紅魔館、とある一室。 沈痛な面持ちでため息をつき、物思いに耽る少女レミリア。 彼女はここ最近、自分の住まいである紅魔館が『東方ファイト』なる勝負によって頻繁に崩壊させられることに悩んでいた。 「はぁ、何で私がこんな目に……」 心底疲れた様子で、永遠に幼い紅い月はそうひとりごちる。 ……一応元には戻る。 律儀に建て直しているのか紫の仕業か、はたまたギャグ補正か、理屈や原理はともかく元には戻るのである。 巨大な門のレンガ一つ、広大な庭の木々や花々、煌びやかな応接間のシャンデリアや骨董品の数々、大量の蔵書の眠る 黴臭い図書室の書物余すところ無く全て、滞りなく元通りにはなる。 なるのだが、問題はそこではない。 「……癪だわ」 レミリアはこの館の主である。いわば紅魔館は彼女の所有物なのだ。 非常にプライドが高く、わがままな彼女にとって、自分の物が壊されること(しかも、この件に関しては何度も頻繁に)は何よりも 我慢がならないことであった。 「許さん……」 レミリアのフラストレーションは、元々高くない天井に届きつつあった。 「許さんぞ虫ケラ共……っ!」 見た目は『十にも満たない童女のよう』だが、その実500年以上生きている強力な吸血鬼である。幻想郷のパワーバランス の一角を担う相当の実力の持ち主なのは間違いない。 そんな彼女の怒りがてっぺんに達したらどうなるか―――。 「じわじわと嬲り殺してくれるぅぅぅゥゥウウ……!!!」 一番最初にその負の気(オーラ)に感づいたのは、『気を使う程度の能力』を持つ紅魔館の門番、紅美鈴であった。 あれ、いつも傍にいる完璧で瀟洒な従者は?と、誰もが思うかもしれないが、かのメイド長も同じような不満を抱えていたため 今回の件に関しては鈍感になっていたらしく同じ原因からくる主の不機嫌に気づかず、逆に普段あまり被害の無い門近辺にいる上に 元々の性格からして能天気な為、そういった感情に捕らわれなかった美鈴がいち早く気づいた、というわけである。 さて、美鈴は相談相手として非想天則異変で知り合った『空気を読む程度の能力』を持つ永江衣玖を選んだ。彼女なら悪いようにはしないだろうと思ったからである。 ところが、その衣玖さんは何を思ったか幻想郷で一番『知られてはいけない事を知らせてはいけない妖怪』、鴉天狗の射命丸文に話してしまった。 さぁそうなっては一大事、文はこれはいいネタを仕入れたとばかりに文々。新聞号外を大量に刷り、その俊足であっという間に幻想郷中に レミリアの思惑がばら撒かれることとなり、彼女の堪忍袋にダメ押しを与え、第二次吸血鬼異変の引き金を引く結果に――― 「うーん、面白みに欠けますねぇ……」 ならなかった。 そもそも要約すれば『レミリアが最近不機嫌』というそれだけの事実。記事にするにはインパクトが足らなすぎた。 加えて、今回の件は『タレ込み』ではなく『相談』。何も衣玖さんは告げ口をしにきたわけではなく、彼女なりに空気を読んで 『天狗ほど幻想郷を知ってるものはいない』と自負する文なら何とかしてくれるかもしれないとわざわざ彼女に『相談』を持ちかけたのである。 いけないな、最近新聞のことばかり考えてて、と苦く思いつつ新聞記者としての自分ではなく、鴉天狗の自分に思考を切り替える文。 考えた結果、東方ファイトの不始末は東方ファイトで清算しようという運びになり、その性格上審査員としてファイトに引っ張りだこな ヤマザナドゥである四季映姫の元を訪れることにした。 「ちっ……」 「し、四季映姫様……?」 ヤマ(閻魔)にあるまじき対応である。 