冬が、終わる。
それは、春の始まりを指す。
春が、始まる。
それは、冬の終わりを指す。
「はる…」
気が付くと、彼女はそこにいた。ある時は歩きある時は飛び、そうしてかなりの時間と過程を経て。
彼女はいつの間にかそこにいた。元々同じ場所にいたのか突然現れたのか判らない。気が付けば、そこにいた。彼女がここにいる理由を知る者は居ない。そこは人も妖怪も存在する事が稀な大自然の奥深く。そもそも辺りに生物が居ないのだ。
「春が…来ない……。もう五月なのに…」
リリーホワイト。春を皆に伝える力を持つ妖怪である彼女は、降り続ける雪に塗れつつ呟いた。
無何有の果てに消えた問いの答えは、返らない。あるのは静寂と、それを打ち消すかの如くここに居る自分の存在。
彼女の言葉通り、五月を半ばに迎えた筈の幻想郷に春がない。空は雲に覆われていて夜が明けたのに薄暗く、森も山も白く彩られ、寒波も衰えず雪は積もる一方。それらは止むどころか、日が経つにつれて一層深まるばかり。
「でも…私がいる……。私が、此処に居る………」
冬が、終わる。
それは、春の始まり。
「私が、此処に居るという事は、春が…近い………。春が近くなると…私はそこに居る…」
リリーホワイト。春を伝える妖怪。
彼女が春を伝える事を期に、春が始まる。つまり、春が始まりが近いと、彼女も何処からか現れる。
そして春を伝えると、何処かに消えてしまう。
「春が…何処かにあるんだ……どこ…?どこにあるの?」
リリーホワイト。春を伝える、ただそれだけの妖怪。現れて役目を果たし、消える。ただそれだけの妖怪。
「探さないと…春を…見つけないと……」
春が始まる。
それは、冬の終わり。
「…待って」
「え…?」
雲の上を目指すべく、羽を広げ飛び立とうとしていたリリーに、声がかかる。ここは人気は勿論妖怪も居ない、まさしく無何有の郷。予想しない事態に純粋に驚く。
「…貴女、リリーホワイトね…?」
リリーが振り返ると、一人の少女が立っていた。雪化粧とはまさしくこれか、その青白い肌や威圧とも虚無とも取れる凍りついたような表情に、冬景色や雪景色がこれほどにまで似合う者は他に考えられない風貌だ。生物の気配もない此処の風景に自然と溶け込み、違和感もない。『似合う』の域を越えて、少女がここに居ることは当たり前にも感じる。
彼女もいつの間にかそこにいた。元々同じ場所にいたのか突然現れたのか判らない。気が付けば、そこにいた。それが当然と言わんばかりに。
「…ええ。私はリリーホワイト。貴女は…?」
「レティ・ホワイトロック」
若干ぶっきらぼうにレティは答えた。少しだけ、辺りが吹雪いてきた様に感じる。
「ねえ貴女…何処に行くの……?」
「春を…探しに、雲の上に。ここはもう探したから」
「ふぅん…」
静寂が、猛威を振るい始めた吹雪によって薄れていく。それに連れてレティの表情も少しずつ険しくなっていく。
「………」
「………」
二人は共に動かない。風が、雪が、寒波が周囲を覆い、まるでレティに慕うように、まるでリリーを押し潰さんとするかのように、『冬』という景色が広がりつづける。
春が始まり、冬が終わる。
それは、当然の事。
冬が終わり、春が始まる。
それは『運命』なんて似合わない当たり前。
「…何で?」
最早恒常と化した吹雪も深まり、全て凍りついたかの様な沈黙を破ったのは、レティだった。
「え…?」
「何で…そうするの?」
「…」
リリーはちょっとだけ、冷気を帯びた風が肌に当たる際、痛みを覚えた。
「え…っと……雲を超えれば、春が来たかどうかがわかりやすいから…」
「違うわ。そんな事を聞きたいんじゃないの」
力の篭ったレティの一言。それに合わせて首を軽く横に振った。
「貴女…それでいいの……?」
「ええ……他の妖怪や悪霊に邪魔されるかもしれないけど、それしか方法がないの」
「いや、だから違うって」
レティにとって的外れな返事を真剣に返され、質問した本人はやや呆れて突っ込む。
春が始まり、冬が終わる。
それに伴い、幾つかの命が芽吹く。
