【両片思い〜同-sei ren-愛〜

 

 

 

 アスファルトの地面に大粒の雫が、ぽたり、ぽたり。

それと悟った時。私は数秒の間だけ迷った後、ぐっと奥歯を噛みしめ全速力で走り出していた。

だけど自分で選んだその行動を、私は一分もしない内に後悔する事になる。

大きな雨粒はすぐにバケツどころかプールの水をひっくり返したかのようなスコールと成って、私の全身へと降り注いだのだった。

「ひゃんっ、もう天気予報のバカーっ!!」

 私は出かけの前に確認してきた、傘マーク無しのテレビ画面に仕方なく怒りの矛先を向ける。

何よりも腹が立つのはこれから私が向かう先まで、ここより歩いても十分も離れていないと言う事だ。

全く。約束の時間までもう少しだけ暇があるからって、さっきのブティックで一生縁のなさそうなウェディングドレスの写真なんて眺めてるのが悪かったのよね。

自業自得と言えなくはないかも知れないけど、それにしたってわざわざ今日と言う日にこの仕打ちはあんまりだ。

 兎に角走る。走って走って、途中で無理に抜けようとした赤信号でけたたましいクラクションを浴びせられ、形だけ謝って。そして私は走り続けた。

付いた先にいる彼女だったら多分、「もうそこまで濡れれば走っても歩いても一緒じゃない?」って言いそうね。

思い至った瞬間、実際その通りだと自分でも納得したけれど、でもこうやってがむしゃらに行動していないと、あまりの情けなさに涙が出てきそうだった。

 五分ほど走って、その建物は見えてきた。

駅前からはわずかに外れた場所にある、十階建ての大きく豪華なマンション。

私が今目指すべき目的地。

そこが出会った頃から彼女が住むマンションであり、そして今日からは私が帰るべき場所にもなる。

私が近道となる細い路地を一本抜けた先で出たのは、そのマンションの裏側だった。

息をつく間も無く私は表側へと周り、エントランス全体が見渡せる巨大な自動扉の前でようやく一息つく。

「ふぅ……。もう最悪だわ」

 呟いた瞬間。手前に設置されたナンバーフォンを押したわけでは無いのに、突如その自動扉が開かれ、私を向かい入れる準備を整えた。

「……。もう蓮子ったら、どうせ窓から私が帰ってくるの見てたのね」

 取り敢えず……怒りを発散させる為の独り言。

服はもうどうしようもないので、身体にまとわりついた水滴だけをはらって中に入った。

そのままエレベーターホールへ向かい、ボタンを押してすぐに開いたエレベーターで目的の階へ。

 到着を知らせる軽快な音と共に再び扉は開き、私は降りて直ぐにある扉の前で足を止めた。

プレートの上に書かれた名前は『宇佐見蓮子』

そしてその下に、

「マエリベリー・ハーン……と」

 呟いた瞬間。まるでそれが合い言葉であったかのように、扉がこちらに迫ってきた。

いやタダ単に、中から彼女が開けてくれただけなんだけどさ。

そしてその向こうにシックなYシャツとスカートを着た、黒髪の彼女が居た。

「お帰りなさいメリー。これまた随分と扇情的な恰好だね」

「ただいまなさい蓮子。おかげでドレスが肌に張り付いて気持ち悪いったら」

 “おかげで”の部分は当然皮肉で言ったのだけれど、彼女――蓮子は口元に笑みを綻ばせて肩を竦めただけだった。

「連絡くれたら……迎えに行ったのに」

「私も出掛ける前に、メリーは邪魔だから用意が出来るまではどっか余所で暇つぶしててねって、貴女に言われなかったらその作戦を実行したわ」

「ふふ、まあ良いわ。ある意味ちょうど良い時間に、ちょうど良い格好で帰ってきてくれたもの」

「なによそれ。それより直ぐお風呂使える?」

「ええ。貴女が出る頃には、ケーキの仕上げも終わりだろうし」

 そこで私は、蓮子の何気なく呟いた言葉の後半に目を丸くした。

「まさか蓮子、ケーキまで自作したわけ?」

「当たり前じゃない。今日は素敵な記念日なんだから。ほらほら、貴女はさっさと自分の身体をさぞ綺麗にしてきて頂戴」

 そうして半ば強制的に私をバスルームへ連れ込んだ蓮子の浮かべた会心の笑みに、私はどこか薄ら寒いものを感じたのだった。

 

