五ボスでされ竜の「禁じられた数字」パロディ  人里にある飯屋、私たちは今そこにいた。  「咲夜さんに鈴仙さん、二人とも嫌な顔をしないように」  妖夢の言葉にも、食卓を囲んでたつ私と鈴仙の表情ははれない。  私は妖夢に誘われてここに来た。しかし、予約席の傍らには、私と同じような渋い顔をした鈴仙がすでに立っていたのだ。  妖夢と二人で楽しい夕食になることを期待していた私は、不機嫌になるに決まっている。  「ええっと。今日はあれです。二人の仲を改善しようという、びっくり親睦会です」  妖夢が笑顔で私たちに座るようにうながす。周囲の目もあり、仕方なく私と鈴仙が着席していく。  「ほら、咲夜さんと鈴仙さんの仲を改善し、人妖として更生してもらいたいと思いまして」  しかし、私は酒を飲み、鈴仙は黙々と料理を片付けていくだけ。二人とも目すらあわさない。確かに私と鈴仙の仲の悪さでは、 いつ殺し合いになるかわからない。  しかし、どう考えても、磁石の同極ぐらいに仲良しな私たちに協力は無理だと思う。  無言の食卓に妖夢がフォークをさらにたたきつける乱暴な音があがる。  「少しは仲良くできないのですか!?」  私と鈴仙は目線をあわせ、妖夢へと戻す。鈴仙が厳粛な面持ちで口を開く。  「私と咲夜は、お互いに仲良くならないように真摯に協力し合っているのよ」  「鈴仙のいう通りね」私は酒杯を手の中で回す。「妖夢、よく考えてみて。仲が悪いように協力しているということは、逆説的に仲がよいということではないかしら?」  「え?でも、協力して仲を悪くしているってことは結局、仲が悪い?でも協力しているから仲がいい……あれ?」  言葉の不完全定理の罠にはまっている妖夢をみて、私は小さく笑おうとした。しかし、その瞬間にむせてしまう。  「咲夜、喉に詰まっているなら私の弾幕で吹き飛ばしてあげるわ」  「そのエネルギーを使って自分の頭を爆発させなさい」  鈴仙の言葉に私は瀟洒に言い返す。  「うるさいぞ」  後ろの席から上がる声に振り向く。衝立の後ろにいるのは、銀髪で白い服を着た少女が座っていた。食卓の向こうには緑髪の脇全開の巫女服の少女がいた。  「貴様は紅魔館のペドメイドの咲夜っ!その向こうは永遠亭のエロウサギ!」  顔を逸らしたが、今更遅かった。  「貴様らに会うとは。例えるなら、糞の上に糞が乗っている珍風景を見た気分だ」  「お二人さんが仲良く食事とは珍しいですね。来年は幻想郷が滅びるかもしれません」  騒がしい銀髪の少女は物部布都。尸解仙である。  対してそれなりに落ち着いた話し方をするのは東風谷早苗。守矢神社の巫女である。  「あっ、お二人とも久しぶりです」  「おお、そこにいるのは仙人様ではないか!」  「いや、だから仙人ではありません……。ところでお二人はデートですか?」  「いえ、あと二人ほど来ますよ。ここで食事しようと誘ったのです」  早苗がそう答えたとき、布都がやや落胆したのを私は見逃さない。意外と純情なのね。  「おお、ここね。さて、早苗と布都はどこかなー?」  聞いたことがある不吉な声に、私と鈴仙が店の出入り口へと顔を振る。  猫耳をはやした赤髪の少女と金髪の少女がいた。その顔には見覚えがある。  「おや?咲夜さんと妖夢さんと鈴仙さんではないですか。こんなところで出会うなんて奇遇ですね」  店に入ってきたのは、火車の火炎猫燐と毘沙門天代理の寅丸星だった。  「いいことを思いつきました」妖夢が無邪気な笑みを浮かべる。「早苗さんたちも一緒に食事をしませんか?」  恐ろしい発言に、全員が顔を見合わせる。  妖夢の善意を断れるわけもなく、丸い食卓を囲む七人の人妖が実現してしまった。  早苗たちの会話は弾むが、私と鈴仙と布都は黙り込む。よくこれだけ仲が悪い面子をそろえた物ね。この不幸を全て鈴仙のせいにしといて、脳内で銃殺刑に処しておく。不幸属性取締法違反とかそのあたりで。  「咲夜、何かよからぬことを考えていない?」  ちっ、気づいたわね。野生動物の勘は侮れないわ。そのまま知能も野生動物並みに落ちなさい。  「いろいろあったが、仲良くしようぞ」布都が鈴仙の方へと酒杯を向ける。「と言えと太子様が言ったから、誘うだけだ」  しかし、鈴仙は突きつけられた酒杯から顔を背ける。  「貴様、我の酒が飲めないというのか!」  布都の目に険が掠める。  実を言うと、鈴仙は単に酒の味が嫌いだから顔を背けたのだが。  お子様か、と言いたいのだが、瀟洒ではないのでやめておく。  だとすると布都への鈴仙の返答は決まっている。  「尸解仙の腐臭がする酒なんて、誇り高き玉兎が飲めるわけないわ」  「鈴仙、死人の相手をしない方がいいわよ。自己中でしつこい奴らだから」  「咲夜さん、半人半霊である私に言いたいことがあるなら、直接言ったらどうですか?」  「妖夢さんは咲夜さんと仲良しで、早苗ちゃん寂チー」  「ぶりっこぶっててきもいわね。その脳を火葬してあげよっか?」  「変態ネクロフィリアのお燐が言うな、お主こそ腐乱死体と犯って死ね」  「あんたが死にな布都」  「と言うお燐さんも死に腐れ。命蓮寺に変態を受け入れる余裕はありませんので」  「星さんこそくたばったらどうです?