冬が終わり、春が始まる。
それに伴い、幾つかの存在が消え失せる。
「貴女…それでいいの?」
レティの口調は強くなり、同時に凍りついた空気が風となってリリーに吹きかかった。
「…?」
「春を伝えるのが、貴女。そうなんでしょう?なら…春を伝えた後の貴女は、何?」
急激に体温を奪う寒波に、リリーはほんの少しだけ俯いた。そして、今対峙している少女が冬の妖怪だと、今更気付く。吹雪そのものがレティの感情を表している様に虚空を舞う。風という風が、冷気という冷気が意思を持って存在していると、リリーには見えた。
「春を伝える。貴女はそれだけの存在…。たったそれだけの事をして、居なくなる。そうでしょう?春を伝えた後の貴女は、無い。そうでしょう?」
とある存在が春を伝えて、初めて春が始まる。
それは、冬の終わりを伝えることに他ならない。
冬の終わりが訪れる。
それは、春の始まりを伝えたことに他ならない。
「なのに…何で貴女は行くの…?…貴女、消えるのよ?」
言葉に滞りが感じられる。つられて、身を裂くような冷気が襲い掛かる。リリーはそれらろ身動ぎも
せずに全身に浴びる。
会話では表に出していない様にしてはいるが、リリーには何となく理解できた。
リリーが春を伝える。それはレティにとっても『自分が消える』という事。
今、目の前に居る妖怪は、冬に現れ冬と共に生き、冬と共に消える。
そして冬の終わりは、もう近い。何故ならリリーが此処に存在するから。
「何で?…貴女、それでいいの?消えるのが怖い、なんて思ったこと…ない?」
春を伝えて、春が始まり冬が終わる。
春を伝える事は、季節の境界。
冬の終わりと春の始まりは、春を伝えて初めて起きる。
すなわち、春が伝わる事がなければ、春は来ない。
「……答えて」
「………」
寒波が、止んだ。吹雪が急に途絶え、その猛威に晒されていたにも関わらず、リリーは今までただ立ち尽くしていただけだったことに気が付く。ずっとレティを見つめていたのだろうか。
目の前の少女、レティは自分と相反する者。なのにリリーはレティを見ていると、自分と似ている様に思えてならない。当然のように現れて当然のように消えていく自分と同じに…。
「…お願い、答えて…」
レティは無音に帰した白銀の世界にすら掻き消されてしまいそうな声で呟いた。
そして、一瞬の静寂。
リリーがきょとんとしつつも、ゆっくりと口を開く。
答えなど無い。有るのは『いつも通り』な自分のあり方。
「何故って…それが……私だからですよ。私は、春を皆に伝える者ですから」
何があろうと変わらず揺るがない事実。
冬が終わり、春が始まる。
それは『運命』なんて似合わない当たり前。
それは『絶対』なんて思いもすらしない必然。
「……それだけ…?」
「ええ、そうですけど。…用件は終わりですか?私、急いでるんですけど…」
「……」
今度はレティが口を紡ぐ番だった。それなりに辛い『当たり前』をも、この妖怪は事も無げに受け止めている。まさしく日課となった仕事に出掛ける様に『当たり前』と言わんばかりに。
春を伝えるだけに存在する自分を、そしてそれを追えると何処かへと消えてしまう自分を、それが当たり前とも思われている自分を。知っていて、それでもそれが自分と言えるリリーのあり方に。
正直、言葉にならなかった。
「…ごめん、引き止めて……もういいわ。気を付けてね」
複雑な心境を押し殺し、無理矢理作った無表情のままレティはそう言った
「はい、ありがとうございます。では…」
そう言い残し、リリーはレティに背を向けて翼を広げた。
そして迷いもためらいも無く、己の羽で空に舞い、そのまま白銀の彼方に消えていった。
「それが私…か」
リリーが雲上を目指し飛び去ってしばらくの間。無何有に残されたレティは、その後も動く事無く一人でリリーの言葉を反復していた。
「…」
面持ちが自然と暗くなる。悲しい訳でも辛い訳でもない、けれど儚くも虚しい心境。まるで遊んだ後の後片付けをしているような気分だ。
「リリーホワイトを何とかすれば、もうちょっと幸せで…いれたかもしれないけど……」