 

 

 「はぁあ。これは覚悟していた以上に……生殺しになりそうかも」

 雨で冷え切った身体を、今はシャワーから降る熱い雫が流れていく。

さっき替えの下着と服を持ってきてくれた蓮子に適当な返事をして、私は薄いスモークがかった扉の向こうへ去った彼女に対して、重く熱い吐息を吐き出した。

 

 私の名前はマエリベリー・ハーン。

先ほどの彼女――宇佐見蓮子は私の事をメリーと呼ぶ。

 私達は大学で秘封倶楽部という非公認のオカルトサークルをやっている。

なぜ非公式かというと、これがサークル活動として規定の人数に足し居ていない事(ぶっちゃけ、私と蓮子だけなのだ)と、もう一つこのサークルの真の活動内容が、法律で暗にに禁止されている行為だからなのよね。

その内容は、世界と世界の境目、狭間、裂け目、それらを繋いだり隔てたりしている結界を暴いて回る事。

 私と蓮子は学校の放課後や休みの日、ほぼ毎日のように会って、次に回る結界の予定や、知れに準じた小旅行みたいな事をして今まで付き合ってきた。

 そしてそんな日常に、わずかばかりの変化を求め、提案したのは私からだった。

『ねえ、もういちいち会って予定立てるのも面倒だし、いっそのこと一緒に住める場所探さない? どうせお互い一人暮らしだし。浮いた家賃分、もっといろんな所にいけると思うのよね?』

 はたしてその時、蓮子は私がどれほどの勇気と覚悟を持って、その事を口に出来たのか知る由もないだろう。

かくして私の覚悟と勇気は、彼女の「うん。良いわよ」と言う、綿よりも軽い了解で決行される事になった。

しかし蓮子が不動産周りを嫌がったのと、彼女の部屋が十分二人で使える広さだった事から、私が旧アパートからこちらに移るという形で纏まった。

 それから車を持つ、渋る大学の友人の協力を得て、私の荷物をピストン輸送する事三日。(大学がなければ一日で終わったのだが)

掛かった費用は車を出してくれた友人への、向こう一週間の昼食代と、買い足した日用品。

斯くして私が決死の思いで告げた計画は、その日より一週間待たずに完了し……。

そして今日は蓮子曰く――愛しのメリーと同棲生活開始おめでとう記念ぱーてぃ〜。

と言う事らしい。

今日の朝から張り切っていた蓮子に、私は何を手伝えばいいのかと聞いた所、次のように返されてしまった。

『今日はメリーが主役なんだから、準備は全部私に任せなさいって。夕方あたりまでどっか余所で時間潰してて。ほらほら出てった出てった』

 そして私は追い出され、帰る途中雨に打たれ……現在入浴に至るというわけである。

 