我が守矢神社に楯突くなんて、片腹痛いです」  「まあまあ、私に任せなさい。ここは鈴仙が愉快に自殺をすると言うことで、全て丸く瀟洒に収めましょう」  「咲夜、表に出なさい。あの世への片道切符を、特別にあなただけに進呈するわ」  酒のせいか、私たちの会話は口の悪さばかりが目立っていた。  「もう!何回も言いますけど、あなたたちは何をどうすれば仲良くなるのですか!?」  私たちの争いに、妖夢の怒りの声があがる。  全員が顔を見合わせる。スキマ妖怪がBBAではないことを客観的に証明したい、と聞いたような顔が並んでいた。  私のいらつきの原因たる鈴仙にネクロフィリアの燐、調子に乗っている早苗にうっかりハングリータイガーの星に思いこんだら一直線の布都、そしてツジギリストの妖夢。私としては、全員に含むところがあるのを思い出した。不思議なことに、少しは仕返しをしたくなってきましたわ?  「では、親睦を深めるために、こんな余興はどうかしら?」  夜空を見上げながら吐いた私の言葉に、全員が「なに?」と一音で唱和する。  「順番に数字を三つまで言っていき、百を言った人が罰を受けるという遊びよ」  一瞬迷ったけど、ほぼ全員の顔に反対する表情もなかった。  「べつにいいよ。罰が面白そうだし」  「そうですね。仲良くなるきっかけになれば……」  燐や妖夢などが賛成し、布都も不承不承ながらもうなずく。反対する理由がないから当然ね。  「あれをするの……」  鈴仙だけはこの遊びの本質に気づいたようね。しかし、異議があがる前に遊びを開始する。  「一、二、三」  「四、五、六ってこの遊びは展開が遅いですね。」  「まあまあ、そのうち面白くなっていくでしょうよ。七、八、九」  ムダ話をしつつ皿や酒杯が空になっていきながらも、数字は左へ左へと続いていく。  「ええと、九十七」  妖夢まで回り、燐へと続く。  「悪いね咲夜、九十八、九十九」  「いきなり私!」  私は驚いたような声を出し、全員にうながされて仕方なく「百」と言い、負けを認める。  「提案者が負けてどうするのですか」  「さて、罰は何にしましょうか?」  妖夢や早苗や布都の笑みを噛み締めるような顔が並んだ。  しかし、私の向かいの鈴仙だけが厳しい顔をしていた。鈴仙は気づいたようだけど、これは私の計算なのよ。  この遊び、敗者への罰は勝者たちの自由裁量である。  そして一回では終わらず、何度も繰り返される。この規則は何を示しているのか?  そう、罰を受けた敗者が次の勝者になった場合、自分以上の罰を与えたくなるという当然の心理が働く。  つまり、回が進めば進むほど、罰は爆発的に容赦をなくしていくのである。  智略を尽くしてすべての勝負に勝てばいいと思うかもしれないけど、それは不可能。ひとりだけ敗者になっていない者は、後半には怨念に満ちた敗者たちの標的になる。そして敗者の何人かが組めば、簡単に特定の人物を陥れられる。  合理的結論。最初のほうに罰を受けて恨みを回避し、協力者を増やして、後半の大殺戮を開始するのよ。  罰にしても、初心者が混じっているから、加減が分からず初期は軽いものになる。私の恋人の妖夢も混じっているから、悲惨で過酷な罰にはならない。  そこまで読んだ私の計画、通称「パーフェクトアルティメットマジカル咲夜ちゃんプラン」である。  「さて、みんなで罰を決めてくださらない?」  私は笑って意見を求める。妖夢は顎に手を当てて、罰の内容をなににするのかで悩んでいる。  「ええと、辛いカレーを食べるとか?」とかわいらしい罰を口にする。  だがしかし、傍らに立つ鈴仙の顔に邪悪な表情が閃いたのを私は見逃さない。止めようとする前に、鈴仙が口を開く。  「妖夢、もうそろそろ菓子屋が閉まるわよ」  「あっ、幽々子様に頼まれたものを買わなければ!」  妖夢は急いで店のほうへ行った。妖夢の不在を確かめ、鈴仙が早苗に接近していった。  鈴仙が耳元で何事かを囁くと、早苗がうなずいた。現人神の目は輝き、口元は歪んでいた。悪魔のような微笑だった。  「うわ、見ているだけで悪寒のする笑いね……」  「いえ、咲夜さんの服にお酒が零れているので」  思わず腹部を見下ろす。「なにもぬれて……」と言おうとして、その瞬間に鈴仙に羽交い絞めをされる。  周りを見ると愉快そうな鈴仙と早苗、そして燐や星や、布都の邪悪な笑みが並んでいた。  「くっ、こんな単純な手に引っかかるなんて」  なんとか振り解こうとするが、さすがは元軍人、鈴仙の拘束は微塵も緩まなかった。  そして私の前に立つ早苗が口を開いた。  「それでは、咲夜さんの秘密の写真集の開帳。そういう罰ですよね皆さん?」  な ん で す と  鈴仙と燐が神妙な面持ちでうなずく。星と布都も呆れ顔だけど、止める気はないようだった。  しまった。罰が最初から限界値に達しているなんて、私の人徳のなさと周りの人格破綻っぷりを計算に入れてなかった!  「まっ、待ちなさい!」  抵抗を一段と激しくするが、無駄だった。そして燐が私の懐をまさぐり「あった!」と言って皆の所に戻る。  「さーて、ご開帳ー」  「やめてええええええええ!」  もう自分の瀟洒ぶりをかなぐり捨てつつ叫ぶが、無論、聞き入れられない。  