☆月◆日    ストレスを解消したおかげで気持ちよく起きられた。  朝食はスクランブルエッグとサラダ。    火の調整をしくじって上海が焦げた。右肩から全換装。  ついでに改造した近接戦闘用の装備もつける。    人形塚の周囲を掃除し、昨晩征った子の名札を埋葬。花を添える。  一昨日取り除いたはずの子嚢菌類がまたはびこりはじめている。  よく観察すると、どうも新種のようだ。魔理沙来訪の理由はこれか。    早速人形達に焼き払らわせる。  辺り一面に黄色がかった煙と美味しそうな匂いが立ちこめた。  気がついたら地面が頬に接していた。  迂闊。神経毒の類か、皮膚感覚は完全に麻痺し、身体に力が入らない。  魔法使いにあるまじき失態だ。    人形達に指示して家まで引きずらせ、ベッドの中へ。  人形では解毒剤の調合はできない。  毒が抜けるまでしばらく待つしかない。  それにしても魔法使いにここまで強く効くなんて、自然の毒ではあり得ない。  昨日の魔理沙の狙いは間違いなくこれに関係することだろう。    うとうととし始めた時、また侵入者警戒用の術が豪快に破られた。  感触が以前とは違う。  人形達に迎撃を指示する前にドアが吹っ飛んだ。   「アリス! いるんならさっさと出てきなさい!」    霊夢の声だった。  なにやら激怒しているようだが、こちらは弾幕ごっこの相手ができる状態ではない。  仕方なく上海に白旗を振らせ、家の中へ招き入れる。  ドアの残骸を踏み越えてきた霊夢は、こちらを見て怪訝そうな表情を浮かべた。   「……どうしたの? 風邪?」 「まほーつはいが」    舌が回らない。情けなくて涙が出そうだ。  仕方なく人形達にボードを持ってこさせ、蓬莱にチョークを持たせる。   『魔法使いが風邪なんかひくわけないでしょ』   「まあ風邪で舌が痺れたりはしないわよね。毒キノコを食べたんでしょ」 『キノコは嫌いよ』 「あれ、違うの? 魔理沙が変な毒キノコを――」 『ちょっと待って』  人形達に、霊夢の前へボードをズイッと押し出させる。   「な、何よ」 『そもそもあんたはなんでここにきたの。ドアまで壊して』 「それはあんたが人の家に爆弾人形なんか仕掛けるからでしょう」 『……よーく話し合う必要がありそうね』    あちらの事情はこういうことだった。  魔理沙は先月末、子嚢菌類の繁殖実験で非常に強力な神経毒を生産する種を作りだすことに成功した。  しかし予想以上の繁殖力を持つそれの管理に失敗した。  その結果、魔法の森はもちろん里にまで広がり、今週の頭には幻想郷のいたるところで子実体が確認されたという。  自然現象とは考えにくいということでとうとうこの巫女が動くことになった。  霊夢は異変の原因をいつもの直感で華麗に(本人談)つきとめ、つい三日前に弾幕による説教をかまし、事態を収拾するように言い渡したところなのだそうだ。  神社が半壊したのはその翌日、魔理沙がここへ来た日の晩のこと。    こちらの事情を説明すると、霊夢は深いため息をついた。   「あの馬鹿、仕返しのつもりでうちに置いていったのかしら」 『ありうるけど、ちょっと安直すぎる気がする』  そもそもあんな見え透いたトラップに引っかかること自体、意外だったのだ。  何か別の意図があってここに来たと考えた方が、辻褄はあう。  あのとき魔理沙はすでに霊夢に説教をくらい、あの子嚢菌類を駆除する方法を模索していたはずだ。  ということは――。   『霊夢』 「なに?」  『そこの棚の一番上にある箱をおろしてもらえる? 呪いが掛かっていて人形では下ろせないの』 「? 別に良いけど……」    回らない舌を小さく動かして解除を唱える。   『ロックは解いたわ。開けてちょうだい』 「大切なものなんでしょ? 見ちゃっていいの?」 『盗まれないなら見られたってかまわないわよ。減るもんじゃなし』    その中身は、―― 予想通り。  どうやってかは知らないが、一番大粒の魔力結晶を持って行かれている。  あれを使って子嚢菌類駆除のための大規模な術式を起こすつもりなのだろう。   『やられたわ』 「やられたって、魔理沙が何か持っていったの?」 『キノコ駆除のために使う気でしょうね。人形を持ち出したのはカモフラージュでしょう』    今、私は毒にやられて動けない。  魔理沙は効率よく術式に必要な物資を調達し、しかも邪魔する恐れがある者まで排除できたというわけだ。  してやられた。完敗だ。   「よくわからないけど、魔理沙はキノコを駆除しようとしてるのね?」 『今日中に片がつくんじゃないかしら』 「そう。……じゃあ、まあいいわ。後のことはそれが終わってからにしましょう」    この屈辱をどう晴らすべきかと黒い想像力を煮えたぎらせる私をよその、霊夢はなにやら台所付近をごそごそとあさりはじめた。  