固有結界『マリンカーペット』

作品集: 最新 投稿日時: 2012/04/01 23:34:57 更新日時: 2012/04/01 23:34:57 評価: 0/7 POINT: 8191278 Rate: 204782.58

 

分類
二ッ岩マミゾウ
村紗
ぬえ
 
 
 
 目を開けると、そこには大海原があった。

「うそ……」

 宙に浮かべた自分の身体の下で揺らめく水面を見て、村紗はぽつりと呟く。
 それからしばらくは閉口していたが、やがて鼻に磯特有の香りを覚えるようになってから再び口を動かした。

「信じられないわ、こんなに現実味あふれる風景が幻だなんて」
「ふぉっふぉっふぉ、どうじゃ? 儂の古巣、佐渡周りの海の様子は。気に入ってくれるといいんじゃがのう、ムラサよ」

 そんな具合に呆然としていた村紗の意識をさらっていったのは、背後から届けられてきた自慢げな声だった。
 振り返ると、そこにはこの偽りの風景を作り出した張本人、マミゾウが胸を張って笑っている。

「あ、ええ、はい。確かに、荒々しい日本海の様子が見事に現れていると思います。
 それにしても、目だけではなく耳や鼻すらも誤魔化すなんて……今までどんな妖術や魔法を使われた時だって、こんなに再現性の高い幻は見たことはなかったのですけど」
「まぁいかに儂とて、普段の化け力ではこれほどまでの心象風景を生み出すことはできんがの。今日は特別じゃ。なんといっても、ほれ――」

 言葉の途中でマミゾウは空に向かって片腕を突き出す。その人差し指の示す方向には、煌々と輝く満月があった。
 それからマミゾウは持参していた酒瓶の中身を、これまた持参していた朱塗りの杯に満たし、そこに満月の姿を映す。

「化け狸の力は満月の夜にもっとも高まる。ゆえに、ヒヨッコでもお月さんの力を借りればお月さんにもなれる。
 いわんや、日本でも屈指の化け力を誇る儂が借りれば――ご覧の通り、じゃ」

 笑いながら言い切ると、マミゾウは杯に映る満月の鏡像を呷った。
 すぐさま一息つこうとして――それよりも早く目を潤ませた村紗に詰め寄られ、思わず息を飲み込んだ。

「ありがとうございますマミゾウさん! 貴女から外の話を聞いていた時に、私が言った他愛のない冗談を叶えてくれるなんて。
 外の海が見たいだなんて、無茶もいいところだと思っていましたから、本当に感激ですわ」
「れ、礼には及ばんよ。あんさんにはぬえのこととかで色々と世話になっとるからの……っと、おおそうじゃった!
 ぬえで思い出すことがあったわ」
「何でしょう?」
「いやな。あんさん達が地面の下にいた時代、地底湖にボロ舟を浮かべて戯れ遊びをやっておったそうじゃないか」

 突如マミゾウが掲げてきた話題に村紗は先程までの勢いを失い、少したじろぎながら答える。

「あ……はい。恥ずかしい話ですが、舟幽霊としての性なのか、水難を起こしたいという欲求がたまに浮上してくるもので。
 当時のぬえには暇つぶしのゲームと称して、あいつの使い魔……今ではUFOと呼んでいるみたいですが、それを利用して大船団を作ってもらいました」
「そうやって出来上がった迫りくる侵略者・えいりあん達を、あんさん一人が余裕綽々と壊滅させるというものだったそうじゃな。
 それを聞いた時、儂は外の世界で一時期流行っておったゲームを思い出したんじゃよ。
 せっかくじゃから、今ここでやってみせてくれんかの?」
「え……っ!?」

 意外な提案に村紗は怪訝な表情を作ろうとして――それよりも前に波音の異常に気づいたため、視線をマミゾウからそちらへ移す。
 するとそこには、先程までは存在していなかった黒い霧が一面に立ち込めていた。
 それはすぐさま晴れていき、後には記号のような人型――記憶が確かなら、マミゾウの作る霊長化弾幕を乗せた小舟が整然と並んでいる様子が残される。
 突然の危機的な状況に目を見張る村紗だったが、その緊迫した空気は直後に響いてきた声によって破られた。