「あっ、さとり様とこいし様の昼寝の写真だ」  「こちらには諏訪子様のパンチラ写真が」  「レミリアさんとフランさんの生着替え写真までありますね」  「お主、ここまでとは。最早救いようもないペドフィリアだな」  みんなの言葉の刃が、私の全身に突き刺さる。  「えっ、これって……」  店の入り口の声に振り向くと、妖夢がある一点を凝視して立っていた。その視線をたどると、  妖 夢 の シ ャ ワ ー シ ー ン  の写真があった。  「妖夢!違うのよ、これは……」  「咲夜さん、近寄らないでください」  妖夢の言葉の刀で斬りつけられ、私は地に沈んだ。  ***  二回目、しばらくして私は復活し、飯屋の屋外席で戦いが開始される。  「あの、お客様、騒ぎは困るのですが……」  ウェイトレスがおびえた声で言った。私の厳しい視線にさらされたウェイトレスは、短い悲鳴を上げて逃げていく。  楽しい食後の余興は、険悪な雰囲気に変わっていた。  「ごめんなさい、咲夜さん。つい、反射的に言葉が出てしまって」  「いいのよ妖夢。たかが遊びに怒るのも子供ですし」  妖夢の謝罪に私は微笑む。大人の笑みだった。  だが内心では、私をはめた人妖どもを全く許していない。私以上の地獄を見せ、一人一人の心を破壊するのだと決意した。  まずは鈴仙、あなたからよ!  「九十四、九……」  「ゴホッゴホッ」  布都が数字を言ったとき、私はわざわざ擬音で咳き込んだ。  「ごめんなさい、喉の奥に違和感があったもので」  「喉にペドと戯言を詰めて死ね」  布都が文句を言う間に、私は視線を妖夢に向ける。瞳が意図することに気づき、瞬時に意を汲んだ妖夢が続ける。  「……では、私は九十五」  「妖夢さんは早いですね。私も九十六だけにしておきます」  私の左隣に座る、鈴仙の眉が跳ね上がる。  「待ちなさい。布都の数字を、咲夜がわざとらしく遮ったでしょう?」  「残念、妖夢と早苗が続けたからもう手遅れよ」  口元に手を当て、両の瞳孔を端に寄せて嘲笑する。  「私は九十七、九十八、九十九。はい、鈴仙への罰はなにがいいかしら?」  歯を噛みしめる鈴仙以外の全員が、真剣に考え込む。  「そうですね、鈴仙さんには際どすぎるエロいバニースーツを……」  早苗が言った瞬間、周囲の気温が下がっていく。  弾幕を放とうとする凄絶な鈴仙の視線が、物質的な圧力となって放射されていたのだ。  私は早苗に顔を寄せていく。鈴仙へと視線を向けながら耳元で囁く。  「あん、近い」  「いえ、そうじゃなくて真面目に……」  小声で告げていくと、早苗は納得する。  「そうですね、バニーでは甘いです。鈴仙さんへの……罰は厨二病時代の名乗り口上で」  「冗談じゃないわ!そんなふざけたことは、玉兎の誇りが許さない!」  鈴仙は弾幕を放つ用意をして戦闘態勢に入っていた。無理にやらせようとするなら、弾幕をばらまこうとする決意が表れていた。表れないでよ。  「あら鈴仙、それはおかしいじゃないかしら?」  存在しない口髭をいじりつつ酒杯を傾ける私に、炎のような鈴仙の視線が向けられる。  「誇り高き玉兎が、たかが遊戯の規則を守れないのかしら?」  瞬間、鈴仙の前進からいっそう凄まじい殺気が私に放射される。瀟洒にしているが、私の心臓は縮み上がっている。  道理と鈴仙の誇りが私の手札。鈴仙の手札は憤怒。  双眸に複雑な色の嵐が吹き荒れ、鈴仙の歯が鳴る。そしてついに殺気が霧散する。私の勝利よ。  心理学の初歩だけど、最初に無理な願いをすると次の願いが通りやすい。一度断った罪悪感と、難しさの比較による譲歩だけど、上手くいったわ。  「わ、わ、我は鈴仙ではない我が真実の名(トゥルーネーム)は……」  人前で厨二病の時の名乗り口上をあげるくらいなら、私は裸でお嬢様のパンツを被って豆腐を顔面に殴打して自殺する。  無意味に誇り高い鈴仙なら、死よりも辛いでしょう。  「あ、あ、ぶ、アブソリュート・エクスキューショナー……」  噛みしめた鈴仙の唇からは、鮮血が噴き出していた。精神崩壊を防ぐために、全身の細胞が必死に抵抗しているのだ。  「なり?」  鈴仙の目が焦点が失った。そしてそのまま床に倒れる。  ***  三回目、場の雰囲気は悪化の一途をたどっていてた。それぞれの口から吐かれていく数字も、呪いの言葉にしか聞こえない。  燐の顔は真っ青だった。  当然でしょう。私の各個撃破の次なる標的は、燐としか思えないからよ。  「た助けて早苗!私たち友達でしょ!?」   「私は早苗ではない。スーパーげんじんしんサ・ナーエである。九十五」  早苗も自分の命が惜しい。続く星も「九十六、次」と安全圏に逃れる。  「ごめんなさいお燐さん。咲夜さんの仇を取るから。九十七、九十八、九十九」  妖夢の声に、燐の顔色は青から白になっていた。  「ひゃ、百って言いたくない。罰はなんなのなんなのなんなの!?」  「全員で燐を抑えなさい。悪の根を絶つわ」  泣き叫ぶ燐を全員が抑え、私は火車から猫車を奪う。  「さすがに仕事道具を壊すのは可哀そうですよ。咲夜さん、別の罰にしましょう」  妖夢が止めようとし、燐が叫ぶ。  「そうよ、それはあたいの宝物なのよ。