思い出せない それが唯一の記憶だった 『敵は全て倒さなければならない』 『分かり合える筈だ』 二つの声が頭の中でせめぎ合う 頭? 頭とは『誰の』頭だ? 『死を背負ってこそ、戦うことが出来る』 『全ての生きる者の為に、命を背負って戦う』 これは誰だ? 『その為の――G4だろう』 『それが――仮面ライダーだ』 私は――――    見上げれば満天の星空だった。雲一つない、綺麗な星空。自分の中にある天体データのどれとも一致しない、美しい星空 (ここは何処だ?)  反射的に『最期』の記憶を呼び出す。『最期』に聞いたのは――もういいだろう、という声だけ、ここが何処で、何時の間にここにいたのか、それは全く分からない  ゆっくりと身体を起こすと、周囲に咲き乱れるスズランに気がついた。一面のスズラン畑、それが倒れていた場所だった。ほんの少し首を振ってみるが、周囲に光は全くない。余程の山奥なのか、それとも―― 「あなた、誰?」  聴覚センサーが捕らえた声に、ゆっくりと後ろを振り向く。人工の光は無いが、月明かりは視界を確保するのに十分な程だ。それに、僅かな光さえあればそれを増幅して一定の視界を確保することも出来る。視界に飛び込んできたのは、少女の姿。まだ十代前半だろうか、華奢な体つきに金色の髪。その髪の上で揺れる真っ赤なリボンに、いかにも少女といったデザインの洋服 「あなた、誰?」  瞳に揺れる感情は困惑だろうか、或いは好奇心だろうか。こちらを覗き込む瞳からそれを読み取る術はない。少しだけ迷ったが、言葉となったのは問いかけに対する答えではなく、こちらも質問だった 『ここは何処かな、そして君は誰だ?』 「私?私はメディスン・メランコリー。で、こっちはスーさん」  少女の肩の辺りに浮かんでいた小さな人形がこちらを向いて首を傾げる。一瞬では理解しがたい状況に、僅かにノイズが走るが少女は――メディスンはそれに気づいた様子も無く続ける 「ここは私のスズラン畑。それで、あなたは誰?」  スズラン畑。通りでスズランが乱れ咲いてる訳だ。膝を突いて立ち上がり、全身のダメージチェックを行う。幸いな事に、致命的なダメージは負っていない 『私は――』  大丈夫だ、自分の事はよく知っている。果たして此処が何処で、どうして此処にいるのか。その方がより重大な問題である。赤外線を含んだ視線を周囲に投げかけても見えるのはスズランだけ。一面のスズランだけだ 『G4、G4だ』  メディスンが不思議そうな表情でこちらを見上げてくる。そうだ、私はG4だ。陸上自衛隊所属第4世代型対未確認生命体強化外骨格及び強化外筋システム、G4。それに間違いは無い。しかし、一つだけ分からない事がある。  私は誰なんだ? 『成程、ここは日本ではないのか』 「ここは幻想郷だよ」  太陽が中天に差し掛かる頃、G4とメディスンは魔法の森近くを歩いていた。あの後、G4はメディスンとずっと話をしていた。とは言ってもメディスン自身があまり知識が豊富でないという事もあり、最低限の情報しか得ることは出来なかったが。それによればここは『幻想郷』と呼ばれる土地であり、俄かには信じ難いことに魔法や妖怪の存在する世界であるらしかった。当初は拒否反応を起こしかけたG4だったが、軍事作戦従事者として設計された『彼』は論理的思考の他に、ある素晴らしい機能を持っていた。現実主義がそれである。目の前で起きている事を信じ、それに即応する。それは『軍人』として当然の思考回路であり、現状で何も信じる事の出来ないG4にとっては、唯一信じるに足る事実であった 「私じゃよく分かんないから、アリスとかに聞いてみるといいよ」  そう言われて今は香霖堂という所に向かっている。メディスンの話によれば「アリス」はとても頭がよいので、G4の質問にも答えてくれるだろうとの事だった。メディスンと連れ立って歩いている最中にも、G4は周囲の情報収集に余念が無かった。