「以上の罪状により、被告を3年の地獄送りとする」
是非曲直庁。
幻想郷における生きとし生けるものは死後、この四季映姫・ヤマザナドゥの手によって量刑を問われることになる。
男の罪状とはケチな盗みであった。
自ら働くことを忘れ、他者が築きあげた財産や持ち物を掠奪するという行為。
もちろん、彼がそうなるに到った経緯・事情もあろう。
だが罪人の大半はその罪を問われるとき、『知らなかった』と、『仕方がなかった』と開き直る。
百歩譲ったとして。奪う者の事情においては確かにそうかもしれない。
しかし奪われた者の事情は? 奪われたことで失ったものによる嘆き、悲しみは?
だからその代償の価値を、重みを、この閻魔の名を冠する少女は問うている。
是非曲直庁における、四季映姫・ヤマザナドゥの裁きは公平にして絶対なのだ。
こうして数多の魂の量刑を問い、死後の行き先を定めてきた彼女だからこそわかる。
その厳然たる公正さに、心なきものからは鉄面皮と揶揄されることもあろう。
彼女もまた心の中では泣いている。涙を流している。
罪を犯した者に対して。罪で傷ついた者に対して。
白黒を寸分違わずハッキリつけて、杓子定規のように正しく審判を下す行為自体が、彼女自身に対する戒めなのだと、呪いにも似た言葉を自らに課していく。
いっぽう、罪人の烙印を押された霊魂はうなだれて、地獄界へと通じる門へと引っ立てられる。
精気を失った瞳。映し出すものは生前の名残だろうか。課せられるであろう絶望だろうか。
決して逃れられないよう、地獄の門番によって重い鎖が巻きつけられようとしている。その鎖の重さは、イコール罪の重さなのだと自戒させるように。ただただ重い。
こうしてまた一人。そんな罪人の末路を見て、彼女はまた少し心を凍らせる。
ふと彼女は思い出す。部下である小野塚小町からの言葉を。
確かに閻魔の名を冠する彼女の本来の役割とは、人の罪業を浄化し薫陶することにある。
生者の国と死者の国とを分かつ河の渡し守、怠惰な死神たる小野塚小町。
彼女は紅い悪魔の館の門番長以上によく働かず、日々を怠惰に過ごしている。
この間など俗世に感化されたのか、『この辛気臭い職場に、バレンタインと呼ばれる文化を取り入れましょう!』などと言い出す始末で。
もちろんその直後、散々説教を食らわせたのだが。後々思い返せば悪くない提案なのだと彼女は思った。
映姫は確かに頭が固いが、石頭というほどではない。
そもそもこの小町を腹心としていること自体が頭痛の種になる事この上ないのだが。
だがそんな彼女を腹心に置いていることで助かっている部分もあるし、彼女自身そのことを理解している。
もしも彼女の存在がなければ、映姫はただ冷酷なだけの女に成り果てていたことだろう。
ひょっとして普段のあの軽々しい態度は、わざとそのように振舞ってくれているのか?
目の前で道化を演じることで、自分自身が理性に囚われてしまわないように。
だがしかし、小野塚小町の思惑の真の理由たるを確認する術はない。
その事実を確かめようとも、きっと彼女はうまいことはぐらかすに違いないのだから。
そんな小町からの提案だからこそ。映姫は、その提案を受けいれることに決めたのだ。
「お待ちなさい。地獄へと引っ立てる前に、罪人となった貴方にお渡ししたいものがあります」
罪人の魂をつかみあげる地獄の門番たちに、彼をしばし離すよう命じる。
映姫は、いままさに鎖が巻きつけられようとしている罪人の前に降り立った。
彼女が手にしていたのは、やや大きめの袋。
「これを食べて、一日も早く改心できるよう励みなさい。それがあなたに出来る善行です」
判官としての仮面を外して少女の顔を見せる彼女、四季映姫・ヤマザナドゥは、たくさんのチョコレートが入った袋の中からひと包み取り出し、罪人に手渡した。
彼女の指先に張られた絆創膏が、慣れないチョコレートの仕込みが如何に大変だったのかを物語っている。
チョコレートを手渡された、それまで光を失っていた罪人の瞳の中に、再び光が射しこんだ。
――四季映姫が罪人にチョコレートを送ることを初めてからというもの、罪を犯す魂の数が年々減少しているのだという。
是非曲直庁。
幻想郷における生きとし生けるものは死後、この四季映姫・ヤマザナドゥの手によって量刑を問われることになる。
男の罪状とはケチな盗みであった。
自ら働くことを忘れ、他者が築きあげた財産や持ち物を掠奪するという行為。
もちろん、彼がそうなるに到った経緯・事情もあろう。
だが罪人の大半はその罪を問われるとき、『知らなかった』と、『仕方がなかった』と開き直る。
百歩譲ったとして。奪う者の事情においては確かにそうかもしれない。
しかし奪われた者の事情は? 奪われたことで失ったものによる嘆き、悲しみは?