罪のない人妖や死人を、半人半霊を無意味に運んであたいのコレクションにするために要るのよっ!」  「……断迷剣「迷津慈航斬」!」  妖夢の冷たい死刑宣言と共に、私は猫車を夜空へと放り投げた。落下する猫車に向かって妖夢の刀が振り下ろされる。  猫車の壊れる軽い音が心地良かった。それは燐の魂の砕ける音にも聞こえた。  「ぎにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」  燐の凄まじい絶叫。壊れた猫車が私の鼻先を掠め、落ちていく。  ***  四回目、すでに楽しいお遊びという概念は、この場所から完全消失していた。  私、早苗、妖夢、布都。そして前衛抽象画のような顔をした燐、憮然とした鈴仙、怯えた星と並び、非情な数字だけが続いていく。  「四十八、四十九、五十」  「あ」  「なんですか?あ、ってなんですか?」  五十と言ったばかりの妖夢が、私の発言に疑念を返す。  「なんでもないわ。そのまま続けて頂戴」  全員が理解不能といった表情を浮かべ、次の瞬間、それぞれに理解した。  私の発言は本当に意味がない。しかし、今の「あ」で、その数字が何か決定的なものかと思ってしまうでしょう。  全員の心理を解説すると、五十を二倍すると百になるので、なんとなく五十の宣言が敗北の予兆に思えてしまうのよ。  しかし、この勝負は二人でやるならともかく、三人以上でやると必勝法が存在しなくなる。  つまり、勝負を分けるのは、純粋な心理の駆け引きしかない。会話で圧力をかけ、味方に引き込み、特定の相手へと悪意を集中させるしか戦法らしいものが存在しない。  悪意を込められた数字が続き、星が九十六と言って安全圏に入る。  このままいけば、最小の数でも九十七で私、九十八で早苗、九十九で妖夢、百で布都になる。  さすがにこの罰には星も耐えられないようで、誰の恨みも買わないような消極的作戦に切り替えたようね。  突如として、私の脳内に悪魔的な閃きが走りぬけた。このまま九十七、九十八、九十九と言って早苗を葬るのもいいけど、もっと愉快痛快な考えがあるのよ。  「九十七、次は早苗」  「九十八……」  早苗は気がついた。九十八のままだと、隣の妖夢が九十九と言う。  当然、その隣の布都が百と言うことになる。迷いつつ早苗が言った。  「九十八、九十九。次……」  「早苗さんっ!自機仲間の私よりも、そっちを取るんですかっ!?」  妖夢が嘆くが、早苗は責める言葉から逃れるように必死で視線をそらす。  「あなたの恋人を恨みなさい。早く百を言いやがれっ!」  これで、早苗と妖夢の自機仲間というつながりは破壊された。  残る早苗を葬るだけでは、私の怒りは収まらない。腐れ人妖どもの人間関係を徹底的に破壊しつくしてあげるわ。  そのために恋人を悪魔に売ることになっても、私は涙を堪えて耐える。でも、涙が出る予兆すらないのはなぜかしら?  妖夢はかわいらしい唇を噛み締めながら、「ひゃ、百……」と吐き出した。  「ぴぎーぴぎー」  私たちの眼前では、かわいい子豚さんが鳴いていた。  それは妖夢の成れの果てだった。  人里の夜の川辺。テープで鼻を押さえて両手両足を床につきながら、妖夢は子豚の物真似をさせられていた。  「真剣さが足りませんね」  早苗のつぶやきに振り向いた妖夢の顔は、悪鬼よりも恐ろしかった。  「こ、子豚さんはそんな怖い顔をしませんよ。もっとかわいくやりなさい」  「やめておけ早苗殿。手負いの猛獣を挑発しているような物だぞ」  布都は親友の暴走を必死に止めようとする。しかし、すでに早苗の顔から正気が消し飛んでいた。  「妖夢、いえ子豚さん。もっと派手に鳴きなさい!手はちゃんと蹄にして偶蹄目の哀しみと家畜の服従を表現するのです!」  ひいっ!妖夢の顔に殺意に近いものが浮かんでいるわよ!  涙を零すまいと耐える蒼の双眸は、地獄の業火のような真紅に染まっていた。  妖夢の全身から立ち上る憎悪が、夜にはあり得ない陽炎を作りそうだった。  「びぎーびぎー、ぷぎーぷぎー」  人里の夕闇に響くその鳴き声は、煉獄の果てより響く呪いの叫びだった。  「……ねえ咲夜」  悲鳴を聞きつつ、私の隣に発つ鈴仙が口を開いた。  「……分かっているから、続きは言わなくていいわよ?」  お互いに平坦な声しか出ない。  「あえて言っておくと、間違いなく、今後は死人が出るわよ」  天狗の新聞より遙かに確実な鈴仙の予報に、私は苦すぎる唾を飲み込んだ。  ***  妖夢の子豚はかわいかった。子豚が成長し悲恋の末、出産して母となる場面には、生命の神秘に全員が思わず涙ぐんでしまった。  そしてゲームの中盤、軽めの罰が連発されていった。  「はい鈴仙さんの負け、ええと咲夜さんを褒めてあげてください」  「え?ええ」鈴仙は悩む。「ペドフィリアとしてすばらしく、服を着ることを忘れていないところだけは立派ね」  「無理に探した感が出まくりよっ!妖夢、これって私への罰でしょ!」  「咲夜さんにも多くのいいところがありますよ」妖夢が考え込む。「……その、まずはメイドなところ、あとは……」また止まる。「ええと、ごめんなさい」  「メイドにいいも悪いもないでしょっ!