鮮やかなる白に包まれて、いつもの様に冬の風に身を任せるレティ。
しかし、そんな日々もここまでなのだ。
「やっぱり…春が来るんだね…」
何故なら、リリーホワイトが現れたから。
春が始まり、冬が終わる。
それは、当然の事。
冬が終わり、春が始まる。
それは『運命』なんて似合わない当たり前。
リリーが現れたと言う事は、春が近いと言う事であり、冬が終わると言う事。
冬が終わると言う事は…
「じゃあ…冬が終わって……私が居なくなるのも…当然なのかなぁ…?」
言って、突然体に力が入らなくなった。虚無感か脱力感か、とにかく立っていられなくなってきた。
そのままレティは倒れてしまった。積もった雪に身を委ねて、心地よい冷たさが全身を伝う。
「…もう…か。今年の冬は……長かったな…」
そして睡魔がレティを誘う。先程なけなしの春を持った人間と戦ったせいか、疲れが出ていたのだろう。しかし今はそんな理由だけではないと本能的に察していた。
リリーがここを飛び立ち、それなりに時間が経った。丁度良い頃合いだ。道中で悪霊や妖怪にやられてなければ、きっと今ごろ雲の上で春を見つけられたのだろう。それを誰かに伝えられたのだろう。
すなわち、今から春が訪れる。
すなわち…
「……やっぱり…それが私………だから……なのかな………」
ゆるやかにゆるやかに、意識は闇の中へと沈んでいく。
「………このまま消えるのも………当然…………か………」
雪の冷たさも睡眠で得られる快楽も無く、ゆっくりと損なわれていく感覚を胸に、レティはその瞳を閉じた。
そしてレティは、今年最後の夢を見る。
どんな夢かは分からない。
何故なら、本人に聞いて確かめようにもその後レティを見たものは、居ないから。
冬が、終わる。
それは、春の始まりを指す。
春が、始まる。
それは、冬の終わりを指す。
それは『運命』なんて似合わない当たり前。
それは『絶対』なんて思いもしない必然。
そして春は、訪れる。
それは、春の始まりを指す。
春が、始まる。
それは、冬の終わりを指す。
「はる…」
気が付くと、彼女はそこにいた。ある時は歩きある時は飛び、そうしてかなりの時間と過程を経て。
彼女はいつの間にかそこにいた。元々同じ場所にいたのか突然現れたのか判らない。気が付けば、そこにいた。彼女がここにいる理由を知る者は居ない。そこは人も妖怪も存在する事が稀な大自然の奥深く。そもそも辺りに生物が居ないのだ。
「春が…来ない……。もう五月なのに…」
リリーホワイト。春を皆に伝える力を持つ妖怪である彼女は、降り続ける雪に塗れつつ呟いた。
無何有の果てに消えた問いの答えは、返らない。あるのは静寂と、それを打ち消すかの如くここに居る自分の存在。
彼女の言葉通り、五月を半ばに迎えた筈の幻想郷に春がない。空は雲に覆われていて夜が明けたのに薄暗く、森も山も白く彩られ、寒波も衰えず雪は積もる一方。それらは止むどころか、日が経つにつれて一層深まるばかり。
「でも…私がいる……。私が、此処に居る………」
冬が、終わる。
それは、春の始まり。
「私が、此処に居るという事は、春が…近い………。春が近くなると…私はそこに居る…」
リリーホワイト。春を伝える妖怪。
彼女が春を伝える事を期に、春が始まる。つまり、春が始まりが近いと、彼女も何処からか現れる。
そして春を伝えると、何処かに消えてしまう。
「春が…何処かにあるんだ……どこ…?どこにあるの?」
リリーホワイト。春を伝える、ただそれだけの妖怪。現れて役目を果たし、消える。ただそれだけの妖怪。
「探さないと…春を…見つけないと……」
春が始まる。
それは、冬の終わり。
「…待って」
「え…?」
雲の上を目指すべく、羽を広げ飛び立とうとしていたリリーに、声がかかる。ここは人気は勿論妖怪も居ない、まさしく無何有の郷。予想しない事態に純粋に驚く。
「…貴女、リリーホワイトね…?」