周囲に生い茂る植物は日本国内に自生、或いは植林されたモノと一緒だが、明らかに異なる特性を見せていたし、センサーが捕らえた幾つかの生命体の反応は、一部を除き明らかに既存の生態系とは異なっていた 『メディスン、少し聞きたいんだが』 「メディでいいよ。何を聞きたいの?」  かなりの身長差がある為に見下ろす形になるG4に、メディスンも見上げる形で答える 『では……メディも人間ではないのか?』 「……違うよ、私は毒の人形。何時か、人間達から人形を開放するのが夢なの」  ぐっと握り拳を作って力説するメディスンに、そうかとだけ答えて視線を正面に向けなおす。メディスンの夢は昨夜も聞いた。人間と妖怪、その間には自分の知らないような溝があるのだろうか。そう考えると僅かに思考にノイズが走る (同じような状況を知っている)  それが何時経験したものであるのか、それを自覚出来ないまま、香霖堂までは数分を残す所まで来ていた 「霖之助、アリスいるー?」  一見すると廃屋にも見えかねない香霖堂のドアを開けて開口一番メディスンが尋ねる。あまり交友関係が広くないらしいメディスンだが、如何やら此処の店主とは面識があるようだ 「やれやれ、今日はやけに来客が多いね」 「あら、いい事じゃない?」 「霖之助は読書する時間が無くなるのが嫌なんだよねぇ」  何処か疲れたような表情でこちらに顔を向けたのが店主らしい。その周囲に二人ほど少女が座って談笑をしている。そのどちらかが「アリス」なのだろうか? 「珍しいじゃないか、メディスンがここまで来……」  言いかけて霖之助の口が止まる。メディスンの後ろ、決して背が低いとは言いがたい霖之助と比べてみても、なお背が高いG4を唖然とした表情で見ている。その視線に気づいたのか、少女二人――河城にとりとアリス・マーガトロイドも視線をメディスンとG4に向けて、やはり動きが止まる 「あ、こっちはG4って言うの。多分、外の世界から来た人」 『正確には人とは言いがたい気もするが、便宜上そうして頂けると有難い』  唖然とした三人が頷いたのは、それから優に数秒後のことだった 青年説明中 「……とまぁ、これが幻想郷についての大体の説明だよ」 『把握した。客観的な説明を感謝する』  アリスとにとりの興味津々と言った視線に晒されながら、霖之助の説明を受ける事十数分。G4が求めていた幻想郷に関する情報は十分に手に入った。この地の説明を求めた時に、『可能な限り個人的考察を含まず、客観的事象のみを求める』と言った時に霖之助が少し不満そうな顔をしたが、それ以外は有益極まりない話だった 「しかし……外の世界では、君のような式神がいるのかい?」 『式神という概念が何を含むかによってその返答は変化するが……』  会話の中でG4は霖之助が持つ独自の解釈に面食らう場面もあったが、それ以外では非常に博識な人物であるということが分かった。同時に、自分達の世界には存在し得ない技術を、自分達の技術感で理解し表現するという事の難しさも理解した 『私は……意志を持つ鎧という解釈が最も適当かもしれない。勿論、それだけで私の全てを説明出来る訳ではないが』 「興味深いわね……完全自立型の人形って解釈も出来るかしら?」 『人形という概念の広大さを考えればその解釈も間違いではないと思う』 「でもさ、それって人が着るんでしょ?今のG4の中には誰か入ってるの?」 『不明だ』 「ならば妖怪化したという事も考えられるね。九十九神になるには早いが」 『……一考の余地がある。バッテリー消費も殆ど無い事も、それで説明が付く』 「ばってりーってスーさんの毒みたいなの?」 『的外れでもない』  喧々囂々の会話が続いたが、最終的にはG4が必要な情報を得られてよかったね、という所で落ち着いた。溜息を一つ吐いて、背もたれに身体を預けた霖之助が、ふと疑問を呈した 「それで……これからどうするんだい?人里に行くなら彗音に――人里の守護者なんだがね――僕の方から一筆書いてあげてもいいんだが」  どうやら霖之助はG4に対して好意的な印象を持ったようだ。外の世界の知識が豊富で、自分とも十分に議論できる相手、それも常識と秩序を兼ね備えた相手となると、これは霖之助としては得難い友人だろう。