というか、恋人が私を褒めるところってそれだけ?それだけなの?」  「ごめんなさい!本当にごめんなさい。私にも限界があるんです」  「咲夜の負けね。今この場で長座体前屈をしなさい」  「ヒ」  「「「「「ぶはははははははははははは」」」」」  「咲夜さん、うっ、すみません。ぷぷぷ……」  「チクショウ!妖夢、笑いたいなら笑いなさいよ!」  「咲夜殿、今のお主は輝いて見えるぞ」  「布都の負けね。ネクロフィリアとしての興味なんだけど、独身死人の寂しい夜の過ごし方を告白しなさい」  「か、鏡の前で飯を食う。視界の端で何かが動いているのが見えて、寂しくない気がする」  「逆に寂しいわっ!」  「早苗さん、そんな寂しい布都さんとちゅーで」  「望むところですっ!うひひひひひ、私が熱いちゅーをしてあげますよ」  「止めろっ、こんな雰囲気のない形は嫌だっ!待て、平気で乳を出そうとするな!」  「ぬうっ、まさかあれは!」  「知っているのか、星」  「あれは世に聞く変態流奥義、宴会中年粘着撃。あの秘技を体得している拳法家が現代にいようとはっ!」  「星さん、いい加減なことを言わないでください。そしてお燐さんも悪乗りしないでください」  「何を言うんですか。この拳法は由緒正しいと誰かに言われ気味という噂があるっぽいと聞く可能性が無きにも非ずですよ」  「そういう星の負け。皿回しならぬ宝塔回しをしなさい」  「分かりました……って、あれ?宝塔はどこですか」  「またなくしたんかいっ!」  「あの、お客様?店先にこんな物が落ちていたようですが」  「あっ、これです。本当にありがとうございます!」  「……罰の変更。宝塔を紛失したことをナズーリンさんに報告してください」  「そんな妖夢の負け。あんたの性感帯はどこなのか、あたいに教えなさい」  「いっ、言えませんっ!」  「ここまで来て言わぬと、本気で殺されるぞ?」  「ええと、あの、その、背中を撫でられたり耳を囓られたり……」  「あら、そんなところなの?では私は次からそこを……」  「せいっ!」  「よ、妖夢、鳩尾に靴の踵を全力でぶち込んだら、に、人間である私は死ぬこともあるのよ?」  「ちっ!あと一センチずれていたら、新鮮なメイドの死体が手に入ったのに」  「よし、お燐の負け。乙女全開な詩の朗読よ」  「わ、私はシャボン玉に乗って夜空に飛び、三日月に腰掛けるの。白馬に乗った拷問吏を待っていると、キキューン、胸からトキメキ音がする。え?これって恋なの?それとも心筋梗塞?って、自分で自分を火葬したくなってきた」  「鈴仙の番ね。では「生まれてきてごめんなさい」と言いなさい」  「う、生まれてきてごめんなさい。あれ?これは平気で心が全く痛まないわ?」  「……鈴仙、それは妖怪としてもどうかと思うわよ」  「では妖夢への罰。ええと、趣味の辻斬りは年に五回まで」  「元々したことなんてありません。待って、全員が疑いの目を向けてくるのは何故ですか?私はそんなことをしそうだと思われているのですか?」  「前科があるじゃない」  「私は殺すのなら正々堂々と真っ正面から殺します」  「それを断言するのも、妖怪としてはともかく、人間としてどうかと思うわ」  戦いが続く。そろそろ罰が苛烈なものに戻るでしょう。  全員の目が互いを窺っていた。誰が味方で、誰が敵なのかを調べる中盤戦だった。  「時間もそろそろですし、次で最後にしましょう」  妖夢が笑顔で言った。私に鈴仙、早苗に星に燐が笑顔でうなずきを返した。誰も内心で笑ってなどいなかった。  ただ憎悪と殺意だけがあった。  ***  ついに勝負は最終回となった。  私の左に妖夢、早苗、布都、燐、星、鈴仙と並ぶ。全員の顔には極度の疲労と恐怖が刻まれていた。  私たちの席の雰囲気は最悪となっていた。全員の顔に疑念と裏切りへの不安が明確に表れている。視線が合うと逸らしてしまい、それがさらなる疑念を呼ぶ。  張り詰めた空気の圧力で、妖精なら三人は殺せそうね。  「なあ、ここで止めておかぬか?」  唯一正気を保っている布都の声が絞り出される。  「……引っ込んでいてください、腰抜けさん。これで最後だと先ほどみんなで決めた以上、やる以外の選択肢はありません。と言うか許しません」  日本酒を一気に開けた妖夢の静かな声に、布都が怯えたように身を引いた。椅子が床をする嫌な音が飯屋の屋外席に響く。  周囲の客も、私たちの食卓の闘争に興味と恐怖の入り交じった視線を向けている。  しかし、眼前の少女は、本当に私が愛したかわいらしくて素直な妖夢なのかしら?  全体としては笑顔だけど、口元は憎悪に痙攣し、吊り上がった目は月の狂気に犯されたように赤い。鬼巫女でも、こんなに激烈な殺気を放たなかった。  私も鈴仙も似たような顔をしているでしょう。  良心が残っている布都が、それでも制止にはいる。  「咲夜殿、瀟洒を信条とするお主なら分かるだろう?止めないと危険だ。誰かが死ぬ」  「引っ込んでなさい、布都。余計なことを言うと、あなたへの罰は公開自慰にするわよ」  「咲夜の言う通りよ、尸解仙の小娘。怖いなら、自分の尻の穴に頭を突っ込んで震えていなさい」  私と鈴仙の言葉に、布都が溜息を吐く。  