人形達にボードを移動させる。   『何をしているの?』 「ああ、ちょっと台所借りるわよ」 『何で』 「その有様じゃ夕食の準備もできないでしょ」 『それくらい自分でできるわよ』 「人形に料理なんかさせたら危なくて仕方がないでしょう」 『作り置きのシチューがあるから大丈夫』 「じゃあそれでいいかな。あとは適当に付け合わせを……。あー、硬いものは食べられないわよね?」    一度決めたらこちらの言うことなど聞こうとしない。  こいつはこういうやつだ。  わざわざ爆弾人形を持ち出し、霊夢がここへ来るよう仕組んだ理由も、これでわかった。  細工は流々というわけだ。  まったく、なんて人間らしい狡賢さ。  それが狙いだとわかっていても、燃えさかっていた怒気が少し萎えてた。   『まさか、あんたまでグルなんじゃないでしょうね』 「何のことよ?」 『何でもないわよ』     せめて人形に食器の準備を整えさせる。  霊夢は暖めたシチューを器に入れ、付け合わせにトマトを刻んで皿に盛りつけ、盆にのせてベッドの前に持ってきた。  人形達に椅子とテーブルをベッドの横へ持ってこさせる。  霊夢はシチューをスプーンにすくって息を吹きかけて冷ます。  シチューの皿は一つしかない。嫌な予感がした。 「はい、あーん」 『やると思った』    呆れてみせるが霊夢はひるまない。  ニヤニヤしながらスプーンをこちらに突き出す。   『やめて。本気で恥ずかしいから』 「だからやってるのよ」    こういうときは逆らっても無駄だ。  意識するべきではない。これはただの栄養摂取なのだ。  麻痺が治ったあかつきにはこの記憶を抹殺することを決意して、口を開ける。   「いい子ね〜♪」    拷問は皿からシチューがなくなるまで続いた。  トマトにたどり着くまで精神力が持たなかった。  懇願してやめてもらう。   「お姉さんは素直なアリスちゃんが好きよ?」    明日までに薬物を使ってでもこの夜をなかったことにしてやる。  そう固く決意して、半ば気休めのつもりで作り置きの簡易解毒剤を人形に持たせ、口に放り込む。  霊夢は満喫しきった様子でトマトをつまんでいる。  睨んでみせてもどこ吹く風だ。   「いつ頃になれば回復しそう?」 『何もしなくても明日までには抜けてるわよ。だから』    がたん、という音とともに視界から霊夢が消えた。 「!」    反射的に身を起こす。  霊夢は椅子からずり落ち、側頭部から床に着地していた。  ぴくぴくと痙攣してはいるが、意識はあるようで目はこちらを見ている。  人形に指示して霊夢を椅子に座り直させる。   「どうしたの」 「かららが……」    舌が回っていない。ピンときた。  魔理沙が仕込んでいったのだろう。    今朝の私の麻痺は、いってみれば自業自得だ。  私は外の子嚢菌類を焼き払ったが、それを魔理沙が予見していたとは思えない。  あいつなら確実に毒を盛るために、食材に仕込むくらいのことはするはずだ。  昨日は作り置きだけで済ませたからそれに気がつかなかったのだ。   「魔理沙ね。あいつが家の食べ物にキノコの毒を仕込んでいったのよ」 「……ふへ?」  はたと自分の状態に気がつく。  舌が回る。上半身を起こせた。ためしにベッドから降りてみると、しっかり立ち上がることができた。   「あら、効いたのね」    作り置きの解毒剤が効くとは思わなかった。  霊夢を空いたベッドへ運ばせ、寝かせる。    「案外単純な性質だったのかしら。魔理沙がわざわざ作るくらいだからもっと複雑な毒だと思ったんだけど。 もしかしたら焼いたせいで成分が変化したのかも……」 「あひふ」 「ああ、はいはい」    静かだったので半ば意識から外れていた。   「どうしたの?」 「わらひにも、くふひ……」 「ああ、あれね。残念なことに食後用なのよ」  霊夢の頬が引きつった。  必死になってむにゃむにゃと何かを伝えようとするが、何を言っているのかわからない。  可哀想に。早く治療しなければ。    私はシチューの皿を持って鍋の所まで行き、たっぷりとそそぎこんでからベッドの横に戻る。  麻痺した身体を無理やり動かし、少しでも顔を背けようとする霊夢。  人形に指示して姿勢を正させ、固定する。  その間にシチューをスプーンにすくって息を吹きかけて冷ましてやる。  目での懇願は無視した。   「はい、あーん」    霊夢の精神力はスプーン二十杯分だった。  今夜の出来事はすべてなかったことにするという契約の元に、解毒薬を投与。    その後、神魔合同魔理沙抹殺計画を立案。  討論は白熱したが魔理沙の羞恥心を激烈に刺激する方向で意見が一致した。  計画の最終確認を済ませた後、霊夢が帰宅。  明日の準備を整えてから就寝。