リリーが振り返ると、一人の少女が立っていた。雪化粧とはまさしくこれか、その青白い肌や威圧とも虚無とも取れる凍りついたような表情に、冬景色や雪景色がこれほどにまで似合う者は他に考えられない風貌だ。生物の気配もない此処の風景に自然と溶け込み、違和感もない。『似合う』の域を越えて、少女がここに居ることは当たり前にも感じる。
彼女もいつの間にかそこにいた。元々同じ場所にいたのか突然現れたのか判らない。気が付けば、そこにいた。それが当然と言わんばかりに。
「…ええ。私はリリーホワイト。貴女は…?」
「レティ・ホワイトロック」
若干ぶっきらぼうにレティは答えた。少しだけ、辺りが吹雪いてきた様に感じる。
「ねえ貴女…何処に行くの……?」
「春を…探しに、雲の上に。ここはもう探したから」
「ふぅん…」
静寂が、猛威を振るい始めた吹雪によって薄れていく。それに連れてレティの表情も少しずつ険しくなっていく。
「………」
「………」
二人は共に動かない。風が、雪が、寒波が周囲を覆い、まるでレティに慕うように、まるでリリーを押し潰さんとするかのように、『冬』という景色が広がりつづける。
春が始まり、冬が終わる。
それは、当然の事。
冬が終わり、春が始まる。
それは『運命』なんて似合わない当たり前。
「…何で?」
最早恒常と化した吹雪も深まり、全て凍りついたかの様な沈黙を破ったのは、レティだった。
「え…?」
「何で…そうするの?」
「…」
リリーはちょっとだけ、冷気を帯びた風が肌に当たる際、痛みを覚えた。
「え…っと……雲を超えれば、春が来たかどうかがわかりやすいから…」
「違うわ。そんな事を聞きたいんじゃないの」
力の篭ったレティの一言。それに合わせて首を軽く横に振った。
「貴女…それでいいの……?」
「ええ……他の妖怪や悪霊に邪魔されるかもしれないけど、それしか方法がないの」
「いや、だから違うって」
レティにとって的外れな返事を真剣に返され、質問した本人はやや呆れて突っ込む。
春が始まり、冬が終わる。
それに伴い、幾つかの命が芽吹く。
冬が終わり、春が始まる。
それに伴い、幾つかの存在が消え失せる。
「貴女…それでいいの?」
レティの口調は強くなり、同時に凍りついた空気が風となってリリーに吹きかかった。
「…?」
「春を伝えるのが、貴女。そうなんでしょう?なら…春を伝えた後の貴女は、何?」
急激に体温を奪う寒波に、リリーはほんの少しだけ俯いた。そして、今対峙している少女が冬の妖怪だと、今更気付く。吹雪そのものがレティの感情を表している様に虚空を舞う。風という風が、冷気という冷気が意思を持って存在していると、リリーには見えた。
「春を伝える。貴女はそれだけの存在…。たったそれだけの事をして、居なくなる。そうでしょう?春を伝えた後の貴女は、無い。そうでしょう?」
とある存在が春を伝えて、初めて春が始まる。
それは、冬の終わりを伝えることに他ならない。
冬の終わりが訪れる。
それは、春の始まりを伝えたことに他ならない。
「なのに…何で貴女は行くの…?…貴女、消えるのよ?」
言葉に滞りが感じられる。つられて、身を裂くような冷気が襲い掛かる。リリーはそれらろ身動ぎも
せずに全身に浴びる。
会話では表に出していない様にしてはいるが、リリーには何となく理解できた。
リリーが春を伝える。それはレティにとっても『自分が消える』という事。
今、目の前に居る妖怪は、冬に現れ冬と共に生き、冬と共に消える。
そして冬の終わりは、もう近い。何故ならリリーが此処に存在するから。
「何で?…貴女、それでいいの?消えるのが怖い、なんて思ったこと…ない?」
春を伝えて、春が始まり冬が終わる。
春を伝える事は、季節の境界。
冬の終わりと春の始まりは、春を伝えて初めて起きる。
すなわち、春が伝わる事がなければ、春は来ない。
「……答えて」
「………」
寒波が、止んだ。吹雪が急に途絶え、その猛威に晒されていたにも関わらず、リリーは今までただ立ち尽くしていただけだったことに気が付く。ずっとレティを見つめていたのだろうか。