「貴様ら正気じゃないな。五ボスとして一瞬だけ憧れたが、単にアホの二乗だ」  残念だけど、お遊びの時期は過ぎているわ。すでにここは地獄の賭場で戦場なのよ。  賭けられているのは、掛け替えのない自分の魂。飛び交うのは言葉の銃弾と裏切りの刃よ。なんてね。  全員が無意味で不毛な戦いだと気づいているのだろうけど、引くに引けなくなっているのよ。  私もアホの一人だと分かっているけれど、瀟洒な戦略的思考に戻るとする。  前の勝負は、自分の恋人を陥れて敵を増やしただけに思えるけど、それは素人考えよ。  私の誘導で、早苗は親友を売るか、自機仲間を裏切るかの二択にさせられたけど、あくまで決断は本人の意志である。  理屈が分かるからこそ、妖夢の憎悪は私ではなく早苗へと向けられる。  そう、私は共通の敵を持つ、妖夢という絶対の協力者を作ることに成功したのよ。  許して妖夢。腐れ現人神と愉快な仲間たちを葬るためには、あなたを傷つける必要があったのよ。  ……あなたのマヌケな姿を見たい気持ちがあったのも確かだけど!  とにかく、今回で宇宙の根源悪たる早苗を地獄へと叩き落としてやるのよ。鈴仙の目も、自分と同じ苦痛を、全員が受けるべきだと雄弁に語っていた。  七人中、私と妖夢と鈴仙の三人が完全に手を組み、心が折れて負け犬ならぬ負け猫になった燐と、完全に恐怖で動けなくなっている星も私に従うでしょう。早苗と布都の不完全な連携では、私たちには勝てない。  「えーと四十九、五十で次……」  「あ」  妖夢に続く早苗の数字に、私は小さく声を上げる。途端に全員の顔に緊張が疾走した。早苗本人の顔が青ざめていた。  「いえ、今のは無しです。五十一まで……」  「次と言ったからダメよ」  私の笑顔を早苗が睨んでくる。現人神が奥歯を噛みしめる音が、心地よい天上の音楽にも聞こえる。  私の「あ」で、先に敗北した妖夢も五十を言ったという事実が、早苗と全員の脳裏に思い出されたのだ。生け贄は決定された。  早苗は縋るような眼差しで参加者を眺めていく。誰もが目を逸らし、最後に止まる。  「布都さん、私たちは親友ですよね」  「え?親友?」布都はどこか寂しそうな顔になる。「ああ、おうむ、そうだな。親友だ。ずっと、ずっとな……」  ええと、その、あれよ。気づいてあげなさいよ早苗。  しかし、二人の美しい友情には涙が出そうね。全くの嘘だけど。  清い友情とやらがどこまで続くのか、確かめてもらおうじゃないの。  思惑を隠し、数字は淡々と続いていく。  「六十……」「七十、七十一……」「八十、八十一、八十二……というか、私だけが十番台を言っているうううっ!」  早苗のキャラが壊れてきている。  七人中五人の間違った友情力が集結された。  こうなると、早苗に協力して自分の立場を危うくするような者もいない。  泣きそうになっている早苗と布都の視線が交錯する。だけど、布都ですら何も言えなくなっていた。  「みなさん、罰はなにがいいかしら?」  「下劣であるほどいいわね。まず脱がすわ」  「魂魄流の拷問式に、生皮まで脱いでもらいましょうか」  私たちの悪意が満載された会話に、早苗の蒼白な顔が、生物学的にありえない色になっていく。  壊れた猫車を抱え、燐が虚ろな笑みとともに九十四と言った。極限の恐怖で白目をむいている星が九十五と宣言。玉兎の誇りが行方不明になったらしい鈴仙は、またも九十六で安全圏に逃れる。私は九十七で妖夢に渡す。  「うふふふふふふふふふ、九十八、九……」  気味悪い声でいきなり妖夢は早苗を葬ろうとした。かわいらしい耳元に唇を寄せ、優しく私は囁く。  「あらあら、それでは、妖夢は復讐の初心者よ。私なら九十八で止めて次に渡すわね」  妖夢は困惑した顔をしていた。しかし、次の瞬間に私の言いたいことを察し、半月のような笑みを口元に浮かべた。  それは地獄の悪魔と契約する、邪悪な魔法使いの顔だった。  「早く言いなさいよっ!私に罰を受けさせたいんでしょうっ!」  早苗の苛立った声にも、妖夢は優雅に微笑んで返す。  「九十八でいいですよ、次をどうぞ早苗さん」  「え、嘘?」  妖夢は笑顔で手を差し出す。鈴仙や燐、星が不満そうな瞳を向ける。  「本当に?やったー」  気の抜けた早苗は九十九だけを言おうとし、目を見開き硬直する。ようやく事態に気がついたようね。そこで私も妖夢と同じ種類の笑みを浮かべる。  「あら?先ほどは自機仲間を裏切り、今度は自分の親友を裏切るつもりかしら?」  私の声に、早苗は泣きそうな顔になる。少女は布都の方を向く。  「……かまわぬぞ早苗殿。我が犠牲になろう」  布都が言い切ったが、頬が痙攣している。最終回の罰は、死ぬことが分かっている。だとしたら、たいした自己犠牲ね。  私たちを見据える早苗の顔は、悲壮感に溢れるものだった。私はこういう顔を見たことがある。  賭博場にある緑の羅紗の上で、自分の全財産が溶けていくのを見ている敗北者の顔。決定的な破滅に、心がブチ折れてしまった人間の顔ね。  長い長い沈黙が経過し、早苗はようやく重い重い言葉を吐き出した。  「九十九……百。これでいいんでしょうっ!」  早苗の絶叫に、布都が安堵の息を漏らした。