「いやあああああああああああああああqwせdrftgyふじこlp;@」
そのとき諏訪の天地を揺るがしたものは、何人(なんぴと)にも犯されてはならないはずの神聖無比の秘所が暴きたてられたことへの、ひとりの少女の咆哮であった。乙女のカギ付き日記帳とかポエムノートが気になるあの人に見られちゃったどころの騒ぎでは、まったくない。過去が、忌まわしき『黒歴史』という東風谷早苗の過去が、今まさに時を超え、現代の自分に復讐を開始したのである。こうかは、ばつぐんだ。
「何も知らない何も見えない存在しない何も知らない何も見えない存在しない何も知らない何も見えない存在しない何も知らない何も見えない存在しない何も知らない何も見えない存在しない何も知らない何も見えない存在しない何も知らない何も見えない存在しない何も知らない何も見えない存在しない何も知らない何も見えない存在しない何も知らない何も見えない存在しない何も知らない何も見えない存在しない何も知らない何も見えな」
走馬灯より先に早苗の脳内に出現したものは「♪そんな時代もあったねと、いつか話せる日がくるわ……」という中島みゆきの歌声であった。言うまでもなく、黒歴史なるものに話せる日なんぞ来るわけがないからこその、この狂態である。
そして、東風谷早苗はすべてを思い出す。
ノートに、オリジナルの小説(ジャンルは自称“伝綺バトルファンタジー”)を書きつづっていたことを。
あわよくばどこかのレーベルからプロデビューし、神職と小説家の二足のワラジをこなす作家として注目され、雑誌などのインタビューを受ける際の返答まで完璧にシミュレートしていたことを。
現人神として神の声を聞くリアル異能力者である自分なら、世にありふれた作品群とは一線を画す、壮大にして遠大で感動的な超名作を作り出せると鼻息荒く意気込んでいたことを。
世界観からキャラクター、武器や能力、二つ名、挙句の果てにどのキャラを見渡しても似たり寄ったりの暗い過去がなぜか設定されていたことを。
…………破棄したと、確かに黒歴史ノートは破棄したと思っていたのだ。いくら探しても見当たらないから、おそらく漫画の単行本を処分した際、何かの間違いで資源ゴミの袋にでも紛れ込んでしまったのだろうと。それならそれで、やむを得ないと。しかし、まさか。娘のものなら何でも保管しておこうという母の几帳面な性格が、こんな所で仇となろうとは。
もはや意味を失った言葉を吐き出し続ける早苗に、さすがの二柱も困惑の目を向ける。そのうち、神奈子だけは「納得がいったよ……」とでも言いたげな気持ちの混じった顔だったのだが。
「どうした早苗!? これまさかオリジナルの完全呪殺マニュアルか何かだったの!? アル・アジフ的な!? トミノの地獄的な!?」
「待って諏訪子、その“オリジナルの完全呪殺マニュアル”という文言は余計に傷を抉ってる。軍神としての勘がそう告げてる」
神奈子はそう呟くと、おもむろに早苗の黒歴史ノートを閉じ、そっ、と諏訪子に手渡した。意味がありそうで特にないオリジナルの言語が所狭しと表紙に書き込まれたノートと、「察せよ。解るだろ?」という雰囲気をまとった神奈子のアルカイックスマイルを交互に見比べ、ついに諏訪子も『これが何のノートか』を理解したらしかった。
「ああ……なるほど。そうか。そういうこと、だったんだね」
かつて幾千幾万の軍勢を従え、逆らう者には永劫の祟りを、信ずるものには尽きぬ栄光を与えてきた土着神の頂点が見せる、しかしそれは、敗者への慈悲だった。神奈子から受け取ったノート。それを、諏訪子は丁重にダンボール箱の底へと収めることをした。
「いや、その。悪かったよ、早苗。誰にだって、触れられたくない思い出のひとつやふたつ、あるものね」
と、神奈子は後ろ頭を掻きながらばつが悪そうに謝る。
早苗の過去を笑う素振りは、かけらほども見出せない。彼女とて、やはりかつては一国を預かりし神にして王。弱き者への憐れみこそが、彼女の業(わざ)であった。
しばし引きつった表情の早苗だったが、二柱の言葉を境に、ようやく落ち着きを取り戻す。
「……良いんです、良いんですよ。過去を変えることは、決してできない。それなら私たちは、その過去を受け容れ、新しい時代へ向けて歩んでいかなければならないのです……!」
おお――――っ!
