少し暗い話の為、覚悟して読んでください。
覚悟してまで読む価値が有るかは知りません。
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「始めまして」
「始めまして。あんた誰?」
その二人が出会ったのは深夜、それも満月が美しく望める夜の事だった。
「私はルーミア。この辺に住んでるの」
「フランドールよ。いつもは紅魔館から出てないんだけど、今日は皆お茶飲んでるからその目を盗んで出てきたの」
「いつも家の中にいるの?」
「うん。危ないからって出して貰えないのよ」
「危ない?」
「全然。それどころか何も無いから飽きちゃった。人間でもいれば血でも吸ってやろうと思ってたのに」
「ふーん。あなた吸血鬼なんだ?」
「そうよ」
「暇なら……少し私の話に付き合って見ない?」
「どんな話?」
「……時々、誰かに話したくなる話」
結構昔の話。あなたが生まれてるかどうか知らないけど……そう言えばあなた何歳?
(495歳。お姉さまは500歳なのよ)
へえ、見た目より長く生きてるのね。でも、あなたが生まれるよりは前の話なの。
この結界に守られた里の中に一人の妖怪がいたの。
その妖怪は影と闇に住み、人間や、時には妖怪すら面白半分に殺したり、暗闇に閉じ込めて死ぬまで弄んだりしてた。
いっぱいいる妖怪の中でも、結構強い部類だと思う。面白半分に殺した妖怪の中には、あなたのお仲間の吸血鬼もいたぐらい。
(凄いんだ。その妖怪って)
もうこの世にはいないけど。彼女……その妖怪は女の子だったんだけど、暗闇というどこにでも存在するありふれた物から生まれた。だからこそ強い力を持ち得たのかもしれない。
それである時、その妖怪は一人の符術師の男に会ったのよ。
(お札とか使う人のこと?)
そうそう、そんな人。
出会った符術師は、その妖怪に比肩するほどの強さを持っていたの。真の闇の恐怖すら物ともせず、果敢に戦いを挑んできたわ。
一戦を交えた妖怪は、何で人間がそれほどの力を持ったのか、その男に興味を持ったの。妖怪は何らかの形で人間を食べるし、力の強い人間なら自分を高めるいい材料にもなる。そういう打算も有ってね。
それからと言うもの、戯れで誰かを殺すような事もせずにその男を見張ってたの。その男も感づいていたらしいんだけど、攻撃はしてこなかった。様子を見ていたんだと思う。
でも遠くから見ていたのでは何も判らない。そう思った妖怪は、男が眠っているときに忍びこんで一気に接近しようとしたの。
(知ってる。そういうの「夜這い」って言うんでしょ?)
どこで覚えたのそんな言葉。まあいっか。
でも逆に妖怪は捕らえられてしまって、その符術師の住む家の地下に閉じ込められたわ。
力の殆どを封じられて逃げることもできなかった。男はそこに追い討ちをかけた。その妖怪が今までやってきた事を全てその身に返すかのように、弄り、辱めた。
(……えっちな事とかも?)
……されたかも知れないね。
それは死んでしまいたいほど辛かった。今まで自分がこんな風に為すがままにされることなんて無かったから、凄く惨めだった。もう逆らう気力も失せた。二度と目を開けたくないって、そう思うぐらい。
男はそれを待ってたみたい。そしてこう言ったの。『使い魔として、自分の物となれ。そうすればここから出してやる』って。
妖怪は一も二も無く、すぐに従った。ここから出られるならどこでも良いって。
使い魔になった後は、特に食事も取らないで済んだ。ただ毎日少しの血を分けてもらえば生きていられた。
男も今までと比べてずっと優しかった。
(その間は誰も殺さなかったのね)
そう。誰も傷つけなかった。
一年、二年と過ぎると、二人は主人と使い魔以上に側にいるようになった。お互い好きになってたの。まるでかけがえの無い夫婦みたいに。今までの長い生よりもその時が一番幸せだったんじゃないかな。
でも、その頃になって妖怪の方に変化があった。人間を食べたくなったの。それも耐えられない程身体が欲しがっていた。
でも妖怪は必死で隠してた。知られたら一緒にいられなくなる。人間と妖怪に別れて、争わなきゃいけなくなるって。
でもそんなのやせ我慢にもならなかった。見る間に衰弱して、男にも異変がすぐに分かった。
(じゃあ、その妖怪は殺されちゃうの?)
ううん。
男は諦めなかった。自分の力を駆使して妖怪の力を多くを封じてしまう代わりに、人を食べる衝動も抑える。そうすれば、これからもずっと一緒にいられるって。
それは成功したように見えたけど、すぐに効果は破られてしまった。男の血だけで命を繋ぐなんて、今まで無理をしすぎてたの。抑えられるわけ無かった。
でも妖怪は人を食べるまいとして、ずっと苦しみ続けた。男が側にいてくれるならそんな苦しみなんて何でも無いって思い込んで。
(そんなことしたら死んじゃうじゃない!)
男もそう思った見たい。だから最後の手段に出た。
呪符をリボンに仕立てて髪の毛に結んだ上で、自分の体を妖怪に食べさせるの。そうして自分の力を取り込めば、内側から衝動を抑えられて、もう人を食べなくても生きていけるようになる。
妖怪の方はそんな事望むはず無かった。だって今まで生きてきたのも、その男と一緒にいたかったからだもんね。
でも幾ら止めても聞かなくて、男は自分の胸を刺した。死んだら自分の体を食べてくれって言い残して、死んだの。
目の前で見ていながら止められなかった妖怪は、まだ温かい遺体を抱いて泣きながら、顔を血と涙で濡らしながら……食べたの。
(……それで、どうなったの?)
その目論見は成功したみたい。姿は子供みたいになっちゃったけど、殆ど食べなくても生きていけるようになった。
でもその妖怪は今も泣き続けてる。きっと、死ぬまで。
「……」
「……」
話が終わってから、二人は黙り込んでいた。
月は相変わらず二人を照らし、辺りは鳥の鳴き声が微かにするだけだった。
フランドールはルーミアの顔を見た。どこか遠く、それも時間的に遠くを見ているような、悲しげな顔をしていた。
幼い顔にしては、自分でも及びもつかない長い年月を感じさせるような。
「つまんない話だったでしょ。ゴメンね、つき合わせちゃって」
ルーミアは立ち上がってそう言った。もう笑っていた。
頭のリボンが風で揺れたのがなぜかフランドールの目に焼きついた。
「もう行くけど。あなたはどうするの?」
「……少し、ここに居たい。月なんて見るの久しぶりだから」
「そうなんだ……じゃあ、バイバイ」
引き止める間もなく飛び去ったルーミアの後ろ姿を、フランドールは仕方なく見送った。
ややあってフランドールは、ルーミアのリボンの模様が何かの呪の様に見える事に気がついた。
点入れ忘れ