だからその代償の価値を、重みを、この閻魔の名を冠する少女は問うている。
是非曲直庁における、四季映姫・ヤマザナドゥの裁きは公平にして絶対なのだ。
こうして数多の魂の量刑を問い、死後の行き先を定めてきた彼女だからこそわかる。
その厳然たる公正さに、心なきものからは鉄面皮と揶揄されることもあろう。
彼女もまた心の中では泣いている。涙を流している。
罪を犯した者に対して。罪で傷ついた者に対して。
白黒を寸分違わずハッキリつけて、杓子定規のように正しく審判を下す行為自体が、彼女自身に対する戒めなのだと、呪いにも似た言葉を自らに課していく。
いっぽう、罪人の烙印を押された霊魂はうなだれて、地獄界へと通じる門へと引っ立てられる。
精気を失った瞳。映し出すものは生前の名残だろうか。課せられるであろう絶望だろうか。
決して逃れられないよう、地獄の門番によって重い鎖が巻きつけられようとしている。その鎖の重さは、イコール罪の重さなのだと自戒させるように。ただただ重い。
こうしてまた一人。そんな罪人の末路を見て、彼女はまた少し心を凍らせる。
ふと彼女は思い出す。部下である小野塚小町からの言葉を。
確かに閻魔の名を冠する彼女の本来の役割とは、人の罪業を浄化し薫陶することにある。
生者の国と死者の国とを分かつ河の渡し守、怠惰な死神たる小野塚小町。
彼女は紅い悪魔の館の門番長以上によく働かず、日々を怠惰に過ごしている。
この間など俗世に感化されたのか、『この辛気臭い職場に、バレンタインと呼ばれる文化を取り入れましょう!』などと言い出す始末で。
もちろんその直後、散々説教を食らわせたのだが。後々思い返せば悪くない提案なのだと彼女は思った。
映姫は確かに頭が固いが、石頭というほどではない。
そもそもこの小町を腹心としていること自体が頭痛の種になる事この上ないのだが。
だがそんな彼女を腹心に置いていることで助かっている部分もあるし、彼女自身そのことを理解している。
もしも彼女の存在がなければ、映姫はただ冷酷なだけの女に成り果てていたことだろう。
ひょっとして普段のあの軽々しい態度は、わざとそのように振舞ってくれているのか?
目の前で道化を演じることで、自分自身が理性に囚われてしまわないように。
だがしかし、小野塚小町の思惑の真の理由たるを確認する術はない。
その事実を確かめようとも、きっと彼女はうまいことはぐらかすに違いないのだから。
そんな小町からの提案だからこそ。映姫は、その提案を受けいれることに決めたのだ。
「お待ちなさい。地獄へと引っ立てる前に、罪人となった貴方にお渡ししたいものがあります」
罪人の魂をつかみあげる地獄の門番たちに、彼をしばし離すよう命じる。
映姫は、いままさに鎖が巻きつけられようとしている罪人の前に降り立った。
彼女が手にしていたのは、やや大きめの袋。
「これを食べて、一日も早く改心できるよう励みなさい。それがあなたに出来る善行です」
判官としての仮面を外して少女の顔を見せる彼女、四季映姫・ヤマザナドゥは、たくさんのチョコレートが入った袋の中からひと包み取り出し、罪人に手渡した。
彼女の指先に張られた絆創膏が、慣れないチョコレートの仕込みが如何に大変だったのかを物語っている。
チョコレートを手渡された、それまで光を失っていた罪人の瞳の中に、再び光が射しこんだ。
――四季映姫が罪人にチョコレートを送ることを初めてからというもの、罪を犯す魂の数が年々減少しているのだという。