そんな感嘆の声を上げ、二柱は思わず早苗を二拝二拍一拝。
何と、立派になって……と、元はといえば自分たちが黒歴史ノートの封印を解いたことさえ忘れ、目に涙を浮かべていたのだった。
「過去、か。そうだねえ。人に歴史アリってやつだよ。思えば、私と神奈子だって今は当たり前に二人して神さまやってるけど、元はといえば敵同士だったくらいだ」
「ふッ。思い出話を肴に、今夜は久しぶりに酒でも飲むか?」
神奈子と諏訪子は、長きに渡って共に酸いも甘きも味わってきた仲だからこそ浮かべることのできる、皮肉な笑みを向けあった。
「そういえば、千年ぐらい前にもこんなことがあったよね。確か、御柱の材料にするために木を切り倒したら、木のウロの中から神奈子の書いた、」
「その話はやめろ」
「坂上田村麻呂に従う若く美しい副将。しかし彼の正体は、実は田村麻呂を慕うひとりの少女だった。その名前の部分だけあえて空白にして、そこに神奈子は夜な夜な自分の名前を、」
「いますぐやめろ」
「当て馬役として登場するアテルイと、そのアテルイに同性ながら密かな恋心を寄せるモレ」
「やめてくださいしんでしまいます」
八坂神奈子の神としてのカリスマが、崩壊を始めた瞬間であった。
――――――
「だいたい諏訪子! アンタにだって見られたくない秘密のひとつやふたつ、あるんじゃないの!?」
「そうですよ、諏訪子さま。私の黒歴史ノートや、神奈子さまの書いた、ゆ……ぷッ、ゆ、夢小説だけでは、割に合わな…………あ、ちょっ、ごめんなさい、もうムリ……ふふっ!」
「ハイそこ! 早苗ももう笑うな!」
神奈子はヤケクソ気味に激昂し、早苗はやはり暴かれた神奈子の黒歴史を知って、抑えきれない笑いと必死に格闘しているのだった。が、一方の諏訪子だけは、いかにも余裕シャクシャクといったように微笑を崩すことはない。勝利への、絶対的な確信であった。
「う、ふふ。良いかい、ふたりとも? 策というのは秘して、最後までとっておくものさ」
ニヤリと、諏訪子は笑みを深くした。
そこで早苗はハタと気がつく。
そういえば、数日前から諏訪子のケロちゃん帽子が『中に何かを慌てて詰め込んだかのように』、やたらと大きく膨らんでいる事実にである――。
――――――
そして数ヵ月後。
守矢神社が幻想入りを果たし、幻想郷の信仰を巡って博麗霊夢と一戦を交えたことは、賢明な読者諸氏のすでに知るところである。
天狗との交渉に基づく妖怪の山からの信仰の獲得、核融合エネルギー導入による産業革命、命蓮寺の建立や太祀廟復活など、守矢神社とその住人たちが幻想郷における出来事に深く関わるに連れ、東風谷早苗の黒歴史ノートは外界からはもちろんのこと、早苗自身の記憶からも完全に忘れ去られていった。
その結果として件の黒歴史ノートが幻想と化して博麗大結界を通過、外界の市民文化について記録された書物として香霖堂の一角に並んだ挙句、射命丸文に購入されて文々。新聞の文化面で採り上げられ、東風谷早苗が再び刻の涙を見ることになるまでには、まだ幾らかの猶予があった…………。
痛いwwwwwwwwwww
それぐらい痛い話だった、もちろんこのお話はフィクションでしょうけどね。