だが、すぐに自らの卑劣さを恥じるように早苗の肩を抱いた。早苗が疲労しきった顔で笑っていた。  「布都さん、私、私は……」  「早苗殿、もういい。何も言うな」布都は漂白された顔をしていた。「……と言うか、何を言っても虚しいし」  だが、私はそんな美談を望んでいなかった。  私が視線で確認すると、鈴仙と妖夢のその目が、「裏切り者に凄惨な復讐を!」と求めていた。  任せなさい。早苗の魂を復活不可能なまでに砕いてやるわ。  私が机の上に小さく拳を握ると、妖夢と鈴仙の手もそれに答えて小さく拳を作る。  妖夢の望んでいた結束が、間違った形で結実した。私と妖夢と鈴仙の負の魂が、今、ひとつになった。  視線で飲み物を探し、見つけた。  「そこのウェイトレスさん。勝利の美酒を私に」  ***  「はい、もう一回やってください」  屋外席の手すりに並んだ私たちの眼下。屋外席の下から出てきた早苗が。川縁の道の中央で固まり、通行人が何事かと見ている。早苗は首を傾げて私たちを見上げる。  「え?」  「なにも「え?」ではありません。早くしてください、負け犬。いえ、負け虫が」  妖夢の氷点下の声が、早苗を打ちのめす。唇を噛んで堪える早苗の唇が、小さな小さな声を漏らす。  「聞こえませんね。もっと大声を出さないと、商売になりませんよ?」  妖夢の追い打ちは厳しい。人間関係って簡単に壊れてしまうものねと私は感心してしまった。  「私の教えたとおりにやりなさいよ。ひとつでも間違えると、また最初からやり直しよ」  私の言葉に早苗の細い肩が震える。少女は長い息を吐き、自らを振り切るように顔を上げた。それは勝てないと分かっている戦にそれでも向かう、戦士の覚悟の顔だった。 覚悟があっても、やっぱりこの戦いには勝てないけどね。  川辺の道で、早苗は引きつった笑みを浮かべる。  御幣を振って、能力を発動。安っぽい緑色の光をまといつつ、奇妙な舞を踊る早苗。そして踊りながら、道を通りすがった親子連れに向かって突き進む。  「スイーツ(笑)なイタいJKにしか見えない、魔法少女早苗参上!」  自らの目の前に、左手で横向きのV字を作る早苗。もちろん、反対側の目を閉じ、口からは照れたように舌を出している。  父親は思いっきり引いており、父親の手を握っている幼児は泣き出しそうになっている。  「ポンパロ、ピンピロ、アロパルパ!あなたのくだらない夢とゲスい欲望を、邪悪な奇跡でかなえちゃうぞ、ただしばっちり有料で」  さらに御幣を振りつつ踊る早苗。  「うわあああああん、怖いようっ!」と幼児は恐怖のために泣き叫び、「見るな、寿命が縮むっ!」と父親が我が子を抱えて逃げ出した。  親子は超弩級の変質者だと思ったのでしょう。  川岸の路上には、イタいJKの魔法少女が一人取り残されていた。右手からは、御幣が力なく下がり、床に先端を引きずっていた。  守矢神社の巫女こと早苗が耳まで真っ赤に染めてうつむき、肩を震わせていた。早苗が顔を上げた。三角帽子の先端が揺れる。二階の私たちを涙混じりの双眸で見上げる。  「こんな商売が成立するかっ!なんですかこの、カワイさ目指してイタい呪文はっ!?」  またも揺れる三角帽子に、私は笑いそうになる。だけど、手摺にもたれる私は耳元に手を当てて問い返す。  「はあ?職業に貴賎はない。そうですよね従者の皆様方?」  妖夢が鷹揚にうなずく。鈴仙と燐と星と布都は、私たちと目も合わせない。妖夢だけが絶好調ね。  「早苗さん、こちらに声をかけないでいただけますか?私たちが変質者の知り合いだと思われてしまいますから、はっきり言って迷惑です。存在が公害です」  手の甲を口元に当てて、妖夢が優雅に高笑いする。ああ、私はこんな妖夢も大好きよ。  「魂魄妖夢白玉楼専属庭師県西行寺剣術指南役ったら、素敵に残酷ですこと」  「いえいえ、十六夜咲夜紅魔館侍従長こそすばらしく冷酷でございます」  私と妖夢の笑いは止まらない。笑いすぎて腹が痛い。  悔しさのあまり、早苗の足が床を踏みにじる。  「……あの、注文されたお酒です」  すでに視線も合わせようとしないウェイトレスが酒を運んできた。盆の上の酒杯をひったくり、一気に勝利の美酒を味わう。独特の苦みでおいしい。  私と妖夢は高笑いを止めて、眼下の下民へと視線を向ける。妖夢が声をかける。  「では、もう一回。がんばってくださいね、東風谷早苗さん」  「よ、妖夢さん、頼むから名前を全て言わないで!身元が特定されたら、外に出られなくなる!」  早苗の絶叫に、慈母のように目を細めて妖夢が微笑み返す。  「では急いでください。東風谷早苗さん」  残酷な言葉に、早苗の瞳に絶望の闇。  「妖夢さん、あなた、私以上にキャラが壊れてませんっ!?咲夜さんの悪い影響が出ていますよ!?」  私は仕方なく正義の怒りを爆発させた。  「私にも謂われのない文句を言うつもりかしら?東風谷さ……」  「わ、分かりましたよ、この外道ども!」  「誰が外道ですか?東風谷早苗さん、守矢神社の巫女で、妖怪の山の頂上に……」  「さっきのは嘘です!心からごめんなさい!全力全開で魔法少女をやらせていただきますっ!」  私たちの眼下では、騒ぎに人々が集まっていた。