常の霖之助を知っているアリスとにとりからすれば気味が悪いほどの提案だが、G4は少し考える素振りを見せた 『いや……今はまだいい。もう少し、この幻想郷の環境を理解してから行ってみようと思う。話から推測するに、私のようなタイプが人里へ行っても無用の混乱を引き起こす可能性が高い』 「だろうね。今までに見なかったタイプだから」  苦笑交じりに霖之助が答える。外の世界から迷い込んできた人間は多くとも、G4のように人とも妖怪とも違う姿で人里に行けば、混乱が巻き起こるのは間違いないだろう。今度、彗音が来店したら一言言っておいた方がいいかもしれない。そんな風に考える霖之助を他所に、G4はアリスとにとりに向き直る 『お二人とも、快い情報提供に感謝する』 「気にしないで頂戴」 「今度、ちょっといじらせて欲しいなーとか思うけどね」  人の良さがにじみ出るアリスに、さらっと怖いことを口にするにとり。その二人に感謝の視線を投げかける(といってもG4の場合判断し辛いが)G4の片手を、メディスンが引っ張った 「G4、じゃあ私の所に来る?」 『……いいのか、メディ?』  メディスンはスズラン畑の近く、古びた廃館に住んでいる。G4が居候したところで居心地が悪くなってしまう程、狭くも無いし、第一G4が知っている幻想郷の土地はこことメディスンのスズラン畑しか無い 「いいよ、G4だったらスズランの毒も効かないみたいだし」 『私は機械だからね。ではメディの所にお邪魔させてもらおうか』  一応の結論が出た所で席を立つ。三人に感謝の意を伝えて、香霖堂の扉を開ければ既に夕闇が迫る時刻になっていた。霖之助が、人里へ一言言っておくという事を伝えると、G4は再び感謝の意を伝えて歩き出す。その後ろをメディスンを付いていく姿を眺めていた三人の心に、何故か暖かい物が溢れていた (私は一体、何故この地に来たのだろうか)  廃館の一室をメディスンと二人がかりで片付けて、漸く人心地ついた頃、既に月が中天にかかっていた。ガラスの砕けた窓から夜空を見上げるG4は、自問を繰り返していた (この地がどういう場所かは分かった。だが、何故私はここにいるのだろう?)  考えても答えは出ない。そもそも――彼には自分がG4であるという以上の記憶が存在していない。自分がどういう存在なのかは分かっても、今の自分が何なのかは全く分からない。或いは霖之助の言う通り、自分は妖怪化してしまったのだろうか? (もっと情報が必要だ)  人里にはもっと情報があるだろうか。或いは霖之助にもっと情報が集まる場所を聞いてみてもいいかも知れない。もっとも、それで自分の抱えている悩みが解決するという保証は何処にも無いのだが、何もしないよりは遥かにマシだ 『とりあえずは……』  眠ることが先決だ。スリープモードに移行すれば眠れるのだろうかと、G4は小さく首を傾げた  月夜に、命連寺の縁側に影が一つ。村紗水蜜は変な時間に起きてしまった事を後悔していた。今から寝ても中途半端にしか眠れないし、起きているには少し長い。実に中途半端な時間だった 「まいったなぁ……」  頭をかきつつ縁側で足をぷらぷらさせる水蜜。だが、こうしていると昔――それも遠い昔、船に乗っていた頃を思い出す。今や星輦船は命蓮寺となってしまった以上、軽々と元の姿に戻ってしまう事は出来ない。幻想郷に海が無い以上、水蜜が愛してやまない大型船は存在しないのだ 「また、船に乗りたいな。それも大きな奴」  誰に言うでもなくそう呟いて、自嘲気味に苦笑する。おかしなものだ、船幽霊たる自分が、船に乗りたいだなんて。生前の記憶が大きく反映されている証拠だが、無い物は無い。はぁ、と小さく溜息を吐いた水蜜の耳が、僅かな物音を捉えた。反射的に庭に降り立ち、周囲を警戒する 「……誰、出てきなさい」  一瞬にして剣呑な空気を撒き散らす水蜜の足元で、砂が動いた。警戒の視線を緩めない水蜜の耳に、確かに声が聞こえた [お前の望みを叶えてやろう]