「ふぅ〜、同棲……か……」

 そんな蓮子の悪意の無いいつもの冗談に、私の気持ちはどれほど高鳴り……傷つけられただろう。

私という人間は。彼女のセクハラまがいの言動に、いつも胸の奥で疼いた痛みをひた隠し、呆れた表情の良識人を演じ続けてきた。

演じ続けなければいけなかった。自分の倒錯した感情を、蓮子に悟られないようにする為に。

そう……いつの間にか蓮子は私にとって、友人それ以上に惹かれる存在へと変わっていたのだ。

ううん。もしかしたら変わった何て事は無くて、最初から在った気持ちにずっと気付いてなかっただけかも知れないけど。

 いっそのこと告白してしまえと、もう何度も思った。

普段からあんな風に“その気を装う”彼女なんだから。気持ちをうち明けても、少なくとも拒否せずに理解は示してくれるんじゃないかって。

でも……結局今もうち明けられず、私は彼女の傍で想いを焦がし続けている。

告白して蓮子の気持ちを知りたいと思う反面、どうしても彼女の返事を聞くのが怖かった。

今までの関係すら壊れてしまう事が嫌だった。

例え今の関係を続けられたとしても、私の方がそんな窒息寸前の状態に耐えられる自信なんか無い。

こんな苦しい葛藤を抱え込んでる人間なんて、世界でただ一人……私だけ……。なんて思ってみても、客観的な立場から冷静になれば、この上ないくらい陳腐な恋愛小説の一場面に過ぎなかった。

私がもっと小さかった頃、こんなありきたりな小説の主人公に憧れた時期もあったけれど、いざ本当に成ってみたら……冗談じゃなかった。

「笑えない……。ホント……笑えないよ蓮子……」

 ザーと熱いシャワーが吹き付ける湯気にまかれた室内に、自傷の吐息が混じる。

今まではこんな気持ちに成った時は、なんとか自分自身で“責任”を取ってきたけど。

今日からは蓮子との共同生活。これから自己解決する手段を行使するのも難しくなるだろう。

「はは……。この生活だって、自分から言い出したのにね。身体の距離は近くなった分、心の遠さを実感させられるなんて……なんていう皮肉かしら」

 視界が一気にぼやけたのはシャワーの水滴でも湯煙の所為でも無かった。

堰を切って溢れ出したその涙と一緒に胸の奥から溢れ出してきた切なさを、私はもう押し止めようとは思えなかった。

 

 

 

 

 一時間後。私は浴槽にも入らずにそこを出た。

これほど時間が掛かったのは、それほど精神的なダメージから浮上するのに時間が掛かったって事だ

 せっかく今日は蓮子が私の為に催してくれた歓迎会なのだ。

彼女の意気込みはわざわざ私を追い出し、迎えるものとして一人朝から奮闘していた様からも分かる。

そして私は、そんな彼女の心意気に応えたい。

例え気持ちがどんなに渇いていても、最高の笑顔で彼女との生活する日をスタートしたい。

 その為に私は普段以上に綺麗に丁寧に、徹底して身体の隅々までを洗いながら、気持ちが落ち着くまでの時間を作った。

その途中で自分のやってる事が、まるで初めて彼氏の家にお泊まりしに来た少女のようだと思い至って赤面した。

更に表に用意されていた下着が、自分が持っている中でも一番布地が際どいヤツ(と言っても一般に勝負下着と言われてるようなのからはまだほど遠いけど)で……私は見た瞬間その場に突っ伏し、再び重い息を吐かずにいられなかった。

もう蓮子ったら……。ここでその冗談は、ホントに笑えないよ……ホントに……ね。

「ううん……笑顔、笑顔」

 私は自分を元気づける為に、鏡の前で目と唇を緩め呟いた。

絶対楽しい思い出にするんだから、今日という日を。

 そう言えば……。

私が入ってからかなりの時間が経っているはずなのに、蓮子は一度も呼びに来なかった。

まあ普段から私は長風呂なので、今日もその延長と考えているのだろうか。

それとも準備が楽しかったり、忙しかったりで、暇がないのか。

多分両方だろうと思うけど。

 バスタオルで簡単に身体を拭いた後、蓮子の用意してくれた下着に足を通す。

有るのは下だけでブラは無い。寝間着が既に用意してあったので、当然の選択と言えるけど、それは私の頭にある確定済みの事実を、さらに強く刻みつける事になった。

 そう……私は、今日から ここで 蓮子と 一緒に 暮らすんだ。

一緒に起きて、一緒に食べて、一緒に出掛けて、学校へ行って、一緒の所へ帰ってきて……。

「一緒に……寝るのよね」

 ま、まあもちろんベッドは二つだけど。

いろいろとまだ気持ちは複雑だけど。でもやっぱり嬉しい事には間違いない。

そんな間違いなく楽しい生活の第一歩。

それが今日から始まる。いいえ……もう始まってる。

今から蓮子がその最初を祝う準備を整え、満円の笑顔で迎えてくれるだろう。

着替えを終えた私はそんな彼女の姿を想像し、今度は心よりの笑顔を鏡に映しここを出た。

 そしてダイニングキッチンへの扉を開けた瞬間。

 