目の前の少女、レティは自分と相反する者。なのにリリーはレティを見ていると、自分と似ている様に思えてならない。当然のように現れて当然のように消えていく自分と同じに…。
「…お願い、答えて…」
レティは無音に帰した白銀の世界にすら掻き消されてしまいそうな声で呟いた。
そして、一瞬の静寂。
リリーがきょとんとしつつも、ゆっくりと口を開く。
答えなど無い。有るのは『いつも通り』な自分のあり方。
「何故って…それが……私だからですよ。私は、春を皆に伝える者ですから」
何があろうと変わらず揺るがない事実。
冬が終わり、春が始まる。
それは『運命』なんて似合わない当たり前。
それは『絶対』なんて思いもすらしない必然。
「……それだけ…?」
「ええ、そうですけど。…用件は終わりですか?私、急いでるんですけど…」
「……」
今度はレティが口を紡ぐ番だった。それなりに辛い『当たり前』をも、この妖怪は事も無げに受け止めている。まさしく日課となった仕事に出掛ける様に『当たり前』と言わんばかりに。
春を伝えるだけに存在する自分を、そしてそれを追えると何処かへと消えてしまう自分を、それが当たり前とも思われている自分を。知っていて、それでもそれが自分と言えるリリーのあり方に。
正直、言葉にならなかった。
「…ごめん、引き止めて……もういいわ。気を付けてね」
複雑な心境を押し殺し、無理矢理作った無表情のままレティはそう言った
「はい、ありがとうございます。では…」
そう言い残し、リリーはレティに背を向けて翼を広げた。
そして迷いもためらいも無く、己の羽で空に舞い、そのまま白銀の彼方に消えていった。
「それが私…か」
リリーが雲上を目指し飛び去ってしばらくの間。無何有に残されたレティは、その後も動く事無く一人でリリーの言葉を反復していた。
「…」
面持ちが自然と暗くなる。悲しい訳でも辛い訳でもない、けれど儚くも虚しい心境。まるで遊んだ後の後片付けをしているような気分だ。
「リリーホワイトを何とかすれば、もうちょっと幸せで…いれたかもしれないけど……」
鮮やかなる白に包まれて、いつもの様に冬の風に身を任せるレティ。
しかし、そんな日々もここまでなのだ。
「やっぱり…春が来るんだね…」
何故なら、リリーホワイトが現れたから。
春が始まり、冬が終わる。
それは、当然の事。
冬が終わり、春が始まる。
それは『運命』なんて似合わない当たり前。
リリーが現れたと言う事は、春が近いと言う事であり、冬が終わると言う事。
冬が終わると言う事は…
「じゃあ…冬が終わって……私が居なくなるのも…当然なのかなぁ…?」
言って、突然体に力が入らなくなった。虚無感か脱力感か、とにかく立っていられなくなってきた。
そのままレティは倒れてしまった。積もった雪に身を委ねて、心地よい冷たさが全身を伝う。
「…もう…か。今年の冬は……長かったな…」
そして睡魔がレティを誘う。先程なけなしの春を持った人間と戦ったせいか、疲れが出ていたのだろう。しかし今はそんな理由だけではないと本能的に察していた。
リリーがここを飛び立ち、それなりに時間が経った。丁度良い頃合いだ。道中で悪霊や妖怪にやられてなければ、きっと今ごろ雲の上で春を見つけられたのだろう。それを誰かに伝えられたのだろう。
すなわち、今から春が訪れる。
すなわち…
「……やっぱり…それが私………だから……なのかな………」
ゆるやかにゆるやかに、意識は闇の中へと沈んでいく。
「………このまま消えるのも………当然…………か………」
雪の冷たさも睡眠で得られる快楽も無く、ゆっくりと損なわれていく感覚を胸に、レティはその瞳を閉じた。
そしてレティは、今年最後の夢を見る。
どんな夢かは分からない。
何故なら、本人に聞いて確かめようにもその後レティを見たものは、居ないから。
冬が、終わる。
それは、春の始まりを指す。
春が、始まる。
それは、冬の終わりを指す。
それは『運命』なんて似合わない当たり前。
それは『絶対』なんて思いもしない必然。
そして春は、訪れる。
言葉足らずで申し訳ないですが。