「――姫様ー!」  輝夜がムッと声を漏らし、動きを止める。チルノはきょとんとしていた。が、空を見上げる輝夜の視線を追う と、そこに誰かいることに気付いた。  二人のすぐ上で浮遊しているのは、おかしな耳をした、兎の妖怪だった。 「あっ、姫様。こんなところにいたんですね」 「むう。見つけるのが早いわね」 「慣れてますから。それよりもう晩ご飯ですよ、帰りましょうよー」  よくよく見てみれば、妖怪兎――鈴仙は、その服の上にエプロンをかけていた。おまけに、右手にはおたまが あった。多分、料理中に輝夜捜索の命を下されたんだろう。 「フンだ、おいそれと帰ってやるもんですか! 私ここんちの子になる!」 「何言ってるんですかもう。それに今夜はビビンバですよ、食べないんですかー?」 「食べるに決まってるじゃないの! すぐそっち行くから待ってなさい!」  輝夜の変わり身は早かった。ふわりと足を浮かし、チルノへ視線を戻す。 「そういうわけよ、氷精さん。なかなか楽しかったわ」 「え、あ、えと」  一度だけチルノの頭を撫で、輝夜はそのまま上昇し、鈴仙と合流した。何と返していいのかわからないまま、 チルノはそれを見守っていた 「また遊びましょうね」  上空で輝夜がひらひらと手を振る。それで最後だった。二人はチルノに背を向け、日の沈みゆく方へゆるゆる と飛んでいく。  チルノはそれを、地面から黙って見送っていた。  見送っていたが。 「あっ」  もしかして、だまされたんじゃなかろうか。  という疑問がチルノの頭にぽかりと浮かんだ。  大体、『超人』って結局何なんだ。全体的にうさんくさいあの女のことだから、嘘を言ってチルノをからかっ たのかも知れない。 「……」  ものすごく、ありえる。  なんだか釈然としない。チルノは、二人が飛んでいった方角を目で追う。まだ、小さく後姿が見えた。チルノ は声を張り上げ、輝夜に叫んだ。 「ちょっと! あたいも連れてけーっ!!」  言うなり、チルノは力いっぱい地面を蹴り、飛翔する。  そのまま弾丸のように輝夜に突撃、全身の体当たりを仕掛ける。が、華麗にいなされた。 「あら。どうしたの?」 「あんた、『ちょーじん』ってほんとにいるんでしょうね! なんかウソっくさいわ!」  だから、と続け、チルノは力強く輝夜を指差す。 「あんたの家に乗り込んで、そいつが本当にいるのか見てやるわ! ついでにボッコボコにしてやる!」 「姫様をボコボコに……」  ヌ、と眉をひそめた鈴仙の肩を、輝夜がぽんぽんと叩く。制するように、もしくは何かの合図のように。  輝夜は困ったような、けれど愉快そうな表情でチルノを見詰める。 「本当に仕様のない子ね。そんなあなたに良いことを教えてあげるわ」  輝夜はその手を、チルノの頭にそっと乗せる。  そして、輝くような満面の笑みで。 「超人は、みんなの心の中にいるのよ!」  直後、くらりと眩暈を感じ。  気付いた時には、二人の姿はどこにも無かった。 「…………あーっ! あいつーっ!!」  状況を理解したチルノは、悔しさのあまり空中でばたばた暴れた。  そして。  もっと強くなってやる。絶対に『超人』をとっつかまえてやる。いつか輝夜を、こてんぱんにのしてやる。  と、腹に決めたのであった。  チルノは池の向こうの紅い館をきっと睨む。手始めにあそこだ。  そうと決まれば脇目も振らず、両手でポーズの練習をしながら、びゅんと館に飛んでいく。 「にゅーすたんだーどね……!」  チルノの戦いは、まだ始まったばかりである。