「王手、この勝負私の勝ちですね」 滝の裏にある、河童のラウンジ。 水音が心地よく、天狗たちの眼も届かない秘密の憩いの場――だった場所だ。 「犬走様は相変わらずお強い。 手抜きで接待的な手は、逆に御不満であることは理解しております。 ですが…我々にはご満足いただけるほどの棋士がおりませぬゆえ、お許し下さい」 天狗から逃れるためのラウンジは、一人の白狼天狗の監視下にあった。 天狗の中では下っ端。上位の天狗のために山の平穏と、外敵の監視を担う天狗の一人である。 しかし、下っ端とはいえ天狗である。この少女一人で、この場の河童を薙ぎ倒すことなど造作もないのだ。 河童は、逆らえるはずもない。 「……別に私以外の天狗は来ていない。だからもっと気楽にしてもらっていい」 犬走と対局したのは、このラウンジに初めて訪れた若い河童であった。 だから、絶対支配者たる天狗を前にして緊張しているのだろう。無理もない。 対局前に『手を抜かれる方が嫌だ。本気で来い』と、釘を刺したのが仇となったのだろう。 「そうだね、楽にしろと命令されて楽になれるほど心は単純じゃないか。こうしよう。『このラウンジ内で、私を苗字と様付けで呼ぶことを原則禁止する』」 若い河童は、目を白黒させながら搾り出すように彼女の呟いた。 「も…椛…さん……で、よろしいでしょうか?」 不安げな河童に、椛は優しさに満ちた笑顔で答えると河童の髪をくしゃくしゃと撫でた。 「私がここにいる間は、私を天狗と思わないで欲しい。呼び捨てでも構わないよ。ここの皆にはそう言ってあるし、そうしてもらっている。」 事実、椛はそのようにこのラウンジ内では公言している。 このラウンジを発見した椛は、反乱の可能性なしとして上に報告した。 上は、定期的にガサ入れするように指示をした…のが椛のラウンジ通いのきっかけとなった。 仕事熱心な椛は、毎日通いつめたのだ。その上で、河童が自由に動けるように気を使わせない事を信条とした。 それは成功したのだが、たまに新しい河童が来るとああなる。 「いやぁ、椛姉さんは相変わらず強いねぇ。あの子強いから、ひょっとしたらとアッチに賭けたけど負けちゃったよ」 キュウリを咥えながら、にやついた顔で椛の肩をぱしぱし叩く河童もいるのだ。 さっきのおどついた河童も、十数年すればこいつのようになるのだろう。 犬走椛、椛は“もみじ”と読む。秋の山を複雑な暖色系の色で染め上げる神の偉業の一つを示す名である。 彼女が生まれた年の秋は、流行り病で幼い白狼天狗が次々と亡くなったのだ。その中を生き抜いたことで、秋の加護ある子、もみじの名を授かった……らしい。 永遠に巡り続ける秋という、季節への感謝と畏怖を忘れないために。 椛自身は、由来にさほど興味はなかった。ただ、名前の響きは好きであるし、秋と言う季節も好きである。 そして、紅葉は彼女の一年の疲れを洗い流すほど美しいと思っていた。 「そういえば、秋の収穫祭ももうすぐですねぇ〜」 漬物にして、夏から保存されていたキュウリを齧りながら河童は一手を挿した。 「穣子様は、今日人間の里の方で遊ばれているよ。分霊でも構わないのだけれど、折角なら肉体の方にお越し頂きたいから山では明後日だね」 正直なところ、河童が持つ穣子への信仰は薄い。キュウリの収穫は夏だからだ。 夏をフォローする農耕の神でもいたら、あっさり宗旨替えするだろう。 椛は、秋の食物の方が好みなので秋の収穫を楽しみにしているのだが。 「秋茄子みたいに秋キュウリがあれば嬉しいんですけどね。お、椛さん王手です」 「積極的な攻めだね。でも……」 「王手!逃げられてもまだ王手! 王手! 王手! あ……」 「残念、詰めるには2手足りなかったね。はい今度はこっちが王手」 この子も、大分打ち解けてくれた。最初はあんなにガチガチだったのに。 ハンカチを咥えてキーキーわめく河童を尻目に、椛は外に目を向けた。 もう、この局は終わりである。完全に詰んでいるのだから。 