ちなみにこれは文が「かくかくしかじかの理由で東方ファイトを開催しますので、今回も審査の方よろしくお願いします」といった内容を伝えた時の反応だが、 逆にこういう舌打ちといった明らかな悪意の吐露とでもいうべき態度を閻魔ともあろう人物が咄嗟にとってしまったというところに、映姫の心情を押して量ることができよう。 過去、幾度と無く混沌(カオス)の権化とも呼ぶべきファイトが行われてきた。 その都度「誠に酷く、阿鼻叫喚であるッ! いざ、南無山――!」と裸足で逃げ出したくなるのを堪え、審査員としてジャッジを下し、時に参加者として 挑戦をしてきた。 一番身近で凄惨な光景を見続け、また体験してきた者の心が擦り切れ神経が磨耗し性格が荒むのは当然。 閻魔だからこそ舌打ち一つで済むレベル、と考えれば彼女は出来すぎた人格者と褒め称えられこそすれ、閻魔失格などと誹られる所以はどこにも無い。 「いいでしょう、そのジャッジ、引き受けます」 何だかんだ言いつつも快諾してくれるところに、彼女の人柄が表れている。 さて、ファイトの選手がどう選ばれるのか、幻想郷の住人は実は誰も知らない。 もちろん審査の映姫も解説の文も、である。 主に結果が紫によって発表されるので、ひょっとしたら彼女は知っているのかもしれないが彼女の口から真意を聞き出すのは至難の業である。 だいたい、あんま関わりたくないし、気になるけどまぁいいか的なスタンス、と博麗霊夢氏はコメントしている。 紫によって選手が映姫に伝えられ、映姫から文に収集命令が掛かり、文が幻想郷を飛び回って選手を揃える。 今回の選手は『阿求とミスティア』と『咲夜と幽々子』。妙な人選と組み合わせは毎度のことなので気にする者は誰もいない。 そしてお代は長い前置きの通り『最近不幸続きのレミリアを幸せにしてあげる事』。 第……何回目かは知らないが、東方ファイトが今、開催される。 「お久しぶりですミスティアさん」 「えーっと、誰だっけ?」 「……わかっていても鳥類の方と出会う度に自己紹介をしなければならないのはなかなか億劫ですわ」 今回はタッグ戦、となれば相方との意思の疎通が重要になってくる。 が、阿求ミスティアタッグの方では早速問題が発生しているらしく、一歩出遅れた形となる。 「来た!私の時代が来た!お嬢様を幸せにしてあげられるのは、私しかいませんわ!」 「私の能力を使えば、こう、サクっと幸せになれるわよぉ?」 「お断りします(AA略)」 「残念」 こちらのタッグは、悪く言えば『馬鹿』良く言えば『お馬鹿』な低脳妖怪や妖精、お子様方とは違い、二人とも機転が利き、要領も良い為、 鳥頭を擁する相手タッグよりもやや有利といった感が伺える。 一方肝心のレミリアといえば。 「こんなに集まって……、私は見世物じゃないよ」 ……と、完全に不機嫌モード。この状態のレミリアを幸せにするのはかなり厄介であり、難題「レミリアのご機嫌取り」とでもいおうか、 今回のファイトはだいぶ難易度が高い物になっている。 「少々ありきたりですが、アレでいきましょうか」 「アレ?」 「アメとムチ作戦です」キリッ 「おー」 意外にも先制をきったのは阿求ミスタッグ。ミスティアは使えないと踏んだ阿求が自分が率先して案を出し、ミスティアを牽引する方針をとったらしい。 「私は極上のアメを用意しますので、あなたはムチをお願いします」 「えっ、やだ」 「えっ」 「えっ」 だが、ダメっ……!ダメなものはダメっ……! だってそう……!誰だってムチ役なんて危ない真似はしたくない……、不機嫌なレミリアに……、ムチっ……! ダメっ……!ダメっ……!危険すぎるっ……!そんな恐ろしいことっ……!誰だって嫌っ……! 