリだとおもいました~。グッジョブ☆前回の話と続いててちょっと笑えました。中国・・・かわいそ(ほろり)
5.50勇希望削除
いいですねー。うちも書いてみたいなー。
6.60YS削除
咲夜のセリフ、格好良すぎです。いい話でした。
『破壊を撒き散らずだけの~』、『それを聞いた余人は~』←誤字
23.50名前が無い程度の能力削除
まあ、雨と吸血鬼に関してはこれも有りですね。
火傷はしても死にはしないくらいなのでは。雨に当たらなくなればすぐさま治る程度で。
中国カワイソス。
あとメッセージおまけ大爆笑。一番の不意打ち。
31.70名前が無い程度の能力削除
うーん、ええ話や・・・・
ところで、一番笑ったのがメッセージのおまけだったりしますが。