「だ、だめだ…投了!」 河童の声は、椛に届かなかった。 椛の視線は、ただ川岸で踊る少女に注がれていた。 落ち葉のように、ゆらゆらとゆっくり舞う少女。 美しい山の紅葉を、いとおしげに、しかし寂しげに見つめていた。 秋の風が少女の頬をなで、秋の日差しが飴色の髪を彩った。 ――さん  ―…じさん 「椛さん!どうしたんですか?」 急に、視界をラウンジに戻した椛は、狐につままれたような顔をするしかなかった。 椛は、今の場所がラウンジだと失念するほどだったのだ。 椛は河童を無視して、滝から飛び出して先ほどの場所をもう一度見つめてみたが、もう先ほどの少女は見当たらなかった。 河童たちは、心配そうに椛を見つめた。外敵の侵入の際は椛が飛び出す算段になっていたからだ。 「みんな、大丈夫だ。私の見間違いだったよ。」 椛の言葉に、河童たちは納得してやれやれと胸をなでおろした。 その言葉を信用していないのは、誰より椛本人だ。 焼きついたように、あの姿が脳裏を離れない。 その日から、椛は優秀ではなくなった。 細やかな部分まで気遣いをして、天狗社会からも河童社会からも認められた椛はどこかへいってしまった。 代わりに、日々ふわふわとして過ごす骨抜きの椛がそこにいた。 皆、椛が呆けてしまったと評したし椛自身もそうだと思っていた。 しかし、実際は違う。『ほうけた』のは間違いない。しかし呆けたのではなく惚けたのだ。 椛にとって、恋は理解しがたいものだったのだ。 例えば、結婚。 椛にとって、それは両親や社会が相手を選び、種族として繁栄することに奉仕することに他ならない。 異種族の、増してや同姓に対して考えることなどとは考えもつかないことだった。 貞操もそうだ。社会が選んだ相手に、儀式として渡すために守るべきものでしかない。 そこに、恋のような感情がつけいる隙などなかったのだ。 だから、椛は少女に一目で恋してしまったことを理解できなかった。 寝床で天井を見つめれば、少女の愁いを帯びた顔が目に浮かぶし 目を閉じれば、少女が舞う指先の繊細な仕草まで思い出した。 風を感じれば、彼女の髪を思い出さずにはいられなかった。 その度に椛の胸の鼓動は狂ったように暴れ、真綿で首を絞められるように息苦しく、体の奥から燃え上がるような暑苦しさを感じていた。 それはまるで、呪いのようだ。しかし、不快なはずのそれらを感じるたび、椛を喜びが支配した。 少女を想うだけで、いくらでも力が湧くような気がしていた。 ――それでも、椛はそれが恋だと気付けなかった。 紅葉が散り、冬になると胸の中にぽっかりと空洞が空いた様な気分にさせられた。 鮮やかな紅葉で満たされているうちは、近くに少女がいるような錯覚を多少なりと覚えていたのだ。 それが過ぎ去ると、えもいわれぬ寂しさが椛を支配した。 それから、また以前の椛が帰ってきた。 何か気分的なものだろうと、周りはそう単純に考えていた。 だが、そうではない。椛は以前にも増して焦がれるように秋の再来を待ち続けた。 平穏な日々を送っていた。 かの吸血鬼事変ですら、吸血鬼は山を制圧できなかった。 山を脅かす外敵なんて、今までは考えられなかった。 山の中に、神社が出現するまでは。 天狗にも河童にも、山の神々にさえもこの異常事態に緊張が走った。 あれをどうするか、それが山の支配者である大天狗たちの間で盛んに論議が交わされていった。 だが、椛は天狗の中では下っ端である。論議に参加することはなく、口煩く上司たちから「警戒を怠るな」と言われていただけであった。 もちろん、椛は警戒を強めていた。しかし、同時にあの少女を持ち場から探し続けていた。 上司たちはそれを熱心だと評価し、前年の不調のイメージを覆していった。 そして、ついに見つけたのだ。 再び、あの少女を。 場所は山裾で、持ち場をギリギリまで移動しなければ視線が通らない場所であった。 椛の得意とするところは千里眼だが、流石に万能の透視が可能なわけではなかったからだ。 