――がちゃり。

「ヘッ…クシュン!!!!」

「………」

 

――バタン。

 私は数秒の沈黙の後、再び扉を閉め背持たれた。瞬きを忘れた瞳は、床の一点を見つめたまま動かない。

「ちょっ、ちょっとメリー何なのよぉ。早く来ないと料理冷めちゃうでしょう。せっかく気合い入れたのに〜」

 一枚隔てた向こうから蓮子の隠ったソプラノが聞こえてくる。どこか変に上擦った口調にも聞こえたけど、まあこの際それはどうでも良いとして。

うん、そう……料理だ。

瞬見た場所。そこには確かに、今まで蓮子が一人で使っていたにしては大きすぎるテーブルの上に、これまた二人で食べるには多すぎるであろう豪華な食事が並んでいた……様な気がする。

あまり気が回らなかったのは、その中心に置かれた“あれ”に視線を奪われてしまったから。

そう確か……蓮子はケーキを作るって言ってなかったかしら? 

うん……そうね。私が見たのはきっとそのケーキ。

大きなテーブルの中央にどんと座った、人間大の……ケーキ。

するとさっき聞こえた“音”はきっと幻聴だと信じたい。

だって……ケーキがまさかクシャミをするはず無いもの……ね?

「ねぇねぇメリー。ホントにどうしたの? 来ないつもり?」

 また聞こえたお呼び声に、私は目眩を起こしそうな頭の中にようやく整理をつけ覚悟を決めた。

扉に再び向き直り、引き、開く。

神様……もし居るのなら、どうか……どうか。

だけど私の祈りは天に届く事はなくて。眼前には、当たり前のように先ほど見てしまった光景そのままが飛びこんできたのだった。

蓮子は……裸だった。

それもタダ単に裸なんじゃない。

彼女の周囲にはチキン、サラダ、スープ。紅いワインにグラス。

朝から仕込みを始め、気合いを入れてこしらえたディナーの中心に、彼女自身は正座を横に崩した体勢(俗にいうお姉さん座りの状態)でわずかに強ばった笑みを浮かべていた。

健康的な肌の上には生クリーム。雪に様にも見えるそれは彼女の肩や腕、少し控えめな胸の先端とそこから逆三角形を作るように臍の部分と、更に下にある彼女の大切な部分に大量にホイップされていた。

その上にはオレンジ、ピーチ、キウイ、ストロベリー、チェリー、えとせとらえとせとら……。色とりどりの果物が小さく切りそろえられ、物と身体の場所によっては丸ごと、蓮子の肌に華々しい色彩を添えている。

そして胸下から臍の部分、彼女はそのくびれたお腹のキャンバスにホイップチョコレートを使ってこう描いていた。

 

『ようこそ!!

私とメリーの

愛の巣へ!!』

 

それを見て私は器用なものよね〜……と、納得はするが全然場違いな感想を思う。

ケーキに成った蓮子を見ても、私の心は不思議なくらい空白だった。

もしかしたらあまりの現状に、思考が全然追い付いていないだけかも知れないけど。

「……」

「……」

「………」

「………」

 そんなお祝いケーキになった蓮子を見つめる私と、私がいかせん無反応なので、どうにも居たたまれなくなり視線を泳がせる彼女との“やりとり”が数十秒ほども続いただろうか。

