普段よく知る人の意外な一面って言う物は、なかなか出会えない物であるが故に魅力的に見えたりするもので。
ある日、紅魔館の門のそばで交わされた会話。
「ねえ、中……美鈴」
「そのまま言い切ったらいくらメイド長相手でも何していたか……何でしょう」
「(滅多な事言わないようにしよう)あそこの飾ってあるの、何かしら」
言わずと知れた紅魔館のメイド長、咲夜は傍の壁の一面を指差して言った。
そこには二振りの大振りの刃物、要するに刀剣が掛けられていた。
「剣ですよ。正確には青龍刀です。柳葉刀とも言いますね」
「それは見れば分かるわ」
「曲線が綺麗でしょう?」
「そうね。意匠を凝らしたナイフも良いけど、ああいうのも悪くない……じゃなくて」
最後を少し強めに言って、咲夜は強引に話の主導権を奪った。
驚く美鈴を見据えて、はっきりと一言。
「あんなの、少なくとも一昨日までは無かったわよね」
「……ええ。昨日飾りましたから」
「お嬢様がここ通るたびに怖がるんだけど」
「レミリア様じゃなくて、幼い方の……『れみりゃ』様の方ですね」
彼女らの主人である吸血鬼、レミリア・スカーレットのことである。
年を取らない吸血鬼だけあって、外見は幼い少女の物だが、内面はもう少し成熟した女性のそれである。
ただし、何の因果か時折内面が外見年齢を下回るときがあり、その時の幼さを表現するために『れみりゃ』と呼ばれている。
「そうよ。後二日ぐらいあの調子だから、その間は見えない場所に仕舞ってくれない?」
「そのぐらいなら構いませんよ。でも咲夜さんのナイフは怖くない見たいなのに、何ででしょうね」
「あそこまで大きな刃物が怖いのよ。お嬢様、ナイフぐらいなら自分でも投げてるから……それにしても綺麗ね」
咲夜もその曇りのない刃に惹かれたらしく、そっと指で刃を撫ぜていた。刃は穏やかなランプの明かりを反射しながら、メイド長の端整な顔を鏡のように映し出した。
「貴女、これどうしたの?」
「前から持ってましたよ。最近は使いませんから」
「へえ、刀なんて使えるのね」
「……もう体も鈍ってるかも知れませんね。剣舞の披露なら今でもできるでしょうが」
それを聞いたメイド長は、どうやら少し興味を示した模様。
「今でもできるの?」
「まあ、やれと言われれば」
「やれ」
「いきなり命令形!?」
「『やれと言われれば』と言ったのは貴女よ」
「言葉通りに受け取りますか普通」
「じゃあ、犯(や)れ」
「命令形なのは変わってないし! て言うかある意味で悪化?」
「刑事を犯れ?」
「それは要らない聞きたくない。て言うか脈絡ないですよ」
美鈴はそれだけ言うと息を落ち着け、改めて言った。
「……見たいですか? 私のが」
「言葉だけ聞くと誤解されそうだけど、見たいわ」
「でも上手く出来るかなぁ……」
「貴女って健康的でスタイル良いし、きっと決まると綺麗なんでしょうね」
「うーん……恥ずかしいですけど」
「綺麗な弾幕以外に売りの一つもないと、地味に拍車かかるわよ?」
「今ここで刀の錆になりたいですか抜き付け(抜刀後の初撃の事)早いですよ得意でしたよ昔から」
「ごめんなさいまだこの世に未練あるからお嬢様と結ばれるまでは絶対に死ぬわけには」
物凄いスピードで脅し文句と命乞いが応酬されていった。
「ふう……少しだけですからね」
「チャイナドレスとかに着替えるとより綺麗かも知れないわよ?」
「そこまで要求しますか。じゃあそうしてきますから待っててくださいね」
そう言い残して、美鈴は部屋の奥へ消えていった。
残された咲夜は青龍刀を間近で眺めていたが、ふとある事に気がつき、弾かれる様に奥の部屋の扉へ向かった。時間を止めて扉を開け、中を覗き、その後自分の胸を見て敗北感に満ち満ちた表情となり、元の部屋に戻って時間の流れを解放し、うな垂れた様になって椅子に腰掛けた。
ようやくして、奥から着替え終わった美鈴がドアを開けて出てきた。青系統のチャイナドレスが、彼女の赤い髪との対比が鮮やかに映えていた。
「お待たせしました……なんか暗いですけど、どうしました?」
「貴女普段何食べてるの?」
「は?」
「何でもない……忘れて」
「はぁ。ではお目汚しかとは存知ますが、少しの間お付き合い下さい……こんな格好でやる事じゃない気もしますが」
そういうと刀を手に取り部屋の中央の陣取った。窓の方を見ると月が明るい。今夜は月明かりのみで舞うのも良いだろうと思った。
ランプを吹き消し、二本の剣を両手に持って自然体となった。深呼吸を一度、そして目を閉じた。
やがて、美鈴はゆっくりと舞い始めた。
時に緩やかに、時に激しいその舞は咲夜の目を釘付けにするのに充分な美しさがあった。
二本の刀が光の尾を曳いて、その光は帯のように美鈴の身体に絡み付いたり、蝶の羽のように大きく広がったりもした。
効率よく敵を殺傷するための動きのはずなのに。いや、そのような動きだからこそ。窓からの蒼い月光を反射した冷たい鉄、白く伸びやかな脚の運び、美しい顔は目を閉じたままの無表情で、それら全てが恐れを孕んだ美を生み出していた。
自分で入れた紅茶が、一口も飲まないうちに冷めてしまった事に気づいた時には舞は終わっていた。
「少しはお気に召しましたでしょうか?」
「……綺麗、だったわ。いっそ怖いぐらい」
その返事を聞いた舞手は顔を綻ばせた。額には玉の汗が浮かんでいたが、それすらも今は魅力的に見えた。
「本当に、もっと見ていたかった。見終わったのが惜しいって思ったもの」
「そこまで言われると……照れくさいですね」
「照れる必要ないわ。過剰評価なんてしてないから。ただ……」
「ただ?」
その一言で不安げな顔をする美鈴。少し意地悪になった気分だが、これだけは言っておきたかった。
「胸の大きさで格差つけられたのはショックだったけど」
やっぱり咲夜さんは貧ny(殺人ドール