「ねぇ、早苗……。干涸らびそうなんだけど」  「そうですか? 私はお洗濯物がよく乾いていいんですけど」  夕食時の会話だ。ここ数日、守矢神社は日照り続き。  服からも布団からも、いいお日様の匂いがする。  「諏訪子はヤワね。この程度でカラカラになるなんて」  「全くよ。これで神だって言うんだからびっくりね」  八坂様と霊夢だ。一人増えた食卓は、普段より少しだけ賑やかで。  心なしか、二柱のご飯の減りも早い気がする。  かかるであろう「おかわり」の声に対応するために、私は少しだけ意識を食事から離した。  「でもさ、このままだと、井戸が枯れかねないよ」  ……それは、問題かも知れない。  どうしてこうも晴天が続くのかと言えば――。  「あと、そこの紅白巫女。あんたには言われたくないよ。  そもそもの元凶はあんたじゃない」  ――そういうことなのである。  いつからか、霊夢の周囲は、常に晴天になっていた。  恐らくは、これが幻想郷の異変というものなのだろう。  これを解決するのが巫女の仕事よ、と霊夢が腰を上げた瞬間――。  博麗神社が倒壊した。らしい。  噂を聞きつけて興味津々。見物に行った私が見たものは。  地盤ごとごっそり地下に沈んだ博麗神社と、もの凄いオーラを放っている霊夢だったわけだが。  そして、こちらに気付いた霊夢はつかつかと寄ってきて。  「早苗……泊めて?」  そう、言ってきたのだった。  久しぶりに、霊夢が守矢神社に泊まりに来る。  もちろん私に断る理由などありはしない。二柱の意見も伺わず、二つ返事で了承した。  「で、解決できそうなの? この異変は」  八坂様が霊夢に問う。  自分たちが幻想郷にやってきてから初の異変。その目には、興味が溢れている。  霊夢はそれに、  「あー。そうね。  まあ、いつも通り、ゆっくりまったり勘でなんとかなるでしょ」  少しだけ不安になるような答えを返すのだった。  「そういえば」  「はい?」  二人で布団を敷く。  そもそも、守矢神社に予備の布団はないので、私の布団に霊夢と二人だ。  「久しぶりよね。こっちに泊まるのも」  「そうですね。あの一ヶ月の最終日以来ですか」  そういえばそうか。私から博麗に泊まりに行くことはままあれど、霊夢が守矢にはあまり来ない。  以前、私たちをここで生かすための修行期間一ヶ月。  その最終日に、お礼として一晩泊まって貰って以来である。  「その割には、勝手知ったるなんとやら、ですが」  「一ヶ月、半ばここで生活してたようなものだしね。  何が何処にあるか知らないと、教えることも出来なかったし」  ――そう、霊夢はもう、守矢神社を自分の家のように知り尽くしている。  あの一ヶ月、私も教わるのに必死だったけど、霊夢も同じくらい勉強していたのだろう。  この家の構造とかを。  あるいは、もう。ここを第二の家とでも思ってくれてるのかも知れない。  私としては、そうだったらとても嬉しい。  最後に私が、向こうの世界から持ってきたクッションを枕代わりに配置して終了。  二人用の寝床の完成だ。  ……で。  「特にすることもないわね」  「……ですね」  八坂様たちは呑もうとし、霊夢もそれに誘われていた。けど。  「明日から、異変解決に動かなきゃいけないし」  と、名残惜しそうに断ったのだ。  「寝ましょうか。明日も早いし」  「そうしましょう」  ふ、と蝋燭の明かりを消す。  布団の中はまだ寒いけど、二人分の温もりで、すぐに心地よくなるだろう。  「早苗」  「はい?」  呼ばれて振り向く。  まだ目も暗闇に慣れずに、数十センチ向こうの霊夢の顔も見えない。  けれど。  狙い過たず、霊夢のキスが飛んできた。  「おやすみ」  百発百中。この暗闇で見事に触れ合った唇の感触が消えぬままに、霊夢は告げてしまう。  ――なんてずるい。  自分だけ不意打ちしておいて、さっさと夢の中に逃げてしまうつもりだ!  考えた瞬間、腕が動いていた。  鞭のようにしならせ、霊夢の枕代わりのクッションをはじき飛ばし、そのまま腕を固定する。  「きゃ!?」  自動的に、霊夢の頭は私の腕に乗るわけだ。  小さい頭、さらさらとさわり心地ちの良い髪を、そっと抱き寄せた。  そのまま、もう片手を霊夢の腰に回し、体もこちらに寄せてくる。  「えっと、早苗?  私、枕が欲しいんだけど」  「あるじゃないですか」  す、と指で霊夢の髪を梳いた。  ん、と霊夢の声が漏れる。  「……いいの?」  ――腕を枕にして、という意味だろうか。  「いいですよ。やられたまま終わり、っていうのも嫌いですし」  ああ、全くもってそうだ。  そっちが素直に愛情を伝えてきたのに、こっちが伝えないままに逃してたまるか。  「――――ん」  そうした瞬間、霊夢が自分から。私の懐に。もっと、私の深いところに入ってきた。  寝間着越しに触れ合う。  霊夢の柔らかい体を、私が丸ごと抱いて眠るのだ。  胎児のように丸まった霊夢を、包み込むように私も丸くなる。  ――あらためて。  「おやすみなさい、霊夢」  「おやすみ、早苗」  そうして私たちは、お互いの温もりに包まれて――  朝の日差し、朝の空気。  その中で、霊夢はゆっくり伸びをした。  「じゃあ、行ってくるわ」  「いってらっしゃい」  朝ご飯の後、異変解決に向かう霊夢を見送る。  昨晩、枕にしてあげた腕は、痺れて動きそうにもないけれど。  この愛しい笑顔が目の前にあれば、そのマイナスを打ち消してあまりある。  「ああ、そうだ。  気をつけてね早苗。あなたが、異変の対象にならない保証もないんだから」  「は、はい」  ……………………。  …………………………………………。  ………………………………………………………………。  ……………………………………………………………………………………。  ……あれ?  「霊夢、異変解決に行くんじゃ……」  行ってくるって言ったのに、霊夢は飛び立つ素振りを見せない。  「い、行くわよ!? 行くけど……」  そうして霊夢は、赤い顔で私の方を振り向いて。  「い、行ってきます」  そう言って、目を瞑った。  ――ああ、そういうことか。  「いってらっしゃい」  そうして、私と霊夢は。  長い。  長い長い。  長い長い長い――。  「ふぅ……」  離れた唇の間を、唾液の糸が結ぶ。  薄く目を開いた霊夢は、その糸を振り払うかのように翻り――。  その勢いを殺さぬまま、空へと舞っていった。                     ――――東方緋想天へ