「やっほームラサー! 念願の海が見れても独りぼっちで感動してるっていうんじゃ惨めだろうから、私も付き合ってやるわよ。
 それにさ、せっかくマミゾウがこうやって海を作ってくれたんだから、久しぶりに一勝負やっていかない?
 今回の私は一味違うわよ。なにせマミゾウがこうやって兵隊を用意してくれたんだからね」

 声は小舟の中でも一際作りの良い物から響いてきたようで、村紗がそちらに目を向けると、そこに三つ又の槍を一回しするぬえの姿を認めた。
 続いてその子供じみた仕草に呼応してか、船上の霊長化弾幕達がその場でくるくると自転する様子も映ってくる。
 しばらくその光景を前にして絶句していた村紗だったが、我に返るや真っ先に後ろのマミゾウに目をやる。

「……もしかして、ぬえにも話したんですか? 私が外の海を見たいって言ったこと」
「そりゃの。儂はまだあんさんのことをよく知らん。じゃからあんさんのことをよーく知っとるぬえに相談を持ちかけるのは当たり前じゃろう。
 そこからあんさんが一番楽しめるような演出を凝らすのが、えんたーていなーとしての役割だと思ったんじゃ」

 少し非難するような村紗の視線を受けても、マミゾウは気にすることなく眼鏡のブリッジを指で押し上げる。

「別に気にすることもなかろう? あんさんが誰よりも海を切望していることなんて、寺の者なら皆知っておるはずじゃが」
「それはまぁそうなのですが、あいつに知られた場合必ずといっていいほど悪戯が絡む恐れがあるので。
 でも今回に関しては、見物するマミゾウさん、リベンジを果たそうとするぬえ、それを返り討ちにする私と、誰もが楽しめるような悪戯だと言えるかしら」
「ちょっとムラサー! いつまでくっちゃべってるのよ。そっちがやる気じゃなくても、私は始めるわよー!
 それともなに? 『勝者は敗者の再戦の希望を、積極的に受けるようにする』っていうルールを無視するわけ?
 優等生きどりのムラサがそんなことをしちゃうの?」

 そんなマミゾウの態度に村紗が呆れたようにため息を吐いていると、焦れた様子のぬえが声を張り上げてくる。
 見ると、ぬえはいつの間にか得物を槍から弓に切り替え、それから使い魔と思しき蛇を直線状にして、それを矢代わりにして弦を引き絞っていた。
 村紗はそれを見て、マミゾウに被害が及ばぬように前に立ちはだかり、鋼鉄の錨を盾として構える。
 そして片目をすがめてぬえを見据ると、相手を挑発するような言葉を選んで投げつけた。

「はいはい、了解です。再戦の要望、こちらも聞き入れましょう。ただし、いつものようにその自信満々の両の瞳に水難事故が起きる覚悟はしておきなさい」
「ふぅん、そんなに余裕こいてていいのかな。いかにこれまでの戦績が良かろうと、この勢力偶像級のインベーダーをもってすれば、お前の常勝街道はここで終わりだがな!」

 応じてぬえも啖呵を切り、村紗めがけて口を開いて鏑矢状になった蛇を射出し、ゲーム開始の口火を切った。



「楽しそうじゃのう。それにしても偽物の体験であそこまで満足感を得てくれるのなら、化け狸冥利に尽きるな」

 開戦するやいち早く戦場から離れた後で、海水が暴れる様を遠巻きに見つめながら、マミゾウは乾いていた杯に酒を注ぎ足す。
 それを口にする前に、今度は意識を遠くに向けながらぽつりと呟く。

「あれはどこで聞いたんじゃったか……ヒロシゲの車内か?
『ヴァーチャルの感覚は、リアルよりも人間の感覚を刺激する。夢と現は区別できないように、人間と胡蝶と区別できないように、ヴァーチャルとリアルは決して区別できない。
 言うまでもなく、ヴァーチャルが人間の本質なのだ』
 あの様子だと、人間も妖怪も変わらんのかもしれんな」

 非現実の光景の中、それでも笑いながら跋扈する者達を肴に、マミゾウは杯を傾けた。
「なに? 海が見たいとな。よーそろーほいさっさー」

この青い海、果たして53ミニッツは保ってくれるだろうか?
枯木も山野にぎわい
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2012/04/01 23:34:57
更新日時:
2012/04/01 23:34:57
評価:
0/7
POINT:
8191278
Rate:
204782.58
簡易匿名評価
POINT
0. 8191278点 匿名評価 投稿数: 7
名前 メール
評価 パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード