うららかな昼下がり。 幻想郷と外の世界の境界に建つ博麗神社、そこの巫女である博麗霊夢はいつもどおり縁側で煎餅を齧りつつお茶を飲む至福の時を過ごしていた。 「あぁ、平和ねぇ……」 庭の掃除もそこそこに「何事にも休息は必要よ」と普段から休息ばかりしている不良巫女霊夢。 そんな彼女の元に今日も参拝客ではないお客がやって来た。 「こんにちは。霊夢さん、いらっしゃいますか?」 表からそう呼ばわる声は霊夢にとってあまり馴染みのある声ではなく、またその物腰の柔らかい口調も「はて、私の知り合いにあんな喋り方 をする奴がいたっけな?」と瞬時には誰のものだか思い当たらないものだった。 しばらく誰だっけなと彼女は頭をひねっていたが、謎の声の主が縁側に姿を現した途端ようやく合点がいったようだった。 「あぁ、アンタか」 「開口一番がそれとはご挨拶ですね」 ウェーブがかかった長い髪をふわりと揺らしながら、笑顔でそう答える女性。 彼女は聖白蓮。 この春新たに幻想郷にやってきた実力者、命蓮寺組の長である。 「それで……」 ズズ……とマイペースにお茶を一啜りしてから 「今日は何の用で来たのかしら?」 と来訪の意図を聞く霊夢。 「えぇ、そのことなのですが」 よっこいしょと霊夢の隣に腰掛ける白蓮。 「あなたはアリス・マーガトロイドという方をご存知無いでしょうか?」 「アリス……?」 唐突に思わぬ知り合いの名前が出て、霊夢は疑問の声をあげる。 「アリスなら、まぁ友人だけど、何であなたが……」 言いつつ煎餅に手を伸ばす霊夢。 「そうですね、話すと長くなるのですが……」 その前に一枚いただいてもよろしいですか、と煎餅をもらう白蓮。 白蓮が語るところは簡潔に言うとこうである。 彼女は千年以上魔界にある法界という場所に封印されていた。 その際、魔界の神と親しい関係にあったのだが、最近その神様から連絡が来た。 曰く、「アリス・マーガトロイド」という女の子を私の元に連れてきて欲しい、と。 「魔界の神ねぇ……」 霊夢の脳裏をたくましいサイドテールの少女の姿がよぎる。 魔界の神……神綺は文字通り魔界を一から作っちゃったとんでもない神様である。 もちろん魔界に住む人、魔界人も全て彼女によって作られた。 アリス・マーガトロイドも、その魔界人である。 要約すれば、魔界神である神綺が魔界人であるアリスに用事があるので親交のあった白蓮に、どういう方法で連絡をとったのかは知らないが 連れてきて欲しいと頼んだ。しかし白蓮はアリスと面識が無いので、知ってそうな人物を当たろうと霊夢の元に来た、ということらしい。 「さて、私は伝えることも伝えましたので、お暇させていただきますね」 再びよっこいしょの掛け声で、今度は立ち上がる白蓮。 「あらそう?もう少しゆっくりしていってもいいのに」 と、お世辞を言う霊夢の表情は、考え事をしているのか少し上の空だった。 「お言葉に甘えたいところですが、寺の方が忙しいもので。それでは今回のこと、よろしくお願いしますね」 対してこちらはお世辞でなく残念そうに答えると、本当に忙しいらしく超人「聖白蓮」の天狗もかくやという超スピードで命蓮寺の方角へすっ飛んでいった。 「まるで嵐が通り過ぎてったみたいね……」 ぼんやりと白蓮が飛び去った方向を見やる霊夢。 なんだかな……とつぶやきながら、再び神綺とアリスのことを思う。 「今更何があるのかしら……?」 まぁ、考えたところで仕方が無い。とりあえず頼まれたからにはアリスの所へ行こう、その前にあと一杯お茶を飲んでから……。 その頃、冥界白玉楼。 広大な敷地の一角で剣術の鍛錬に励む少女の姿があった。 「ふぅ、そろそろ少し休憩しよう」 霊夢と違い、精一杯自分の務めを果たした上で休息を取る半人半霊の少女、魂魄妖夢。額には健康的な汗が光る。 「……しかし、だいぶ長いこと話をしているな」 彼女は、ちら、と側の障子が締め切られた座敷を眺めると、不安げにそう呟いた。 実のところ、今日の修行はあまりはかどらなかった。妖夢にはさっきから懸念事項が一つあったからである。 少し前、白玉楼にも来客があった。 竹林にある永遠亭に住む『月の頭脳』八意永琳。 何を隠そう妖夢の主である西行寺幽々子の『死を操る程度の能力』が通用しない不死身の連中『蓬莱人』であり、天敵とも呼べる存在である。 そんな彼女の来訪を妖夢は不審に思ったが、更に永琳は幽々子と二人きりで話がしたいと言い出した。 大いに警戒する妖夢をよそに幽々子は二つ返事で快諾してしまい、奥の座敷に二人で篭ったまま未だに出てこない。 「いったい何を話しているんだろう……」 妖夢は心配でならなかった。もし主の身に何かあったら、と考えると修行がはかどるはずなどない。 だから、ちょうどいいタイミングでようやく出てきた二人を見て、幽々子に何事も無かったのを確認すると、ほっと胸をなでおろしたのだった。 しかし何か様子がおかしい。 永琳が、ではない。 幽々子が、でもない。 二人揃っておかしい。 二人揃って気持ち悪くにやにや笑いながら、二人揃ってこっちをちらちら見て、また二人揃って今度はくすくす笑うのである。 「解せぬ……」 そんな二人の様子を見て『みょん?』と小首を傾げる妖夢。かわいい。 しかしもし彼女が、何故二人がこっちを見てにやにやちらちらくすくすしているのか、その理由を知っていたら。 こんなところでぼんやりなどせず、今すぐその場から逃げ去っていただろう。 二人の悪魔が妖夢を呼ぶ。 明らかに怪しい。 それに無防備にとことこ近寄る妖夢。かわいい。 彼女はその時に気づくべきだったのだ。 永琳の手に、奇妙な色の薬があったことに……。 次の日。 魔法の森に住む普通の魔法使い、霧雨魔理沙は寝ぼけ眼で朝食の味噌汁を飲みながら今日の予定を考えていた。 ぼんやりとした頭で、そうだ今日は久々に紅魔館に突撃でもかけるか、とかなんとか物騒なことを画策していると、遠くのほうから何やら声が聞こえる。 「ごうがーい、ごうがいだよー」 あぁ、暖炉にくべる紙がそろそろ無くなってきてたな。そう思い、文々。新聞号外を取るために外に出て深呼吸をしながら思いっきり伸びをする。 「うぅ……、ん。ふわぁあ……」 「おはようございます。髪ボッサボサですね魔理沙さん」 幻想郷最速は伊達では無く、魔理沙の姿を確認するやいなや上空から霧雨邸の玄関に文が着地するまで瞬きする間も無かった。 「今紙がちょっと足りないんだ、一部と言わず何部かくれ。何だったら全部もらってやってもいいぜ」 「そういう不純なことに使わずちゃんと読んでくださいよ。はい、一部だけ」 「そんなケチくさいこと……、チッ、もう行きやがった」 そんなちょっとしたやり取りの結果、文々。新聞号外は結局一部しか貰えなかった。 そんなもの暖炉にくべてもあまり意味も無いので、仕方なく読むとも無しに読み始める魔理沙。 すると、予想以上に面白い記事(写真付き)が載っていた。 『白玉楼の庭師、魂魄妖夢氏と魔法使いのアリス・マーガトロイド氏が急成長!?推定外見22歳!!』 これは今日の予定を大幅に変更しなきゃいけないな。 ニヤリと笑う魔理沙。それは確実に良くないことを企んでいる笑顔だった。 「見た目22歳の妖夢と同じく見た目22歳のアリスのセクシーさ対決をやるから審判をやってほしい……?」 唐突にやってきた白黒が妙な問題を持ってきたせいで、四季映姫は非常に不機嫌だった。 「まったく、馬鹿も休み休み……」 言いながら大量の胃薬をドザーっと飲み込む映姫。 「まぁまぁ、ファイトは楽しいほうがいいだろ?」 ものすごーくいい加減な理由で東方ファイトを開こうぜとのたまう魔理沙。映姫の威圧(やりたくないオーラ)などなんのそのである。 「……まぁ、いいでしょう。引き受けても構いません」 胃薬と一緒に文句も飲み込む映姫。何を言っても魔理沙には暖簾に腕押しなので諦めたともいう。 「しかし今回の……、何ですか、セクシーさ勝負?私はあまりジャッジに向いてないと思うのですが」 これは別に何も彼女は嫌だから言っているのではなく、純粋に、言い方は悪いが堅物の閻魔である自分に『セクシーさの何たるか』といった基準などはわからず ジャッジの公平性に問題が出てくるのではないか?という危惧からきた言葉である。 「なぁに、そこらへんはぬかりは無いぜ」 しかし魔理沙はちゃんと対策を立ててきたらしい。 「はぁ、それでは細かい部分はあなたに任せてしまってもよろしいですか?」 「おう、どーんと任せとけ」 一抹の不安を残しつつ、今回も東方ファイトが開催されることとなった。 「さぁ、第……何回目だか知らないが、今日もまた東方ファイトが開催されるぜ! 司会進行役および審査員の霧雨魔理沙だ!」 「うおおぉぉぉおおおおお……っ!!!」 会場は異様な熱気に包まれていた。 それもこれも、文々。新聞号外に載っていた写真が原因である。推定外見22歳になった二人の姿は幻想郷中の人妖を虜にするほど、ただただ、綺麗だった。 しかもその二人がセクシーさを勝負で競うとなれば幻想郷の男衆、同性もアリな女性衆が大勢押しかけるのは当たり前といえる。 「さて、勝負を始める前にルール説明だな。審判は皆ご存知四季映姫ヤマザナドゥ、ただし今回のジャッジには向かないってことで、私が用意した  審査員、ちなみにその審査員には私も含まれるんだが、まぁその審査員数人で多数決をとる形になってる。おいこらそこ、映姫いらなくねとか言うな  間違っても審査員に不正が無いよう公平なジャッジをするために呼んだんだ、お祭りごとでもハメをはずしすぎちゃいけないんだぜ。」 長々と解説する魔理沙。それにしてもこの魔女、ノリノリである。 「さて、審査員の紹介にでも移らせてもらおうかな。……えぇいそこうるさい!わざわざ焦らしてるのがわからないのかこの「そこまでよ!」野郎が!  まったく、まぁ、邪魔が入ったが続けるぞ、今のようにそこまでよ!要因としてパチュリー。」 どーんと構える動かない大図書館、審査員その1のパチュリー。 「で、新聞記者の目線として……、まぁ、大義名分の大袈裟さはともかく、射命丸文。」 鼻息も荒く、パチュリーにガッチリマークされてる鴉天狗、審査員その2の文。 「男性側の意見も必要だよな。ということで男性代表の香霖、もとい森近霖之助。」 めんどくさそうに佇む香霖堂店主、審査員その3の霖之助。 「幻想郷縁起の編纂者で一度見たものは忘れないという稗田阿求。」 紹介を受けてペコリと頭を下げる御阿礼の子、審査員その4の阿求。 「そして最初に紹介したとおり、私、霧雨魔理沙の計五人だ。」 最後に自分を指差して会場に手を振る魔理沙。反応はあまり芳しくない。 「で、今回、何でこんなことになったのか説明しろって閻魔に言われたが……、長くなるし、まぁ簡単に言うとだな。魔界の神様がアリスに何かした、以上。  永琳が幽々子と一緒に何か怪しい薬を妖夢に投与した、以上。」 物凄く大事な部分が色々と魔理沙の独断で省かれてしまったので補足の説明をすると、概ね彼女の言うとおりだが理由は以下の通り。 神綺は、本当に唐突に「成長の魔法」を誰かに掛けたい衝動……どんな衝動だよと思うが、神様の思考は我らの理解の範疇を遥かに超えているところにあるので 何がしか、そういう衝動が身体を突き動かす時があるのだろう、多分。まぁとにかくそういった衝動に駆られ、最近会ってないアリスの成長した姿 とか見てみたいなー的なことを同時に思い浮かんだとか何とか。 ちなみに永琳の方は、成長薬とか作っちゃったけど、どうせ使うならなるべく幼い人妖がいいな、イナバ達に使ってもあんま面白く無さそうだし 誰か適任はいないかしら、投与したら面白そうな子。うーん、あの子とか面白そうね、あの亡霊と一緒にいた子。かわいいし。多分あの亡霊なら話せば わかってくれるわね。うん。とか何とか。 ……まぁいずれにせよ、まともな理由ではないことは確かである。 「さぁて、これ以上焦らしても仕方ないし……」 『おお―――!』 「片方づつなんて中途半端はやめようか……」 『おおおお―――!!』 「二人とも同時に入場してもらおうかぁ!!!!」 『おおおおおおおおおおおお――――っっ!!!!!!』 魔理沙の煽りによって、今や会場のボルテージはマックスにまで到達していた。 そんな中、渦中の二人が満を辞して登場する……。 それぞれ別方向の舞台袖から、恥ずかしそうにしながら二人が現れると、やかましかった会場がシン……と静まり返る。 二人は、誰の仕業かは知らないが、セクシーさを強調するためか、割と際どい、それでいていやらしさを感じさせない水着を着ていた。 まずアリス。 元々人形みたいに整った顔立ちをした彼女である。皆の期待も当然高かった。 成長した彼女は、何をどうしたらそうなれるのか、と女性なら誰もが羨み、妬み、憧れる期待値以上の完璧な美貌を観衆の前に披露した。 そのプロポーションは、決して貧相なものでも、淫らに男を誘うものでもなく、まさに芸術としか例えようのないものであり、一瞬触れてみたい、と 思うものの、すぐにその自らの欲望の恐れ多さに慄くような、とにかく到底言葉で表現できるようなものではなかった。 対して妖夢。 可愛らしさやあどけなさに隠れて、確実に美人としての資質を秘めていた彼女。 細く、切れ長の瞳や、腰まで届くほど伸びたさらさらの銀髪、アリスとはまた違う整った顔立ち、その佇まいはどこか抜き身の刀のような危うさがあり 彼女の魅力を一層際立たせる。 プロポーションはすらっとしたスレンダー、それは他の美人どころと比較をしても決して引けを取らないものであったが、アリスの完璧さがやや上回っている。 しかし、武道に通じていたからか、立ち居振る舞いや一つ一つの所作に無駄が無く、その美しさ艶やかさは、そういった不利を補って余りある。 もはや先ほどまでの下品な歓声は鳴りを潜めていた。 聞こえるのは感嘆や溜息であり、会場は一気に芸術鑑賞会の様な厳粛な空気にかわった。 「えー、コホン、何だか一気に会場の雰囲気が変わったせいでちょっと司会がやりにくいが、それはともかく二人には何かアピールでもしてもらおうか」 しーん、とした雰囲気を打破したのは、司会の本分を思い出した魔理沙。 ちなみに進行は割と行き当たりばったりなので、言っていることは適当である。 「こ、これ以上何かしろっていうの?」 「ムリです!限界です!恥ずかしくて死にます!」 二人はそもそも幻想郷の中でも良識のある方である。 この状況が既にいっぱいいっぱいらしく、魔理沙の提案に猛反発する。 その見た目とアンバランスなちょっと子供っぽい姿のギャップが良い、みたいな感情を周りが抱いているのを二人は知らない。 「まぁ、結構初見のインパクトがでかかったからな、アピール程度でひっくり返るものでもないか。それじゃもう審査に行くぞ」 あっさりアピールタイムがお流れになってしまった。行き当たりばったりである。 ということで、いよいよ審査の時間である。 まずは今回そこまでよ!的な出番が無かったことに安堵しているパチュリーから。 「そうね、私はアリスに票を入れさせてもらうわ」 アリスに一票。 続いて、何やらしきりに唸っている文。 「うーん、そうですねぇ、私は……、うーん、妖夢さん……、決めました、妖夢さんに一票」 妖夢に一票。 終始無言だった霖乃助は。 「……うん、優劣つけ難いが、個人的にはアリスに票を入れさせてもらおう」 アリスに二票目が入った。 最後に阿求。 「私は妖夢さんが素敵だったと思います」 妖夢も二票。 ということはつまり、今回の勝敗を分けるのは……。 「む、綺麗に2:2に票が割れたな……」 皆が一斉に最後の審査員である魔理沙に注目する。 「まぁ、ちょっとこれは私の身内贔屓もあるかもしれないが……」 魔理沙はそこで一呼吸置き、大きく息を吸うと。 「アリスに一票入れさせてもらう!」 アリスの勝利を高々と告げた。 純粋な歓声に盛り上がる会場。その喧騒の中、四季映姫が負けない程の大声で最終的なジャッジを下す。 「この勝負3:2でアリスの勝利とします!」 なおこの後二人とも元に戻ることはできたが、しばらくの間行く先々でファンの人妖だかりができたのは言うまでもない。