「はいどーもーこんばんわー。今宵も東方ファイトのお時間がやって参りました。本日の対決はキックボクシング、対決者は香霖堂店主森近霖之助氏および境界の大妖八雲紫氏です。なお司会進行&実況は私清く正しく元気があればなんでもできる射命丸文が務めさせていただきます。また解説には肉体派という事で藤原妹紅さんにお越し頂いております。妹紅さん、早速ですが今回の対決、どうなると予想されますか?」 「お互いキックボクシングはど素人なんだろ?なら単純に力の強い方が勝つ」 「なるほど。つまりは八雲氏の勝利という事でしょうか。では選手の入場です。まずは西コーナー、森近霖之助ー!」 まばらな歓声の中、ローブを纏った霖之助がリングに上がる。会場に向かって軽く手を振る。まばらな歓声。 「続いて東コーナー、八雲紫ー!」 霖之助よりも大きな歓声が上がり、紫が入場してくる。 ローブを羽織ってはいるが下はいつもの導服である。 リングに上がり、会場に向けて軽く小手を振る。またしても大きな歓声。 両者ローブを脱ぎ、リング中央に立つ。 霖之助が一応キックボクシングらしくキックボクシング用のズボンを履いているのに対して平服の紫はゴングの上ではもの凄い違和感がある。 「審判は私、四季映姫が務めます。双方とも、事前に渡したキックボクシングのルールブックは熟読してきましたね?」 「もちろん」 「もちろんですわ」 「ではお互い、試合前に握手でも」 映姫に促され、両者が手を差し出す。 「あー、その、お手柔らかに」 「こちらこそ、お手柔らかに」 滅多にない肉体作業に少々緊張している霖之助とは対照的に、紫は優雅に霖之助の手を握り返す。 「それでは、始めますよ?小町、ゴングの準備はいいですね?では、ファイト!」 カーン ゴングが鳴り響く。 「さていよいよゴングです。第1Rが始まりました。妹紅さん圧倒的に不利と見られる森近氏の起死回生の秘策ですが…」 ハイテンションな射命丸の実況と少々投げやり気味に聞こえる妹紅の解説、それから観客の歓声が会場を包み込む。 さて、と明らかに分の悪い霖之助も先ずはとりあえずと一歩を踏み出す。 だが次の瞬間、紫の身体が跳ねた。 軽くジャンプしたかと思うと、厄神もかくやという超高速で紫が後ろ回し蹴りを放ったのだ。 会場が凍り付く。 その瞬間を正確に目撃できていた少数の者は、勢いから考えて霖之助の首が飛ぶのではないかと想像しただろう。 審判の映姫ですらそう思い思わずごくりと息を飲み込んだ程だ。 だが紫の踵は霖之助のこめかみ数ミリで止まる。 「うぉー!今の見ましたか妹紅さん!八雲氏は体術も出来たのですねー!」 あまりの出来事にゴングからわずか数秒で静かになってしまった会場に射命丸の実況だけが響き渡る。 目を見開いて呆然としている霖之助に、紫はにっこりと微笑んで語りかけた。 「霖之助さん。力量差は歴然よ。棄権をオススメしますわ」 だがこめかみに紫の蹴りを突きつけられた状態の、霖之助は口をぱくぱくさせるだけで言葉を発せない。 紫がゆっくりと足を降ろすと、霖之助はぺたんと腰を抜かしてしまった。 「審判」 映姫に向き直り、紫が口を開いた。 「確かルールブックには、10カウント以内に立ち上がれない者はノックアウトとあったと思うけど?」 「え?あ、あぁ、はい。ワン!ツー!スリー!」 カウントを取り始める映姫。 霖之助はリングに腰を下ろしたまま妖気にでも当てられたかの様に動かない。 映姫のカウントが続く中、ぼそりと焦点の合わない虚ろな瞳の霖之助が呟きを漏らした。 「………だった」 「はい?」 思わず映姫が聞き返す。 「くろ…だった…」 霖之助の譫言に映姫と紫が凍り付く。 そして運の悪いことにその呟きを会場のマイクが拾ってしまっていた。 「黒?黒ってなんだ?」 「そりゃあお前、やっぱりあれだろう」 「え、いや、まさか、そんな」 「ねーねーおかーさん、なにがくろなのー?」 こちこちこちと、気まずそうに映姫が紫の顔を見る。 紫は顔を真っ赤にしたまま凍り付いていた。 「えーと、その、黒…なんですか…?」 頭が真っ白の映姫が思わず聞いてしまう。 そして次の瞬間、 「いいいいいいいいやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁl」 紫の足下にスキマが開くと、紫は凄まじい悲鳴を残してすとんと落ちるようにスキマに消えてしまった。 結果:格好付けようとして大失敗した紫が10カウント前に試合放棄したため霖之助の勝利