 不意に蓮子の笑顔がひきつり、口を開く

「よ、ようこそ、いらっしゃいメリー。今日は私と貴女の同棲生活、記念すべき初夜なんだから。さ、早くこっち来て座ってよ。そして……料理と私のらぶが冷めない内に、沢山食べて、ねっ!?」

 そうして蓮子は最後に、首と肩をきゅっと竦めてにこりっ、愛らしさを振る舞った。

普段でもそんなことされたら私の頬は直視出来ないくらい紅くなってしまうのに、こんな扇情的、と言うか淫靡的な姿でされたらそれこそ熱暴走でショートしてしまう。

 でも……。そう思って実際心臓は飛び出しそうなくらい脈動繰り返してるって言うのに、心の更に深い場所ではどこか平常だった。

身体と心が完全に分離してしまったかのように、私は私と蓮子の言動を、冷静に見つめる自分の存在を感じている。

私の事に関してはいつもの事だと思った。

ふだんは常識人を装いその内で愛しい人を妄想で汚し、それを嫌悪し、しかしそんな嫌悪する自分にすら酔っている節のあるカマトトぶった私。

 蓮子に関しても……い 事だと思った。

その気ぶったセクハラな言動で私をからかう、いつもの冗談好きな彼女。

 

私は今日ここに何をしに来たんだろう。

 

ふと突然、そんな疑問が浮かんできた。

蓮子と同居を始める、そのお祝い?

解答には最も近くて、でも正解にはほど遠い思考が、浮かんだ側から沈んでいく。

そう、蓮子にとって今日はたんなる記念日だろうけど、私にとっては決してそれだけじゃない。

特別……な日。

特別が始まる日。

私にとって、特別な日々が始まる日。

 

ねえ蓮子? 貴女にとって、今日はなんなの?

 

目の前には、いつもの蓮子が座っている。

その恰好はぶっ飛んでいるけど、やっぱりいつもの彼女がそのまま座っている。

私は無言のまま、ひどくゆったりした歩調で蓮子の方へと歩いていった。

客観的に見たらたぶん夢遊病者みたいだったと思う。

真近くでみた蓮子の姿はやはり淫猥で、でもまるでそれは一つの完成された芸術とでも思えるほどに綺麗だった。

それなのになぜなのかしら。この私の内側から吹き出してくるような……不快感は。

「さぁメリー座って」

 そう言って優しく私の手を取り導く蓮子の腕。

その時だった、私の内にある妙な感情が思考の端を突っついたのは。

まるで汚らわしい物にでも触れられたかの様に、刹那の速度を持って彼女の腕を乱暴に振り解く。

 無意識にやった行動だったけど、不思議と自分自身で驚きはなかった。

だた目の前の彼女にとってはもちろんそうじゃなくて、鳩が豆鉄砲を食らったような表情で私を見つめ返してくる。

「……え、っと。メリー?」

「…ぅして……」

「え?」

「どうして蓮子は、こんな事ばかりするのっ!?」

 喉に詰まった不快感を吐き捨てるように、私は叫んでいた。

その瞬間、蓮子の肩がすくみ上がる。彼女が衣服を着ていたら、多分私はその胸元に掴み掛かっていたに違いない。

「私の事……からかってそんなに楽しい? 今日は貴女にとってたったそれだけの事だったの?」

 静かに沸き上がる紅い衝動を私は蓮子にぶつける。こんな事これっぽちも言いたいとは思ってないのに。でもそうしないと、私の中は突き刺すような痛みにボロボロになってしまいそうだった。

「め、メリー」

「私が……私が今日っていう日をどれほど待っていたと思う? 不安で、迷って、それでやっと切り出せて。これからって言う特別な毎日を、どんなに楽しみにしてたのか貴女に分かる? ねえ蓮子……」

 覗き込んだ蓮子の瞳に映った自分の顔を見た瞬間、それは滲んだ。レンズを水滴が被うように私の視界は水底にへと沈みぼやけていく。

それが瞳から零れ唇を濡らした時、私は海と同じ匂いを知った。

「貴女にとって私って一体何? 貴女にしてみれば私は……私は、単なる暇を潰せるだけの相手でしかないの?