夕飯を食べに来た男女に、川辺に散歩してきた家族連れが通りすがる。  観客の前で、早苗はひたすら奇怪な魔法少女の踊りと、謎の奇声を繰り返していた。人々の奇異の視線と失笑を一身に浴びて。  「脇が甘い!アホ呪文がお腹の底から出ていません!早苗さんは幻想郷を舐めているのですか?」  妖夢の厳しい声で早苗が踊る。半泣きで。  「ダメよ、もっと真心を込めて踊りなさい!誇りだとか自尊心だとか、人間としての大事なものを全て捨てなさい!話はそれからよ!」  私の冷酷な言葉で早苗が踊る。三分の二泣きで。  「魔法で幻想郷を平和にしなさい。魔法で幽々子様の暴飲暴食を止めなさい。魔法で咲夜さんの変態行為を止めなさい!できないと終わりませんよっ!」  妖夢の邪悪な指摘で早苗が踊る。すでに十分の九泣きだった。  「もっと哀れみを誘いなさい!哀れみと施しこそが魔法少女の喜びで収入なのよっ!」  私と妖夢の苛烈なダメ出しが続き、すでに二十分が経過している。  誰かに金を施してもらうまで続けなくてはならないけど、はっきり言って、こんな商売が成り立つわけがない。つまり、私たちの気分次第で、この世の終焉まで続けられるのよ。  自警団が来て逮捕、もしくは射殺の方が早いだろうけど。  開始から二十二度目、ついに早苗は下から出てこなくなった。  心配顔の布都が階段を下っていく。私は跳ねるような足取りでついて行く。  川縁へと出る階段の前で早苗は膝を抱えてうずくまっていた。魂が抜けたような虚ろな表情をしていた。  布都が駆け寄ろうとすると、小さく少女の唇が動いた。  唇は囁くように呪文を唱えている。  耳を澄ませると、「私が生まれた意味って何ですか?これが私の目指した現人神としての高み?否、断じて否!でもでも……」と、人妖として言ってならないことを延々とつぶやいていた。  廃人寸前の状態に、さすがに哀れになってきた。  「もういいわよ早苗、私たちが悪かったわ。少しやりすぎた」  私の言葉の傍らを、剣士特有の無音の足取りで妖夢が通り過ぎた。妖夢は手を伸ばした。自機仲間の早苗の肩に優しく手がかけられた。  涙を零している早苗が顔を上げ、瞳は妖夢を見上げる。恐怖に震えて首を振る早苗。  「いや、許して。これ以上は死ぬ。心が死んじゃう……」  許しを与えるように、妖夢は首を振った。早苗の双眸に希望の光が射していく。  「……妖夢さん、あなたに子豚の全力の物真似をさせた私でも許してくれるのですか……?」  「もちろん……」  だが、妖夢の首の左右の動きは止まっていなかった。  「もちろん、子豚の物真似の屈辱は、この程度の罰では晴れません」  感情のない妖夢の声に、早苗の顔が希望から極限の恐怖に暗転。  「はい、休みは終わりです!次は大通りの大観衆が魔法少女を必要としている気がしますっ!」  妖夢の細い手が、かぎ爪となって早苗の手首をつかむ。早苗が必死の抵抗を行うが、妖夢は強引に引きずっていく。  「イヤ、それだけはイヤ!幻想郷で存在できなくなるっ!」  「存在しなければいいのです」  冷酷なまでに、妖夢の手は早苗を大通りへと引きずっていく。自分より背が高い相手が抵抗しているのに、剛腕は引きずる。燐と星と布都が前に出る。  「ちょっと待……」  「ちょっと、なんですか?」  妖夢の一瞥を受け、三人は硬直した。  「それとも、あなたがたが早苗さんの代わりをする、ということですか?」  冷たい妖夢の笑みに、三人は無言のまま首を全力で左右に振った。そして階段の壁際まで後退する。  妖夢と早苗の姿が川辺の道から消えて、一分。大通りの方から妖夢の怒鳴り声と、早苗の嗚咽混じりの呪文が響いてくる。それはもはや悲鳴と絶叫だった。  「妖夢、みんな仲良くと言っていたあなたは、どこに行ってしまったの?何故人は憎しみあい、傷つけあうの?」  私は深い哀しみを込めて、惨劇を見送ることしかできなかった。私は無力よ。鈴仙が苦い顔をしていた。  「よく考えたら、何もかもあなたが原因のような気がするのだけど?」  鈴仙が私を責めているようにも思えたけど、気のせいでしょう。  「そういえば咲夜さん?」  隣から聞こえた声に、私たちは驚いて振り向く。底には大通りから未だ声を出しているはずの妖夢の姿があった。  「あっ、これですか?あちらは半霊に任せてきました」  それで私たちの疑問が解ける。  「それで妖夢、何の用かしら?」  「いえ、盗撮の件について何ですけど……」  そこで私は妖夢に腕を捕まれる。  「常日頃から考えていたんですけど、魂魄流拷問術を発展させたいと思って、実践してみたいと思ったのです。いえ、します」  そして私は妖夢に引きずられていく。  「よ、妖夢!お願いだから話し合いましょうっ!」  だけど、そんな私の言葉を妖夢は無視する。  あ、鈴仙、燐、布都、顔を逸らさないで!星、念仏を唱えないで。洒落になっていないから。  私は静かに目を閉じて、妖夢の罰がせめて半殺し程度であることを願った。  その日、一日をかけて、生き地獄という単語の正確な定義を、私は身をもって妖夢から教わることになった。  何があったのかは、具体的には思い出したくない。  思い出そうとすると、私の海馬が断固として拒否する。