「咲夜ァー、もう帰りたいんだけどー」 「いいえお嬢様、今日はお嬢様の日ごろの疲れを癒してさしあげる日です、そのためにほら、お嬢様の口に合いそうな良い葉を用意させていただきましたよ」 「ん……、確かに良い香り」 予定外のゴタ付きがあった阿求ミスタッグを差し置いて、結局先手を打ったのは咲夜。流石に普段から一緒にいるだけあってレミリアのことを良く理解している。 いつもより少し優しい声色で喋る咲夜、そのウィスパーボイスは聞けば誰もがリラックスするような音色であり、レミリアの今の荒んだ心を癒すに足る物だった。 また彼女の好物である紅茶を普段より良いものに変え、『今日はちょっと特別』感を出し、それでいて普段どおりの痒い所に手が届く完璧な気配りも忘れない 瀟洒っぷり。これはかなりの高得点である。 一方阿求ミスタッグは 「人間の私に比べてあなたは妖怪で頑丈なんだから少しくらい問題が発生してもいいじゃないですか!」 「そういう自分は弱いですアピールで何をやっても許されると思ってるその人間特有の傲慢さが嫌い!」 「わ、私は本当に脆弱なんですよ!ごほっごほっ」 「わざとらしすぎるわ!汚いな流石人間きたない!」 ……もうこの二人は放っておこう。 「何かちょっと良い気持ちになってきたかもしれないわ」 「それは何よりですわ、お嬢様。お茶請けのクッキーはいかがですか?」 「あー、貰おうかなー」 少し目を離した隙に完全にレミリアを掌握している咲夜。もはや先ほどまでの不機嫌はどこへやら、ようやく普段どおりの状態を取り戻している。 だが、それではまだ足りない。悪い状態から普通の状態に戻っただけでは幸せとは言い難い。ここから更に何か一押しが必要だった。 「そこで私の出番、というわけね」 と、誰にとも無く言うと、先ほどまで姿の見えなかった幽々子がすこし煌びやかな衣装で会場に現れた。 「んぅ?そういやアンタもいたね、そんな格好で一体なにを……し………」 レミリアを含め、その場の誰もが言葉を失った。 それは何と表現すればいいのか。端的に言えば幽々子が唐突に舞を披露した、それだけの話である。 しかし、それはただの舞ではなかった。 まず、誰もが単純に美しいと思った。 妙なゾクっとした空恐ろしさを感じさせる色気があり、どこか物悲しい哀愁を誘うようでもあり、なおかつ雅やかで風流な舞であった。 また、彼女を知るものは、あの亡霊嬢が観衆の前でこのような、という唖然もあった。大勢が言葉を失ったのはこの驚愕によるものも大きい。 また、通常の舞と大きく異なる点として、彼女の力で作られた蝶の形をした弾幕を演出として辺りに綺麗に漂わせていたことがあげられる。 これはまさに絶景としか言いようが無かった。 そうして皆が見惚れている間に、華麗な舞は終わった。 「ご機嫌取りの場に見世物は必ず必要でしょう?これでも舞には少しばかり自信がありますのよ」 周りから一斉に「ほぅ……」というため息がもれるそんな中、幽々子はいつものからかうような口調でレミリアに告げる。 ぼんやりと呆けていたレミリアは、それを聞くとハッと目を覚ますような表情になったあと静かにゆっくりと笑みを浮かべ、心底嬉しそうに言った。 「……はは、いや、色々な意味で珍しいものが見れた。満足だよ、うん、満足」 今回の勝敗が決まった瞬間であった。 気づくと会場からは大きな拍手が鳴り沸き起こっていた。その祝福ムードの中、四季映姫による最終的なジャッジが下される声が響く。 「今回の勝負、咲夜&幽々子タッグの勝利!」 ……一方 「わ、私だって……、うっ、私だって本当はぁ……、ひっく……、本音を言えばもっと長生きしたいんです……、ぐすっ……」 「悪かったよ、言いすぎたってば、だから、ね?泣かないで……」 「うわあああぁぁぁぁん!」 「うぅ、ごめんてばぁ……」 阿求ミス、いや、ミスティア×阿求は終始こんな感じだったという。