 私は、わたしの方……は、こんなにも貴女の事を……」

 だめ。その先を絶対に言ってはダメっ。

お願いっ、その先を彼女には。

「好きなのに……大好きなのに……。……アイしてしまったって、言うのに」

 

 ああ。

私は今、どんな表情をしているのかしら。

ううんそれよりも、一体蓮子はどんな顔で私を見てるのかしら。

滲んだ視界が、起こった全ての物事を不鮮明にしか私に伝えない。

伝えて欲しくない。私の内なる所は、私自身が吐き出した一言がもたらすべき現実を知る事を拒否していた。

 そしてそれから……どれだけ時間が流れたのか、よく分からない。

「メリー……。ごめんなさい」

 その確かな重み有る蓮子の一言を聞いた時、不意に私は自分の頬に、冷たい感覚が触れるのを感じた。

「ごめん。本当にごめんなさい。私の軽率な言動が、いかに貴女を苦しめてたのか、痛めつけていたのかなんて、全然気付けなかった」

 蓮子の声は優しく落ち着き払っているようで、その芯は脆く震えていた。

そう例えるなら……神様の前で、その傷つき歪んだ心珠(シンジュ)を懺悔する乙女の様で。

さっき頬に触れたのが彼女の両掌だと気付いたのはその時だった。

「でも怖くて震えていたのは、実は私も同じなのよ」

「ぇ?」

「本音を告げて傷つきたくなかった。本音を知られて傷つかせたくなかった。ううん……ただ私と貴女の関係が壊れてしまうのが……恐ろしかった。

 だからいつも“戻ってこれる”ぎりぎり限界の言動で、貴女に突っかかって。でも結局それが貴女を、もっともっと苦しめる事になっていたのね」

 私の瞼を、蓮子の指が拭っていった。

はっきり開いた瞳にまず飛びこんできたのは、全てを堕とし包み込んでしまいそうな漆黒。

彼女の目前に迫った瞳の色だった。

「メリー……貴女が怒るのは同然。私は貴女の純粋な想いを、ただ自分の弱さで踏みにじったんだもの。でもね……それなら私だって、貴女に対して怒っても良いはずよ?」

「えっ?」

 その時、蓮子の漆黒に揺らめいたのは小さな焔。優しく触る掌にはわずかにだけど力がこもって、私の顔と視線を泳がせないようにホールドする。

「さすがに私だって、冗談でここまでやるはず無いじゃないっ。一大決心、最後のチャンスにするつもりだったのよ今日で。これでダメなら……メリーへの気持ちはすっかり諦めようって。そんな私の気持ちを、いつもと同じとなんか思った貴女の事を……私は許さないんだから」

 許さない……ね。

そう言って蓮子は笑っていた。心の汚れが全て洗い流された、純粋な笑顔だった。

「でも……でもね、メリーの事が好き。誰よりも好き、大好き。今まで出会ったどんな人より好き……。だから……」

「だから?」

「ふふ今なら……キス一つで全部チャラにしてあげる」

「もう……ばか。でも……ありがとう……」

 ――蓮子。

 最後の言葉を紡ぐ筈の舌の動きは、蓮子の唇中へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【あとがき】

ちょいと前に某所で見た「両片思いサイコー」と言うカキコを見て、奮える魂を感じたので思わず書いてしまいました。

でもCDブックレットに則って、メリーの一人称で書いた為、あんまり「両」と言う感じがしないですね。(汗)

 

 それとサブタイに用いてる「同-棲恋-愛」に中二文字がローマ表記のままに成っているのは「同-姓蓮-愛」にも掛けてあるからだったりします。

ちょっと厨くさいですが、割と自分では気に入ってたり。(笑)

 

 それでは、最後までお読み頂きどうもありがとうございました。(礼)

 

 

書いた人:れふぃ軍曹(reffi_vr@hotmail.co.jp

※無断転載はご自由に。(笑)