しかし、今度は視線に妖力をこめておいた。これで、二度と見失うことはない。 ただ、このために1年待ったのだ。 すぐにでも駆け寄りたかったが、哨戒という立場が椛をその場に縛り付けた。 ただ、椛にできることは見守ることだけだった。 だから視界がとおりさえすれば、彼女を常に目で追った。 美しい紅葉の中を、優雅に散歩する様を見て心が癒され どうやら親しい間柄であるらしい、穣子様と楽しげに談笑する様を見て心をかき乱され 水辺で静かに佇む姿を見て、また癒された。 毎日見つめるたび、椛の中に一つの願望が頭をもたげてきた。 彼女に、この犬走椛という存在を知って欲しいという願いだ。 もちろん、冷静に考えれば一方的な感情で相手に迷惑であることを椛は自覚していた。 椛は、本来そのような気遣いは得意な性格なのだ。 そもそも、もし彼女の前に駆けつけたところで何といえばいいかわからなかった。名前も知らないのだ。 悶々とした日々を送っていた。 それが崩されるきっかけを持ってきたのは、烏天狗である射命丸文だった。 「――という訳ね。山の上の神社の動向は読めないし、収穫祭を今のうちに行いたいのよ。 だから、万が一に備えてエスコート役を天狗から出さなければならないわ。 そこで、言霊に秋の要素を含む貴女がその役に抜擢されたわ。信仰も大丈夫でしょう?」 一介の哨戒天狗には過ぎた、名誉ある任務だ。 だが、椛の心の中には、穣子に対してちくりと嫉妬心が芽生えていた。もちろん、そんな感情は表に出さない。 「畏まりました、射命丸様。大天狗様に私のような者の名を推薦していただけるとは夢にも思いませんでした。この任務、命に代えても果たさせていただきます。」 実際、穣子は戦やスペルカード戦に長けた神ではない。普段ならそれでも妖精に遅れをとることはまずないのだが、山に起きている異常事態――異変――は、妖精の力を跳ね上げていた。 うっかり、一回休みにでもなれば今後の予定に狂いが生じてくる。 このような事態では、できる限り不安定要素を除いておきたいと考えるのは当然であった。 そして、胸にちくりとする逆棘を突き刺したまま椛はエスコートに向かったのだ。 「今日は、天狗が迎えに来るらしいわ。今年はいつもより早いのよね」 豊穣の神、秋穣子は慌しくお出かけの準備をしていた。 人間が、彼女を秋にしか呼ばないのはただ愚かなだけである。 天狗が、彼女を秋に呼ぶのは機嫌がよい季節を選ぶ気遣いである。 「神遊びは大切だけれど、羽目を外しすぎちゃダメよ。ハンカチはちゃんと持った?」 穣子の姉、秋静葉もやはり神である。 秋は生命溢れる夏から死の世界である冬に移る、滅びや終焉という側面を持っている。 豊穣を司る妹とは違う、その負ともいえる側面を司るのが彼女だ。 もちろん、滅びは悪ではない。滅ぶからこそ美しいものがある。 春であれば、染井吉野を代表とする桜がその儚い美しさを代表する。夏は蝉がその滅び行く生命を散らしてゆく。秋は、紅葉が世界を染め上げて滅びに向かう。 そう、静葉は紅葉の神でもあるのだ。 その落葉が土壌を育み、穣子の豊穣を支えている。静葉にとって、穣子はいつまでも手のかかる妹なのだ。 「お姉ちゃんは心配しすぎ。まったくもう・・・」 紅葉は確かに美しい。滅びの美学も理解できる。 しかし、感動と物悲しさを感じさせる神と 飽くなき食欲を満足させ、厳しい幻想郷の冬を越える力を与えてくれる神と 人間も妖怪も、どちらを優先するか明らかなのは目に見えているではないか。 竜神様の像でさえ、具体的な日々のご利益がなければ人間は崇めもしないのだ。 そんなニッチな信仰では、滅びの神が先に滅びるだろう。穣子にとって、静葉は一人立ちできないほうって置けない姉なのだ。 お互いに共通するのは、お互いに相手がダメだと思っていて、支えるのは自分しかいないと思っている点だ。 アンバランスのようでいて、存外バランスの取れた姉妹であることが伺える。 平和な姉妹の前に、一陣の白い風が舞い降りた。 白い装束に身を包んだ、白髪の天狗だ。 「お待たせしました。天狗一同を代表し、お迎えに上がりました白狼天狗の犬走椛と申します。 毎年ご尊顔は拝見させていただいております。秋穣子様、どうぞこちらへ。」 秋の日差しに輝く、白髪はいつもよりきらきらとしていて美しかった。 ここに来るまでに、過剰なほど禊を繰り返して万一の失礼もないようにした結果である。 仕事への情熱もあったが、別の情動が椛をここまで駆り立てていた。 「あー、お迎えね。うんうん。じゃーお姉ちゃん、ちゃんと留守番しておいてね」 ころころと笑いながら、穣子は椛の元に近寄った。 恭しく頭を下げていた椛の顔を見ることは出来なかったが、もし見えていたらこのように気安く近づけなかったことだろう。 ちくりと刺さっていた嫉妬の棘は抜けたが、姉妹関係であるということは相手が神であるという事も理解できてしまったからだ。 安堵と喜びと、悲しみと焦り。希望と絶望。これらは同時に椛の心を暴力的なまでに翻弄している。複雑すぎる感情の爆発は、心を無にすることで抑えられた。 「もみじ、といったわね。不束者だけれど、妹をよろしくお願いするわ」 「!!は、はい。それが私の使命ですゆえ。」 椛は、さらに驚かされた。初めて聞くあの少女の声は『完璧なまでに想像通り』だったからだ。 静かで、囁くような…それでいて深くまで染み入るような声。 「大丈夫だって。ちょっと呑んで遊んでくるだけなんだから。」 お姉さんはそれが心配なのよ、と溜息をする姿も椛の心を捉えて離さない。 名残惜しいが、椛はかろうじて使命を思い出してその場を飛び立つことにした。 「秋様には、姉上がいらっしゃったのですね。」 「うん、けっこー可愛いお姉ちゃんでしょ?」 もちろんです!と、この1年溜めに溜めた素晴しさを言葉にして吐き出しそうになった椛だが、それは辛うじて思いどまり「素晴しい姉上だと思います」とだけ答えた。 それとなく、椛は色々話を振ってみると穣子は隠す必要性もないのでペラペラと様々なことを語って聞かせた。 静葉、その名が椛の心に1年遅れで刻まれたのはこの時である。 特にトラブルもなく、収穫祭は終わりを迎えた。 そして、帰りも椛が穣子を送ることとなった。 「あぁ、椛ちゃん。今日は色々大変だったわね。疲れたでしょう?」 「いいえ、鍛えておりますゆえ何ら問題はありません。」 真面目ね、と穣子はころころと笑っていた。 行きよりかなりペースを落として進む穣子を見て、椛は穣子の体調を気にかけていたが見た限り元気そうであった。 まぁ、神たるもの樽の2〜3個で悪酔いするはずもないだろう。椛は天狗の中では弱い方ではあるが、それでも5樽程度は付き合い程度に呑み干せる。 穣子は話し上戸なのか、ぺらぺらと椛に語り聞かせ続けた。 椛は多少うんざりしたが、これも仕事のうちと思って任務をやり遂げた。 ゴールには、静葉がいるからだ。それを思えば、いかなる障害も乗り越えられそうだった。 「お姉ちゃんただいまぁー!」 「お帰りなさい。予想より遅かったのね。」 微笑ましい姉妹の姿をみて、椛は少しでも穣子に不快感を持ったことを土下座したい気分になった。 挨拶を済ませ、椛はこの場より立ち去っていった。 「……穣子。遅かった理由を聞かせてちょうだい」 静葉の眼は、真剣そのものだ。 「お姉ちゃんの考えているようなことじゃないよ。新入りとどうするかなんて話題はなかったもの。 自慢じゃないけれど、私達は戦力として考えられてないと思うよ」 「そう、天狗の動きは知っておきたかったのだけれど。大きな戦いにならなければいいわね」 相手がスペルカード・ルールに従うような存在ならばよい。交渉の余地もあるだろう。 だが、吸血鬼事変のような争いが山の中で起きた時はとんでもないことになる。 幻想郷のパワーバランスがずたずたとなり、今のような平和を投げ捨てることになるのだ。 「お姉ちゃんは考えすぎ。もっとのんびりしなきゃ。たとえば――そうね。さっきの椛って子と話してみたら?」 穣子は、妙に椛を静葉に勧めた。 静葉は知っている。穣子はお気に入りや自慢のものを私に勧めたがるのだ。 「考えておくわ。我が妹ながら損な性分よね。」 なによそれ、などじゃれあいながら姉妹の夜は更けていった。 椛は、帰宅しても興奮で寝ることは出来なかったのだけれど。 山に侵入者が現れた。 人数は1人。ただし博麗の巫女である。 妖精を蹴散らしながら、巫女は破竹の勢いで突き進んでゆく。 その進行方向を見て、椛は全速力で飛び出した。 『なぜ、私は烏天狗ではないのか。この程度の速度しか出せないのか ――視ることしか出来ないのか』 今、山は危険だと忠告しようと静葉は巫女の前に立ちふさがったのだろう。 それを、巫女は数多の針で串刺しにした。 一本一本が、静葉の服を、肉を削る様子をつぶさに視ながら、彼女は椛の手の届かない距離にいた。 担当区域がなんだ、今いるべき場所はここじゃない。 静葉が森に墜落して何秒?300秒は経ったか? 落下地点につくと、静葉は半ば落ち葉に埋もれていた。 人間なら死んでいる傷だろうが、そこは神。大怪我をしていても生きてはいた。 戦場に身を置く者の嗜みとして、即座に脈や意識の有無を調べているとぼろぼろになった穣子が森の中から現れた。 「神にそんな手当ては無意味よ。もっと別の方法があるわ」 「穣子様、静葉様が!静葉様が!」 異常に取り乱した椛を見て、穣子は椛も気付いていなかった「恋」が静葉に向けられていることに気付いた。 さようなら、我が恋。穣子はそう思いつつ、姉になら良いとも思っていた。 「落ち着きなさい!誇り高き天狗の名に泥を塗るつもりかっ!」 一喝。 フラれた腹いせ6割。落ち着かせる目的4割。 「――神は、信仰の力がその強さ。貴女が静葉を想えば想うほど、その傷は急速に回復するわ。 だから、想いを持ち、信じて持ち場に帰りなさい。 そうね、心配であるなら分霊をもっていきなさい。 貴女のその盾に、静葉の分霊を宿しましょう。」 穣子は、静葉の紅葉の髪飾りを取り、椛の無地の盾に押し付けた。 すると、髪飾りは解けるように盾の表面に流れ、紅葉の姿を作り上げた。 「こ、これは・・・?」 「ふぅ、椛もおちついたわね。堅苦しい言い方はやめるとして その盾に姉さんの分霊を降ろしたわ。その盾と共にあれば、姉さんと一緒にいるのと同じ。 わかったら、さっさと持ち場に戻りなさい。天狗が規則を破ると不味いでしょう?」 最高の信仰心を持っているのは、おそらく椛であろう。 これが、お互いに最良の選択のはずである。 椛は、その後持ち場に戻りしっかりと仕事をこなした。 烏天狗に劣るとはいえ、巫女の先回りをする程度なら問題なかったからだ。 ただ、巫女への警告弾は、警告とはいえないほど高密度な弾幕を叩き込んだのは秘密である。 そして巫女の強力な霊撃を確認し、交戦の意思ありと伝えたのだ。 ――射命丸の機転により巫女と八坂が対決し、天狗達は八坂を神として受け入れた。 その後、八坂は夏場の農耕の加護――キュウリへの加護――や産業革命などを通し河童の信仰を一身に集めた。当然、天狗たちもその力を欲した。 色々お騒がせ問題を引き起こしたものの、八坂は山に受け入れられたのである。 さて、椛と静葉は少々そのルートから外れる。 椛は、八坂を信仰せずに秋姉妹を信仰することにしたのだ。 椛は相変わらず仕事に精を出している。しかし、もう余所見の必要はない。 静葉は、いつも手の中にいるのだから。 分霊は、何分割しても元の力を持つ。つまり椛と全霊一緒にいるのと同じなのだ。 静葉に取っては、何一つ欠けることのない触れ合いである。 椛に取っては、ただ姿が見えないだけで全て満たされるのだ。 そして、姿が視たい時はいつでも千里眼で見ることができる。 ここには、すでに恋する乙女はいない。 恋はするものだ。 ここにいる一人と一柱は、恋はしてない。 育んでいるのだ。愛という信仰を。