Coolier - 新生・東方創想話

セラギネラ・カノン

2003/07/28 00:09:30
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――退屈だ。
紅魔館の門番、紅美鈴は考える。
「せめて、雨がやめばね」
長雨だった。
こんな日には、来訪者もまずない。(もとより、そう客の多い館ではないが)
退屈しのぎに麻雀でもやろうかと思っても、
彼女の部下たちはいずれも役や点数計算はおろか、
親と子の関係すら憶えようとしない連中だったから、どうにもしようがない。
部屋の隅で埃をかぶっている雀卓に目をやって、美鈴はため息をつく。
「……あの子が、いればね」
思い出していた。
かつて、ともに卓を囲んだ相手のことを。


その少女がやってきたのは、ある夜のことだった。
美鈴が部屋でうすぼんやりとしているところへ
音もなく入ってくると、自分のスカートの裾をちょんとつまんで挨拶した。
「こんばんは」
彼女が悪魔の眷属であることは一目でわかった。
そう大した力の持ち主ではないらしいことも。
「こんばんは、悪魔さん。……で、何の用?」
「端的に云いますと」と彼女。「わたしを雇っていただきたいのです」
華人小娘は首をかしげた。
そもそも、悪魔というのはプライドが高く、容易に他者に膝を屈せぬものである。
それは大いなる悪魔だろうが、とるにたらぬ小悪魔だろうが変わらぬはず。
そう云うと、悪魔――というよりは小悪魔の少女はうっすらとほほ笑み
「なに、ほんの気まぐれです」
それはまったくありそうなことだったので、美鈴は彼女を信じた。
「それなら、上に打診してみるけれど。……どこか、やりたい仕事があるの?」
「あえて云いますと」と小悪魔。「あなたの下で働きたいと思います」
再度、紅美鈴は首を傾げた。

小悪魔の少女が最初に憶えたのは、麻雀だった。
門番というのは概して退屈な仕事であり、暇潰しのためには
こうした娯楽も必要なのだ……と、美鈴は熱弁をふるったものである。
少女はなるほど悪魔だけあって憶えはよく、半荘を三度もやると
すっかりルールを把握し、美鈴とても手を抜けないほどの技量を得た。
二人打ちの麻雀だったが、退屈しのぎには格好だったから、
美鈴は良き敵手の出現を喜んだ。
また彼女は衛士としても有能だった――有能すぎた、と云うべきかもしれない。
その圧倒的な魔力は他の同僚とは比較にならなかったし、
ことに巨大魔法弾の制御にかけては美鈴も一歩を譲らざるを得ないほど。
それだけの力を持ちながら、なぜ一衛士たろうとするのか?
と訊ねると、きまってほほ笑みながら
「率直に云いますと、あなたを慕っているからです」
などと、はぐらかすのだった。


「あの子、いい子ね」
ある日、美鈴は館のメイド長に呼ばれた。
彼女は人間の身でありながら、紅魔館の実権を一手に握るやり手である。
「あの子、といいますと?」
ナイフをもてあそびながらメイドが云うには
「ああ……名前はど忘れしてしまったけれど。あなたのところにいる小悪魔よ」
ナイフを頭上に放る。次の瞬間、美鈴の背後の壁に刺さっている。
「彼女が何か……?」
「なかなかの器量だそうじゃない? 一衛士のままにしておくのは惜しいでしょ」
ナイフを床に放る。次の瞬間、美鈴の頭上の天井に刺さっている。
「それで……?」
「館の中にね。もう少し人手が欲しいと思っていたところなのよ」
ナイフ。天井へ。美鈴の足元に。
「あの子をゆずってくれない?」
「と、おっしゃられましても」美鈴は狼狽した。
「彼女は私の所有物ではありませんし」
「そう? それなら、勝手にもらってもいいわけね」
「それは――」
まぁいいわ、とメイド長。「明日にでも返事を頂戴」
声を残して、彼女もナイフも、すべて消えていた。
紅美鈴は慄然とした。

詰め所に戻った美鈴がふさぎこんでいると、小悪魔の少女がやってきた。
「御方さま」
彼女はいつものようにスカートの裾をちょんとつまんで、
「お悩みのことがあるようです」
美鈴は逡巡した。
「わたしのことと推察しましたが」
「――っ」
隠し立ても無意味と悟り、美鈴は事の次第を伝えた。
少女は黙って聞いていたが、聞き終えると
「そうですか」とだけ答えた。
「それで、どうするつもり?」
「どう、とは?」
つまり、と紅美鈴はいらだたしげに云った。「館の中で働くか、ということよ」
「正直に云いますと」少女は答えた。「あなたの下でしか、働きたくはありません」
しかし、と彼女は続けて
「それは御方さまのお立場を悪くすることになりましょうね」
美鈴は黙っていた。
ですから、と少女は続けた。「わたしは館に参りましょう」
「……そう」
ため息をつきつつ、美鈴はふと思い出したように
「それなら、聞いておきたいことがあるのだけれど」
「なんでしょう」
「あなたは、なぜ私の下で働きたいと?」
「一言で云いますと――」口ごもる。
「……?」
少女ははにかんだ。「やめておきましょう。言葉では伝えられないものもありますから」
「…………」

その晩は、夜を徹して麻雀を打った。
――夜が明け、美鈴が目を覚ますと、卓に突っ伏していた。
どうやら打ちながら寝てしまったらしい。
向かいの卓は空だった。
もともと、誰もいなかったように。
「…………」
立ち上がると、肩にかかっていた上っ張りがずり落ちた。
美鈴は無言で牌を箱に収め、卓を片付けていく。
「……?」
ふと、牌に混じって、何かが置いてあるのに気づいた。
「これは――」

噂に、彼女が図書館の守護者に任じられたと聞いた。
多忙なのか、あれ以来、詰め所にも門にも姿は見せない。
何もかも元通りになった。
かつての無為な日々が、戻ってきた……。
(……いや)
そうでもない、と紅美鈴は感じていた。
門を守ろうという想い。
漠然としたものであったそれが、今は、実感あるものとして受け止められた。
守るべきは門でなく――その先のもの。
紅美鈴は、今日も門を死守する。
彼女から託され、その名を冠した符を駆って。


「――手のこんだ真似をする事」
魔女が云った。目を書物から離さずに。
「妖怪は単純で可愛い」
メイド長はハタキを動かしながら答える。「まさか、罪悪感でも?」
まさか、と魔女。「私はあなたの云う通りにしただけだし」
@悪いのは私だけ? 酷いわね――」
メイド長が魔女に依頼し、召喚させた小悪魔はなかなかの器量。
今一つ頼りなかった門番の士気を高めたのは結構な手柄。
「――そういえば、あの子は? もう還したの?」
「まだいるわ。……とっくに、契約期間は過ぎているのだけど」
へえ? とメイド長は不思議がった。「よほど、ここが気に入ったのかしら」
たぶんね、と生返事をしつつ魔女はページをめくった。
彼女には書物より他に気に止めるべきことなど、何もないのだった。
カノン、つまり追想曲、的な。
原作と人物の性格が違うのはご容赦を。
STR
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コメント



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1.50nanashi削除
ぐはっ、全ては手のひらの上、ですか。
2.50ナなし削除
咲夜さんのナイフ投げが… すごくイイ感じ出してる…
3.50ななすぃ削除
4面中ボスを前面に押し出しましたか。何だか切ない話で凄くいい。
4.30あお削除
なんか切なくていいですね・・・・・。名無しの子悪魔がでてくるとは